不見倶楽部   作:遠人五円

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生徒会長と副会長

「お前私の話聞いてたのかぁぁぁぁ‼︎」

 

  着るセーラー服は肌の一部と言えるほど似合っており、その豊かな胸と揺れるポニーテールを結ぶ大きな深紅のリボンは願子たちには非常に見覚えがあった。つい先日、ゴールデンウィーク前の全校集会で喚いていた生徒会長その人である。

  ゴールデンウィークが終わってすぐだというのに、いったい何の用があるというのか生徒会長の来襲によって不見倶楽部の活動はお預けになってしまった。

  ゴールデンウィークの前に副部長は生徒会に四日も呼び出されていた癖にすぐにまた生徒会長が会いにくるあたり副部長は願子たちを扱うのと同様に生徒会長をあしらっていたことが窺える。そうでなければ、生徒会長が般若のような形相で副部長に詰め寄っている理由にならない。

  しかし、怒っている割に内開きでは無く外開きのせいで、扉を勢いよく開けた登場にも関わらず生徒会長の登場はどうも迫力に欠けたものだった。

 

「聞いてたよ」

 

  ポニーテールをブンブン回し怒る生徒会長とは対照的に、普段の口調で返す副部長。そんな副部長のせいで生徒会長がより滑稽に見えてきてしまう。二つのソファーに二人ずつ座る願子たち四人のことなどお構い無しに執務机をバンバン叩く生徒会長へ、いつもの調子でコーヒーを差し出す副部長の胆力は凄まじい。生徒会長はそんなコーヒーを副部長のように優雅に飲むことは無く、カップを掴むと勢いよく喉に流し込みおかわりを要求した。

 

「学校が今修繕費でいくら予算が飛んでるかお前も知ってるだろ! あんな壊れ方をしたのに、奇跡的に耐力に問題がないとかいうせいでいろいろ問題だらけなんだよ! なのに原因のお前が悠々(ゆうゆう)と部活旅行なんてしてるんじゃない! しかも部費で行くなんて…………どうせなら私も連れてけぇ!」

 

  あ、この生徒会長ダメだ。

  四人の意見は完璧に一致した。

 

「俺が原因? 証拠が無いだろ」

「私から鍵を借りただろ!」

「鍵を借りたからなんだって言うんだ。俺が素手で壊したとでも? あんな壊れ方人間にできるわけ無いだろ、専門家が言う通り理科室でのガス漏れだって」

「んな訳あるかぁぁぁぁ‼︎」

 

  白々しい副部長に願子たちは冷たい視線を向けるが、副部長はコーヒーを飲むことで全てを受け流す。こういう時でも変わらない副部長に願子たちは少し感心するが呆れもする。

 

「だいたいその話は最初に呼び出された時に終わってるだろう、今日はサボリか? 仕事しなよ会長」

「それはお前が! うっ、くっ、うわぁぁぁぁん!」

 

  副部長のぶっきらぼうな対応に興奮しすぎて息を切らす生徒会長に代わって、生徒会長を助けるためにまた一人部室に人が現れた。

  生徒会長と違い、礼儀正しくノックする少女に目の前で喚く生徒会長を覗くような形で躱し、「どーぞー」と、やる気の無い声で応える副部長の声に少女はゆっくり部室に入ってくる。生徒会長とは対照的に入ってきた少女は全くセーラー服が似合っていない。服と体が合成写真のように無理やり合わせられているように見える。ベリーショートの髪型に首に掛けられたイヤホン。絶壁の胸と長く鋭い目つきから只者では無い空気を感じる。冷め切った表情は絵に描いたようなクールビューティーで、抑揚の薄い口調で生徒会長へ語り掛けた。

 

「会長、代わりましょう」

「副会長来たのか⁉︎ いやでもここは会長として私が」

「会長は昔馴染みに甘いからダメです。私が話します」

「いや私だって」

「私が、話します」

 

  表情を真顔のまままるで崩さず頑なな副会長に生徒会長は簡単に折れ、ぶつくさ文句を言いながら願子たちのいるソファーへと来るとどっかりと腰を下ろした。近くで見ると凛々しく快活な生徒会長は相当な美人だ。部長である東風谷早苗ほどじゃないとはいえ、並を平然と超えている。部長や生徒会長、副会長と、美人揃いな副部長の交友関係は謎に包まれているが、副部長を前にして目を離さず顔も崩さない副会長を差し置いて質問できる雰囲気では無い。

 

「不見倶楽部の副部長、今回は流石に見逃せません。仮入部期間前に新入生を部員とし、部費での活動はルール違反です」

「そうなんですか?」

 

  口にしたのは生徒会長の隣に座る願子のもの。しかし、勇気を出して口にした願子の一言に副会長は目線すら寄こさず、鋭い目は副部長の方だけを見ている。この場で副会長は副部長以外の相手をする気は無いらしい。それは、副会長が仕事に忠実で、副部長からほんの一瞬でも目を離さない方がいいと副会長が考えているからなのだが、心を読むことができない願子は副会長って見た目通り冷たい人だなとしか思えない。その副会長の代わりに願子の疑問に答えてくれたのは生徒会長だった。

 

「仮入部期間の前では原則として入部できない。部員でない者に部費を使わせるわけにはいくまい。入部届けが出されてはいたが、君たちはまだ不見倶楽部の部員ではなかった。つまりそういうことだ。分かったか? 一年八組出席番号十五番の瀬戸際願子さん」

 

  副部長を前にした時の子供っぽさは彼方へ消え去り、カップを手に持つ生徒会長は生徒の代表としての空気を取り戻していた。足を組み手慣れたものといったように振舞われる完璧な所作、その綺麗な所作に少しの間目を奪われた願子だったが、持ち前の好奇心に背中を押され、すぐまた次の疑問を口に出す。

 

「私のこと知ってるんですか?」

「くっくっく、私を誰だと思っている! 中学の頃も三年間生徒会長を勤め上げ、生徒会長連続勤務今年で六年、元を辿れば寺子屋から始まり百年以上の歴史を誇る一葉高校の生徒会長だぞ! 我が高校の生徒なら、顔、クラス、出席番号、部活、委員会、誕生日まで全て記憶しているに決まっているだろう!」

「会長、静かに」

「はい」

 

  副会長に注意され、項垂(うなだ)れる姿は先生に怒られた生徒のようにしか見えないが、願子たちは生徒会長の純粋な凄さに驚いていた。千人を超える生徒の顔から始まり誕生日まで記憶しているなど、信じられるはずがない。しかし、それを証明するように、驚く顔が見たいのか残りの三人のことも言い当てる生徒会長の能力に嘘は無いようだ。

 

「いい反応だ。その顔が見たいがためにやっているようなものだからな。しかし驚いたぞ。まさかさなちゃんの部に新入部員が入るとはね」

「さなちゃん? それって」

 

  部長?

  願子の答えは正解だと生徒会長は大きく頷いた。東風谷早苗の名前が出るということはつまり生徒会長も部長の知り合いだということ。その証拠に格好をつけて懐から出された生徒手帳、そこに挟まっている取り出された写真には、副部長の持ってるものと違い、部長、副部長、生徒会長、副会長の四人が今とは違う制服を着て笑い合っている姿が写っていた。少し幼い四人の姿は、副部長の持っていた写真と同じ中学生だった頃のもの、この写真も何故か少し遠巻きで撮られている。

 

「え、副会長も知ってるんですか?」

「私たちは全員同じ中学出身でね、その頃から生徒会長だった私と副会長は嫌でも部の部長と副部長だった二人と知り合う機会があってそれ以来ずっとこの調子ってわけ」

「へー」

「たださなちゃんのことはあまり外で言っちゃダメ。さなちゃんのことはもう私たち三人しか覚えてないからね」

「え?」

「会長、終わりました。上半期の不見倶楽部の部費の三分の一を生徒会に献上することで話がつきました」

「流石だ副会長!」

 

  副会長に阻まれ、話すことはもう無いというように生徒会長は願子へ向けていた視線を切った。東風谷早苗のことを三人しか覚えてないという新たな疑問に答えられる者がこの場には三人もいるはずなのに、そのことに関して誰も口を開く気配は無い。副部長は副会長分のコーヒーを入れるとソファーの方へやって来て、それに続いて副会長も生徒会長の隣に座る。副部長三人たちの気負ってない感じからあまり気にして無いのだろうが、願子たち四人の中では少し気まずい空気が流れる。

 

「まあこんな機会もそうそう無い、ゆっくりしていってくれ」

「くっくっく、仕方ないやつだ。もてなされてやろう」

「副部長、感謝します」

 

  談笑する三人の姿は、格式高い不見倶楽部の部室にとてもよく似合っている。隠された複眼を持つ男、千人を超える生徒の頂点、常に頂点の側に控える女。こうして字に起こすととんでもない三人だ。その三人が学校の中で最も変わった部の部室にいるという事実が、目に見えない重圧となって願子たちの肩に掛かる。もしここに部長までいたら願子たちには耐えられないかもしれない。

 

「会長はお代わり禁止で」

「なんでだぁぁぁぁ‼︎」

 

  しかし、そんな重い空気も彼らが口を開けば霧散するあたり本当に残念なトップたちだ。

 

「だいたいお前の部は部費があまり余ってあるんだからケチケチするな!」

「無いよー」

「嘘つけぇぇぇぇ‼︎」

「え? うちの部ってそんなにお金あるんですか?」

「ありますよ。今回献上される三分の一でおおよそ百四十万になります」

「「「「百四十⁉︎」」」」

 

 内訳はこうだ。一葉高校の生徒全員に課せられている生徒会費の支払いは年二回で一万円ずつ、単純計算でおよそ一千万とここではしよう。その内十パーセントが体育際や文化祭で使用され、二十パーセントが委員会、七十パーセントが全ての部活の部費に当てられるわけだが、その七十パーセント、七百万の内、六十パーセントがなんと不見倶楽部の部費なのだ。およそ四百二十万も一つの部が半年で使えるというのは異常と言える。そんな話を副会長から受けた四人も、学生には大き過ぎる金額に唖然(あぜん)としてしまう。

  そして気付く。不見倶楽部の凝った内装はその膨大な部費によって整えられたということを。大きな箪笥も、複雑な本棚も、数多くのランプ、重厚な執務机、ただ一つ窓に嵌められたステンドグラス、願子たちが一番お世話になっている蛇の取っ手、その全てが副部長の散財の結果。そう思うと急に願子たち四人の肩身が狭くなる。

 

「なんでうちの部そんなにお金あるの⁉︎」

「副部長、あたし拳が疼いてきたんだけど」

「こらこら不正なんてしてないぞ、ちゃんと貰える理由があるから貰ってるんだよ」

「それっていったいなんなんですか? 副部長先輩」

 

  しかし、副部長は話してくれない。話すことに嘘は無い副部長だが、必要無いと決めつけたことは話さない、この十数日で願子たちが気がついた困った癖である。そんな副部長を見かねてか、話してくれるのは生徒会長。ただし様子が少しおかしく、よく見ると額に青筋が浮かんでいるのが分かる。

 

「そう、あれは忘れもしない高校一年の部長や委員長を集めた会議でのこと、うちの学校は歴史はある、歴史はね……人気のある野球部もサッカー部もバスケ部も地区予選すら勝てないせいで百年以上の歴史の中で得た賞状の枚数はゼロ。得たトロフィーの数もゼロ。文化部ですら表彰されたことがない。なんの成果も持っていない部活たちに公平に部費を少しばかり分けるはずだった。なのに……なのに! うわぁぁぁぁん! お前とさなちゃんがあんなことするからぁぁぁぁ、私をちょろいやつだとみんな思うんだぁぁぁぁ‼︎」

 

  初めはカリスマ溢れる姿を見せてくれていた生徒会長の顔が福笑いのように崩れていき、最後はもう幼児退行レベル、百面相を見せる生徒会長の顔は忙しい。副会長から差し出されたハンカチを受け取ると思いっきり鼻を擤み、響きわたる音はズビィィィィ。生徒会長から再び受け取ったハンカチを華麗にゴミ箱へ投げ捨て、話は副会長が引き継いだ。

 

「どうやったのか副部長はその会議の場で賭け事で与えられる部費の割合を決めると事前に全ての部長たちに話を通していたんです。少ない額を貰うより他の部より少しでも部費が貰えるならいいかもしれないと皆様思っていたんでしょうが、そこでさなちゃん……失礼、東風谷様が連勝に次ぐ連勝で部費は不見倶楽部の総取りとなりました」

「あら? それでは不満が出るのではないかしら?」

「ええ、ですから事前と同じ額を全ての部に不見倶楽部が支払うことによりその不満を解消しました。その気になれば実は学校の保有する部費は全て不見倶楽部のものというわけです」

「そのくせこんな家具を大量に買いやがってぇぇぇぇ‼︎ 無駄遣いなんだよ! なんで生徒会より豪華なやつを使ってるんだよお前は! 私に寄越せ‼︎」

「やだ」

「なんだとぉぉぉぉ! それでも友達か!」

 

  不満を見せるのはむしろ生徒会のようだが、それでも不見倶楽部に支払われている部費を削る様子は見受けられない。昔からの知り合いだからか、副部長のお陰か、それとも。

 

「たまーにコーヒー煎れてやるからさ」

「納得できるかそんなもん!」

「じゃあ私はお願いします」

「ふぅくかぁいちょう⁉︎」

 

  どうやら三人はこれでいいらしい。部長がここに居たとして、入部テストの用紙に書かれた文の感じから騒がしさが増すだけだということが容易に想像できる。きっとこんな感じの会話を通して副部長は生徒会長を煙に巻いたのだ。

  不見倶楽部の部費の話は驚いた。部長を知っている人が副部長以外にもいるということもだ。部長が幻想郷に行った時にいったい何があったのか、それは四人には一生教えられないことかもしれない。しかし、それより四人には今気になることがある。

  四人は目配せすると、代表で生徒会長の隣にいる願子が単純な質問をした。

 

「生徒会長と副会長の名前ってなんなんですか?」

「「教えない(ません)」」

「「「「なんで⁉︎」」」」

「「その方が面白いから(です)」」

「意味分かんないです!」

「いいか! 人生とは面白いことが何より優先されるのだ。どれだけ辛いこと、厳しいことがあろうとも面白ければ問題ない!だからこそ私は常に生徒が面白いと感じるであろう政策を取っている!」

 

  背筋をピンと張り、部の中で最も豊かな胸を持つ塔子よりも大きな胸を存分に前面に押し出す生徒会長は大真面目に言っているようだ。こんな生徒会長で学校は大丈夫なのだろうか? しかも面白い政策を取っていると言っているが、それには願子たちにも適応されているはずなのに四人には思い当たる節がまるでない。首をひねる四人に踏ん反り返る生徒会長からは具体的な話はまるで出てこず、少しの間目を瞑っていた副会長が代わりに話してくれる。

 

「瀬戸際様たちが一番早く体験した生徒会長の政策は、入学式の日に体験しているはずです」

 

  入学式?

  四人は思い返してみるが、特に変わったことは無かったように思われる。どこにでもある学校の普通に退屈な入学式だった。それが四人の顔に出ていたのか副会長から補足が入った。

 

「教室に行ってからです」

 

  教室、この言葉にハッとした顔をしたのは友里。しかし、その顔も少しするとくだらないものを見るときの無愛想な表情になってしまう。願子、杏、塔子の三人の視線を受けると、いつものように溜息をついてから答えを言った。

 

「くじね」

「正解です」

 

  願子たちが一葉高校に登校した初日、入学式の後。教室に着いた願子たちはくじを引いていた。それは、初日に関わらず席をくじ引きで決めたから。それが生徒会長の政策よるものと理解した途端友里と同じように三人の顔は冷めてしまった。

 

「なんだその顔は‼︎」

「初日にくじ引きで席を決めても別に面白くないですよ、ほとんど全員他人なんですから」

 

 とは、副会長の言葉。願子たち四人より早く苦言を(てい)した副会長に生徒会長が勢いよく詰め寄った。それでも、副会長の顔は崩れずコーヒーを飲む手を緩めない。

 

「分かってるなら事前に言えぇぇぇぇ‼︎」

「会長、そんな耳元で叫ばなくてもちゃんと聞こえています。副部長、おかわりを」

「はいはい、あ、会長にはやらないからカップ寄せてこなくていいよ」

「お前という奴はぁぁぁぁ‼︎」

 

  よく見ればコーヒーを飲む副会長の口が僅かに口角が上がっている。明らかに生徒会長の反応を楽しんでいた。そんな二人を眺める副部長の顔も楽しそうだ。喚いているだけの生徒会長も楽しそうな顔をしている。

 

  あぁ、この三人似た者同士だ。

  四人は心の底からそう思った。

 

 




入学式の時

「続いて新入生歓迎の言葉、生徒会長お願いします」
「諸君‼︎ 私が生徒会長である!」
(名前は?)

全校生徒の心がほぼ一つになった瞬間である。
残りは生徒会長の胸デケェなというダメな男子たち。

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