入部
不見倶楽部の部室は大変辺鄙な場所にある。学校の中には確かにあるのだが、周りは普段使われない教室に囲まれ、他の部室も周りに存在しないため、人っ気のない不見倶楽部の部室はその重厚な扉のせいで寂れた博物館の一部のように見える。歴史あるという名の古ぼけた木造の校舎と年季に入った木造の廊下は掃除もされていないので、ところどころ廊下に張られている蜘蛛の巣や、溜まった埃に埋もれるように存在するただ一つ綺麗に手入れされた扉は浮いて見えた。そんな部室は学校のいじめられっ子でも寄り付かず、不良でさえ近寄らない本当に
今日も願子たちはそんな人通りの無い廊下を四人で進み、見慣れた蛇の装飾に挨拶しながら部室に入ったところで副部長から発せられた言葉に呆然としてしまう。
「入部テストを行う!」
入部テスト。
普通の部活動と違い入るのに一定の条件がいるということ。
東風谷早苗と副部長。たったの二人しかいないはずの部活動。今は部長がいないはずのため、実質副部長一人だけだ。
そんな消滅一歩手前の部活動にいったいなんの条件があるというのか、四人が抗議の声を上げたのは早かった。
「えー! 副部長そんなこと昨日一言も言って無かったじゃないですか! ようこそ不見倶楽部へってなんだったんですか!」
「そうですよ副部長先輩! 私たち今日から始まる部活楽しみにしていたのに」
最初に声をあげたのが願子。次が杏だ。
すっかり杏はか弱い少女から元気いっぱいな少女に変わってしまった。願子と共に騒ぐ姿は友達と笑い合う普通の女子高生だ。
もう四人は一向にここまで来たらその方が面白いからという理由で自分の名前を喋らない副部長から名前を聞き出すのを諦め、副部長という呼び名が定着してしまっていた。杏の呼ぶ副部長先輩という名は非常に間抜けっぽいが、副部長は満更でも無い様子だ。
「あたし何も用意してないんですけど」
「あら、何か特別なものが必要なら私のこれをお貸ししてもいいわよ」
普段面倒くさそうな顔を見せる友里も今回は本当に面倒くさいといった顔を見せ、てっきり生活指導部屋行きだと思われていた塔子はどうやったのかいつもと変わらず身体中につけられた装飾の一つを手に取ると三人に渡そうとするが、苦笑いを浮かべるだけで誰も受け取ろうとしない。
「文句は受け付けませーん。これは中学の頃に部長が考案した由緒正しいものである! これを拒否するのであれば諸君に入部する権利は残念ながら与えられない!」
「なんですかそのキャラは」
ツッコム友里に毒気を抜かれたのか、肩の力を抜いて副部長は面倒くさそうにいつもと同じくコーヒーを入れ始めた。本当に副部長はコーヒーが好きである。副部長の体液の半分はコーヒーで出来ているのかもしれない。
「だいたいお前たち本当にうちでいいの? うちの学校、なんかやたら部活動の種類が豊富なんだから仮入部期間も前なのに選ぶ必要無いんじゃないか?」
本来願子たちの学校で仮入部が始まるのがゴールデンウィークが終わってから、それより前に入部を決めるなど、スポーツ推薦で入学した生徒並みだ。
今は丁度ゴールデンウィークに入る一週間前、願子たちの学校の全校生徒数が千人を軽く超え、部活動の種類が五十種類以上もあることを考えれば、この段階で入部することを決めた願子たちは異常だとも言えた。
「いえ副部長、私たちはもう決めたんです! この不見倶楽部こそが私たちの入る部活だと! 入部テストが必要なら受けましょう!」
願子の言葉が全員の総意だ。四人の顔に影は見られない。副部長は仕様がないと呆れたように執務机から四枚の用紙を取り出すとそれぞれを四人の前に置く。
「俺が言うのもアレだけどお前たち変わってるねぇ。じゃあはい、これ書いてね」
そうして出された用紙はアンケートのようなものだった。
書かれていることが願子たちが遭遇した『こちやさなえ』のように変わったものなのかと少し身構えた四人だが、実際に書かれている子供っぽい内容に一様に眉を
《次の質問に嘘偽りなく神に誓って答えて下さいね!
・あなたが一番好きなロボットは?
・あなたが一番好きな漫画は?
・あなたは神を信じますか?
・私を驚かしてください!
・副部長より私の方が偉いんですからね!
・副部長より私は凄いんです!
・副部長より私の言葉を優先するように!
・副部長より私を敬うように!
・一緒に副部長にアッと言わせてやりましょう!
以上が入部テストになります! 結果は後日追って連絡しますね!》
書かれている筆跡からこれが手書きであるということが分かる。オリジナルのコピーがこの用紙なのだろう。書かれている文字は恐らく部長である東風谷早苗の字。書かれていることはふざけているが綺麗な字から育ちの良さが窺える。
願子たちが真面目にアンケートを書き始めてから五分経ち、十分経ち、一向に手が進まない。三つ目まではまだいい。三つ目まではまだいいのだ。問題はその先。
なんだこれ?
後半はもう質問でもなく部長から副部長への文句でしかない。それが純粋な質問よりも多いとはこれいかに。四人は字を書いている時間よりもコーヒーを飲んでいる時間の方が長い。
願子は一度ちらりと副部長を見ると、暇そうにしている副部長と目が合い「できた?」と用紙を取り上げられてしまう。
「ああ、副部長ちょっと!」
「何々、ああうんなるほどねー、はい瀬戸際さん合格」
入部テストにあっさり受かってしまった願子は目を丸くした。何故なら半分も書かれていないアンケートで合格してしまったのだから当然だ。
それから副部長は残りの三人のアンケートも回収すると、桐谷さんマジか! とか、出雲さんやるねとか、小上さんはまあ……うんとか適当な感想を言うだけ言うとあっさり合格の言葉を口にした。
「いやだってこれほとんど東風谷さんの文句だし、四つ目に関してはいない人物を驚かすなんて無理だろう。まあ東風谷さんなら入部希望者が来たってだけで驚くからいいだろうしね、それに中学時代は東風谷さんのせいで誰も合格しなかったんだからもっと喜んだら?」
副部長が言うにはそういうことらしい。
副部長の様子から見るにきっと願子たちが適当に書いても合格の言葉を出していただろう。そうなると真面目に書いていた四人はただの阿呆だ。
「副部長! だったら書かせなくてもいいじゃないですか!」
願子の声が部室に響く。周りの廊下や教室には誰もいないから怒られないため存分に声を張るが、静かに木霊する声のうるささは変わらない。扉の取っ手に乗る蛇たちがいない人に代わり抗議の目を願子に向けるが、口は聞けないので代わりに答えるのは副部長。
「瀬戸際さんちょっとうるさい。それに意味はあるさ、四人の好みが分かりだろう? いや面白いよ特に桐谷さんには驚いた。ただこれロボットじゃあないよね?」
「でも好きなんです! あのフォルムとか色使いとか完璧ですよ! 全長2947mm、全高1171mm、全幅831mm、最高速度はなんと243km/hですよ! いいですよね、乗ってみたいなあ」
「あ、すいません興奮しちゃって」
「いや構わないよ。あれは俺もかっこいいと思うし、好きなものがあるってのは良いことさ。ただ……ただなぁ、小上さんのこれって何?」
そう言って副部長は塔子のアンケートを前に出し三つ目の欄を指差した。そこには文字ではなく絵にしか見えないものが書かれているのだが、下手すぎて何が描かれているのか副部長を含めた四人には全く分からない。人、に見えなくもないそれの周りには何かが浮かんでいるが、なんだ? ゴミか? 漂うゴミに囲まれた人?
はっきり言って壊滅的に塔子には絵のセンスが無い。幼稚園児でも描けるだろう。しかし、描いた本人は会心の出来というように胸を張っている。
「それは私たちの願いを叶えてくれた素晴らしい人よ! きっと神様に違い無いわ!」
塔子の言うことを考えると、どうやらこれは最後に蛇の卵から現れた幻想の少女のことを言っているようだ。だが、これではあの少女に失礼だ。もしこの場に少女がいたら絶対に殴られていると言える。そしてそれは次に副部長が持ってきたものでより鮮明になった。
副部長は一度悪い笑みを浮かべると、席を立って執務机に置かれた一つの写真立てを持ってくると、願子たちに見えるように手渡してくれる。そこに写るのは今より少し幼く見える副部長と、髪の色が緑色では無く普通の黒色だが、間違いなく蛇の卵から現れた少女だった。
「それが部長」
諏訪湖をバックに柵に肘を掛け適当にピースする副部長と、身体を屈めて写真の中央に来るように満面の笑みでVサインを作る部長。少し遠巻きから撮られた写真は、およそ中央にいる二人の両脇に一人分ずつのスペースが空いているように見える。
たった一枚の写真だが、これだけで部長と副部長の仲の良さが分かる良い写真だ。
つまり四人はしっかり部長に会っていたわけだ。本物じゃあ無いだろうが、あれが部長で間違いない。それは消えていく少女に見せた副部長の笑顔からも分かる。
「部長ってこんな美人な人だったんですか」
出来れば会ってちゃんと話したかったなと少女に手を握られた願子は四人の中では誰よりがっかりしていた。それに合わせて、東風谷早苗は願子の理想そのものだったのも大きい。入る部活は最高、さらにこれほど美人な部長がいれば超最高だ。それがチラチラ副部長の顔と部長を見比べる願子の顔に出てしまい、副部長は呆れたように肩を竦めた。
「悪かったな俺で、まあ何にせよ入部おめでとさん。これからよろしくな」
副部長の笑顔にようやく本当に入部したんだという実感が四人の中では強くなる。これから願子たち四人と副部長の物語は始まるのだ。
さあ、今日の活動は!
「今日は解散! お疲れ様ぁ!」
副部長の一言で四人はその場でズッコケかけた。
「いや何でですか!」
願子の抗議の声がまた入るが、副部長は申し訳なさそうに頬を掻くと、出てくるのは落ち込んだ声。
「今日は、生徒会長に呼び出されてるからこれから行かなきゃならないんだよねぇ。まあゆっくりしてても良いよ、帰るときはそのまま帰っていいから。それじゃあまた明日!」
もう抗議は受け付けないと足早に副部長は部室から出て行ってしまう。後に残るのは副部長が消えた先を何も言えずに見つめる四人の少女。
願子たちの不見倶楽部の部員としての一日目は何とも締まらないものだった。
不見倶楽部の入部テスト、あなたは受かるかな?