諏訪の日常
万能感に酔いしれていた中学生活は終わりを告げた。理由もなく特別だと思っていた想いは打ち砕かれ、スクランブル交差点に
「願子、ちょっと願子起きなよ」
自分を呼ぶ声が聞こえる。机の上で腕を枕代わりに、周りから自分を守るように少しクセの入った長い黒髪を巻き込んで頭を
「なぁに?」
「なによその気のない返事は、もう
そう言って一向に重い身体を持ち上げない願子の腕を引っ張る
「あんたなんでそんなに落ち込んでんのよ、部活動紹介気に入らなかった? ダンス部のパフォーマンスとかなかなか面白かったけど」
そう、今日は新入生歓迎会だった。入学式から少し経ちどこの学校でもやるように、先生方の挨拶と各部が新入生を我が部に引き込もうと考え抜いたパフォーマンスを行ったのだ。当然一年生は全員参加のため、願子も友里も他の生徒たちと同じようにその催しを体育館で眺めている。吹奏楽部の演奏、ダンス部の軽快な踊り、柔道部は何故か演劇をやっていたりした。新入生たちのウケもよくなかなかに面白いものだったが、
「思ってたのと違った」
願子にとってはこれに尽きる。憧れの高校生活、中学生の頃より生活も在り方も一つ上、だからきっと凄いものが見れる。凄いことがやれる。期待を胸いっぱいに膨らませ、いざ楽しみの部活動紹介となったわけだったが、見れば見る程予想の斜め下、膨らんだ胸の内がみるみると萎んでいった。
「なによそれ、もっとおかしな部活でもあると思ったの? それだったらライフル射撃部とか、アイスホッケー部とか変わったのもあったけど」
「いやそういうのじゃなくて……」
「じゃあ蒸気機関車部」
「なにそのピンポイントな部」
「じゃあ自宅警備員研究部」
「そんなのあったっけ?」
「じゃあなによ、ひょっとして超能力とか魔法とかそんな感じのファンタジーちっくなぶっ飛んだやつがあったらなあとかまた思ってたわけ? それは夢見すぎでしょ、中学の頃から進歩ないんだから」
「うぅ……」
友里の言う通り、まるで漫画や小説みたいな部活があったらなと思っていたのに、やはり現実は甘くない。そういうものは、所詮頭の中にある空想の世界で楽しむ他ないらしい。分かってはいたものの願子は頭を抱えるしか無かったのだ。願子は中学生の頃もそうだが、折角の学校生活、部活にはとりあえず入ろうと決めていた。だから何があろうと部活は選ぶ。今日見た部活たちもきっと入れば楽しいだろうということも分かっている。ただし、そこに願子の望むものはない。
「ほら願子、だったらあれよ、中学の頃みたいに新聞部に入ったら?」
「いや、あれはなにか面白いこと知れるかなあってやってただけだしなぁ」
「そういやあんた学校の七不思議! とか、恐怖! 河童は実在した! だのよく変な特集組んでたね」
友里はカラカラ笑いながら願子の肩を叩いた。中学の頃、願子からすれば大真面目に書いた記事だったのだが、学校でのウケはあまりよく無かった。酷い時は精神病患者扱いで、願子の話の後に、『黄色い救急車呼ぶ?』が学校で流行したほどだ。不思議なことを探し求めていろいろ怪しいことに首を突っ込んだが、得られたことは不思議なことなど無いということ。中学でそれだけ学んだから、わざわざ高校で新聞部に入る気は願子には全く無かった。第一願子たちの高校には新聞部が無いのだ。
「もう適当言わないでよね」
「ごめんごめん、あ、でも部活動紹介に唯一出なかった部活が願子には合うんじゃない? あーなんて言ったっけ、すっごい変な名前で……確か、ふ~……?」
ふ、ふ、ふー、と繰り返しながら必死に頭を巡らしていたようだが、思い出すのを諦めて徐々に口笛に移行した友里が可笑しくて、その甲高い音色にだんだん願子のもやもやは消えていく。友里が口笛を止める頃には、すっかり願子の心は晴れていた。
「ふふふ、分かったから、この話はもうおしまいね、帰ろ友里」
すっかり気分をよくした願子は、友里の服を軽く引いてそう促す。外へ目をやれば、赤く染まりかけていた諏訪湖は赤い絵の具を混ぜたように真っ赤になっていた。空にポツポツと浮かぶ雲を写し込んだ赤色達のまだら模様は幻想的でさえある。そんな景色をただ眺めるだけでも悪くはないが、なんにもやることもないのに学校に居座り続ける程、願子は学校好きではない。あの綺麗な諏訪湖の湖畔をいつも通りくだらない話でもしながら、さっさと帰路について帰りのコンビニでアイスでも買おうかなと考えながら階段に差し掛かった時だ。
急にドン、といった衝撃を横から感じ、願子は尻餅をついてしまった。長い髪が衝撃に遅れて宙を漂いついてくる。どうやら階段からきた誰かとぶつかってしまったらしい。その証拠に願子の向かい側では同じように黒髪のおかっぱ少女が尻餅をついていた。
「ちょっと、大丈夫?」
友里が心配して願子を引っ張り立たせる。体に痛みが走ることも無く問題はないようだ。しかし、向かい側の少女は違うようで、呆けた表情を浮かべ、乱れた髪はそのままに座り込んだまま。悪い転び方でもしたんだろうか? 願子たちは一度お互いに顔を見合わせる。
「あの、大丈夫?」
願子の問いに返事はない。心ここに在らず、少女についている耳は見せかけなのか、耳にあるはずの穴が塞がっているのか、表情変わらず固まったまま。無愛想とか関係無しに嫌な気分だ、気味が悪い。何の反応も示さず、そこだけ切り取ったかのように少女の時間が止まってしまっているようなそんな感じ。そんな少女へ次に言う言葉を考えていた願子だったが、友里の「あっ」という呟きに思考が逸らされる。
「この子確か
あーそう言えば見たことあるかもしれない、確かにクラスの窓際の列の後ろから二番目に似たようなのがいたようないないような、普段使わない脳細胞を総動員して
しかし、そうなるとアフターケアはしっかりしなければと、願子は入学早々に仲の悪い者を作る気はないので、取りあえず杏の肩に手を置いてみる。すると、言葉よりもこっちの方が杏には効果があったようで、一度ピクッと肩を震わせて、ようやっと杏は辺りにと視線を散らし始めた。現実に帰ってきた杏に、願子は再び声をかけようとしたのだが、その声は杏の叫びににも似た声によって掻き消されてしまった。
「卵!」
卵? 何それ? 鶏の? 突然の声に思考停止してしまった願子と友里のことなど目に入っていないのか、杏は落ちたコンタクトレンズを探すように地面を這いずり辺りに手を伸ばす。呆けていた時の間抜けな表情が嘘だったかのような必死の形相は狂気じみていた。
「あぁ、卵……私の……卵が……」
願子は、友里へ視線を投げるがどうやら同じく何が何やら分からないらしく難しい顔をしていた。二人がそうしている間にも、杏はぶつぶつ呟きながら地面を這いずり回っている。賽の河原で石を積み上げ続ける子供のような不毛さが、その姿からは漂っていた。悪いことをしたらしい、それは願子にも分かるのだが、何を言ってもうんともすんとも言わない杏に一体何をしてやればいいのか。杏の様子はまさに狐に憑かれたのかという有様だ。願子はそんな杏の様子に目をやり続けるのも躊躇われ、ふと自分の足元へ視線を逃すと、そこには白い卵が落ちていた。
足の横にコロンと転がる卵の大きさは鶏の卵の半分くらい、シミひとつ無く、真っ白い楕円形をしている。恐る恐る手を伸ばし優しく掴んでやると、その殻は思っていたより柔らかい。いったい何の卵なのだろうか? ただおそらくこれが杏の探している卵なのだろう、ぶつかった拍子に願子の足元へと丁度落ちてしまったようだ。
「探してる卵ってこれ?」
願子が卵を杏の方へ恐る恐る差し出すと、今までの無反応は何処へやら、信じられないくらいの速さで願子の手から引っ手繰ると大事そうに胸へと抱え込む。そこまで大事な卵とは一体なんだろう? という疑問を願子たちが抱くのは当然で、それを口に出そうと開きかけたが、件の卵を持った杏は、お礼も謝罪の言葉も無しに走って階段を降りて行ってしまった。その速さにはきっと空を飛ぶ天狗もびっくりだ。
「え……えぇ……」
「まあなに願子、人生ってこんなもんなのよきっと」
「いや、意味分かんない」
そう言って願子がふと外を見れば、諏訪湖の赤色は消え去って、すっかり暗くなっていた。
翌日、願子の頭の中は学校に着いて早々昨日の卵のことでいっぱいになっていた。新聞部に入っていた頃の知りたがりの性なのか、気がつけば窓際の席に座っている杏の方に視線が行ってしまう。おかげでさっきの授業で先生に怒られたというのに、願子の好奇心は堪えていないらしく、昼休み前の最後の授業でも変わらず視線は黒板ではなく杏の方へと泳いでいる。
願子はそこまで気になっているというのに、杏の方は朝に教室に入って何をするわけでもなく、さっさと席に座り、退屈な授業の何が楽しみなのか、授業の準備を済ませてしまうとその後は全く動かなかった。その次の授業間の休みも同じ。その次も。昨日願子とぶつかったことなど少しも気にしていない様子で、願子や友子の方にちらりとすら目をやる素振りもない。それが逆に願子の興味をより一層引き立てた。
(こんな子が、あれだけ狼狽えて探していた卵とはなんだろう?)
こうなってしまっては願子はもうだめだ。願子の好奇心から来る勘が言っている。『きっと面白いことがある』と。中学時代に嫌という程振り回され一回も擦りすらしなかった不出来な勘だが、効力だけは素晴らしい。授業終了のチャイムと同時に、弁当片手に席を立つと、迷い無く願子は杏の前へと躍り出ていた。
「杏さん!」
「ぇ……あの……えっと……なにか?」
「ご飯一緒に食べよ!」
「ぇ……」
そして静寂が訪れる。一分か、二分か、もっと時間が経ったのか? 願子が杏の前に掲げた弁当箱は行き場を失い宙でプラプラ揺れるばかり、杏の着陸許可がいつ出るのか、今か今かと待ち焦がれるが、GOサインがなかなか出ない。杏の口は可愛らしく空いたり閉じたりしているものの、そこから先に進むことはなく、餌が来るのを待つ鯉のようだ。この時間が永久に続くのではないかと願子は錯覚さえしたが、持つべきものは友人だ。マネキンチャレンジに突入しようかという二人を見事に一言で動かしてくれた。
「なにやってんのよ、あんたら」
しょうもないといった顔で二人の間に立つ友里の方へ、ぐぎぎという音が聞こえそうなくらいぎこちなく、まるでブリキ人形のように二人の首が向いて行く。
「あんたら怖!」
「友里、ナイス」
「えっと……あの……ご飯」
「そうそう、杏さん一緒にご飯食べようよ」
「……あぁ、なるほど、願子の悪い癖ね」
「しょうがないでしょ、これはあれよ、私の宿命なのねきっと」
「はいはい、じゃああたしも一緒に食べていいよね、ね杏さん」
「あの……はぃ」
「やった! 流石友里、私の勝利の女神様!」
「なにに勝ったのよいったい」
こうしてようやっと三人は席に着いた。願子お目当の卵の話はさて置き、取りあえず無事着陸できた弁当箱を開けつつ、一応これがちゃんとした顔合わせ、まずは自己紹介だ。
「ご飯一緒に食べてくれてありがとね、私は瀬戸際願子、よろしくね」
「あたしは出雲 友里、よろしく」
「あ……あの、
そう言い終わると、もう何も言うことがないのか、杏は黙々と弁当箱へと箸を伸ばしていく。少し長めの前髪に目が隠れ、ぶつかって髪が乱れていたせいで見えた昨日の必死の形相と違い全く表情が読めない。このままではただ弁当を食べて終わってしまいそうなので、願子は早速昨日のことのアプローチをかける。杏のさっきの様子なら、昨日のように右から左へと言葉が抜けていくことはないだろうと確信を持てたからだ。
「杏さん昨日は大丈夫だった?」
「え……昨日?」
「そうそう、ぶつかったでしょ私たち」
「あ……あの時の……昨日はごめんなさい、私必死で……」
一瞬なんのことか分からないといった反応だったが、次の言葉で思い出したらしい。杏の謝る姿はしおらしく、高級旅館にある市松人形のようで、そんな杏の雰囲気から言ってどうやら悪い子ではない。おかげで願子の好奇心はより一層大きくなるばかりだ。あなたみたいな子がどうしてあんなに必死だったの? なぜ? Why? あの卵にどんな秘密があるの?
「いいよいいよ、私も悪いしさ」
「……あ、ありがと」
「それで怪我とかしてない?」
「あ、はい……大丈夫です……瀬戸際さんは?」
「こう見えて頑丈だから、平気平気!」
いい空気だ。流れが来ているような気がする。だからこそここであの手を使う! 卵のことを聞きたいが、ぶつかった者同士少し遠慮してしまう。ならば関係ないがその場にいた者に聞いて貰えばいい。
向かいに座る杏に気がつかれないように友里を肘で小突くと、大変面倒くさそうな表情を願子に返してくれる。それににっこりと笑顔で対応する願子の顔は本当に苛つくほどいい笑顔だ。友里は諦めたように一つ息を吐くと口を開いた。
「……杏さんあっちは大丈夫だったの?」
「……あっち?」
「そ、昨日探してた卵の方」
「あ……えっと」
困ったように口をもごもごさせる杏。何かしら言いたくない理由があるらしい、それを見てわざとらしくいかにも今気づいたかのように願子が声を上げ畳み掛ける。そんな願子に友里がまた一つ息を吐くのは当然だろう。
「そうそう卵よ、卵! 昨日ぶつかった時のやつ、大丈夫だった? 割れたりしてない?」
「うん、大丈夫……ちょっとひびが入っちゃいましたけど……」
「え、それ大丈夫? 」
「あ、はい……ひびくらいなら多分平気です」
「そっかよかった、それであれってなんの卵なの? 鶏?」
「蛇の卵……です」
「蛇の卵!へぇ、すごい、私昨日見たので初めてだよ! 大事なものなの?」
「あ、はい……その……なんていうか、おまじないで」
そう言うと、杏は懐からハンカチに包まれた卵を大事そうに願子たちの前に差し出した。真っ白い小さな卵にちょこっと言われなければ気付かない程度の小さいひびが入ってしまっているが、普段よく見る鶏の卵と違い不思議な美しさがある。
「これに願いを込めて持っていれば割れた時願いが叶うって」
杏はにっこり笑うと、大事そうに卵を懐に戻す。
願子は顔がにっこりとした表情のまま固まってしまい、好奇心が霧散していった。願子の勘はまたしても外れてしまったようだ。要はミサンガである。どうも女性は占いだのおまじないだのが好きらしい。願子が中学の頃に首を突っ込んだ一人が無類の占い好きであり、今日のラッキーアイテムは赤色と、赤い靴下、赤いブレスレット、赤いシュシュといった赤々尽くしに染められたことが一度ある。願子にとって全く嫌な思い出だ。
しかし、好奇心がすっかり息を潜めてしまった願子と違い、今度は友里の方が興味を惹かれたようで、願子たちのやり取りを静かに見守っていた友里が杏の方へと顔を向けた。
「ふーん、それって
「……さあ、どうなんでしょう……多分、孵らないと思います」
「分かってるのに持ってるなんて、そんなに叶えたいお願いがあるわけ?」
「あ、その、秘密です、言ってはいけないんですよ」
へー、と言って友里は弁当箱をつつく作業に戻る。そういったことにあまり興味を示さないこの友人が興味を持つなんて珍しいもんだなと願子は弁当をつつきがら何か考え事をしているらしい友里をちらりと見ると、目が合ってしまった。
「なに?」
「いや、友里が興味持つなんて珍しいなーって」
「ん、あたしってあんたと違って友達多いからそう言う噂話みたいなのってよく聞くんだけどさ」
「あっそ」
「はいはい拗ねない拗ねない……ただ初めて聞いたなーって、そんなおまじない」
友里はそんなことを言いながら杏の方に向き直ると、どこで知ったの? というように箸の持った方の手を軽く招くような仕草をする。杏は困ったように首を傾げていたが、少しすると、内緒ですよと言って願子たちの方へ顔を寄せてきた。
「あの、小上さんに教えていただきました」
周りからは見えないように小さく指をさした方へ願子たちが視線をやれば、そこには一人で黙々とご飯を食べるゴテゴテと色とりどりの装飾品を纏った少女の後ろ姿、垂れるツインテールは長く、エビの触覚を連想させる。どうやったのか髪を巻き込みながら一緒に垂れる赤い布の装飾のおかげで余計にだ。指輪、ブレスレット、腰からも紐のようなものが伸び、あまりの装飾品の多さに同じセーラー服を着ていると思えない。そんな少女の姿に願子の顔色がみるみる悪くなっていく。彼女の名は
「ぁあ、小上さんね」
気の抜けた声でしか願子は返事ができなかった。この占いは当たる、このおまじないは凄い、もはや嘘としか思えないような内容であったとしても、 好奇心と言う名の中毒に侵されている願子がやらされたくだらないことの数は計り知れない。願子を真っ赤に染めた件の少女こそ塔子のことで、幻想などありはしないのだと思い知った大きな要因の一つが彼女だ。
突き刺さる視線に気がついたのか、振り返った塔子と、願子は目があってしまう。やばい! 咄嗟に視線を切ったがもう遅い。嫌な予感が願子の頭の中で警報を打ち鳴らす。後ろの方から占いの悪魔の足音が聞こえる。来るな来るなと頭の中で復唱するが、そっと肩に手を置かれる手はまるで死神からの死刑宣告だ。だらだら嫌な汗をかきつつ願子が再び振り返れば、普段働かない勘はこういう時だけ働くらしい。にんまりとした塔子の顔が頭上から願子を見下ろしていた。
「あらあら、誰かが見てると思ったら、可笑しな友人の願子さんじゃあないの、何かご用かしら?」
「いえいえ、なにもー」
「あらあらあら、そうかしら? ……ん? 誰かと思ったら杏さんまで……へーふーんなるほどねー、さすが私の友人目敏いわね、それで? 相変わらず知りたいのね、おまじない」
「ぁ……あの、私……」
「あら、おまじないのことを言ったのなら別にいいわよ、願子さんに目をつけられたのなら地平の彼方まで追われちゃうもの、ただあんまり人に話すことではないわよ、杏さん」
「は、はぃ」
「それで、知りたいことは何かしら。願子さん」
「いやいやまっさかー、知りたいのは私じゃなくて友里だよー」
友里からの肘打ちが願子の脇腹に入る。なんていい一撃、種目によっては世界を目指せるかもしれない。咽せる願子を尻目に、珍しいわねーと言ってどこからともなく椅子を持って来て、塔子はどかっと三人の輪に混じった。
「それで何が知りたいのかしら? 友里さん」
「……ハァ、あたしは別に内容が知りたいんじゃなくって、初めて聞いたなって」
「あぁ、そう、うーん、私も聞き伝てなんだけどね、隣のクラスの村田さんから」
「たらい回し感が凄いね」
「しょうがないじゃない願子さん、おまじないの始まりなんて得てしてそんなものでしょう?」
「願いを込めてただ持っているだけ、割れた時に願いが叶う。まあミサンガと一緒、逆ジンクスの一種よ。徒労に終わりそうだから教えてあげるけど、村田さんも誰かから聞いただけみたいね、その村田さんは実際に割れたって言ってたけど本当かどうか」
「あんたも何か願い事があるわけ?」
「あらいい質問ね! それはあるわよ、まず健康祈願、あとは今までのおまじないが全部成功しますようにとか、それとイケメンの彼氏ね、それに……」
「はいはい、強欲強欲」
「もう、つれないわね友里さんは。まあいいわ、願子さんと友里さんにも特別に分けてあげる」
塔子は、懐から新しく二つの卵を取り出すと願子と友里の前へと置いていく。
「え、いいよ塔子別に、高そうだし」
「ぁ、ぁの……」
「あら願子さん、お金なんか取らないわよ、あるルートから大量に入手できたから、こうやって知った人には分けてあげてるの」
「いやいいよ私は、なんかヤバそう」
「ぁ、あの……塔子さん……」
「あたしもいらないんだけど」
「もう、願子さんも友里さんも遠慮しないで、私達友達でしょう?」
わざとらしく組んだ手の上に顎を乗せる塔子の呟きと同時に昼休み終了のチャイムが鳴り響く。卵をさっさと懐に戻すと、残念そうには見えなかったが、そんな感じの台詞を残して塔子は去っていった。結局、後には面倒そうな顔をした願子たちと、呟きを華麗にスルーされてしまい彼岸の人のように佇んでいた杏の三人が、弁当も食べきれず授業が始まる少し前までただお見合いしていただけで、目の前に置かれた怪しい美しさを持つ卵は、捨てるわけにもいかず二人の懐に収まる他なかった。