あるいは訪れたかもしれない、彼女達の七夕。   作:小林ぽんず

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はるのん誕生日おめでとう!

甘い珈琲を君と、お気に入り700越えありがとう!

そんな感じの小説です。




「陽乃様、お誕生日、おめでとうございます」

 

 今日何度聞いたか分からない言葉に、

 

「わざわざありがとうございます」

 

 毎回変わらぬ言葉、笑顔で返す。

 

 そこに心も感情もない。ただ完璧な振る舞いであり続ける。

 

 そこに唯一在るのは、『雪ノ下陽乃』という存在だけだ。

 

 私の笑顔に気を良くしたどこかのじじいと少し会話をする。相手がなんて言ってるかなんて関係ないし、一々聞いてもいない。相手を肯定し、自分を下げ、機嫌を取るだけ。

 

 それもこれももう染み付いてしまった『雪ノ下陽乃』としての振る舞い方で。

 

 そしてそんな分厚い仮面を被っている時、考えてしまうのは妹の事で。

 

 追いつくはずもない私の背中をひたすら追っていた、愚かで、愛おしい妹は今はもう私の後ろにはいない。

 

 彼女は気付けば自分の道を自分の力で切り拓く。そんな当たり前を手にしていた。

 

 きっと彼女を変えたのは、真っ直ぐな少女と捻くれた少年。

 

 誰にでも平等に、それも何度となく訪れる他人との出会い。その中に、自分を変えてしまうほどの強い影響を及ぼす出会いが、何回あるだろうか。きっと、それは多くはないけれど、得てして存在しているのだ。

 

 それは或いは親友との出会いかもしれないし、若しくは生涯の伴侶との出会いかもしれない。

 

 しかし出会いの瞬間、人はその出会いをそれほど重要な物だとは考えない。そしてその出会いの後も、能動的か受動的かは置いておき、何か切っ掛けとなる出来事が起こらない限り、人はそれに気が付く事はない。

 

 だからこれはとても簡単な話で。

 

 妹はそれを自分の力で掴み取った。

 

 それだけだ。

 

 誰よりも不器用で、無知で、愚かで。けれど、きっとだからこそ変わる事ができた。

 

 けれど私はどうだ。

 

 人に影響を及ぼす人間ではあったかもしれない。何人もの人間の上に立ち、前を歩き、頂点として君臨してきた。

 

 きっと、だからだろう。横に立つ人間も、導いてくれる人間もいなかったから。だから私は。

 

 いや、違う。他人のせいにしてはいけない。

 

 きっと、私が弱かっただけなのだ。

 

 人に頼る事を、人に変えられる事を、自分が曲がる事を、誰かの手によって歪められてしまう事を、恐れていただけなのだ。

 

 自分などどこにもなかった、私も妹もそれは同じだった。

 

 けれど、その後は違った。

 

 ほんの少し残った自分を、カケラほどの自分を。

 

 変化を、進歩をする事を躊躇った自分と、それでも変化する事を選んだ妹と。

 

 私と妹の違いは、そんな単純な事だったのだ。

 

 

 

「お誕生日おめでとう。陽乃さん考え事は終わったかな?」

 

 そう言って微笑むのは、

 

「…隼人か。ありがとう」

 

 いつからいたのだろう。私が沈んでいた顔を上げるのを待っていてくれたらしい。気を遣って相手しなくていい分、こんなに楽な相手はいない。現れた人間が隼人だった事に、私は一先ず安堵した。

 

「いえいえ。調子が悪いなら、すこし休もうか」

 

 そう言って隼人は私の腕を取ろうとする。その視線の先には会場の外、つまりホテルのロビーにでも連れ出してくれるつもりらしい。

 

 隼人からそんな行動を取ってくるのが珍しくて。

 

「ふーん。隼人も私に媚びでも売りにきたの?」

 

「まさか。貴女に媚びを売っても意味が無い事は俺が誰よりも分かってるよ」

 

 はは。と苦笑いと共に出た言葉に、私も釣られて笑う。そんな何時ものやり取りに、すこしだけ気が楽になった。

 

「今日は、ある任務があって来たんだ」

 

 はい、と渡されたのは一枚の紙切れで。

 

 言葉の意味も、渡された物の意味も分からないまま、丁寧に角を合わせて四つ折りになった紙を開く。

 

 そこにあったのは、少し私に似た、女の子らしくない丁寧な字で、簡潔に要件だけを伝える手紙だった。

 

『うちまで来なさい。』

 

 ご丁寧にここから目的地までの電車の切符まで付いて。

 

 要件以外何も書かれていない手紙でも、誰からの手紙かなんて、すぐに分かって。

 

「…これ、雪乃ちゃんが?」

 

 声が震えているのが自分でも分かった。

 

「ああ。今日の午前ね、渡されたんだ」

 

 ほら、早く行くべきじゃないかい?

 

 そんな目で見てくる隼人。

 

 なんで?どうして?そんな疑問ばかりが頭を埋めて行く。

 

 私と妹の関係は、元から良好とは言えなかったが、最近は私からちょっかいをかけることもなくなっていて、つまりは疎遠になっていた。

 

 理由は簡単で、私は妹に嫉妬していたのだ。

 

 私には変えられなかった物を容易く変えて、今や私の遥か前を歩いて行く妹に。

 

 だから、きっと妹は私の事なんて気にしていないのかと思っていた。

 

 変なちょっかいをかけてくる厄介な姉が居なくなって嬉しく思っているだろう。くらいに思っていたのに。

 

 私も、妹の事は気にしないように、『雪ノ下陽乃』の仮面を以て蓋をしていた筈なのに。

 

 それなのに、それなのに、それなのに。

 

 ぶっきらぼうな、短い言葉は、どうしてこんなに私の胸を揺さぶるのだろう。

 

 どうして、こんなにも嬉しい気持ちが胸を埋めて行くのだろう。

 

 溢れる涙を堪え切れなくて、それでもなんとか声だけは上げないように、私は何年かぶりに泣いたのだった。

 

「落ち着いた?そろそろ雪乃ちゃんのところに行こうか」

 

 わたしが落ち着くのを待ってかけられた隼人の言葉に、

 

「…うん!」

 

 私は短く、けれどしっかりと、声を返した。

 




はい、ぎりぎりせーふ!と思いきや、②もあります。けど多分投稿は明日以降ですね。

書きたい事は色々あったんですが、②で書きます。

読んで頂き、ありがとうございます!

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