マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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リメンバー・ザ・パスト

「あり……なの……これ……」

 

「てぃ、ティアが死んだ!」

 

 五月蠅いって言いたい所だが自分にそれだけの力はなかった。

 

 初日の演習が終了すると他に何かをする余裕もなく、自分の部屋のベッドに倒れ込む事しかできなかった。今の自分に食堂へと行くだけの余裕は無かった。何せ昼食でさえ何を食べたのかちゃんと覚えているかが怪しいのだ。相当な疲労―――ではない。完全に魔力ダメージによるショックが体に残っているのだ。午後からの演習内容は思い出すだけで怖気の走る内容だった。できる事ならもう二度と経験したくはなかった。

 

 あの女、高町なのはが此方の実力を調べる為に戦闘訓練を行ったのはいい。此方がチームとして動けるのかを調べたのもまだいい。だがその後が問題だった。なのはの話によれば痛みへの耐性をつける事と、戦闘中に意識を落とさない様に魔力ダメージをある程度受け慣れておく必要があると言った。そうして浮かべてくるのがアクセルシューターという誘導魔力弾の魔法。それを浮かべてなのはは笑った後、

 

 それを消した。

 

「何が心を折る為だけよ……」

 

 ”今のアクセルシューターは心を折る為だけにだした”と言ってやっぱり繰り出されたのは砲撃だった。心を折るつもりでやったのなら正解だ。あの時エリオとキャロが浮かべた絶望的表情は今でも思い出せる。そして次の瞬間放たれた砲撃が収束砲撃だったと理解した時の二人の表情も忘れられない―――たぶん自分と同じ表情をしていただろうから。

 

 一撃目はいい。経験は何事にも代えがたいものだから、覚えるためには必要だ。理論は解る。ただ即座に放ってくる二射目は一体どうなんだ。そして気絶している二人をバインドで拘束してまで砲撃をぶち込むのは何事か。アレが本当に戦技教導官の正しい姿なのだろうか。アレでマジで結果を出しているのだから管理局の魔導師は頭がおかしいとしか言いようがない。何故あんな訓練でちゃんとした魔導師が育つんだ。というか、

 

「スバルが元気なのが解せない……」

 

「え、私そこまで元気じゃないよ……?」

 

 そう言いながらも両足で立って動く事が出来る程度にはスバルが元気だ。改めて近距離パワーファイターの意地というか、底力というものを見せつけられて羨ましく思う。彼女の魔力量やインファイトにおける才能、身体能力は確実に自分にはないものだ。だからと言って欲しいものでもない。ランスター流の戦い方であれば今の自分が一番適しているということを解るぐらいには大人になったつもりではいる。

 

 でもやっぱりまだ動けるスバルが羨ましい。

 

「夕食、食えそうにないわねー……」

 

「えー、一緒に食べに行こうよー!」

 

「食えるんかい貴様」

 

「うん? そりゃあお腹すいてたら食べられるでしょ?」

 

「ないわぁー……」

 

 そう言ってバタリとベッドに突っ伏す。幸いな事に部屋の片づけとかは寮長がやっておいてくれたらしく、大分スッキリした感じでまとまっている。元気が出たら探して感謝を告げておくべきなんだなぁ、と思いながらベッドから手をバッグへと向けて手を伸ばす。だがバッグには手が届かない。体を動かすのが面倒だからヴんヴんと腕を振るがもちろん届く気配はない。

 

「ティア、大丈夫なの?」

 

「うっさい」

 

 苦笑しながらスバルがバッグを開けて、その中からスポーツドリンクと携帯スナックを取り出してくれる。歩いていたり、どっかでお腹が空いた時用に購入しておいたスナックがこの時になって活躍するとは思いもしなかった。スバルから受け取ったシリアルバーの封を解いて、それにむしゃむしゃとかぶりつく。全身に残る砲撃のダメージが抜けきらず食べるのがキツイ。ものすごくキツイ。基本的に全くダメージを受けないポジションなのでここまで重いダメージを受けたのは初めてだ。

 

「じゃあ私晩御飯食べてくるね」

 

「いってらっしゃいー……」

 

 流石参考にしているのがメイン肉壁なだけあって強いなぁ、と思う。アレ、というか彼であればたぶん……もう普通に飛んだり跳ねたりできたりする程度には回復しているんだろうなぁ、と過去を思いだし―――止める。いなくなった人間を考えるのは今はいい。そんな時間はない。体を起き上がらせ、ベッドの淵に座り、シリアルバーをもうちょっと良く噛んで食べる。流石に今夜はこれとスポーツドリンクしか喉を通りそうにないが、明日の朝の演習の事を考えるならしっかり食べた方がよさそうだと判断する。

 

「んぐっ」

 

 シリアルバーを一気に食べ終わってスポーツドリンクの中身を飲む。流石に温くなっているが、それでも疲れた体に一気に染み渡る。ここまで激しく攻撃受けたのも初めてだなぁ、と思いつつようやくまともに動き始めてくる体を少しずつ動く。関節の各所には疲労が熱として溜まっているのを感じる。冷却術式で冷やすのもいいが、そんな風に誤魔化す必要はない。たしか、

 

「大浴場があったんだっけ」

 

 だとしたら遠慮なく使わせてもらおうとしよう。着替えとか風呂場用品どうしたっけなぁ、と思いだしながらカバンやクローゼットの中を探し始める。綺麗に収納されている自分の荷物を見て、寮長にやはり感謝しなくてはなぁ、と再度確認する。

 

 

                           ◆

 

 

「結構広いわねぇ……」

 

 脱衣所から確認する風呂場は結構広いものだった。中には誰かの気配も姿もないし、どうやら一番風呂は自分が貰ったらしい。……この大浴場という文化、元々ミッドにはなくて地球の文化らしいが、こういうのを寮の施設に捻じ込んでくる辺りはやてもはやてで、結構趣味をぶち込んでいるなぁ、と言うのが解る。まあ、実家近くの銭湯へとスバルに連れていかれた事は何度かある。地球ブームの時に出来た施設の一つだ。本当に地球は人気だなぁ、と思いつつ服を脱ぎ始める。脱いだ服をロッカーの中へと投げ入れて、タスラムもロッカーの中へと置く。

 

「大人しくしてなさいよ」

 

 ホロウィンドウにしょぼーんとした表情の顔文字をタスラムが表示させるが、それをガン無視してロッカーの扉を閉める。服も脱ぎ終わってモタモタする理由もないのでさっさと大浴場へと入る。最初の数秒は煙で視界が全く見えないが、数秒でそれにも慣れる。

 

「えーと」

 

 たしか、と声を漏らしながら近くのシャワーのある場所へと移動し、前はどうやって利用したのかを思い出す。確か作法があったのよねぇ、と声を漏らしながらさっさと髪や体を洗ってしまう。そこまで美容に関しては気を使ってもいないので洗い終わると、軽く髪の毛を纏めてからそのまま浴槽へと入る。

 

「はぁ……生き返るー……」

 

 やはり風呂はいい。遠慮なく足を伸ばせると尚のこと良い。一日の訓練で溜まった疲労が体から抜けて行く様な感じがして、実に心が安らぐ。周りには他に誰も利用者がいないようだし、こうやって一人で独占できる状況は非常に素晴らしい。暫くはこのまま一人でこの風呂場を独占できるかもしれない。

 

 と、そう思った瞬間浴場の扉が開く。

 

「いっちばーん、と思ったらありゃ、もう先に誰か入ってたみたいだね。ちょっと残念」

 

 そう言って浴場に増える茶髪長髪の姿は高町なのは、本日新人四人に容赦のない砲撃を叩き込んだ人である。此方を見かけると軽く手を振って挨拶をしてくるので、片手を風呂から持ち上げて振りかえす。それで満足したのかなのは体や髪を洗い始める。特にする事もないのでなのはから視線を外し、浴場の天井を眺める。意外と天井が高いなぁ、と思いつつ背中を浴場の淵に預けて肩までを風呂に沈める。そのまま目を閉じて風呂に浸かっていると、

 

「あ、海とかよりもお風呂での方が死亡率高いっての知ってる? お風呂で眠ったまま誰にも起こされることなく沈んでどろん、だって」

 

「今ので一気に目が覚めました」

 

 そんな事を言うのだから良い気分だったのに一気に目が覚めてしまった。今の話はほんとっぽいし、今度からは風呂の中で寝るのは極力止めよう。そう思ったところで失礼、という声とともになのはが浴槽、すぐ横に入ってくるのが見える。その時確認する女性的な体のスタイルが結構羨ましい。

 

「ふぅ、やっぱお風呂はこう、広くないとねー」

 

 そう言って思いっきりなのはは腕を伸ばしてから、背中を此方みたいに浴槽の淵に預け、そして視線を此方へと向けてくる。

 

「ゆっくり話す機会もなかったし、今まで仕事中だったし言えなかったけど―――久しぶりだね、ティアナ」

 

「……お久しぶりです、なのはさん」

 

 改めて挨拶をする。自分たちの出会いはあの時、Bランク魔導師試験の時ではなく、その四年前になる。誰よりも身近だった人物が死んでしまった年に、葬儀場という場でなのはとは顔を合わせて、個人的に色々と話し合ったりもした。あの時は自分もなのはもわんわん泣いてて、誰かが酒を飲んで暴れてたなぁ、と思いだす。あの時に自分となのはは出会っていたのだ。少しだけ、遠い関係だがイストの事を話し合える丁度いい相手だった。

 

「ティアナも大分大きくなったねぇ」

 

「一応これでも前へ進んでいるつもりですからね。全く成長しなかったらしなかったで示しがつきませんから」

 

「やっぱり色々と諦めてないんだね、ティアナは」

 

 諦めてないのは当たり前だ。彼らが私の原点なのだ。あの背中を永遠に追い続けているのだ。絶対に追いつけないと理解していても追い続けるしかない。自分にはそれ以外の道しか残されていない。なぜなら目撃して、経験して、そして生き延びてしまった人物として自分には義務が課せられているのだ。―――兄たちの出来なかった事を成す事、彼らの分も全力生き続ける事。そして”人間”という道から絶対に踏み外さない事。それが今の自分を作り上げているファクターだ。

 

「なのはさんは諦めたんですか?」

 

「どうだろうなぁ……」

 

 そう言って悩むなのはの姿はとても身近に感じられた。高町なのはと言えば管理局不屈のエース・オブ・エース。圧倒的な砲撃適性と魔力を保有した超要塞型パワーファイター、一部では管理局の白い魔王と呼ばれるほどに恐れられている魔導師だ。ここにいる彼女にはそんな姿は見えない。

 

「……そうだねー、復讐とかを言うにはちょっとだけ歳を取りすぎたかな。別にどうでもいいって訳じゃないんだよ? ただ昔の出来事は昔の出来事、それを”しょうがない、間が悪かったんだ”って思って諦めるぐらいには大人になった、って感じなのかな」

 

 その基準で行けば、

 

「間が悪かったで済ませられない私は確実にまだ子供なんでしょうね」

 

「私よりはね」

 

 そこで臆することなく自分以下だとこの女は言ってくるので凄まじい。まるで自信の塊を見ているかのようなものだ。だが彼女の言葉が決して適当ではない事は彼女の体を見れば一目瞭然だ。普段は長袖の制服やらバリアジャケットに隠れていて解らないものだが、彼女の体をこうやって見れば、そこには多くの傷が残っているのが見える。背中に大きなものが、全面にも細かかったり大きな傷が結構残っている。

 

「マジマジと見られると少し恥ずかしいかな」

 

「傷、消さないんですか?」

 

「踏み込んでくるなぁ……まぁ、こういう傷の一つ一つは自分が未熟だった証だったり、力が及ばなかった証だったり……消すには少し勿体ないからね。治療する時に気にして消す人も多いけど、私は消したくないな。べつに醜いとは思わないし」

 

「思わないし?」

 

 なのはは此方を見てニコリ、と笑みを浮かべる。

 

「ユーノ君は綺麗だって言ってくれたから消す気はないなぁ」

 

「御馳走様でした」

 

 ははは、となのはが笑うので此方もそれにつられて笑い声を零してしまう。不思議と遠かった人物が今では身近に感じるのはやはり裸の付き合いによる効果なのだろうか。それとも共通点を通して互いに感傷に浸っているのだろうからか。ともあれ、この時間がそう悪い事ではない様に感じるので、それでいいんじゃないかと思う。

 

「ま、未熟で子供なティアナちゃんはしばらく訓練や演習で地獄を見せ続けるつもりだから頑張ってね」

 

「ぐぇ……ちょっとは手加減してください」

 

「甘えは為にならないからね。ネタとお仕事は常に全力でやるつもりだよ」

 

「すいません、演習を兄たちと同じ様なノリでやらないでください。エリオとキャロが死にます」

 

「フェイトちゃんにエリオとキャロの目が死んでるって言われちゃったんだよねぇー……改める気はないけど」

 

 正真正銘の鬼畜だと確信する。兄達のノリを割とというかほとんど継承しているので油断できないのは解っている。ただそれを初心者にまで押し付けてもいいのだろうか―――言ったところで黙殺されるのだろうが。

 

「ま、頑張ってねティアナ。チームの一番のお姉ちゃんでキーマンなんだから」

 

「解っていますよ。だから手加減してください」

 

「だけど全力だすよ。楽しいし」

 

 ごめんなさいエリオとキャロ、交渉は無理だった。

 

 教導官は教え子を砲撃する事に快感を覚える変態だった。世の中やっぱり狂ってるな、と再確認したところで、もう少しだけなのはと話すのも楽しいかもしれない、と思い、

 

 風呂から上がるそう長くない時間の間、なのはと”彼”の知り合いという懐かしい関係で語り合った。




 実は割と仲がいい。

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