マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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スプリング・タイムズ

 ―――ベンチの上からその光景を眺める。

 

 季節は冬を過ぎて春となっている。五月ともなればミッドの北部であるベルカ自治領も十分に季節の恩恵を受けて暖かくなってくる。具体的に言うと四月には衣替えをしておけばいい感覚だ。この辺に関してはご近所付き合いもあって周りの家の奥様方から話を聞いていたためにスムーズに事を運ぶことができた。だから服装も完全に春物へと変わって、大分過ごしやすくなっている気がする。冬に見る空の色は澄んでいて美しいと思う。だがコートやらマフラーやら手袋やら、冬は着るものが増えてしまったのはしょうがない。だから空の色は好きだが……季節自体はそう好きでもない。やっぱり自分の服装は軽いのが一番いい。それが過ごしやすいというものだ。

 

 だが、春は別に意味でも心を軽くする。何故なら春とは―――私達が出会えた日だからだ。出会ってから既に二年が経過した。あの日拾われた日から肉体的に十三歳だとして、現在で十五歳―――まさかここまで平和に暮らせるなんて当初は思いもしなかった。だが気づけば家族ごっこが本当の意味での家族になっていた。時間とは不思議なものだと思う。経過すればする程段々と絆が強まって行くのを感じる。なんでもない日常が、ありえないと思っていたものが何よりも美しいものだと思えるようになった。―――正直に言ってしまえば最初は期待なんてしてなかった。だがそれも、今ではこうだ。本当に一体何があるのか良く解ったものでもない。

 

 そんな事を思いつつも視線を向けるのは訓練場にいる家主、保護者、思い人のイスト。イスト・バサラ―――数奇過ぎる運命に捉えられた可哀想で……そして愛しい人。馬鹿な男。楽に生きたければそういう道もあるだろうに、辛い道ばかりを選んでしまう本当の愚か者。彼の前には子供たちがいる。どれもまだ年齢でいえば十歳前後の子供たちだ。リハビリによって大分動けるようになってきたイストはもう杖が無くても日常生活には問題が無いようになってきた。だからこうやって教職の役目を果たせるようになってきている。と言っても完治するまでは教えるのは子供相手だけらしい。体が完治してからは騎士見習い等も他の教官と混じって技術指導をさせられるらしい。

 

 ……両腕が使えなくても戦えないわけではない。陸戦AAA、いや、それよりもランクは確実に下がっているだろうが、それでも魔力や魔法自体には全く問題ない。その証拠に、

 

「うわああ―――……」

 

 ヤクザキックで子供が一人屋根を超えて飛んで行った。それを他の子どもたちが笑ってみているのでベルカの標準は一体どうなってるという話だ。……まあ、基本的に我が家のノリもこんな感じだからここでの標準なのかなぁ、と思うところがある。自分も割とネタに走っているし。……つまり平常運転ではないか。

 

 何も問題はなかったか。危ない。危うく狂うところだった。

 

「俺も空を飛びたい!」

 

「私も私も!」

 

 そう言って飛行魔法の出来ない生徒たちが志願するとそれをヤクザキックで蹴り飛ばすイストの姿をベンチの上から眺める。実に何時も通りの光景なんだろうなぁ、と思いながらその光景を見ていると、予想通りの人物、エラン神父が訓練場の敷地内へと入ってきて、屋根を超えて飛んでゆく子供たちの姿を見る。

 

「何をやっているんですか!?」

 

「かいさぁ―――ん!」

 

 時間を確認する。確かに時間は授業終了の時間だ。タイミングがいいと言うか、狙っていたのかと呆れるべきなのか。まあ、これで本日分の仕事は完了したのだ。今のはっちゃけ具合はたぶん計算していたのだろう。ベンチから立ち上がり出口へと向かって歩き出すとすぐさまイストが追いついてくる。

 

「エラン神父は」

 

「残像だ」

 

「何時の間に抜かれて……!?」

 

「そんじゃまた次の授業日までお疲れ様です神父様」

 

「ちょっと待って―――」

 

 次の展開は予想できるので。走り出そうとした瞬間、イストも走り出す。エラン神父も追いかけようとしてくるがいかんせん、カソックだ。三歩目で転んで芝生の大地へと顔面から突っ込む。その光景に軽く笑いだしながらもイストは楽しそうに走る―――簡単に言えばイストはようやくここまで動く様になってきた己の体に対してテンションを上げていたのだ。

 

 

                           ◆

 

 

 そして場所は変わって近くの商店街にあるカフェ。二人で適当に時間を過ごしたいと言ったら仕事の後しか無いと言われた為、ようやくこうやって二人きりの時間を得た―――家内ではディアーチェやナルの影響力が高すぎる。外へ連れ出さなければデートもままならない。

 

 ともあれ、

 

「やりすぎたかも……」

 

「家に帰ってから後悔するんだったら最初から止めましょうよ」

 

「いや、だって……こう、動けるようになった時の喜びってもんがあるだろ。新しくおもちゃを手に入れた子供然り、行列に並んで手に入れたケーキを食べる前の女子中学生然り、今まで出来なかった事や我慢してたことが解放された喜びってもんは全身を持って表したくならないか!?」

 

「だからって”今日は空を飛ぶ練習するぞ―――物理的にな”という意味不明な理論でヤクザキックで飛行練習と言う発想はなかった。というかその発想は一体どこからやってきたんですか。軽く言ってキチガイの理論ですよ」

 

「爺さんからこう教わったんだけどなぁ……」

 

「家系ですか。もはや修復不能ですね―――いえ、こうやって私達までネタに走っている始末、汚染力は凄まじいと評価すべきなんでしょうね、とりあえず」

 

 ここはこういうべきなんだろう。

 

「貴方色に……染められちゃいました」

 

「あ、ウェイターさん、アイスモカ二人分で」

 

「こっちを見てください」

 

 歩いている間にスっておいたタスラムを突きつけると迷うことなくイストが両手を上げて降参の意を示す。が、それだけでは若干満足できないので迷わずトリガーを引く。タスラムの銃口から魔力弾が放たれる。それをイストは必死の形相で上半身を動かして回避する。もちろん、魔力弾は周りに迷惑をかけない様にイストを外した時点で消滅している。

 

「ちっ」

 

「お兄さんお前さんの将来に激しく不安だよ」

 

 その言葉に少しだけ微笑む―――お兄さん。今までイストは己の事を”お父さん”と私達に向かって言っていた。それがお兄さんへとシフトしている。そう考えると目の前の男の意識は確実に変化して行っている。ゆっくり、ゆっくりと、水瓶の中に黒いインクを一滴ずつ垂らす様な作業だが、その効果は確実に見えてきている。少しずつ、拾ってきた子供という認識から同居人という認識へと変わってきている。まだだ、まだ、今ではない。もう少し、あと数年。そうすればまず間違いなく無視できなくなる。

 

「おい、何ニヤニヤしてるんだよ」

 

 どうやらにやにやと笑みを浮かべていたらしい。いけないいけない、と少しだけ慌てる……内心だけで。少なくともそれを表面上へと見せる様な愚行は絶対にしない。だから”何時も通り”の自分へと戻り、そして、

 

「こうやってデートで来ている事実にほっこりしているんですよ。だってほら、他の皆とデレデレ銀髪巨乳を出し抜いて二人っきりでカフェに来ているんですよ? これはもうシュテル超勝ち組ってやつですよ。この後どうします? やっぱりホテルですか」

 

「シャラップ」

 

 イストが隣のテーブルから驚愕する客を無視してストローを強奪するとそれを開封し、片側だけ付けたままにすると、それを此方へと向け―――息を吹き込んだ。紙の部分が飛んできてデコに衝突する。ストローを未だに驚愕する隣のテーブルへと返すと、何故かふつふつと言いも知れない敗北感と怒りが湧いてくる。

 

「おかしい、デコピンの方が明らかに脅威なのに」

 

「どうだ、屈辱だろう」

 

 ドヤ顔がムカツクので再びタスラムを構えると今度こそ両手を上げてイストが降参と、言ってくる。なので今回はその言葉で許しておく。タスラムをこれ以上持っておく理由もないしテーブルの上に乗せて解放してあげる事とする。それをイストは回収し、少しだけほっとしたような表情を見せる。

 

「お前、これティアナに返さなきゃいけないんだからもうチョイちゃんとした扱いしてくれよ……」

 

「じゃあ何でまだ持ってるんですか」

 

 そこでやっぱり、困ったような様子をイストは浮かべた。まあ、大体の理由は解っている。自分の手で直接渡しに行きたいのだろう、タスラムを。だがそうとなるとティアナと会う必要が出てくる。だがまだティアナが恨んでいるかどうかはわからないし、ティアナ・ランスターの兄、ティーダ・ランスターを殺した犯人―――デバイスであるナルがまだ生きているどころか家族なんてやっているのだ。私だったらまず間違いなくガチギレする。”お前マジなにそれぶち殺すぞ”的なテンションに突入する事は間違いない。つまり時間が必要なのだ。

 

 理解されなくとも落ち着いて話せるようになるまでの時間が。

 

「はぁ、まあ、いいですよ。どうせ私の問題ではなくそれはイストの問題ですから。コツコツためているお小遣いをこっそりとタスラムのパワーアップに使っているとか私知りませんから」

 

「バレてたぁ……」

 

 ゴツン、と音を鳴らしてテーブルに頭を乗せるイスト。そりゃあ家の中で回っているお金の管理は全て自分がやっている。だからもちろんイストがどんなことにやっているのかも把握している。大方タスラムをティアナに使いやすい様にカスタムして、データとかを整えてから渡すつもりなのだろう―――馬鹿な男だ。そしてそれに惚れているのだから自分は馬鹿な男よりも馬鹿な女だ。馬鹿同士超お似合いのはず。

 

「ま、お小遣いの範囲内でやっているから文句はないんですけどね。そこらへんは流石社会人のセンスと言ったところでしょうか。……そこでお小遣いの範囲を超える使い込みが発覚すれば問答無用で夜のおしおきでベッドインまで直行するんですが」

 

「ここまでほんとお小遣いの範囲内でやっててよかったと思ったの初めてだ」

 

 イストの言葉に軽く苦笑する。そうやって笑った自分をイストは怪訝な視線を向ける。あぁ、確かに変な子のように思われるだろうが、如何か誤解しないでほしい。

 

「愛していますよイスト?」

 

「知ってるよ」

 

 知っているよ、何てものすごく軽い響きの言葉だ。あぁ、だけどこの男はたぶん本当に解っていて使っている。理解しているから使っている―――私の中身がどういうものかを知っていて使っている。だから笑みがこぼれる。どうしようもなく嬉しくなってきてしまう。恋をしたという選択肢が間違いではなかったと確信できる。私達なんかの為に人生を捨てている彼の為なら迷う必要はないと断言できる。

 

「つか女って生き物は結構面倒なんだな。愛しているとかすり寄ったりとか、そういうアクションしなきゃちゃんとそういう気持ちはあるって伝えられないんかねぇ」

 

「それとは別に求める心があるんですよ、女には」

 

 そんなもんだと思う。言葉が欲しいのは別に確かめる必要があるからではない。それとは別に、相手を感じていたいからだ。男とは違って女の心はもう少しだけ複雑で、愛している、愛されていると解っていても相手を求めてしまうのだ。そういう面倒な生き物なのだ。

 

「ま、私は女の中でも飛びっきり面倒な部類ですよ。それでも……見てあげないフリぐらいはしてあげられますし、何がどんな理由であっても絶対に貴方を裏切らない程度には情深いつもりでもありますので、適度に餌を与えてください。偶にでいいですから構ってくれると惚れ直しますので」

 

「……おう」

 

 イストは少しだけ困ったような様子を浮かべてから頬を掻く。

 

「敵わないなぁ」

 

「何時の時代だって女の方が男よりも強いものですよ、ダーリン」

 

「そんなもんかねぇ、ハニー」

 

 じゃあそうですね、と前置きをする。一番出したくない例だが、たぶんこれが一番しっくりくるだろう。

 

「もしも、イングと結婚した場合勝てる未来が見えますか」

 

「無理っす。超無理っす。やだ、尻に敷かれる未来しか見えない」

 

 そう言ってげっそりとした表情を浮かべるイストの姿に笑い、穏やかな午後を一緒に過ごした。

 

 確かな予感を、

 

 凍った時計の針が再び動き出した始めた様な、

 

 チクタクチクタクと不吉な音を鳴らしながら時計の針が次の物語の時へ進もうとしている。

 

 そんな予感を感じながら。


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