マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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フォー・ラヴ

「―――おかしい」

 

 その声の主へと視線を向ける。リビングの中央で掃除機を手に動きを止めている銀髪姿の女性がいる。現在イスト・バサラのデバイスとして登録されている融合機、リインフォース・ナルだ。様々な過去と経歴があるが、それでもここへ、この家族へと最近おさまったのが彼女だ。最初は警戒していたりもしたが、それでも必要ないと判断してからは割と馴染んできていると思う。そんな彼女が掃除機の手を止めて立っている。彼女がそうやって悩むような様子を見せるのは初めてだ。何せ、彼女は女、人間としての理性と知性を持っているが、その判断能力はデバイスをベースにした珍しい存在だ。故にリインフォース・ナルの判断は絶対的に正しい。間違えない。それ故に奇策の類に弱かったりもするが、日常生活ではまずありえない言葉だと思う。だから悩む様に立っている彼女の姿を見て純粋に驚かされる。

 

 キッチンからリビングにいるナルへと声をかける。

 

「どうしたナル」

 

「あぁ、ディアーチェ。少々……いえ、どうにも腑に落ちないところがある。おかしいと断言できる事があるのだ」

 

「ほう、貴様がそう言うとは」

 

 中々面白い事になっていると思う。本来こういう事は自分ではなくイストの領分だと思う。あの男、ああ見えてかなり話術は高い。話を誘導したり上手く聞いたり、そういうスキルが発達している。やはりそこらへんは年齢や経験の差、そしてそういう事に長けた人物が傍にいたのが大きいと思う。だから本来はイストの役割だと思う。だが、その本人は現在、家の中にはいない。誰かを連れて外へと出たわけでもない―――イストは一人で出かけているのだ。ついに一人で車椅子を操作できるだけの握力の回復に成功したイストは最近良く外へと一人で出かけている。そして今日もまた、そういう事で外へと出かけていて家にいない。だから本来任せるべき人物がここにはいない。

 

 だから……まあ、此処は普通に自分の出番じゃないかなぁ、と思う。平時だと家の家事やっているだけの娘だが、こう見えても自分は王だ。そして”王”という事は普通の人間である事とは違う。エグザミアを効率よく運用する事や軍事、政治、経済に関する知識は基本、”王”という存在に対して必要な知識は全て揃っている。他の人間ができる様な事であれば大抵何でもできる。上に立つ者は下の者を理解しなくてはならない。されど、人間であってはならない。王とはまた別の種族だ。……まあ、平時だと今の様に投げ捨ててしまっているのだが。

 

 ともあれ、我が家のアイドルというか大人気ヒロインが外出中の今、まともに話を聞いていられるのは自分だけだ。シュテルもレヴィもユーリも割とハメを外している感が強い。というかスカリエッティの死亡を確認してからハメを外しまくっている。だからあの連中に相談だけはいけない。

 

「いいだろう。この我が話を聞いてやろう」

 

 磨いていたグラスを棚へ戻し、こいつでも判断のつかない事はあるのだなぁ、と思考しながらリビングで立ち尽くすナルを見る。悩んだ様子で、ナルは腕を組んで胸を支え、そして軽く首をかしげる。

 

「―――私、イストに避けられているような気がするのだが……勘違いか?」

 

「あかん……!」

 

 即座に自分一人ではどうにもならない問題だと把握した。あぁ、うん。駄目だこいつ。そんな感想が今の発言で思い浮かぶ。本当にこいつ駄目だ。即座に念話で家内のあちらこちらでくつろいでいた他の家族の面々を招集する。今回は緊急事態だった。これは完全に自分一人の手には余る事だった。たとえ他の三人が全くのダメダメであったとしてもこの状況では彼女たちの存在が必須だった。

 

「雷刃の襲撃者、参上!」

 

 ソファを飛び越えるようにレヴィが出現し、

 

「星光の殲滅者、参上しました……!」

 

 何時の間にか天井に張り付いていたシュテルがシュタッ、と華麗に着地し、

 

「あ、ディアーチェ呼びましたー?」

 

 階段からとことことユーリが下りてきて登場する。激しく何時も通りのオチだなぁ、と納得しながら三人を見渡し、そして頷く。視線をナルへと戻し、再び自分へと言った事を言う様に催促する。ナルはその言葉に首をかしげるが、再び口を開く。

 

「―――私、イストに避けられているような気がするのだが……勘違いか?」

 

 本当に声の感じそのまままでリプレイした事実はこの際どうでもいい。問題なのは彼女の発言と彼女の無自覚さ。シュテル、レヴィ、ユーリと三人の顔を見て、そして頷く。

 

「一、二の……三、はい」

 

「あかん」

 

 声が揃った。―――ものすごい久々となるが、バサラ家緊急会議の出番であった。

 

 

                           ◆

 

 

 ダイニングテーブルの周りに全員が着席していた。良く状況を理解していないナルだけが困惑した様子だったが、自分を含めたそれ以外の全員が神妙な面持ちで座っている。このデバイス―――いや、この女は自分のやった事と、そしてその結果を把握していない。理解していない。その為にこんな事が起きているのだ。鈍感、ではなく思考の違いだ。だからこれは教えなくてはならない。だから、

 

「ではナル、改めて問題を言うのだ」

 

「……? だからイストが最近私を避けている様に感じるかもしれないのだが」

 

「ギルティ」

 

「お静かに」

 

 シュテルの素早いギルティ宣言にレヴィがツッコミを入れる。最近ユーリかレヴィじゃなければシュテルの抑えが利かなくなっている。自分も少々ツッコミ技術を研鑽した方がいいのかもしれない―――いや、そういう事ではないだろう。それよりも大事なことがある。とりあえず、

 

「いいか、ナルよ。我がまずは答えを出してやろう―――良く聞け」

 

 一息ついてから”まず”はナルに対して答えを言い渡す。

 

「―――イスト・バサラはお前を意識しだしている」

 

「ぐぎぎぎぎぎ」

 

「お静かに」

 

 シュテルの芸人根性はこの際無視するとして、そう。問題は実にシンプルなのだ。イストがナルをちゃんと異性として意識している。それだけなのだ。それだけなのだが、それを認識しない事が問題なのだ。つまり思考形態の違いなのだ、この問題は。だからそれをナルへと指摘したとして、今のナルは首をかしげる事しかできない。

 

「……? それの何が問題なのだ? 私は彼を愛している、全力で愛すると決めた。故にその結果として此方を見てくれたのだ―――それで十分なのではないのか?」

 

 だからあかんということになっている。そう、デバイス。デバイスと言う部分がリインフォース・ナルという存在の根幹である事に間違いはないのだ。アインスの記憶を消してしまったから覚えていない、学習していない、機械としての判断なのだ。いうなれば人間としての判断ではありえない判断だ。デバイスとは”仕える”存在なのだ。己の全機能で主を助け、そして支えるのがデバイスという存在だ。ナルは融合機、ユニゾンデバイスだ。故に大量の知識と”経験”から学習したリインフォース・アインスと違って、”経験”の存在しないナルはデバイスとしての機能で判断しなければならない―――人間として判断するには経験が足りな過ぎるのだ。故にナルの判断は”献身”である。

 

 捧げる愛。見返りを求めない愛。ただ捧げるだけ。捧げて捧げて捧げて捧げるだけ。己という存在の全機能を相手の為に捧げる事。相手と一つになってそれを動かす歯車となる事。それがリンフォース・ナルが機能として判断してしまった事だ。

 

 ―――子供の恋愛だ。

 

 それがイストを困らせている。

 

 スタイルはいい、性格良し、家事万能。女としては羨ましいばかりの人物だろう。だがナルの恋愛とは捧げるだけの一方的なものだ。見返りを一切求めていない。それは純粋無垢な子供が一方的に親を慕うのと一切変わらないものなのだ。故に、イストは困って、そして避けている。まず間違いなく事件の発端はあのユニゾンだ。ナルの思考の中身がイストへと流れ込んでしまった。それが原因に違いない。

 

「結局の所”愛してはいるけど恋愛ではない”という感じなんですよねー」

 

「……? どう違うのだ?」

 

 つまり、とシュテルが言う。

 

「非常にうらやまけしからんことに貴女は見事裏ワザで直接感情と思いをぶち込むことに成功しました。そしてそれをその凶悪なスタイルと献身具合から若干、若干ですよ? 誘惑っぽい事をされていたイストのメンタルはゴリゴリ削れて例の件でほぼロストして異性として嫌でも認識しているわけですが、イストはそれに応えようとも応える事ができません―――だって相手は求めていないんですもの。求めていない相手に一方的に与える様な独善的な男にはなりたくない―――馬鹿な男ですねぇ、今頃何をしているんでしょうか」

 

 

                           ◆

 

 

「ユーノきゅんユーノきゅん」

 

「気持ちの悪い呼び方をしないでよ。それよりもなんだい急にここへ来て」

 

「俺の下のベオウルフが最近良く末っ子に反応するんだけどあの子アレだからさぁ……なんか……こうね? 解らないかなぁ……あぁ……」

 

「うん……。うん……? ごめん、ちょっと待って話が良く解らない。とりあえず有給取ってくるからゆっくり話し合おうか。うん、目が虚ろだよ? 大丈夫? いや、本当に大丈夫? え、僕? 大丈夫大丈夫。偶には皆デスマーチさせた方がいいんだよ。ハイ、皆デスマーチ頑張って。今夜は飲もう」

 

 

                           ◆

 

 

 どっかで修羅場が生まれた様な気もするが、どうせまたどっかで誰かがネタに走っているだけだろう。ともあれ、そういう事だ。ナルは見返りを求めない、だからイストは意識していても何もできず、我慢するしかない。倫理的に自分たちに手を出す事も出来ないし、ナルを見れば思い出してしまいそうだから家を出る回数や避けているような時間が増えているのだ。アレは悪ぶっているように見えるが、実の所というか見てわかる様にかなり純粋で純情な男だ。大人ぶってはいるが、それほど歳を取っているわけではない―――環境が大人にしたようなものだ。だから大人として、という考えを念頭に置いているのだろう。

 

 面倒な奴め。もう少し楽に生きていればそんな事に悩まず適当にナルを押し倒せただろうに。そうすればこいつも喜んで受け入れただろう。そしてハッピーエンドだ。そこで何事もなく、普通の日々が戻ってくるのだろう。……だが責任感故にその”楽”をアレは良しとしない。面倒だ。間違いなく面倒だが―――そういう面倒事をしょい込むアホにだからこそ我々は心を許し、愛しているのだ。……なんだ、面倒なのは我々もではないか。

 

「故にナルよ―――今のお前はぶっちゃけ良くない。我ら羨ましいので貴様にちょっと教育してやろうかと思う」

 

「王様王様! ぶっちゃけこれ塩を送ってるよね! シュテるんの顔が放送できない感じになっているよ!」

 

 レヴィがそう言うので自分はシュテルの顔を見ない。見たら最後、何か後悔しそうな気がするので。ともあれ、そう、心構えというか、考え方だ。自分たちは後数年は経過しないと同じ領域に立つことができない。だから非常に悔しい話だが、まあ―――しばらくは預けてやるよ、という心境なのが今の気持ちだ。

 

 その話を聞いてナルは考える様な姿勢を取り、

 

「与える……だけでは駄目なのか? それではいけないのか? 愛とはそういうものではないのか?」

 

「然り。与えるだけでは独善的な愛だ。そこに心の交換はない。一方通行の片思いだけだ。故に求めるのが人の心よ。貴様がアインスの記憶を消したのは確かに美しい話だ。だがそれは同時に己の判断基準から経験を抹消する愚かな行為でもある。学ぶが良い、助け合えるために我らは決して万能ではないのだから。……何時か壊れるとも解らぬ家族だ。せめて全力で学び、全力で遊び、全力で笑い、全力で恋をして―――そして全力で生きる事が生まれた事に対する最大の感謝方法であろう。故に求めろ。与えるだけのものを求めよ。それでこそ正しく健全な愛というものであろう」

 

 ドン、とテーブルをシュテルが叩く。

 

「というか妥協を私は許しません……!」

 

「シュテるんシュテるん、それって半分やけくそだよね! あ、顔怖いからこっち見ないで」

 

 それを聞いていたナルがなるほど、と答えてから目を閉じ、数秒黙る。それからゆっくり目を開き、

 

「与えられる事、か。私はそれを幸いとして受け入れられるだろうか?」

 

 さて、それを判断するのは個人だ。だが、―――精々一生消える事の無い傷をつけてもらう事だ。それを幸いかどうかは終わった後で勝手に判断していろ。どうせ今の自分達には教えるぐらいしかできないし。




 たぶん今までの中で一番ハーレムらしい会話だったんじゃないかなぁ。謎理論展開中。

 ツイッター確認している人は解っていると思いますけど土日は全力例のアレを書いていますので2話目更新とか期待しない様に。あと18禁専用で投稿しますのでユザ更新の方を見てた方がいいかも。とりあえずこれ土曜日分ですので。

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