「あーまてまて」
着替えさせ、家を出る準備を完了する。が、そのままではいけない。玄関へと向かおうとしていたマテリアルズ達を止める。特にシュテル、ディアーチェ、レヴィの三人はいけない。寝室に置いてあったものをテーブルの上に置き、ちょいちょいと手でこっちへ来るように三人を呼ぶ。
「ユーリだけハブですか」
「……」
ユーリが口に指をくわえ此方を見ている。その仕草で激しく罪悪感を感じるが、
「いや、そうじゃねぇよ。ユーリだけは有名人の姿をしてないから服装をちょいと変えるだけで十分なんだ。だけどお前ら三人は人相も髪色も違うけど、それでも大分似てるんだよ。服装を変えるだけじゃ知り合いにはバレるだろうから、せめてもう一工夫、安全策をしておこうって話だよ」
「ほほう」
とりあえずテーブルに置いてあるアンダーフレーム型の黒いメガネをシュテルにつけさせる。
「メガネはかけるだけで大分印象変わるからな」
「シュテるんまるでインテリ系みたいだね!」
「レヴィ、少し話し合いましょうか」
まるでインテリ系という事は今までインテリ系には見えなかったという事で、理のマテリアルであるシュテルからすればそれは暴言に等しい事で、レヴィを捕まえて頭をぐりぐりと遊び、悲鳴を上げさせている。レヴィは取り込み中の様なので後回しにするとして、ちょちょい、とディアーチェを招きよせる。
「お前にはこれだ」
「お?」
ハンチングキャップを少し深めに被らせる。男物だから少々大きく、おかげで顔に影がかかり、見下ろす分には顔が見えなくなる。ディアーチェの年齢が13で、まだ背が低い事を考えるとこれでほぼ十分だ。これでディアーチェも顔を隠せる、と、
「んじゃ次レヴィの番だから解放してあげなー」
「次はありませんよレヴィ」
「シュテるん意外と根に持つんだね……!」
これぐらい可愛いもんだと思いながら、レヴィを招きよせる。とりあえずレヴィだけは髪が長いので、それを利用する事にする。前に雑誌やテレビで見たフェイト・T・ハラオウンは髪の毛を束ねずにストレートで流していたので、とりあえず髪を束ねるところから始める―――と言ってもフェイトの髪型は戦闘になると……確かツインテールで纏められていたはずだ。被ると一瞬で解りそうなものなので、別の髪型を試すという意味でもストレートポニーに髪型を変え、
「あとはこれかね」
「おー! なんだかこれかっこいいぞー!」
キャスケット帽に少し小さめのゴーグルと一緒に被らせる。此方もディアーチェ同様少し深くかぶらせておけば顔は解りにくいだろう。人相が少々異なっている部分もあるし、これぐらい手を加えれば知り合いに目撃されたとしても一瞬じゃ判断はつかないだろう。自分の仕事の出来に満足し、立ち上がる。
「ま、これだけやりゃあ十分だよ」
「というかよく女物のアクセサリーやファッショングラスが置いてありましたね」
シュテルの指摘にまあ、と一旦前置きをし、
「元カノが置いて行ったものなんだよなぁ……捨てるのも面倒だから放置してただけで」
「マテ」
ガシ、とディアーチェが凄い握力で足を掴んでくる。この少女、間違いなく魔力で自分の肉体を強化している。
「その面白そうな話聞かせてもらおうではないか」
「僕たちから」
「逃げられるとお思いですか?」
レヴィが背後から、シュテルが左腕を掴んで体を拘束してくる。流石に外見13歳の少女と言えど、三人も引っ付かれると重い。重いが―――此方も対抗して魔力で体を強化する。三人娘を引きずりながら、玄関の方へと向かうと、そこではユーリが待っている。此方が行こう、と口開く前にユーリは口を開き、
「教えてくれないんですか?」
「勘弁してくれよ……」
―――それから部屋の外に出られるのは話が終わる五分後の事だった。
◆
「えーと、では今現在はファミリー向けの部屋はないという事で?」
「えぇ、あるとしたらファミリー向けの部屋でも少し上のタイプで、その、値段の方が……」
マンションの一階、少し歳を取った管理人の男に部屋の引っ越しを相談すると、早速と色々資料を持ち出して相談してくれる。が、現在ファミリー向けの広い部屋が無い事が発覚し、それでも引っ越したいのであればファミリータイプの上位版、つまりかなり広く、そしてお金のかかる部屋しか残っていない、という話だった。マンションの最上階付近の部屋の事なのだろうが、今現在の家賃の軽く二倍の額だった。既にここに住んでいる事もあって色々と引っ越しに関してはサービスしてくれるらしいが、それでも高い……。
「じゃあそれでお願いします」
「お、結構あっさりと行くねぇ。じゃあ別の部屋に入居するなら早めの方がいいし、明日でいいかい?」
「あ、はい、それでお願いします。支払は」
「明日引っ越すときに分割か纏めてで」
「了解です」
お話終了。とりあえずもっと広い、全員で不自由なく暮らせる部屋への引っ越しが決まった。貯金を少し切り崩す事になるだろうが、正直しばらくは遊んで暮らせるぐらいに貯金はあるので、これぐらい切り崩したところで懐への打撃はそう大きくない。……が、それでも家賃が増えるのは少々考えものだ。空戦がまだBだし、そろそろ空戦の昇段試験を受け、ランクを上げた方がいいかもしれない。AにしろA-にしろ、A範囲内になれば空戦の方の仕事も貰えるようになるはずだ。そうなればもう少し収入も多くなる。……悪くはないはずだ。
と、少女達を少々待たせすぎたかもしれない。マンションの外からおーい、と声を出して此方に手を振っている少女達の姿が見える。
「あ、では」
「うんうん、頑張りなさい」
管理員の声を背中に受けながら駆け足でマンションの外へと出る。頬を膨らませたレヴィがタクシーの前に立っている。既に他の三人は乗り込んでい。シュテルが助手席に、そしてユーリとディアーチェが並んで後ろの席に座っている。
「はーやーく!」
「はいはい」
苦笑しながらタクシーに乗ると、膝の上にレヴィが乗っかってくる。そして扉が閉まると、今度は膝に乗ったまま窓に張り付く。流石に窓を開けるのは危険なのでやらせないが、さて、
「ミッド・モールまで」
無人のタクシーは目的を聞くと、その道を自動で走り始める。……バイクの免許はあるが、車の免許はない。そろそろ此方の方も取得するべきなのだろうか、これから外に出かける時あるなしじゃあ大いに違いそうだ。
◆
「広ーい!」
「おぉ、これには圧倒されるな……」
タクシーから降りて大型のモールに入ると、まず目に映るのは大量の店と、そして人の姿だ。この少女達を保護した世界は確かに観光向けの世界ではあるが、そこまで人が多い場所にいた訳ではない。だから空港よりもはるかに賑わうモールを見て、少女達四人は目を大きくして見ている。
「あまりうろちょろするなよ? ”迷子の王様いませんかー”とか放送するの激しく面倒だからよ」
「何故そこで我があがるんだ!? そういうのはレヴィの役割であろう!?」
「なにを言っているのですかディアーチェ」
そう言うシュテルは既に俺の横に立って、左手を握っている。そしてレヴィは右手を握り、ユーリはレヴィと手を繋いでいる。その動き、一瞬とも言えるほどに短い動作だった。
「僕たち迷子にならない様に手を繋いでいるから」
「ディアーチェ? 予めモール内では手をつなぐように言われたはずですよ」
「我が悪いの!? というかユーリも少しセメントになってきてはいないか!?」
まあまあ、とシュテルとレヴィがすかさずなだめに入り、そしてユーリがディアーチェを最終的に落ち着かせる。何というか、この四人の流れというものが大分見えてきた気がする。若干ディアーチェが不憫に見えなくもないが……まあ、それは俺から労ってやればいいな、とそう決め、とりあえず歩き出す。
「えーと、必要なものは何だっけ?」
本来なら手に装着したベーオウルフに答えさせるところだが、それ以上に目を輝かせている少女達の存在がいる。彼女達に向けて放った言葉は直ぐ様に返答を得る。
「まずは服ですね」
「下着も必要だな」
「あと出来たらですけどテーブルと椅子ですね。朝食の時少し辛かったですし」
「あそこで売ってるお菓子が食べたい」
レヴィだけ一向に言動がブレない。この欠食童子は一体どれだけ食べれば気が済むのだろうか。明らかに体積以上に食っている気がしてならないのだが、これで家計は持つのだろうか。いや、確実に危なさを感じる。これはやっぱり近いうちに空戦の試験を受けてランクを上げておく必要がある。
出費とそして仕事。人間は生活の為に働いて働いて働く。
こんな風に必死になって色々と考えながら動くのは自分のキャラじゃない筈なのに、ここ数日で一気に老け込んできたような気がする。
『Father……』(お父さん……)
「ベーオウルフ、次それ言ったら分解だからな」
呆れの表情を何とか浮かべない様にしながら、さて、と言葉を口にする。買い物は多いが、自分の知識では足りない部分が幾つかある。たとえば女物の服装とかだ。そりゃあデートとかにいけば何が似合う、とかよく聞かれるわけだが、それは一人に対して選ぶからできる事だ。こうやって複数人の物を買おうというのであればてんで知識不足となる。
「と、言うわけでお前らそこらへんどうなんだ? 解るのか?」
「そこらへんは知識としてあるし、我らを見れば好みなどがあるのも解る話であろう」
ディアーチェの発言に安心する。まあ、こういうのは正直俺に任せるよりも、本人が好きに選んだ方がいい。とりあえず手近な洋服屋に入り、そこで服を買おうと決め、歩き出そうとした瞬間、両側の手を握るシュテルとレヴィが此方の動きを止める。
「肩が抜けそうになるから体重を乗せて動きを止めるなよ!」
「いや、そんなどうでもいい事は放っておいてください」
どうでもいいと断定されてしまった。
「それよりも今―――適当な店で見繕ってもらおうと今、思いましたね?」
「え、あ、そうだけど……?」
その返答にシュテルだけではなく、他の少女達も露骨に溜息を吐く。一体何が悪いのだ、と口を開く前にユーリが、
「今までの対応を見るにお兄さんの点数はそれなりに高かったんですけどねー……」
「流石にこれは男性と女性の意識の差ですよユーリ」
「仕方がないよね。でも僕でさえ解る事をお兄さんが解らないってのは少し残念過ぎる事だと思うんだ」
「レヴィ貴様、唐突に真面目になって喋るのやめぬか? たまにお前のキャラ忘れそうになって我ちょっと寂しいぞ? ん? あ、あと今発言食われた」
つまり?
「イストが朝食を用意しているわずかな間にベーオウルフを拝借して私が人気店と今季の流行をあらかじめ調べておきました」
『I fond girls over man』(男よりも少女の方が好きです)
「貴様ァ!」
「ちなみに予想はこんな感じで」
そうやってシュテルは指で宙に数字を描く。そしてその金額を確認し、ちょっとだけ汗をかく。少し待て、と言いながら手を離し、軽く服の値段や必要なものの計算を脳内でサクっと終わらせ、再びシュテルへと向き合う。
「待て、本当にちょっと待て。え、下着セット3000とか2500だろ」
「なにを言ってるんですか。そんな安物を私達が履くわけないじゃないですか。最低でも一つ2000のラインですよ。これも我々の健全な成長への対価だと思って諦めてくださいね。あ、ベーオウルフ借りていきますね」
此方が放心しているとサクっとシュテルが手に装着しているベーオウルフを奪い、此方です、等と言いながらモールの中、既に決めてあるらしい店へと向かって他の三人と共に向かってゆく。
「……いや、まあ、貯金あるから大丈夫なんだけどさぁ……大丈夫なんだけどさぁ……」
こう見えて嘱託魔導師だし? 魔力量はAだし? 総合AAと陸戦AAの二等陸士だし? いい生活してますよそりゃあ。貯金もありますよ。少しぐらい遊んでも余裕があるぐらいには貯金してますよ。それでも、必死に頑張って溜めてきた金なのだ。それを必要だと解っていても予想外の事に一気に消費が増えると思うと少しだけ抵抗感がある。正規管理局員だと散財する暇もないが、嘱託魔導師であれば少しだけ、少しだけ余裕があるのだ。だがそういう娯楽もなあなあで済ませ、貯めてきたこの金……!
「あ、シュテル、見てくださいこれ」
「む、ナイスな花瓶。引っ越し先には花も必要ですから購入しましょう……えーと15万? ―――買いですね」
「ちょっとそこのロリ待てぇ―――!?」
流石に止めに入る。止めに入るが、
―――なんとなく、こんな時間が続けば良いと、そんな事を思いながら、走ってマテリアル娘たちを捕まえる。まあ、結局最後は折れて買わせてしまう自分を容易に想像しながら、苦笑し、そして買い物を始める。
得る事が出来なかった日常を少し豪華に彼女たちが得るのは、決して間違いではないはずだと思いながら。
次回辺りから時間を飛ばします。