マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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イングヴァルト

 二人のスカリエッティ、二人の女と、そして自分。おそらくスカリエッティの背後の女性は護衛だろうと判断する。その実力は未知数だが―――まず間違いなく今の状態の自分でどうにかなるとは思えない。突然の来訪者に対して自分が取れるのは黙る事のみだが……レイジングハートを握る手だけは常に最良の状態にしておく。

 

「あぁ、待ってくれ私。ちょっとこれから不屈のエース・オブ・エースにネタバラしをする所なんだ。君から全部説明するのもいいだろうけどこれぐらい私の口から言ってもいいだろう? 今ちょっといい所で興奮している所なんだよ」

 

「あぁ、いいんじゃないかな私。その気持ちは実に理解できるし。それぐらい待つ寛容さと余裕を私は持っているよ? だから好きに語ればいいさ。結局の所私達の価値と言うのはどれだけ知識を振りまけるかという一点に集約するからね。いやはや、そういう意味では今回の件は完全に油断してたし羨ましく思うよ。いや、嫉妬するね。こんな風に派手に暴れるなんて思いもしなかったよ。流石私だ」

 

 そうやって褒め合うスカリエッティの姿を見るのは異様な光景だった。そして、そんなスカリエッティはお互いを褒めることに満足すると、此方へと視線を向けてくる。忘れていてごめんね、と言うとスカリエッティは笑みを浮かべじゃあ話を始めようと言いだす。

 

「―――全ての始まりは四、五年前に海鳴で発生したある事件が原因だ」

 

 

                           ◆

 

 

「ぉ、ぉおお―――!」

 

「はぁぁぁあ―――!」

 

 接近と同時に攻撃を繰り出す。だが相手はそれを掻い潜り、此方の腕を取って素早く投げる。投げられたとたんに体を丸めて重心を流されぬように整える。だがイングの技量はそれを超えて此方の体を崩す。故に体を上手く整える事が出来なく、身体は壁へと激突し、貫通する。壁の向こう側にいるイングの存在を見なくとも感じつつ、体を立ち上がらせ、壁へと向かって一直線に跳躍し、そして全力で壁を打撃する。

 

「くっ」

 

 壁を粉砕するのと同時に破壊された壁の破片がナイフとなってイングの体を傷つける。だがその中をイングは逆らうように避けながら突き進み、まるで柳の様に揺れながら進んでくる。そのまま接近すると同時に拳を素早く叩き込んでくる。それを受け止めつつ、

 

「甘いぞぉ―――!!」

 

 イングの体へと拳を叩き込む。受け流せる威力の上限を超えた破壊力、自分が込められる全霊を拳に込める。必殺の拳のみで戦っている。死ぬその瞬間まで一切止まる事はない。止まるつもりもない。できる事は前進鏖殺のみ。相手が終わるまで、自分を止められることはもう自分でもできない。殺す事にしか意識は向かない。文字通り、殴殺するためだけの怪物になってきている。心をそうにでも染めなきゃ倒れてしまいそうな敵だ。

 

「滅べぇ!!」

 

 殴り飛ばしたイングへと追いつく様に再び拳を振るう。もはや魔力切れだとかリンカーコアの酷使とかは感じられない。そういう警告してくれる生来の相棒はいなくなった。だから止めてくれる存在はない。追いつくのと同時にイングに拳を叩き込み、更にその体を吹き飛ばして壁を貫通させる。それに追いつこうとした瞬間、閃光のように壁の向こう側からイングが出現し、

 

「断、空、拳……!」

 

「がっ」

 

 奥義が体へと叩き込まれる。幾度となく叩き込まれた必殺の拳、全身の骨を砕くような激痛を与えてくれるが、それを受け止めながら思考する―――俺は生きていると。この激痛が、痛みが自分が生きているという事の証だと。痛いからまだ生きていると理解できる。そして生きていると理解できるのであればまだ戦える。そして痛みを感じているという事は相手が死んでいない事だ。

 

「吹き飛べ……!」

 

 断空拳を叩き込んで硬直しているイングの体に拳を叩き込む。もはや何度と叩き込んだのかは解らない。何度攻撃を叩き込まれたのかもわからない。ただ感謝しなきゃいけないのはなのはの存在だ。まだ死んでいないのは確実にイングがその腕を痛めているからだろうからだ。おそらくスターライト・ブレイカー。その一撃を受けた事で拳士としては一番重要な武器である拳を、腕を痛めたのだろう。回復魔法を使う光景は見ていない。ならば回復していない。もし十全であれば最初の一撃で即死していた可能性が高い。

 

 殺せるのは今の状況だけだ。

 

「イング―――!!」

 

「私の名を呼んでください。その拳で私に傷を刻んでください―――それでこそ睦みあうよりも情熱的な語らいであるというものでしょうから」

 

 イングは拳を踏ん張って耐えながら此方の胸に当てた拳を開き、それを手の平として当ててくる。次の瞬間短い動作と共に心臓を衝撃が貫き―――停止する。一気に息が苦しくなるが、何かをする前に拳を振るい、イングの体を吹き飛ばす。―――そして、魔力で心臓を捕まえ、止まっていた心臓を無理やり動かす。一度止められたことがあるのであれば、もちろん対策は施す―――此方の必殺の拳が、ヘアルフデネが全く通じていないのもそれが原因だろう。普通に殴ったらおそらくほぼノーダメージだ。ヘアルフデネだからこそ、ダメージが出ている。やはり、

 

 殺すには腕を犠牲にするしかない。

 

「らぁぁああ―――!」

 

 品性の欠片も見せない声でイングへと接近しながら拳を振るう。やはり大振り過ぎたのかイングはしゃがんで回避する。振り抜かれた拳はそのまま振るわれ、後ろの壁へと激突し、完全にそれを粉砕する。そうして回避したイングは横へ回り込むと脇へと蹴りを繰り出し、此方が僅かによろめいた瞬間に拳を強く叩き込んで、

 

「破ァッ!!」

 

「がっ」

 

 体を吹き飛ばしてきた。吹き飛ばされた先で瓦礫の中へと突っ込み、そこから身を起こし、血を吐く。流石に相手が少しは弱体化しているとはいえ、攻撃を受け過ぎた。肉体面はかなりボロボロになっている―――長くは戦えない。デバイスはないから魔法によるサポートは期待できない。だとすればもう、残された時間を限界を超えて戦うしかない。瓦礫を吹き飛ばしながら、叫ぶ。

 

「フルドライブ!!」

 

 残されたシャツ部分を破り脱いで、完全に上半身を晒しながら首を軽く回し、近くの瓦礫を握りつぶす。フルドライブモードは一種のオーバーロード状態、過剰強化状態であると考えればいい。そしてデバイスはそれを制御する機械―――制御するデバイスが無ければ後はぶっ壊れるまで限界を超えるのみ。最初から無事に帰れるとは思っていない。だから最初から自爆するようなやり方で戦ってきた。

 

「フルドライブ……!」

 

 だが相手も同じことをする。リンカーコアの過剰酷使。限界を超えた強化。限界を超えた思考加速。限界を超えた術の使用。それをお互いに全て打撃の補助に注ぎ込む。相手はフルドライブの証に緑色の魔力光を燐光に散らし、此方は青を散らす。お互い睨むのは一瞬。踏み出すのは刹那以下。

 

 

                           ◆

 

 

「ぉぉおおおおお―――!!」

 

 もはやイングとイスト、それがどちらの声だかは判別できないぐらいに叫びあっていた。踏み出した次の瞬間に床が壊れ、下の階へと落ちて行くのもどうでもよかった。ただ殴り、打撃する。それしか二人の脳には残されていなかった。破砕されて砕ける床を足場に、八艘跳びの如く瓦礫から瓦礫へと飛び移り、そして中空で接敵する。互いに接触と同時に避ける事もせずに必殺の一撃を叩き込む。フルドライブモード故の威力の強化―――だがそれ以上に防御能力への強化が互いに大きく出ている。必殺であってもそれが限界を超えた強化によって阻まれている。致命傷には程遠く、互いに崩壊する足場で全力で拳を叩き込んで行く。

 

「おぉ―――!」

 

「はぁ―――!」

 

 殴る度に血飛沫が飛ぶ。それが相手にかかり、己にかかり、イストとイングの間で血液の交換が行われているような光景だった。だがそこには互いに、殺意しかなかった。本気で殺す、その意志が限りなく込められていた。妥協も許しもなく、本気でなぐり合う。拳がイングの顔面へと直撃し、脳を揺らす。だがそれを抑え込みながらイングが食らいだす拳は斬撃となってイストの脇腹を斬り抉る。

 

 その全てに苦悶を漏らすことなく、ただ吠えながらゼロレンジでなぐり合う。野蛮にも見えるその光景に込められた数々の技術は失われた物や極限まで鍛えられたものを多く含み、理解する物があればそれを一つの芸術として理解できただろう。だがそれを理解される事もなければ、二人にそんな事はどうでもいい。あるのは撃滅必殺の意志のみ。

 

 相手を絶対に倒す。

 

 朦朧としてくる意識の中で思考できるのはそれだけで。それしか考えられない故に動きはさらに凶悪となり、数十という打撃を繰り返してから体はようやく下の階へと落ちる。瓦礫が降り注ぐ中で、中央から互いを弾き飛ばす様に殴り飛ばし、距離を作り、相手を睨む。

 

「貴方に恋をしてよかった。貴方を愛せて良かった。貴方になら全力で殺される」

 

「うるせぇメンヘラ。食わせなきゃいけねぇガキどもがいるんだよ―――決めるぜ」

 

 それは確認だった。互いに次で決めるという必殺の意志。それは言葉としてではなく、動きとして答えになった。獣の様な咆哮を轟かせながら互いに全力、最終と呼べる奥義を握り、それを手に瓦礫を吹き飛ばしながら接敵する。その動きに先に到達したのは―――イストだった。

 

「ベオ、ウルフ―――!!!」

 

 魔拳ベオウルフ。あらゆる物質を消し飛ばす死の拳撃。それはイングへと到達しそうになる。だがイングは直感的にその脅威を理解する。理解する故に―――必殺を放たない左の拳を魔拳へと叩きつける。ノーモーションから全力の加速と技術。一瞬に体に命中する前の拳へと打撃する事ができたイングの拳はベオウルフを逸らし、不発に終わらせる―――イングの右腕とその横の空間の完全な喪失と引き換えに。

 

「■■―――!!」

 

 痛みと、興奮と、そして古代ベルカの言葉―――もはや言語としては認識できない古すぎる言葉がイングの口から零れ、そして必殺が不発として終わったイストの体へと向かう。その必殺を放った拳、左拳は負荷に耐えきれず、拳どころか腕のほぼ全箇所から出血しながら亀裂を広げている。だが、

 

 イスト・バサラは砕けない。

 

 イストが振り回すのは右拳、本命の右拳。もとより左腕は完全な囮として捨てた。残された右腕と、そしてイングの左腕。残された互いの手には敵を一撃で完全に粉砕し、そして消し飛ばす同系統の必殺が存在していた。奇しくも、究極を求めた結果―――その終着点は完全に一緒だった。即ち一撃必殺。どれだけ効率的に相手を葬れるか。その一点に集約した結果、どんな敵ですら滅ぼせる手段がこれだ。だからイストにもイングにも驚きはなく、全力で放たれる拳が互いにぶつかり合い、完全に相殺しあって弾き飛ばされ、

 

「俺のぉ!」

 

 互いのフルドライブモードが解除される。イングもイストも全身から完全に魔力が消失する。そうとなれば残されたのは本来の肉体の力のみ。その場合女と男、有利であるのは誰か、と言う問いかけに対して応える必要は一切ない。

 

 ―――そこに終着点はあった。

 

「―――あぁ、これが私の」

 

「勝ちだぁぁぁあああ―――!!」

 

 腕は両方とも使い物にならない。蹴りでは遅い。ならどうするか。

 

 ―――爪と牙こそが人間に与えられた最も原始的な武器。

 

 故にイストはイングの首へと噛みついた。イングの体を持ち上げる程の強さで噛み持ち上げ、そして、噛んだまま全力で吠えた。最初はわずかに動くイングだったが、やがて少しずつ動きが小さくなってゆく。表情に笑みを浮かべながら、全身から力を抜いて行き、そして最後に言葉を残し―――

 

「愛に……答えて……ありが―――」

 

 覇王の言葉と動きが完全に停止した。

 

 イストは勝利をその舌で味わった。

 

 ―――魔力も技巧も存在しない最も原始的な武器に覇王は敗北した。




 この状況でイングにとって許されるコミュニケーションが戦闘のみで、本気の殺し合いこそが彼女が唯一愛情と思いを伝えられると状況でした。それ以上は本来の姿の持ち主と、覇王という存在に泥を塗られるので、殺し殺されている空間でしか全力で触れ合うことはできません。

 登場人物の中で一番純情で純粋で一途。

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