マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ライク・ディス・ウェイ

 ハイペリオン・スマッシャーが通路を埋め尽くし、標的へと命中した姿を視認し、確信する―――相手は倒れていないどころかほとんどダメージを受けていないだろうと。相手は自分の予想を超えて強いはずだ。なぜなら同じ格闘という領域であのモンスターが勝利できないのだ。一度敗北し、死にかけたという事実は自分にとっては最大限警戒するには十分すぎる理由だ。―――近接距離、閉鎖空間。狭い空間における戦闘で自分とイストの戦闘記録、それはイストの勝利で九割方終わっている。残りの一割はイストが近づく前にスターライト・ブレイカーを叩き込んでから更にフルドライブモードでスターライト・ブレイカーを叩き込んだ半分反則の状況だった場合だ。アレは挑発しまくったイストが悪かったので絶対に謝らない。

 

 ともあれ、

 

「……私は高町なのははもう少々話し合いの通じる相手だと思っていたんだが」

 

 覇王に、イングと自分に対して名乗った女の背後に白衣の男がいる。話によればジェイル・スカリエッティだろう。この男が全ての黒幕だ。この男が多くの人間の人生を狂わせている。だからエクセリオンモードのレイジングハートをスカリエッティへと向かって突きつける。

 

「話を聞くならボコして捕まえた方が安全だって先輩から習った」

 

「あぁ、確かに君の先輩ならそうしそうだねぇ」

 

 頭の中でダブルピースを決める6隊の面々の顔が思い浮かんでくる。激しくウザイので脳内で砲撃を叩き込んで、頭から彼らの姿を追いだす。まあ、なんだ、自分は本当はイストを追いかけてユーノ君の貞操と処女がまだ大丈夫なのか確認しにきたのだが、いっぱい人死んでいるし、めちゃくちゃ激しく戦っている馬鹿がいるし、なんだか覚悟決めた顔をしているやつらばかりだし。

 

「気に入らない」

 

 どいつもこいつも死ぬ覚悟ができている。訓練場で戦っていたイストとリインのコピーも、目の前のイングも、皆死ぬつもりで戦っている。殺すつもりで戦っている。そうじゃないでしょう。生き残りたいから戦っているのだ。そんな、後ろ向きに進むのは嫌だ。誰かが失われるのは嫌だ。だって、そうでしょう?

 

 誰かがいなくなった分だけ世界は寂しくなるから。

 

 だから容赦はしない。魔王と呼ばれてもいい。悪魔と呼ばれてもいい。外道でも鬼畜でも思いを踏みにじってもいい。寂しい世界は嫌だ。悲しいエンディングは認めない。私はハッピーエンド主義者なんだ。だから砲撃叩き込んで、気絶させて、捕まえて、話し合って、更生するまで砲撃叩き込む。そんでもってみんなに馬鹿な考えは止めさせる。その為なら私は鬼になれる。失う悲しみを感じるのは一度で十分。それ以上の喪失は―――過剰だ。

 

「気に入らない。喪失を強いるやり方も許容するやり方も。私はそんな結末を見てない。皆で笑い合ってあの頃は無茶したなぁ、何て馬鹿を言える未来を望む。だから容赦はしない。ここで沈んで。今は悲しくても未来では笑えるはずだから」

 

 ―――フルドライブモード。

 

『Fulldrive mode』

 

 本気の体勢へと入る。相手は己が知る中では間違いなく最強に入る部類の存在だ。おそらく―――いや、確実にあの時はやてとユニゾンして暴走していたリインフォース並の戦闘力を持っているに違いない。そう思って戦わなくてはならない。それだけ警戒すべき相手だ。覇王イングヴァルトのクローン。その人物が正面で此方を見る。

 

「……若いですね。確かにそれは理想でしょう。ですが理想は理想―――叶わず散るものです。私の終焉は貴女ではありません。貴女では私に絶対勝てません。実力以前にこの状況では本気で戦う事も出来ないでしょう。むやみに命を奪う必要ありません。警告します―――去りなさい」

 

「ハイペリオン・スマッシャ―――!」

 

 答えの代わりに砲撃した。

 

 

                           ◆

 

 

 瞬間、イングは瞬発しながら砲撃を打撃した。覇王流の奥義は戦場で命を奪う奥義。故にそこには質量兵器や様々な生物への対処が多く存在している。魔力を使用せずに魔法へと対応するための技も多く存在する。その中にはもちろん―――術ではなく技巧で砲撃に対応するための方法も存在する。故に打撃する。己の技巧が覇王のものであると認識し、打撃した。ハイペリオン・スマッシャーを打撃し、その威力を減衰させる。打撃点を中心に砲撃は拡散し、大きく威力を弱める。登場とともに放たれた一撃目の砲撃も全く同じ方法で防いだ。そしてこの距離は己の距離だ。そのまま素早く接近する。イングとなのは、スカリエッティの存在する空間は細長い通路で逢って、決して広い空間ではない。

 

 だから、なのはは全力で後ろへ加速し、飛ぶ。最初からなのはの逃げ場は一箇所しかない。接近された時点で詰むなんて事実は目に見えている。そしてなのはができるのは砲撃のみ。既にイングの情報は搾り取れるだけ同僚から搾り取られている。相手が誘導弾を掴んで投げ返す事が出来る事は把握しているのだから迂闊に誘導弾を放つことはできない。だからなのははフライヤーフィンで後ろへと向かって飛行しつつ、

 

「ディバイン・バスター……!」

 

 全力で砲撃した。だが、

 

「無駄です」

 

 打撃した。

 

 イストがフルンディングを通して完成させる術に対する打撃破壊をイングは超絶技巧のみで成し遂げる。書物には書かれていない消失された奥義の数々を全て記憶と記録、そして経験という形で完璧な状態でイングは保持している。故に無駄だと宣言する。

 

「砲撃魔導師としては確かに優秀でしょう。素晴らしい才能です。素晴らしい技術でしょう―――ですが戦乱のベルカであればこの程度の魔導師腐るほどいました。―――そしてそれらを全て私達は撃破してきました。故に断言します、無駄ですと」

 

 打撃と共にディバイン・バスターは打撃点を中心に拡散した。桜色の砲撃を散らしながらイングは前進する。だがその程度、なのはも理解している。相手は文字通り”兵器”といえる様な存在。己はフルドライブモードでの砲撃を叩き込んでいるのに、それを最小限のダメージに抑えながら距離を詰めてきている。恐ろしすぎて涙を流したくなるほどに強い。何よりここが狭いというのがいけない。十分に距離を作って溜めの時間を作れない。それに周りへの被害を考えて本気で攻撃する事も出来ない。何せ、一つ間違えてどっかの機器を破壊すれば時空管理局本局内の空調システムが壊れてしまうかもしれない。その場合は窒息必須だ。

 

 だけど、抑え込んでいて勝てる相手でもない。

 

 判断は早い。

 

「ハイペリオン・スマッシャー……!」

 

 再び砲撃が放たれる。それをイングが打撃し、接近を試みる。だが砲撃は一度の打撃では消えない。魔力を放出し続けた状態でイングの動きを抑え込む。魔力の消費が著しいが、それは有効な手段でもある。避けられない以上、耐えて進むしかない。

 

「必要経費と判断します」

 

『Cartridge load』

 

 カートリッジがロードされるのと同時にイングが打撃をしながら突き進む。砲撃の威力を打撃で減衰させながらなのはとの距離を詰めようとする。その姿を凄まじいと評価するほかない。並の魔導師であればなのはの魔力量に抗う事が出来ず、此処まで抵抗する事も出来ず、一歩も動けないまま終わるのが通常だ。だがイングは完全に逆らって直進する事まで果たしている。やはり状況はイングに対して優勢であることに変わりはない。

 

 だから、

 

「ブラスター1、シュート……!」

 

 火力を増強した。

 

「くっ」

 

 流石のイングも一気に勢いを増した火力の前に一瞬だけ足を止める。その瞬間なのはが砲撃を放った状態から体を抑えるのを止め、体を一気に後ろへと飛ばす。狭い空間であることを無視して巨大な魔法陣を出現させる。そうして一気に溜めこんだ魔力の収束を始める。一瞬だけ足を止めたイングであったが、復帰は早い。なのはが砲撃を止めて収束態勢に入った瞬間に瞬発を始める。だがそれを阻むようにレイジングハートのコアが煌き、魔法弾を複数生み出す。時間を僅かでも稼ぐようにそれがイングへと向かって飛ぶ。

 

「覇王流にその程度は通じません」

 

 イングが魔力弾に手を伸ばし、掴もうとした瞬間、手の中で魔力弾が破裂し―――鎖となってイングの全身を縛り付ける。

 

「これは―――」

 

『You look better now』(今の方がいい恰好ですよ)

 

「ありがとうレイジングハート」

 

 魔力弾は圧縮されたバインドであり、イングがふれた瞬間には本来の姿へと戻ってイングの体を締め付ける。だがバインドを突破する奥義はもはや呼吸と同然の動きだ。引きちぎるまでもなく、技巧で拘束から抜け出す。だがその為に要した時間、僅かに数秒程度の時間だがそれはフルドライブモードのなのはが術を完成させるには十分すぎる時間だ。

 

「スターライト・ブレイカー―――」

 

「撃たせません」

 

 今までとは次元の違う速度で一気にイングが加速する。一瞬でなのはへと到達する。そこからなのはが砲撃を放っても距離が近すぎる―――最大に力を発揮する事は出来ないだろう。だがそれをなのはを理解していた。これだけの相手なら絶対に己へと届くだろう―――いや、そもそもこの状況で勝利する事は難しい。だったらどこかの馬鹿にこのステージを譲る前に、最低限のウォーミングアップをさせておかなくてはならない。

 

 ―――負けるつもりは最初からないのだが。

 

 そして、イングはその距離で気づく。

 

「形が……!」

 

「A.C.Sモード……! ブラスター1! フルファイア―――!」

 

 貫通力に優れたストライクフレームモードへと変化したレイジングハートを突撃槍に、スターライト・ブレイカーをゼロ距離から叩き込む反動を恐れない狂気のモード。まだ限界まで収束をした星光の閃光は一線となったどんなものでも貫くと信じている。故に、ほぼゼロ距離へと迫っているイングの存在は問題ではなかった―――初めからゼロ距離で放てる砲撃を準備していたのだから。

 

 故に直撃する。

 

 レイジングハートの穂先がイングの拳と衝突を果たす。こんな状況でも確実に武を振るう相手に対してなのはは驚愕するしかない。勝利への執着が凄まじい。だがそれはなのはに取って敗北してやる理由にはならない。前哨戦扱いは実に気に入らない。私だって私の人生の主役だ、そう思っている。故に、これ以上の戦闘は不利にしかならない。ここで落とす気概で、

 

「―――堕ちて……!」

 

 根元から砲撃を全てイングへと叩き込んだ。砲撃を受けて稼いだ距離の全てをイングが吹き飛ばされる事で後退してゆくのを確認する。そうやって砲撃に飲み込まれて吹き飛んでゆく強敵の姿に軽い快感を感じながら敵を砲撃する姿を眺め―――体を硬直させる。

 

「覇王―――」

 

 相手は砲撃の中、防御する事を完全に捨て去って、体で砲撃を受け止めていた。そのまま拳を構える体勢へと入り、自身のバリアジャケットがスターライト・ブレイカーによって破壊されているのも、非殺傷設定が付いている故に全身の魔力を叩きだされている事実にも頓着することなく、必殺を全身で受け止めながら、イングは放つ。知覚した瞬間非殺傷設定を解除してイングの体に残せるだけのダメージを残すための準備に入る。だがそのアクションには少し遅かった。非殺傷設定が解除されるのとほぼ同時に流れに逆らってイングは動いていた。

 

「―――断空拳」

 

「―――うぐっ」

 

 気が付いた瞬間には既にイングの拳が腹に叩き込まれていた。全身を貫くような衝撃を受けながらスターライト・ブレイカーが解除される。口から血を吐き出しながら、連撃のモーションに入ったイングの姿を確認する。この距離はイングの距離だ―――このままにしておけばまず間違いなく抵抗できずに殺される。故に判断は素早くする。バリアジャケットの一部をパージと共に爆破させつつ、レイジングハートを振るう。

 

「ディヴァイン・ブレイカァ―――!」

 

「破ッ!」

 

 瓦礫が散乱している通路でなのはが砲撃の剣を振るう。ここが本局の内側で助かった、と位置を思い出しながらなのはが攻撃を振るう―――うっかり穴が開いて時空のはざまへと落ちてゆく心配がないからだ。砲撃の剣をイングに叩きつぶされながらも、爆破の衝撃で大きく距離を生む。片膝を床に付き、口から血を吐く。

 

「これ以上の戦闘は死へと直結します―――降伏を」

 

「うーん、どうしよっかなぁ」

 

 なのはが己の状況とイングの状況を解析する。状況は圧倒的になのはが不利だ。バリアジャケットの破壊、吐血、おそらく肋骨も折れている。それに対してイングは顔と全身に傷と魔力に対する大ダメージを受けているが―――そもそも魔力自体が”飾り”でしかない相手だ。バリアジャケットを思い切り破壊したが、イングは既にそれを修復している。悔しいがここは引き時だと判断する。

 

 それに対してイングは予想外の負傷と苦戦に対して少なくない驚愕を得ていた。空戦魔導師という存在は己の実力と有利故に陸戦ベースの相手に慢心しやすい。―――故に飛んでいる相手を地に落とし、殺すのは容易だ。流石訓練されているだけはある、と思い、痛みを心地よいと思った。―――こういう痛みを毎回彼は受けているのか、とも。

 

「―――迷うんだったら交代しろよ。ユーノから癒しオーラ吸収してこちとら元気になってんだから」

 

 なのはが後ろからする声に振り替える事無く笑みを浮かべる。そして言葉を口にする。

 

「じゃあ奢り」

 

「何を?」

 

「これ終わったらクレミィのレアチーズケーキ1ホール」

 

「あいよ」

 

「じゃあ私もユーノ君に癒されてこよっかなぁ」

 

 なのはの言葉に満身創痍の姿で現れたイストは苦笑し、デバイスを持たず、託された魔力を全て失い、己のみの状態でやってきた姿を晒しながらイングへと視線を向ける。なのはもやはり苦笑し、そしてレイジングハートを支えに立ちあがると、ゆっくりと後ろへと歩き、少し離れた位置に到着するとそこで腰を下ろす。そしてイストの方へ視線を向け、

 

「美少女が応援するんだからモツ抜きとか禁止」

 

「黙ってろばぁーか」

 

 激しく何時も通り。そもそも後なんてない。後なんかないからこそイストもなのはも笑っている。そう、人生一度きりなのが普通であり、常識であり、そうであるべきなのだ。だから後がないのであれば不安になっていてもしょうがない。笑うしかない。笑って、笑って、笑い飛ばして、馬鹿をやって楽しむしかない。だから、何時も馬鹿をやっている。そんな調子で場所を変えてもそのまま。後輩を背中に、宿敵二人を前に、イストは宣言する。

 

「―――ふっ……! ごめん、ちょっと今のノリでいろいろ忘れちゃったから作戦タイムいいっすか」




 なのはさんが若干かませっぽいのが少しだけ心残り。もう少しうまく表現できなかったのか。

 あと明日から大学なので更新ペース一気に落ちます。たぶん1日1更新レベルに。

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