マテリアルズRebirth   作:てんぞー

65 / 210
 エロゲやってたら執筆し忘れてた


プレゼント・アンエクスペクテッド

「―――海?」

 

「そ、海。行ってみない?」

 

 そう言うなのはの手にはチケットが五枚ほど握られていた。何故海にチケット、というのがそもそもの疑問だ。たしかに夏だ。暑い。暑いってもんじゃない程に暑い。軽く頭がおかしくなるほどの温度だ。ヒートアイランド現象とかそんな感じのものでそのうち殺されるんじゃないかと思う。そしてそれから逃れる為に海へ行こうとするのは解る。良く解る。だが管理局員に夏休みはない。あるのは職務だけだ。あとサービス残業。だから海へ行けと言われても正直色々と困るだけなのだ。

 

「休みないしなぁ」

 

「有給溜まってるよ」

 

 すかさずなのはが挟んでくる言葉に黙らされる。そう、そうなのだ。一応だが有給は溜まっているのだ。この一年間と数ヶ月、必死に働き続けてきた結果物凄くお金が溜まった―――……一部不本意な形で。だがその為に一回も休みを取っていないので有給が腐っているのだ。そして有給を消化しない部下というのは面倒だ。何せ上の人間が下が必死なのに休みを取れるわけがない……少なくともウチの隊長はそう思っている。

 

 なので前々から有給取りたいから休めとは言われていた。

 

 それに、そろそろ……いや、暫くは家族を大事にした方がいいとも思う。誕生日には派手に祝って貰えたし、そのお返しとして海へと連れて行くのは決して悪い選択肢じゃないかもしれない。それに彼女たちをミッドの外へと連れて行ったことはない。―――今、外へと連れ出しても安全だという事は既に確認が取れている。だから問題はない、ないのだが……。

 

「そのチケットはなんだ」

 

「コネで引っ張ってきたリゾートホテルの無料宿泊券」

 

「マジでか」

 

 なのはがチケットを此方へと押し付けてくる。それを受けとりながらチケットの内容を確認すると、確かにどこかで聞いたことのあるリゾートホテルの無料宿泊券だ。場所はこの世界のリゾート地域で、一泊二日の朝、昼、晩御飯付のチケット。これ、出す所出せば相当高額で売れるんじゃないかと思う。とりあえず、

 

「いや、普通に嬉しい話だけどさ―――俺に惚れた?」

 

「寝言は寝てから言って欲しいなぁ」

 

 レイジングハートに手を伸ばさず、笑顔で言える様になったのだから成長したなぁ、となのはの変貌ぶりに感心する。少しずつだが交渉術や腹芸等、そういった付き合いで必要な事をなのはも覚えていっている。最初ここへとやってきた無知な少女は何時の間にやらどこへ行ったのか、今ではこうやって相手の心配をする余裕すら見せてくれる。やはり、あの日以来自分が見せた変化はなのはとしてはティーダの死を引きずっているように見えるのだろうか。

 

「ま、露骨に俺の心配をしているのはいいさ。べつに引きずっているわけでもないし。チケットはありがたく使わせてもらうさ」

 

「心配しているって解っているなら大丈夫だって口で言ってほしいかな」

 

 そう言うなのはに向けて笑みを浮かべる。

 

「なんだ、平気だって言えば信じてくれるのか」

 

「似合わないサングラスやめたしどっか吹っ切れたようにも見えるし、一応仕事上のパートナーとして信頼も信用もしているし。だから信じてあげる事にしてあげる」

 

 この少女、ナチュラルに上から目線になってきていて、軽く増長しているようにも思えるが、それも此方の事を信用か信頼してくれているからだろう。身内と認められたのか、そうではないのかはこの際置いておく。ただチケットは貰った。そして有難いことに休みは取れる。なら有難くこのチャンスを無駄にするわけにはいかないだろう。ともなれば行動は早い方がいい。

 

「副隊長ー」

 

「おー」

 

 デスクに暇そうに倒れている副隊長の姿が見える。殺人事件がティーダの死によって終結したので、それ以降仕事の無い6隊は基本訓練か暇つぶししかない。故に―――仕事なんて放り投げて仮眠タイムの副隊長。その副隊長に向かって手を上げて宣言する。

 

「お腹が痛いので早退します」

 

「もっとましな言い訳見つけて帰れ」

 

「じゃあペットが車を轢き殺したという事で」

 

「帰って良し。ついでに頭の病院にも行って来い」

 

「ういーっす」

 

「あ、これでいいんだ」

 

 やるべき所はちゃんとやるが、それ以外の所では割と適当なのがここの隊だ。ベーオウルフに有給の申請をさせながら立ち上がり、軽く体を動かす。リゾートのチケットを貰ったのはいい―――だがその準備ができているか、と言われたらできてない。

 

 つまり、

 

 

                           ◆

 

 

「えー、本日は午後の予定を全てキャンセルしてクラナガンデパートへ買い物しに行きます」

 

 瞬間、四人が一斉に目を輝かせながら掴み、寄ってくる。若干鬱陶しいので寄ってきたのを片っ端からソファ目掛けて投げ捨てながら手の中に握られているチケットを見せると、それに視線が集中して四人が一斉に黙りだす。ある種の緊張感がリビングに漂う。それを正面から受け止めながら、口を開いて説明を始める。

 

「ここに、五人分のリゾート無料招待チケットがある。しかも軽く調べた所オープンしたばかりの―――貴様ら、超苦労してこれを手に入れた俺を崇めろ」

 

「イスト様ー!」

 

「素敵ー!」

 

「抱いてー!」

 

「結婚してー!」

 

「お前らノリがいいな」

 

 わぁ、と歓声を上げながらマテ娘達が抱き合ったり小躍りしている様子が目の前で繰り広げられている。軽くやる分にはいいが、あまり派手すぎると下の階へ迷惑が行くので黙らせようかと思ったがそこらへん弁えて小躍りで抑えているので許すとする。

 

「いえ、デパートへ行ける上にリゾートホテルご招待ときたらそれこそテンションあがらない理由もありませんよ」

 

「最近は行ける様になっても常に一人ずつというのが現状であったからなぁ……」

 

「正直皆と相談しながらお洋服見たいです」

 

 まあ、そこらへんの感性は十代女子、と言ったところだろう。いや、この感性で正しい。そして正確な日取りが解った今、もう警戒する必要はない。管理局側は興味を持っていないし、普通の少女の様な生活を送らせる事を今こそできる。これはその第一歩だ。まずはここから始めたい。

 

「さ、買うもんをリストアップしろ。その間にタクシー頼んでおくから」

 

「総員集合―――!」

 

 ディアーチェが命令した瞬間、シュテルとレヴィがメモとペンを持ってきて、そしてユーリがそれを受け取って買いたいものを一気にリストアップし始める。その光景に苦笑しながら部屋に備え付けの電話を取って無人タクシーの会社へと連絡を入れる。此方でその準備を進めている間に、彼女たちの会話に耳を傾ける。

 

「まずは水着だな」

 

 ディアーチェの言葉に全員そろって頷く。あぁ、そういえばこいつら用に水着を購入した事がないな、という事実を思い出す。人目が多くつく場所へと連れて行くことができないという事はプールへと連れて行くことができないという事だ。だから水着が必要な理由もないし、今まで放置していた。―――まぁ、まさかこんな日が訪れるとは思いもしなかったが。

 

「あとサンオイル」

 

「いや、待ってください。そもそもリゾートの位置は何処なんですか?」

 

 此方が受話器越しにオーダーの最中なので離れられないので、チケットを指に挟んで軽く揺らすとそれにレヴィが飛びかかり、チケットを回収する。それを再び女子の集いへと持って行くとシュテルがそれに書いてあるホテルの名前や位置、設備を調べてゆく。あぁ、我がデバイスベーオウルフよ、我が家にいるお前はまるで検索用の端末だ。

 

「あ、どうやら海辺のホテルらしいです」

 

「となればサンオイルは確定だが……パラソルやマットはどうなんだ?」

 

「あ、あとビーチで使えるボールとかも必要ですよ」

 

「あと多分僕たち、水泳経験ないし一応浮き輪を持って来た方がいいんじゃないかなぁ」

 

 受話器を戻し、タクシーを呼び終わる。そしてそこで視線が此方に向いている事に気が付く。そして、シュテルの指がゆっくりとお金のマークを形作る。つまり予算は幾らまでか、と確認してきているのだろう。……まぁ、折角の記念なのでここで抑えていっても仕方がない。サムズアップを向けて好きにやれとサインを送る。

 

「好きに殺れというサインが出ましたので自重はしません」

 

「じゃあ我ついでに家電が見たい。あとキッチンももうちょっとアップグレードしたいから―――」

 

 素早くディアーチェの背後へと回り込んでディアーチェの回収をする。ソファに座り、ディアチェの腹を太ももの上に乗せる。そこまで体勢を整えればディアーチェは次の瞬間やってくるものがなんであるかを悟る。

 

「今のは冗談―――」

 

「―――我が家にそこまでの余裕はねぇよばぁーか!」

 

 ディアーチェのケツを全力で叩いて地面にディアーチェを放置する。ディアーチェが若干すすり泣く声で床に倒れているがその姿を放置し、床でケツを抑えるディアーチェの姿を指さす。

 

「馬鹿を言えばああなるって解ったかな? うん?」

 

 シュテルがディアーチェの惨状を見て、静かに立ち上がり、

 

「すいません、叩かれるときは直がいいです」

 

「シュテルはもう駄目ですねー」

 

「流石の僕でもドン引きだよ」

 

「おかしいですね……ここは恥ずかしがられる場面ですのに……」

 

 おかしいのはお前の頭の中だ。ようやく復帰したディアーチェが床を這うように移動し、リビングのテーブルへと戻ってくると我が家一のイロモノの称号を得つつある、というか獲得してしまったシュテルやユーリに合流し、再びメモに必要なものをリストアップし始める。おそらく、というか確実にそこには必要以上のものが書かれているので後でいっぱい消す羽目になるんだろう。

 

「ま……時期的に見て最後かなぁ」

 

 軽く手を振るえば離れていてもベーオウルフが動作を読みとって此方の前にホロウィンドウを表示してくれる。そこからアクセスするのはメールプログラムで、フォルダの一つから保存してあるメールを再び読み上げる。その内容を数回確認し、そしてメールを削除する。内容は完全に覚えた為、もうメールが残っている必要はない。

 

 部屋の端から少女達の姿を眺める、笑い合って、明日を疑わず、そしてこの刹那を楽しんでいる彼女たちの姿を。その笑顔を何よりも尊いものだと思う。そして、守らなくてはいけないものだと思う。不思議な話だ。最初は消されたくない、そんな思いだったのに、こうやって生活を続けている内に段々と変わってきた自分がいる。

 

 才能には勝てないと諦めて上を目指そうとせず、仕事さえこなせればいい。そう思っていた頃の自分とはだいぶ違う。心の底から彼女たちの笑顔と日常を守りたいと思う。ここが俺の陽だまりで、此処が帰ってくる場所。だから絶対に帰ってこなくちゃいけない。そしてその為に今は―――。

 

「どうしたんですか似合わない笑顔を浮かべて」

 

「たぶん私達が可愛すぎるから頬を緩めていたんですよ」

 

「……かもな」

 

「―――デレた!?」

 

「あ、今のは私にデレたんですよ。私にです」

 

 彼女たちのやり取りに苦笑しながら早く支度する様に言って、急がせる。今はただ、この時だけを考えて―――。




 なのはちゃんも少しずつ成長している、という事ですね。前の章よりも少し落ちつきが増えてきたという事で。この章の日常は全体的に「ahih ashr ahih」みたいな静かで寂しい曲を聞きながら書いている感じですねー。戦闘はロックですが。

 何が決まっているの、という事でまた次回。そろそろ1章のあとがき消すかなぁ。意味なくなってきたし

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。