マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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 我が友へ。


ディア・マイ・フレンド

 ―――派手なアクションは必要ない。

 

 元々、自分は恵まれていた。それに気づいたのは何時頃からだろうか。

 

 若い頃に起こした小さな問題で、騎士という道は自分にとっては永遠にありえないものとなった。同時にベルカの聖王教会での司祭という道も確実にありえないものとなっていた。荒れていた時期は家へ帰る事も辛く、ひたすら外で暴れまわっていた。適性やできる事を考えずに頑張った結果、失敗した。それは幼い心に傷を残すには十分すぎた。誰もが憧れる様な人並みの夢を打ち砕かれたのだ。誰だって荒れる筈だ。そしてそんな、荒れている時にやってきたのが祖父だった。

 

 ―――お前には才能がある。

 

 そう言って荒れていた自分に色々と世話を焼いてきたのが祖父だった。自分と比べてはるかに恵まれていると祖父は言った。その意味をまだ幼い自分は理解できなかった。だが、成長し、祖父に技を教えてもらい、そして社会に出始める頃には言葉の意味が解った。確かに自分は恵まれているのだろう。インファイトは確実に才能に恵まれているし、体格もいい、一人で戦う分には生存率の高い魔法も使える。とりあえず死なない。それが自分の戦い方だった。それを祖父は勿体ないと言って評価していた。そして、生き残るのならその臆病なぐらいに勿体ないのがいい、と。

 

 そして、俺もそれでよかった。仕事が増えて、祖父が逝って、それで一人で頑張って、少しずつだけど習った事から変わって行き、前に立って頑張る様になった。他の誰よりも頑丈に、最後まで立っていられれば俺の勝ち。そんな風になってきた。そしてそれは戦果を得るためにはまず間違いなく間違ってはいない事だと思う。だが最近、己を、己の技術を見直す機会があって、自分の究極系というものも見た。このまま自分が付き進めれば、どんなふうになるか。それを目撃した。だがそれはもう既に完成された存在で、追いつく事は出来ても―――超える事は出来ない。

 

 ならどうするのか。それに答えたのは盾の守護獣だった。その動きは、行動は、理念は、間違いなく素晴らしいものだった―――シンプル。究極的にシンプル。目的を達成するためだけに手段が存在していた。個人としての勝利を完全に手放し、目的だけを達成するためのスタイルがそこにあった。だからこそそれを見て思い出した。

 

 ―――頑張って、耐えて、そして全力で殴ればいい。男なんてそんなもんだ。

 

 虚飾はいらない。無駄だ。派手さも必要はない。シンプルに一撃。一切合財全ての不利も相性も状態も、何もかもを吹き飛ばすような一撃。最低限耐えきって、最大限に叩き込め。それさえできればいい。男の戦いというのはそんなもんだ、と教わった気がする。だから……たぶん、それが原点であり終着点だと思った。

 

 だからそれをここに体現する。

 

 構える。元々一撃だけの勝負。繰り出すのはたった一撃だけ。その一撃で、

 

「耐えて、跡形も残さず殺し消す」

 

「一発で心臓をぶち抜く」

 

 構える。流派云々はいい。自分の究極という形は見出した。あとはそこへと己を届かせるだけだ。そして、その一歩目が目の前の存在だと認識する。ティーダ・ランスター。親友、相棒、戦友、同僚。その存在を説明するのであれば様々な言葉があるだろうが、それは全てがこのティーダを指し示す言葉であって、目の前の男ではない。こいつはおそらく、いや―――確実に自分がティーダであると認めてはいない。そしてもし、俺がイスト・バサラのクローンであっても自分がイストである事なんて認めはしない。だが、それでも、こいつがティーダ・ランスターであるという事実に変わりはない。だから、友として送り出さなきゃいけない。

 

「やめてぇぇぇ―――!!」

 

 悲鳴が響くが、それを無視して前へ踏み出す。拳は握られ、一撃を放つ準備はできている。既に最大、必殺の一撃は叩き込む準備はできている。あとはそれを叩き込むだけで全て終わる。まだ放ったことの無い一撃だが、それがどういう結果を生み出すかは直感的に理解できている。だからこれから放つものがなんであるか、その結果を論じるまでもなく、一直線にティーダへと向かって駆け出す。地を蹴るのは一瞬。大地に触れるのは駆け出す瞬間と、踏み込む瞬間の二度だけ。その一度目が完了し、身体が短い滑空に入る。それが終わった瞬間に必殺が決まる。故に、それが届く前にティーダは引き金を引く。

 

「―――」

 

 容赦なく、殺すつもりで、引き金を引いた。それもそうだ。ティーダはただで負けるつもりはない。相手だって一応生きている。ただで負けてくれるはずはない。いや、むしろ勝ちたい。だって俺だって勝ちたい。それがこんな風に叶ってしまったのは呪っても呪いきれない程だが、互いに背中を預けて戦ってきた。なら気になるはずだ。どっちが強いのか、と。

 

 ……そんな事で結構喧嘩したな。

 

 引き金は引かれ、弾丸は銃口から放たれ、喪失する。ランスターの弾丸に貫けないものはない。確かに、この方法なら貫けぬものなどないだろう。問答無用で、間違いなく世界最強の銃撃だ。何せ、初めて見たのであれば絶対に避ける事も防御する事も出来ない。この世でこれを正面から受けて生存していられる生物などいないだろう。

 

 俺以外だったら。

 

『Spell intercept』

 

「―――あ」

 

 弾丸が顔の横に出現し、そしてサングラスを吹き飛ばす。これがそのまま体内に出現していれば間違いなく即死だっただろう。だが顔の横で現れた弾丸は浅く顔を掠めるだけにその被害をとどめ、姿を消失させる。それで、至高の弾丸は完全に役目を終えた。接敵は間近、もうティーダに次弾を放つ為に計算する時間は残されていない。だから避ける事以外に打つ手はない。だがそれすらしない。ティーダはただタスラムを軽く投げる様に横へ手放し、

 

「あぁ、そうか……そうだったなぁ……。君だけは―――」

 

 そう、俺。俺だけが、ティーダと戦ってきた俺だから解る。ティーダが使用する魔法式、タスラムに込める魔力の量、タイミング、どういう風に妨害すれば術が狂うか。どうやって邪魔をすれば不発に終わらせることができるか。だからこの世で唯一、これを不発に終わらせられる男は俺だけで、

 

「―――まあ、ランスターの弾丸でも友情を撃ち壊す事は出来なかった、と言えばかっこいいかな」

 

 そして、ティーダの前へ片足がつく。腕に込められた魔力と動きが生み出すのはたった一つの結果。

 

 即ち―――消滅。

 

 慣れない収束。方向性の違う強化魔法。砲撃を発射せず纏う事。消滅という属性を攻撃に纏う事。破壊に必要な全技術を終結する事。その難易度は今の自分の技量を大きく超えている。故に不完全。

 

 だが、完全ではなくとも、それは確かだった。故に紡ぐ言葉はシンプルに。

 

「さようなら、相棒」

 

「あぁ、さようなら相棒」

 

 そして中った。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――後に残されるものはあまりにも少ない。

 

 ティーダ・ランスターだった存在があったはずの場所には浅くえぐれた大地しかおらず、そこにはタスラムが落ちている。そして道路のすぐ横にはその光景を漠然と眺めているティアナの姿と、大地に伏しているレヴィの姿がある。バリアジャケットも、デバイスの展開も解除し、タスラムを拾い上げる。主を殺した者に拾い上げられるという状況にタスラムは文句を言うわけでもなければ、抵抗もしない。それが何よりも雄弁に語ってくれているために無言で感謝を告げると、ティアナへと視線を向ける。

 

 ティアナは今はもう何もない空間へとただ視線を送る。彼女の体を止めていたバインドももう存在はしない。ただ終わってしまった出来事を眺め、そして理解を拒んでいた。ゆっくりとティアナへと近づき手を伸ばす。が、

 

「―――人殺し」

 

 そう言ってティアナは手を叩いた。その両目からは涙を流れていた。殺意と憎しみの籠った視線を此方へと向け、ただひたすら憎んでいた。

 

「人殺し! 人殺し! 人殺し! 兄さんを返してよ!!」

 

 ティアナが此方へと向かって拳を叩きつけてくる。体は鍛えているし、相手は子供だ。それを受けてもなんでもないが―――何よりも、心に響いた。

 

「……」

 

「知らないよ偽物とか、本物じゃないとか、お金の価値とか……そんなのどうでもいいの。それよりも兄さんが帰って来たのに、兄さんが帰ってきてくれたのに……なんで殺したのよ!! なんで、何で兄さんを殺したのよ!!」

 

 ティアナの悲痛な叫び。それに答える権利が俺にはない。何故なら―――結局、俺もティーダもこの結果は納得していても、自分勝手な結果だからだ。こうやって子供が泣いているのを見れば解る。俺やティーダ、

 

 ―――狂ってるなぁ。

 

 とことん狂っている。まともじゃない。こんな考えしかできない俺達、こんな行動しかとれない俺達。そしてその結果、最後に残される家族を泣かす。俺も、ティーダもどっちも馬鹿で、たぶん確実に間違えている。守る為なら殺すしかない、何て思考をしていてまともとか、普通とか名乗れるわけがない。いや、そもそも、

 

 子供を自分から泣かせるような行動を取るやつが普通なあるわけがない。

 

「返してよ、兄さんを……私の、家族を返してよ……」

 

 ティアナの声からは段々と力が抜けてゆく。此方を見上げ、涙を流しながらティアナが思いつく限りの呪詛や罵倒を並べ、此方へと吐いてくる。その全てがティアナへと与えられた権利だ。そして……必要な事でもあるかもしれない。これでティアナが俺を憎んでくれれば、俺と会おうとも思わないだろう。

 

 ―――そうすればティアナは一生、俺と関わろうと思わないだろう。

 

 俺と関わっている内は絶対に不幸が付きまとう。それは今回と、そしてその前の件でいい加減理解した事だ。もう、否定の出来る事実じゃない。―――だけど、非情になってやらなくてはならない事がある。

 

「あっ」

 

 ティアナが片手に握っているメモリを回収する。それを奪われたと感じたティアナが更に叫ぶ。

 

「泥棒! 人殺し!」

 

 ……人殺し、か。……今更だよな。

 

 この生活を守ろうとして一体どれだけの人を殺したんだ。一体どれだけの犠牲がマテリアルズを生み出す為にあったんだろうか。どれだけの命が、あの外道の遊びと研究の為に流されてきたのだろうか。自分が殺してきた分は忘れない。忘れてはいけない。ただ、漠然とした予感がある。

 

 終わりが近い。

 

 おそらく、次が最後だ。

 

 回収したメモリをベオウルフへ、タスラムを待機状態へと戻してからしまい、そしてティアナから視線を外して、確信している事を口にする。

 

「眠らせてやってくれ」

 

「……もういいの?」

 

「えっ」

 

 次の瞬間には短い雷光が夜を照らし、そして次の瞬間にはティアナが気を失って倒れた。倒れるその体を片手で支え、持ち上げると少しだけ元気がなさそうに……いや、心配そうに此方に視線を送るレヴィの姿があった。

 

「なんで僕が起きているって解ってたの?」

 

「お前ら、前に自分で言ったじゃねぇか。”薬は通じない”って」

 

 あぁ、そうだったっけ、とレヴィは言い、そして頷く。

 

「うん。尾行がバレている感じだったし、帰ろうと思ったら向こうからアクションが来たんだ。毒物や薬物は大体味で覚えているし、適当に寝たふりをした隙を窺ってたんだけど何か、邪魔しちゃいけない気がしたし、……あっちのお兄さん、効かない事を知っていて僕に睡眠薬使ってたみたいだったし。……流石お兄さんの相棒だった人だね」

 

「あぁ」

 

 俺には過ぎた相棒だったと思う。頭の悪い俺の代わりに考えてくれたし、期待にはいつも応えてくれたし、此方に解る様に教えてくれたりもした。本当に、俺には勿体なさすぎるぐらいに優秀な相棒だった。そしてその優秀さは今の相棒にも言える事だ。気づけば支えられてばかりだ。

 

 だけど、

 

「こんな生活も……ずっとやっていけるわけじゃないのかなぁ」

 

 なんでもない日常が続けばいい。特にスリルとかはいらない。山や谷もいらない。それでいいと思っていた。だが、それはもう叶いそうにない。たぶん、もう無理だ。今までが夢を見過ぎていたのかもしれない。平日は戦って、そして休日は家で静かに過ごす。そんな日常であれば良かったのに、駄目だった。

 

「お兄さん?」

 

「たぶん……最後の一押しってやつなんだろうな、コイツなりの」

 

 視線を向けるのは最後に一撃を放った場所。この短い決闘が終わった場所。1から10まで全てを理解したわけではないが、大体の考えは解った。

 

 ……後は任せてくれ。

 

 覚悟は、大体決まった。

 

 後は調べ、そして行動に移すだけだ。

 

「帰ろうレヴィ。皆が心配している。帰って……こんな馬鹿騒ぎは終わらせなきゃ」

 

「……うん。お兄さんがそれでいいなら僕もそれでいいよ。何も言わないし何もしない無力なままの僕でいるよ」

 

「……おう、ありがとう」

 

 誰が救われて、誰が救われているのか、自分にはもうよくわからない。ただ理解できたのは、この場で致命的な何かが”終わった”という事だけだった。そして、遠くない未来、この一連の馬鹿騒ぎにも終わりが来るという事だ。

 

 ―――あぁ……。

 

 いい加減、終わらせなくちゃいけない。




 結局どちらもエゴイスティックというか、最終的な目標としては全体の幸福を考えていますが、それに至る為のプロセスは完全に個人の主義や主張をベースに捉えているわけです。ですのでこの結果を見て、自分はどう考えても普通ではないとやっと気づいた次第で。

 誰かを泣かして成す事が善でも普通でもあるわけがない。と言ったところでこの章もこれで終わりですね。次回からSts前の大騒動関連の章としては最終章っすねー。

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