マテリアルズRebirth   作:てんぞー

6 / 210
ウェルカム・グッドナイト

 音を立てず、静かに車が停止する。膝に乗り、車の窓に顔を貼り付けていたレヴィを首根っこを掴んで引きはがし、手に装着したベーオウルフを前の席に向かって伸ばし、機械がクレジットの清算を行い、無人タクシーでの料金の支払いが終了する。そして、扉が開く。

 

 もう既に空は暗く、時刻は夜となっていた。

 

「ほら、でたでた」

 

「うにゃぁー」

 

 入り口に近い他の子達をタクシーからおろし、レヴィをタクシーの外へと運び出す。全員がタクシーから降りたところでレヴィを解放し、腕を組む。そうやって、目の前にあるマンションを見上げる。ミッドチルダでは珍しくない建造物だ。クラナガンにあるという事を考えると少々高いが、それでも一人暮らしには十分すぎる程の場所だ。まあ、もちろん自分が住んでいる場所だ。

 

「ついたぞー。誰もはぐれてないなー」

 

「さっそくレヴィがどこかへと行っちゃいそうです」

 

「こらこら」

 

「えへへへ……」

 

 ユーリが即座にキョロキョロとしながら街の中へと進みそうなレヴィの様子を伝えてきてくれる。このアホの子がこれ以上逃亡しない様にもしっかりと手を握り、逃げられないようにする。空港で見た時のコイツとはあまりにも姿が違いすぎる。少しはあの時並に落ち着いてくれないのだろうか。……いや、それは高望みというやつだろう。

 

「んじゃ中に入るぞー」

 

「はーい」

 

 歩き出すと声を揃えて返事してきたマテリアルズが後ろからついてくる。流石にマンション内に入ればレヴィもむやみやたら歩き出さないだろうと、手を離してその手をポケットの中に突っ込む。その中から鍵を取り出し、それにつけているキーホルダーで少しじゃらじゃらと音を立てながら遊ぶ。向かう先はマンションのホールにあるエレベーター、そこから一気に五階まで上がる。その為にもエレベーターへと向かうが、予想外といった風にディアーチェが声を漏らす。

 

「意外といい所に住んでおるのだな。もう少し……こう」

 

「ボロい所を想像してた?」

 

「端的に言ってお金と縁のなさそうな顔をしてますからね」

 

「その発言覚えたからなシュテル」

 

 はぁ、と溜息を吐いてやってきたエレベーターに乗り込む。

 

「言っておくが、嘱託魔導師ってのは結構な高給取りだぞ? 総合AAランクってなると出動も週に2回か3回ぐらい、1回の出撃で大体15万から20万の収入、生活費やら出費なんかを入れると手元に残るのは月30万程。嘱託魔導師でもう9年は食ってるんだし、それなりに貯金してあるんだよ。まあ、総合AAで正規の管理局員だったらこれ以上儲かるけど今度は遊んだり散財する時間が無くなるけどな。ほんと管理局さんはブラックだなぁ。今回も1人に任せる様な現場じゃなかったし」

 

「それってつまり”俺は超凄いぞー!”系の自慢だよね?」

 

「お前なんか生意気になったなぁ……!」

 

「あー、頭ぐりぐりするのはやめてー!」

 

 エレベーターの中、レヴィの頭を両側から拳で抑え込んで、ぐりぐりと押しつける。レヴィが目をぎゅっと閉じ、そしてうわぁ、と声を若干楽しそうに漏らしている。

 

「レヴィのやつがもう懐いておるようだな……」

 

「しかし王よ、レヴィは我々の中では一番人懐っこい……」

 

「あ、あの、シュテル? ディアーチェ? 何かネタを言うノリで特に考えずに発言するのは危ないんじゃないかなぁと私は思うんですけど」

 

 レヴィを解放すると、ちょうどエレベーターの扉が開く。先導する意味でも先にエレベーターから降りる。

 

 貯金に関してだが、実際の所は金銭的余裕はアホみたいにある。それこそ引っ越しをするのであれば今すぐどっかへと引っ越しできるぐらいには。9年間も貯金しているのでそりゃあそうだ、という話になるのだが。まあ、その貯金から切り崩して今回の偽造は行われた。まさか一人当たり200万も要求されるとは思いもしなかった。

 

 エレベーターから少し歩いたところ、廊下の端、そのフロアの部屋としては少し大きめの部屋が自分の借りている部屋だ。月二十数万程の部屋、独身生活にしてはちょっとだけ豪華な部屋だと自覚している。ベーオウルフを扉に当てて電子ロックを解除し、そして鍵を刺し、鍵を取る。それからドアノブを掴み、扉を開けると真っ先にレヴィが部屋の中へと飛び込む。

 

「僕いっちばーん! あ、お邪魔しまーす」

 

「あこらズルイぞレヴィ! ここは王たる我が先だろー! 我もおじゃましまーす」

 

 それを追いかける様にディアーチェが部屋の中へと飛び込んで行く。だが二人が奥へと向かう前に、声を出して呼びかけておく。

 

「あ、部屋のフローリング、カーペットにしてあるから玄関で靴脱いで行けよー!」

 

「お、っとっと」

 

「そうであったか、っと」

 

 レヴィとディアーチェが急いで靴を脱ぎ捨て、そのまま家の中へと突貫してゆく。その光景をシュテルとユーリと共にゆっくりと眺める。全く、とシュテルは呆れたような声を出しながら靴を脱ぎ、部屋へと上がる。

 

「おじゃまします―――そして待ってください。王よ、まずはここはほぼ成人の男性の部屋です。どこかにエロ本が落ちているはずですからそれを探すのが伝統であり、お約束というものです。まず礼儀としてその探索を始めなくてはいけません」

 

「貴様ァ!」

 

 部屋を出る前にベッドルームに投げ捨てているような気がしたが……まあ、いいや。見られた程度じゃどうって事はない。アレを見て、覚えて、変な知識がついてしまう方が怖いが―――ぶっちゃけそういう知識も最初からある程度刷り込みが終わっているのが現実だろう。ここまで完璧にクローンを戦闘用に運用しようと考えている存在が、用意しておく知識に偏りを持たせるわけがないと、思う。

 

「うん? どうした」

 

 三人が部屋の中へと入り、そして騒がしく家探しを始めた中、ユーリだけが踏み出せずに入り口の前で止まっている事に気づく。ユーリは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべ、

 

「本当に、いいんでしょうか……?」

 

 何が、と問う必要はない。もちろんそれは彼女の境遇から見た現状だ。端的に言って彼女たちの境遇を語るのであれば悲惨の言葉しか見つからない。百の、千の屍の上に彼女たちは生まれてきたのだ。その間にどれだけの思いが、涙が、血が流されてきたのか。どれだけの非道が行われてきたのか。それは研究者本人でさえ覚えていないのだろう。だが、そう、俺ならこう思う。

 

「生に真摯であれ。人知を超える力も権力も金もいらない。ただ己が持っているもので全力で生きろ。今まで救われなかった兄弟姉妹の分も、生きるという事に対して真面目に頑張ればいいのさ。そしてそうやって生き続けて、死んじまったら仕方がないって諦めよう。だから今は精一杯頑張って生きよう、な?」

 

 わしゃわしゃ、とユーリの頭を撫でる。そしてそのまま部屋の中へと押し込む。答えは必要としない。一方的に言葉を送る。

 

「いいか? 俺が預かる以上、非常に勝手なことながら全力で笑えるようになってもらう。それこそキャラ崩壊する勢いで。……まあ、そんな風にはっちゃけられるようになってくれたら個人的には助けたかいがあった、って言えるもんだ。少しでも恩を感じてくれているんだったら、何時かでいいからそうなってくれ」

 

「……うん」

 

 ユーリは玄関で靴を脱ぐと、振り返り、最上の笑顔をもって迎えてくれる。

 

「ありがとう―――そしてただいま」

 

 おじゃまします、ではなくただいまと言ってくれることに微笑み、自分も部屋に上がる。靴を脱いで、玄関のカギを閉めたところで、部屋の中から声が響いてくる。

 

「あ、冷蔵庫に結構いっぱい入ってますね。意外と料理のできるタイプなんでしょうか」

 

「王様王様! アイスをバレルでみっけたよ!」

 

「ナイスだレヴィ、この戦果は三人で分け合おう」

 

 がちゃがちゃと音がキッチンの方から聞こえる。まさか、と思うが既に作業に取り掛かっているようだ。

 

「ちょい待てよ貴様ら! そのアイスは二時間行列に並んで買ってきたもんだぞ!? 今ここで食うんじゃねぇ―――!!」

 

 急いでキッチンへと向かって走るが、既にスプーンをバレルに突き刺し、食べているマテリアルズ三人娘の姿がそこにはあった。キッチンに到着するのと同時に膝から崩れ落ちる。このアイスは今日仕事が終わったらゆっくりソファに座り、テレビを見ながら食べる事を楽しみにして並んで購入したものだ。それを、それを、そ、れ、を……!

 

「貴様らァ!」

 

「あ、流石に本気でキレたようですね」

 

「逃げるのもいっちばーん」

 

「逃げるぞシュテル、レヴィ!」

 

 テンションが上がってちょっと調子に乗っているのは解るが、状況を見なさすぎだディアーチェよ。周りをよく見るがいい。なぜなら、

 

「私達は既に逃げています」

 

「ごめんね王様!」

 

「はっや!?」

 

 既にレヴィとシュテルはそれなりの距離に離れており、アイスクリームの入ったバレルの横に立っているのはディアーチェだけだった。指の骨の音を鳴らしながらディアーチェを見下ろしていると、ディアーチェが冷や汗をかきながら一歩だけ下がる。それを一歩前に進む事によって追いつめる。

 

「あの―――」

 

「残念だったな。お前の冒険はここで終わってしまうのだ」

 

「王は倒れてはいかぬのだ!」

 

 そう言った瞬間ディアーチェは逃げ出そうとするが、スカートのベルトを素早くつかみ、ディアーチェの逃亡を阻止するどころか、掴んだままディアーチェの姿を持ち上げる。逃げようとしたディアーチェの足が宙をぶらんぶらんと蹴る。うわぁ、とディアーチェが声を漏らすと、そのままディアーチェをリビングまで運び、そしてソファに座り、ディアーチェの腹を膝に乗せる。右側に向けて尻を突きだす、

 

「この格好は……ちょ、待て、生後数時間で」

 

「悪い子には昔からベルカ式スパンキングと決まっている……!」

 

「明らかにスパンキングの前についている言葉は不安を募らせますね、レヴィさん」

 

「そうですねシュテルさん」

 

「貴様ら見てないで我を助けろぉ―――!!」

 

 だがシュテルとレヴィはディアーチェを見捨ててユーリの所へ行くと、ユーリを挟み、

 

「あっちの方が寝室でしょうか? 意外と広いですね」

 

「僕、狭いって言ってたからもっと小さい部屋を予想してたんだけどなあ」

 

「あ、ディアーチェ頑張ってくださいね?」

 

 ユーリは軽く手を振ると、シュテルとレヴィと共に部屋の奥へと消えて行った。

 

「薄情者めぇ―――!! あ、やっぱタンマで」

 

「だがタンマなしである」

 

 ディアーチェの悲鳴がマンションに響くまで、数秒も必要としなかった。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぅ」

 

 軽く息を吐きながらソファにどかり、と座り込む。元々自分一人しか住んでいなかったのだ。彼女は出来てもベッドは一つで十分だし―――ベッドは一人分しかない。誰がベッドで寝るとか、誰が床に敷いた即席ベッドで寝るとか、そんな喧嘩を終わらせて無理やり風呂に追い込んだり。まさか年下の娘四人の相手がこんなにも疲れるとは思わなかった。冷蔵庫から取り出したビール缶を片手であけて、苦い液体を喉に流し込む。液体を飲み込みながら、目の前のテーブルに乗せたベーオウルフの操作を始める。

 

「ふぅ、ベーオウルフセットアップウィンドウ表示。メモリ領域にアクセス、セット魔法をセットBからAへとチェンジ。本日の施設内最深部でのデータをバックアップへとコピーしたら本体からは消去、バックアップにランダムパスを五種類かけて厳重保管で」

 

『Mission in progress』(作業執行中)

 

 ふぅ、と再び息を吐いて、全身から力を抜く。一旦ビール缶をテーブルに乗せると、シャツを脱いで、適当にソファの上に投げ捨てる。疲れた、本当に疲れた。横目で時計を確認すれば時刻は既に深夜0時を過ぎて1時に差し掛かっている。帰ってきたのが7時ごろだったことを思い返せば結構時間が経っているなぁ、と認識させられる。

 

「まだ11時ぐらいだと思ってたんだけどなぁ」

 

『Mission complete』(作業完了しました)

 

 ベーオウルフの作業が完了した。流石にこんな時間、こんな状態になると用意しておいたアイスを食べながらテレビを見る気にもなれない。……が、先にやるべき事がある。ビール缶を片手に、時計、時刻の横の数字を見る。

 

 三月二十八日とでている。となれば、この少女達と出会ったのは三月二十七日となる。

 

「ベーオウルフ、彼女たちの誕生日を三月二十七日として登録しておいてくれ。ないよりゃあマシだろ」

 

『Complete』(完了)

 

 完了としか告げず、それ以上何も言ってこないデバイスを半眼で睨む。このデバイスはデバイスマスターの道を進んだ友人が昔作ったものを改造と改良、そしてアップデートを繰り返して使用してきたものだ。だがそこに登録されているAIは最初から使われていたものから一切変わっていない。付き合いの長いこのデバイスのAIが、ベーオウルフが何も言ってこないのは端的に言って、

 

「気持ち悪い。何か言えよ」

 

『I'm only your device master. What do you expect? But.』(私は貴方のデバイスです。一体何を期待しているのですか。ですが)

 

「ですが?」

 

 ベーオウルフ、待機状態である手袋の手の甲、宝石部分が明滅しながら言葉を伝えてくる。

 

『Your action was something not all could do, as my data tells. And it was some action unlike you, although I must say that It is more to my fonding.』(貴方の行動は万人ができる事ではありませんが、”貴方らしく”はなかったと思います。それでも、私の好みの行動でした)

 

「お前の好みとか知るかよばぁーか」

 

 缶からビールを一気飲みするとそれをテーブルの上へと放り投げ、どっぷりとソファに倒れ込んで目を閉じる。とりあえずはこれで一日目の終了だ。明日からはさらに忙しくなる。

 

「スーパーで買い物して、服屋でアイツらの服を探して、んで不動産屋で新しい部屋探して……いや、ファミリー向けの部屋がここにあるだろうしそっちに移れるか管理人と相談すっか……あー……あと銀行にもいかなきゃなぁ……」

 

 少しずつ意識を覆ってゆく眠気に身を任せ、

 

『Good night master. Sweet dreams』(おやすみなさい、良い夢を)

 

 そのまま深い眠りに落ちる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。