マテリアルズRebirth   作:てんぞー

57 / 210
 最近編集者を得た気分になってきた。


ウェアリング・シャドウ

 みんなが振り返るので一緒に入り口の方を振り返ると、そっちから金髪カソック姿の女性が入ってくるのが見えた。ここがベルカ教会の敷地である事と、そして先ほどの発言の事を考えれば間違いなくこの人がこの場所を貸してくれた人だという事が解る。ただ彼女が喋る前に皆が振り向いていた事を考えると、気配やら足音やらで接近を感じ取ったのではないかと思う。相変わらず前衛組は頭がおかしいと思う。どうやったらそういうスキルを習得できるのだろうか。まあ、そういう無駄な思考はまだいい。ともあれ、彼女は親しそうな表情を向けてくる。その表情に真っ先に反応するのは、

 

「お、カリムか」

 

「はい、どうやら様子を見るに悪い結果ではないようですね、イストさん」

 

 騎士カリム、カリム・グラシア。ベルカ教会の要人であり、騎士だ。家柄は古く、そしてかなり重要な所にあるらしい。はやてに一度紹介された程度なのでそこまで親しくはないが、はやては割と気に入っているらしくそれとなく何度もあっているらしい。ただイストとカリムがこんな気安く話し合う中だと聞いていない。そういえば前、ロマンスなんてふざけた事を言っていたが、本気なのだろうか。

 

「騎士シグナム、守護獣ザフィーラもこんにちは、あと高町なのはさんですね」

 

 順番に挨拶をしてくるカリムに対して返事をすると。カリムも此方へと、訓練場の端へとやってきて、視線をザフィーラとイストへと向ける。

 

「様子を見に来ただけで邪魔する気はないのでどうか続きをどうぞお願いします」

 

「ん、お前が言うのならそうしておくよ」

 

「え、なにあの態度」

 

 軽く気持ち悪いと感じるのは相手に対して遠慮がなくなった証なのだろうか。ともあれ、再び話し合いながら動きを軽く始める筋肉二人組を無視するとして、此方は新たに現れた人物へと視線を向ける。シグナムはどうやら筋肉の方に夢中らしく、動きを逃さない様に見ている。最近気づいた事だがあまり自分の身内周りも人の事は言えない惨状だった。前に実家に帰ってみれば、親から実はなんか意味不明な武術の伝承者っぽい話を聞かされたし。自分が才能の無い普通の少女だった思っていた時代が非常に懐かしい。

 

 ともあれ、イストとザフィーラの様子は見ていても参考にならない。いや、参考になる部分も確かにあるが、自分の組み込んでいる体術と比べて二人のそれはレベルが違いすぎる。故に取り入れる事は無理だし、見て覚えて、対処方法を覚えるぐらいの事しかできない。まあ、そこらへんの記録はレイジングハートに任せるとして、

 

「お久しぶりですカリムさん」

 

「お久しぶりですねなのはさん」

 

「あ、私の方が年下なのでなのはでいいですよ。あと喋りやすい様に喋って結構です」

 

「そうですか? ですがこの喋り方が私にとっては一番話しやすいのでせめてなのは、とはやての様に呼ばせていただきますね。ですからそちらも話しやすい様に話してください。私としても休日にまで階級や立場とかを考えて話し合うのは疲れますから」

 

「あ、では……カリム……さんで。あーははは……」

 

「ふふふ」

 

 何時ものノリに入りきれない。ここら辺、直ぐにズカズカ入り込めるのがイストと自分の年季の差なのだと思う。流石に自分にとってカリムはあまりにも上品すぎる部類の人間だ。流石に何時ものノリで接し始めるのはまだ無理だ。少しだけ苦手な部類の人かもしれないと思いながらも話しを進める。

 

「今日は……えーと、此処を貸してくれたのカリムさんですよね?」

 

「そうですね。一応騎士だけではなく管理局に在籍してもいますからね。それなりに顔が利くんです。今日は休日で騎士の訓練も特にスケジュールされていませんから借りる事はそう難しい話ではないんですよ? それにイストさんには普段からかなりお世話になっていますし。これぐらいの頼みでしたらかなり軽い方ですね」

 

 普段から世話になっている、と言われると少々気になってくる事がある。あの外道、基本的には家ではマテリアルズの世話を、休日は訓練やらいろいろで、そして週日は仕事でかなり忙しいはずだ。いや、ここ最近は割と暇だったのだけれど。ともあれ、この男が戦闘能力以外で役立つことはあったのだろうか?

 

「その様子、どういう風に役立っているのか迷っている感じですね?」

 

「正直に言えば盾にする以外の活用法が見いだせないですね」

 

「おーい、そこー、聞こえてるぞ」

 

 イストが此方を見ながらそう言った瞬間、既にモーションに入っていたザフィーラのパンチがイストの顔面に命中し、サングラスを吹き飛ばしながらイストの体を叩き、倒した。素早く復帰しながらサングラスを回収すると、少しだけ本気になった様子のイストがザフィーラへと殴りかかっていた。言い訳する暇もなく、ザフィーラは直ぐに防御体勢に入っていた。今のが軽くカチンと来ているらしい―――器の小さい男だなぁ、と評価しておく。

 

「たぶん見ていると思いますが幾つか古代ベルカに関する資料を翻訳して貰ったりチェックしてもらっているんです。これが結構面倒な作業でして、古代ベルカ語は読み方を変えると全く違う意味を持つんですが、その読み方自体複数あると言われているのでどの情報が正しいのか、ちゃんと認識する事が出来ないんです。ですから古代ベルカ関連の書物を解読する時とかは基本的に全種類を適応して、そして解読別にファイルするのが基本なんですよ? 実際それって専門家に時間をかけてもらってゆっくり進めるものですが、それを無料で、しかも丁寧にやってくれるというのであればこれ以上なく良い話ですよ」

 

 あぁ、と思い出す。たぶん彼女が言っているのはイストが暇な時間に読み漁っている本の事だ。確かその内容は、

 

「覇王流とエレミアでしたっけ」

 

「そうですね。覇王流―――即ちカイザーアーツはちゃんとした継承者が存在するのですが、それも近代化や長い年月を経ているために劣化や変化を繰り返して元来とは違う形になっているんですよね。本来は覇王が聖王に敗北したために生まれた流派であり、対聖王に生み出された、なんて話もあります。解読してくれる書物の内容の偏りは大きいですが、それでも聖王教会に対しては大きな貢献であることは間違いないです。―――覇王本人から技を盗んだという事実を合わせ。非常に貴重な人物です」

 

 最後の言葉だけは此方にだけ聞こえるように放たれた言葉だった。その言葉に驚き、視線を向けると、舌を出し悪戯をアピールする様な表情のカリムがそこにはいた。だがその表情もすぐになくなり、清楚なシスターの姿へと直ぐに戻る。

 

「えーと……」

 

「なのはさんはもう少々腹芸の類を覚えた方がいいですよ。管理局で仕事をするのであれば大なり小なり、腹芸の類を覚える必要がありますから。そうやって直ぐに驚愕や感情を顔に出せるのは間違いなく美徳でしょう。ですがそれを相手に知らせてしまうのは状況次第では確実に不利です。心を殺せという話ではありませんが、年上の相手をするのであればそれなりの心構えが必要です。あるいはイストさんやはやての様に完全に仮面をかぶって生活する事もいいかもしれませんよ」

 

 ―――やはり、この人も大人なんだなぁ。

 

 カリムもやはり教会の権力に関わっているという事はそれなりに面倒を相手をする必要があるという事なのだろう。だとすれば言っている意味は解る。だが彼女は完全に仮面をかぶると言った、イストやはやての様にその言葉はまるで彼らの見せている日常的な部分は作り上げられたキャラクターの様な気もするが。

 

「その認識は間違っていませんよ? なのは、貴女も場所によっては割と張り切ったりノリを変えているはずです。それが意識的なのか無意識的なのかは本人の判断でしょうが、それは間違いなく仮面というものです。……そうですね……解りやすく説明するとすれば―――ある時期からはやての様子が変化しませんでした? 今の私達が知る様な少々ひょうきんなはやてに」

 

「……明確に何時、とは思いだせないんですけどたしかにそういうのはありますね」

 

「それがはやてが仮面をかぶった頃なのでしょう。おおよそ人付き合いというものは印象が大事です。ともなれば必要なものはインパクト、相手に気に入られるかどうか、そしてどれだけ覚えられるかです。そういう事を考えるのであればまず間違いなく印象に残る様なキテレツな人が有利になりますが、ふざけ過ぎると逆に不快感を与えてします。素の自分ではなく、作り上げられたキャラクターで人と接する必要は交渉などではどうしてもできてしまいます。はやての様に多くの人物にコネクションを広げる場合や、イストの様に人と接触する回数の多い人物はそういう仮面を作り上げて、それを素顔にしてしまうんです―――本来はどんな人物か忘れてしまうぐらいに。そこまでやれ、とは言いませんがある程度そういう腹芸は覚えておいた方がいいですよ?」

 

 何やら軽く説教された気もするが……確かにカリムの言葉に軽く驚く程度ではまだまだという所なのだろう。割と隊の芸風に染まったとは思っていたが―――どうやらまだまだ表面的な部分だけだったらしい。いや、ちょっと待て。

 

「そう言うカリムさんは素顔の方は知っているんですか?」

 

「私ですか? ―――えぇ、それなりにロマンスを楽しませてもらっていますので」

 

 そう言って微笑んでくるカリムは確かに可愛らしいと感じるが直感的に”あ、本当の事を話す気はないな”というのを理解できた。ともなれば自分の周りの人物もそういう仮面をかぶって生きているのだろうか。まず間違いなく横にいるカリムは説明してきているのだろうからこれが素である事はまずありえない。イストのあのひょうきんな態度が仮面と断定しているのだからこの女性、割と恐ろしい。

 

 でも、―――自分や周りを騙してまでそこまでしがみ付くものなのだろうか?

 

 少なくとも自分は嫌だなぁ、と思う。最低でも仮面を素顔にしちゃう様な事は嫌だ。これはまだ子供の思考かもしれないけど、自分を騙してまで生きるのは辛すぎるのではないかと思う。

 

「高町」

 

 と、今まで口を挟まずに話を聞き、試合を見るだけだったシグナムが口を開く。

 

「カリムは別に強制しているわけではないし、あった方がいいというだけだ。私の様に不器用でそもそも被る事すら出来ぬ者もいる。面倒な話かもしれないが覚えておいた方がいい。我らの主……はやても別に好き好んでやっているわけでもない」

 

「シグナム、それではまるで私が悪者です」

 

「うん、それは疑ってないから大丈夫だよ」

 

 今日はイストの様子を見に来たはずだったのに、なぜか自分が説教されているような気分になっている。これも全て自分の相棒が悪い。そう思ったところで、視界の端で青い物体が吹き飛ぶ光景が見えた。そちらへと視線を向ければ、それは間違いなくザフィーラだった。何度か回転しながら地面に着地するが、

 

「完全に防御に意識を回せば耐えられない事はない」

 

「魔力使ってないとはいえ、竜の頭粉砕した経験のある奥義が何とかなるって言われると正直落ち込むなぁ」

 

「まぁ、そういうのを話し合い、改良するための機会だ。それぐらいで砕ける程軟な盾であるつもりはない。好きなだけ打ち込んでみろ」

 

「ドラゴンキラーか……」

 

 そんなものをザフィーラへと叩き込むイストも頭おかしいが、それを何とかなると言って耐えきるザフィーラも凄い。だが一番頭がおかしいのは間違いなくシグナムだ。何故今の話を聞いて子供の様な表情を浮かべられるのだ。先ほど仮面はかぶれない不器用な女と自称したがじゃあお前それ素なのか、と言いたくなってくる。イストのあの感じがキャラづくりと聞かされた今、一番頭おかしいのがシグナムではないのかと疑いが浮上してきた。

 

 はぁ、と息を吐き出した。

 

 何が嘘で、何が本当なのか。非常に面倒なことながらそれをまともに判断する術はないのではなかろうか。その人物が本当に仮面をかぶっているのか否か、それは付き合いの長い自分ですら解らなかった。

 

 ……そういうのは被ってから初めてわかる事なのかなぁ。

 

 ともあれ、平和な休日だと思っていたが、予想外な収穫を得たような気分、もう少し、周りの人や、自分がどんな風に振舞うのか、そう言う事を考えさせられる一日になりそうだった。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――エレベーターから降りる。

 

 近くの案内を確認しながらルームナンバーを確かめる。既に番号は知っているのでこっちで正しい―――はずだ。確認しながら自分の手荷物をしっかりと確認し、そして歩き出す。これで、たぶんこれで間違いはないのだ。そう、それを確かめなくてはならない。自分にはその義務と、そして責任がある。

 

 だから部屋の前でドアをノックするわけでもなく、ベルを押すわけでもなく、軽く緊張した様子で立つ。この扉を開けば始まる。始まってしまう。もう、止まる事は出来ない。最後までやらなくては終わる事が出来ない。でも、それでも―――。

 

 ベルを押す。

 

「すいません」

 

『む、貴様は……しばし待っておれ』

 

 良かった、知っている声だ。他にも同居人がいるらしいが、正直知らない人物が扉を開けたら、と思うと少しだけ怖いものはあった。だから知った声が聞こえると安心できる。そんな事を思いつつ扉の前でそれが開くのを待っていると、数秒後には扉が開き、中から白髪の少女―――ディアーチェが出てくる。

 

「貴様は確かティアナ・ランスターだったな。どうしてこんな所へ」

 

 口を開く。

 

「―――家出しました! 泊めてください!」

 

「……えっ?」




 そんなわけで歩く地雷がやってきたぞー! あと金髪巨乳。カリムさんはどんな仮面をかぶっているのでしょうか? この人もだいぶイスト寄りの年齢なので少しはお説教のできるタイプの人ですねー。ともあれ、

 自分を騙してまでキャラを作る事に意味はあるのか、ってのはなのはちゃんの疑問ですね。

 さて、皆の本当の素顔はどんな感じ? と魔力光性格診断をチェックしながらまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。