―――意志が宿れば行動は早い。やる事は単純明快。
後ろへと下がらない事。
逃げる為に仕方がないとはいえ、ずいぶんと地表近くへとやってきてしまった。そしてそれは敵にとってのアドバンテージにしかならない。なぜならシュテル、そしてレヴィはどちらも広い空間を自由に駆け巡る事の出来る魔導師だ。そのアドバンテージはなのはにも通じる、が、ここで一番ランクの低い自分にとってはここが死線である。ここより自分の身を下げれば残されるのは敗北だけだ。だからこの狭い空間で、外へと出る前にシュテルとレヴィを削らなくてはならない。
ここまで来て、外へと戦場を移さないのはほぼ不可能だ。
だからこそ取れる選択肢は一つ―――前に出るのみ。
「師曰く、死中に活あり……!」
「なら見せてもらうよその活を!」
水色が閃光となって前に出てくる。その初速はこの場にいる誰よりも早く、誰よりも鋭い。だからこそその動きには一切のブレがなく、軌道が読める。フェイントや搦め手が当たり前の武術の世界において、その動きはあまりにも綺麗で、そして未熟。故にやってくる閃光に対して取れる行動は多く、選び抜くものは一つ。即ち左腕を前へと突きだす事。
「おぉっとぉ!」
それを目視する前に察したレヴィは体を掠らせることなく拳を回避する。振り下ろすはずだった刃を引き戻し、体を横に回転させながら拳をくぐり、そしてバルフィニカスを振り回す。
「いただきっ!」
「レヴィ!!」
それはレヴィを心配する声ではなく、レヴィを叱るような声だった。そして、その声に呼応するように動き出すシュテルへと向けて右手で握るデバイスを―――タスラムの銃口を向けて引き金を引く。素早く引き金が引かれた結果、魔力弾が何発も素早く銃口から吐き出される。レヴィへと声をかけていたシュテルが素早く飛び退きながら弾丸を回避してゆく。そして胴体を両断するように振るわれる刃は、
「ハイペリオンスマッシャー―――!!」
「うわあああ―――!?」
桜色の閃光によって蹴散らされる。それが研究所の壁をガリガリ削るが、なのはには心配する様子がない。
「もう資料の確保とか不可能っぽい感じなので自重しません」
「うんうん。お兄さんね、なのはがウチの隊に染まってきて結構楽しい感じですよ? でもね? 今俺に当たりかけたのよ?」
「前から誤射するかもしれないって宣言しているじゃないですか、嫌ですねー」
「ガチだったのかよ……!」
「仲が良くて結構ですが、忘れてもらっては困ります……!」
十数の火球が浮かび上がる。なのはのアクセルシューターに当たる魔法、パイロシューター。それが浮かび上がるのと同時にタスラムの中にカートリッジを装填し直し、左手で拳を作り、レヴィの横を突破し、シュテルへと向けて瞬発する。
「あ、無視しないでよ!」
瞬間、凄まじい速度でレヴィが前方へと割り込んでくる。が、その姿は桜色のロックによって封じられる。
「ごめんね、負けっぱなしはいやなの」
「じゃあ今度は叩き潰してあげるよ!」
即座にバインドの拘束を振り払ったレヴィがなのはと向かって一気に向かう。なのはにはレヴィの相手を任せてしまって悪いが―――シュテルは俺の手で決着をつけてやらなくてはならない。だから浮かび上がったパイロシューターが此方へと殺到してくるのと同時に、それらを全て自分に直撃する物だけ、タスラムを使って撃ち落とす。
「銃が上手いとは―――」
「―――知らなかったってか? なのはの世界にゃあ”武芸百般の心得”って言葉があるらしいけど、俺はそういうタイプだ。殴るのが得意なだけで、苦手な得物はないぞ」
「なんとも心踊らされる話です」
そう言って接近する此方から逃げる様にシュテルは後ろへと向かって素早く飛行する。低空で、滑る様に飛行魔法を起動させたシュテルの動きは滑っている様にしか見えず。近接戦を仕掛けるなら非常に面倒な状態だ。なぜなら足運びは相手のタイミングや動きを見切る上では重要な要素だ。だからこそわざと長いローブやスカートを履く人間だっている。だが、
―――それじゃあなぁ……!
自分には意味がない。できる事は結局この身で貫く事だけなのだから。
何を恐れることもなく前進する。その動きに歓喜を表す様にベーオウルフが動きを支える。悲願を達するためにタスラムが照準をつけてくれる。そして迎え入れる様にルシフェリオンの穂先が此方へと向けられ、赤い光が集まり、焔へと変貌してゆく。
「ルシフェリオン、ブレイカァ―――!!」
今までの様に抑え込んだ一撃ではなく、間違いなく本気の一撃だった。放ったすぐ横の鉄の壁が溶けるのを見てそれが殺人的な熱量を誇っているのを理解している。だが、それでも貫くのはこの体一つしかない。タスラムのモードの一つを起動させ、その姿を変改させながら左拳を形作り、そしてそれを迫ってくる熱線へと叩き込む。
「がぁっ―――」
予想外の熱量に一瞬拳が緩む。が、それでも踏み込みは止めず、体を前へと押し込む。ベーオウルフは熱に対応する様に左腕のガントレットを更に無骨なものへ、左腕全てを覆う様なものへと姿を変化してくれる。そしてそれで熱の中心を、打撃する。
「らぁっ!」
「―――突破して来ると思ってました……!」
打撃と共にルシフェリオンブレイカーを突破し、そこに待っていたのは既に二射目の構えに入ったシュテルの姿だった。砲撃態勢に入ったシュテルの周囲に散らばっているのはカートリッジに薬莢。数発撃つ分には十分すぎるカートリッジが使用されている。それを瞬時に悟っていても、やる事は変わりはしない。
「粉砕!」
放たれる砲撃へと向けてカートリッジを一気に二十近く放出しながら打撃しつつ前進する。
「滅砕!!」
二射目を殴り超えた所で次の砲撃がすぐさま襲ってくる。今度は前よりも強力な砲撃。だからこそこちらも引かずに更に二倍の量のカートリッジを使用して前進する。―――ベーオウルフの下で腕から焼ける肉の臭いをさせるが、ここはまだセーフラインであることを経験が告げてくれている。だから臆することなく、
「壊れろ俺の左腕……!」
三射目を乗り越える。そしてその前で、ほぼゼロ距離で杖を構えるシュテルの姿がある。腕を前へ伸ばすのと同時にそれは放たれる。
「ブラストファイアァァ―――!!」
胴体を焼き払う灼熱の炎を胴体で受け止めつつも、左腕はシュテルの頭を掴む。
「俺のぉ、距離だよばぁ―――か!」
相手の砲撃がフルヒットする前に掴んだ頭でシュテルを振り回し、壁へと向けて全力で叩きつける。シュテルが頭から先に壁に叩きつけられるのと同時に口から血が吐き出されるのを見る。覇王と比べて受け身も衝撃の逃がし方も遥かに拙い。その姿を見て笑みを浮かべる。瞬間的に悟る―――いける、と。
壁に叩きつけられたシュテルの足を掴む。
「覇王ちゃん様なら掴まらないぜぇ」
「逢瀬の最中は別の女の話をしないでくれますか……!」
「そりゃ悪かったなぁ!」
足で振り回し、シュテルをそのまま床へと叩きつける。感触としてはかなり重い一撃だろうが、決して油断はできない。何せシュテルと一年以上一緒に暮らしてきた俺だ、彼女の事はよく知っているつもりだし、それなりに色々と把握している。一瞬でも油断すればこっちが食われるし、そして潰される。それに―――彼女は俺が思っているよりもずっと強いのだろう。
だから床に叩きつけてから壁に叩きつける。そこから再び床へ、壁へ、往復する様に数度叩きつけてから天井へと向けてシュテルを全力で叩きつける。遠距離の砲撃戦魔導師がクロスレンジに入り込まれた場合、大体はこういうオチになる。その姿をシュテルは見事に表している。
そこからショットガンへと姿を変えたタスラムを天井へと叩きつけたシュテルへと向ける。
「タスラム―――アポトーシス!」
『Apoptosis』
銃口から散弾状魔力弾が吐き出され、シュテルの体へと突き刺さる。だがそれは全てがバリアジャケットを貫通してシュテルの体へと突き刺さる。
「魔力波長を……!」
「どれだけ一緒に暮らしていると思ってやがる!」
バリアジャケットは魔力の塊―――故にそれを構成する魔力の波長が解ればそれを貫通する様な能力を付与するのは支援型魔導師としては難しくない話だ。それを一人でやって、自分に欠けているのが悲しい事実だが、
「使いたくなかったぜ」
「えぇ―――私もこの手段はあまり好きではないんですが……!」
再び引き金を引こうとした瞬間、シュテルを中心とした爆発が発生する。自爆の類ではなく、自分も良く緊急回避手段として使用する方法―――バリアジャケットの部分的破壊。攻撃的ではないからこそ反射的に防いでしまう衝撃、シュテルはバリアジャケットの装飾品を破壊し一瞬だけの隙を生み出す。その瞬間再び引き金を引くが、そこにシュテルの姿はなく、
「満たせ炎!」
狭い通路を炎が埋め、そして通路の奥を破壊した。その意図は、
「酸欠か!」
「戦闘用に生み出されたマテリアルズは多少酸素が少なくても十全の戦闘能力は発揮できます」
自分もそこそこ問題はないだろうが、こういう状況での戦闘に関して一番慣れていないのであろうなのは、なのはの存在だ。素早く振り返り、一瞬だけなのはの姿を確認する。防戦一方ではないが、それでもバリアジャケットには傷が多く見える。状況としてはシュテルと俺の状況と変わりがない―――ただやられている側と、そしてやっている側が入れ替わっている。それだけだ。そしてそれに加えこの炎が合わされば、
「シュテるん酷いよ! 僕燃える所だったよ!?」
「安心してください、死んだら悲しんでおきますので」
「僕を殺す気だったの―――!?」
レヴィもシュテルも楽しそうだなぁ、と感想を抱くのと同時にシュテルから離れてレヴィへと向かう。此方の姿を笑みと共にレヴィは迎え、極悪極まりないバルフィニカスの刃を振るう。回避という選択肢は元から此方には存在しない。故に左腕を全力で振り抜き、そしてそれを受け止めるのと同時に銃口をレヴィの顔面へと向け、そして引き金を引く。
「おぉっと! うんうん、やっぱこうこなくっちゃ!」
それをあっさりと避けながらレヴィは後ろ向きにステップを取りつつバルフィニカスを変幻自在に操り、振り回す。薙ぎ払いと思った次の瞬間には振りおろし、そして切り返しの斬撃を繰り出している。暴風の様な斬撃の連撃、それを全て追うのは不可能に近い所業。ならば、
「ちょっと通るぜ!」
「うぉっ」
体格差を利用して強引に突破する。体に傷は増える、が、この状況を打破するためなら安い代償だ。そう自分に言い聞かせ、脇腹に存外深い一撃を貰いながら場所を入れ替える様になのはの横へと到着する。その様子は一言で劣勢と言えるだけのダメージを受けていた。こめかみにも傷を受け、血がたらりと垂れてきている。それが唇に触れている様子を見て確認する。
「新しい口紅?」
「です!」
まだ元気らしい。―――少なくとも本人の為にそうしておく。
この先に起こり得る事がこの子に耐えられるかは今は問わない。それはなのはが超えるべき悲劇だ。俺には俺だけの悲劇が待っている。
シュテルとレヴィが並ぶ。どちらもデバイスの形を巨大な一撃を放つためのモードへと変形させている。
「第一ラウンドは一勝一敗って感じかな?」
「ですが―――本番はこれからです」
そう言って、敵が同時に必殺の一撃を研究所の天井へと向けて放った。一瞬にして膨大な魔力が叩き込まれ、地表に近かった事もあってそこから上までの全てが吹き飛んでゆく。研究所を覆っていた海水も蒸発しながら大きく吹き飛ばされ、この位置から空の青が見える。その空へと誘う様にシュテルとレヴィは浮かび上がりながら得物を構える。
「2ラウンド目です。次は私のフィールドで戦ってもらいましょうか」
―――ここからが正念場だ。
それを理解して、覚えておく。
「たぶんこうなっちまうと俺、あんまり活躍できないから」
「はい、任せてください」
なのはが頷く。
「壁として利用させていただきます」
「逞しいなぁ、おい」
このノリのまま、押し切る。それを心に決めて、空に浮かび上がる二人を追いかける。
そんなわけで一発来るよ? な状況ですね、今回は。
あと一応お前ら様方。感想で先の展開に関する質問は基本的に答えないので聞かれてもリアクションに困る。てんぞーちゃんのリアクションもお前ら様方の質問に対して少しずつストックを切らしているんだ。ちょっと自重してもいいのよ。
そんなわけで、次回ですねー……。