「はむはむはむっ」
荒い息をしながら口に食べ物をほおばる姿が複数ある。まず一番そうやって食べているのがレヴィだ。片手でスプーンを握り、もう片手でフォークを握っている。スープにスプーンを突っ込んだと思えば、次は肉にフォークを突き刺しかじりついている。かなり下品な食べ方で、野生児かと疑いそうな姿だ。だが楽しそうにやっているのでとりあえずは無視する。
「がつがつがつがつ……んくっ……がつがつ」
次に激しく食べているのはディアーチェ。威厳などかなぐり捨てて目の前のカレーにがっついている。よほど辛いのか、それともそれに慣れていないのか、おそらく後者なのだろうが……ディアーチェはカレーを食べるとすぐにコップに手を伸ばし、一気に飲み干す。子供らしいその姿に苦笑すると、コップが空になった時、近くの水差しでコップの中身を満たす。何というか……年相応の姿がようやく見られた気がする。いや、先ほどまで見ていた姿も十分幼い気がしたが。
ユーリはその二人と比べてはるかに大人しく食べている。フォークとナイフを上手く使い分けて皿の上の料理を片付けているが、それでも彼女も食べ物に対する好奇心が隠しきれていないのが解る―――何故なら食べている量がディアーチェやレヴィと変わらないからだ。ただペースがゆっくりなだけで、彼女も初めての食事に目を大きくして楽しんでいる事に間違いはない。大人しい事に変わりはないが、此方も十分にやんちゃの素質があるなぁ、と思い、視線を最後の一人に向ける。
彼女だけは他の三人と比べて食べる量も少なければ、行動も非常に落ち着いていた。小さな皿の上に盛られたアイスクリームをこれもまた小さなスプーンで少しずつ突きながらも、その表情は……思案しているように見える。
「不安か」
「え?」
まさか声をかけられるとは思っていなかったのだろう。その事に関しては少々心外だが、シュテルは頷く事で肯定し、食べ物に夢中の三人を置いて、此方へと視線を向け、話の内容に集中してくる。
「正直に言えば―――はい、不安しかありませんね。私達の状況が特殊であり、九割方詰んでいるという事実も恐ろしいですね。何よりもよくも初対面の人間を信用している、と呆れ果てている自分もいまして。端的に言って少々憂鬱という状態なんでしょう」
「ずいぶんとハッキリ言ってくれるなあ、おい」
「嫌いなんでしょう? 曲がった事が」
生まれて数時間しかないくせによくもまあ回る口だと思う。だが生まれてくる時点で価値観と情報と記憶は出来上がっているのだ。だとすればこんな物だろう、と納得しておく。それに今の発言は彼女が此方の事を考慮してから発言した事だ。つまり此方とは仲良くしておきたい、という明確な意志が存在する事が見える。……と、そういう風に考えれば非常にビジネスライクな話だが、あまりそう言うのは好まない。ここは普通に此方を気遣ってくれていると自惚れよう……まあ、外見的に相手は5歳も下の少女なのだが。
アイスコーヒーを少しだけ飲み、テーブルの上へと置く。この三人が食べるペースからして、近いうちにまたルームサービスで何かを運んできてもらわなければなくなってしまいそうだ。
「ベーオウルフー、何か適当によろしく」
『Yes Master』
電子クレジットの管理は完全にベーオウルフに任せている。此方の懐具合を計算しながら適当なものをオーダーしてくれるに違いない。だが今はそんな事よりもする事がある。エアコンから感じる冷気と、そして窓から入り込んでくる熱い日差しを受け止めながら視線をシュテルの方へと向けて、そして固定する。
「で、どうだ?」
「なにがですか」
何が、と言われても。
「自由の味だよ」
顎をクイ、と動かして手元のアイスを意識させる。あぁ、とシュテルは言葉を漏らし、スプーンで少量を掬い上げてから口へと運ぶ。ゆっくりとした動作でアイスを口に運ぶと、美味しそうに頬を緩める。先ほどまで必死にメリットを考えようとしていた少女とは思えない緩みっぷりだ。
「知識として存在しているのと、実際経験しているのでは大いに違うという事がとりあえず解りましたね。ええ、大きな発見ですよ。”甘いと知っている事”と”甘さを感じる”という事は大きな違いなのですね。ぶっちゃけると今助かってよかったって確信しています」
「安い人生だなぁ、おい」
「安いどころか物凄い大金がかかっている体なんですけどね。多分どこぞの研究機関にでも売れば豪邸を一人につき二つか三つは購入できるんじゃないですか?」
試す様に視線を送ってくるシュテルに対して、コップの底を額に軽く当てる。いたっ、という声がシュテルから漏れるのと同時に、呆れの溜息をこれ見よがしに吐く。
「俺がそんなに悪いやつに見えるか?」
どうでしょうね、とシュテルは答える。
「どう見えるか、と問われればあまり人相は良くないですね。若干悪人面とも言えるかもしれません。そして言動、態度を見るに若干偽悪的に振舞っている事が見えますが、行動を見れば性根、というよりは根底の部分が善性を持ってしまっていますね。保身を考えるのであれば後腐れなく殺してしまえばいいものを、”助けて”、なんて一言を守るためだけに余計な苦労を背負いこんでしまっていますからね」
「可愛くない子供だなぁ……」
「可愛くあろうとは思っていませんからね。えぇ……ですが、私達は本当に運がよかったのでしょうね。偶然会ったのが貴方でなければ」
「ま、確実に実験室送りだろうな」
「その事に関しては本当に感謝しています。おかげで私もレヴィもユーリも王も、こうやって得る事の出来なかったはずの事を、知識としてではなく自らの経験として得る事が出来ています。命を救われ、保護してくれているこの状況に関しては本当に感謝してもしきれませんね」
実際この少女達の状況は詰みに近い。誰かが面倒を見ない限り、何時か絶対に管理局に見つかってしまう。自分にしたってこの後色々と面倒な作業が待っている。その事を考えれば色々とめんどくさくなって投げ出したくなるものだが、そうもいかないだろう。
「一つ、宜しいでしょうか」
シュテルがスプーンを此方へと向けてくる。真剣な表情を此方へと向けてくる事から、質問の内容が真面目なものだという事が解る。
「―――何故、助けたのですか。いえ、常識的な範疇の話ではなく、”子供が助けを呼んだら助ける”という思考へと行きつくプロセスの内容です。その部分が少々興味深いので、出来たら解説してくださると嬉しいのですが」
「めんどくせぇ……」
どう考えても子供と話すような内容ではない。というか、アイスを食べながら聞く内容でもない。その証拠に、レヴィは途中から完全に此方の話を聞く事を止めて、食べる事だけに集中している。レヴィの表情のなんと幸せそうな事か―――あとどれだけ食べるんだこいつ。ちょっとだけ恐ろしくなってきた。
「で、答えてくれないんですか? 理のマテリアル……の、コピーとしては是非とも今後の参考に知りたいのですが。あ、あとできたら”季節のアイスクリーム上”というのをもう一皿お願いします」
「お前食ってる量は少ないけどピンポイントで高いのを狙ってるよなぁ! おら、ベーオウルフオーダーしろよ」
『Alright master』(はいはい)
電子音声なのに若干呆れているような気がする。解せぬ……ではなくて、本気で聞きたがっている様子なのでつまらない話だぞ、と前置きをする。それでも構わないとシュテルは返答してくるので、簡単に答えてやる。
「いいか? 俺はベルカ出身なんだ……つまりそういう事だ」
「……?」
シュテルが首をかしげてくる―――まあ、流石にこれだけでは解らないか。つまり、どういう事かというと、
「ベルカ出身という事は必然的に聖王信仰に触れている時間が長いという事で―――まあ……ベルカの男児というもんは必然的に教会の騎士団に憧れるもんさ。毎日騎士の活躍を聞いたり、教会で訓練している連中の姿を見ている内にこう思うのさ……”あぁ、俺も何時か大きくなったら騎士になりたい”、ってな」
そこで少し苦笑してしまう。今では嘱託魔導師だが、本当になりたかったのは騎士、ベルカの騎士だったのだ。8歳、9歳からその道をあきらめてこうやって嘱託魔導師の道を始めた事に対して後悔はないが、少しだけどうなっていたのだろうか……という思いはある。
「だから俺もチビだった頃は木の枝をデバイスに見立てて振るったりしたもんよ。騎士の誓いを無駄に覚えたり、駐屯所の騎士に会いに行ったら規律を教えて貰ったり……騎士の心得を教えてもらったり……まあ、一種の教育なんだろうなあ、ベルカ男児の。まあ、そんな風に俺も騎士に憧れるガキんちょだった頃がある訳さ」
「なるほど、つまりそう言う精神は子供の頃教わった騎士道精神の発露、という事ですね」
「ま、大分スレちゃいるけどな。今では管理局所属の嘱託魔導師、立派な社畜です」
「憐れに思えるのでその笑みは止めましょう」
「ははは、まあ、昔の話はここまで。それよりもミッドチルダに戻るために色々とやらなきゃいけない事があるんだから、つかの間の自由を味わっておけ」
「はい、了解しました」
シュテルはそれで満足したのか頷き、アイスの攻略へと再び乗り出した。そうして一時的にだが、平和な時間が舞い降りる。そして目の前の状況を見て、改めて思う。
……なにをやってんだ俺。
軽い自己嫌悪だ。本当に、軽くだが。そこまで深い後悔は実際の所はないのだ。人生スパっと諦められればそれはそれで楽なんだろうが、諦めきれないからこそ面倒な人生なのだ。長い間閉まっていたはずの騎士道精神が無駄な所で発揮されてしまう自分のブレっぷりには頭を抱えるしかない。軽く連れ出したのはいいが、此処から一体どうするんだ。
どうやってミッドチルダへと戻る?
どうやって戸籍を入手する?
生活は?
体に関しては?
そもそも隠しきれるのか? 軽く考えただけで問題は山積みだ。……ミッドチルダと姓に関しては既に手はまわしてある。正規の局員じゃないからこそ知り得た事というか、ブローカーやら密売人やら、そういう人脈は普通に働いている分には絶対に知る事の出来ない類の人物だ。監査官やら捜査官、嘱託魔導師だと職業柄、必然的に接触する必要が出てくる。
前々から利用させてもらっているブローカーに既に依頼の一報は入れてある。あとはここで適当に時間を潰しているうちに色よい返事が返ってくるのを待つだけだ。
が……しかし、さて。
頬杖をつき、考える。―――この少女達は一体どうするのだろうか。目的はなく、目標もなく、そして意味すらない。何もない。親から伝えるべきだったことも、成長と共に見つけるべきだったものも、この少女達にはない。圧倒的に足りていない。生活を始めたとしても、それでは腐ってしまうだけだ。それは心身ともに悪影響を及ぼしかねない。ともなれば、自分で何か明確な目標を持ってくれるのが幸いなのだが。
と、そこでシャツの裾を軽く引っ張る感触を得る。
「ん?」
「あの……」
視線を感触の方へと向けると、ユーリが少し俯いた様子で、シャツの裾を指でちょこん、と掴んでいる様子があった。その表情は何やら申し訳なさそうで、今にも消えそうな声で、俯いたまま話しかけてくる。
「その……あの……迷惑……でした?」
おう、そりゃあもう決まっている。
「迷惑も迷惑、超迷惑だよ。お前らなんて事してくれてんだよ。俺はな? ミッドに帰ったらレコード屋に寄って古いジャズのレコードでも買おうと思ってたんだぞ? 結構デカイヤマだったからボーナスは確実だったんだし」
「貴様、趣味が大分オッサン臭いな。というか結構大人ぶってはいるが貴様もまだ容姿からして二十歳にもなっておらなんだろ? それにしては若干趣味やら態度がオッサン臭くはないか」
少し黙ってろポンコツ王。貴様の鼻にカレーを流し込むぞ。
「あ、えーと、その、ご、ごめ―――」
反射的に謝ろうとするユーリの頭を掴んで撫でる。そして少しだけ撫でたところで、少々気やすかったかもしれないと思った。手を離そうとするが上目づかいに此方を見てくるユーリの姿があるので、安心させる意味でもそのまま乗せておき、笑みを浮かべる。
「だけどな、人付き合いってのは基本的に迷惑の掛け合いなんだよ。俺が迷惑をかけた、俺が迷惑を受けた。ストレスのない人間関係なんてものは存在しない。第一迷惑をかければかける程お互いに遠慮がなくなるのさ」
レヴィがスプーンを口に突っ込んだまま、此方へと振り向く。
「あ、じゃあ僕、更におかわり五皿追加で」
「お前は少し遠慮って言葉を覚えろよ―――っと、まあ、こんな風に少しずつ負荷ってやつを得ながら関係ってのは出来上がっていくんだよ。おう、超迷惑さ。予定がこなごなに砕かれたよ。そして多分この先の予定全部ぶち壊しだけどよ、俺は十八歳で、お前らはまだ数時間しか生きてねぇのよ。解るか? 俺が圧倒的に大人で、お兄さんなの」
胸を張る。これだけは自信を持って言ってもいい。
「社会人舐めんな。子供の我が儘の五つや六つ、笑って許してやるよ」
「ドヤ顔で決め台詞を言ってくれているところ悪いですが、それ一体どこから引用したんですか」
「我的にどっかのドラマじゃないかと思う」
「え? やっぱアニメでしょ」
今激しくいい事を言った気がするのに、余韻を感じさせる前にそれを一瞬でマテリアルの少女達によって木端微塵にされる。お前ら、と口に出して軽く拳を握ると、ディアーチェがフォークを持ち上げ、それを此方へと向けてくる。
「なに、我らを赤子と同類であると言うのだろう? 我らを足りぬ存在だと思っているのだろう? そして我らの我が儘を笑って許すのであろう? なら良い、我らも遠慮はしない。そう宣言する相手に遠慮する事こそが最大の無礼だという事を我は知っているからな」
獰猛な笑みを浮かべるディアーチェの姿がおかしく、なんだそれ、と言葉を零しながらも笑みを浮かべてしまう。あぁ、本当にまだ生まれて数時間だけなのかこいつら。本当に優秀で、そして人間臭く、困ってしまう。悲壮感の欠片さえもない。
「ふ、ふふふ……そうですね、ディアーチェ。確かにそれは失礼な事ですね」
話を聞いていたユーリも仕方がない、といった風に笑い声を零し、そして此方へと笑みを向けてくる。可憐な少女の笑みだ。
「―――では私も一切の遠慮はしません。私達すっごい我が儘だと思いますので、精一杯面倒を見てくださいね?」
「おうさ、お礼とか細かいとかは後にしろ後で。今ばかりは好きなだけ馬鹿をやって―――っと」
ベーオウルフから軽い鈴の音が鳴る。通知に設定した音なので、おそらくブローカーからの連絡が返ってきているはずだ。指で指示を出すと、ベーオウルフが魔力でホロウィンドウを目の前に生み出してくれる。それを動かし、中身を確認してゆく。
「ん、それなに?」
口いっぱいに料理を頬張りながらレヴィが興味津々にホロウィンドウを覗き込んでくるので、その内容を見せる。
「あぁ、お前らの密入国の準備を頼んでたんだけど、何とかなりそうだわな」
ホロウィンドウを消し去り、椅子に深くもたれかかる。
「もうこれ以上のオーダーはなしだ。頼んだものが来たらそれ食って出るぞ」
「えー。僕まだデラックスキャラメルバナナパフェ銀河盛FINALミックス頼んでないよ」
「お前それ一番高いデザートだぞ」
マジで遠慮しねぇ、という事を改めて認識し、頭を抱えながらもアイスコーヒーを口へと運ぶ。喋り続けた喉を苦い珈琲の味が癒してくれる。
「はぁ、相変わらず仕事が早くて助かるなぁ、ウーノさんは」
未だ通信のみでの関係だが、こんなにも早く手筈を整える手腕、一度サシで会って話し合ってみたいものだ。まあ、向こうも素性がばれたりしたら商売あがったり、なんて部分もあるのでありえない話なんだろうが。
ともあれ、
ミッドチルダへと戻ったら引っ越す事も考えなくてはいけないのかもしれない……。
ちなみにですが主人公はいわゆる原作キャラへの個人的な面識はないです。立場的に見て雲の上の存在、って感じですね。