マテリアルズRebirth   作:てんぞー

32 / 210
 そして第三章。


Chapter 3 ―Death Over Life―
ニュー・スタート


 目が覚める。

 

 アラームを元々セットしておいたが、それよりも早く目は覚める。もはや習慣というやつなのだろうと思っている。まあ、早く起きるのは悪くはない筈。何せ”早起きは三文の徳”なんていう言葉が残されているのだ。だったらこの早起きは少しの徳を生んでくれるに違いないと思う。だからのそりと、ベッドから体を持ち上げ、ふとんを退ける。閉じているカーテンの隙間からはわずかながら朝日が差し込んでおり、外の明るさを感じさせる。ベッドから起き上がり、軽く体を伸ばす。眠っている間に固まったからだがそれに反応して、骨をコキコキ、と可愛らしい音を鳴らす。

 

「んー!」

 

 立ち上がり、軽く乱れたパジャマを整える、と言っても歯を磨き終わったらすぐに着替えてしまうのだが、要は自分の姿をどう意識しているか、という問題なのだ、ここらへんは。自分は自分を常に大丈夫なように、恰好良く見せたいので姿には気を使う。だから短い時間とはいえ、服装を軽く整え、そして洗面所へと向かう。そこには大分髪の伸びてきた自分の姿がある。今まではずっとツインテールで通してきたが、今日から新しい職場だ。

 

「少しだけ、変えてみようかな?」

 

 ほどいてある髪を洗面台に置いてあるヘアゴムを使って整える。髪の毛を右側に纏めようとしてから一回やめ、そして左側でサイドポニーに髪を纏める。そうやって長く伸びる自分の髪を見て、頷く。予想よりも良く似合っていると思う。軽くガッツポーズを取って気合を注入する。今日もまた忙しい朝がやってきた。

 

「高町なのは、がんばりますっ」

 

 鏡に映る自分の姿を見て、今日も頑張ろうと誓う。

 

 

                           ◆

 

 

 シャワーからあがり、管理局の制服に袖を通す。この服装もだいぶ慣れてきたと思う。最初の頃は着ているというよりは着られている、という感じだったがここ最近は少しずつ似合う体格になって来たのではないかと鏡に映る自分の姿を見て軽く自画自賛しておく。

 

『Good morning master, you got some mail』(おはようございますマスター、メールが数件来ています)

 

 リビングで着替えていると待機状態のレイジングハートがベッドサイドテーブルの上から電子音声でメールが数件到着している事を伝えてくれる。おそらくこちらを急がせないために、シャワーが終わるまで待っていてくれたのだろう。相変わらず主人を思ってくれる良い子だと思いながら、

 

「レイジングハート、再生お願い」

 

『Mail one』

 

 レイジングハートが文脈をホロウィンドウとして出現させながらその内容を送信者の声で再生させる。その間にも服の着替えを進めておく。

 

『おはようなのは。今日から”空”の方に移籍だってはやてから聞いたけど大丈夫? たしかになのはのやりたい事をやるなら空隊でキャリアを数ヶ月程度詰むのがいいかもしれないけど、結構ハードらしいし無理はしちゃ駄目だよ? 一応空隊の方にははやての知り合いもいるらしいけど……辛かったら直ぐに連絡してね―――mail one, end』

 

「フェイトちゃんは心配性だなぁ」

 

 昨年リハビリから復帰し、そして魔導師ランクSを取得しても、フェイトは未だに此方の事を心配している。軽く服をまくって腹を確かめれば、そこには数年前の事件でつけられた傷痕が存在している。乙女としては消しておきたい傷痕で、消す事も可能だが、これは戒めとして残した。自分が無茶し、そして心配させたことの代償として。本来なら数ヶ月空隊の方でキャリアを積んでから教導隊の方に移籍しようかと思ったのだが、もう少しゆっくりやろうかと思っている。

 

『Mail two』

 

 レイジングハートが次のメールの再生に移る。着替えが完了し、レイジングハートを持ち上げて首に下げる。メールの再生内容を聞きながら、必要な荷物をチェックする―――といっても今日は基本的には手ぶらで向かうのだが。

 

『よう、元気にやってっか? まあ、別にフェイト程心配しているわけじゃないけど、はやての紹介だし少し心配になってな。アイツ、変な所で変なコネを持ってるから。まあ、それだけだ。頑張れよ―――mail end』

 

 これはヴィータからのメールだろう。何というか、フェイトもヴィータもこっちが入院してからは大分付きっきりになって心配させている。もう十分一人で立てるし、戦う事も出来る。心配される事は嬉しいが、正直これ以上フェイトとヴィータを拘束してしまうのが個人的には心苦しい。

 

 ……二人とも心配性だなぁ。

 

 だが嫌いではないと思って、苦笑する。二人ともいい友人なのだから。たぶんフェイトはあの場にいられなかった事が後悔で、ヴィータは何もできなかったことが後悔に繋がっている。だがそれは全部、

 

 ……私がいけないんだよね。

 

 だから少し焦る形で魔導師ランクSを取得した。これでフェイトよりも上のランクを取得する事に成功した。これで当面、必要なのはキャリアと推薦だけだ。だがこれはゆっくりやろう、と決めている。焦る必要はない。時間は過ぎ去ってゆくものだけど、理想は逃げない。夢も逃げない。まずは己を知って、ゆっくりと前に進む事だけを目指す。それが今、自分に出来る事だろうから。

 

『Mail three』

 

 キッチンからコーンフレークを取り出し、それをボウルの中へと入れる。牛乳を注ぎ込みながら、こういうさびしい朝食にも慣れたもんだなぁ、とどこか思ってしまう自分がいる。海鳴にいた頃は母の作ってくれた朝食を食べていたものだが、あの事件以来こっちへと移住し、一人で生活し始めて改めて理解する。

 

 ―――料理覚えなきゃ……!

 

 母の料理スキルは偉大だなぁ、と今更ながら理解させられる。コーンフレークの味が実に寂しい。やっぱり朝にはお味噌汁と白米が欲しい。

 

『あ、なのはちゃん、頑張ってな! ―――mail end』

 

「それだけ!? 逆に不安になってきたよはやてちゃん!」

 

 思わずスプーンを捻じ曲げてしまいそうなほどに強く握ってしまった。最後のメールは間違いなくはやての物だったが、一言”頑張って”とはいったいどういう事なんだ。確かにはやてのコネというか、繋がりというか、そういうので空隊への渡りはつけてもらったが、このはやての一言が嫌に不安を掻きたてる。

 

「うぅ、本当に大丈夫かなぁ……?」

 

『Don't worry master, there is not much that can defeat you other than power harassment』(安心してくださいマスター、パワハラ以外で貴女に勝てる存在は少ないです)

 

「余計に不安になってきたよ……」

 

 管理局に入局して、そして本格的に仕事して解るが、階級とは実力さえも届かない絶対的な力の一つだ。これに逆らうのは実は難しい。割と和気藹々として職場だと上司をまるで友人の様に扱ってしまうが、実際の所管理局における階級は絶対で、上からの命令は逆らう事は出来ない様になっている。そこらへん、キッチリしておかないと肥大化しすぎた次元世界を管理できないという所もあるのだろうと思う。

 

「よし、今日も頑張ろう」

 

 コーンフレークを食べながら頑張る事を誓う。

 

 

                           ◆

 

 

 目的地へと到着する頃には丁度いい時間となっている。クラナガンに存在する時空管理局航空隊本部、そのビルがこれからの仕事の場となっている。服装に乱れがないことを確認しつつビルの中に入ると、前は言った事のある地上本部内装があまり変わりない事が解る。割と質素だが―――無駄な所にお金をかける余裕はない、といったところだろうか。

 

 ここでたしか待ち合わせという筈だったが、

 

「―――高町なのは准空尉ですね?」

 

「あ、はい」

 

 既に相手の方はいた。此方の事を見かけて近づいてくるのは女性だった。背は高く、スタイルもいい。歳は此方よりも大分上に見える。管理局の制服に身を包んだ彼女は此方へ声をかけてくるのと同時に手を握手の為に出してくる。それを握り返す。

 

「初めまして、高町なのは准空尉です」

 

 自分で名乗るのは礼儀なので、相手が知っていても口に出す。

 

「はい、キャロル・コンマース三等空尉です。首都航空隊第6隊への移籍を歓迎します。基本的にキチガイばかりの部隊で最初は胃を痛める事ばかりでしょうが、そこは運のつきだと思って諦めてください」

 

「……え?」

 

 おかしい。今この人、笑顔のまま凄まじい事を言った気がする。しかも割とさらりと。キチガイ? 胃が痛む? この人は割と一体何を言っているんだ。

 

「あぁ、すいません。身内のノリでちょっと接してしまいました。高町准空尉は割と常識派なんですね、把握しました」

 

「あ、え、は、はい。自分でも割と常識的というか、良識的だと思っています……?」

 

 少なくとも突発的に何かを始めようとするはやてよりは割と常識的だと思う。

 

「ともあれ、噂の”エース・オブ・エース”がこんな掃き溜めにやってくるとは非常に驚きと同時に嬉しい事でもありますね。あ、でも夫にプロポーズされた時の方が嬉しかったですねー。―――あ、夫の写真見ますか?」

 

「え、遠慮しておきます……」

 

 駄目だ。何かがおかしい。何がおかしいかは気づいてはいけない気がするけどこの人何かおかしい。ノリが割と”アレ”な時のはやてに似ている。というかかなり”アレ”っている時のはやてノリが常時みたいな人だこれ。―――日常的に関わっちゃいけないタイプの人だ―――!

 

 新しい職場に対して不安しか抱けなくなった今、他の同僚はまともだよね? という希望を持ってビルの中を案内し始めてくれるキャロルの後ろを追う。首都航空隊第6隊、通称空隊6隊はこの本部に隊用の部屋を与えられているらしい。キャロルが言うにはエレベーターに乗る必要のない一階、移動が非常に楽でいい所にあるらしい。そう言う隊に関する話を軽く聞きながら数分ビル内を歩いていると、扉の前に到着する。

 

「さ、ここですよ」

 

「あ、はい」

 

 入る様に促されたので扉に手をかけ、開ける。

 

 その中は普通の事務室の様に思えた。普通にデスクが用意されており、そしてそこで働く隊員達の姿が見える。気になるのは若干書類仕事が多そうな所だが、予想よりもペーパーワークが多い所なのかもしれないなぁ、と空隊に関する評価を自分の中で変えておく。

 

 そして、扉があいたところで視線が此方に集まる。視線が集まる事は経験、そして経歴上良くある事なのでそれに臆することなく前に出る。……ここは挨拶するべき場所だ。そう判断して口を開く。

 

「高町なのは―――」

 

「―――うおおおおお、エース・オブ・エースたんキタァ―――!!」

 

 叫んだ瞬間、後ろから疾走して現れた存在が飛び蹴りを食らわせて奇声を発した存在を黙らせる。蹴りの主は間違いなくキャロルだが、その足の下で踏み潰されている人間に関してはそれでいいのだろうか。いや、いけない。何今一瞬そのままでいいんじゃないかなぁ、とか思っているのだ。早く助けないと……!

 

「あ、高町なのは准空尉だね? ようこそ首都航空隊へ。とりあえず人妻が理不尽なのは今に始まった事じゃないから慣れた方がいいと思うよ?」

 

「え、アレ日常的なんですか!?」

 

「割とネー」

 

 ぞろぞろと周りに人が集まり始める。誰もが好奇の視線―――というよりは面白がって集まっている。周りへとワイワイと集まってそれぞれが自己紹介をする。己の所属、年齢、名前、総合ランク、空戦ランク、特技、趣味を。そうして一通り説明したところで、

 

「ふぅ、いい仕事したわね―――あ、ごめんなさい高町准空尉。えーと、基本的にツーマンセルで私達行動しているのよ。だから貴女にもパートナーを組んで行動してもらいます。で、貴女の相棒だけど……」

 

 そう言ってキャロルは辺りを見回すと、部屋の奥、デスクの上の書類に向き合っている姿を見つけ、彼を指さす。赤毛の大男だった。ただ顔はサングラスで隠しているようで、どういうモノかはここからでは見えない。

 

「あ、彼彼。イスト君。最近イメチェンに失敗して若干落ち込んでるのよああ見えて―――ざまぁないわね」

 

 なんでこの部署の人間はそこまで身内に対して容赦がないんだろうか。ここへ来てから頬が引きつったまま動いていない気がする。……それにしてもイストと呼ばれた男は部屋の奥、書類に向き合ったまま動かない。もしかして集中しすぎて此方に気づいていないのだろうか?

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「あ、寝てる」

 

 そこから肉体派人妻のドロップキックが炸裂するまではそう時間はかからなかった。

 

 ―――本当にここ管理局なのかなぁ……?

 

 自分の知っている管理局の姿とあまりにも違いすぎて少しだけ、眩暈を起こしそうだった。




 白い冥王様参上。

 と、言うわけで第三章開始と原作主人公の登場です。第三章からは主人公の心理的モノが2章から大きく変わっているので、しばらくは冥王様の視点からそれをお楽しみください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。