打撃を打撃で迎撃する。それが既に何回行われたのかは解らない。ただ一つだけ実感しているのは死だ。死はすぐそばにある。そして現在、自分はそれをチョン避けしている。そのチョン避け状態を続けている。気が狂いそうになるのを抑え込み、頭の中を空にし、反射神経と直感に全てを任せて相手の打撃を迎撃する。掌底を手刀で、手刀を張り手で、打撃を蹴りで、そして蹴りを打撃で。互いに全力で武を振るい、その全てを迎撃してゆく。だがその流れは確実に相手に流れる。この数百を超え、千に届かんとする武の流れは一方的に覇王の流れを生み出していた。
この流れで、削られて行くのは俺一人だけだ。
「……!」
「―――」
無言で拳を交わす。瞬間的に繰り出される五連撃を全て受け流すが、その際に一撃は必ず体を掠める。そして防御能力が0になっている今、掠り傷はそのままのダメージとして体へと伝わる―――今回、肩を掠めた一撃はマフラーを千切り、そしてシャツをぼろぼろにし、そして肩に赤い裂傷を生む。もはやぼろぼろだったマフラーはそれで完全に役目を終えて切れ落ち、右の肩にぶら下がる形で残っていたシャツも今の一撃で完全に切れ落ちる。腕を覆うベーオウルフのネイリング状態の姿を置いて、上半身を覆う衣服はなくなっていた。それもそうだ、バリアジャケットに回す魔力さえも反射神経と攻撃力の増強へと回しているのだ。
そうしなければ最初の手合せで死んでいる。
だがそれでも体の傷は癒えてゆく。
防ぎきれなかった連撃の結果生まれた傷は目に見える速度で塞がって行く。防御力はないが、治癒能力はある。ネイリング状態のフルドライブモードはどこまでも前向きだ。前向きに殺しに行っている。相手を殺す為に必要なものは火力とうごかせる体だけ。
ネイリングはそもそも”砕ける”事が前提の形態だ。
だから、
―――これでいい……!
体が傷つき、癒えてゆく無限の痛みのループの中で思考する。これでいい。此方は削られて行く。肉体も、思考も、魔力も、そして―――命も。だがそれでいい。この極限の綱渡り状態、何もかもが失われて行く中で一つだけ自分が拾えるものがある。それはありえない邂逅こそが唯一祝福として与えてくれたもの、
即ち経験。
削られて行くものは多い。だが目の前の覇王に相対するために、自分は持ちうる全ての技術を発揮している。シューティングアーツも、ストライクアーツも、そしてベルカ格闘術も。この三つを織り交ぜ、掛け合わせ、そして打撃している。だがその中には純格闘特化の魔導師と出会えていない故の泥臭さがある。我流では限界がある。師であった祖父はとう昔に亡くなってしまった。そして誰かに師事出来る様な身分でもない。ならばこそ、自分一人で磨くしかなかった。目標がなかった。だが、今、それが、
……目の前に……!
相手の攻撃はかなり独特だと思う。打撃のリズムに入ったと思えば次の瞬間には手刀が飛び、此方が繰り出し受け流しを貫通して衝撃を放ってくる。感覚としてはベルカ式格闘術、それを極限まで無駄なく、そして最大限殺す為に磨いた芸術の様に思える。その奥義の全てを知っているわけでも見たわけでも聞いたわけでもない。だからその本質を語る事は出来ないが、だが感覚としては狂いはない。これは殺すための技術だ。あらゆる敵、あらゆる兵器、あらゆる理不尽を殴殺するための格闘術。―――これがカイザーアーツ。
突きつけられる実力の差と現実に舌を巻きながらも、荒々しい技術は磨かれて行く。余分なものが削られて行き、戦闘に必要な部分のみが覇王への相対の為に生まれてゆく。極限の命のやり取りの中でしか生まれない成長がそこにはある。だからこそ、こんな状況でも心は高鳴る。既に魔導師として自分は完成されている。この十九年間の生で、自分の適性に合った魔法を極められるだけ極めたという自信がある。これ以上磨けるのは苦手分野の克服のみだ。だがそれは直接的な戦力上昇にはつながらない。だからこその技量だ。天才連中であればあるいは壁を越えてさらに進めるだろうが、それは自分にはあり得ない。この体、資質、そして技量で全てが決まってしまう。体と資質は把握している。上へと向かうにはこの肉体しかない。
だから削り、磨くしかない。
盗めるものは全て盗んで、自ら磨く。
この刹那に、相手を超える為に……!
「―――故にこそ、その命をここで手折る必要がある事を無情と呼ぶのでしょう」
「ッ!」
一瞬の拳の交差、次の瞬間には覇王が手首をつかんでいた。ヤバイと認識した次の瞬間には体が地を離れ、自分の体が速さによって持ち上げられている事を理解した。まるでタオルを振り回すかのように此方の体を振り回し、それを何度も地へと叩きつける。
「無影組手……!」
それがただの振り回しであれば良かったが、その振り回しは加速を得て此方の肉体の血流を一気に流れをとどめる。加速し始めるこの一撃の目的は打撃によるダメージではなく、速度によるブラックアウトが目的だ。そして時たま大地へと叩きつけるのは此方の体勢を崩す為。だからこそ、
「元からダメージ度外視だ……!」
飛び散りそうな意識の中、大地への衝突の瞬間に受け身を取らない。その代わりに衝撃を全身で受け、身体が叩きつけられて跳ねた瞬間に体を曲げて、覇王の腕に体を組みつける。そのまま腕を―――折る。
「織り込み済みです」
両手足で組みついた腕を覇王は持ち上げ、それを全力で大地へと叩きつける。瞬時に組を解き、体を全力で後方へと飛ばした瞬間に拳は炸裂、大地を粉々に砕きながら自由を得ていた。細腕で生み出した結果に内心舌を巻きながら拳を構え直す。非常に厄介な相手だ。自分という魔導師が目指す理想のタイプと言ってもいい。技量は完全に上回られているのがこの上なく勝機を殺している。なら此方しか持ってない武器を使って倒すべきなのだろうが。
「才能が有り、向上心があり、そして何より己の技量を弁えている。素晴らしい人材である事に疑いがありません。ですから再び拳を合わせる機会が来ない事が残念でしかありません」
―――来る。次は確実に大技が、此方を仕留めに来るために来る。それだけは理解できた。いや、確信できる。相手は此方を次の一撃で殺す気だ。カイザーアーツの奥義、それが今披露される。そして、それを乗り越える事が勝利に対する最低限の条件。
「ハ、惚れてもいいんだぜ?」
「ふふ、私に勝てたら考えておきます」
……それって無理じゃね。
一瞬そんな事を思い浮かべて、苦笑してしまう。
……本能的に勝てない事を悟っているんだろうなぁ……。
ゲーム的に見れば相手がレベル100の最上位職のキャラで、自分がレベル80の上位職のキャラだ。相手が完全に此方の上位互換キャラで、それを戦い合わせれば結果としてどうなるかは明白だ。もちろん、レベル80―――つまりは俺の方が圧殺される。奥の手はいくつかあるが、それを十全に放てる状況でもない。だからこそ、それを放てるだけの状況を生み出す必要がある。そしてそれは、
これを乗り越えた所にある。
故に、構え、
「―――」
「通します」
覇王が宣言し、構え、
「―――覇王断空拳」
次の瞬間、モーションや過程を全て飛ばして拳を胸に叩き込む覇王の姿が目前にあった。
◆
―――防ぎましたね。
優秀だと判断する。魔導師としては良くて秀才の類だとは聞いていた。格闘は確実にセンスと才能に恵まれている。これに反応できたのがその証拠だ。ギリギリ防御に入れたのは戦闘を通した成長による賜物だろう。だが防御をした所で無意味だ。これは奥義であり、そして必殺技でもある。自分が戦場で敵を仕留める為に放つ一撃必殺の奥義。これに関してだけは無類の信頼を置いてある。たとえ防御されても衝撃は相手の防御を貫通し、そして心臓へと直接叩き込まれるようになっている。
常人であれば心臓破裂。
超人の類でも心肺停止は免れない。
故に拳を引き、心臓を止めた状態で立つ男の姿を見、感触から判断する。心臓を潰す事は出来ないが、その動きを止める事は出来た。その証拠としてイストは一度苦しそうに顔を歪めて、息を吐き、そして動きを止めた。そうして動きを止めてから近寄り、手を脈に当てる。
……止まっていますね。
確実に殺した、と確認できた。そしてそれを確認すると同時に、言い訳も出来ない罪悪感が胸を苦しめる。命を一つ、身勝手な事で消し去ってしまった。あと数年あれば自分を殺す事も出来たかもしれないが―――それも幻想だ。今ここで、自分が命を奪ってしまった。
「……イスト・バサラ、ありがとうございます。貴方の事、その言葉、忘れません」
おそらくこの世界に生を再び受けてしまい、イングヴァルトとして、そして少女としての記憶を持っていた自分は己がなんであるかを喪失していた。意味と意義を見失っていた。だがそこに自分がどういう風にみられ、そしてどういう存在であるかを目の前の男は教えてくれた。
「私は、女ですね……そして、覇王イングヴァルトです、か」
どうせなら男として生まれ直したかったが、生まれを選ぶことは何物にもできない。だからこうなってしまった以上、それと付き合っていかなくてはならない。生まれを呪っても仕方のない話なのだ。だから、今の自分を認めて生きる。自分は女だ。女として生きていかぬばならない。女、覇王として。だから死体に背を向ける。もうここに用はない。この罪悪感と罪は一生背負う事として決める。
瞬間、
『Ressurection』
背後でスパークと機械音が響く。まさか、と驚愕と共に振り返ろうとした瞬間、何かが体に絡みつくのを感じ取る。驚愕が抜けきる前に体は大地に倒されていた。
「―――俺は、貴女を殺さなくてはいけません」
背後から組みついたのは数秒前まで死んでいたはずのイストの姿だ。馬鹿な、確かに死んでいたはずだと言葉を口からもらしかけ、そして先ほどのスパークの正体を悟る。つまりは―――電気ショックだ。電気ショックを自分の体に流し、無理やり心臓を動かし始めたのだ。つまり死ぬことが前提で相手はこの状況へと持ち込んだ。正気か、と問う前にここまでして此方を殺しに来る存在へ感謝する。
「覇王イングヴァルトは戦乱の世で死にました、それで彼の生は完結しました―――故に覇王は生きていてはならない。墓は暴いてはならない。生は冒涜されてはならない。貴女が覇王と名乗る以上。貴女を俺は全力で殺さなくてはならない……!」
―――オリヴィエが守ろうとした民は、その末裔はこんなにも立派ですよ。
「ありがとうございます。ですが―――」
ただで負けるつもりはないと、心の中で宣言する。それ以上の言葉は喉を掴む腕によって吐く事は出来ない。足は絡めるように足を取り、もう片腕で此方の腕を動けない様に極めている。此方が一瞬油断していた事もあって関節技は完璧に決まっていた。だがこの技は昔、見た事がある。
……エレミアの!
懐かしいと思う反面、状況は悪い。喉を閉められているせいで腕に力が入りにくいし、完全に動かせるのは左足だけだ。だが……!
◆
……どうだ!?
本当に虎の子というべきか、昔軽く齧った程度の技を取り出す。古式あいてには古式という発想で繰り出してみたが、上手く極まっている。少しずつ体から力が抜けて行くのも密着する体を通して感じる。このままいけば―――とは思わない。相手は戦乱の世には覇王と呼ばれるほどの実力者。肉体は違えど、それでも相手が最強と呼べる存在の一角であることに間違いはない。ここで手を抜けば殺されるのは此方だ。レヴィに充てんさせたカートリッジを利用した心臓ショックも心臓への負担が強すぎて使えるのは一回のみ、ここで殺す事が出来なければ本当に手段がなくなってしまう。
もちっとエレミアとかカイザーアーツとか勉強しときゃあ良かった……!
首と足の骨を折る勢いで力を込める。大地に倒れているので倒す掌撃で此方の束縛を緩める事は出来ない。ほぼ完全な詰みの状態でも、それでも相手は引っ繰り返すだけの実力を持っているから完全に殺す。
「……ッ!?」
力を籠め、折りにかかる此方の体が持ち上がった。
いや、
イングヴァルトが立ち上がった。
唯一自由に動く左足。
それをイングヴァルトは大地へと突き刺し、足の筋力だけで体を持ち上げた。
「デタラメな……!」
こんな状況でそれだけできるだけの力を一体どこから引き出して来るのかと叫びたくなるが、相手も自分と同じだ。死ぬ気で此方を殺そうとしているのだ。できる事は全て使ってくる。
「覇王、剛滅!」
「がぁっ」
絞り出すように叫んだ瞬間、全身を貫くような衝撃が相手から放たれた。発勁の類なのだろうか、体を動かさずに衝撃だけを飛ばし此方の全身に叩き込んできた。だが、それでも関節技を解除しない。逆に力を込める。グキ、と相手の腕と足から嫌な音が響くが、首は硬い。おそらく首を、急所をピンポイントで強化する事にリソースを割いている故、首は折れてくれない。
「二撃!」
「かぁっ」
二撃目は予想できた。故に耐えられた、が、
「三撃……!」
二撃目のすぐ後に放たれた三撃目によって此方の拘束が解除される。瞬間、折れた右足を引きずりながらイングヴァルトが体を動かし、距離を作る。その動きは遅い。仕留めるには至ってはいないが、確実にダメージは重ねている。一回死んだだけの価値はあった。右腕もひじから先が力が入っていない様に見える。
……ここで殺さなきゃ顔を見せられねぇなぁ!
ベルカの者として、聖王に守られた民の末裔として、蘇させられ、覇王と名乗る存在を生かしておくわけにはいかない。まだ別の名を語るのであればいいが、覇王も聖王も、彼らの死を、生きざまを、存在を冒涜する様なこれを許す事は出来ない。生き残る為、誇りを守る為、この人はここで殺さなくてはならない。
だから前に出る。
「行きます」
「来なさい」
体は表面上無傷に見えても、内臓は既にボロボロだ。口から溢れる血を無理やり飲み込みながら吠え、そして拳を構えて一気に接敵する。肉体が限界を迎えているのであれば限界を超えるしかない。
「ベーオウルフ……!」
『Cartridge over load』
オーバーロード、つまり過剰使用。肉体が耐えられない量を無理やり回復能力任せでロードし、暴走させながら使用する状態。
……ここで決める―――!
打撃と打撃で迎撃する。ぶつけ合った衝撃で体が傷を覆うが、大した問題ではない。そのまま二撃目を放ち、迎撃し、そして流す。超高速のラッシュを再び放ち続ける。ただ今度は覇王ではなく此方の優勢となる。両手を使い、限界を超えて強化する此方とは違い、相手は片腕を十全に使えない状況だった。いや、折れている腕を使って迎撃しているという時点で凄まじいと評価するべきなのだろう、だがそれでは追いつかない。
「かっ、くっ」
やがて一撃が体に届き、二撃目が届き、
そして、
「……しまっ―――」
片腕が十全ではない故に攻撃を止めきれず、そして片足故に十全な踏ん張りがきかない。刹那の遅れが明確に勝敗を分ける戦闘の中で、覇王イングヴァルトがもたらしたワンアクションの遅れは生死を分ける一瞬だった。それはこの瞬間、機会を持ち望んでいた自分には十分すぎる瞬間であり、
「竜の頭を消し飛ばした一撃、受けてみろ……!」
『Killing blow』
持ちうる全技術、魔力、そして体力を全て注ぎ込む。これが自分の持ちうる全て。
「―――鏖殺拳ヘアルフデネ」
無拍子、防御貫通、内臓破壊と、考えうる限り込める事の出来る最悪の技術を全て持って放つ文字通り鏖殺専用の拳。相手を如何に殺すか、その一点だけを磨いた拳は阻むものもなく、止められるわけがなく、防御に入る事の出来ないイングヴァルトに衝突し―――吹き飛ばした。
その衝撃は凄まじく、衝突と同時に周りに数メートルの亀裂とクレーターを生み出し、相手の体を何十メートルも先の森の闇の中へと押し出す。その道中にある木々は全て折れるのではなく粉砕され、受けた場合の衝撃を如実に表していた。命中した感触から確実に殺したと、確信した瞬間、
全ての魔力を使い果たした。
「あ……あがぁ……かぁ……」
口から溢れ出す血をどうしようもなく、それを吐き出しながら膝を地につけ、倒れる。血を流し過ぎたせいか目はかすみ、左腕も完全に動かなくなっていた。イングヴァルトの生死を確認するべきなのだが、そこまで体を動かすだけの力は残っていない。ただかすんだ視界でも遠くの木に寄り掛かり、動かない人の姿があるのは見える。
「か、は、……はは……俺の……勝ちだ……」
痛みが全身を満たし、今にも死にそうだが、それでも充足感には抗えなかった。勝った。卑怯な手段を取ったが、勝利した。”あの”覇王に勝利したのだ。伝説に、拳士であれば誰でも憧れるようなカイザーアーツの生みの親に勝利したのだ。そして、同時に覇王のクローンを墓場へと返す事が出来たのだ。
これ以上の充足感はない。
だからこそ、
響いてきた足音を友の勝利の足跡だと疑わなかった。アイツも勝ったか、と安堵と共に笑みを浮かべようとして―――空を見る。
―――そこには結界を張られ、赤く染まったままの空があった。
「―――予想通りの結果だったな」
声もなく、足音の方向へと視線を向ける。そこには女の姿があった。羽を生やした女だ。服装は黒く、髪は白く、そして心臓があるべき場所に穴をあけた女だ。その姿は間違いなく致命傷のはずのものだ。だがそんな事よりも、問題なのは彼女が片手に握るものだった。
「遺言だ―――”ティアナを頼む”と」
そうして横へと降ろされたのはティーダ・ランスターの死体だった。あまりの事態に脳が一瞬理解する事を止めようとして、次の音に完全に心を砕かれる。
「その姿はどうしたのですか?」
それは覇王の声だった。震えながらも立ち上がり、生きている覇王の姿だった。上半身の衣服は完全に吹き飛んでいるが、それは今もなお健在と証明する姿だった。再びバリアジャケットを張り直した覇王は足を引きずりながら此方へとやってくる。
「思考の裏をかかれて心臓を突き刺されました―――デバイスであるが故、コアを砕かない限りは致命傷ではないのですが。王よ、そちらは?」
「流石に死を覚悟しましたが魔力を全て使って肉体を強化しました。経験上ああいうタイプはプロテクション貫通型の一撃ですから下手に防御をするよりは肉体全てを鋼の様に固め、衝撃を外部へと逃した方が有効ですから」
……なんだ、経験済みだったのかよ……。
認めるしかない。相手は強い。自分よりも、はるかに。自分がまだ届かないような領域に相手は立っている。だからこの結末は自然なものだ。
強いものは強い。
人生に奇跡なんてものはない。
弱者が強者を破る様な物語は万人に与えられる特権ではない。
……先に逝ったかティーダ……。
ティアナを任せるとか言われてもマジで困る。それって俺が負けないって事を信じている結果なんだろう。だから一回言ってやりたい、馬鹿め、と。勝てるわけがないだろう。いや、負ける気はなかったけどさ。
あぁ、ごめん、シュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリ。
お兄さんちょっと帰れそうにないわ。
最後の力を振り絞って体を仰向けに変える。口の中に溜まっていた血は全て吐き出した後なのでのどに詰まるものはない。ただ漠然とした痛みと、疲労と、そして終わりを肌で感じる。これが俺の終わりだと思うとどこか寂しいものがあるが、死には抗えない。
「介錯致します。……何か遺言はありますか」
覇王が此方の前に立つ。その姿を見て、ティーダを殺した仇の顔を見て、言いたい事は色々とある。でも、結局のところは全員が被害者なのだろう。
「やっぱ可愛い子ってさ、幸せにならなきゃいけないと思うんだよなぁ……こう、デバイスとか戦いとか忘れて……新しい洋服とかに騒いで……甘いもん食って……笑って……恋人でも作って……結婚して……死ぬまで楽しくやるべきだと思うんだよなぁ……んな顔をさせちゃいけないんだよなぁ……」
そう聞こえない様に呟き、そして言葉を放つ。
「黄泉路に乙女の祝福でも持っていけたら」
最後まで真剣でいるのは自分らしくない。そう思って放った言葉だったが、気づいた時には顔が近くにあった。
「では、戦士を祝福しましょう」
そう言われ唇を重ねられ、
―――完敗だな。
意識を失う。
◆
―――口づけは血の味がした。
「王よ」
「解っています。殺します」
惜しいと思う。心の底から。純粋に人としての幸せを、それを願った故にあの少女達を囲い、そして普通の生活をさせているのだろうと思う。人格者だと断言できるが、不器用でもあると思う。おそらく死んだこの二人もまた、利用されるのだろう。死を冒涜され、死にたくとも死ぬ事が出来ず、恭順の道を選ばされるのだろう。
ならば、
……死体が一欠けらも残らない程の攻撃で二人を消し飛ばすのがせめてもの救いでしょう。
その為に構える。魔力は最後の一撃を防ぐのに大分使ってしまったが、大技を一発放つぐらいであれば十分残っている。だから魔力をかき集め、まだ無事な右手を振り上げる。相手の事は絶対に忘れないと心に刻み、
「―――エンシェント・マトリクス」
「っ!?」
結界を突き破って一本の杭と見間違うほどに巨大で禍々しい剣が自分とイストを分ける様に大地へ突き刺さる。結界を粉々に破壊し、そして現れた侵入者は剣の上に立つと憤怒の表情を浮かべ、此方へとギラつくような視線を向ける。
「―――良くて虫の知らせ、悪く言えばご都合主義。でも実のところはちょっとだけイストが考えそうな事が解るので早めに家に帰ってこない様に迎えに来たんですよ。早めに帰ってきて退院パーティーを準備しているのがバレたくないですからね。今日の為にみんなで頑張ったんですよ? ディアーチェは張り切りますし、レヴィは慣れないお菓子作りに挑戦しましたし、シュテルも飾りつけをたくさん作ったんですよ?」
それなのに、
「なに計画パーにしてくれてるんですか。殺しますよ」
相手の姿を知っている。データとして、イスト・バサラが囲っている少女達の一人だ、彼女は、
「ユーリ・エーベルヴァイン……!」
「正しくはユーリ・B・エーベルヴァインです。私はバサラ家の一員だと思っていますので。ともあれ、よくも邪魔してくれましたね」
此方を睨み、ユーリは背後に炎の翼を二本生やす。
「試作型無限結晶エグザミア・レプカ起動、稼働率30%」
膨大な魔力をなおも増大させる彼女は睨む。
「沈むことなき黒い太陽を、影落とす月を―――罪人よ、砕かれぬ闇に恐怖しろ」
それは憤怒に染まった紫天の盟主の到来だった。