バレンタイン特別短編
「ハッピーバレンタイン!」
空隊での仕事から帰ってくると、扉を開けるのと同時にそんな声が前から襲い掛かってきた。しかもご丁寧な事にクラッカーつきで。顔にかかった紙吹雪を片手で拭いながら、視線を目の前でクラッカーを握る四人の娘達に向ける―――即ちレヴィ、ディアーチェ、シュテル、ユーリのマテリアルズの事だ。仕事が終わって疲れたこの時間、追い打ちをかけるがごとくクラッカー攻撃。
「それを闘争への合意と見た」
「何で言い回しが古いんですか」
うるせぇ、と言ってから家に上がる。何やら娘達が浮足立っているが、まずは玄関の先へと行ってからの話だ。流石に二月の寒気に身を任せたまま玄関で話し合いを続ける気にはならない。何よりもそれは近所迷惑、というものだ。家の中であればそれなりに防音が効くし、多少怒鳴ったり暴れたりしたところで問題はなくなる。故に靴を脱いで玄関へと上がると、その動きに合わせるかのようにマテリアルズ娘共がスイィーと、滑る様に後ろへ下がる。
正直に言えばキモイ。
「キモッ」
「酷い!」
なので臆す事もなく率直に告げると傷ついたようにレヴィが胸を押さえて倒れる。オーバーリアクションだけど可愛いなぁ、等と感想を抱いていると、仕方がありませんね、とユーリが額を拭うようなしぐさを取る。その仕方がない、とは一体どういう事なんだ。
ユーリがいいですか、と前置きを置いて指をびしり、と此方へと向けて来る。
「いいですか? いいですね? 今日はバレンタインです」
「なんだそれ」
「―――!?」
その一言にショックを受けたかのような表情を浮かべるのは娘達全員だった。まるで盲点だった、と言わんばかりに表情を浮かべると、数秒間固まる様に踏みとどまり、そして両手を前にだし、
「た、タイムで」
「はよ退けよ」
だがその発言を無視して四人が肩を組んで円陣を組む。完全に作戦会議といった様子だが、正直な話玄関に繋がる廊下を抜けてリビングへと行き、そして暖かいコーヒーでも飲みたい気分だ。ここの住人に俺を労おうという精神の持ち主はいないのだろうか。
「緊急事態です」
しかも声が聞こえている―――これ、円陣を組んでいる意味はあるのだろうか。
「えぇ、緊急事態ですね。そう言えばイストはベルカ人で地球人じゃありませんでしたねー……完全な盲点でした」
「そうだね。ノリが完全に一致しているから偶に忘れるけどイストって地球人じゃなくてベルカ人なんだよね。本当に何でノリについてこれるか悩むのも忘れるぐらいにノリがいいから忘れてたけどこれって逆にチャンスなんじゃないかな」
「うむ、前知識がないという事はある程度好き勝手出来ると言う事だからな」
「我が家の良心が好き勝手とか言っている事に戦慄を隠せない」
何なんだろうか、このバレンタインというイベントは。どうやら目の前の娘共の話からすると地球特有のイベントらしく、それについて盛り上がっているらしい。また愉快な事が好きな連中だなぁ、と思いつつも彼女たちに不便を強いているのは自分だと再認識する。外へと自由に行けないこの状況で、家の中で出来るイベントがあったとしたら間違いなくやりたがるだろう。そう思考を作ってから軽く溜息を吐く。こういう遊びに付き合うのも年長者の責務というやつだ。故に腰に手を当てて胸を張る。
「んで? 俺は何をすればいいんだ?」
軽い諦めと期待を持ってそう言葉を投げかけると、返答の代わりに腰に当てた手が両側から握られる。両側から挟み込む様に腕を取ったのはレヴィとユーリだ。その動きが何か楽しみにしている少女のそれだと思うと、少しずつだが期待値が上がって行くのはしょうがない。結局自分の苦労というやつはこの少女たちの笑顔ため、という事実がそこには存在するのだから。
「さ、こっちですよ」
「早く行こっ!」
「あぁ、行くから腕を引っ張るなって。お前ら意外と力が強いんだから」
ディアーチェとシュテルがリビングへの扉を開き、そしてレヴィとユーリに引っ張られるように廊下の扉を抜ける。そうやって到着するのはいつもどおりのリビング―――ではなかった。いつもどおりの筈のリビングはピンク色の装飾があちら此方と施され、軽くファンシーな光景となっていた。そんな飾りうちにはなかったはずだ、と思いながら目を飾り付けへと向ければ、それが紙でできている事が解る。
……最近なんかこそこそやっていると思えば、こういう事か。
最近マテリアルズがこそこそと何かをやっていることには気がついていた。だがまさかこんなこととは、とは思いもしなかった。彼女たちの知られざる努力に軽く苦笑しつつも、これが自分の為に用意されたものだと思うと、少しだけ申し訳ない気分になる。普段からかまうことができずに仕事ばかりだし、ちょっとこういう感じで恩返し的な何かを受け取るのは心苦しい。
と、そこで鼻を突く匂いに気づく。甘ったるい、鼻に残るこの匂いは、
「チョコレート?」
「正解!」
テーブルの前まで連行すると、レヴィが腕を広げながら肯定する。そしてそれに続くようにシュテルが補足を入れる。
「バレンタインというのは地球のイベントですよ。厳密には違うんですけど、大雑把に纏めると”好きな人や恋人、普段から世話になっている人に対して贈り物をする日”という解釈で間違ってはいません。この贈り物として一番一般的なのがチョコレートなんです。ですので」
「日頃からの感謝と、そして我々の好意をストレートに詰めたチョコレートだ。勿論受け取ってくれるよな?」
ディアーチェがそう言ってチョコレートが四個収められている、リボンによって飾られている箱を此方へと向ける。そう言うディアーチェの言葉はまっすぐだが、その態度は恥ずかしそうで、頬が少しだけ朱に染まっている。視線もまっすぐ向けてくるのは片目だけで、体は若干横へと捻ってあり、恥ずかしそうにしている。正直、そんな姿を見せられて否定できるほどの悪人ではないというか、その態度は若干卑怯なんじゃなかろうか。
「我が王があざとくて絶望した」
「点数稼ぎ……」
「僕思うんだけどさ、やっぱりユーリとシュテるんってそういう所がだめなんじゃないかなぁ……あ、イスト、そのチョコは一人一個ずつ作ったから、ちゃんと一個一個味わって食べてね!」
そうだな、とレヴィ達に対して応えながらディアーチェからバレンタインプレゼントを受け取り、そしてその中に入っているチョコレートをつまむ。その動作で軽く息を呑んだのがユーリから、それが彼女の作ったチョコレートだと察せる。まあ、
遠慮する必要も心配する必要もない。
迷うことなくチョコレートを一口で口の中に入れる。
口の中で解けて行く甘い菓子の味を楽しみながら、笑顔を浮かべて少女の頭を撫でる。
「いきなりなんだ、とは思ったけどさ。こんな事されて喜ばない男がいるわけないだろ? ありがとうよ、美味しいよこのチョコレート」
そう言うとパァ、と笑顔を浮かべる少女の姿を見て、
悪くはない、心の底からそう思い、そしてこの平和で優しい時間が続くことを小さく祈った。
もう更新しないと言ったな。アレは嘘だ。イベント短編ですよー。銀髪無口教な身内が”バレンタイン短編どうしよう”と発言したので更新の変わりに此方を。責任はすべてそいつにあるので蹴るのならそちらを。
チョコはもらえなくても、バレンタインはバレンタインです。もらえたもらえないを気にせずチョコを買って、家族で分け合って食べるのも楽しみ方の一つかと。妬むのはネタとしていいけど、笑ってすごせる人とはかっこいいものです。
それではハッピーバレンタイン。