マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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カースド・バトル

 空を見上げれば巨大な船が存在する。それはたった一人によって抑えつけられてはいるが―――状況は好転しているわけではなかった。抑えられているとはいえ、無尽蔵にガジェットは生み出され、戦場に増え、そして常にその数によって管理局員や騎士達を圧倒していた。疲労を知らないガジェットたちはステルスや機能に頼った戦術で地上を一気に覆い尽くさんと侵攻していた。その侵攻をベルカの騎士団が正面から受け、そして切り裂きながら吹き飛ばしていたのは真実だ。

 

 ―――だがその勢いも、僅かに揺らぐ。

 

「オリヴィエ様ですか……!」

 

 シャッハは空に浮かび上がるホロウィンドウのスクリーンを見上げながらゆりかご内の光景を見ていた。まるでわざと公開するかのように浮かび上がっているスクリーンは戦場の各所に存在している。スカリエッティが捕まった今、スカリエッティにそれを解除させようと幾人かが試みているが、こうやって消えないところを見ると成功していないようだ。しかしこの状況は良くない。自分の様に過去と現在を別人として切り離して考えられる騎士は一体どれぐらいいるのだろうか。オリヴィエが間違っていると解っていてもそれを納得し、そして聖王に逆らう事が出来る騎士はどれだけいるのだろうか。

 

「あまり、状況はよくありませんね。しかし―――何とかしてくれますよね」

 

 視線は真直ぐ、スクリーンの向こう側で激しく破壊をまき散らす姿へと向けられている。

 

 

                           ◆

 

 

「ハイペリオンカウンター―――ワン、ツー、スリー!」

 

 なのはが宣言するのと同時にビットの前に収束された砲撃がそのまま縮小し、ビットの内部へと吸収されて蓄えられる。なのはは完全に砲撃を温存し、収束し、溜め込んでいる。それでいい。それが今のなのはのやるべき事だ。それが活躍するまでの道を突けるのが俺の仕事。つまりファーストステップ。最強無敵の防具を引きはがす事だ。

 

「ステップワン―――鎧を引っぺがして丸裸にしろ!」

 

『卑猥だ』

 

「破廉恥です」

 

「実はちょっと意識しました」

 

 馬鹿な事を言うのと同時に拳を繰り出す。それをサイドステップの動きでオリヴィエは回避しながら横から拳打を放ってくる。右手でガードしつつ、右側へと入り込んだオリヴィエへと向かって一歩踏み込む。その動きにオリヴィエは素早く後退の動きに入る。何を警戒しているのかは理解している。ただそれはまだ、出せない。

 

「うぉらァッ!」

 

 踏み込みと同時にオリヴィエよりも早く右側面を利用した面の打撃を繰り出す。だがそれはオリヴィエとの間の虚空の壁によって―――聖王の鎧によって防がれる。故に放った一瞬で硬直する此方に対してオリヴィエは再び踏み込み、そして膝蹴りを腹に叩き込んでくる。その痛みを無視しながら腹に叩き込まれたオリヴィエの足を掴む。

 

「ナル―――!」

 

『ナハトの尾よ……!』

 

 オリヴィエが反応する前に掴んだ脚を振り回す。掴んだ腕に出現するのは鞭と盾の融合した武装。そこから鞭が伸び、オリヴィエの足に絡みつき、そして振り回すオリヴィエを握る手に力を込める。握撃でこのまま足を折れないかと力を込めるが、返ってくるのは堅い鎧の感触のみ、であるならば、できることは、

 

「ぶん回すぜ! ヒャッホォー!」

 

 振り回すオリヴィエを壁や床へと叩きつけ、無理やり行動を封じる。その体が何らかのアクションに入るのを悟った瞬間手を足から放す。それと同時にその手で鞭を掴み、全力でオリヴィエを引き寄せる。鞭の先端の様にしなってオリヴィエが戻ってくる。その動きに合わせて大地を踏み砕きつつ拳を振り上げる。

 

「ヘアルフ―――」

 

「―――デネ」

 

 繰り出した拳がオリヴィエの拳とぶつかり合う。振り回されている状況だと言うのにこの女は必殺の一撃を繰り出してくる。その技巧にはもはや驚かされるしかない。が―――実際の所、そこまで大きな驚きはなかった。ヘアルフデネ自体は既にヴィヴィオの前で不用心ながら使ってしまっている。故にこれが習得されている事に違和感はない。だからなんだ、と言わざるを得ない。習得されていることなど最初構えを見た時からご存じだ。―――アレは、俺の構えだった。

 

 たとえ全ての技が見切られようとも―――、

 

 ―――やる事も出来る事もはやたった一つ、変わりはしない。そうだろ?

 

「おうさ、ナル。……結局イスト・バサラって男はこれしかできねぇからな」

 

 武装を解除しつつ拳を振り上げる。それと同時にオリヴィエが素早く拳を叩き込んでくる。ホール全体に響いてくる音を無視し、身体に発生するダメージも無視して拳を振り下ろす。やはり、それは聖王の鎧によって防がれる。だがそれで諦めるわけでもなく、逆の拳を繰り出す。その間に更に一撃が叩き込まれる。それで骨が砕けるような音がする。いや、ナルがあばら骨が砕けた事を伝えてくれる―――だからそれを体内にバインドを使って骨を繋ぎ合わせる事でなかった事に、そしてそのまま二撃目を鎧へと叩き込む。帰ってくるのは虚しい衝撃だけだ。だからこそ笑みを浮かべ、

 

「さあ、食事の時間だ猟犬」

 

「無駄、です!」

 

 振るう拳よりも早くオリヴィエの拳が叩き込まれる。だがそんな痛み今更くらい慣れている。それを証明する為に拳をオリヴィエへと叩き込み、そして二撃目を素早く叩き込む。誰でもなく、俺以外の人間だったらまず粉々に砕けているであろうこの状況、イングからリンカーコアを移植しておいてよかったと改めて思う。そうでなければたぶん俺でさえヤバかっただろう。

 

「フルンディング!」

 

「砕け散れ!」

 

 オリヴィエが拳を叩き込むのと同時に、その拳に対して拳を叩き込む。解析拳と鏖殺拳がぶつかり合い―――悲鳴を上げるのは此方の体だ。だが同時に発生するのはオリヴィエの鉄腕へのダメージ。打撃を繰り出すその瞬間は鎧が最も邪魔なものへと変化するゆえだろう。……だからこそ蹴った時に、足を掴む事が出来たのだろう。だとすれば、インパクトの瞬間がチャンスとなる。故にそれを掴みに行く。後ろへと一歩、揺らめきながら下がる。あえて隙を作る。それを見切ったオリヴィエが踏み込んでくる。その動きに合わせて拳を作る。

 

「罠だよ!」

 

「知っていました」

 

 知っていてなお、オリヴィエは踏み込んでくる。そして踏み込みと同時に放ってくる拳に合わせて此方も全力の拳を放つ。拳と拳がぶつかり合い、空間を衝撃が揺らし、爆音が響く。髪が一瞬オールバックになる程の衝撃を受け止めつつ、感じるのは―――鎧の堅さだった。

 

「もしかして殴る瞬間にだけは鎧を解除していたとかでも思っていましたか? それで隙になると? 本当に? イスト、貴方はそんな残念な事しませんよね? 私をその程度で裏切ったりしませんよね?」

 

「ちくしょお―――!」

 

 オリヴィエは鎧を肌に密着させるように纏っていた。それであっさりと拳を無効化し、オリヴィエが一撃を放つ。脱力した一瞬を狙って放たれた拳は体に深くめり込み、そして体を吹き飛ばす。拳によって殴り飛ばされ、宙を舞うと言うのは本当に久方ぶりに感じる感覚だ―――俺の様なタンクタイプの魔導師を吹き飛ばせるのはと言えばなのはやシュテル、イングぐらいなものだと思っていた。軽い驚きとともに体が壁へと叩きつけられる。

 

 その次の瞬間にはオリヴィエの姿が眼前にあった。

 

「これで、眠ってください」

 

 背後の壁に激突するのと同時にオリヴィエの拳が叩き込まれる。前進すべきだ。そう判断して体を動かそうとするが、その意志に反して体は動かない。ナルから即座に原因が送られてくる。打撃と同時に神経に微弱の電流を流しこまれ、無理やり動きを固められている。スタン技よりも持続させるように造られているこれは―――厄介だ。そう判断した瞬間には次の拳が放たれる。避ける事も防御する事も出来ず、叩き込まれ、膝が次に叩き込まれ―――そしてラッシュが始まる。

 

 高速で拳を叩き込み、それを流れるような動きで次へと繋げる。衝撃の一発一発が背後の壁を粉砕する程の一撃、体を貫通しながら背にした壁にクレーターを生み出し、その中へと体を叩き込んで行く。それでも意識を失わず、痛みを無視し、そして魔法を発動させる。

 

『肉体操作魔法グレンデル発動』

 

「あんまり調子こいてんじゃねぇ……!」

 

「動いた……?」

 

 魔力の鎖を体内に通し、それを神経代わりに肉体を動かす。無理やり体を動かす為に負担は大きいが―――スタンが切れるまでの間であればそこまでの問題ではない。意志の力で無理やり衝撃や痺れを振り払い、殴りかかってくるオリヴィエに殴られながらも殴り返す。その拳はやはり鎧に阻まれてオリヴィエ自身には届かない。ただ、

 

「―――ここだ」

 

 次の一撃に口に血が口の中まで込み上がてくるのを認識しつつも、オリヴィエの胸を殴る。そこに感じるのは鎧の鈍い感触で―――そして力が鎧の向こう側へと抜ける感覚だ。

 

「なっ―――」

 

「普通に鎧貫き放つだけじゃ駄目っぽいから感触を確かめさせてもらったぜ……!」

 

 一瞬の戸惑いの間を抜けるようにオリヴィエに二撃目を叩き込む。フルンディングによって解析した結果で鎧貫きの奥義を対聖王の鎧専用に組み上げたもの、それでオリヴィエへと全力で殴り、飛ばす。口の中にたまった血を横へ吐き捨てながら衝撃で揺らめいたオリヴィエの体へと三撃目を叩き込み、そしてその体を大きく吹き飛ばす。

 

「エンジンが入るの遅いよ!」

 

「その代わりに溜める時間はたっぷりやっただろ?」

 

 その言葉の返答の代わりに吹き飛んだオリヴィエへと向かって、なのはがRHドライバーを向ける。確かに聖王の鎧は最高の防具ではあるが、減衰率は決して百パーセントではない。極端な話、鎧がダメージカットする量以上をぶち込み続けるという究極的な脳筋戦法だって存在する。そしてそれができるのは超砲撃特化の魔導師―――シュテル、もしくはなのはぐらいだ。

 

 故に、

 

「チャージ時間三十五秒、十分過ぎる……!」

 

 なのはは余裕を持ってレイジングハートを吹き飛ぶオリヴィエの側面へと向け、そして迷う事無くそのトリガーを引く。

 

「シックスティーンカウント―――フルスロットル・バスタードライブ」

 

 十六発分のチャージをなのはが放つ。砲撃が空間そのものを埋め尽くす強大な暴威となって玉座の間を、そしてオリヴィエを飲み込む。オリヴィエを飲み込めど、砲撃はそれで収まる事を知らず、玉座のあった位置を貫通し―――そしてその背後の壁をも貫通し、そしてその奥へと抜けて行く。オリヴィエもその例外にもれず、光と共に玉座の間から外へと押し出される―――が、その瞬間に見えるのは鎧によってある程度力を分散させているオリヴィエの姿だ。まず間違いなくオリヴィエはこれだけでは負ける事はない。それを確信して動く。オリヴィエの後を追うように床を一気に蹴り、吹き飛んだオリヴィエの方へと向かう。拳を構え、姿勢を整え、そして呼吸を整える。そのまま吹き飛ばされるオリヴィエに追いつき―――その姿が砲撃から叩きだされる瞬間を狙って一気に踏み込む。

 

「ヘアルフデネ―――断空拳」

 

 鈍い音とともに衝撃がオリヴィエの体を貫通し、そしてその体がくの字に折れ曲がる。その時顔にかかる赤い液体が、それが無駄ではない事を―――勝利へと前進している事を告げる。故に動きは止めない。全ての拳を鏖殺の拳として、吹き飛ぶオリヴィエの体に追いつき叩き込む。咆哮を上げながら次の拳をオリヴィエへと叩き込み―――されたように、やり返す。やがて吹き飛んだオリヴィエの体が壁へと届き、叩きつけられるがその体に拳を振り下ろす。顔面、腹、肩、場所問わずに全身へと一撃一撃が致死性を持っている必殺の一撃を叩き込む。叩き込まれるたびに跳ねあがるその姿を無視し、

 

「覇王墳裂牙!」

 

 零距離の寸勁を放つのと同時に再び壁が砕け散る。その向こう側にオリヴィエが倒れそうになり―――睨んだ。

 

「―――動きを、やっと止めてくれましたね?」

 

「イスト!!」

 

 不吉な予感がする。それをなのはも察知したが―――俺もなのはも動けない。大技というものには得てして反動がある。故に放つタイミングは限られている。そしてそれが生死を決める。故にオリヴィエの選択肢は簡単だった。耐えきって動けなくなった瞬間に動く。

 

 故にオリヴィエは動いた。

 

 こっちが動けない刹那の時間に潜りこむように、まだ崩れる壁の中から体を動かして、口の端から垂れる血を気にすることもなく、近づいて、そして硬直から復帰する前に近づいてきたオリヴィエは顔を寄せ、

 

「―――いただきます」

 

 俺の目を抉った。




 勝機はベガスへ休暇に行ったよ。

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