遠くから怒声と爆音が響いてくる。遠くとは言うが、それでも十数キロ先の出来事でしかない。全力で移動を開始すれば数分で接敵する程度の距離でしかない。中隊長から入ってくる情報では最前線は予定通り膠着している、という状況しか入ってこないのが逆に不安を煽って来るが、此方の勝機がそれ以外にない事は知っている。だから黙って、自分達が最前線に送られるその瞬間を待っているのだが―――横の相棒はそうでもないらしい。
「うーん……うーん……うん……」
しきりに頷いては体を捻り、困ったような様子を浮かべては心配そうな表情を浮かべる。彼女が一対何に対して不安を覚えているのかは解っている―――スバルとギンガの父親、ゲンヤも中隊長としてこの作戦には参加しているのだ。ゲンヤも立派に隊を率いる事の出来る人材であり、魔力適性が無くとも長年地上の平和に貢献してきたベテラン、そんな人材は今の戦線を安定させるには欲しいはずだ。今現在最前線で、ガジェットを相手に部下と共に戦っているはずだ。その事が心配でスバルは若干落ち着かない様子を見せているのだ。
「はぁ」
「全くしょうがない子ね」
此方の溜息と共に呆れの声を出すのはギンガだ。彼女も今は陸士ではなく機動六課預かり扱いとなっている為、こうやって同じ中隊で活躍する事が出来ている。―――まあ、中隊に所属していると言っても、はやてから自分たちは”スカリエッティ確保のための独立行動権限”等と言うものを得ている為、常に一緒に行動しなくてもいい。ただ現状、此方側にとってまず間違いなくスカリエッティを求めて探しに行くタイミングではない事を理解している。
「スバルったら、もう少し落ち着きなさいよ。そうやって落ち着いていない姿を見せていると変な目で見られるわよ? ほら、あそこを見てみなさい」
ギンガが指差すと、陸士の一部が肩を組んで、スクラムを組んでいた。彼らは短くスバルへと視線を向けると、再びスクラムを組み、
「おへそ……」
「あぁ、ヘソだな……」
「やはりヘソは至高」
ギンガやスバルがリアクションを入れる前にタスラムとクロスミラージュで射撃を馬鹿どもに叩き込んでおく。大きく馬鹿を五人ほど吹き飛ばし、廃墟にぶつかる姿を眺めながら、中隊長に視線を向ける。それに対し中隊長はグッジョブ、と言わんばかりにサムズアップを向けてくる。
「へそより脇派だぞ俺は!」
「そぉい!」
中隊長に接近し、突きだされたサムズアップを掴んで背負い投げで馬鹿五人へと向けて中隊長を投げる。今更ながらキャロとルーテシア側の人員と同じ種類のキチガイが此方側にも紛れ込んでいるのだと理解する。ただ向こう側とは違って起爆剤が存在しないので比較的大人しいキチガイである事が救いだが。ともあれ、微妙な表情を浮かべるギンガとスバル相手に笑顔を向けて、デバイスをクルクル回す。
「ん? キチガイに人権ないからノーカンノーカン」
「ティア、日に日になのはさんに似てきてるよね」
「え……嘘……?」
それって将来バインドで動けなくなった相手に向かって砲撃を十連射する様な鬼畜外道に似てきているという事だろう。そんなもの絶対嫌だ。あ、でもどっかの馬鹿を制裁する為にその程度のスキルは必要なのかもしれない。だとすれば若干悩みどころだが―――まあ、今の軽いやり取りでスバルも大分落ち着いてきたので良しとする。こういう馬鹿なやり取りは状況を忘れさせてくれるから助かる。だからだろうか、前よりもスバルは落ち着いた様子で、息を吐き。
「ふぅ……うん、お父さんなら大丈夫……だよね?」
「そうそう、お父さん戦えはしないけど指揮官としては凄い優秀よ? 何年間も部下を率いてきたんだから。だからそんな事が出来ないスバルが心配しても無駄よ。まあ、確かにパンチ一発で気絶しちゃうようなお父さんだけど……」
「そこが凄く不安なんだよギン姉。前ミット打ちの相手を頼んだら一発でお父さん倒れちゃうし」
「明らかに悪いのはスバルでしょそれ」
「ほえ?」
スバルが頭上に疑問符を浮かべているが、この娘の怪力に関しては幼馴染である自分が良く知っている。子供の頃からでさえ戦闘機人の能力はいかんなく発揮されてきた―――つまり基本的に子供であってもゲンヤのスペックを上回っていたのだ。勿論そんなスーパーパワーを持ったロボ娘のパンチに絶えられるはずもなく、ゲンヤは一発ノックアウトだ。……まあ、それに対して一言言い訳するわけでもなく、頑張るのがあの親の凄い所なんだが。
ともあれ、
「ゲンヤさん大丈夫かな」
「きっと大丈夫よ」
ギンガは笑顔でそういう。
◆
「ヤバイ、これマジで死ぬかも」
「隊長! 中央の攻勢が相手側に揺らいできました!」
部下から聞こえてくる大声に対しておう、と答える。無線式の電子機器で現在の戦場、自分が担当している区画の地図を確認する。当初襲い掛かってきていた五倍の数にガジェットは膨れ上がっている。四倍までは人間特有の連携と、AIの隙をついて動く事で何とか対応してきた。だが流石に五倍となるとそれに出る時間すらない。故に下す判断は素早くする。
「1時間か、俺達雑魚にしちゃあ持った方か」
魔力もなく、射撃武器もなく、接近戦を強いられる武装陸士としては十分な仕事をした方だと判断する。前線をこれ以上押し上げる事も、このラインのまま安定させている事もキツイ。だがレジアス中将の命令は戦闘行為をとことん遅らせる事だ。だとすれば、やりようはまだまだある。
「よし、お前らそろそろ”本番”に入るぞ。準備はできてるか?」
「完了しています!」
『此方も下がる準備はできています!』
前線と、そして工作班からの声が聞こえる。無線通信で他の対へと確認すれば向こうの方でも準備は完了している。大隊長から許可と実行の指示が出てくる。だとすればこれ以上ここを維持している必要はない―――後ろへと下がりつつ、指示を出す。
「やれ」
声と同時に爆発が発生する。一斉に発生する爆発の連鎖は広範囲で発生し、一気に空間を土煙で満たす。その空間で道を間違える事無く下がりつつ、目撃するのは瓦礫が崩れてくる音と、そして廃墟の倒壊する音―――それに巻き込まれて爆散するガジェットの音だ。目論見が達成された事によって笑みが浮かび上がる。元から崩れやすい廃墟の多い廃棄都市だ。邪魔になっているビルは多く、権利者も所有権を放棄している―――だったらそれを武器として利用した方が効率的だ。
それにこうやって破壊すれば”後”の連中も動きやすいだろうしな。
「うーし、上からの指示はゆっくりと下がる事だ。ガジェットの野郎共をしっかりエスコートしてやるんだぞお前ら? ただ不作法だと火傷するかもしれないからな、ちゃんとマナーを覚えておけよ」
「徹夜で学んだ成果を見せてやりますぜ隊長」
前線で盾を構え、武器を構える部下たちの姿が見えてくる。彼らが接近してくるのを確認しつつ、自分も後ろへと走って下がる。十メートルほど下がった所で盾を持った部下が再び防壁を展開し、待ち構える姿を確認する。自分はもうしばらく下がり、廃墟の影に隠れるようにして携帯端末でホロウィンドウを生み出す。それで確認するのは存在状況と、そして現状だ。現状は予定通り進んでいる。
予定通り圧倒的な物量に潰され、そして撤退しつつの戦闘へと状況がシフトしている。管理局側の不利は小揺るぎもしないが、それでもどうにかしたかった、というのが指揮官としての願いだった。ともあれ、己にできる事を成すしかない。それによってのみ貢献する事が出来る。ホロウィンドウを通して指示を飛ばしながら砕かれ、動かなくなったガジェットの姿を確認する。
「……行けるか?」
まだ爆発していないガジェットの姿を見て、悪魔的な発想を思いつく。これなら多少火力を増やせるかも知れない。そう思った瞬間、轟音が空間に響く。今までの爆破や廃墟の倒壊の音とは違う、打撃を繰り出し、そして空間に対して攻撃を行ったような音だ。それはこの最前線まで”響いて”くる様な音。それは後方の方で戦闘が発生している証拠だ。つまり、
「来たか……!」
敵がアクションを起こしたという事だった。
◆
一撃。
たった一撃。
それだけで後方に存在していた中隊が吹き飛んだ。それには特別な大規模魔砲が使用されていたわけでもなく、何らかの奥義があったわけではない。出現し、拳を引き、そしてアッパーを繰り出す様に集団の中心で拳を振り上げる。それによって中心から轟音を響かせながら集団は吹き飛び、内部から崩れた。突如と”大地”から生えてくるように出現した存在は一瞬で最後方、司令部の防衛隊を崩壊させた。
黒いドレスと甲冑を融合させたようなデザインの服装はベルカの意匠のものだ。色は全体的に黒く、鎧部分が鉄色に輝いている。顔を黒のバイザーで隠し、金髪をサイドポニーで纏めている。彼女は振り上げた拳を降ろし、一撃で粉砕した部隊の中央部で周りを見回し、そしてそれから真直ぐ先へ、テントで出来た仮設司令部へと視線を向けた。
目的は一つ。
大将の殺害の一点のみ。
襲撃者が前に出る。拳を引き、一撃で司令部を破壊する動きだ。だがその姿が前に出るのと瞬間、その前に割り込んでくる姿がある。腕を交差する様にして防御に入るのは蒼と褐色、守護獣の姿だ。一瞬で呼吸を整えて防御に入った守護獣の姿に拳が叩き込まれる。その着弾と同時に砲撃を叩き込むような轟音が発生し、守護獣の姿が二歩、後ろへと押し出されるように大地を抉りながら後退する。だが動きが止まるのと同時に守護獣はダメージを受けた様子を見せる事無く両足で立ち、そして魔力を立ち上らせながらしっかりと襲撃者を睨む。
「―――最大戦力を持って司令部を襲撃、大将を暗殺する事で一気に戦いを終わらすか。なるほど、確かに道理だ。これ以上なく有効的な手段だ」
言葉が空間に響く。それと同時に炎の一閃が襲撃者へと襲い掛かる。襲撃者はそれを避けるまでも無く、拳を引き、そして攻撃に合わせるように後出しで攻撃を叩き込む。拳に叩きつけられた炎は一瞬で砕け散り、周りの大地へと叩き込まれる―――その炎は大地へと叩き込まれた事によってそこにあった瓦礫や床を焦がし、そして溶かし始めている。それを見ても襲撃者はバイザーから見える顔の下半分だけで涼しい表情を崩さない。
「読んでたぜ、それ」
言葉に続くように巨大な鉄槌が振るわれる。家一軒程の大きさにまで巨大化した鉄槌が襲撃者を頭上から叩き潰す様に振るわれる。どんな魔導師であれ、食らってしまえばただでは済まない必殺の粉砕撃。それを襲撃者は上を見上げる事で認識するのと同時に、右腕を持ち上げる。肘までが完全に鋼となっている武骨なガントレットか義手か、判別の突かないそれを上へと向ける。
鉄槌と腕が接触する。
悲鳴を上げるのは大地で、襲撃者の女は全く堪える様な姿を見せない。それどころか余裕なのか、片手で完全に鉄槌による一撃を抑え、その場で立っている。鉄槌の騎士はこれ以上の攻撃が無駄だと悟ると同時に武器を本来の大きさへと戻し、一回跳躍し、襲撃者との間に距離を作る。そうやって出来上がるのは襲撃者に対する小さい包囲網だった。烈火の騎士、守護獣、そして鉄槌の騎士。その三人が武器を、得物を構え、襲撃者の女に対してにらみを利かせていた。
女がゆっくりと、口を開く。
「シグナム、ザフィーラ、それにヴィータですか。シャマルは今は医療班でしょうから参加できないとしまして、ヴォルケンリッターそろい踏みですね。リミッターは外れているようですし、みなぎっている魔力から考えて夜天の主から最大限の魔力供給も行われたようですね。ともすればなるほど、本気で来ていますね」
口を開き、そして答えた女に対して三人は答えない。ただ無言で睨み、感情を消し、そして呼吸を数え、読む。覚える。一秒を、その刹那に行っている相手の全てを。それを脳へとインプットし、相手の予測を上回る事を目指す。
「ですが―――無駄ですね。残念です。なるべくなら昔馴染みには会いたくありませんでしたが仕方がありません。これも戦の常です、死んでもらいます。第一―――この”程度”の障害は予想通り、予定通りです」
襲撃者が拳を構えた瞬間、爆発的な魔力が生み出され、一瞬だけ虹色が彼女の周囲に舞う。微動だにしないヴォルケンリッターの姿を見て、
襲撃者は平坦な声で、感情を一切見せる事無く宣言した。
「さようならヴォルケンリッター、かつての戦友たち」
ラスボスが何時アクティブになっちゃ駄目だと決めた。誰がダンジョンの奥で座ってるのが仕事だと決めた。
初ボスがラスボス。そんな自由があってもいいんだ。