マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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デスティネーション

 真直ぐ眼下の光景を眺める。そこに広がるのは遠くまで見えるのは背の低い店舗と住宅だ。いや、そこまでは実際低くはないのだろう。ただここが、この場所が高すぎる―――地上本部の屋上部分、ここまで高く空を飛ぶ必要はないし、上る必要もない。ここからの景色を眺めた事のある人間はどれほどいるだろうか。……少なくともここまでゆっくりと街を眺める機会は自分にはなかった。そもそもからして最初の数年は守られていたから外に自由に出る事は出来ず、それが終わった数年は家族での生活とこれからの準備でまた自由なんてなくて、そして逃亡犯罪者生活に安息なんて決してなくて、ずっと隠れる生活だった。

 

 だからこんな高みから街を眺める経験はたぶんはじめてなのかもしれない。

 

「思えばかなりの時が経ったものだ……。我らが実験場から助け出され、保護され、そしてついにこのような状況へと我々は進んだ。ただただ破滅を待つだけだった我らも遠くへ来て、そして良くも悪くも変わったものよ……」

 

 眼下では必死に整地し、防壁を修復し、そして警戒態勢に入っている魔導師達の姿が見えるもちろんそこには魔法の使えない普通の陸士の姿もある。誰もが必死に、今を生き抜こうとしている。その姿をいとおしいと思う自分がいる。そう、今の状況は実に理想的だ、と。誰もが頑張っている―――それは今を生きる為、そして来るかどうかわからない明日を創るための行動だ。一番上で腐らせていた存在はいなくなった。それによってレジアス・ゲイズという男の半ば独裁的状況がこのミッドチルダ、クラナガンでは完成しつつある。ただレジアスにはそこまで大規模な野望はない。レジアスは決して才能に恵まれている男ではない。その程度、

 

「才能に恵まれている者から見れば一目瞭然―――アレは凡夫だな」

 

 レジアスは決して才能のある人間ではないのだ。だからこそあの男の手腕には賛辞を送る事しかできない。良くぞ、良くぞそこまで高めた。才が無くとも信念と、覚悟と、そして長年の経験。それだけであの男は今の状況を生み出した。普通の人間なら百度は心が折れて挫折する様な道だ。その全てを乗り越え、そしてここまでやってきている。

 

 才がないからこそ理解される。努力により伸し上がってきたからこそ人がついてくるだけのカリスマが備わっている。故にレジアスという男は部下に裏切られる可能性は極僅かとなっている。レジアスを裏切るという事はつまり自分たちの理想を、成りうる可能性を裏切っている事に他ならないからだ。いや、それはあまりにも言葉を飾り過ぎているだろう。もっとシンプルにして見ればそう、

 

「かっこいい者は裏切れんか、真理だな」

 

 憧れた、付いて行きたい、そんな人間を裏切る事は出来ない。ただ単純に損得の話ではなく、そういう気持ちになれないだけだ。アレがそんな背中を見せ続けている限りは、自分の身を削ってまで地上の平和を守ろうとしている間は、そういう裏切りが局員から生まれる事はないと断言していい。それだけ陸の信頼と体制は盤石だ。だからこそ、危うい。今の陸はまず間違いなくレジアスが一人でまとめ上げているような状態だ。

 

 レジアスが消えればここはそのまま瓦解する。その時始まるであろうトップ争いを見たいという気持ちは一切ない。というよりもそもそもからして時空管理局という組織に対して興味は持っていないのだ。持っているのは精々邪魔と言う認識位のものだ。まあ、役割は大事だし、どう足掻いても必要な組織である事には間違いはないのだ。肥大化する次元犯罪者を相手に出来る組織は今では次元管理局なのだ。

 

 もし、此処で管理局がスカリエッティに敗北する様な事があれば―――リアル世紀末が始まる。冗談でもなんでもなく本当に世紀末になる。管理局が後ろ暗い事をやっているのは事実だが、同時に多くの平和を守っている事もまた真実だ。この組織を見るうえでその二つを切り離す事は出来ないのだ。まるで人間関係の様なものだと思う。誰かと繋がり、その人を通して誰かを知り、段々とそう言うつながりが増え―――そして誰かにつらく当たったり、別の誰かに優しかったりするのも全部含めてその人物なのだ。

 

 面倒だ。実に面倒だ。大きくなればなるほど人とのつながりが、関係が、そういうものが複雑に絡み合って一つの巨大なネットワークが完成する。人間と言う生き物はそういうネットワークに絡められて生きるものだ。ただそれが多すぎる事を嫌がる人種は存在する―――自分の様に。実に笑いものだ。元々統率役としての役割を与えられ、王として人を導くことを前提にして生み出された自分が多くの人間との関係を面倒だと思うとは。これこそ滑稽ではないのだろうか。製作者は―――いや、スカリエッティなら間違いなくこう言うだろう。

 

「―――それもまた良し、と。良く考えればあの男は善悪概念がないだけで個人の思想や信念に対しては自由であり、肯定的だったな。あぁ、アイツが立場であるという状況さえ抜けばまた理想の職場だったかもしれぬなぁ……遊べて、思想は自由で、そして善悪感がない。何をやっても自由、何をされても自由、故に究極的に肯定される。魅力的な話だ」

 

「―――ならば今から乗り換えますか?」

 

「イングか」

 

 振り返れば背後に何時の間にかイングの姿がそこにはあった。失礼します、と言われイングが横にやってくる。追い払う理由は存在しないし、彼女の存在は構わないので黙って受け入れる。そのまま眼下、広がるクラナガンの光景を眺めながら軽く気配を探ろうとし、そして感知する事に失敗する。

 

「この感じ……終わったか」

 

 何を、と言う必要はない。計画の一部だ。彼女も経験したばかりだろうから何の事であるかを説明することなく理解する筈だ。その証拠に、イングが軽く頷きを返し、えぇ、と答えて肯定してくる。

 

「―――リンカーコアを抜き取りました。これで私は魔法の使えないただの主婦ですね」

 

「貴様の様な主婦がいるか。まあ、我も言えた義理ではないが」

 

 これでイングはリンカーコアを失った。魔法と言う奇跡の力を使えなくなった代わりに、魔力やリンアーコアによる探知には引っかからなくなった。他の全員に必要な強化や準備は後数日ほどで完了する。問題なのはそれがスカリエッティの計画した進行に間に合うかどうかだ。スカリエッティが此方の予想よりも早く仕掛けてくれば、此方側の準備が整うよりも前に仕掛けて来たとすれば、まず間違いなく負ける。スカリエッティの元で活動していたから相手の生産力、技術力、そして資金力は理解しているつもりだ。

 

 それを自由に使えない様に押し込んでいた最高評議会もスカリエッティの手によって始末されてしまった。現状、スカリエッティを抑え込めるのは武力だけだ。その為には圧倒的戦力が必要だが―――はたして、今の管理局にそれだけの力はあるのだろうか? いや、戦力として見るべきなのは管理局全体ではなく、ミッドチルダの戦力だ。聖王教会が管理局と共に戦ってくれると宣言してくれたおかげで、AMFに関係なく実力を発揮できる騎士達を千人ほど用意してくれた。だが自分が記憶している限り、スカリエッティはそれを超える数を簡単に用意できる筈だ。

 

 戦艦や援軍が軒並み封印されているという状態が何よりもキツイ。管理局最大の武器はその組織力と人員の数にある。組織系統を乱して、移動を遮断して、そして数で封殺する。スカリエッティの戦力は確かに見事だが、

 

「負けるわけにはいかんな、この戦い」

 

「ですね。私達自身のためにも、負けることはできません。誰よりも何よりも率先して身を削っている人の為にも一切の妥協も油断も慢心も、できませんね」

 

「そうだな―――だが我々にできることは所詮戦う事だけだ。資金がある訳ではない。指揮権がある訳ではない。一時的に不問にされているだけで我々は犯罪者だ。この罪があるうちは一生、頭を高くして生きる事は出来ぬだろう。寧ろ本当の戦いはこれが全て終わってからかもしれんなあ」

 

 その言葉にイングが頷く。

 

「全てを清算し、その先で残るのは罪だけ、ですか。幸い彼も私達も決して一人ではなく一緒なんです。全員で分け合えば少しは軽くなるはずです」

 

「そうだなぁ……」

 

 今はまだ平和なクラナガンの姿を見ながらそう思う。一人じゃない、と言うだけでどれだけ自分たちは救われているのだろうか。少なくとも孤独であればここまでやって来る事は出来ず、どこかで折れていたに違いない。イストも、自分も、イングも、他の皆も全員、誰かに頼り、そして頼られる事で何とか成り立っている。その支えを失えば転落なんて簡単なものだ。だからこそ我々はここまでやってこれた、そういう自信がある。そしてみんなとのであればまた、負ける事はないと確信している。

 

 手段を選ばない此方に対してレジアスは使い捨ての駒としてサポートを与えてくれる。

 

 それでいい、と思う。

 

「さて」

 

 視線を向ける方角を変え、

 

「烏共はどうしているか」

 

 敵ではなく、間接的だが今は味方となっている機動六課が何をしているのか、それは若干気になるところだ。故に視線を其方の方向へと向け、軽くだが想像してみる―――たぶん今日もまた騒がしく、そして楽しくやっているに違いない。あの連中がふさぎ込んでいる光景というのは中々想像できるものではない。

 

 だから今日も何時もみたいに馬鹿をやっているんだろうなぁ……。

 

 

                           ◆

 

 

 そして空間シミュレーター内部の廃墟空間が桜色に光った。

 

「ハイペリオン!」

 

 その言葉と共に吹き飛ばされるのは紫髪の少女―――ルーテシアで、彼女が吹き飛ばされた瞬間、人型の昆虫が、ガリューが接近しようとしてくる。だがそれに合わせて前に出る。魔力を左拳に乗せて、それに砲撃術式を重ねる。ガリューが射程範囲内に入るのと同時に左拳をガリューへと叩きつける。殴るのと同時に砲撃を叩き込み、ガリューを近くのビルを超える高さまで打ち上げる。

 

「召―――」

 

「させ! ない!」

 

 吹き飛ばされたルーテシアが空中で体勢を整えながら召喚魔法を発動させようとするが、その前にレイジングハートそのものを全力で投擲する。ストライクフレームでもない、通常のセプター形体のレイジングハートでも魔力がこもっていれば手槍と変わらない性能を発揮してくれる。ルーテシアが召喚を完了させる前にルーテシアの鳩尾にレイジングハートが叩き込まれ、口が止まる。その瞬間にチェーンバインドを発動させ、レイジングハートとルーテシアを掴み、

 

「ふんっ」

 

 全力で引き寄せる。レイジングハートをキャッチするのと同時にルーテシアが口を開けない様に片手で口を押え、そしてルーテシアの胸にレイジングハートを当てる。この状況で既に詰みなのだが、教える事は教えなくてはならない。振り返り、後ろで戦況を眺めている教え子達に笑顔を向ける。

 

 えーと……なんだっけ……砲撃ぶっぱしている間に何で戦っているのか忘れそうになった。

 

 あぁ、そうだった。

 

「白天―――」

 

「ハイペリオン。もういっちょハイペリオン」

 

 桜色の砲撃を放ちながらあぁ、そうだった、と思い出す。

 

「えっとね? 上下関係ってのは凄く大事なんだよ皆? 上の指示にはちゃんと従う。組織において行動するならこれは原則、基本的な事なんだ。べつに管理局は軍隊って訳じゃないけど、こういう非常事態だからこそ混乱しない様に規律が求められるの。解るかな?」

 

 うんうんうん、と全力で頭を縦に振る教え子たちがいる。こうやって真剣に話を聞いている姿を見ると教官としては実にうれしくなってくる。あ、ガリューが落ちてきた。邪魔なのでサービスしなきゃ。

 

「もうちょっと飛んでて」

 

 ハイペリオンスマッシャーを片手で叩き込んでおいてガリューをもう一回空へと打ち上げる。ガリューが更に高く空へと飛びあがる。姿を見ながらもう一度ルーテシアにハイペリオンを叩き込んでおく。ぐったりとした感じが腕から感じてくるがこれはたぶん力を抜いて気絶しているフリをしているだけだ。だからハイペリオンをもう二発程叩き込んでおく。

 

「解るかな? 上の命令は絶対に従いましょう、ほう・れん・そうは超大事。無理無茶無謀は結構だけど、やるならまず上司に連絡を入れようね? 心配するから。あと無駄に反抗するのもやめましょう。基本的に上司が上司なのはより多くの功績を積み重ねてきたのか頭がおかしいぐらいに強いからです。ちょっと芸風で押し通せば大丈夫かなぁ……なんて思っていると容赦なく公開処刑されるのが最近の風潮なんで皆解ったかなぁ? うん? ティアナ震えてるけど大丈夫? 本当に? え、ルーテシアちゃん? 大丈夫大丈夫―――あと五発程気絶してから叩き込むだけだから」

 

 ちゃんと話を聞いてくれるいい教え子を持ったなあ、と思いつつ、レイジングハートを構える。

 

 ……時間がないなぁ。




 王様一家→シリアス 六課→ギャグ

 この差は何処で出来たんだ。そしてキチロリでも魔王には勝てなかったよぉ……

 P.S.感想で指摘されるまでサブタイ入れ忘れてたのに気付かなかった。超感謝

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