マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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Interlude 4
パブリック・エネミー


 手の中に握られている珈琲の中身を一気に飲み干す。別段そこまで熱いわけじゃないので一気飲みする分には全く問題がなかった。ただ砂糖は一掬い程も淹れていないので苦い。かなり苦い。場合によっては即座に吐き出す者もいる程苦く出来上がっている。だが個人的にはこれぐらいがちょうどいいぐらいに好みだ。これだけ苦いと珈琲豆の味の違いが解って来るからだ。砂糖やミルクを混ぜなきゃ飲めないような者はまだまだ子供、と言うのが昔数人で話し合って決めた結果だ。だからその決定に納得し、今も珈琲は完全なブラックしか口にしない。好みに対しても自分は妥協しないような人間だ。それを再認識し、うんうん、と虚空へと向かって頷く。

 

「ドクター、気持ちが悪いので一人で納得しないでください。衝動的に張り倒したくなります」

 

「君は何時だって暴力的だねぇ、ウーノ」

 

「原因の大半はドクターなので同情の余地はなしですね」

 

 そしてこの物言いだ。ウーノも初期の頃は振り回されたりあわあわしたり可愛い所が結構あったのだが、今を見るとその頃の面影が一つも見当たらない―――まあ、ただ仕事は仕事で真面目にやってくれる。何かに私情を挟むとしてもまずやることをやってから、役割を果たしてから、と言うタイプは基本的に好みだ。彼らは己の仕事に誇りをもって、そして確実に完遂しようとしてくれるからだ。仕事を一定以上のクオリティで、ブレる事無くこなしてくれる人材は本当に重要だ―――まあ、自分の場合は作ってしまえばそれで終わる話だ。

 

「ウーノ、えーと、ガジェット? の生産ラインはどうなってるかね」

 

「完全なオート化完了です。資源が持つ限りは私達が死んでも勝手に生産し続けるでしょう。自己判断と改修進化プログラムも組んであるので不備や弱点、そういったのを見つけ次第勝手にそれをカバーする様に完成品の生産を変えますよ」

 

「グッド、やっぱり兵器は手におえない位のを弄っているのが実に楽しい」

 

「その感性は理解しがたいですね」

 

「元から理解してもらおうとなって思っていないからねぇ」

 

 そう、自分は―――天才だ。おそらく科学という一分野において、この時代最高最強の天才だ。しかも気が狂っているというオマケつきだ。私は他人が十を求めようとすれば五十を生み出す事が出来る、思いつく事が出来る、実行する事が出来る。そう言う風にデザインされ、そう言う風に育てられ、そう言う風に求められた。欲望という言葉に従って、この人工的に生み出された才能を極限にまで利用してきた。まあ、結局は落ち着く所に落ち着いたという形だが。

 

 誰も自分を縛る事は出来ない。

 

 もちろん、それが管理局の支配者であっても。その程度の鎖は千切り捨てる。

 

 この才能は良く解る―――自分の身に余る。こんな物があって正気でいられる存在なんていない。だから最初から狂っていた。ジェイル・スカリエッティという存在はそういう生き物だ。生まれたその瞬間はおそらく正気だった。だが恐ろしいまでの欲望と才能を与えられて生み出された。だから生み出された瞬間にそれに全てのまれた。のまれるしかなかった。

 

 それがジェイル・スカリエッティが初めて被害者であった瞬間で、最後の瞬間だった。

 

 ようこそ世界へキチガイ、今日もここは美しい。

 

 何とも愉快な世界だと思う。誰も彼も必死に生きている。生きようとしている。だけど世の中には不真面目な奴が多い。どいつもこいつもズルばっかりしようとして生きようとしている。自分を生み出したような連中がその最たる例だ。ただ―――自分はそれでいいと思う。不真面目結構。欲望溢れる素敵な感じだ。自分好みに実に醜い。人間程醜い生物はこの世に存在しない。誰もが欲望にまみれて、それでいてそれを楽しんでいる。故に人間の本質とは欲望である事に他ならない。人間は欲望を抱き、認め、そしてそれを叶えようとする生き物だ。つまるところ、少々言葉を洒落させるのであれば、人間とはつまり”欲望の使徒”と言っても過言ではない生物だ。

 

 だとすればより強く、醜く、欲望を抱いている奴が強い。凄い。偉い。故に私はそこらへん超最強だ。

 

「何せ私の欲望は尽きないからね、ウーノ。全く持って終わりが見えない。素晴らしい。楽しい。実に楽しい! 味方だった者が敵に回る展開! 敵だった者同士が手を組んで強敵へと立ち向かって行く姿! 見てくれウーノ、私はそんな使い古された映画のシナリオを現代で再現しているんだ。二流小説や、三流映画。そんなもので出てくる様な展開を真面目に現実にしているんだ。楽しくならないかね? ワクワクしてこないかね? 私は今、人生で一番楽しい。遠足前の小学生の気分だよ」

 

「ドゥーエがチンク用に小学生の制服持っているのでお貸ししましょうか」

 

「色々とツッコミたい所はあるがまずそれって女物じゃないかね」

 

「何か問題でも?」

 

「あ、はい。なんでもないです」

 

 そう言えばどこぞの鉄腕王がパープルキチガイ理論なんて物を提唱していたが、良く考えたらウーノの髪色も紫色ではなかったか。だとしたら色々と納得できるところも出てくる。たとえば創造者に対する敬意とか、そういう感情の喪失の代わりにやってくるセメント対応とか諸々。まあ、どうでもいい話だ。ナンバーズはナンバーズで存分に楽しんでほしい。欲望の権化として、自分の子供たちには存分にはしゃいでほしい。楽しんでほしい。欲望のままに暴れ回ってほしい。それがおそらく、確実に、彼女たちを創造した自分が与えられ、教えられる全てだ。

 

「さて、マイ秘書のウーノ君、現在ミッド各地の様子はどうかな?」

 

 椅子に深く座り込みながらウーノに情報を求めると、ウーノが一気に十数ものホロウィンドウを出現させ、自分の前に浮かべてくる。それを適当にひっつかみ、自分の近くへと寄せながら特に読むわけでもなく、映し出されている火災の様子や被害の映像を眺める。ウーノは欲しい情報だけを抜き取って、そして口にしてくれる。

 

「まず想定通りにチンクとディードが囮になってくれたおかげであの一家を地上本部に釘付け、他のナンバーズでミッドチルダ各地の空港の襲撃に成功しました。民間・企業・局保有と関係なく三桁存在する空港の特定と破壊には苦労しましたがガジェットを利用した陽動や奇襲で全て破壊する事に成功しました」

 

「グッド、いい話だ。で、通信の方は?」

 

「衛星を三百機程落としました。おかげで次元通信システムは大打撃―――復旧するにしたって最低で一ヶ月は必要となります。現状のミッドチルダの食糧自給率を考えると空港等を破壊して外界と遮断されてもかなり余裕がありますね。今回の作戦行動でミッドが滅ぶ、なんてことは落とした人工衛星の被害を考えてもあり得ません」

 

「うんうん」

 

 一般の人間に死なれては困る。舞台という者には常に観客が必要だ。自分が道化だとすれば、管理局は役者だ―――そして機動六課とあの一家がこのステージにおける主役だ。この二つの陣営が存在して初めて自分の舞台は舞台でありえるのだ。それを目撃するための観客を殺すなんてとんでもない。何よりも、ただ虐殺するだけなんて実に芸がない、品がない、美学がない。パンピーを殺して喜ぶのはただの変態であって、全く美しさを感じない。故に、見届け人として、生き残ってもらわなくては困る。

 

「予想外なのは少々ミッドチルダの魔導師の戦闘力、でしょうか」

 

「ふむ?」

 

「落下してくる衛星に対して個人、ではなく集団で攻撃を重ねる事で半数の落下の被害をあらかじめ抑えることに成功しています。どうやら上が腐っていても、下の方は下の方で上手くやっていたようですよ」

 

「それはそれは」

 

 また別の楽しみだ。レジアス等を見てれば管理局と言う組織の全体が腐敗しているわけではなく、上の方に来ている一部が大きく腐敗しているのが解る。ただそれは不自然ではない。自然と組織が巨大化すれば腐敗するものだ。何故ならば人間は誰しもが鋼の様な精神をしているわけではない。自分やイストや、そして高町なのはの様に一切ブレる事無く最後まで信念を貫けるタイプの存在……”怪物”とさえ称する事が出来る精神的な超人はこの世には多く存在するわけではない。ストライカー級魔導師を見ればその数は多いかもしれないが、それでも、上に立つ者全てがそういうわけではない。

 

 楽を知ったらそこから抜け出せない。それが人間という生き物だ。そして愉悦を知ったら抜け出せない。それもまた人間の本質だ。だとしたらそれにとことん殉じる事がこの世で何よりも正しい。なぜならそれは本質に従う事だからだ。元から逆らえないのであれば逆らう必要はない、とことん溺れてしまえばいい。それを極限まで追求し、肯定し―――そして暴走した産物が自分だ。殊、欲望への執念と肯定に関して自分を超える存在は絶対にありえないと思っている。

 

 それだけ、欲に染まり、溺れる人類と言う愚かな生き物を愛している。

 

「さて、我らの怨敵その1、レジアス・ゲイズ殿はどうしているかな?」

 

 ウーノに対してレジアスの情報を出す様に催促すると、ウーノが半眼で軽く視線を送ってくる。

 

「とってつけた様に怨敵設定とかいらないです―――レジアス・ゲイズの方は”全く問題ない”というのが彼の現状ですね。彼を糾弾する存在は少なからずいます。ですが部下に慕われていて、クラナガンの治安を今まで守って来ていて、それでいて陸の現状を知っている人間は多いです。レジアスの功績を見ていればここでレジアスを何らかの形で処刑するよりは、この混乱に対して立たせて全てを押し付け、終わってから失敗の分含めて擦り付けて処理してしまえばいい、という形が上の方では出ているようです―――最もレジアスはそれだけで済ませるつもりはない様ですが」

 

「あぁ、現状管理局内で一番私が恐れているのは他の誰でもない―――レジアス・ゲイズの存在だからね。確かに機動六課も王様一家も怖いが、レジアスの恐怖と比べるとまだ可愛いものだ」

 

 何せ、レジアス最大の武器とは経験、そして組織力だ。レジアスが地上本部のトップであり続ける限り、彼の為に戦う魔導師は存在し、そしてレジアスは大人数を動かす事に対して非常に慣れている。それは時に優れている事よりも恐ろしい事だ。機動六課は強いが”若い”のが弱点だ。そして三種類の王のいるあの一家も強いが同時に戦術的行動しかとれない。集団として小規模なのが最大の弱点だ。

 

「ただどうやらバサラ一家はレジアスと合流したようです。存在は非公式、どうやら私達と同様。ギブ・アンド・テイクでひそかに手を組んでいるようです。廃棄都市区間にてアジトを発見しましたが既に引き払われた後だったようで、話がつき次第即座に地上本部へと合流したようです。つまり―――」

 

「―――あぁ、予想通りだろ? レジアスはアレで情に弱い部分がある。だからこそゼストが殺しに来たのであれば”それで良し”と認められる部分もある。おそらくゼストが遺言か何か何かで手伝う様に頼んだのか―――まあ、所詮は予想通り、無駄な願いなんだがね。全く優秀な頭脳が此方側にはいてくれるから本当に助かるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 そう、此方も優秀だ。伊達や酔狂で管理局という百年以上続いている大組織相手に戦争を仕掛けている訳じゃない。それが間違いなく自分の目的を達成するための最大の方法であると確信しているからだ。いや、自分の目的はもう既に半分ほど達成されている。だがこれではまだだ、まだ足りないと語りかけてきている自分の心が言っている。そう、ジェイル・スカリエッティは心の無い、気狂いの研究者。自分が生み出した子供たちにすら真に理解できる存在はない、永遠に孤独な天災。アルハザードの残した災厄。それが自分だ。

 

 だったらそれでいい、目的は死んでても生きていても果たせる。

 

 それさえ果たせれば自分は満足だ―――もう、他には何もいらない。

 

「―――さて」

 

 心を入れ替える。ここからは遊びは一切抜きだ。

 

「ウーノ、ナンバーズの方はどうなっている」

 

「ドゥーエを戦闘用に再調整、チンクとディードが更に学習プログラムへと挑戦しています。ディエチの武装は腐敗弾、クラスター弾、次元震弾と多種の弾丸を用意、ISスローターアームズの最終調整と最終進化をアルハザードのサルベージデータから行っています。全体的に見てナンバーズの方はあと三日、四日程で完了します」

 

「次元犯罪者」

 

「コンタクトできる次元犯罪者との足並みは全て揃えられています。と言っても此方の襲撃タイミングを流しただけですが。これに関してはほぼ確実に乗って来るでしょう、その為にアインヘリアルを横流ししましたし」

 

「クローン」

 

「一番傷口を抉る様な人物を選出し、そして生成しました。まず間違いなく機動六課の隊長一人、最低でも足止めする事は可能でしょう」

 

「ナハトヴァール」

 

「それに関してはドクターの方が詳しいと思いますが、現状で言えばオリジナルには匹敵しませんが、それでも十分すぎる程のものが生産できています」

 

「ゆりかご」

 

「―――それに関しては私からお答えしましょう」

 

 声がする。背後、扉が開く音も、侵入する気配も、何もかも予兆もなく、その存在は背後に立っていた。それは何時でも殺せる、というサインではない。この相手はそもそもからしてそういう考えは抱かない。

 

「ナハトヴァールですか。少々醜いものですがまたゆりかごの性質を見るのであればそれもまた正しい組み合わせなのかもしれません―――えぇ、侵食に関しては全く問題ありませんよ、ドクター・スカリエッティ」

 

「そう貴女が言うのであれば信じよう」

 

 椅子から立ち上がり、振り返りつつ背後に予兆もなく出現した人物に視線を向ける。

 

 顔の形や体格は大きく変わるが、着用している服装、両手に付けている義手の様な”鉄腕”は文献通りの姿の彼女の姿へと向けて口を開く。

 

「―――聖王オリヴィエ」




 スカさんが本気でアップを始めたようです。

 文脈から伝わってくるスーパーアカン臭

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