マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ラスト・モーメント

 地上にも地下同様、定期的な警戒網が張り巡らされていた。下水道程絶対的なものではない。だが広範囲を少ない人員で埋められるように結界型の魔法でセンサーが敷かれていた。そのまま普通に入りこめば絶対に見つかる様なタイプの探知魔法。だが魔法は決して万能な技術ではない。理解すれば理解する程、修練を積めば積むほどできる事とできない事が見えてくる。そしてもちろん、この魔法にも穴は存在する。つまりは魔法を発動させる術者、デバイスを超える演算能力で常にハッキングをかけ、此方の情報を書き換え続ければそれで済む話なのだ。”その程度”とは言うが、まず間違いなく普通は取れる手段ではない。相手がストレージデバイスやアームドデバイスを所持しているのであればインテリジェンスデバイスで、相手がインテリジェントデバイスならそれを凌ぐユニゾンデバイス、が無ければできない芸当だ。

 

 だが幸い、此方にはユニゾンデバイスが二体も存在している。その処理能力は演算特化しているデバイスを抜いてトップに入る超高性能をしている。故に騙す事はそう難しいわけではないが―――人間的”過ぎる”為予想外の事があった場合、それに引っかかってしまう可能性は自分たち同様にナルとアギトには存在する。それだけが弱点だ。

 

 とはいえ、早々起きるわけでもない。

 

 クラナガンへと続く高速道路の横に広がる大森林を隠れ蓑に、上空からの監視から身を隠す様に先へ、先へと身を飛ばす。やはり地下のままではなく地上へと切り替えたの判断は間違っていなかったと確信できる。一時間が経過する頃にはクラナガンの郊外へと到着する事ができた。そこから更に監視の目を探りつつ、バリアジャケットの姿を一般的な服装へと姿だけを変化させ、クラナガンへと潜入する。

 

 ―――ここまで来てしまえばほとんど問題はもうない。

 

 クラナガンのサウス・ストリートへと到着し、漸く監視網を抜ける緊張感から解放された事から銀髪ユニゾン姿のまま、イストは体を伸ばしていた。魔力を隠して、そして少し変装さえすれば一般の管理局員にはまだ見つかる要素が存在しない今、こうやって気楽にできるのが救いなのかもしれない―――少なくとも機動六課はまだ此方の事を指名手配犯にはしていない。それが本当に今の行動を楽にしている。自分だって陸には知り合いが多く存在する。ただ彼らも老けてしまった自分に気づくにはよく見る必要があるだろう。

 

 パっと見て、直ぐに誰か等と、気付けることは中々ないのだ。

 

「セントラルへはここから歩いて十分か―――本気だしゃあ一分以下でいけるし、暫くはここでブラブラしている方がいいかもしれないな。なんかやりたい事とかリクエストあるか? なきゃ時間まで適当に行動って事で暫く解散だけど」

 

「いや、俺はない」

 

「デートしましょう」

 

「固まってたら怪しいつってんだろ貴様」

 

『んじゃ、何かあったら念話って事だな』

 

 短い言葉のやり取りを交わし、そして一旦面子を解散する。流石にユーリやイングの様な美人と一か所に四人で固まっていれば異様に目立つ。だとしたら固まって行動するよりは目だたない様に一人で行動している方が遥かに安全だ―――どこかで隠れる、という手段も存在するが、こんな日に限ってそう言う場所がマークされていないなんてことはないだろう、警戒網を見るに。下手に隠れ場所で隠れているよりは大衆に紛れている方が遥かに安全だと覚えたのは犯罪者になってからだ。

 

「どうもこういう知識が増えてしまった元管理局員としては中々複雑な部分があるな……」

 

『そこは気にしちゃいけないと思う。ほら、色々頑張ってきたんだし。知識が増えた分、それは頑張ってきた証拠なんだよ』

 

「そう言われると何も言い返せないな」

 

 あまりサウス・ストリートから離れられない事を念頭に置きながら特に目的もなくクラナガンを歩きはじめる。街中に溶け込む、という事で服装はハーフスリーブのポロシャツにスラックスと姿を変えて、ユニゾン状態である為に髪色は金髪だ―――最後、生きていた頃よりも死んだせいなのか、自分の姿はあの頃と比べて遥かに老けているように見える。ここまで姿を変えているともはや俺だ、と気づく存在は友人でもなければ気づかない―――そう、レジアスの様な。その事に少しだけ寂しさを感じる。

 

 自分を良く知っている友は……部下はほぼ全員死んでいる。そして唯一、親友と思えた人物は会う事すら困難な状態だ。己には人望があったのだろうか。いや、間違いなく部下に恵まれていたとは断言できるのだが、果たしてそれは人望へと繋がるのだろうか。

 

『旦那、メンタルがちょっと揺らいでる』

 

「そうは言われてもな、アギト。俺もこう見えて結構歳を食っているし、悩む事は多いのだ。少しぐらい悩んだりすることを許してはくれないのか」

 

『駄目だな。全然だめだな! 皆で助け合っているんだから心配する必要はないんだよ!』

 

 アギトの言葉に苦笑するしかなかった。確かにこれだけ豪華な面子に囲まれていて、人望やら友人やらを心配するのは少し馬鹿な話だったのかもしれない。元部下であるメガーヌの娘に、地球出身の”英雄”三人のクローンにして全く別系統の存在であるマテリアルズに、その盟主であり最強兵器である砕けぬ闇、闇として生み出されて愛に満たされた虚無の書と前世を乗り越えて進む元覇王、そして現代に新たに降臨した新たな形の王、といった所だろうか。豪華だ。豪華すぎるメンバーだ。確かに悩みとしては馬鹿馬鹿しい話だった。

 

 過去は解らないが、今の己には間違いなく仲間と友に恵まれている。贅沢過ぎる悩みだったかもしれない。

 

 懐に手を入れて取り出すのは一枚のホロウィンドウ。それにはデータや情報が表示されているのではなく、表示されるのは一枚の光景。昨夜、夜に花火大会をやった時、最後の花火を全員で握りながら、スイカを食べながら並んで取った絵だ。女性陣は浴衣という地球の民族衣装姿で、若干照れている己の姿と、そして楽しそうに笑っている皆の姿が映っている。―――一生モノの宝だこれは。墓へと持って行くには十分すぎる程の。

 

 しまいながら呟く。

 

「未練かもしれんな、アギト」

 

『旦那?』

 

「今更怖くなってきた……俺も所詮は人だった、という事なのだろう」

 

 ―――もし、もしこんな形ではなく別の形で出会えて友になれたとしたら、それはどんなに楽しかっただろうか。だがそれは幻想で、ありえない話だ。まず現実的ではない。何よりももしも、という話は結局の所現実から目をそらしているに過ぎない。特に俺の様な男は現実から目を逸らす権利など存在しない。それは部下の死から目を逸らすだけだ。認めなくてはならないのだ。死を、終わりを、結果を。それを全てのみ込んで進んでいるからこそ今が存在し、幸福を感じられているのだ。だから弱音を吐くのも考えるのもこれまでだ。

 

「恐れを感じない人間はいるだろう―――だが俺は恐れを感じられてよかったと思っている。それで俺はまだ人間だと、死人じゃないと確信できる。俺はまだ淵で立っている。闘志が残っている。信念はまだこの身に宿っている。そうそれでいい、それで己はまだ動けると確信できる。完全な死人ではないと確認さえできるのであれば十分すぎる成果だ―――俺はまだ戦える」

 

『旦那……本当に死ぬしかないのか?』

 

「ルーテシアを泣かす事は俺には出来ない―――アレは母親に飢えているよ」

 

 だからこそのあの言動、行動だと信じたい。というかそうじゃなきゃ困る。是非ともメガーヌが復活したら落ち着いてほしい。というか落ち着いてくれ。そうでは無ければ将来が危うい。主にミッドチルダの。この前は短パンショタハァハァ等という意味不明な事を食事中に言ってテーブルに沈黙の時間を生み出すという凄まじい事をやってのけたりと、進化に余念がない。これ以上手の付けられない存在となると今はまだ本気で叱るディアーチェやイングでもどうにもならなくなるかもしれない。あの二人でも手が付けられなくなったらいよいよルーテシアは無敵の存在だ。

 

 もう半分ほどどうにでもなれという気分だが既に。

 

『さっきから旦那のメンタル割とジェットコースターしてるけど大丈夫か……?』

 

「大丈夫じゃない、問題だ」

 

 これ以上ルーテシアの事を考えたり心配したらハゲに成りそうなのでとりあえずルーテシアの存在を全てが終わるその瞬間まで忘れておくことにする。精神衛生上、関係のないときはあの娘を忘れているのが一番宜しいという事には気が付いているが―――それをさせないだけのインパクトがあの娘にはある。何故だろう。ここにはいない筈なのにドヤ顔でダブルピース浮かべている姿が簡単に想像できる。

 

「俺はもうだめかもしれん」

 

『旦那って割と一人で完結するタイプだよな』

 

「良く言われるな」

 

 頭の中で考えた結果、自分の中で答えを見つけるタイプだ、自分は。故に良く自己完結してしまうと言われている。ただ、まあ、それを含めて自分という個性という事で許してほしいとは思っている。

 

 サウス・ストリートの中心部へとやってくる。管理局の目があるが、同時に人の数もおおい。ここにいる間は特定個人に視線を集中させることはないだろうと経験から確信し、ビルについている大型スクリーンから見せられている光景を眺める。そこで巨大なテロップと共に会議場の光景が映し出されていた。会議場には見た事のある顔がチラホラと存在し、そしてテロップには開始直前、と書かれている。

 

「……レジアス、少しやつれているな」

 

 巨大なスクリーンに映し出されるレジアスの姿を見て誰にも聞こえない様にそう呟く。いや、おそらく確実にアギトには通じているのだろうが。ただ自分の知るレジアスよりも少しだけ、疲れているような、少しだけやつれている姿がある。普通の人には気づかないであろう些細な変化だが―――それだけで表面上は何も見せない男が今、どういう風に感じているのかを理解できる。なるほど、やはり……保身に走る様な男の顔でも、腐った男の表情でもない。

 

「―――なあなあ、お前どう思う?」

 

 近くではスクリーンを同じように見上げながら友人と語らう者達が見える。

 

「質量兵器の事だろ? 陸の人にはお世話になってるけどやっぱりなぁ……だってほら、質量兵器が昔世界を壊したって言うと怖いじゃん? 学校の歴史の授業でもそう習ったし」

 

「そうなんだよなぁ、でも陸の友人から聞いた話だと陸の戦力不足はマジ深刻らしいぜ? 優秀な魔導師から引き抜かれちゃうから魔導戦力が何時も足りないって」

 

「でもさ、それでも質量兵器に頼るってのは違くね?」

 

 そうやって議論をしている若者の姿を見て、少しだけ笑みを零してしまう。自分とレジアスも、こうやって二人でよく話し合ったものだ。陸の現状をどうやって救うか、ミッドチルダにはどういう改革が必要なのか。それを一日中話し合って気が付いたら夜だった、何て日もあった。だからああやって質量兵器の有無について話し合う光景は非常に懐かしい―――俺達もああやって若者だった時があったんだ、と思い出させる。

 

『ちなみに旦那はどっち派なんだ?』

 

 アギトは質量兵器肯定か反対か、という話をしているのだろう。だとしたら、

 

「俺は肯定派だ。質量兵器といってもそれには色々と種類がある。銃や爆弾といった基本的な物から光学兵器や腐敗兵器といったもの、有名なのでは古代戦乱ベルカで使用された屍兵や機械兵といったものだな。まず間違いなく後者は封印されるべきだとして、銃であれば所持者をライセンスで管理すれば問題はない」

 

「おい、オッサン」

 

 横で先ほどまで議論を繰り広げていた声援が此方へと視線を向けてくる。いけない、アギトは他人へと見えていなかった事を今更思い出す。警戒網を抜けたから少し油断していたか、と少しだけ腑抜けていた自分を叱咤する。何か、と青年の方へと視線を向けると、

 

「でも銃って質量兵器の中じゃ誰でも使えるんだぜ? 魔法には非殺傷設定もある。どっちを使えばいいかなんて丸わかりじゃねぇか」

 

「ふむ」

 

 糾弾しているわけではない、と声のトーンから理解できる。どうやって答えるべきか、と思うがやはりここは思った事を返すべきなのが議論としては正しい形なのだろうと判断する。

 

「なら言わせて貰おう。魔法は何よりも資質を優先する。リンカーコアの有無は先天的な資質で後天的には取得できない”才能”だ。だが質量兵器、特に銃は汎用性に優れている。誰にでも使え、そしてカスタムすれば誰でも十分な戦闘能力を発揮する事が出来る。それに電磁スタン弾などの非殺傷用の弾丸だって既に存在している。使う者がそれを間違った方向で使用しない限りは銃も魔法も変わりはしない、どちらも等しく道具だ」

 

「う、うーん、確かにそうだけど、そうだけどなぁ……」

 

「ほら、やっぱり使い方次第なんだよ。魔法も質量兵器もそんな変らないんだって。あ、ツレがどうも失礼しました」

 

 そう言って青年は腕を組んで唸り、その友人は青年を引っ張りながら去って行く。微笑ましい光景、これもまた青春の一部だと思う。思い出せば何もかもが懐かしい。過去は何もかもが煌いて見えるのが非常に厄介だ。あぁ、自分の未来には暗雲しか存在していない。だからこそ、余計にだ。

 

 スクリーンを見上げる。キャスターが会議場の様子を映し出している。会議はもう間もなく始まる、という様子だった。椅子に座る参加者たちは誰もが準備ができている様子で、緊張の表情を欠片も見せる事無く待機していた。もうそろそろか、と心の中でつぶやくのと同時に、

 

『―――ッ』

 

「アギト?」

 

『セントラル! 空から来る!』

 

 スクリーンから目を離し、セントラル方面の空を見上げた。そこにメタリックな銀色の輝きを見る。それが何か、と判断するのと同時に体は動きだす。

 

『ゼスト!』

 

『応―――約束の時だ』

 

 ―――空から出現した無数のガジェットがセントラルへと落ち、爆砕し、そしてセントラルに存在する地上本部が、燃えた。




 ゼストさん、昔を思い出す。

 そして記憶の中ですらドヤ顔ダブルピースのキチロリ。お前は引っ込んでろ。

 そして空から降り注ぐ自爆特攻型使い捨てガジェットたん。スカさんは派手好き。

 あと最近誤字報告タイムアタックに利用されている感(

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