ウィンター・スカイ
「ナノハ・タカマチ、魔導師ランクS取得、か」
電子媒体のニュースを確認する。少し前まで入院し、リハビリをしていた魔導師、ナノハ・タカマチ―――高町なのは。シュテル・スタークスのコピー元となったシュテル・ザ・デストラクターのオリジナルの容姿の持ち主。そして、シュテル・スタークスが生まれるきっかけとなった遺伝子の持ち主。ある意味、シュテルとは姉妹と言っても差し支えないかもしれない。今までの高町なのははAAAランクの魔導師。それがSランク魔導師の資格を取得したと、この記事には書かれている。自分よりも歳が下なのに、遥かに上の実力を有し、そしてごく最近、Sランクになって”ストライカー級”の魔導師となった。管理局全体を見ても5%に満たない超戦力。管理局の切り札。そう呼べる領域の人物になった。たった13歳でだ。
……羨ましいなぁ。
色々と羨ましい事はある。魔力に溢れているとか、才能があるとか、この年齢で自分よりも上の地位とか。あらゆる面で自分よりも上に立つこの少女の存在が正直羨ましい。そしてそう思う人間は自分以外にも多くいる事だろう。この少女はこの先大変なのだろうなぁ、と思う。この年齢でここまで来てしまうとプレッシャーやら期待やらが酷いはずだ。まあ、まずは陸、海、空。このどこに所属するか、何をするかで酷くもめるのだろうと思う。
ま、正直に言えば彼女の行く末に興味はない。興味があるのは彼女の”今”だ。プロジェクトFに関して何か関わっていないか、何か不審な行動をとっていないか。高町なのはと彼女の友人たち―――つまりマテリアルズの遺伝子元の人物たちがシュテルやレヴィに気づいているのかいないのか、それを軽く調べているだけだ。もちろん監視なんて非常識な事はしないし、情報屋に当たったりもしない。そんな事をすれば”調べている”という露骨な足跡が残ってしまうのだ。この程度の調べであれば全体的な動向を把握できるし、ファンと言えばそれで済む話になるのだ。
「あ、お前ネットニュース見てないでちゃんと仕事しろよ」
「つっても俺の分は終わらせてるぞ?」
「え、マジかよ」
同僚である青年のエピカ空曹が横からやってくると、此方が表示したホロウィンドウを掴み、拡大しながら調べ始める。すると露骨に顔を歪め、
「げ、マジで終わらせてやがる」
「俺って元々嘱託魔導師だぞ。重い書類弄る訳じゃないし慣れちまえばこんなもんだろ」
「おいおい、半年前まで一緒に書類量にヒィヒィアヒィン言わされながら頑張ってた俺達の友情は何処へ行ったんだ……!」
「死んだんじゃないかなぁ」
神は死んだ、等と叫んでいるエピカを蹴って自分の席まで戻すと、再び自分の椅子に座り、自分の書いた報告書をもう一度確認する。つい最近ティーダと一緒に解決した件の報告書だ。何時も通り後を絶たない密輸と密売を撲滅した、それだけの報告書。数週間に一度は報告書を書いているのでもういい加減に慣れている。正規の所属であるティーダの方が仕事量は多めなので、その分こういう簡単なのは大量に引き受けてやっているのが自分の役割なわけだが、
まあ、本当にコンビやっちゃってるわけで……。
半年前は冗談でコンビやら、と言っていたわけだが、予想外に能力的相性がいいのでズルズルコンビでここまで活躍してきた。おかげで自分も予告されたように階級を上げて貰えた。空曹ともなれば立派な空隊の面子だ。嘱託魔導師なんてものを止めて本格的に所属しないか、と誘われる事も増える様になってきた。慢性的な人員不足はどうやら陸だけではなく空の方でも発生しているらしい。
今まで通り適当に仕事受けて、適当に暴れ回るだけじゃ見えなかった事もだいぶ見えてきた。やはり俺もまだまだ未熟、というより視野が狭かったのかもしれない。……家で待っている連中の為にも、もう少し視野を広げて、見識を深めた方がいいかもしれない。
『……』
「んだよ」
右手に装着したデバイス、ベーオウルフが宝石部分をチカチカして自己主張するが、何も言わない。そのまま数秒睨む、何も言い返さない。なのでとりあえず手から取り、それを机の角をめがけて振り上げる。
『Stop! Please stop! I was wrong, so please stop!』(待ってください! お願いしますから待ってください! 私が間違ってましたから待ってください!)
「俺、貴族。お前、家畜。関係オッケー?」
『Not even human』(人間ですらない)
「当たり前だろう。人権を訴えるのならまずは美少女型デバイスに姿を変えるんだな。話はそれからだ」
人型デバイスがありか? と言われればアリなのだ。実際ゴーレム型デバイス、つまり人形の様なボディにデバイスの機能とAIを埋め込ませたインテリジェンスデバイスは存在する。だがそれはものすごく高級だ。具体的に言うと安いので最低400万はする。完全に金持ちの道楽だ。
「それにお前男人格だろう」
『I am ready any time to change my voice to a girls』(少女の声へと変える覚悟は何時だってできている)
そこでさりげなくユーリの声を使っている辺り、死刑だ。デスクの端っこにデバイスをガンガン叩きつける。悲鳴の様に光を発しているが、その抗議を軽く無視して十回ほど叩きつけて満足する。
「ゴーレムタイプへお前を換装する余裕が我が家にあると思っているのか貴様。あぁ?」
「それにゴーレムタイプデバイスって通称”超高級デバイス型ダッチワイフ”だよな」
何時の間にか復活していたエピカが横から付け加えてくる。そう、そんな事もあって評判はかなり悪い。何せデバイスの姿を好きな風に作る事が出来るのだ。デバイスとしての機能が付与されている為にギリギリ認められている存在なのに、その利用方法のほとんどが―――まあ、言わない方がいいだろうこれは。
『My plan……』(私の計画……)
諦めろ。可能性なんて最初からなかった。
と、時計を確認すると時刻は8時になった。それはつまり自分にとっての一日の仕事の終了を示す時だ。
「いいよなぁ! いいよなぁ! いいよなぁ!」
「うるせぇよ馬鹿」
もう慣れたこの露骨な言い分も、軽く流しながらコートラックからコートとマフラーを取る。バリアジャケットには温度の管理をしてくれる機能があるのでできたらバリアジャケットを展開したい所だが、戦闘状況での装着のみが許可されているので寒さを凌ぐためには使えない。ブラウンのフライトジャケットを管理局制服の上から着、そして首に模様のついたマフラーを巻く。じゃ、とエピカに別れを告げて、出口へと向かおうとすると、この隊の人妻枠―――ソフィアが丁度入ってくる所だった。
「あー、もう8時なのね」
「おう、じゃあな」
「また明日。あ、マフラー似合ってるわよ」
「ありがとよ」
歩くと後ろへと向かって流れるマフラーの絵柄を見てクスリと笑いつつソフィアはそう付け加えた。少し恥ずかしいながらも、十分な嬉しさを感じ、部屋の外へと向かって歩く。……首に巻かれたマフラーはこれから冷え込むから暖かくしろ、とディアーチェが九月の終わり頃から編み始めたもので、紫、赤、水色、黒、と彼女たちをシンボライズする色があしらわれたマフラーで、何故かデフォルメにされた俺が描かれているという可愛らしい一品だった。相当苦労したのは解っているため、少々恥ずかしくても使わない訳にはいかない。隊の部屋よりも少し寒い廊下を歩く。歩いていると、チラホラと知っている顔が横を通り過ぎてゆく。
「あがりか? お疲れ」
「おぉ、お疲れさん」
「今夜は相当冷えるらしいぞ、段々と12月に入って来たって感じだな」
「みたいだな。一枚増やして寝るわ」
「あ、お疲れイスト」
「お前ちょっと目の下に隈できてるぞシード。まあ、それでも俺は家に帰ってぬくぬくするんだがな!」
「地獄に落ちろよクソ野郎」
シードが中指を此方へと突きだしてくるが、笑って許してやる。これが定時上がりとサービス残業の差だ。笑顔で罵倒を流しつつ廊下を抜ければビルのロビーへと出る。片手を上げて受付嬢たちに挨拶を告げ、自動ドアを抜けて外へと出る。そうしてまず最初に感じるのは、
冬の空気だ。
「おぉ、寒ぃ寒ぃ」
手を擦り合せて少しだけ手を温める。と言っても微々たる努力だ。本当に温まりたいのなら早めに家に帰るのが一番だ。こういう時は本当にバリアジャケット展開を許されないのが恨めしい。が、そんな事を言っている場合ではない。確実に歩みを進めながら、ビルの横の駐車スペースへと向かう。向かいながら、空を見上げる。
透き通る様に蒼い空。それはまた夏に見る空とは違うような色をしていると思う。それは季節の変わり目、今が11月の終わりで、ほとんどの木が紅葉するか葉を落としてしまったせいだろうか。冬になると空の色がもっと透き通っている様に感じる。
「ま、どっちでもいい話だよな」
それで世界の真理が見つかる訳でもない。馬鹿な事を考える程度にはまだ若いんだろうなぁ、等と呟きながらポケットから鍵を取り出し、駐車してある大型バイクに鍵を指す。そろそろ新車が欲しい所だが、買おうとしたら買おうとしたでシュテルがストップをかけそうだ。
仕事用に必要なんだが、お財布を管理されてしまうとなぁ……。
男という生き物はどうして女にこうも弱いのだろうか。
「願わくばあまり美人に育ってくれない事かねぇ。あまり綺麗になられちまうと俺がダメになっちまうわ」
ゴーグルを装着し、バイクのエンジンに火を入れる。
◆
バイクは陸路の移動手段としては非常に優秀だが、コストと整備費と、そして冬は移動中がクソ寒いのはどうにかならないのか。そんな事を考えながらもエレベーターから出ると、迷うことなく廊下を進み、鍵を開け、自分の家へと帰ってくる。
「ただいまー」
「おかえりー!」
真っ先に返事をし、そして玄関へと走ってくるのはレヴィだ。水色のワンピース姿で玄関までやってくると、目を輝かせているが、
「今日はねぇぞ」
「ちぇー……」
飼い主に見捨てられた犬の様にしょぼくれながら背を向けてリビングへと戻ってくる。こいつは相変わらず思考が食欲と直結しているというべきか、食欲に対して従順すぎる所がある。食ってばかりじゃ太ると言っても話を聞かない。正直脅し文句は底を尽きたので、どうしようもない話だ。だから、
「俺にはどうしようもない。家計簿握ってるシュテルに頼め」
「えー、シュテるん最近お金の計算とか楽しそうで無駄な出費を抑える事に快感を感じ始めてるんだけど……」
セメントの次は守銭奴に目覚めそうなのかあの娘は。そうもイロモノキャラが詰まると嫁の貰い手がいなくなるぞ。……まあ、そんな話は相当先の未来なので今は忘れておくことにしよう。何故か俺もこいつらも結婚せずなあなあに暮らす生活が思い浮かんだが、
こんな魔窟での生活を俺が永遠に望むわけないではないか、ははは―――ないよな?
微妙に答えられない事態に少しだけ困惑しながらリビングへと戻ると、ファッショングラスをかけているシュテルの姿を見かける。
「お帰りなさいイスト。今日もご苦労様です。精力的に働いているおかげでだいぶ家計が潤ってきましたよ」
「まあ、全部お前らがスタートダッシュ的ノリで色々と買ったのが悪いんだがな」
そう言うとシュテルが露骨にテーブルの上の15万もした花瓶から視線を逸らす。まあ、生活難に陥っているわけではないのでそれ位の我が儘は可愛いものだ。
「ま、やり過ぎないのならいいよ。やり過ぎないのなら」
「了解しました。やり過ぎない程度に管理しますよ」
ニヤリ、と笑みを浮かべるシュテル。まあ、本当に程々にしてくれるかはこれからの活躍に期待し、直ぐ近くにいたユーリに対して、
「ただいまッ」
「おかえりなさいッ」
片足を上げて、両手を持ち上げるポーズを決めながらお帰りの挨拶をする。軽く奇行に走ったところで満足し、握手を交わしてからダイニングへと向かう。そこにはあきれた表情のディアーチェがおり、そしてテーブルには夕食が並べられていた。
「お前は一体何をやっているんだ」
「荒ぶるユーリのポーズ」
「私が発案、監督です」
「どうでもいいわ、それよりも冷えるからとっとと食え。今日は我のオリジナルの出身世界の料理である”グラタン”に挑戦したぞ。味に関しては他の三人が保証してくれよう、我を崇めながら食うといい」
「よしよし、ディアーチェは本当に頑張り屋さんですねー」
「こら、頭を撫でるなぁ!」
とか言いつつも手を退けない辺りが甘い。そして味に関してはもはや疑わない。数ヶ月前までは料理を教える側だったのに、今ではキッチンを完全に乗っ取られ、占拠されているありさまだ。ほんと、このままこいつらに美人に成長されてしまったらとことんダメになってしまう。まあ、ともあれ、
「ただいまディアーチェ」
「うむ、お帰り。さあ、食え。食って感想を聞かせろ」
―――半年経とうが、俺達に変化はなかった。