ホロウィンドウが出現している。そこには長々とミッドの言語と道具の名前と、そして小さな箱が表示されている―――つまりはチェックリストだ。日常生活に必要な品から武器や弾薬まで、その長々としたチェックリストがホロウィンドウの正体だ。もう既に生活品や溜め込んでいる食糧のチェックは終わっている。後二ヶ月は外へと買い物に行かなくても平気な事はお確認できている。故に今やっているのはそれよりも重要なもののチェック、武装や部品の確認だ。今までの軽いチェックと違ってこのチェックだけは少しだけ集中してやっている。その為にテーブルの上には大量の弾薬やら違法な質量兵器が転がっている。
「ホローポイント弾」
「チェック」
ホロウィンドウの中を読み上げると、横に座っているシュテルが存在しているかどうかをチェックし、直ぐに返答してくれる。それを聞いてからホロウィンドウの中の項目をチェックし、リストに載っている次のアイテムを確認してゆく。何度もやっている為にかなり慣れてきているものだが、それでもここで適当にやってしまうと後々困る事はある。実際そこらへん、スカリエッティはナンバーズに丸投げしていたので偶に失敗する事はあった―――主にポンコツ組が当番の時だったが。ともあれ、一つ一つ持っている物を確認するのは重要な作業だ。それを適当にするわけもなく、特に面白みのない時間が確認しながら過ぎ去る。
「ふぁーあ……デバイス用カートリッジ」
「500個ありますね。あと眠いなら一人で全部やりますよ?」
「これ止めたら本格的にやる事がなくなっちまうから勘弁してくれよ……っと、炸裂弾、徹甲弾、散弾」
「三つともありますね。まあ、質量兵器なんて所詮は魔力が切れた場合、強力なAMF対策でほぼ使われる事はないんですが……まあ、人数分確保してもしもの場合に備えておくのは悪くはない話なんですよね。スカリエッティの事ですからどうせ魔法を徹底的に封じるように動くと思いますし」
ホロウィンドウにチェックマークを書き込みながら同意する。スカリエッティの戦力は決してガジェットとナンバーズだけではない。それは既に昔、一人目のスカリエッティと相対した時に理解している。あの男は利用の出来る全てを利用して戦っていた。実際にマテリアルズだけではなく”闇の書”のデータやら色々と不穏なものをあの科学者は溜め込んでいる。そういうデータやら技術を兵器転用して使用した場合―――どうなるのかはあまり想像したくはない。ただまあ、それを乗り越えて勝利しなくてはならないのが自分たちの立場だ。管理局とスカリエッティを出し抜いてゆりかごと聖王を終わらせる。それだけが今の目的だ。
俺の目的だ。
そして俺の目的は彼女たちの目的だ。
だから俺がやると決めたら彼女たちは疑わずついてくるだろうし、彼女たちがやるというのであれば迷わず俺もやる。だからゆりかごを復活させてから沈める、という行動に彼女たちは疑いを持たないし、ゼストとアギトもそこらへん、かなり理解があるので必要だと解ってくれている。ただこの集団で一人だけ、本当に理解できていないのはおそらく―――。
「ひまぁー……」
ぐでぇ、とした様子でソファに倒れているのはルーテシアの姿だ。本当にやる事はなく、地上本部襲撃一週間前となると不用意な行動もとれなくなる。だからここ数日アジトの中にこもりっきりのルーテシアからしたら暇でしょうがないだろう。ルーテシアも実は外で遊び回りたいような年齢だろうし。そんな事を思いながらもホロウィンドウのチェックボードでの確認作業を進める。ルーテシアがごろごろと転がって構ってアピールはスルーしておく。構うとつけあがるのである程度は突き放しておかないといけないのが教育の辛い所だ。
「サブフレームFパーツ」
「……む、ないですね」
「おいおい」
デバイスのサブフレームのパーツがチェックしたら不足している事が発覚する。自分が使うわけではないが、レヴィやシュテルはデバイスをかなり酷使する。自動再生機能があるとは言っても、損耗したパーツを交換した方が遥かに効率がいいのはきまりきっている。スペアパーツは常にストックしておきたいものの一つだ。
「Fパーツは少し前にレヴィのバルニフィカスの修復に使用しましたがそれ以外で使用しましたか? そこまで使用した記憶がないんですが」
「あーと……ログログ……あ、出た出た。スカリエッティの所から引き上げる時に回収してなかっただけだな。あっちのアジトに置いてあったから純粋な不注意だなこりゃ。あー、やっぱこうやってチェックしておくのは大事だなぁ」
「ですねぇ。今日中に補充しておく必要がありますね、これは。他に必要な物を考えまして欲しいものは―――」
シュテルがホロウィンドウをサクサク、と生み出し必要な物をリストに書きこんで行く。それを此方へと投げ、受け取ったら縮小して保存しておく。この程度だったらデバイスが無くても脳の思考領域にコピーしておけば全く問題がない。立ち上がり、コートラックまで近づいてからジャケットを取るかどうかを迷う。気温的にはそこまで低くはない―――というか既に九月に入っているのだ、ぶっちゃけると暑い方だ。
そして思い出す―――バリアジャケットなら温度調節できるから問題ないな、と。
何時も通りのバリジャケットを装着する。ほとんど普段着と変わらないのでここら辺、自分のバリアジャケットのデザインはホント便利だと思っている。電子クレジットの残高を確認してからそれに余裕があるのを確認する。片手をシュテルへと上げる。
「んじゃちょっくら買い物して来るわ」
「了解しました」
「待つでごんす」
ガバ、っと何かが背中に張り付いてくる。それがどんなキチガイ生物なのかは見なくても理解できるので、付いて来たいなら別にそれでもいいんじゃないかなぁ、と思って張り付かせたまま無視する。じゃあ、と言ってアジトの入り口へと向かおうとすると、
「うおっ、何やってんだルールー!?」
「セミごっこ」
頭を抱えながら二の句を告げなくなるアギトを無視しながらアジトの外を目指す。
◆
廃棄都市区間には犯罪者のコミュニティが存在する。隠れて仕事を斡旋する場所や、非合法の物資を売る店、隠れ住むための住居や、そういう場所が集合しているエリアが存在する。基本的に管理局はそれを”ない”ものとして扱っている。間違いなくミッドチルダのバランスの為にそれが必要悪だからだ―――ただ偶に空気の読めない正義に燃える管理局員がこういうところを襲撃したり見つけちゃったりする時もある。
―――まあ、そんなわけで犯罪者の都市、と言うものは細々とだがしっかりと廃棄都市区間には存在している。
フードで顔を隠している人や、マントで姿を隠している人が偶に裏路地を歩き、崩れそうな廃墟の中でマットを広げて商品を出している男や、地下への階段を下りれば意外としっかりとしたバーで非合法酒を売っているなんて事も存在する。管理局員で”飲み込める”様なやつであればこういう場所へは何度か足を運んでいる。表では手に入らないようなことや知りえない事がここには集まってくるからだ―――そしてそこにはもちろんデバイスのパーツや質量兵器なんてものも混ざっている。
ルーテシアと並んで歩くのはそういうところだ。既にルーテシアはここへは何度も来ている。スラムの様な状況にもなっているこの犯罪都市では少し綺麗な格好をしていると目を付けられやすい。普通に歩いていると割と突っかかられる事が多い。
この様に。
「っ、どこ見て歩いてるんだよ!」
「お前もな」
小さな子供がぶつかってきて、そのまま走り去って行く。十中八九スリなのだが、腕前が未熟だ。此方は財布を持ち歩いていないというか、電子クレジットでやり取りをしているのでスリの被害に遭う事はない―――それ以前に手を叩き落とすが。
「前は気を付けて置けよルーテシア」
「ガリューがいるから大丈夫」
振り返れば見える事はないが、ガリューもついてきているのだろう。気配だけは感じる。いつもいつもルーテシアの子守本当にお疲れ様、と全てが終わったら労ってやりたい所だ―――まあ、それは成功して、尚且つ自分たちが生き残っていた場合だ。現状俺が生き残るパーセンテージがぶっちぎりで低い。
「ねえ」
「あん?」
入り組んだ廃墟を地図を確認しながら進んで行く。地形が変わる訳ではないが、延々と同じ光景が続いている。それ故に一度気を抜いてしまえば迷ってしまうのは良くある事だ。それを回避する為に廃墟には目印があるし、地図にもその目印がマーキングされている。それを追いながら移動すればここでは空を飛ばなくても移動できる……まあ、飛行なんて一瞬で注目を浴びるので本当の最終手段なのだが。
「本当に打算も何もなしで私を管理局に保護させちゃっていいの?」
「ん? だってお前の目的ってメガーヌの蘇生ってか復活だろ? だったらゼストからレリックを回収次第、お前が此方側に残っている理由なんてねぇじゃねぇか。こっちの情報適当に引っさげて向こう行けば安泰だぞ」
「いや、そうじゃなくて」
ルーテシアが会話を念話へと切り替える。
『白天王召喚すれば大体誰にも負けないよ?』
『子供を戦力として見て組み込んで戦う大人はかっこ悪い。俺、かっこいい大人。だからお前、引っ込んでろ。オーケイ?』
『欠片もオーケイじゃないけど―――本当にそれでいいの?』
良い訳がない。ルーテシアがどれだけ貴重な戦力であるかは理解している。だがそれとは別に此方にもプライドがある。なりふり構わなければそれこそ勝てる方法はいくらでもある。だがその手段を取れるかどうか、と言うのはまた別の話だ。俺も、ゼストも、子供を限界まで酷使させることは望まない、望んではいけないと思っている。だからルーテシアはここら辺で解放するべきなのだ。
『心配するな。メガーヌは助けるし、こっそり交番に届けておくからさ』
『母さん無駄にセクシーだから薄い本みたいな展開にならないか心配』
「おいやめろ」
実の母親相手ですらこの調子なのだから、この娘は将来が心配になってくる……ただ、間違いなく彼女が此方を心配してくれているという事実は存在する。言動がエキセントリックで性根も結構ユニークというか言葉を濁したくなる惨状だが、それでも仲間意識はちゃんと存在しているらしい。自分が何かできないかを、探しているのかもしれない。だけど、
『子供は黙って馬鹿やってればいいんだよ。責任取ってやるのが大人の仕事なんだから。困ったら頼って、助けてくれるのが大人だろ?』
『えー。私も暴れたい。具体的に言うとあの変態マッドの作品を白天王でブチっと踏み潰してヘブン状態に入りたい。なるべくならあの変態の前で思いっきりぐちゃぐちゃにすると楽しそう』
ルーテシアがルーテシア過ぎて激しく何も言えない。本当にどうしてこの子はこうなったんだ。スカリエッティの所へと来た時にはまだ普通だったはずだ。やはり初期の頃のマテリアル娘共の影響を受けてしまったのだろうか。来たばかりの頃はまだだいぶエキセントリックだった記憶がある。
「ただ、大丈夫、いい子にしててあげるよ」
念話ではなくルーテシアは口を通してそう言ってくる。少しだけルーテシアの言葉の意味を飲み込むために無言になり、ルーテシアの姿を見る。バリアジャケット姿の彼女は此方の視線を受け止めるとサムズアップを向けてくる。はぁ、とその姿に溜息を吐いてから、前を見る。
『お母さんさえ戻ってくるのなら全く問題ないから良い子にしていてあげるよ。うん。だけどその後の事は知らぬ。知らぬと言ったら全く知らぬ。そう、急に発狂して白天王を脈絡もなく召喚して暴れはじめても全く問題ないのだ……』
「お前さ、一回更生施設にぶち込んで再教育受けた方がいいよな。いや、マジで」
「大丈夫。本気じゃないかもしれないから」
間違いなく本気に聞こえるんだけどなぁ、と改めてルーテシアの発言に恐怖を感じつつも、目的の品を求めて店へと向かう。
あと少しでこの少女とも、ゼストとも別れる事になる―――その時に俺ははたして悲しみを感じる事が出来るのだろうか。
ルールーがよくわからない回。作者でも割とルールーは良く解らない。何なんだこいつ。