マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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アイム・バック

 ガラスの中身は空っぽだ。そこにあるべき姿はない。

 

 故に彼女は立つ。

 

 両足で床をしっかりと踏みしめて、そしてその存在が健在である事を証明していた。床に届きそうなほど長く、ふわふわとした量の多い金髪をポニーテールにする事で纏めている。服装は下が少し余裕のある青のスラックスで、上はノースリーブの白いシャツを着ている。その姿から軽く体を捻るように動かし、それから体を伸ばす。そうやって自分の体を此方へと散々見せつけてから、彼女が此方へと歯を見せる様な笑みを見せてくる。その姿にようやくか、と心の中で酷く安堵している自分がいる。目の前に立つ女がそうやって元気な姿を見せる為に一体どれだけの犠牲と、どれだけの苦労を背負ってきたのか。

 

 それらすべてが、一気に抜けて報われた気がする。

 

「―――ただいま」

 

「お帰り」

 

 そう言って、ユーリ・B・エーベルヴァインの体を抱きしめた。俺よりも遥かに華奢な体は抱きしめると壊れてしまいそうで、俺よりも軽くて、簡単に持ち上げられてしまう。ただそんな事はするわけなく、自分よりも背の低い彼女に合わせて少し体を下げながら彼女の体を抱きしめる。確かに、求められたからこそ愛した、何て部分は間違いなくある。だけど、間違いなく俺は彼女たちを愛している。自分の意志で、心の底から抱きしめたいと思える程に愛している。だからこうやって救えたことを何よりも嬉しく思う。

 

 うん、正直自分でもどうかと思うぐらいには舞い上がっている。なぜならようやく、ようやくなのだ。今まで見たかった光景の一つが、数年越しにようやくここに揃ったのだ。そう考えると胸に熱いものがこみあげてくるが、ここら辺は男なので頑張って飲み込んでおく。だけども、それでも此方の気持ちは伝わっているらしく、仕方がないですね、とユーリが溜息を吐きながら抱き返してくる―――その吐息が嬉しそうなものであるという事は見逃さない。

 

「これで命を助けられるのは二回目ですね、イスト。あの時、あの研究所で目を覚まして、貴方に助けを求めたのが間違いではないと確信しています。本当に、本当に貴方に会えてよかった。ありがとう」

 

「んな事言うなよ。ほら、俺って良い男だからさ、お前らの事が好きで大好きでしょうがないからさ、そりゃあ助けなきゃ駄目だろう。愛しているんだから」

 

 馬鹿ですね、とユーリは少しだけ笑いながら、腕の中から視線を上げて、此方の目を見る。俺と同じ琥珀色の瞳で此方の目をしっかりと見て、捉えながら、馬鹿ですね、と再び言ってくる。あぁ、確かに大ばか者だよ俺は。ユーリの言葉に同意するしかない。

 

「私達って物凄いどうしようもない女なんですよ? 基本的にデフォルト設定で愛が重いですし。無駄に強いから逃げる事はできませんし。意志も強いので諦める事も折れる事もありませんし。ぶっちゃけ適当な所で捨てちゃえばよかったのに。こうやって最後まで面倒を見ようとするから。ずっと一緒に居ようとするから。助けようとするから。大事にしてくれるからこんな風に見事にめんどくさい女になってしまいましたよ。どうしてくれるんですか……って責任取ってくれちゃったんですよね。そうですよね、そう言う人ですもの貴方は」

 

 だから好き、と言って唇を合わせてくる。

 

 後ろでもぞり、と気配を感じて、軽く振り返ればルーテシアが部屋の入り口から部屋の様子を眺めているのが見える。この娘、物おじしないなあ、と思いつつ、ルーテシアから視線を外して、ユーリへと視線を戻す。彼女も見られているという自覚はあるだろうに、それを一切気にすることはしない。……まあ、本当にこうやって心配する事もなく話し合えるのは数ヶ月ぶり以上の事なのだ。もう、今だけは少し見せつける感じでも許してほしい。

 

「友達、捨てましたね」

 

「昔の友達……何人か殺しちゃったな」

 

「たくさんたくさん裏切っちゃいましたね」

 

「外道の極みだな。ティアナとか泣いているだろうし、なのはも信じてたし、はやてもああ言って、最後まで俺が裏切らないって信じてたと思う。でも結局の所全部裏切っちゃったよ。古巣も、親友も、期待も全部」

 

「ほんと、馬鹿ですね。ですけどそう言う馬鹿に惚れた私はもっと馬鹿で、そしてどうしようもないんだと思います。友も居場所も全部捨てて女を、愛を取る様な人間の事を馬鹿って言うんでしょうが―――でもそれでいいんです。そんな貴方を愛していますから。そんな貴方を愛せてよかった。ありがとうございますイスト。私は私の命が助かった事よりも、貴方に救われたという事実に喜びを得ているんです。あぁ、何て罪な人。私をこんなに堕としちゃって。もう貴方なしでは生きていけないんです」

 

 ならどうするんだ。

 

「愛し返します。私が愛した分だけを返してくれると言うのであれば、その分を貴方に愛し返します。私の全てで、存在で、魂で、愛しますよ。貴方の敵が私の敵です。貴方を害する全てを私が粉砕します。だからただ、今までの様に、私を愛し続けてください。それだけで私は無敵でいられますから。馬鹿な女は馬鹿な男と一緒に居るしかないですからね―――これからの馬鹿には一生ついていきますよ」

 

 そいつは―――素敵だ。

 

 

                           ◆

 

 

 アジトのリビングルームには全員の姿が揃っている。テーブルを囲む様に設置されているソファにはシュテル以外の全員が集まり。その横に巨大なホロウィンドウを広げて、シュテルが立っている。やる気なのか珍しくシュテルは眼鏡をかけて知的アピールをしている。膝の上で抱きしめる様にユーリを乗せて、ホロウィンドウ前のシュテルへと視線を向ける。ソファに腰掛けている他の全員も同じく、視線をシュテルへと向けている。

 

「では皆さんこんにちわ、当陣営の参謀、および軍師役のシュテル・B・スタークスです。これより行うブリーフィング、会議の進行役をやらせていただきます―――と少々真面目にやってみたところで全員身内ですからそこまで真面目にやる必要はないんですよね。あ、この眼鏡はもちろん伊達メガネですから。どうですかイスト、そそりますか。あ、そんな顔をしないでくださいよ王、ちゃんとやりますから」

 

 ともあれ、とシュテルが言ってから手を振ると、空っぽだったホロウィンドウに新たな表示が出現する。それと同時に此方にも確認用にも小さなホロウィンドウが出現する。ユーリの肩越しにそれを眺めつつ、確認する。表示されているのはミッドチルダに住んでいる人間なら絶対に一度なら見た事のある建造物だ―――即ち地上本部だ。

 

「スカリエッティの次の行動は把握しています。と言っても概要だけですが。彼らの目的は”宣戦布告として地上本部を襲撃する”事です。同時に首都の防衛機能のマヒも狙っていますね、たぶん。これ以上はスカリエッティ本人に話を聞かなくてはどうにもなりませんが、地上本部へ何らかの目的をもって、”陸”の機能を停止させることが目標だと思われます。はい、では質問は?」

 

 ルーテシアが手を上げる。ゼストの肩の上に載っていたアギトがそれを見ただけでつぶやく。

 

「なんでルールーが元気良さそうだと嫌な予感しか感じないんだ」

 

「しいて言えば経験ではないじゃないでしょうか」

 

 イングの的を得た言葉にアギトは膝を抱えて丸まるしかなかった。ただルーテシアはそれを完全に無視して、

 

「先生、旦那さんはヤる事をヤ―――」

 

「はい、では話を進めますねー」

 

「お前は空気を読めルーテシア。頼む。頼むから」

 

 ゼストの切実過ぎる願いにルーテシアは首をかしげ、腕を組み、そして再び首をかしげる。こいつ絶対解ってるけどそれを表情に出そうとしない。どうすればいいんだこれ。

 

「私達の子供の頃を思い出させるようなキチガイパープルは無視するとしまして、まあ我々というかゼストの目的を果たす為にはこの日が一番都合がいいので、行動をすることとします。ゼストの目的はレジアスとの接触ですから私達は純粋にそれをサポートする事だけを考えればいいです。地上本部の意見交換会、この日は警備も厳重ですが、同時に管理局の要人が一箇所に集まっている日でもあります。ここの襲撃に成功した場合、それだけの実力がある存在として人々の目には移りますが、まあ、そこはどうでもいい話ですよね」

 

 ホロウィンドウの内容をシュテルは手の動きによって変化させながら、表示させるデータや写真、内容に変化を加えて、此方で話を把握しやすい様に変化させてゆく。

 

「私達の目的はゼストをレジアスの所へとぶち込む事です。これに関してはオーケイですね?」

 

 シュテルがゼストへと視線を向けると、ゼストがうむ、と言いながら頷く。そう、目的はとてもシンプルでゼストをレジアスの所へと送りつける事だ。それだけでゼストの目的は果たせる。普段通りの地上本部の時にレジアスの所へとゼストを送れば、まず間違いなく機動六課の横やりと、そして地上の防衛部隊が邪魔に入るが、

 

「私達はスカリエッティの動きを利用します。本来地上本部は何十何百もの魔導師が存在する超高難易度攻略スポットです。ストライカー級が全体の5%以下だとして、海や空に優秀な魔導師を引き抜かれているのも真実だとしまして、それでも数百を超えるBからAAランクの魔導師がゴロゴロと存在しています―――それを考えると隠密能力のないゼストをぶち込んでもソッコーで仏がリアル仏になってしまうので、オススメはできません」

 

「シュテるんシュテるん? オブラートに包もうよ」

 

 シュテルは事実なので無理ですと言いつつ、頭の上にわっかの描かれているゼストの絵をホロウィンドウに出現させる。何気にゼストがデフォルメ化されていいて、絵の完成度高いので呆れる前に少しだけ感心している自分がいるのが嫌だ。ともあれ、とシュテルが言って続ける。

 

「スカリエッティが襲撃をするという事は絶対に賭けではありません。アレはむしろ堅実性を取って”詰める”タイプの研究者ですから。ですからスカリエッティには本部を陥落させるだけの戦力があると仮定しまして、私達はスカリエッティの生み出した混乱に乗じて動きます。勿論少数で。目的を考えれば最大四人まで、といったところでしょうか。それ以上は目立ちすぎるので却下ですね」

 

 ふぅ、とシュテルが息を吐きながら言葉を一旦止める。その間に今までの話をホロウィンドウ内のデータを確かめながら確認する。つまりスカリエッティが地上本部を襲撃する。そしてスカリエッティはそれをする目的と戦力がある。故にそれに乗じてゼストの目的を達成する。シンプルに話を纏めればこうなる。ただそこに色々と不確定要素は出てくる。

 

 スカリエッティの戦力の正体、地上本部側の防衛戦力、そしてスカリエッティの目的だ。

 

 貰ったデータにはスカリエッティが何時、どこを襲撃するか、そして本部側のある程度のデータしかもらっていない。それ以上の義理も義務も相手には存在しないからだ。だからそれ以外の事に関しては此方で考える必要がある。ただ考慮すべきなのはレジアスが、地上のトップがスカリエッティのスポンサーの一人である、と言う事実だ。そこに何らかの事実が隠れているのだろうが。

 

「とりあえずルートとかの話はまた後日詰めて行きますが、まず我々の第一目標を忘れないために原則として戦闘行為は最低限にとどめます。戦う事よりも逃げる事を優先してください。ただ間違いなく逃げる事が不可能なレベルの相手が出現する場合がありますので―――」

 

 そこでシュテルは一旦区切りながら、邪悪な笑みを浮かべる。

 

「―――最強メンバーのイスト、イング、ユーリをゼストに付けます。あ、ナルとアギトは常時ユニゾンしておいてください。人数にはそれでカウントしないので」

 

 ルーテシアがはい、はい、と元気よく手を伸ばす。

 

「すいません、私の出番がないです。私も白天王を唐突に召喚して地上本部を踏み潰したい」

 

「滅ぼすのが目的じゃないつってんだろ」

 

「座ってろ」

 

「引っ込んでおれ貴様」

 

「お静かに」

 

「愛が痛い」

 

 バンバンとテーブルを叩いてアピールしてくるルーテシアを軽く宥めながらこいつマジでどうしようもねぇ、と溜息を吐く。ただ、シュテルの言った通りの三人であればどんな状況であれ、間違いなく最大の戦果を得る事が出来る。レヴィとディアーチェが完治していない事と、シュテルが閉鎖空間における戦闘に向いていない事を考えるとこの面子が最善の布陣だろう。

 

「復帰早々激しく運動の気配ですがユーリちゃんここに超復活と言う事を証明する為にラスボスっぽくフルドライブのエンシェント・マトリクスをレジアスにぶち込めば良いんですね?」

 

「レジアスが蒸発するから止めろ。あいつ、昔からダイエット失敗するぐらいに運動は苦手なんだぞ」

 

 激しくどうでもよく、そして知りたくもなかった事実だった。レジアス・ゲイズの肥満体である秘密ここに暴露―――うん、激しくどうでもいい。たぶんゼストも言っていてどうでもよかったに違いない。

 

「ともあれ、これが終わればメガーヌの復活に必要なレリックが入手できます」

 

 そして、うん、とルーテシアが頷く。

 

「―――私が”保護”されればいいんだよね?」




 復活のラスボスその1。復活しないと思っていた方々、ちゃんと復活しますよそりゃ。

 ともあれ、あと数話ですな、地上本部襲撃まで。

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