―――結局の所、オリヴィエはクラウスを間違いなく愛していたのだと思う。少なくともクラウスを”飲み干した”者から見れば二人が愛し合っていて、それが一部の隙もない事実であったことは間違いない。ただ両者には立場があった。クラウスには騎士として、貴族としての立場が。そしてオリヴィエには聖王家の人間としての、国を守るための立場と義務が存在した。自分が知っている限りのベルカの状況は最悪だった。そしてオリヴィエにはそれに応えるだけの実力と義務があった。だから聖王家としての責務を果たす為にオリヴィエは戦った。ベルカは救われ、そして聖王教会が出来た。実に感動的な話だ。美談だと言ってもいいが。クラウスとの恋を考えるのであればまず間違いなく悲恋だ。だが民衆はそういう話が好きでたまらない。だからそういう話ばかり有名になってしまう。少なくともオリヴィエの話はドラマになる程有名で人気のある話だ。
だがこれがそれだけで終わればただの悲恋で終わってくれた。世の中はそう簡単に終わってくれない。―――いや、正確に言えばクラウスもオリヴィエもそう簡単に終わらなかった、と言う方が正しい。クラウスを経験してからこそ理解した。アインハルトに流れるあのクラウスの記憶は、遺伝子に刻まれたクラウスの後悔だ。嘆いても嘆いても止まる事の無かったクラウスの悲しみ、後悔、それが魔力と合わさって遺伝子に刻み込まれてしまった。故に血が濃ければ濃い程、クラウスに近ければ近い程それは完全な記憶となって蝕んでくる。幸いと言っていいのはアインハルトが持って生まれた事だ。彼女は持って生まれた―――つまりはアインハルトの人格はあの強い、クラウスの記憶の上に建てられているのだ。俺の様に苦悩する必要も悩まされる必要も、打ち勝つ必要もない。最も自然な状態にあるのだ。
なら、ヴィヴィオはどうなのだろうか。
それは、見極め終った。答えは出た。夢からは覚めた―――現実は優しく迎えてくれない。何時だって優しいのは夢で、それを振り払うところから現実は始まる。左腕に抱くヴィヴィオの感覚に彼女が本物である事を認識し、迷う事無く機動六課の奥へと進む。音も気配も殺して、そして誰の視界にも、監視カメラにも止まらない様に動く。左腕に抱かれるヴィヴィオは察してくれているのか一切声を上げず、顔を胸に埋めて静かにしていてくれる。―――この子は子供のように見えていて、その実は物凄く賢い。本能的に悟って、そして覚えている。
この子は―――オリヴィエだ。その原型。このまま育てば間違いなくオリヴィエになる。今はまだ幼い子供だからヴィヴィオなのだ。数年もしない内にオリヴィエになる。アインハルトとは違う。このヴィヴィオは”あの”スカリエッティが流出させたプロジェクトFの技術によって生み出されたほぼ完ぺきなクローンだ。今はこうであっても、段々とオリヴィエと変わって行くのはもう見えている。それは俺でも、そして……アインハルトでも感じられる事だ。
「ここだな」
ヴィヴィオをおろし、扉の前に立って、今まで使っていた魔法を解除する。簡易型だがステルス術式―――隠密行動用のそれだ。それがこの機動六課内でどれだけ意味があるかは解らないが、使わないのよりはマシに決まっている。
到着した場所は機動六課の奥、その地下。危険物保管庫―――つまりは機動六課の活動中に入手したロストロギアを保管する部屋。セキュリティはこの六課全体を通して一番高くなっている。道中カメラやセンサーを何度も確認している―――その全てを突破しているわけだが。
鉄で出来て、物理と魔法の二種類の鍵によって扉は閉められている。これを突破するのであれば鍵が必要だが、それを自分が持っている訳がない。この一週間で鍵をそれとなく探してみたが見つかる事もなく、結局は何時も通りの方法となってしまった事に少しだけ、残念に感じている。もう少しスマートにやればこの後もクリーンに出て行くことができるのだろうが。が、無い物強請りはできない。”足りない”のは何時もの事だ。であればやる事は何時も通りシンプル。
殴って耐えて進め。
その為に拳を作り、
「―――探し物はこれか?」
そして横、通路の奥から此方へと向けられる声を聞く。通路の入り口の方へと視線を向ければ、機動六課部隊長八神はやての姿がそこにはあった。六課制服のまま、両腕を組んで立つ彼女の手の中には赤い宝石が―――レリックが握られていた。振り上げた拳を降ろし、この時点で半分以上詰んでいる事実に気づく。やはり、俺は頭が悪い。
「泳がされてたか」
「正解や。なのはちゃんとかはマジで信じていたけどな。私は部隊長として、皆の命を預かる立場として一パーセントでも可能性が残ってるんなら疑わなきゃあかんのや。だから記憶が戻ったら―――なんて可能性が残っている間は常に監視させてもらったで」
そう言うはやての肩の上にゆっくり、しかし悲しそうな表情を浮かべたリインフォース・ツヴァイの姿がある。彼女の姿を見て納得した。なるほど、と。ツヴァイとの遭遇回数が少なかったのは、彼女が此方を見えない所から監視していたからなのだろう。ザフィーラの監視はブラフ、本命はツヴァイ、もしくはサポートに慣れているシャマル……なのだと思う。そういやぁ昔から一番読めなかったのははやてだったことを今更ながら思い出す。
「さて」
はやてがレリックを掴み、そして視線を此方へと真直ぐ向けてくる。
「言い逃れは出来へんで。ゲロってもらうで」
「―――他には誰もいねぇのにか?」
素早く隊舎内の気配を探る。そこからは一切なのはやシグナム、フェイトといった超一線級魔導師の気配を感じない。感じられるのはザフィーラだけのだが、ザフィーラも少し離れた位置にいる。此方に来るには少なくとも十数秒必要とする。ザフィーラが動き出した瞬間に此方が動けば十分逃亡可能だと判断する。
「―――牽制とか腹の読みあいとかこの際抜きにしようや」
頭の中で戦力を組み立てる此方に対して、はやては唯一の出口をふさぐように立ち、そして口を開く。
「―――場合によっちゃあこれ、渡してもいいと思うてるんやで?」
そう言ってはやてが此方に見せるのはやはり、レリック。六番目のレリック―――即ちユーリの延命に必要なレリックだ。それを見せつけながらはやては渡しても良いと言ってくる。それは、なんと言うべきか。非常に困る。ぶっちゃけ交渉の類はシュテルやディアーチェが一瞬で俺の事を追い抜いたので全力で放り投げている。一番苦手な領域だ。
「くらうす……」
足に後ろから抱きついてくるヴィヴィオには視線を向けず、視線をはやてに向ける。レリックが手に入るのであれば文句はない。ただ常にザフィーラの存在と、それ以外ここに近づく存在に対して常に気をはっておく。ただ、問題なのははやての声に偽りがない事だ。だから催促する様な視線を無言で送る。
「ズバリ言うで―――スカリエッティとは敵対しているな?」
「あぁ、そうだな。少し前に必要なもん全部奪ったからな。今は、敵対関係だ」
「ならここは妥協せえへんか? スカリエッティに対する協力的行動をとればこっちである程度もみ消せる。理由は解らへんけど、このレリックが必要なんやろ? ―――誰かを助ける為に。いや、おそらく家族の誰かを。そうじゃなきゃイストがここまでハッスルする意味はあらへんからな。此方側に就くんだったらこれ、やるで」
その言い方はどうかと思うが、間違ってはいない。スカリエッティとは敵対している。レリックは欲しい。罪状が軽くなるのであれば悪くはない話だ。はやての口からこの提案がなされる事には正直驚いたが―――悪くはない話だ。だから、
「レリックを渡す代わりに下れ、と?」
「せやな」
「敵の敵は味方だって?」
「この状況ならそうやなぁ」
「―――残念だけどそうは行かないんだよはやて。確実にスカリエッティを仕留めなきゃお前らと組むことは不可能なんだよ。残念ながらな」
「ッ、……なんで言えるんや」
それは此方だけが知っていて、そしてはやてが知らない事実だ。いや、知ってはならない類の事実だからこそ、彼女がそのままであれば知る事はなかった。迷う。これを本当に伝えて良いのか。はやてに伝えてしまってもいいのかを迷うが―――一瞬の事だけだ。結局の所六課と家族と、そして戦友との約束を天秤にかけると、どうしても六課の方が軽くなってしまう。だからこれは、言うべき事なんだろうと判断し、口を開く。
「はやて、お前スカリエッティのスポンサーがどこか知ってるか」
「管理局の高官やろうな。今ん所怪しいのは地上の―――」
「―――最高評議会だ」
「……は?」
「―――待ってください」
声を漏らして呆然とするはやての代わりに声を漏らしたのはツヴァイだった。はやてが驚愕の表情を浮かべる隙にデバイスの能力と判断力で処理したのだろう、彼女は表情を素早く変えて此方へと視線を向けてきている。
「つまり管理局最高評議会がジェイル・スカリエッティのスポンサーだと言うんですか!? それは―――」
「あのスパゲッティ野郎は笑いながら教えてくれたぜ? 自分はあの狂った老人どもに生み出されたって。ま、全部じゃなくて一部だけどな。人間、脳味噌だけになっても欲だけは尽きないらしい。その姿勢を”無限の欲望”は尊敬していて何時か殺してやるって宣言してたさ―――あぁ、つまりなんだ。最高評議会、何とか出来なきゃ機動六課潰されて俺達捕まって処刑されておしまいだぜはやてちゃん。フェイトちゃん悲しむだろうなぁ、なのはちゃんエリートコースから転落だなぁ、はやてちゃんもヴォルケンと離ればなれになっちゃうなぁ。……まあ、土曜のワイドショー向けのニュースになるんじゃねぇか」
スカリエッティが最高評議会に対して明確な背信を行っていない限り、彼らはスポンサーとしてスカリエッティを守ろうとする。それがスカリエッティが牙をむくまでの最強の武器だ―――即ち管理局そのもの。スカリエッティが一言、一言だけ最高評議会に言えばいい―――そうすれば脳味噌だけとなったあの老害共は本気で狩りに来る。そしてその場合は勝ち目は存在しない。管理局と言う強大過ぎる組織を相手にして勝てる存在などこの次元世界には存在しないのだ。
だから今の俺達は綱渡りをしている状況だ。
スカリエッティを本気にさせないように立ち回りつつ、スカリエッティから逃げる。少なくともスカリエッティが最高評議会を宣言通り始末するまでは、此方は自由に動く事も、逃げる事さえできない。逃げたとしても牙をむかない保証はない。そんな考えから相手は此方が死ぬまで追いかけてくるだろう。
逃げ場なんてない。
和平なんてありえない。
アイツらか俺達か、どちらかが消えるまで誰かと組むなんてことはありえないのだ。
「―――敵の敵は敵だ」
「なら―――」
はやては視線を持ち上げた。
「もう少し、もう少しだけここにいて貰えんか? あと少しでいいんやそれで此方も―――」
「悪いな。時間切れだよはやて」
前へ素早く踏み出す。次の瞬間にはユニゾンし、バリアジャケットを纏ったはやての姿が出現する。その手には書と杖、二つの武器が出現する。だがそれを構え、魔法を発動させるよりも早くはやての腹に拳を叩き込む。その体が衝撃に曲り、それを逃がすわけでもなく離れそうな体をもう片手で掴み、吹き飛ぶのを無理やり抑え、衝撃も殺す。心臓を一瞬だけ圧迫し、はやてに魔法を準備する余裕を叩きだす。
「お前、俺を疑っている癖に最後の最後まで信じようとして甘すぎだろ」
「甘くて……何が悪いんや。信じていて何が悪いんや。馬鹿、身内なんやで……? 信じない方が馬鹿やろ……」
殴られた衝撃でデバイスを両方とも手から落としつつも、はやてはそんな事を答える。その言葉は嬉しい。嘘ではない、嬉しく思っている。だが、それでも駄目なんだ。はやての事を思うのであれば、機動六課の事を思うのであればここにいてはいけない。俺も、ヴィヴィオも、だ。今までスカリエッティがちょっかいを掛けてこなかったのは忙しかったから―――もしくは遊んでいたからだ、だがこうやってガジェットを出してきた以上、本腰を入れる予定だろう。
だとしたらここがリミットだ。
「悪いなはやて―――俺はスカリエッティに売ってオリヴィエを殺すよ」
はやてが動く。
「ッ! リイ―――」
「ごめんな」
はやてが言い切る前に素早く首を絞めてはやての意識を落とす。次の瞬間にユニゾン状態が解除され、リインフォース・ツヴァイが出現する。だが体が浮かびあってくるのと同時に、その首の裏に一撃を叩き込む。あっ、と短い声を零しながらツヴァイは何かをする暇もなく、そのまま床へと落ちて行く。その姿が床に落ちたのを確認してから、はやてのバリアジャケットのポケットを調べ、レリックを回収し、それが六番目である事を確認する。ゆっくりとはやての体を床へ降ろし、レリックをポケットにしまいこむ。
……これで、ようやく始められるな。
―――マテリアルズの再誕を。
「さ、行こうヴィヴィオ」
「うん」
ヴィヴィオが後ろから走って追いついてくる。その姿を左腕で抱える。あと数分もすればザフィーラが異変に気づくだろう。その前にこのお人好しの隊長が率いる隊から離れなくてはいけない―――まあ、リップサービスは十分にした。ここからどう動くは、あとははやて次第だ。
目には目を、歯には歯を。
ヴィヴィオを抱えながら地下を抜けて、再び日の当たる六課の隊舎、地上部分へと戻ってくる。まだ警戒態勢なのか隊員達の姿はない。逃げるのであれば今の内だ。そう思い、入り口へと向かって踏み出そうとしたところで、見覚えのある姿が道を阻むように立っていた。
「―――師父どこへ、という問答は無粋になるのでしょうか」
アインハルトが道を阻む様に立っていた。邪魔するわけではない。戦意も闘志もなく、ただそこへ立っていた。―――まあ、なんだかんだで彼女は俺の弟子、俺の愛弟子なのだ。だとしたら、
「どうやら馬鹿は死ななきゃ治らないらしい。記憶をなくした程度じゃどうにもならなかったよアイン」
「そのようですね師父。その姿を見ていると大体察せます」
アインハルトはそう言うと一歩、二歩前へと出て―――そして抱きついてくる。
「今度は四年何か時間開けないでくださいね。全部、決着付けるつもりなんですよね? ご家族の事、自分の事―――覇王と聖王の事」
この少女はおそらく、俺と同じものを見ている。俺と同じものが見えている。だから、俺の考えが大体わかっている。抱きついてくる姿の頭を撫でて、そして体を離す。そのまま振り替える事無く、アインハルトの横を抜けて先へと進む。
「さようなら師父。さようならヴィヴィオさん―――頑張ってください。今の私にはそれしか言えませんから。ここから全てが無事に終わって帰ってくるのをお待ちしています。その時はまた―――」
さようならアインハルト―――また生きて逢えたらどんなに良い事なのだろうか。
そんな事を思いつつ、機動六課から、その隊舎から出て、離れる。
もう振り向く事はしない。それは未練になるのだろうから。
もう、二度と来る事はない隊舎に背中で別れを告げて―――改めて生きるための道を始める。
ここからが、本当の始まりだ。
はやてちゃんは腹黒くて、先の事を考えていて、頭はいいんだけど―――その代わりに身内に対してはゲキ甘というか、若干依存している所とかあると思うのよね。ヴォルケンへの接し方とかA‘sあたりの背景を考えると。そんなわけで追い込むまではいい、だけど身内だから最後まで信じたいから、という感じかなぁ、と個人的には思ってたり。
ともあれ、9章めちゃくちゃ長くなってきたから9章を全編後編で分割するべきか悩む。
あ、あとアインハルトは綺麗な幼女です。どっかの汚い幼女とは違うんです。