マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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マッドネス・アンド・コンフリクト

「―――チェックメイトですね」

 

 ゆっくりと手をあげる。それは降伏の意志を見せる為だ。下水道を抜けてミッド中央の端へ、下水道の外へと出てきたのはいいが―――出口は壊滅していた。まるで高温で何もかもを薙ぎ払ったかのような、片っ端から蒸発させたかの様な焦土が姿が見せていた。思わずバインドの応用で運んできていたエリオとキャロを解放し、後ろの大地へと落としてしまう。

 

 生きている人間の姿は一つもなかった

 

 たった一人、紫色のバリアジャケット姿の魔導師の存在を除いて。

 

「シュテル……」

 

「えぇ、どうも。貴方の知り合いのシュテルです。あだ名はシュテるんで特技は炎熱変換した砲撃で相手を蒸発させる事と家計簿をつける事です。あ、あと最近少し通販にもハマってます」

 

 どこの主婦だ。

 

 そんな事を言ってふざけたいが―――そんな事も出来ない。ここで待機していたはずの陸士隊はシュテルに全員殺された。ヘリの合流ポイントであったはず場所はもう少し離れている。自分はまだいい。だがスバルは怪我をしている。エリオとキャロはまだ気絶している。唯一元気なフリードは全てにおいてシュテルに劣っている。この状況でシュテルとぶつかってしまったのは最悪の一言に尽きる。ルシフォリオンを片手で握り、それを大地へ突き立てる堂々としたシュテルの姿には一切の気負いも油断も慢心もない。おそらく正確に此方の状況と戦力を計り、そしてどう足掻いてもシュテルには敗北がない事を理解している。

 

 どうする?

 

 タスラムなら強引に非殺傷設定を解除できる。殺傷設定で戦う事も出来る。自分達新人に殺傷設定が使用できないようになっているのは、殺傷設定を使った場合相手が”絶対に殺しに来る”からだ。非殺傷で戦えばまだ見逃してもらえる可能性が存在するが殺し合いになればその可能性がまず消える。だからこそ非殺傷設定でしか戦えない様になっているが―――タスラムはクラスの高いデバイスだ。熟成されたAIと経験が存在し、仕掛けられたプログラム程度解体できると自覚している。だから殺傷設定で魔弾を叩き込めば……一撃で倒せるかもしれない。あくまでも可能性。前、なのはが回避した上で握りつぶした光景を思い出すと、この相手が同じことをできてもおかしくないようには思える。そしてそれが可能であった場合、まず間違いなく死ぬ。殺される。だって、

 

「―――私は絶対に手加減しない。私達の芯はブレない。だから元友人であろうと絶対に手加減はしませんし邪魔であれば普通に殺します。だから殺傷設定を解除して戦った場合、絶対に殺される―――思考しているのはそれぐらいですか?」

 

「ッ」

 

 思考している事をあっさりと読まれたが、シュテルは呆れた表情で何を言っているんですか、と溜息を吐きつつ言う。

 

「指揮官が読まれる様な思考をしてどうするんですか。読まれるんだったら読まれる事を前提に行動してください。未熟なんですから戦術も戦略も上回られる事を前提にしてから初めてスタートラインに立てますよ? まあ、私は王やレヴィと比べると比較的に優しいので忠告はしておきますし慈悲は与えます。ウチの旦那は一度決めたら突っ走りますけど悲しむぐらいの人情は残っています。ですので強引な方法に出る前に実に文明的な方法でこの問題を解決しましょうか」

 

 そう言ってシュテルは”文明的”解決方法を口にした。

 

「エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエは見逃してあげます。隠し持っている六番目のレリックと聖王のクローンを置いて行きなさい。大人しく従えば生きて帰る事も、これ以上追撃しない事も約束します。その二つが手に入ればもう撤退しますので」

 

 そう簡単に言ってくれるが、それを飲むわけにはいかない。何せこの二つが管理局員として、機動六課の隊員として確保しなくてはいけないものでもあるのだ。それをみすみすシュテルに渡したらまず間違いなく無能の烙印を押される。だが現状、状況はやっぱり詰んでいる。逃げようとしてもできない。幻影を使ってもおそらくシュテルはそれを一発で見抜いて突破してくる。”そういう”魔導師だと彼女の事は思っている。というかなのはと同DNAってだけで凄まじい絶望感が漂ってくる。勝てないという考えが脳を支配する。あの砲撃魔のDNAが存在する相手……やはりけた違いだ。絶対にラスボス枠に違いない。こんな化け物に勝てるわけがない。

 

「何か物凄く失礼なこと考えていませんか」

 

「実は結構」

 

「ぶち殺しますよ」

 

 実際戦闘したら確実に殺される事で決着するだろう。というよりそれ以外の未来がこの戦力差では存在しない。なるべく会話して時間を引き延ばそうとしているが―――シュテルもそれすら考慮しているだろう。というよりシュテルは確実に増援がやってくる前に此方を片付けてほしいものを奪ってゆく。だから今だ、今しかない。今ここにあるもので何ができるかを考えるしかない。隊長達の到着前に確実に此方を葬って来るであろう相手にどうやってレリックを、そして少女を確保したまま勝利するか。

 

 横目でスバルを、フリードを、気絶しているエリオとキャロを見る。スバルは……黙っているが動けるのは解っている。此方がスムーズに話を進められるように黙ってくれているのだ―――この忠犬属性め。フリードは盾になるという事はキャロがフェイト相手に実証していたが、肝心のキャロとエリオは気絶したままだ。割と粗っぽく運んできたのでもうそろそろ起きてもいいのだが、まだ起きる気配はない。自分の手札はタスラムとクロスミラージュを合わせて少々、スバルを無理やり動かす事を考えれば……まあ、戦えない事はない。

 

 絶望的に未来が存在しないが。

 

「で、あと30秒ほどで決断しなければ跡形も残らなく蒸発させますが遺言か降参の意志があるのであれば早めに」

 

 声に一切嘘の色がない。シュテルはこっちを本気で殺そうと考えている。その事に恐怖を感じはしない―――おそらくレヴィの時にこの人たちはあの時から一切変わっていないと理解してしまったから。目的の為にブレない、変わらない、信じる。自分の選ぶ道が間違っていても最後の最後の瞬間まで信じ続けて全力で走り抜く。そういう狂気にも通じる、信仰にも通じる精神力。精神的超人達。

 

 ―――この状況で何故か先日の模擬戦を思い出す。

 

 スバルと二人でなのはに挑んであっさりと敗北してしまった件。あの時いったい自分には足りなかったのか―――それをなのはや、そしてレヴィやシュテルを見ているとなんだか見えてくる気がする。だから、決める。

 

『スバル』

 

『決めた? どう動けばいいの?』

 

 親友が迷う事無く此方が応戦すると言う意志を汲み取ってくれる。さっきから背中しか見せていないのに。なのに此方が諦めないと最初から信じている。……その純粋さが羨ましい。だけどそれぐらいのストイックさが必要なら……うん、少しだけ頑張ってみようと思う。念話をスバルへと届ける軽く考えたプランをスバルへと語りながら確固たるものへと変え、

 

 クロスミラージュを背後へと投げる。

 

「抗いますか」

 

 迷う事無く、初めて使うその機能を作動させる。

 

「―――フルドライブモード……!」

 

 瞬間全身を激痛が走る。まだ耐えきる事の出来ない負荷に体が悲鳴を上げるが―――これぐらいやらなくては少しの間、持つことすらできない。だからフルドライブモードを発動させ、タスラムを銃剣型の姿へと変化させ―――そして前へ踏み出す。真直ぐ正面、シュテルへと向かって。その様子にシュテルは驚愕を浮かべる事無く、此方の動きよりも早くデバイス、ルシフェリオンを向ける。

 

「ディザスターヒート」

 

「行くよティアッ!」

 

 ノータイムで放たれてくる砲撃、それと自分の間に遮る姿が出現する。

 

「―――きゅ!?」

 

 スバルが投げたフリードだ。ドラゴンなんだし火耐性はあるんじゃないかという発想。是非とも頑張ってほしい。たぶん大丈夫。たぶん。今も目の前でシュテルの熱砲を受けて無事でいるし問題はないと判断する。だから、フリードを盾に、左手でフリードを掴み、それを押し込む様に前へと突き進む。

 

「案外外道ですね」

 

「そっちに、言われたく、ないです……!」

 

 砲撃が切れる。その瞬間に目を回しているフリードを投げ捨てて更に前へと出る。銃剣をコンパクトな動きでシュテルへと向かって突き出す。フルドライブモードで強化された身体能力、知覚能力、それがこの先の展開を一足早く予測させてくれる。―――即ちシュテルの回避。僅かに体を動かす事で回避し、シュテルがルシフェリオンを振るう。

 

「後ろからですね」

 

 砲撃が放たれると同時に幻影で隠したスバルが背後から奇襲する事をシュテルは完全に見抜き、そして此方には対応せずにルシフェリオンの石突を背後へと叩きつける。スバルが反応できる速度よりも早くそれは叩き込まれ、幻影をうち破りながらスバルの体を飛ばす。だがその瞬間には自分が前に出る。もはやなりふり構わない、と言う動きで、

 

 シュテルへと跳びかかる。

 

 流石にそれは予想外だったのか、シュテルが驚愕の表情を浮かべる。だがその後の判断は早く、素早い動きで体を捻りながらルシフェリオンを振るおうとしてくる。だがその動きが途中で止まる。シュテルが振り返り―――そしてシュテルがルシフェリオンにしがみ付く存在を目撃する。

 

「ど根性ぉ―――!」

 

「本当になりふり構っていませんね」

 

「そりゃあもう!」

 

 スバルが血反吐吐きながらルシフェリオンを鈍らせたおかげで一瞬だけ、シュテルへと接近する瞬間がある。死兵戦法。仲間を犠牲にすることが前提の戦略。戦力的に見ればどう足掻いても戦闘をこなせるコンディションではないスバルと元々存在するだけ無駄だったフリードが活躍出来たので上々、と言ったところだ。友人としてはスバルを使い捨てる様な方法に少しだけ心が痛む。

 

『ごめん!!』

 

『何時も通ーり!』

 

 ―――だがこれを乗り越えさえすれば確実に勝てる。そう確信している。いや、そう信じなくてはならない。そう信じて実行している。

 

「これは、ショックの分とか諸々―――!!」

 

 タスラムを握ってない左手で拳を作り、それをシュテルの顔面へと叩き込む。それをシュテルは避けなかった。頬を打撃し、シュテルは受け入れ、そして軽く血の混じった唾を吐きだし、ルシフェリオンを振るう。それにしがみ付くスバルを軽々と吹き飛ばし、そしてその動きのままルシフェリオンの薙ぎ払いを胴体へと叩き込んでくる。それを踏ん張って耐える。その状態から銃剣を叩き込もうとし、

 

「今の一撃は義理で受けてました。なので、遊びはここまでです」

 

「がっ―――」

 

 そのまま薙ぎ払われ、吹き飛ばされる。大きく吹き飛ばされ、そして大地を転がり、そこから体勢を整え直す。吹き飛ばされた衝撃でフルドライブモードは解除される。あの連中は何故こんなむちゃくちゃなモードを長時間続けられるんだ。立ち上がる頃には既にシュテルの姿が目の前にあった。蹴りが腹に叩き込まれ、悶絶しそうになるのを堪えようとした瞬間、髪を掴まれ体が硬直し、そのまま顔面から大地へと叩きつけられる。そして、そこで素早く頭を踏みつけられる感触を得る。顔を動かす事も出来なく、大地の冷たい感触を感じる。

 

「残念です」

 

「心にもないクセに」

 

「おや、解っちゃいますか」

 

 大地に頭を押し付けられながらも―――勝利を確信する。視線は真直ぐと放り投げられたクロスミラージュの方へと向いている。そして、そのクロスミラージュにはある指令を送らせている。実に簡単な事で、それが成果を生んでいる事は見えている。べつに隊長を呼ぼうとしているわけではない。先ほどみたいにタイミングよく登場してくれることには期待していない。ただ勝てる切り札があるなら全力で使わせてもらう。それだけだ。

 

「―――ひっく」

 

 キャロが気を失っていた状態から起きる。その両目端には涙が溜まっている。

 

 これだけなら大丈夫だ。何も問題はない。無い……筈なのだ。

 

 だが問題なのはその涙が溜まって行くのと同時に空間へ凄まじいプレッシャーと魔力の高まりが発生している事だ。目に見える程この場が歪んできている。シュテルでさえ、動きを完全に停止する程だ。―――ここまで来れば勝ち確定。それはもう揺るがない。だって最大級の賭けにアホらしい方法で勝利したのだから。

 

 まあ、自分がどうなるかまでは考えていないけど。

 

 恐る恐ると言った様子でシュテルが口を開く……そんな気配を頭上から感じる。

 

「……一体何をしたんですか」

 

「クロスミラージュにひたすらキャロの傍でシュテルさんに寝取られたエリオの様子を呟かせた」

 

「その発想へはどう至ったんですか」

 

 なのはとシュテルを見ていると外道力足りないかなぁ、とか思ってたのだが違うのだろうか。やっぱり違うか。どう見てもそんなものじゃないし。ただ、目論見は完全に成功している。目の端に涙をためているキャロの様子は限りなくレイプ目のそれに近い。横にエリオがいると言うのにまるで見えている様子はない。これは完全にやったな、と確信を抱き、

 

「―――ヴォルテェェェェェェェ―――ル!! 寝取りは嫌だぁ―――!! 寝取り女ぶち殺してぇ―――!!」

 

「あの幼女ぶち殺すとか言ってるんですが」

 

「アレで激しく平常運転です」

 

「ウチの幼女並みにエキセントリックな幼女ですねー……」

 

 あぁ、アレか、と紫髪の少女の姿を思い出す。

 

 召喚陣を完全に無視し、空間の壁を粉砕しながら黒い巨影が出現する。シュテルに踏まれたままキャロの背後に出現するその巨大な姿を見て、なんだか非常に申し訳ない召喚方法というか、召喚理由というか、

 

 物凄い申し訳ない気分になった。

 

 ただ、

 

 ―――勝った。

 

 自分が知る限り、最強の暴威をこの場へ呼び出した事への達成感があった。




 俺はシリアス路線で行こうと思ったんだ。この状況ならまず間違いなくシュテルが先回りしているし、ここでまた隊長をだすのは展開の繰り返しで萎える。だったらヴォルテールを投入した方が面白くなる。じゃあティアナのちょこっと覚醒させつつキャロを暴れさせよう。そう思ったんだ。

 その結果がこれだった。割と満足である

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