マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ビースト

 たぶん今世紀最大の驚愕を受けている。今でさえ自分が経験している事の全てを言葉で表現する事は出来ない。というかこの先できるかどうか怪しい。まず口からありえないという言葉が漏れてしまう。そしてどうして、って言葉が漏れてしまう。そう、それぐらいには現状がショックなのだ。普通に考えてまずおかしいと思ってしまう程に。現実を軽く疑っている自分がいる。だけど、そう、認めるしかないのだ。現状を。現実を認めなくてはいけないのだ、それがどんなに奇怪であろうとも。だから唾を飲み込んで、そして認める。現在を。

 

 普通のデートだという事を。その事実に衝撃を受けざるを得ない。だってそう、あのキャロだ。キャロ・ル・ルシエが、普通にデートをしているのだ。今だって手を繋いで、普通に笑って話して、あの訓練は辛かったね、とかアレは面白かったね、とかまるで普通の女の子の様に振舞っているのだ。普段のアレっぷりとのギャップが多すぎてかなり最初は困ったが―――悪くはない。むしろいい。普通に可愛い。ここまで普通なキャロが可愛いとは思いもしなかった。

 

 ―――聖王様、キャロを普通の女の子にしてくださったのですか、ありがとうございます。

 

 思わず暫定的な信仰対象に祈るぐらいにはショッキングだった。だがこれは決して悪くはない。だから笑顔でキャロと共にクラナガンの街を歩き進む。シャーリーがデートスケジュールとかいうものを渡してきたが、クラナガンへと到着すると同時にキャロがゴミ箱へとそれを捨てていたのでたぶん、キャロにはプランがあるのだろう。本当はここで自分がエスコートするべきなのだろうか、正直恐怖でいっぱいだったのでプランもクソも考えられるわけがなかった。

 

 だから、こうやって手を繋いで、キャロと談笑し合いながら進むクラナガンの街は新鮮に感じる。と言っても、別にクラナガンへ何度も来た事ある訳ではないのだが。ただこうやって二人で進む光景はかなり新鮮に感じる。微笑んでくるキャロに対して微笑み返す。

 

「どこへ行く?」

 

「うーん、実はあんまりどこへ行く、とか決めてないんだ。ただエリオ君と一緒にブラブラしたいなぁ、って。ほら、普段は何時もキッチリやっているわけだし今日ぐらいはゆるくやりたいなぁ、何て」

 

 この六課新人勢で一番頭の緩いお前が何を言っているんだ、と言いたくなるところだったが、というかそろそろキャロへの容赦を完全にゼロにするつもりだったが、本日のキャロは可愛い。ものすごくかわいい。普段の姿と比べると何故か許せてしまう可愛さがあるのでもうこれでいいんじゃないかなぁ、と思う。何か騙されている様な気もするが、これでいいんじゃないかなぁ。

 

「じゃあ適当にブラブラしよっか?」

 

「うん! えへへ」

 

 うん、可愛い。もうこれでいいや。

 

 

                           ◆

 

 

「……うん?」

 

「どうしたのスバル」

 

「いや、フリードが凄い怯えた表情しているから」

 

「たぶん飼い主が恐ろしい事でも考えているんでしょ」

 

「把握」

 

 

                           ◆

 

 

 思惑はどうあれ、キャロとの時間は予想外に穏やかな物だった。まずは適当なクレープ屋によって二人で違うクレープを買ったら、それぞれの味を食べ比べ、その後街で見かけたデバイスショップに入ってみる。最初は店員に止められそうになるが身分証明書を見せた瞬間畏まるのは何時見ても慣れない光景だが、販売されているパーツなどを見て結構楽しんだりした。ストラーダにはこんなパーツを付けたらかっこ良さそうとか、こういうアクセサリーをケリュケイオンに付けてもいいんじゃないかと、実用性の無いアレコレを話し合って時間を過ごしたりして、歩き回った。

 

 最初に言ったようにプランなんてなかった。だから二人でブラブラと、当てもなく回っては目についたお店に入り、そして軽くウィンドウショッピングしたりして緩く時間を過ごす。ランチも予約なんかせずに、適当なお店を見つけて、中に入る。

 

 メニューには見た事のない料理しか乗ってないが、

 

「オススメにする?」

 

「エリオ君と一緒のにする」

 

 そう言って二人で頼んだオススメのスパゲッティはイカスミのスパゲッティで、食べたら口の中が真っ黒になって、互いに口を見せ合って笑い合って、そして楽しい時間を過ごしていると確信できた。まるで夢のような時間だった。あのキャロが、キャロ・ル・ルシエという暴君が、まるで普通の少女の様に笑って、振舞っていた見た目は可愛いし、大人しければ正直タイプの女の子だ。だからこうやって普通に振舞っているキャロの姿は最初の頃を思い出して、新鮮であると同時に胸をときめかす所があった。

 

 正直に言えば―――恋をしたのかもしれない。

 

 そう思えるぐらいにはキャロとのデートには浮かれていた。何せ、今までにはない経験だし、純粋に楽しいと、心の底からそう思える光景だったから。通り過ぎる人々の恰好を見て評価したり、変わる景色と時間を楽しみながら二人でクラナガンの街を歩く……今までにはなかった不思議な感覚だった。

 

 こんな時間が続けばいいのに。

 

 そう願っていた時、

 

 それは見つかった。

 

                           ◆

 

 

 次は一緒に映画でも見に行こうと、そう言ってストラーダにマップを表示させると、近くのビルの間の細い道を通って行けば目的地へのショートカットになると教えてくれる。ショートカットという言葉にはなかなか心を浮かれさせる響きがある。キャロと顔を見合わせながらクスッと笑い、

 

「これでいいかな?」

 

「うん、なんだか楽しいよね、近道とか秘密の道とかって」

 

「だよね」

 

 くだらない事に共感しながらビルとビルの間にある細い道へと入り込み―――そしてその中央で、マンホールが動くのを確認する。軽くビビり、足を止める。すると次の瞬間にはマンホールから自分よりも一回り小さな女の子がボロボロの服で、そして足枷の様なものをつけてでてくる。大丈夫か、と声をかけようとした瞬間少女が倒れる。明らかに大丈夫といった様子ではない。

 

「キャロ!」

 

「ケッ、折角のデートだったのに」

 

 ―――あぁ、うん。ですよね。

 

 幻想だよなぁ、といつも通りのキャロに安心感を何故か覚えつつ、ストラーダに通信を繋げさせる。キャロは即座に倒れた少女に近づく。少女は見た感じ年齢……五歳、六歳ぐらいだろうか、金髪の少女だ。それ以外は服装がボロボロで良く解らない。ただ、どこか衰弱している様子はある。

 

「折角エリオ君を攻略している最中だったのにこのガキめ……」

 

「キャロ、キャロ、聞こえてるよ」

 

「えー、何かなぁ?」

 

 今更猫被っても遅いんですよルシエさん。

 

 幻想だよなぁ、と再び呟きながらつながった通信に現在の状況を伝えようとした瞬間、別の声が邪魔してくる。

 

「―――ロングアーチ、此方ライトニング1。クラナガンにて子供を発見、服装からしてどこかの施設から逃げ出したような様子があります。近くに陸士隊も隊舎も発見できないので此方から六課の隊舎へ運んだ方が早いと思われますので至急車両かヘリの急行をお願いします。対象は五、六歳程の少女で衰弱している様子がありますので―――」

 

「フェイトさん……」

 

 何時の間にか横にフェイトが立っていた。しかも即座に状況を飲み込んで報告している辺り、たぶん、というか確実にこの人は最初から覗き見してたんじゃないかなぁ、という疑いがある。まあ、正直に言えばこういう遭遇した状況でフェイトの様な頼れる存在がいるのは圧倒的に安心感があるけど―――流石に過保護なのではないかと思う。あ、笑顔で手を振っても無駄です。

 

 溜息を吐いて、自分もキャロの傍による。改めて少女を見ると驚く事にそこまで汚れていない事が解る。……そこに軽い違和感を覚える。何か、というわけでは何かがおかしい、と軽くだが覚える。と、そこでキャロが手を下す。

 

「チェック完了しました。プロじゃないので詳しい事は解りませんけど、怪我をしているようではないです。ただ少し体調は悪い、ってだけですね。それ以上は流石に解らないのでシャマル先生じゃなきゃどうも……」

 

「ううん、それだけ解れば十分だよ? お疲れ様キャロ。今ティアナとスバルが割と近い場所にいるから応援に呼んだから……皆、休暇返上で悪いけど働いてもらうよ?」

 

「ガッデム」

 

「キャロォ……」

 

 もはや取り繕う事のないキャロの素の言葉に嘆くしかなかった。何だろう、この胸に湧き上がってくる悲しみは。午前中のキャロのあの姿を見ているだけに今のこの惨状が悲しすぎて言葉にならない。いや、今の姿を見ているとアレが猫を被っているというのは解っている。だけど男子として、一人の健全な少年として、少しぐらい夢を見ても許されるのではなかろうか。というか夢を見せてくれたって良かったんじゃなかろうか。夢が見たかったです。

 

 無残に終わった初恋、その気持ちはかなり重く、もう女は信じられないなぁ、という気持ちになる。それを知ってか知らずか、フェイトは非常に同情する様な、悲しそうな表情を向けてくる。だが個人的にはそう言う表情を止めてほしい。なんというか……凄いみじめになる。うん、何か負けた後の男の様な感じで。うん、だから下手に慰めるのはやめてほしい―――と、女に言っても理解はされない、というのがヴァイスの言葉だっけ。

 

 まあ、

 

「また今度休みの日にキャロと出かけるのでそれで」

 

「攻略完了」

 

「すいません、キャンセルで」

 

 途端にキャロが焦ってちょっと手をパタパタとさせる。その仕草を可愛いなぁ、と思いつつも軽く待機状態のストラーダに触れておく。良く見れば既にバルディッシュを何時の間にか取り出し、バリアジャケット姿のフェイトがいる。自分が気づかない、本当に自然なうちにその変身は完了していて、焦ってストラーダを取り出す。その姿を見て、フェイトが苦笑する。

 

「嫌な予感がするからね―――」

 

 そう言ってフェイトが動こうとした瞬間―――その姿が消える。それと同時に粉砕の音が響く。遅れて衝撃と風が振動し、頬に伝わってくる。目だけを動かし、視線を動かせばフェイトが吹き飛ばされ、壁へと半分埋もれる様に叩き込まれた姿があった。自分の目にはかすかにしかその動きが映らなかった。明確に感じる殺意と死の気配に体が反応しない。いや、反応できない。本能が不用意に動けば死ぬという事を伝えてくる。だからこそ動けない。動かない間は敵対されない、それが確信できてしまう程の暴威が直ぐ傍にいた。

 

 意を決し、視線をフェイトから外し、敵を見る。

 

 それは銀髪の男だった。長い髪は尻尾の様に整えられており、顔には傷がついている。バリアジャケットは上が黒でインナーが白く、ズボンも黒く染まっている。―――瞳は赤く染まっており、化け物を思わせる様な威圧感が存在した。だがそれよりもその瞳からは狂気しか感じられない。一切の理性を感じさせなかった。ほぼ直感として、この男が暴走しているという事だけが理解できた。

 

「あ……」

 

「くっ……」

 

 男に睨まれ、ストラーダを握る手が震える。たぶん、この男がホテル襲撃時間に混ざっていた、隊長達が相手した者の一人だ。だがここまで次元が違う相手に戦っていたとは信じられない。この男の放つ空気は明らかに自分が知っている人間が纏っているような雰囲気のそれではない。修羅だとか、怪物だとか、明らかに人外の存在が纏うようなそれだ。自分が知っている中で一番似た様な雰囲気を放てるのはおそらくシグナムだろうが―――ここまで純粋な狂気を、恐怖をシグナムでは感じさせられない。その空間にいるだけで男の、怪物の空気に飲まれて行く感覚がする。だが、それでも、自分は男の子なのだ。

 

 どうにかしなくては。

 

 最低でもキャロと少女を逃がさなくては。フェイトはたぶん……まだ無事だ。隊長が一撃で負けるわけがないと信じる。故にアクションへと移らなくてはいけない、そう思った時に、男の視線が自分からフェイトから、キャロへ、そして、

 

 ―――金髪の少女へと向けられる。

 

「―――オリヴィエ」

 

 少女を見て男はそう言った。それは聖王の名だ。誰だって知っている名前。だがそれを怪物は少女へと向けて言った。その意味を察せない程自分は愚かではない。そして、

 

「オリヴィエ、オリヴィエ……オリヴィェェエエエ―――!!」

 

 叫んだ。聖王のその名を。殺意を込めて、殺してやる、絶対に殺す、という意志を込めて。

 

 オリヴィエ、殺意を意志を込めてその名を銀髪の怪物は叫んだ。




 ラスボス系主人公。最初から狂っているけど何があったんだろう(

 ともあれ、次回から色々と開始ですな

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