マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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リトル・ビット・ハード

 頭を抱えていた。超頭を抱えていた。ついでにちょっとだけ震えていた。ヤバイ。少し侮っていたかもしれない。……いや、ごめん、間違えた。超侮っていた。アホみたいに侮っていた。もう嫌だ。こんな職場嫌だ。帰りたい。実家に帰りたい―――帰った所で無駄なんだろうけどさ。それでも今、ガチに、生命の危機を感じていた。相棒のスバルでさえ若干余裕がない。横を見ればおろおろする姿が見える。その原因はここ、空間シミュレーターの屋上から見える、空に浮かぶなのはが原因だ。予定通りというか、宣言通り僅か二日で大けがを完治させたなのはは模擬戦を今までの成果の確認のために行う予定だった。

 

 ただ病み上がりというか、復帰戦というか、なのはのテンションが異様に高い。

 

 なんか魔法も使わず壁のでっぱりを足場にジャンプしながら空へと飛びあがるとノーアクションで空へと砲撃を放って海に空から砲撃を落としてみたりとめちゃくちゃアクティブな上に、デモンストレーションをしたら此方をチラリと見てくる。これ、もしかしなくてもゲームセンターでやる様な戦闘前の煽りとかの部分なんだろうか。挑発のつもりなんだろうか。馬鹿が、それ挑発や煽りじゃなくて処刑宣告だ。

 

 なのはさんが予想以上にガチで泣きたい。そういう無駄に細かいパフォーマンスにやる気出さなくていいんですよ。やる気が殺る気に直結しているので貴方は。というか高町なのはは砲撃戦を得意としているのではなかったのか。あの身のこなし、ステップ、レイジングハートの振り回し方、どこからどう見ても近接戦もエース級にしか見えない。キチガイ距離を選ばず。あのクイーン・オブ・キチガイに距離や得手不得手は意味をなさないのか―――うん、たぶんあんまり意味がない。

 

「ティア……どうしよう……殺される」

 

「奇遇ね。私も遺書を書いたか今思い出している所よ」

 

 視線をなのはへと向ければ砲撃を空に撃ち過ぎだ、とはやてに叱られるなのはの姿があった。若干落ち込んでいるように見えて、俯いている顔の表情は笑っていた。駄目だあいつ、全く反省してない。何か人間的無敵属性が付与されていない気がしないでもない。……いや、元から無敵属性の塊のような人だったな、そういえば。というか少し前まで医務室に籠りっきりだというのが信じられない。フェイトによればなのはとユーノ司書長のコンビは最強タッグらしいのに、それを振り切って勝利するとかどこの宇宙怪獣が相手だったのだろうか。

 

「ま、まあ、私達の勝利条件は明確よ。それだけを狙えば……なんとか行けるんじゃないかしら」

 

「流石ティア!」

 

「なのはさんがマジで全力で来る事前提なんだけどね……」

 

 一撃。一撃さえ通せればいいのだ。一撃なのはへ通す事に成功すればその時点で此方の勝利が確定する、というか欲しい情報を教えてもらえる。だから此方は全力でその一撃を通す事だけを考えればいい。となると―――全ての動きを一度のチャンスの為にぶっこむのが一番現実的なプランじゃないかと思う。というかいつもながらそれ以外に方法が思い浮かばない。前、シューティングイベイションでやった事と一緒だ……ただ今回は人数が少ない、という条件で。ただあの頃よりは手札も能力も上がっている。前よりもなのはの事を理解できているし、悪い勝負にはならないと思う。だから、

 

「私の言うとおり動いてよ、スバル」

 

「うん、任せて。そこは超得意だから」

 

 知ってる。何時も付き合ってくれている相棒だから。だから迷う事無くこの日の為に考え付いた、用意したプランをスバルに告げ、そして細かい部分を相談し、詰めて行く。やる事は簡単で、”限界行動”までなのはを追い込むことが目標だ。人体の動きの限界、絶対に硬直が発生する瞬間と、そして思考にできる僅かな空白、それを意図的に生み出す状況を用意する。前々から格上相手に通用する手段としては考えていた必殺手段だ。殺傷設定であれば絶対に誰をも殺せる手段。……まあ、”善”である限りは絶対に必殺する事が出来ないという何とも悲しい事だが。

 

「オーケイ?」

 

「うん、解った!」

 

 スバルがそう答え、そして共に空に立つなのはの姿を見る。もう挑発アピールは止めたのか此方に手を振ってくるので手を振りかえす。左手にクロスミラージュ、右手にタスラムを握り、セットアップ済みのバリアジャケットのデータをもう一度だけ確かめておく―――うん、問題はない。スバルへと視線を向ければ向こうもチェックを終わらせて頷く。共に準備は完了しているという事だ。再びなのはへと視線を向け直し、頷きを送るとなのはがレイジングハートを掲げる。それと同時にカウントダウンのホロウィンドウが出現し、自分もスバルもなのはも魔法陣を出現させる。カウントに表示されている数字は三だが、それよりも、

 

「ちょっと待ったぁ―――!!」

 

 なのはの出現させた魔法陣だけが超巨大―――というか見覚えのあるそれはスターライト・ブレイカーのそれだ。チャージには最低10秒かかる大技故に誰かが隙を作るか、動きの鈍い相手ではないと当てられないのだが、なのはは自分の顔を映すホロウィンドウを此方の横に出現させる。

 

『話し合いが長いから待っている間にチャージは終わらせたの』

 

「卑怯じゃありません!?」

 

『チャージしない方が悪い』

 

 カウントがゼロになるのと同時になのはがレイジングハートを振るい、スターライト・ブレイカーが発射された。迷う事無くスバルが抱きついてきて、転移魔法で射線から逃れる様に大きく跳躍する。次の瞬間少し離れた位置に出現し、先ほどまでいた位置を桜色の砲撃が完全に跡形もなく吹き飛ばす光景を見る。

 

「ガチじゃない……!」

 

『手加減なしだって言ったよ?』

 

 そう言ってホロウィンドウは姿を消す。手加減はしない―――だが本気でもない、そういう匙加減なんだと思う。思っておかないとやってらんない。

 

 スバルが足元にウィングロードを生み出し、そして同時にウィングロードを少し離して横並びに三つ生み出す。スバルはその上に着地すると、そのまま真直ぐウィングロードを進みだす―――他のウィングロードを走る幻影と共に。一斉にはなった幻影がスバルと共になのはへと向かって一直線に進んで行く。そこで自分が更に魔法を発動させ、そしてなのはが此方の光景を認識する。

 

 それをなのはは一撃の薙ぎ払いですべて吹き飛ばす。恐ろしいまでの火力と、そして強引さだが、顔色を変えずにやり遂げるのだから凄まじいと評価できる。だが、スバルの姿はそこにはない。横並びにしたのはなのはの砲撃を誘うためだ。―――本当のスバルは地を走り、そして自分はもっと高く飛んでいる。

 

 それをなのはは察知し、口を笑みに歪めるのが解る。

 

 次の瞬間なのはの姿が空から下へと向かって落ちてゆくのが見える。意表をついた動きに一瞬思考が乱れるが―――問題はない。それは此方としては望む展開だ。レイジングハートは槍の様な姿へと代え、地を走るスバルへと向かって一直線に振るわれる。なのはが自分から近接戦を挑むとは思いもしなかったが、元々のプラン通りだ。

 

「スバル!」

 

『コンタクトッ!』

 

 次の瞬間スバルの拳となのはの槍―――の様な杖がぶつかる。そしてスバルが押し負ける。マジか、と思わず言葉が出そうになるが、高町なのはならありえなくはない、と断じて自分も一気に空から落下を開始する。不得意な飛行魔法で落下の速度を着地寸前に殺し、大地に立つ。廃棄区間都市を再現した空間シミュレーターのこの空間で、なのはに対抗するために選んだ手段は―――接近戦。満足に性能を発揮できない距離にてなのはの動きを制限し、追いつめる。それが、

 

「最善の手、だよね」

 

 スバルが踏み込み、拳を振るう。それをなのはが再度ステップで回避しながらレイジングハートを振るう。スバルがそれに敏感に反応しバックステップを取るが、その瞬間スバルの姿が横へ吹き飛ぶ。瞬間、なのはの周囲に浮かび上がる桜色の球体がある―――誘導型の魔力弾だ。

 

「弱点潰しは基本だよ? どう来るのかな?」

 

 そう言いつつもさりげなく吹き飛んだスバルの方向へショートバスターを叩き込んでいるからこの女根っからの外道だと確信できる。そこ、普通は立て直しのチャンスを与える為に見逃す所だろう、と思いつつもようやくなのはへと接近する事に成功する。タスラムもクロスミラージュも接近戦用の拳銃型の姿のまま、数メートルの距離から引き金を引く。なのはは振り返ることなく撃った弾丸をアクセルシューターで迎撃する。だがそうなる事は解っている。

 

「一撃必倒ッ―――!」

 

 スバルが吹き飛んだ方向から砲撃がなのはへと向けて放たれる。流石に驚いたのか、少しだけなのはが表情を変えるが、レイジングハートを両手で握り、そして砲撃を放つことで相殺し、ダメージを受けない様にしている。構え、魔法陣展開、砲撃。このスリーアクションを一秒以下の速度でなのはは行っている。相変わらずえげつない技量だと思う。だが物理的に、此処から此方へと振り返るのは面倒であるという事は理解できている。それになのはが加速術式の類を使用しないのも十分知っている。

 

 故に射撃する。射撃しながら接近する。すかさずアクセルシューターが妨害に入ってくる。それを撃墜しながら接近し、近づくのと同時に蹴りを繰り出す。

 

「ふむ」

 

 それをなのはスウェーしつつ回避し、レイジングハートを此方へと向けてくる。次の瞬間には横からスバルが殴りかかる為に飛び出してくるが。だがそれすらあっさりと回避し、射線が重なった此方へと向けて砲撃魔法を即座に放ってくる。横へと跳ぶことで回避した瞬間、何時の間にかなのはが接近していた。アレ、こんなに早く動けたっけ。そんな事を思っていると、なのはが呟く。

 

「うん、駄目だねこれは」

 

 此方の頭を掴んだ。

 

「え……?」

 

「ティア!!」

 

 次の瞬間、顔は大地に叩きつけられていた。痛みと同時にローラーが地を滑る音が聞こえる。だがそれが接近するのと同時に体は引き上げられる。逃げようと動かすが体には何時の間にかバインドが施され、動けなくなっている。そのまま体は勝手に動かされ、迫る拳の前に突き出される。

 

「ちょっ」

 

「うぉ、っと、っと!?」

 

 攻撃するスバルの前に体が突きだされ、動きが止まる。そして同時にスバルも動きを止め、その瞬間にバインドがスバルを拘束する。そしてなのはが自分とスバルの頭をレイジングハートで軽くとんとん、と叩き、

 

「はい、終了」

 

「全く歯が立たない……」

 

「一撃通すってレベルじゃない……砲戦得意で近接もできるってスペック軽くおかしくないですか」

 

 そんなことないよ、となのはが首をかしげながら言う。

 

「充分不得手だよ? だってフェイトちゃんに射程内に入り込まれたら防戦一方になって詰むし、シグナムやヴィータちゃんとも相性は悪いし、基本的に接近されたら私詰むんだけどなぁ。まあ、特にバインドが利かない相手だと時間稼ぎすらできないからそのままフィニッシュ食らっちゃうんだけど。まあ、”私達レベル”での不得手、というのは認めるけど」

 

 次元が違い過ぎて嫉妬すらできないとはこれ、如何なのだろうか。バインドが解除され、自由になると短い窮屈な感じから解放され、今更ながら痛みを強く感じ始める。顔面から大地へと叩きつけられたが、もしかして鼻でも折れていないのだろうか。自分の鼻に触れて大丈夫かどうかを確かめる。

 

「あ、大丈夫だよ。そこらへんはキッチリ手加減したし。うーん、だけどなぁ……」

 

 そう言うとなのはは腕を組んで此方を見る。それは間違いなく此方を評価するためだ。だから自分の体を調べるのは止めて背筋を伸ばして立つ。スバルも同じような姿勢で真直ぐと、背中を伸ばして立つ。それを見ながらなのはうん、と頷きつつ呟く。

 

「ま、個人技能に関しては普段からよく見ているし及第点、作戦立案は少々甘いところあるけどちゃんと分析はできている、スバルはもう少し考えようね、って所かな」

 

「はーい……」

 

 意外と甘いなのはの採点に驚くが、なのはがここからが本番だよ、と指を上げる。

 

「君たちは何で機動六課に参加したのかな」

 

 何故機動六課に参加したのか。それはもちろんあの事件の真相を探す為だ。事件の真相を暴いて、そしてなぜこんな風になってしまったのかを調べるためだ。それをなのはは知っているはずだ。そしてスバルは、そんな自分を支えたいという願いでここまでついてきてくれている。もちろん、そこには一切の迷いの類はない。だからその思いをなのはへと伝える。

 

 と、

 

「―――うん、それだけ?」

 

 此方の願いを聞いて、なのははそれを一刀両断した。

 

「その程度なんだね、君達の思いは。だとしたら圧倒的に足りてないよ。あ、私との模擬戦は終了。次はロリショタの番だからとりあえずここから出ようか? んじゃかいさーん」

 

「まっ―――」

 

 何かを言える前になのはの姿は転移魔法と共に消え去った。

 

 足りない。

 

 ―――これで……? 何が……?

 

 なのはの言葉が理解できず、立ち尽くすしかできる事はなかった。




 やっぱなのはさんは強かった。原作の名シーンがない悲しみ。

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