マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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アット・ボトム

 空を音を立てながら進んで行くヘリの姿を目撃する。普通なら飛行と同時に騒音を立てているのだろうが、そのヘリにはそういった騒音は存在しなかった。消音機能とは中々豪勢な機能を持ったヘリだと思う。軽く見上げて確認できるヘリは大きく、そして風を切る音以外には駆動音をさせない。その大きさから鉄の塊が輸送ヘリである事を判断し、そして現在、このような場所へそんな移動手段で出動の出来る財力と権力を持った相手が何であるのかを把握し、そして結論付ける。―――即ちアレに乗っているのが自分たちの敵であると、そう判断する。

 

「本来であれば敵が到着する前に終わらせるのが最良であるのだろうが―――」

 

 ゼストのその言葉に全面的に同意する。ホテル・アグスタから少し離れた森の中、姿を潜ませながら思う。戦わず勝利する事こそが兵法としては正しく、戦果としては最上の結果であると。故に最高の結果を得るのであればまず間違いなくあのヘリがホテルに到着する前に終わらせるのが正しい。だが世の中、そう簡単には出来ていない。

 

「それが不可能である、と考えると少々厄介ですね。相対が必須である事ですから」

 

「あぁ」

 

 ホテル・アグスタには二種類のオークションが存在する。表向き、骨董品やレベルの低い、危険性のないロストロギアのオークションがまず一つ。此方は一般開放されており、そして誰でも内容を得る事の出来るオークション。上限額も設定されており、気軽に楽しめるホテルとしての売りだが―――もう一つのオークションは違う。此方はホテル・アグスタの”裏”のオークションだ。密輸品売買、危険指定ロストロギアの売買、上限額なし、等とかなりぶっ飛んでいる内容となっている。それに惹かれてやってくる人間もかなり大物だったりと、この裏オークションの方が自分達にとっては本命だ。此方の商品にレリックが混じっている、というのが得た情報だ。

 

 この表の商品、そして裏の商品、搬入タイミングが同時なのだ。バレない様にするのであれば別々に時間とルートを分けるのが良いのだろうが、ここはあえて、というべきか一緒に運び込んできている。普通ならそのまま摘発でもして、あとから襲撃すればいいのだが―――今回に限ってはヘリと同時にレリックを運んでいるトラック群が来ている。つまりヘリと、それに乗っている戦力に護衛されている形で入ってきている。それでも襲撃すれば強奪はできるかもしれないが―――後へと続かない事を考えるともっとスマートな手段が好ましい。

 

「機動六課……厄介ですね」

 

「戦力的にであれば此方の方が総合的には上だ」

 

 ナルの言葉に頷く。だがそれはマテリアルズをいれての計算だ。実質、此方の戦力は現状五人だ。ゼストはアギトとユニゾンした状態ではないと長時間の戦闘は絶えられない体だ。ナルやイストが少しずつ体にメンテナンス処理を行っているが、スカリエッティの研究所で本格的なメンテナンスを行わない分、完全に気休め程度だ。故に自分、ナル、ルーテシア、ゼスト、そしてイストで五人が問題なく動かせる戦力だ。マテリアルズの召喚は最終手段だ。故に今は戦力として考えない。

 

 対する相手、機動六課の戦力を比較する。

 

 まず隊長クラス、技量的にオーバーSのまま魔力リミッターでランクを下げている魔導師が三人、歴戦のベルカの騎士が二人、守護獣が一人。それにBからAランク相当の新人魔導師が四人―――あぁ、そしてユニゾンデバイスが独立戦力として活躍できた。合計で相手の戦力は十人に上る。それにホテル側の護衛やガードマンなどを考えると此方の軽く此方の数倍差の戦力差である事が理解できるが、

 

「―――問題ありませんね」

 

「だな」

 

「この程度で止められると思われては心外だな」

 

「偶に大人たちが怖くなる」

 

「じゃあルールーは素直になろうよ」

 

 アギトの言葉をルーテシアが軽く受け流す様子を目にしながら、各々が武装を構える姿を見る。スカリエッティの方から安くはない値段で警備状況やら人員配置に関しては調べ終わった。機動六課に関しては情報へのガードが強くなったせいで情報の閲覧ができなくなったことが辛いが―――まあ、所詮その程度だ、と判断する。

 

 ゼストが槍を構え、ナルが左腕に盾とパイルバンカーを融合したような武装を装備し、己は拳を握りしめ、腕の具合を確かめる。問題はない。そう、何一つ問題はない。この場にイストはいないが、彼には彼の役割がある。だからそれを果たすまでは、

 

「騎士ゼスト、よろしくお願いします」

 

 彼が要となる。それに対して頷きが返ってくる。そしてアギトがゼストへと接近し

 

「行くぞアギト」

 

「おう! ユニゾン!」

 

 アギトがゼストとユニゾンし、ゼストの髪色が変化する。そして同時にルーテシアの足元に魔法陣が出現し、空間に複数の魔法陣が浮かび上がる。それはルーテシアが”ストック”している魔法生物、特に昆虫をベースにしたものの召喚陣だ。大規模な作戦の場合物量がものを言う場合が多い。その為、簡単に召喚で来て攪乱に向いている昆虫を予めルーテシアにはストックさせてある。

 

「ふふふ、ついに私が世間に恐怖の魔王として脚光を浴びる時……!」

 

『ルールー、方向性大丈夫か』

 

 ルーテシアがそう言うとすかさずアギトが言葉を挟み込むが、この二人はこの数年で中々面白いパートナー関係を築きあげているな、と判断したところで魔法陣から出現してくる姿を見る。紫色の魔法陣から姿を表すのは―――鉄色の姿だ。だがその姿は望んでいた召喚物とは違う。それをルーテシアの驚愕の表情が教えてくれる。魔法陣の中から姿を現したのは昆虫ではなく、鉄色の機械、管理局名称ガジェットだった。

 

「私こんなの知らない!」

 

 知っている、ルーテシアがこんなばかな真似をするはずがない。ガジェットの出現によってAMFが発生し、隠密行動が破壊される。ガジェットは電気式の機械だ。出現すればその瞬間から電力の消費とエネルギーの発生が確認できる―――つまり相手に察知されるという事だ。こんな事をする者はこの世で一人しかいない。

 

「スカリエッティ!!」

 

 ホロウィンドウが出現する

 

『あ、ごめんごめん。丁度欲しかった実験材料だから召喚の中身を此方で入れ替えさせてもらったよ。代わりにガジェットを入れて置いたし問題ない問題ない。ほら、空っぽよりも全然いい! 友好結んでいる相手にこんなサービスしちゃうスカさん超天使!』

 

 露骨に足を引っ張りに来ているのだ、こいつは。

 

「貴様ァ―――!!」

 

 ホテル・アグスタから動き出す気配を察知する。

 

 

                           ◆

 

 

「―――始まったか」

 

 騒がしくなる周りを認識し、始まったのだと理解する。少し忙しそうに走り回る従業員の横を抜けて、ゆっくりと目標を探しながら歩く。恰好はタキシード姿、髪色は黒のウィッグで誤魔化すとして、ここでは仮面姿も特に珍しくもないので仮面を被って顔を隠す事とする。……仮面はこういうホテル、しかもイベントの日にしか使えないのが残念だ。顔を隠すには優秀なんだがなぁ、と思いつつあるく。

 

 己の役割は簡単だ。

 

 ユーノの誘拐、それだけだ。

 

 レリックの確保はルーテシアとゼストが役割を担っている。もちろんそちらの方が本命だ。だがユーノの誘拐には大きく分けて二つの目的がある。だからまずはユーノを誘拐するというアクションへと移行しなくてはならない。予定よりも騒ぎが大きくなるのが早い気がするが―――まあ、少しぐらいイレギュラーがあったとしてもそれをどうにかできるチームだとは思っている。だから従業員の誘導に従っているフリをして、そのままホテル内を歩く。オークション会場はホテルの二階部分にある為、必然的に歩き回るのもホテルの二階部分だ。フロアにまばらに残る人の気配を探って探す。まずは近くから探そう。そうして感じる気配に近づく。

 

 だがそこには、

 

「おい、貴様。ここは危ないぞ」

 

 ピンク色の髪の魔導師―――シグナムの姿があった。まだ此方が誰だか認識していないのか、変装が上手くいっているのか此方を此方として認識していない。今なら不意打ちで沈められるかもしれないが……それは欲張り過ぎだ。人生欲張り過ぎると身を滅ぼすのは良くある話だからこそ、シグナムの言葉にコクリ、と頷く。

 

「避難するのであればあちらの方だ。他の従業員の避難誘導に従って動くんだ、いいな?」

 

 そう言うとシグナムは此方から視線を外し、デバイスを握りしめた状態で別方向へ歩いて行く。その背中姿を少しだけ見た後、再び歩き出す。ホテル内にシグナムを配置した、と言う事は隊長等権力のある人員ではなく動ける人間を配置した、という判断だろう。こういう場合は隊長などの地位の高い人間を置いた方が高官などがいた場合印象を良くできるのだが、最大戦力の展開を選んだ、と言う事だろうか。

 

「まぁ、いい」

 

 評価は今はほとんどどうでもいい話だ。そういうのは全て捨て去った後だし。だから、足で再び探し始める。気配を探り、先ほどの失敗を反省する。ユーノは学者、それも地位的にはかなり偉い地位にある。そんな要人を一人にしておくことはないだろうなぁ、と思考をしながら歩き出す。今度は一人ではなく最低二人のグループへと向かって歩きはじめる。

 

 そして、十数メートル先の廊下を曲ったところで目標を見つける。

 

 別の廊下では焦ることなく二人の男の姿を見かける。片方は茶のスーツ姿、自分と似た様な髪型をしている、小さな眼鏡をかけた男の姿だ。必要以上に着飾る事をしない、質素なイメージの男だ。だがその横にいる白いスーツ、緑髪の男はもう一人と比べて白いスーツ姿と、かなり派手な格好となっている。どちらも、自分には見覚えのある人物だ。茶のスーツが目標であるユーノ・スクライア、そしてもう片方がヴェロッサ・アコース―――査察官だ。

 

「面倒だな」

 

 そう言いつつも足は既に二人へと向かって音もなく、歩いている。気配も断っている為に気付く事も出来ない。だがそうしなきゃいけない面倒がある、と思考する。ヴェロッサが査察官として非常に優秀なのは彼が二つのレアスキルを保持しているからだ。無限の猟犬という魔力により猟犬を生み出し操作する能力、そしてもう一つが思考捜査。何よりも後者が面倒で、此方に触れる時間を与えてしまえば思考を読まれる。

 

 故に、

 

「覇王断空拳」

 

「えっ?」

 

 ユーノとヴェロッサの背後から到着するのと同時に、短い踏み込みからヴェロッサの背へと拳を叩き込む。衝撃が拳を伝ってヴェロッサを貫通し、そして広がって行く。次の瞬間に白いスーツ姿のヴェロッサの体が吹き飛び、廊下の奥へ壁を貫通しながら吹き飛び―――そのままホテルの外へと吹き飛ばされるのを確認する。これで此方も捕捉されたな、と思いながら振るった拳を下す。

 

「君は―――」

 

 ユーノがそう言いながらステップを後ろへと取る。既に魔法陣は出現しており、此方を拘束するためのバインドが三種類放たれる。だがバインドが体を掴んだ瞬間、それをすり抜け、破壊しながら前へと進み、左手で一気にユーノの首を掴み壁へと叩きつける。少しだけ首を強く締め、ユーノが魔法陣を展開できない程度に呼吸を辛くさせる。

 

「黙って掴まってもらおうか」

 

「その、声……イストか……!」

 

 軽く驚く。もう何年も経過しているのに声だけで此方の事を把握したのか、と。少し失敗したか、と思う反面嬉しくもあった。自分の事を忘れていなかった人物はいるのだ、と。だから左手でユーノの首を絞めたまま、右手で仮面とウィッグを取り、そして服装をバリアジャケット姿へと戻す。その姿を見てユーノは少しだけ、悲しみの表情を浮かべ、そして苦しいであろうに、口を開く。

 

「君は、どっちだ……!?」

 

 どっちだ。本物か、クローンか。なるほど、六課には確かなのはが参加していた。そしてなのはを通して情報を得たのか、相談されたのか……ただ情報として相手が自分の事を本物かクローンか、判断はついていないようだ。だったらこそ、これはブラフに使える。が、そんなものは自分のやり方ではないので、迷うことなくユーノに教える。

 

「本人だよユーノ。ここにいるのはイスト・バサラって一つの心無い怪物だ」

 

 ユーノからの返答はいらない。ユーノを黙らせるために意識を落とそうと、首を絞める強さを上げる。それにユーノが苦しむように酸素を求め、両手で腕をつかむ。だがその程度で拘束が緩まるはずがなく、ユーノの抵抗が少しずつ弱まって行く。

 

 あと少し、という所で、

 

 腕に感触を得る。

 

 それは牙だった。

 

 牙が、緑色の猟犬が腕に噛みついている。が、腕には食い込んでいない。それもそうだ、この腕は義手で出来ているのだ。そして俺の腕である以上、硬くなくては困る。

 

「―――やれやれ、その腕は一体何で出来ているんだ」

 

 口から零した血で白いスーツを軽く赤く染めながらも、ヴェロッサ・アコースが両足で立ち、此方を見ていた。その周りには緑色の魔力で生み出された猟犬が出来上がっている。ユーノを壁から引きはがし、ヴェロッサに背を向けて走り出した瞬間、ヴェロッサの声が響く。

 

 ……数秒か。

 

「行け、無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)」

 

 十数を超える猟犬が一斉に襲い掛かってきた。




 ヴェロッサさん活躍少ないよな。恐ろしい技能持ってるのに。

 なんかドッグブリーダーの資格持ってそう

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