マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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タッチ・ダウン

 口に声を出すのと同時に水底の影が大きく震える。やはり思った通りに目は退化していて、その代わりに音に敏感に反応する様になっている。だから声を出せば即座に相手が此方の位置を把握してくる。そのまま入り口から遠ざかるようにわざと大きく足音を立てながら走り始める。水底で闇に紛れる姿が此方に狙いを定め、息を潜め始める。それは間違いなく此方を狙っている。

 

『ユニゾンの必要は』

 

「いらねぇ!」

 

 ナルが送ってきてくれたホロウィンドウを置き去りにしながら魔力を使わず、大きく跳躍する。ホ-ルの反対側を目掛けてのジャンプ。もちろん、魔力や魔法による強化無しで飛び越える事などできない。体は中間で失速し、水面へと向って落ちてゆく。その瞬間を狙ったかのように沈んだホールの底に潜んでいた存在が食おうと一気に水を裂き、水面から飛び上がって姿を現してくる。闇に姿を隠す様な真っ黒な鱗の蛇の様な魚だ。前、水族館で見た海蛇の様だと思った―――ただそれにしては人間を丸呑みにできてしまう程の異常なサイズだが。

 

 飲み込もうと全力で口を開いた蛇魚の口の上部、完全に口が開ききる前に自分の意志で重心をズラし、そして急降下を開始する。そうして相手が飲み込むために口を開く前に足を鼻の先へと着地させ、強く踏み込む。鼻を通して衝撃が水面へと伝わる様子が激しく発生する波紋から見て取れる。軽く口笛でヒュッ、と此方に引き付ける様に挑発する。跳躍し、反対側へと到着するのと同時に蛇魚が再び下へと潜る。コンコンコン、とバルコニーの床を叩き水の中へと音を流すと同時に横にホロウィンドウが出現する。紫色の文字で表示されるのはルーテシアのものだ。

 

『殺さないで屈服させれば操れるかも』

 

「あいよ」

 

 跳躍して壁に出っ張りを片手でつかむのと同時に水中から飛び出してきた蛇魚が……仮称黒いサーペントがバルコニーを噛み砕くように飛びついてきた。素早くその頭の上に着地すると同時に拳を一撃、素の状態で叩き込む。音と衝撃が響き、腕に軽い反応を感じる。それを受けてサーペントが動きを止めるが、その退化し役割を果たさない両目が此方へと向けられる。確実に敵意を持って此方を睨んでいる事は理解しているが、

 

「嫁達の方が怖い」

 

 もう一発頭に叩き込む。前よりも少しだけ強く、殺さない様に手加減して殴打する。だがそれでも相手は怒りの声の様な音を発し、水の中へと潜ろうとする。また潜られると距離を開けられてしまって面倒だと思うので、迷うことなく左手を軽く相手の頭に突き刺して、そしてもう片手で拳を作る。

 

 そのまま自分ごと水の中へと引きずり込まれる。

 

 ランタンは最初に置いてきたから水の中は冷たく、そして暗い。このサーペント以外にも他の生物がいる様に感じる……だがこいつが生態系のトップなのだろうか、他に何かが近づくような気配はない。だから気にすることなく、水中でも腕を振るって頭を殴る。その動作と共にサーペントが壁へと向かって突進し、此方を壁へと叩き込む。水というフィールドの中で勢いの乗った加速での衝突は間違いなく人体を砕くだけの威力を持っているが、それよりも硬い体だと自負し、信仰している。

 

 この程度じゃ息すら漏らさない。

 

 だからと、その代わりに拳をサーペントの頭へと叩き込む。そしてそれに反応する様に再び距離を取って壁へと突進する。それがそうであると理解できるのは壁に衝撃が伝わるからだ。だがそれよりも早く、そして強く、何度も何度も拳を叩き込んで行く。問題はない。この程度、本当にキレたあの連中よりは全然問題ない……うん。

 

 問題ない!

 

 今更な話だけど、俺の人生は色々と間違っている気がする。というか巨大な魔法生物よりも嫁が物理的に怖いって家庭は実際どれぐらいあるのだろうか。

 

『ここにある。そしてそれで十分だ』

 

 思考を把握されていた死にたい。何時から女が強い時代になったのだ。昔はもっと、こう、男が家を守って、そしてそれを尊重されて、色々と……まあ、そんな感じの時代だと思っていたのだが、今更ながらそんな考えは古いのだろうか。

 

 と、何時からか背中への衝突を感じなくなっていた。拳を叩きつける事を止めるとゆっくりとサーペントの体が水面へと向かって浮かび上がって行く。もしかしなくても殺してしまったかもしれないので、不安が浮かび上がってくる。殺したら殺したらで面倒なのだ。死体となればそれを食べるための生物たちがやってくるというのが自然である為、なるべく殺さない様にするのが理想なのだ。

 

「っくはぁ! 殺っちまった?」

 

 水面へと浮かび上がった事で息を求めながら、動かなくなったサーペントの姿を見る。バルコニーまで進んできたルーテシアがおーい、と手を振っている。と、人形サイズのナルが近寄ってきてサーペントの頭に触れる。

 

「……大丈夫、死んではいないな。脳が揺れているだけだ」

 

「マジか……あー……良かった。流石に意味もなく殺すのはかわいそうだし手加減がこういう生き物って微妙なんだよなぁ」

 

 殺すだけであれば楽なのだ、殺すだけであれば。だけど殺さない様に手加減をするのが難しいのだ。そこらへん、魔力ダメージでノックアウトさせることのできる普通の管理局員は解らないだろう。派手に動いたら見つかってしまうというハンデを背負っている違法トレジャハンターや犯罪者でしか共有できないこの価値観、なんだか無性に悲しくなってくる。まぁ、それはいい。何時か日の当たる場所へと戻れればいいし。

 

 ともあれ、

 

 サーペントの頭に食い込んだ腕をそのまま、その巨体をバルコニーヘと引きずる。既にホロウィンドウやら魔法陣を展開したルーテシアがスタンバイ済みだった。サーペントを引きずって近寄り、頭を崩れたバルコニーの上へと引っ掛けると、軽くバルコニーへと飛び乗る。

 

「悪いけど―――」

 

「高速で乾かす術だな」

 

「うん」

 

 言わなくても解っている、という風にナルが既に術式を展開して行使していた。これだけ派手にやれば流石に音を殺して進んでいた意味も、魔力を使っていなかった意味も大分なくなってくる。……まあ、それでも使用魔力が控えめである事に変わりはない。ともあれ、此処からはもはや声を殺す意味もないので普通に会話解禁、と素早く乾いて行く自分の体と服を確認しつつ、ルーテシアへと視線を向ける。

 

「行けそうか?」

 

「うん、いい感じに頭がシェイクされているから洗脳しやすい。これでまた下僕が増える。この子の名前は蛇っぽいしシャーク君で」

 

「蛇と鮫に一切の繋がりがないんだけどそこらへんの弁解は」

 

「ガリューが呟いてきたの」

 

 たぶんガリューが何故だ、何て表情を浮かべていると思うから責任転嫁は止めさせないといけないと思う。俺も今度からイングと混ざってこのどうしようもないロリっ子を説教するべきだと心に決める。その時こそゼストと共に心を鬼にして、街中で見かけた甘味を購入してあげる事を止めよう、そう心に誓う。

 

「ん、完了」

 

 ルーテシアの下に広がっていた魔法陣が消える。それと同時に今の影響を調べてくれ、とナルへ伝えようとするとその動作に既にナルが入っており、調査報告がホロウィンドウとして出現する。ユニゾンを繰り返すたびに俺の人格と思考データを蓄積してるなぁ、と思いつつもホロウィンドウに浮かぶ報告を見る。そこに映し出される状況はそうたいしたことではない。動体反応はあるが、大したものではない。余裕だな、と状況を判断していると、ルーテシアの前でサーペントがゆっくりと動き出す。もうその体から敵意を感じる事はない。ルーテシアの従順な召喚獣としての生物が出来上がった。

 

「まあ、昆虫フェチだから今回限りでリストラなんだけど。あ、また皆で捕まえてきて―――白天王クラス」

 

「いや、もう……無理。やめて。やめてください。リアル怪獣決戦はもういいんです。お願いします。もうこりごりなんだ……」

 

「チッ」

 

 白天王、ルーテシアが召喚し、使役できる召喚獣、いや、正確に言えば召喚虫の中では最強の虫だ。だがもちろん最初から彼女は召喚できたわけではなく―――武力で屈服させて納得させて、そして召喚を許されるようになったのだ。正直ストライカー級魔導師一人ではどうにもならないようなクラスの化け物なのだ、アレは。

 

 二人がユニゾンした状態での三対一で何とか交渉へと持ち込むことに成功した……それがルーテシアが誇る最強の召喚虫、白天王。アレとはもう二度と会わない事を祈るばかりなのだ、本当の話では。久しぶりに身近な理不尽を超える理不尽を目撃した瞬間であったあれは。

 

 まあ、今はそれを頭の中から綺麗さっぱり排除しておく。ルーテシアがコクリと頷くと、小さくジャンプしてサーペントの頭へと飛び移る。ナルが運んできたランタンを受けとり、ナルを肩に乗せてサーペントの頭へと飛び乗る。ルーテシアによる洗脳が完全なのか、先ほどまで殴り合っていた相手の事を気にすることなくサーペントは受け入れ、そして奥へと向かって動き出す。

 

「方向解ってるのか?」

 

「ん、この子が赤い宝石なら見た事あるって言うからそっちへ進ませている」

 

「なら問題なし」

 

 召喚術や魔法生物への会話に関しては自分は完全に門外漢だ。ルーテシアを信じる以外にできる事はない。故に自信を持ってルーテシアがそういうのであれば、そういう事なのだろう。それが完全にレリックであるとは決まったわけではないが、それでも大分可能性は高まってきている。

 

「ねえ」

 

 水の上を進みながら、ルーテシアが振り返ることなく此方に質問してくる。まだまだホールの先は見えない。だから腰をサーペントの頭の上に落ち着け、冷たい遺跡の空気を頬に浴びながらなんだ、とルーテシアに応える。

 

「……なんでもない」

 

 そう言ってルーテシアが黙る。言葉を発する事もなく、再び無言になって先の空間を眺める。ランタンが照らす空間、壁には色々と描かれている様に見えるが―――それには特に興味を持たない。そして俺が興味を持たない事にナルは興味を持たず、ルーテシアも芸術を楽しむ人間でもないので誰も見ない。こういう事に対して価値や意味を見いだせる人間であればもう少し変わったのだろうと思うのが、少しだけ残念に思える。

 

 ま、自分達には関係のない話だ。

 

 サーペントの頭の上に揺られて十数分という時間を一つのホールの端を目指すのに費やす。これを現地調達の乗り物で行っているというのだから凄まじい距離である事が理解できる。が……それもようやくだが終わりを迎えつつある。ランタンがようやくホールの終わりを照らす事に成功する。そこに安堵するのと同時に、サーペントが動きを止める。

 

「スネーク太郎がここだって」

 

「名前を統一しろよオラ」

 

 そう言ってルーテシアが水面下を指さす。そこへと向けてランタンを持ち上げてみれば、水没した台座の上に浮かぶ、赤い宝石の姿見える。その宝石も完全に水没しているが、その空間だけがまるで時間から切り取られたかのように綺麗な姿をしていた。はやる心を押さえつけ、右肩の上に浮かんでいるナルへと視線を向ける。

 

「レリックだ」

 

「うしっ!」

 

「やたっ!」

 

 ルーテシアが此方に体を向け、そして片手を上げてくる。それの意味が何であるかを即座に理解して、手を前にだし、軽くタッチを交わす。小躍りしそうな心を抑え、立ち上がる。軽く腕を回して肩の調子を確かめ、そして魔力使用して術式を展開する。

 

「イング達に目標発見を魔力通信でよろしく頼む。見つけたんなら長居する必要はないし回収したら転移で一気に脱出するぞ」

 

「あぁ、解っている」

 

 ランタンをルーテシアへと渡すと、そのまま水底へと向かって一気に飛び降り、沈んで行く。体をそのまま床を踏めるように沈むと、そのまま前へと進む。台座へと手を伸ばせば一瞬バチ、と衝撃と閃光が水の中で響く。その驚きで一瞬、手を引っ込めてしまうが―――保護の為に張られているシールドを強引に素手で突破し、台座の上に安置されていたレリックを掴んで回収する。即座に封印術式を発動させ、最新の封印術式へとレリックに掛かっている封印形態を強化させ、処理を完了させる。

 

 床を軽く蹴って水面へと浮上し、成果を掲げる。

 

「レリック回収!」

 

「ナンバーは?」

 

 確認する。

 

「七番」

 

「ゴミめ」

 

 やっぱコイツ矯正が必要だ。ルーテシアが舌打ちをしながらそう言った光景を眺め、切実にそう思った。そうでなきゃ確実にメガーヌに顔を見せる事が出来ない。




 こう、白天王にはゼットン的イメージ持ってる。

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