マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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チェイシング・トゥモロー

 ゆっくりと、左右から挟み込まれるように温もりを感じつつ目を覚ます。両側から柔らかく、そして暖かい存在に挟み込まれるように抱かれている。そしてそれに抱かれている事に安堵を得ている自分がいるのを感じる。ゆっくりと目を開けながらテントの布越しに差し込んでくる光を受け入れ、意識を覚醒して行く。抱きついてくる二人を抱き返そうとしても―――二の腕の半ばからは腕がない。寝る時は外しているので抱き返す事も出来ない。自由に抱き返せないのは少しだけ辛いな、などとと思いつつ、脳裏をある人物の笑顔が影として一瞬だけ、映る。

 

「ッ」

 

 その影を追い払い、自分も割と無茶しているものだと口に出さず思う。動こうとすれば横の二人が更に抱きついてくる。まるで今の自分の環境を表してるようで、どうしようもない連中だと思う。たぶん……この束縛を心地よいと思っている時点で俺も駄目だ。溜息を吐き出して、小さくつぶやく。

 

 なるようになる、と。

 

 結局の所、世の中というものは流れだ。どんなに計画しようが、どっかの誰かが起こした小さな努力が全体を覆してしまう事がある。そうやって小さな積み重ねで出来上がる世の中の流れに逆らう方法は少ない。だから、流れだ。なるべくは計画したように動くが、流れが変われば動きも変わる。故にこそ流れに沿って、なるようになる。そうとしか言えない。だけどそれとはまた別に、頑張りたいという気持ちはある。だから横の二人の意識が覚醒しつつあることに気が付きながら、最後に一言だけ漏らし、起き上がる事にする。

 

「……俺、頑張るよオリヴィエ」

 

 

                           ◆

 

 

 ホロウィンドウを通して周辺の地図を確認しつつ、別にウィンドウをチャットモードにしておく。魔力ではなく電気式のホロウィンドウだ。使用する為にはデバイスとは別に電気式の端末を所持しておく必要があるため基本的に魔力に頼る魔導師には人気がない。だがこういう魔法生物の多い世界や、魔力のない人間相手にはかなり普及しているアイテムだ―――それもまあ、電波が届く距離でしか意味がないので地下へと降りると意味を無くす。故にこれを使って連絡が取り合えるのは地上にいる間だけだ。

 

『此方の準備は完了している』

 

『此方も大丈夫です』

 

 向こう側にこれから探索を開始する事を伝え、ある程度お互いの共有情報と状況を再確認してから端末をオフにする。そして振り返る。遺跡の入り口の前にはルーテシアとナルの姿がある。この二人が此方側のチームの人員だ。探索技能持ちが己とゼストである事を考えるとチームは必然的にこういう風に組まれてしまうのが問題だ。もうちょっと探索技能を覚えてもらってもいいのではないか、等とは思うが無駄か、と諦めを作る。

 

「んじゃ潜るぞー」

 

「肩車ー」

 

「あいよ」

 

 しゃがむとルーテシアが肩に乗っかってくる。ナルが無言で此方を見てくるので片手でまあまあ、と伝え、ルーテシアが頭を掴んだところで歩きだし―――低い遺跡の天井にルーテシアのデコをぶつけて、後ろ側へとルーテシアを落とす。

 

「……痛い」

 

「そうと理解できたらしっかり両足で歩こう」

 

「おんぶ」

 

 そう言ってルーテシアは手を伸ばしてくる。どうしたもんだこれ、とナルの方へと視線を向けると、

 

「この姿は間違いなくゼストと一緒に甘やかしたツケだぞ」

 

 そりゃあだって、仕方がないだろう。俺もゼストも基本的に子供には苦労をさせたくないと思うタイプの大人だ。だったらルーテシアには苦労を強いない様に一緒に行動してきたら―――何時のん間にか化学変化を受けてこの様なダメダメ娘になってしまっていた。ホント一体どこで教育を間違えたのだろうか。メガーヌが目覚めた時にはゼストと二人揃って土下座するハメになりそうで怖い。

 

「ブレインハックするか?」

 

「おいやめろ」

 

「ドクター並のマッドな発言がでてきた」

 

 その発想はなかったなぁ、と呟きながら軽く空気が和やかになってきたところでナルが手の平サイズまで小型化するとそのまま浮かんで肩の上に乗ってくる。少し羨ましそうにするルーテシアの視線に苦笑し、ランタンを持ち上げてその中の電気を付け、自分を先頭に遺跡の中へと入る。後ろからルーテシアがちゃんと追ってきているのを確認しつつ暗い道を歩き出す。他のルートと同様かなり埃くさい。が、歩き出し、床を踏むのと同時に得る感想が自分の中にはある。

 

「硬いな」

 

「うん?」

 

「崩落部分が少ない。つまり他よりも頑丈にできているって事だよ」

 

 もう少し中ほどに進んでから壁を指でガリガリ、と削ってみる。だが前調べたルートとは違って、かなり固い感触が返ってくる。まだ地表に近い部分だから、というわけではないと思う。魔力を使って調べる事ができれば楽なのだろうが、まだ朝早いこの時間帯でも起きている生き物は起きている。魔力を感じると暴れだす生物というのはかなり多いのだ。それに血の匂いに敏感な生物もまた、多い。だから殺して進む、という選択肢を取ると後から後へと続いてきてキリがないのだ。

 

「期待できそう?」

 

「ある程度は」

 

「ならば良し」

 

 偉そうにない胸を張る娘はどうしたものかなぁ、等と思いつつ先が闇に閉ざされた通路を進んで行く。ランタンで照らせる空間はごく限定されたものだ。そして通路が一本道である事はない。通路へと差し掛かる度に電気式の端末を取り出し、それでマッピングしつつ、分岐を記録して先へと進む。迷わない様に自分が通ってきた道に一応と、一定間隔で空のカートリッジ薬莢を設置しながら進む。そうやってアリの巣状の構造体となっているこの遺跡の深部を目指して進む。既にもう片方のチームと連絡は深く潜っているために届きようもない。ただ、大丈夫だという安心感はある。本当に最終手段だが向こう側の戦闘力を考えれば地中から地表まで吹き飛ばしながら進む、という事も出来ないではない。もちろん転移というスマートな方法もないわけではないが、この中で転移を得意としているのはナルとルーテシアだけでそれは此方側にいる。

 

 だから問題とするのは酸素が切れる事だが、それもそこまで心配するようなことではない。一応それ対策用に酸素のはいった缶を購入し、持ってきてもいる。苦しくなればそれを使用すればいいだけの話だが―――この遺跡、何故だかそういう息苦しさだけは感じない。地下水脈とぶち当たっているのは確実だが、それとはまた別にどこかで空気を取り入れるシステムが生きているのかもしれない、と昨日の調査を合わせて思う。

 

 ともあれ、それはそれで厄介なものだと思考する。システムが生きているという事は遺跡の機能が稼働しているという事で、大体は侵入者対策にトラップが仕掛けていたりする。今はまだ岩壁だが、これが奥へと、古代ベルカ時代の物へと変化すれば金属の壁や床になるだろう。そしてそうなった場合出てくる侵入者対策はセントリーガンや電気床だ。俺なら平気だが、ルーテシアならまず即死モノだろう。何時ものことながら遺跡調査やら発掘は面倒な作業で、セインの様に壁を透過して移動できる能力持ちが此方側にいれば物凄い作業効率が捗るのだろうなぁ、等と思って足を前へと踏み出したところ、

 

 ちゃぷん、という感触を足元に得る。

 

 ハンドサインでルーテシアに止まる様に指示し、そして足元をランタンで照らす。薄くだが、足元を水が濡らしているのが解った。軽く頭を掻き、如何したものか、と思うとホロウィンドウが浮かび上がる。

 

『どうしたの?』

 

 チャット式のホロウィンドウだ。ホロボードを出現させて素早く返信を書きこむ。

 

『浸水している。ちょっと耐久度調べる』

 

『了解っす』

 

 この子の芸風が若干心配だが、その事は置いて、壁へと寄り、軽く叩きつつ削ったりと、再びその耐久力を調べてゆく。だが触れて感じる壁の感触はやはり硬く、他の所よりも遥かに頑丈な感触を得る事が出来る。それを感じて、見ずに触れて侵食されているのに強度―――アタリだな、と判断し、サムズアップをルーテシアへと向ける。

 

『ぐっじょぶ』

 

『変換ぐらいしろよテメェ』

 

『撒いた種、撒いた種』

 

『助けてナル』

 

『後で慰めます』

 

 そしてこの扱いである。一応一家の大黒柱で頑張っているのに解せない。何故世の中はこうも男に対して理不尽なのだ。もう少し待遇の改善を要求するが、要求したらしたで駄目、と言われそうなので甘んじて今のポジションに収まっておく。待っていろよ貴様ら、何時か下剋上を果たすから。これも全部女子型の戦闘要員を作ってしまうスカリエッティとか言う頭がアッパッパーな奴が悪い。

 

 ”やっぱオッパイだよね!” とか言いつつナンバーズを作成してたんだから泣ける。

 

 ちなみにチンクやらの貧乳組作成時は舌打ちしていたらしい。アイツマジで死なねぇかなあ、と言葉を漏らしていたのは貧乳組の怨嗟の声。

 

 ともあれ、このルートは大当たりである可能性は高くなってきた。それをルーテシアに告げると、少しだけルーテシアがうれしそうな表情を浮かべた。まあ、レリックが見つかった、からと言って別に目的達成というわけでもない。目的の第一段階達成、という所だ。だから目的を達成させるためにもちゃぷちゃぷと、音を立てながら通路を奥へと進んで行く。水量が増える事はないが、それでも水の揺らぎは感じる―――おそらく、この先は大きな水の塊へと通じているのだと思う。だとすれば面倒かもしれない。そんな事を思っていると、ホロウィンドウが出現する。

 

『ねえ』

 

 ホロボードを出現させ、返答する。

 

『んだよ』

 

 カタカタ、と音を鳴らしながらルーテシアがホロウィンドウに文字を叩き込んで行く。使い慣れているのかルーテシアのその指動きは結構速いものだと評価する。そして、出てくる文字は、

 

『―――何時になったらドクターを裏切るの?』

 

『―――を入れる辺りお前結構いい性格してるよな、というかノリがいいよな』

 

『それ程でもない』

 

 そう言ってルーテシアがドヤ顔を浮かべているのが見える。ホントこの娘はいい性格する様になってきたなぁ、と思うがたぶんそこらは自分が原因なんだろうなぁ、と思う。が、まあ、ルーテシアの言葉は間違ってはいない。なるべく裏切るタイミングはこっちで見計らっている。シュテルも延命治療に関するデータやら方法をスカリエッティから盗もうとタイミングを見計らっていると言っているが―――まあ、スカリエッティが此方を100%信用していないのは解りきった事だ。

 

『まずはメガーヌをどうにかする。どうにかなったらお前はまず迷うことなく離脱しろ』

 

『いいの?』

 

『子供は黙って大人を利用してればいいんだよ。お前らを守り育てるのが俺達の仕事なんだよ』

 

『うん、解った』

 

『まぁ、これも所詮”可能であれば”って話なんだけどな。適合レリック見つけなきゃ全く持って無意味な話なんだよな、これが。……まあ、だからこそ見つけようと俺達は頑張っているんだけどな』

 

『敵対したら容赦なく潰すね』

 

『この幼女容赦がねぇぞオイ』

 

『100%貴方の背を見て育っている』

 

 おかしい、俺にいったいこんなセメント要素がどこに存在するというのだ。セメントはむしろシュテルの方だろ。割と仲もいいし、絶対シュテル経由でこうなったな。流石シュテル、やる事成す事が汚い。

 

『その思考、記録した。シュテルに伝えた時が楽しみだ』

 

『待ってください。待ってください。ま、待ってください。な、何でもしますから!』

 

『……今なんでも、と言ったな? うん?』

 

『こうして私は男のヒエラルキーが最低である事をちゃんと覚える』

 

 絶対環境が悪い。そう確信する。早くこの幼女をもっとちゃんとした環境へ送り出さないと後々面倒な女に成長しかねない、というか九割方面倒な女ルートを驀進しているような気がしないでもない。これ、マジでメガーヌに土下座するべき事態になりそうだなぁ、等と思っていると、ランタンが先の空間を照らし、それを見せてくる。そうやってランタンが見せるのは広い空間だ。縦に横に、そして奥に広がるホールだった。その先は闇に包まれて見えないが、確実に奥行きのある空間である事は把握できる。だがそのホールには大きな穴が開いており、そこがおそらく地下水脈か地底湖と繋がっていたのだろう―――部屋が水没していた。幸いこの通路部分はホールの2階、バルコニー部分に繋がっている通路である為、足裏までしか浸水していない。

 

 だが、

 

 ランタンが照らす地下の空間、光を水面に反射させているとその光が水中に紛れる巨大な姿を照らす。巨大な鱗に光を反射させる生物はホールを悠々と泳ぐ。これは避けられそうにないなぁ、と別のルートを探して視線を巡らせながら思う。

 

『ルールーお兄ちゃんのちょっといい所みたいな!』

 

『今更可愛い子ぶってもおせぇよ』

 

『ぺっ』

 

 そうだ、後で説教しよう。もちろん正座させて。じゃなきゃ本格的に駄目だこいつ。

 

 そんな事を思いつつも少し後ろに下がり、ランタンを置く。さて、と口に出さず呟きながら腕を回す。

 

「―――じゃ、いっちょお兄さんのかっこいい所を見せますか」




 インディごっこしている人間が多くてワロタ。やっぱするよな。

 今思い出すと黒歴史だぁ……!

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