マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ワイルド・イン・ワイルド

 闇の中で道を照らすのは手元のランタンだけだ。

 

 埃臭い廊下を二人で歩きながら進んで行く。通路はそこまで広くはなく、大人が三人横に並んで歩けば簡単に塞がり、手を伸ばせば天井に届きそうになるぐらいには天井も低い。その中でガタイのいい男が二人で並んで歩くのはそこまで楽しくはない。むしろ窮屈な感じだ。だがこの感じも何度も繰り返していれば慣れてしまって思う程嫌でもないと思える様になってくる。

 

 ランタンから漏れる電気の光が足元と先の闇を照らしてくれる。それによってしばらく進んだ先に行き止まりがあるのが見えている。だからと言って止まる事は出来ない。音を反響させない様に、埃を吸い込まない様に、呼吸は小さく、そして常に足音を殺しながら通路の一番奥へとやってくる。そこでランタンを一旦床へと置き、崩落して封鎖されている部分に触れる前に横の壁に分かれて触れて行く。とんとん、と軽く音を立てながらその音の反響を確認する。ぼろ、と叩いたところが崩れるのを確認して、あんまり耐久度が高くない事を察する。振り返り、逆側を見れば茶髪、壮年の男がいる。彼はこちらへと視線を向けて頭を横へ振り、此方と同じ状況である事を知らせる。此方の結果を知らせる為に人差し指で軽く壁をひっかき、ぼろぼろと崩れるその惨状をしめす。

 

 それから、崩落の方へと視線を向ける。此方も軽く触れただけでぼろぼろと崩れそうな姿を見せてくれる。正直な話、あまり長くいてはいけないような場所だ。あまり強く刺激してしまえば確実に崩れるだろう。だからと、代わりにナイフを取り出し床に突き刺す。体を床に倒して耳をナイフに当てる。これで近くに何か振動の元となる音があれば、近くに何かがいる、もしくはあると把握できるが―――全く何も聞こえない。つまり完全な外れルートとなる。

 

 ナイフを抜いてベルトの後ろ側のホルダーに入れて立ち上がる。軽く体についた埃を振り払い、ハンドサインで外れである事を伝える。その意味を読み取った相手が―――ゼストがハンドサインで了承を伝えてくる。また駄目だったか、と軽く溜息を吐きながら下に置いてあるランタンを再び手に取り、歩いてきた道を引き返す。

 

 

                           ◆

 

 

 そうして、ゼストと共に遺跡の外へと戻ってこれたのは埃っぽい通路を歩く事一時間後の話だ。漸く開けた空間……とはいえ森の中だがそれは、狭苦しい遺跡の通路と比べれば数百倍解放感に満ちている場所だ。体を大きく伸ばし、バリアジャケットを揺らす。魔力で編んでいるバリアジャケットだが、物質化させた後では魔力を抜いてただの服にする、何て技術も最近では発見されているから便利だと思う。まぁ、それも魔力を持っている人間向けの贅沢だ。自分は……贅沢できる部類に入るだろう。

 

 空は既に日が落ちて暗くなっている。遺跡内で時間は確認していたが、もうこんな時間なのか、と少しだけ時の流れの速さを感じる。

 

「結局ここもダメか」

 

「気にする必要はあるまい」

 

「ま、複数ある入り口のうちの一つだからなぁ。元々外れが多いのは解っている事だし……」

 

「と、言う割には不満そうだなイスト」

 

「面倒は嫌いだからな。……魔法生物を刺激しないために魔法は使えない、魔力は押さえなきゃいけない、崩落の危険性を考慮して音を立てない様に慎重に進んで一時間、その結果結局は脆くて先に進めない外れ通路だってことが発覚。最近のRPGだって崩れた通路ぐらい吹き飛ばして進める様にするぞ」

 

「人生はゲーム程楽にはならんという事だ」

 

「そりゃまた真理で」

 

 苦笑しながら互いに狭い通路から出られた喜びを十分に感じ取ったので、空へと浮かび上がる。遺跡の中であれば問題だが、外へと出たのであれば問題ない。ある程度飛行魔法で高度を取れば地上で幾ら魔法生物が荒れ狂おうとも関係なく移動ができる。一番は転移魔法を使う事だが、あれは使用する魔力が多すぎて無駄に刺激しかねない。だから管理外世界での活動は相変わらず面倒な事ばかりだ、と思う。それを差し引いても今はかなりいい生活をしているのだと自覚しているが。

 

 空へと浮かび上がると他の面子を待機させている場所へと向かって高度を確保してから移動を開始する。雲を超えて、夜空を背におっさんが二人空を飛ぶと言う中々ファンタジーぶち壊しな光景を生み出しながら、素早く飛行で移動し数分ほど、目的地へと到着するので高度を下げてゆく。管理外の無人世界であるはずのに、開けた高台には炎の色が見える。近くにはキャンプテントも存在し、炎を囲む数人の姿が見える。そのうちの一人、小さな姿が此方に気づき、手を振りながら声を張る。

 

「旦那―――! 兄貴―――!」

 

 アギトの声だ。ゼストと二人で遺跡の調査に乗り出している間にどうやら合流してきたようだ。ゼスト共に他の皆がいるキャンプ地へと着地する。真っ先にアギトがゼストへと駆け寄る辺り、アギトのオヤジ趣味が良く見えている。まあ、どうでもいい話だ。紫、長髪の少女が立ちあがろうとするが、首を横に振ると、そのままキャンプファイアの近くへと座り込む。

 

「ルールーはもうちょっと元気よくなろうよ!」

 

「めんど……くさい」

 

 そう言って本当にめんどくさそうに少女が、ルーテシアが炎の上の鍋を見ている。その横で、緑髪の彼女が、イングが子供をしかる母の様な声でルーテシアに声を飛ばす。

 

「駄目ですよ。ゼストも、イストもどちらもお互いの目的のために尽力しているんですから。彼らの苦労は労うべきであり、邪険にするべきではありません。そうやって何事も邪険にする人間は結局の所何者にも馴染めず―――」

 

 無言でイングの説教から逃れようとルーテシアが耳を手へと持って行こうとするが、それが中空で止められる。ルーテシアがハッとした様子で腕を見ると、その手首にはバインドが施されており、それ以上は動かない様になっていた。しかも丁寧な事に逃げられない様に足首にまでバインドがかかっており、イングの折檻から逃れられない仕様になっていた。なお、その犯人は、

 

「ちょ」

 

「お帰りなさい。貴方の帰りを心待ちにしていた」

 

 そう言って片手でバインドを設置した銀髪のユニゾンデバイス―――ナルが近づいてくる。何やら若干物欲しそうな顔をしているが、軽く額にデコピンを叩き込んでおく。お前は数年で甘える事を覚え過ぎだ、と何故か妙な方向へと進化してしまう我が家族の事に少しだけ頭を痛くしながら、キャンプファイア近くの椅子に座る。ゼストもゼストで疲れていないというわけではないだろう、同じくキャンプ用の椅子に座って、ようやく一息を入れる事が出来る。

 

「あー、疲れた」

 

「お疲れ様。肩でも揉むか?」

 

「止めてくれよ……」

 

 そう言うと横で此方を見てクスリ、と笑うアギトの姿、笑顔を向けてくるゼストの姿がある。だからとりあえず腕の動きでナルに例のものを持ってくるように伝えると、仕事を貰えてうれしいのか、クーラーボックスへとふよふよと浮かび上がりながら向かって行く。ともあれ、本日の成果は先に報告した方がいいだろう。

 

「イング、そこまでに」

 

「いえ、最近のこの子の怠惰ぶりは目に余ります。この子の母が目を覚ました時に悲しませないためにも、今の内に矯正出来る所はさせておかないといけません。これも日ごろから貴方とゼストが二人揃って甘やかしているのが原因です」

 

「どうぞ。そちらも」

 

「かたじけない」

 

 ナルからビールの缶を貰い、それを開け、横に座っているゼストと缶を叩きあう。それから一気に苦い液体を喉へと流し込む。こうやってビールを飲むたびに段々とだがオッサンへと近づいているような気がするから嫌だと思う。まあ、歳を取るならかっこよく歳を取りたいと思って―――それでもう二四歳だ。大分歳を取ったもんだなぁ、と納得してしまう。

 

 あと数年もすれば三十路突入だなぁ、とも思うと軽く鬱になれる。まあ、幸せな家庭をなんだかんだで築いてしまっているので文句は出ないのだが。あとはユーリさえどうにかなれば辺境の世界でひっそりと暮らして人生終らせればそれでいい。それ以上は望まないささやかな生活を人は送れないのはなんでだろう―――と、考えてはいけないのだろう。この状況も、この展開も、全ては何年も前に自分がやらかした事のツケが回っているだけだ。

 

 何度繰り返そうが同じ選択肢を辿るだろうし。

 

「とりあえず今日回った所を共有するぞ」

 

「もう」

 

 活動の話となればイングも話を切り上げるしかない。少しだけ不満を示す様にぷくり、と頬を膨らませているので後が面倒だなぁ、と思いつつホロウィンドウを出現させる。それをナルに複製させ、そしてデータが共有されるようにさせると、ホロウィンドウの中に出現しているこの世界の地図に次々とバッテンをつけてゆく。

 

「今日我々で回ったのが大体六ヶ所、ここと、ここと……ここらのだな。やけに入り口が多いと思うがどうやら地下にアリの巣状に構造体が広がっているタイプの遺跡だ。ただ建築様式から把握するのに遺跡は本来古代ベルカ時代に建設されたのがのちの時代に改修を加えられて今の規模になっている……まあ、学者でもなければその理由は解らんが」

 

 そこからは此方が引き継ぐ。

 

「どうやらこいつ、途中で地下水脈とぶつかっちまっているらしく一部が侵食受けてかなり脆くなっているわ。おかげであちらこちらの通路で崩落、壊して進もうにも壊せば通路自体が落っこちそうでまあ無理だ、って状態だな。幸い全ルート調べたわけじゃないし魔力ソナーで軽く調べた感じちゃんとアタリクジは存在するっぽいし、こればかりは面倒だけど根気との勝負だな」

 

 そう言うとバインドから解放されたルーテシアが頭を横に振る。

 

「大丈夫。そこらへんの努力は惜しまない」

 

 適合するレリックで母を蘇らせようとするルーテシア。本来なら大人としてそういう事を止めなくちゃいけないのだろうけど―――今更同じような事をしている男が誰かを説教する様な資格を持ち合わせているわけでもない。そういう資格は此方側へとやってきたときに全て無くしてしまった。……誰かが、この娘を引っ張り上げてくれたらいいんだろうけどな、とは思う。

 

 が、さてさて、と声を漏らす。ホロウィンドウの中の地図、バッテンをつけた遺跡の入り口を除外して行き、そして残った二か所の遺跡の入り口に対して赤丸をつけ、まだそこが自分とゼストの調査していない入り口である事を示す。

 

「ここが俺達がまだ調べていない二か所の入り口で、此方のどちらかか両方がおそらく遺跡の深部へと繋がっているから―――」

 

「という事は二手に分かれて進むのか?」

 

 アギトの言葉にそう、と答える。ゼストがそれに頷き、

 

「今日は行き止まりまで進んで軽く調査して戻ってくるだけだった。だがこれだけで最短で二時間というペースだ。遺跡内に入り込んでしまっている魔法生物を刺激しない様に進むとなるとそれぐらいの時間はかかってしまう。故に二手に分かれて同時進行する」

 

「ま、チームをどう分けるかはまた明日決めればいいとして、とりあえず問題や質問はあるか? あと不満とか文句とか愚痴とか」

 

 ビールを飲みながら他の面子を見渡せば返答がなく、誰も異論がないと察せる。まあ、このメンバーでの活動はここ数ヶ月始まったというわけでもない。結構長く一緒に活動してレリック集めているのだからこういう会話も今更、って形なのだが。ともあれ、反論はないらしいのでビール缶の淵を軽く噛んで持ち上げると、開いた両手でパンパン、と手を叩く。それで出現していたホロウィンドウはすべて消失して軽い会議時間が終了する。再びビール缶を手に握り戻す頃には和やかな時間が戻っていた。ここら辺の切り替えも慣れたもんだなぁ、と思う。

 

「あぁ、そう言えば貴方向けにメールが来ていたので……」

 

「あ、展開頼む」

 

 と、ナルがメールが来ていた事を教えてくれるのでその展開を頼む。即座にメールシステムがホロウィンドウと共に出現する。その中に来ている既読のメールのほとんどはシュテルからのスカリエッティアジトでの活動や変化、ユーリに関する報告やレポート、日常での愚痴だ。だが今回一番上に来ているのはスカリエッティからのメールだった。

 

「すげぇ」

 

「どうした」

 

「スカリエッティからのメールの一行目が”そろそろ服が脱ぎたくなる季節、春ですね”で始まってやがる……流石の俺もこの事実に対しては戦慄を隠さずにはいられない」

 

「毎回思うが会話やメールをコークスクリューからはじめないと満足できないクセでもあるのかお前たちは」

 

「この俺がスカリエッティと一緒にされるとは」

 

「方向性が違うだけで割と似ているぞ」

 

 実に心外である。俺ほど愚かなほどに真直ぐで変わろうとしない人間もまた珍しいと思うのに。と、そんな事を思っているとイングがボウルの中に大鍋の中身を移し始める。それを合図に、皆がキャンプファイアの周りにもう少しだけ寄り始める。

 

「シチューが出来ましたのでどうぞ」

 

「感謝する」

 

「ありがとよ」

 

「ういっす」

 

「ルールーって歳を取るごとにグレてくよな……」

 

 この幼女の言葉使いに関しては本当に同意だ。母親が、メガーヌが目覚める前になんとかして五ミリぐらいは修正しておかないとポッドから出た瞬間ポッドへと逆戻りというコンボが発生しかねない。それはそれで見てみたいな、等と思いつつも、メールを表示しているホロウィンドウを消去し、イングから受け取ったボウルとスプーンを手に溜息を吐く。思い出すのは読んだばかりの内容で、

 

 ―――機動六課との衝突。

 

「やれやれ、今度は俺の番か」

 

 シチューを食べる前に軽くだけ呟いてしまう。

 

「救いがある事が幸いなのかねぇ……」




 子供の頃インディにハマってムチの練習をしたのは俺だけじゃない筈。

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