マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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セット・バイ

 閃光となって二色の青が広い空間を駆ける。正面から接触する二つの青はそれぞれに色の濃さが違っている。片方は全身を覆うような濃い青の色、もう片方は発光する、魔力の明るい青―――水色だ。それが正面から衝突した次の瞬間には既に跳ねるように進路を変更していた。だがその動きが圧倒的に速いのは水色の方、即ちレヴィの存在だ。衝突から変更、次のモーションまでの入りが完璧と言える領域で出来上がっている。無駄がない動きで即座に相手の背後へと回り込む。両手で握るデスサイスの形態のバルフィニカスを死神の鎌の振り上げ、首を刈り取る様な動きでレヴィがそれを振るう。

 

 次の瞬間二刀を握った相手が、ディードの姿が瞬間的に加速する。

 

「ッ」

 

 短い、吐息を漏らすような声が木霊するのと同時に床が光速のステップを踏んだ事から火花を散らすのが見える。どれだけ強く踏み込み、そして加速したのかがその現象から窺える。そうしてディードの姿がバルフィニカスの射程の外へと逃れる。赤い刀身の二刀、武装のツインブレイズをレヴィへと叩きつける為に動きを作る。レヴィの左側面へと、レヴィがバルフィニカスを振り上げた側へと抜ける事で僅かにでもレヴィがバルフィニカスを狙う時間を稼ぎつつの攻撃だ。判断を考慮するのであれば間違いなく最善の行動として認める事が出来る。

 

 だが、

 

「よっ」

 

 レヴィはバルフィニカスを両手で振り上げたまま、体をディードへと押し付けてきた。武装が役割を果たせる事の出来るキルゾーンの内側へ。だがそこでレヴィの動きは終わることなく、そのまま体を押し付けてから、後ろ向きにステップを取る様に攻撃の為に振るモーションの最中の腕を踏む。そのままディードの攻撃モーションと合わせて逆向きに歩く様に腕を、肩を渡って行き、そうやってディードの背後に再び回り込む。そして、

 

「はい、僕の勝ちー」

 

 バルフィニカスをディードの首に押し当て、彼女の敗北を伝える。ツインブレイズを振り抜いた形で構えるディードはその動きで体を停止すると、ゆっくりとした動きでツインブレイズのエネルギー状の刀身を収納し、

 

「……参りました」

 

 両手を上げる事で敗北を認めた。レヴィがバルフィニカスをディードの首から外し、その体を解放する。勝利できたことがうれしいのか、レヴィはバルフィニカスを片手でクルクルとバトンの様に回すとそれを空中へと投げて、掴み、そしてポーズを決める。その姿を見ているとレヴィが本当に”変わる気のない”人物である事が解る。レヴィのそこらへんの変わらなさが他人にとっての付き合いやすさ、なのでもあるのだろう。ともあれ、ディードの敗北で教育は終わった。自分の分の本日の教育は完了させているのでルシフェリオンを特にする事なく弄ったりして時間を潰していたが、

 

「相変わらずクローズコンバットにおいては鬼の様ですね、レヴィは」

 

「―――身内からもそういう評価か」

 

 そう言って此方の言葉に反応するのは濃い紫色の髪のショートヘアーの女性、トーレだ。ナンバーズの戦闘班の実質的リーダーでナンバーズ最強の人物。この時間は確かセッテの教育を彼女が担当していたはずだが、此処にいるという事はもう終わっているという事だろう。まあ、それよりも返事しなければ礼儀に欠くだろう。

 

「実質マテリアルズの中で近接最強はレヴィでしょうからね。個人的には一番相手をしたくないタイプです」

 

 自分とレヴィが争った場合、圧倒的に相性が悪い。レヴィでは此方の攻撃を回避するだろうし、懐に入り込まれたら逃れる手段がない。逆に言うと広域を攻撃できるディアーチェとレヴィが相性が悪く、そして一点突破で広域魔法を貫通し、ある程度なら耐える事が出来るディアーチェは自分に対して相性が悪い。マテリアルズのこの三人組は完全に相性で出来上がっている。もしオリジナルと戦うことがあるのであればこの相性を考慮して戦うのがベストだ。

 

 激しくどうでもいい事だがユーリだけは別格で相性とかそういう次元には存在しない。

 

「ういーっす、お疲れ様ー。やっぱ僕最強」

 

「王に勝てる様になってから言いましょう」

 

「わ、ワンチャンあるし」

 

 レヴィがそうやって声を軽く震わせながら答えていると、装備や体のチェックを終わらせたディードが此方へとやってくる。此方とトーレに対して頭を下げてくるのは此方が己よりも上の立場からだと思っているのだろうか、もしくは純粋に生真面目な性格だろうからか。自分が参入してから目覚めた”後発組”の少女達にとってはあまり、外様である自分たちの立ち位置は関係ないのかもしれない。

 

「すみませんレヴィ」

 

 ディードがレヴィへと話しかけてくる。本来はレヴィの事を他のナンバーズや自分の様に丁寧語で”お姉さま”等と呼んでいたのだが、双子のオットーや堅苦しいのを嫌うウェンディ同様、そう呼ぶ事をやめさせている。それでもまだ言葉が丁寧なのは教育者に対する礼儀なのだろう。キチガイが生んだにしてはいい性格をしているものだと思う。

 

「―――戦闘中に見せたあれは一体何なのですか? データには存在しない動き、感覚でしたが」

 

 ディードが言っているのはおそらくレヴィが後ろ向きにディードの体を登った動きの事だろう。確かに初見であればあの動きも意味不明な曲芸にしか見えないだろうが、アレも立派な技術だ。というより近接戦を仕掛けるのであれば一定以上のレベルには必須とされる類の技術だ。

 

「あれ? 動きを見切ってそれに沿って動いただけだよ」

 

 その言葉にディードが首をかしげる。故に、補足する様にトーレが言葉を繋げる。流石にレヴィの説明では言葉が足りなさすぎるのだ。

 

「正確に言えば見切りという技能はただ単純にデータを読み取ってそれに対応する動きではない。相手の動きを見た上でそれに反応し、回避しつつ次の動きと混ぜる一連の動作全体の事を言う。こればかりは努力などではどうにもならずセンスの問題だ。できる様になれば確実に”怪物”と言える領域に入る様なものだからお前も目指せ」

 

「はいトーレ姉さま」

 

「ちなみに六課の隊長陣とやり合うのであれば近接であれば”最低限”の技能ですね。フェイト・T・ハラオウン辺りは確実に呼吸と同時にできる技能でしょうに。少なくともISツインブレイズを”動きを止めたまま使い続ける”事が出来なきゃ同じ領域には立てませんよ―――あ、ちなみに私もディアーチェも完全にはできません、ジャンルが違うので」

 

「ふ……つまり僕が最強なのである」

 

 そう言ってレヴィがピースサインをディードに向ける。ディードが感心したような、困惑したような表情を浮かべる。まあ、お世辞にもレヴィが優秀な師であるとは言えない。何せレヴィはどちらかというと直感的な部分が多い。とりあえず今はここにいないグラップラー二人もレヴィと同じレベルで出来たなぁ、と思うと此方の戦力としては申し分ないのだろう。

 

「まあ、お前はしばらく戦闘の事は気にせずひたすら強くなる事だけを気にしていろ。ディード、オットー、セッテ、後発組の出番は最低でも夏からになる。それまでの数か月間は最終調整を合わせてゆっくりと腕を磨け……いいな?」

 

「はい」

 

 そう言ってディードが頷くのを見て、トーレがちゃんと姉としての役割をしているなぁ、と思い、今日はこれまでだろうと判断する。

 

 

                           ◆

 

 

 スカリエッティのアジトの生活区は研究区の一個下のフロアに設置されている。研究区と生産区の下に設置されているこのフロアは意外と充実されており、寝泊りする部屋の他にも浴場やら遊戯室、結構な規模で設備を保有している。スカリエッティ曰く”金はある”ので趣味につぎ込むのは常識らしい。そんなわけでディアーチェの奮闘もあってキッチンもそれなりの規模がある。

 

 最下層の訓練用のフロアから生活区へとエレベーターを使って上がってくると、エレベーターの前に管理局の制服姿の女があった。その横にはナンバーズの最年長、ウーノの姿もあり、エレベーターが開くのと同時にアラ、と声を零してくる。

 

「本日分終了って所かしら」

 

「あぁ」

 

「こんにちわドゥーエ姉さま、ウーノ姉さま」

 

「そのぼろぼろの姿を見る感じしっかりと頑張っているようね」

 

 軽く言葉を交わして自分とレヴィが彼女たちと位置を交換する。トーレとディードはそのままエレベーターに、行く場所は彼女用の調整槽だろう。まあ、そこらへんの知識に関しては一応覚えてあるし、把握もしている―――でなければユーリに対して何かがあった場合、把握する事が出来ない。ブレイン役はいつだって苦労を強いられる。だから、迷うことなく生活区の共同エリアのキッチンへと向かい、扉を開けるのと同時に宣言する。

 

「糖分を所望します」

 

「お菓子を寄越せ。全部だ。全部だ!!」

 

「貴様ら元気だな」

 

「ちーっす」

 

「ういーっす」

 

「どうもー」

 

 リビングに当たる部分ではテーブルにぐったりと倒れるセインの姿、ぼりぼりとチップスを食べながら携帯ゲーム機で遊ぶウェンディと性別不明を売りとしている、若干ボーイッシュな後発組、オットーと、そしてキッチンに何時も通りディアーチェの姿があった。ディアーチェも体が成長してきたせいで無駄にエプロンが似合う姿になってしまって……一度間違ってお母さんと呼ばれたときはなんだかうれしそうにしていた記憶がある。

 

 レヴィが即座にゲームを遊んでいるウェンディとオットーに合流している間にキッチンへと向かうと、既に両手に皿を持ったディアーチェの姿がある。皿の上に乗っているのはショートケーキに見える。

 

「ドゥーエが帰りに買って来たものだ。しっかりと味わって食うんだぞ」

 

「後で見かけたら感謝ですね」

 

 まあ、おそらくドゥーエは職場に戻ってしまったので感謝するのは今度アジトへと戻ってきたときか、ホロウィンドウで連絡を取る時あたりだろう。レヴィの分も受け取って、テーブルの方へと戻るとそれをレヴィの前に置く。何時の間に部屋まで戻ったのかは解らないが、レヴィがナンバーズの二人に混じって携帯ゲーム機で遊び始めている。もちろんヘッドホンなんて使ったりはしないので音楽がゲーム機から流れっぱなしなのだが、妙に広くて静かなこの研究所にはちょうどいいぐらいの騒がしさだ。

 

 ともあれ、適当に座って、ケーキを食べながらぐったり、とするセインの姿を見る。

 

「また任務ですか?」

 

「地中移動でセンサー類に引っかからないからって酷使し過ぎだよあの人達……」

 

 セインの言葉で一体何の事を離しているのか大体察する事が出来た。セインの保有能力、ディープダイバーは確か物質を透過して移動する事が出来る能力だ。それはつまりほぼ誰かに見つかることなく、センサーに引っかかる事もなく移動する事が出来るという貴重な技能に他ならない。故にセインには隠密の心得と技術が徹底的に教え込まれ、探索任務などでは存在が重宝されている。だから、このぐたりとする感じは理解できている。

 

「お疲れ様です」

 

「そう思うなら―――」

 

「殺しますよ」

 

「ケーキ一つにガチすぎないかなぁ!」

 

 セインがそう言うと、此処へ通じる扉が開く。反射的に其方へと視線を向けると、そこにはスカリエッティの姿があった。

 

「ちーっす! 私だよ―――」

 

「―――ではさようなら」

 

 次の瞬間背後に現れたウーノがスカリエッティの首根っこを掴んでそのままどこかへと去って行った。あぁ、何時もの事か、と興味をなくしてケーキの攻略へと戻る。食べていると思う、このシンプルながら上品な感じ、流石社会人として働いているドゥーエ、チョイスが中々に素晴らしい。が、やはり身内に甘いというか、慣れてしまったというか、ディアーチェの作る菓子類の方が個人的には好みだなぁ、と思う。そっちの方が市販の物よりも色々と凝っているし、食べ慣れている味だ。

 

「まあ、一応お疲れ様と言っておきましょうか。管理局……いえ、機動六課との対立が更に激しいものとなれば今以上に仕事が増えるでしょうし、今からぐったりしていると死にますよ」

 

「私あんまり戦うの好きじゃないんだけどなぁ。痛いし、汚れるし、面倒だし。家でごろごろしながらゲーム遊びたい」

 

 そう言うとウェンディが無言でセインへと視線を向け、そして無言で片手を動かしておいで、おいで、と手招きしてくる。その光景をセインはゴクリと、音を立てて飲み込み、

 

「遊ばなきゃいけないという使命感……!」

 

「元気そうですね」

 

 四人でゲームを遊ぶ光景を見てこっちは一部を抜けば割と平和だなぁ、と認識を抱きつつ気になるのは―――愛しい彼の事だ。おそらく今頃、

 

「遺跡でしょうかね……」

 

 まだ未発掘のレリックの探索でも行っているのではないか、とでも予想をつけてみる。




 管理局側と比べてこの平和さである。

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