if……ありえなかった物語   作:ネザース

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かくして物語は変わり始める

 涼やかな夜風が、竹林を吹き抜けた。

 鬱蒼とした竹の葉が鳴らす音に耳を傾けつつ、比企谷八幡は小さく息を吐く。

 

(さて、どうしたものか)

 京都は嵐山の名所・竹林の道。

 八幡の周囲には、同じ総武高校の制服を来た少年少女たちの姿が、チラホラとあった。

 

「いよいよね」

 

 まるで日本人形のような端正な風貌の少女――雪ノ下雪乃が、そうつぶやいた。

 夜風に嬲られる長い黒髪を、白くしなやかな繊手で押さえる。

 

「うまくいくといいなあ」

 茶色の髪をお団子状にまとめた少女――由比ヶ浜結衣が、そう言った。

 豊かな胸元で両手を握ったその姿は、まるで祈りを捧げているかのよう。

 

 雪乃と結衣、2人の少女と八幡は、総武高校『奉仕部』のメンバーである。

 修学旅行最後の夜、八幡たちが宿を抜け出してきたのは、奉仕部の受けたとある『依頼』を果たすためだった。

 

「そううまく、いくといいがな」

 八幡は気のない声でそう言いながら、竹林の道の最奥にポツンと立つ、1人の男子生徒を見やる。

 戸部翔――今回の依頼人だ。

 依頼内容は、単純にして明快。

 

『俺、海老名さんのこと、結構いいと思ってて? で、まあちょっと修旅で決めたい的なことなんだけど』

 

 海老名姫菜――結衣や戸部と同じリア充グループの一員である、可憐なる腐女子。

 修学旅行という一大イベントの好機に、彼女へと告白したいから手伝って欲しいと、要するにそういう話である。

 

 この畑違いな依頼に奉仕部一同は、戸惑いながらも取り組んだ。

 事前のグループ分けから、自由行動でのコース選びにスケジュール調整、現地でのサポートetc……

 

 恋に恋する乙女たる結衣は、まるで我が事のように一生懸命だった。

 八幡も気が乗らないというポーズは崩さないまま、要所要所でフォローを入れた。

 1人クラスが違うため中々手助けに入れなかった雪乃も、完全自由行動だった今日は行動を共にした。

 

 ただ、だからこそ見えることもある。

 

「このままだと戸部は振られる」

 

 断言するような八幡の声に、雪乃と結衣の表情がわずかに沈む。

 

「そうかもしれないわね」

 

「そう、だね……」

 

 この3日間で繰り返された、戸部のアピールとそれに対する海老名のリアクション。

 それを何度も見たからこそ、どうしても思ってしまうのだ。

 戸部に見こみはなさそうだ――と。

 

 当の戸部は今、同じ友人グループの男子――大和、大岡、それに葉山隼人と、何やら話していた。

 話の内容までは分からないが、どうやら戸部は空元気で虚勢を張っているようだ。

 葉山が苦笑しながら、その肩を叩く。

 

「一応、丸く収める方法は考えている」

 

 八幡は葉山たちが戸部から離れたタイミングを見計らい、そう言いながら歩き出す。

 

「どんな方法?」

 

 そんな結衣の当然な質問に、八幡は答えなかった。

 結衣もまた、それ以上は尋ねない。

 

「……まぁ、あなたに任せるわ」

 

 雪乃の言葉にも、八幡は振り返らず進む。

 ただそれでも、彼女が浮かべているであろう微かな微笑みだけは、ありありと脳裏に浮かんでいた。

 

  ○  ●  ○  ●  ○

 

「戸部」

 

 八幡がそう声をかけた途端、戸部はビクリと体をすくませた。

 その体は、緊張でガチガチになっている。

 

「ヒ、ヒキタニくん……っか、やべーわ。今、俺かなりキテるわ」

 

 ぎこちない笑顔で、それでも戸部は虚勢を張り続ける。

 八幡はそれに構わず、言葉を続ける。

 

「なあ、お前、振られたらどうすんだ?」

 

 単刀直入に、八幡はそう切りこむ。

 八幡自身の内心が伝達したのか、その声は相当にキツ目だった。

 

「……そりゃ、諦めらんないっしょ」

 

 その思いを察したのだろうか?

 答える戸部の表情も、いつになく真剣だった。

 

「俺さ、こういう適当な性格じゃん? だから、今まで適当にしか付き合ったことないんだわ。けど、今回結構マジっつーかさ――」

 

 それだけで、十分だった。

 力説する戸部に対し、八幡は小さくうなずく。

 

「海老名さんには、本気なんだな?」

 

「ったりめえよ。冗談でコクれるほど、海老名さんは安い女じゃないっての」

 

 冗談めかしながらも、戸部の声色は本気だった。

 いつもの軽薄な言動はそのままだが、それでも戸部翔は戸部翔なりに、1人の男子として海老名姫菜という少女に向き合おうとしている。

 

 それを悟ったまさにその瞬間――

 自分でも驚く言葉の連なりが、八幡自身の口から漏れた。

 

「そうか。なら――当たって砕けろ」

 

「はあ?」

 

 何とも八幡らしからぬ台詞に、戸部の目が点になった。

 だが戸部から目を逸らしていた八幡は、当然ながらその表情に気づく由もない。

 そのままズルズルと、言葉を続ける

 

「骨は拾ってやる。だから後先考えずに――」

 

「ぶ……ぶひゃひゃひゃ!」

 

 八幡の語りを遮ったのは、眼前の戸部の笑い声だった。

 腹を押さえて身を捩り、無遠慮に笑い転げている。

 

「な、何よ今の!? ヒキタニ君、いつもと丸っきりキャラが違うべ。『当たって砕けろ』? 『骨は拾ってやる』? 一体どこの熱血ライバルよ?」

 

「…………」

 

 八幡は激しく後悔した。

 つい物の勢いで口走ってしまった言葉が、ここまで滑稽だったとは。

 雪乃や結衣には聞かれなかったのが、せめてもの救いである。

 

「…………あー、いや、実はその――葉山のやつが……」

 

「ありがとな」

 

 見苦しく言い訳する八幡の前で、戸部は静かに笑う。

 そのまま八幡の背を、バンバン強く叩いた。

 ……割りと痛い。

 

「おかげで緊張解けてきた。今のひょっとして、俺の覚悟試しちゃう系?」

 

「ま、まあな――」

 

 戸部が勝手に納得してくれたのならもっけの幸い。

 とりあえず、そういうことにしておく。

 

 うなずいた戸部は、小道の先に向き直る。

 結衣から適当な口実で呼び出された海老名は、もうじきに姿を見せるだろう。

 

「頑張れよ」

 

「おう!」

 

 激励の言葉を残し、八幡は元の待機場所に戻った。

 ちょうど道の曲がりくねった先、海老名の来る方向からは見えにくくなっている。

 

「…………」

 

「――――」

 

 雪乃も、結衣も、葉山も、大岡も大和も、固唾を飲んで成り行きを見守っている。

 沈黙の中、葉山が小さくつぶやいた。

 

「来た」

 

 灯籠の明かりと月光で、ボンヤリ照らし出された夜の小道。

 その向こうから、1人の少女がこちらに近づいてきた。

 

 肩までの黒髪に赤いフレームの眼鏡。

 小作りで控えめに整った、顔立ちと体付き。

 間違いない、海老名姫菜その人である。

 

「とべっち……姫菜……」

 

 不安げにつぶやいた結衣が、八幡の制服の袖をギュッと握った。

 

  ○  ●  ○  ●  ○

 

 この依頼には、裏がある――

 そのことを奉仕部の中で、八幡だけが知っていた。

 

『今まで通り、仲良くやりたいもん』

 

 修学旅行の前日、奉仕部を訪れた海老名はそう言った。

 何気ない、ごく当たり前の言葉。

 その時は、ただそう思っていた。

 

 だが――

 

『あんま姫菜にちょっかい出すの、やめてくれる?』

『だからさ、あれって結構危ないわけ』

『けど、男と付き合ったりするの(そういうの)、嫌いなんだと思う』

 

 昨夜、クラスの女王(クイーンビー)である三浦優美子からかけられた言葉が――

 

『相談、忘れてないよね?』

『よろしくね』

 

 今日、海老名が見せた仄暗い瞳が――

 

『……俺は今が気に入ってるんだよ。戸部も、姫菜も、みんなでいる時間も、結構好きなんだ』

『だから――』

 

『……それで壊れる関係なら、もともとその程度のもんなんじゃねえの?』

 

『そうかもしれない。けど、……失ったものは戻らない』

 

 そして先刻、葉山とかわしたやり取りが、八幡に彼ら彼女らの真意を伝えていた。

 海老名は、戸部の想いを受け入れるつもりはない。

 葉山はその結果として、友人たちの関係が変わることを、壊れることを危惧している。

 

 そして、八幡自身は――

 

『一応、丸く収める方法は考えている』

 

 先ほど、雪乃と結衣に告げた言葉は嘘ではない。

 戸部をふられないようにし、かつ彼らのグループの関係性を保ち、海老名さんとも仲良いままにしておく。

 ――そんな都合の良い方法を、1つだけ思いついていた。

 

 ちゃぶ台を、ひっくり返すのだ。

 

 戸部が海老名に告白する寸前、それに待ったをかける。

 先んじ、割りこみ、八幡自身が海老名に嘘の告白をし、戸部の代わりに振られる。

 そうやって、何もかもを有耶無耶に流してしまう。

 

 海老名は、間違いなく八幡の真意を察し、合わせてくるだろう。

『今回はありがとう、助かっちゃった』――そういう風に、お礼くらいは言ってくれるかもしれない。

 

 戸部だって、目の前で八幡が振られるのを見れば、自分に脈がないことを悟るはずだ。

『ヒキタニくん、わりぃけど、俺負けねえから』――そんな間の抜けた勘違いをしそうではあるが。

 

 それでまた明日からいつも通り。

 誰も何も変わらないで済むだろう。

 

「俺さ、その」

 

「…………」

 

 戸部がそう声をかけている。

 対する海老名は、無言で静かに聞いていた。

 彼女浮かべた透明で無機質な笑顔――それを見ただけで、戸部の告白には万に一つも成功の目がないのが分かる。

 

 ここだ。

 介入するなら、今このタイミングしかない。

 八幡にはそのことが分かっていて――だがそれでも()()()()()()

 

(どうする?)

 

 保身ではない。

 八幡の行動を縛っていたのは、先ほどの戸部の言動だった。

 

『じゃあ戸部はどうなる。あいつだって結構真剣じゃねぇか。あいつのことは考えてやらねぇのかよ』

 

 葉山に投げつけた言葉が、八幡自身に突き刺さる。

 そう、戸部は真剣なのだ。

 独りよがりで、考え無しで、無鉄砲で傍迷惑な一人相撲だけど、それでも海老名への想いは、戸部にとっては紛れもない()()なのだ。

 

 それを、八幡の嘘の告白で――欺瞞で塗りつぶしてしまって、本当にそれでよいのか?

 

(どうする? どうする? どうする?)

 

 緩やかに流れる時間。

 答えのでない堂々巡りの思考で、焼け付きそうになる脳細胞。

 八幡の中でせわしなく揺れ続ける天秤が、ようやく1つの解を出す。

 

「ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください」

 

 戸部翔は、はっきりとそう口にした。

 比企谷八幡は、無言のままただそれを見ていた。

 

 時間切れ(タイムアップ)ではない。

 これは、八幡自身が決めたこと。

 

 依頼人(海老名)の真意を知りながら、土壇場でそれを裏切った。

 きっと誰も幸せにしないであろう、戸部の告白を見逃した。

 それが、比企谷八幡の選択だった。

 

 ひときわ強く風が吹きつけ、立ち尽くす海老名の髪を乱す。

 右手で髪を押さえた海老名の視線が流れ、八幡の方を見やった。

 

 絡まり合う視線と視線。

 眼鏡の奥の瞳に揺れる海老名の感情は、八幡には分からない。

 八幡に分かったのは、小さくため息をついた海老名が、ペコリと戸部に頭を下げたことと――

 

「ごめんなさい」

 

 ――静かな声で、一言そう告げたことだけだった。




 俺ガイル×牙狼のクロス小説を書いてて、ふと思ったこと。
「俺、ちゃんと八幡が書けてるのか?」
 なんせ原作と打って変わった鉄火場に放りこんで、命のやり取りさせてるわけで。
 そういうシチュでのキャラの言動が、書いてるうちに「らしい」かどうか分からなくなってきました。

 これはいかんと一念発起。
 クロスオーバーに堪えられるようキッチリ八幡たちのキャラを掴むべく、まずは俺ガイル本編の改編二次を1本書いてみようと思い立ちました。
 という訳で、ガロガイル(略称)は一時中断。
 このif~を書き上げ、俺が相応しい力量を身につけた後、再び続きを書こうと思います。
 いやまあ、こちらに詰まってついあちらに手を出す可能性も、ありおりはべりのいまそがり……

 ただガロガイルでも雪乃や結衣は、割りとスラスラ書けるんですよねえ。
 問題は八幡と葉山、この面倒くさい男どもです。
 という訳で話のメインは、八幡と葉山の絡み♂と対立♂になる予定。
 海老名さん大歓喜ですな、ウホッ!

 葉山は割りとお気に入りのキャラですが、今回は割りを食ってもらう予定。
 ていうか修学旅行のコイツは、割りとダメダメですからねえ。
 文化祭のラスト、相模に対してチラチラ時間を気にしながら、恐らく心にもないだろう慰めと励ましを並べ立てるところは良かったんですが。
 ああいう「上質な偽善者」ってキャラが、俺は好きなんですよねえ。
 最近だと、よりにもよってクーデリアお嬢の前でいけしゃあしゃあと「ヒューマンデブリ問題には我々も心を痛めていました」とぬかしやがったラスタル・エリオン閣下とか。

 ある種の習作でもありますので
「こんなの八幡じゃねえ!」
「葉山きゅんはこんなこと言わない!」
「雪乃も結衣も書けてないだろ!」
 ――といった指摘・ツッコミは大歓迎です。
 

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