蘭雪あまりの痛みに、思考が一瞬ストップしてしまう。
だがその痛みのおかげで、停滞していた意識は急速に覚醒してゆく。
視界に映るのは、両翼を広げて迫りくる彩鳥――クルペッコ。
度重なる襲撃で怒りの頂点に達したクルペッコは、今まさに無防備な蘭雪を仕留めようとしているのだ。
――このままじゃ、ダメぇ。かわさ、ないと……。
しかし、自らの意思に反して、身体は思うように動いてくれない。
まだ、ダメージから身体が回復しきっていないのだ。
こんなにも、クルペッコの動きがはっきりと見えるのに。
――私、ここまでなの? こんなところで、終わっちゃうの?
せっかくジンオウガから逃げのびて、ユクモ村にもなじみ始めて、いろんな人やアイルー達と仲良くなって。
ユクモ村に来てからの日々が、走馬灯のように蘭雪の目の前を通り過ぎる。
そしてそれらが過ぎ去ったところに、視界いっぱいに映るクルペッコの嘴。
「助けて……ける……」
不意にわきあがった恐怖に、思わず目をつむる。
そして、心の奥底から湧きあがった名前を、そっと口にした。
「かける……」
「残念ながら、それはもう少しお預けですね」
蘭雪の耳元に、よく聞きなれた慎ましやかな声が聞こえた。
クルペッコは完全に油断していたのだ。
これまでの戦闘で、敵はハンター二人とアイルーが二匹だと思い込んでいたのである。
なのでそれ以外に対する注意というものを、完全に怠っていたのだ。
「せいッ!」
クルペッコは、横っ腹に重たい衝撃と斬撃が走ったのを感じた。
しかもビリビリとした痺れも生じ、筋肉が自らの意思に反して収縮する。
「はぁあッ!」
続けて繰り出される突きが、分厚い羽毛を切り裂いて血が飛び散る。
しかし、それだけでは終わらない。
体の内側に入り込んだ刃は激しい雷撃をまき散らしながら、そして……。
ドォオオオォオォオオォオオオオオッッ!!!!
「ギョワアアァアアオオオオオォォオオォオオオオッ!」
クルペッコは、今日一番の大きな雄叫びを上げた。
◆
翔は突然現れた乱入者に、ただただ唖然とするしかできなかった。
クエストの受注されたフィールドには、基本的にそのクエストを引き受けたハンターしか入れないはず。ハンターズギルドの規約にも、しっかりとそう書かれている。
なので現状を認識するまでに、たっぷりと五秒近くもの時間を要してしまったのだ。
「何をぼうっとしているんですか、翔くん?」
「…………ラルク姉さんこそ、どうして、ここに?」
近年実用化された最新の機巧戦斧――スラシュアックスを肩に担ぐハンター。
ユクモ村周辺には生息していない海竜種――ラギアクルスの青い竜隣や甲殻を用いられて作られた、重厚で堅牢な防具に身を包む女性、ラルクスギア・ファリーアネオ。
牙竜種の調査のためにユクモ村にやってきたハンターが、威風堂々とした
「牙竜種調査のためにハンターズギルドに申請していた長期間広域調査の許可が、今日やっと届いたの。それで、あなた達がこの区域のクエストを受注したって村長から聞いたから、差し入れをと思ってきてみたのだけれど……」
ラルクスギアは属性フィニッシュで空になった強撃ビンを排出しながら、悲痛なうめき声を上げるクルペッコを見やる。
「ゆっくり晩御飯、というわけにはいかないようね」
薬室ともいえる部分に新しい強撃ビンを再装填すると、クルペッコに向けてスラッシュアックス――ハイボルトアックス――を構えた。
防具同様鮮やかな青を湛える機巧戦斧には、青白い雷光がチチチチッと這いまわっている。
「蘭雪、大丈夫か!?」
「大丈夫なのかにゃ?」
「お嬢!」
翔とナデシコ、そしてヤマトは、ラルクスギアの背後でぐったりしている蘭雪の元へと駆け寄る。
「大丈夫。ちょっとだけ、頭がぼーっとしてたけど。もう平気」
蘭雪はかぶりを振って立ち上がると、しっかりと弓――アルクウノを握って笑って見せた。
本当を言うと少しだけ肩が痛むが、翔だって尾の直撃をもらったのにしっかりと戦っているのだ。
自分だけ下がって休むなんて、死んでもごめんである。
――私はハンター。守ってもらってばっかりじゃダメ。やられた分くらい、自分できっちり返してやるんだから!
立ちあがったクルペッコの横っ腹めがけて、蘭雪は矢を放つ。
先ほどラルクスギアのつけた傷口へと吸い込まれた矢は、強撃ビンの効果によって一気に小爆発を引き起こした。
「キョワァアアアオオオオオ!」
再び訪れた凄まじい痛みに、クルペッコは悲鳴を上げる。
しかし、同時に怒りのメーターは限界を振り切り、目の前の敵を殲滅せんと両翼を広げて宙へと舞い上がった。
ハンター達の頭上を舞いながら、クルペッコは粘液のブレスを吐き出す。
空中から吐かれる粘液ブレスと低空タックルを、三人と二匹はサイドステップで回避する。
それを見たクルペッコは今度は激しい羽ばたきによって生じた風圧でハンター達を地面へと縛りつけ、そこを狙って粘液ブレスを吐き出した。
「危ねぇっ!」
「わぁっと!?」
「相手の動きをよく見て。進路さえわかっていれば、かわすのはそれほど難しくないわ」
翔と蘭雪がぎりぎりのところで回避する中、二人よりも重い武器を駆るラルクスギアは二人をフォローするように立ち回りながら余裕を持って回避している。
とてもじゃないが、今の翔や蘭雪では真似できない。
両者の間には、まだそれほどの差があるのだ。
翔も蘭雪も、ラルクスギアのアドバイス通りに相手の動きを注意深く観察する。
体の向き、羽ばたく時の力加減、そしてどこを見ているか――誰を標的に定めているのか。
翔達の間を通り過ぎ反転したクルペッコが、目標を定めて再び空中を猛突進してきた。
――俺か!
クルペッコの目が、しっかりと翔を見つめていた。
息を荒げ、怒りの炎を目に灯し、これまでにない速度で突っ込んでくる。
――でも、これなら!
事前に相手の動きがわかっていれば、かわせない事もない。
翔はぎりぎりまでクルペッコを引き付けたところで、転がるようにして空中からの低空タックルを回避する。
そして、その動きを予測していたのは翔だけではない。
「いつまでも飛んでないで、さっさと降りてきなさいよ!」
天高く上った矢の大群は大きな弧を描きながら、地上へ向かって再び降下してゆく。
「ギュワァアアオォオオォオオオ!」
その矢の大群は、低空を高速で飛行していたクルペッコを、見事に捉えて見せた。
突然上方から矢のダメージを受けたクルペッコはバランスを崩し、地上へと落下する。
あまりの重量と速度のせいで地面をずるずると滑り、大量の泥と水しぶきが巻き上がる。
その中を、翔とラルクスギアが駆け抜けた。
全身に泥と水しぶきを受けながら、翔は骨刀【犬牙】を振り上げ、ラルクスギアはハイボルトアックスを腰いっぱいに引き絞る。
「でやぁああああああ!」
「はッ!」
翔の上段からの振り降ろしが嘴を叩き、ラルクスギアの横薙ぎが楕円の尾を深々とえぐった。
しかし、攻撃はそれまで。
凶暴化したクルペッコは羽ばたきながら一気に上空へ飛んで体勢を立て直し、嘴を突き立てながら急降下してくる。
目標は、一番近くにいたラルクスギア。
回避するには、あまりに近すぎる。
だが、ラルクスギアに焦りの色はない。
いやむしろ、口元はだけ小さく微笑んでいるようにも思える。
そして、それは間違いではなかった。
「この程度……」
横へ軽くステップしながら、ハイボルトアックスを高々と掲げ、
「なんて事ないわね」
そして上空から急降下してくるクルペッコの嘴めがけて、分厚い刃を叩きつけたのだ。
あくまで力の向きには逆らわずハイボルトアックスを上から下へ、同時に足下を通過する翼を体重移動とジャンプで回避する。
まさに、華麗の一言だ。
スラッシュアックスを使用するハンターがまだ少ないのもあるが、それを
再び地上へとたたき落とされたクルペッコは、屈強な脚で立ちあがる。
「あれでも、まだやるってのか……」
「ホント、モンスターの体力って呆れるくらいスゴイわね」
あの大剣並みに重いスラッシュアックスの一撃を受けてなお立ち上がるクルペッコに、翔も蘭雪も感嘆の息を漏らす。
「感心している暇があるなら、さっさと蹴散らしてしまいなさい」
「応さ!」
「言われなくたって!」
二人を叱咤するラルクスギアの横を通り過ぎ、翔は一気にクルペッコまで迫った。
骨刀【犬牙】を逆袈裟に斬り上げて嘴を打ち、斬り降ろしで再び嘴を打つ。
尾を振りまわす攻撃は地面を転がって回避し、また嘴めがけて骨刀【犬牙】を振り降ろす。
ラルクスギアに言われて相手の動きを注視するようになった翔の目には、クルペッコの動きが手に取るようにわかる。
あるいはそれは、極限の環境下に置ける極限の集中力の成し得た技かもしれない。
内から溢れる練気がオーラとなって顕現し、翔の体を包み込む。
「キョヮアアアァァアアア!」
甘く見るな。
まるでそう言っているかのように、クルペッコは雄叫びを上げながら激しく火打石を打ち鳴らして襲いかかる。
大きくジャンプしては目の前で大きな火花がはぜ、かわしたと思ってもまた近くで火花が視界をかすめる。
翔はそれを寸前のところで回避するが、こうも連続でされては斬りつけることはできない。
「私の事も、忘れてもらっちゃ困るんだけど!」
翔がサイドステップで何度目かの攻撃をかわした瞬間、貫通力を増した矢がクルペッコの翼に突き刺さる。
狙いを翔から蘭雪に移したクルペッコであるが、今度はその視界に小さなタルが迫っていた。
「おんにゃの子を甘く見ると、痛い目に遭いますのにゃよ」
見間違いようもない、小タル爆弾だ。
顔面間近で爆発した小タル爆弾に、クルペッコが怯んだ。
「ボクはできるオトモなのニャ! 覚悟するのニャ! クルペッコ!」
だが、それは単なる布石にすぎない。
視界を奪われている隙に一気に接近したヤマトは、クルペッコの足を伝って翼の付け根までよじ登る。
そしてハイボルトアックスの属性フィニッシュによって大きくえぐれた箇所へと、思い切り木刀を突き立てた。
「ギュワァアァァアアアアアアアァアアアアアアアアアオオオォォオオオオオオオオ!!!!」
再び襲い来た激しい痛みに、クルペッコは身をよじって激しく体を振りまわす。
「絶、対、にっ! 離れ、ないの、ニャッ!」
しかし、ヤマトの方も踏ん張る。
爪をしっかりとクルペッコの羽毛にひっかけ、木刀を突立て続ける。
「ふんばれ、ヤマト!」
「ヤマトも、たまにはやるじゃにゃい」
「その根性だけは、認めてあげてもいいわね」
翔はとラルクスギアはデタラメに放たれるブレスをかわし、ナデシコは少しでも注意を割こうとブーメランでクルペッコを狙う。
「いい加減に、しなさいよ!」
そんな二人と一匹の間を縫うようにして、蘭雪の手元から何本もの矢が放たれた。
貫通力を増したそれはクルペッコの激しい動きをも無視して、次々と巨大な体に突き刺さる。
しかも、強撃ビンによる小爆発のオマケ付きだ。
「翔くん、合わせて」
「了解です、姉さん!」
ブレスの雨をかいくぐった翔とラルクスギアは頷き合うと、左右から挟み込むように別れ、
「こいつで、どうだッ!」
「はッ!」
短い一呼吸の直後、翔とラルクスギアは地団駄を踏む太い脚を、両側から勢いよく切りつけた。
岩でも斬っているかのような硬い手ごたえと、ギリギリと刃の削れる異音が耳を打つ。
しかし同時に、
「ギュワァァ、ギュンワァアアアアァァアアアアアア!!」
木の幹を思わせるようなゴツゴツした脚から、鮮血が吹き出した。
傷口は浅くとも、それによってクルペッコは大ききバランスを崩したのである。
甲高い悲鳴をまき散らし、ぐらりと体が傾く。
だが、クルペッコは最後の力を振り絞り、後方へと大きく羽ばたきながら喉元の袋を大きく膨らませ、
「ウォォォォオオオオオオオオオオオオ――――――」
狼のような遠吠えを始めた。
「やべぇ!!」
「また呼ぶ気!?」
「マズイのニャ!」
「にゃんとかしないと!」
先の事を思い出し、慌てる翔や蘭雪達。
しかしそれに先んじて動く者が、たった一人だけいた。
クルペッコが遠吠えを始めた瞬間にはすでに飛び出し、手元の武器を変形させながら渾身の力を込めて突き出す。
「たぁッ!」
大きく広げられた嘴へと、ラルクスギアは展開したハイボルトアックスをねじ込み、
――――――ドォォォオオオオオオオォオオオンッ!
ガンランスの竜撃砲にも似た、強力な属性フィニッシュ。
途方もない衝撃と雷撃が、クルペッコの口の中で炸裂したのだ。
ナデシコの小タル爆弾を超える爆煙が、クルペッコの頭と包みこむ。
役割を果たして空となったビンが、蒸気と共に排出された。
「ギョワァアアア! ギョワアアン! ギョワァァアアアアアア!」
風に流され、晴れてゆく爆煙。
そこから現れたクルペッコの嘴は、見事なまでに破壊されていた。
――――――――ウォォォオオオオオオオオオオン!
しかし、ラルクスギアの速攻もむなしく、手遅れだったらしい。
遠くの方から、ドスジャギィの声が聞こえてくる。
それでも、ラルクスギアは余裕な態度を崩さない。
「こっちは本来、あなた達の仕事だしね。後の事、任せたわよ?」
そう妖艶に微笑んで見せるとくるりと反転し、ラルクスギアは遠吠えのしてきた方へと走り出す。
「ラルク姉さん、あの群れを一人で相手しようってのかよ」
「さすが、研究所から協力を求められるだけあるわね」
「かっこいいのニャ」
「こっちも大詰めなのにゃ。翔さん、蘭雪、あとヤマトも」
オトモのナデシコにそう言われて、黙っているわけにもいかない。
「もちろん、最後まで全力でやってやるさ」
「私だって、そのつもりよ」
「『あと』って、オマケみたいに言わないで欲しいのニャ!」
いよいよ、クルペッコとの最後の戦いが始まった。
◆
クルペッコの体力は、目に見えて限界に近づいていた。
全身のあちこちから血を流し、蘭雪の放った矢が無数に突き刺さっている。
しかし、翔も蘭雪も、そしてヤマトもナデシコも、体力的にはとっくに限界に達している。
よくもまあ体が動いてくれるものだと、自分でも感心するほどだ。
「みんな、準備は大丈夫か?」
クルペッコは、まだ嘴の破壊から立ち直れていない。
その間に、翔は改めて全員に声をかける。
「いつでもどうぞ」
蘭雪はすでにいっぱいまでアルクウノを引き絞り、
「頑張りますのにゃ」
ナデシコはブーメランを構えて体勢を低くし、
「どこまでも付いて行きますのニャ、ご主人」
ヤマトは木刀を構えて翔の隣に並ぶ。
「いくぜ!」
掛け声と共に、翔は一気に飛び出した。
それに続くように、ヤマトとナデシコもクルペッコに向けて走り出す。
「疲れてるからって、私の矢に当たるんじゃないわよ!」
矢筒から複数本の矢をまとめて取り出した蘭雪は、放物線を描く軌道で次々と矢を放った。
だが、そこは体格で圧倒的に上回るクルペッコ。
ハイボルトアクスの一撃で傷ついた扇のような尾を振りまわし、矢を弾き返す。
しかし、蘭雪は矢を射る手を一向に緩める様子はない。
翔達へ向けられる注意を、少しでも割くために。
「でやぁあああああッ!」
その隙にクルペッコを射程圏に捉えた翔は、大上段から全体重を乗せて斬りこむ。
骨刀【犬牙】は片方の火打石を見事に捉え、火花を散らすと共にバラバラに砕け散った。
「やったのニャ! ご主人!」
「見とれてないで、こっちもやるにゃよ、ヤマト」
「わかってるのニャ!」
負けじと飛びかかるヤマト。
その背後から、ナデシコがブーメランを放った。
ヤマトを回り込むように大きく弧を描くブーメランは、しかし火打石から大きく外れた軌道を描く。
その進路の先にあるのは、怒りの炎を灯すクルペッコの目であった。
「ギュワン、ギュワァアアア!」
だが、複雑な軌道を描くブーメランでは狙い通りの場所を狙うのは難しく、クルペッコの額を浅くかすめるにとどまる。
それでも、ヤマトがクルペッコの足下に潜り込む時間を稼ぐには十分だった。
「ニャッ! ニャッ! ニャァアアッ!」
再び足を伝ってクルペッコの翼までよじ登ったヤマトは、もう片方の火打石めがけて何度も木刀を叩きつける。
クルペッコは翼を振ってヤマトを振り落とそうとするも、足下で属性フィニッシュの傷跡を集中的に狙う翔と、頭を狙ってくる蘭雪とナデシコの援護もあって、ヤマトだけに集中することができない。
「ニャアッ! こんな! 火打石! もぎ取ってやるの! ニャアッ!」
その間もヤマトの猛攻は止まらず、火打石は翼の根元から徐々に剥がれ落ちようとしていた。
また遠くからクルペッコを狙い撃つ蘭雪の目にも、その情景はしっかりと映っていた。
「翔のオトモ! 離れて!」
限界までアルクウノを引き絞り、激しく動くクルペッコの火打石へと狙いを定める。
「いっけぇぇえええええッ!」
動きをよく見て、その先を推測して、次の瞬間に来るであろう場所へと矢を放つ。
蘭雪が矢を放ったのは、ヤマトが翼から飛び降りるのと同時だった。
一直線に飛来する矢は狙いを違うことなく、クルペッコの翼――火打石の根元へと吸い込まれるように突き刺さった。
矢の刺さった場所からは鮮血がにじみ、拳大の火打石が地面にごろごろと転がる。
「一気にたたみかけるぞ!」
最後の気力を振り絞り、叫ぶと同時に翔は気刃大回転斬りを放った。
しかし、それだけでは終わらない。
練り上げられた気は更に洗練されたものへと転じ、翔をより高みへと誘う。
切れ味の落ちているはずの太刀が、唸りを上げてクルペッコの羽毛を切り刻んだ。
「これで仕留める!」
それに蘭雪も続いた。その羽毛の薄れた場所へ、貫通力を増した矢が次々と突き刺さる。
さすがにラルクスギアのように深い傷を負わせることはできないが、小さなダメージは着実にクルペッコを追い詰めている。
「爆弾でもくらってるのにゃ」
「木刀、乱れ突きィ!」
ナデシコは小タル爆弾でクルペッコの頭部を爆撃し、ヤマトは翔やラルクスギアの傷付けた足の傷を狙って木刀を繰り出す。
密着状態にある一人と二匹を引っぺがそうと、クルペッコは足を蹴り上げ、翼をふり乱して攻撃を仕掛けてくる。
しかし、動きのキレが徐々に落ちてきた攻撃をもらうような翔達ではない。
股の間を、翼や尾の下をかいくぐり、嘴や時折吐かれるブレスをかわし、斬り続け、撃ち続けた。
まだなのか、まだ倒れないのか……。
いくら攻撃を繰り返しても、クルペッコが倒れる様子はない。
翔達は改めてモンスターの底知れない生命力に驚きつつ、ひたすら攻撃を繰り返す。
しかし、緊張というものは、必ずどこかでほつれるもの。
永久に緊張感を持ったままでいるなど、生き物である以上不可能な事だ。
その緊張は狩りの間にほつれるのか、それとも休息の最中にほつれるのか。
違いがあるとすれば、その程度のものでしかない。
「ニャァッ!?」
そして、その瞬間が狩りの間に訪れてしまった。
ろくに相手も見ずに蹴り続けていた足がかすれ、ヤマトが大きく跳ね飛ばされたのである。
「ヤマト!」
「翔のオトモ!」
「翔さま、よそ見は…」
ヤマトに気を取られた翔と蘭雪に注意を飛ばそうとしていたナデシコの足下にも、クルペッコの壊れた嘴が突き刺さる。
直撃は免れたものの、強烈な頭突きをくらったナデシコは、ヤマト以上に大きく吹き飛ばされた。
「くっそぉおおお!」
尾による一撃を、辛うじて骨刀【犬牙】で受け止める。
軽く数メートルは吹き飛ばされた翔の手には、強烈な痺れが残っていた。
こんなの武器屋のじいちゃんに見られたら、あのバカデカいハンマーでぶん殴られるだろう。
実際、さっきも嫌な音がしたわけだし。
だが、考えている時間はない。
「キュウゥゥゥゥ……」
大きくバックステップしたクルペッコは、反転して翔達から遠ざかろうとしていたのだ。
「やばい、逃げるつもりだ!」
「逃がすもんですかぁあッ!」
翔は最後の力を振り絞ってクルペッコへ駆け、蘭雪もそれに続きながら同時に矢を射る。
しかし、走りながら狙いをつけるのは、想像以上に難しい。
しかもクルペッコは何本矢が刺さろうが関係ないとでも言うように、二人を無視して逃げ続ける。
そうしてハンター二人を引き離し、ようやく安全圏まで脱したと判断したクルペッコは、傷だらけの翼を広げて大きく羽ばたき始めた。
「間に合わねぇ!」
「落ちろぉおおおおお!」
少々遠いが、これ以上では手遅れになってしまう。
蘭雪は走るのをやめ、両足をしっかりと地面につけて矢を連射する。
残り少ない矢筒の中の矢を全部使い切る勢いで撃ち続ける。
それでも、クルペッコは止まらない。
巨体がふわりと宙に浮きあがり、ゆっくりと上昇していく。
せっかくここまで追い詰めたのに、このままでは……。
と、その時だった。
二人の背後で、シュゥゥウウウウっという、まるで小タル弾に着火したような音が聞こえたのは。
「ウニャァァアアアアアッ!!!!」
正確には、それは小タル爆弾ではなく、打上げタル爆弾であった。
そしてなんとその上に、木刀を振り上げたヤマトが乗っていたのだ。
爆発直前で打上げタル爆弾から飛び出したヤマトはそのまま一回点をしながら、
「おとなしくやられるのニャア!」
クルペッコの脳天へと木刀を叩きつけた。
「ギュワッ!?」
完全に予想外の場所から攻撃を受けたクルペッコは、為す術もなく三度地面へと落下する。
「ナイスだ、ヤマト、ナデシコ!」
オトモの二匹がぼろぼろになりながらも作ってくれたチャンス、無駄にするわけにはいかない。
翔は釣りそうになる足を懸命に前に出し、クルペッコとの距離をつめる。
洗練と昇華を繰り返した練気は赤いオーラとなって、翔の全身から溢れ出していた。
「はぁぁああああッ!」
起き上ったクルペッコは、翔を迎え撃つべくブレスを吐き出す。
しかし、翔はその下をかいくぐり、骨刀【犬牙】を振りまわした。
気刃斬り――練り上げた練気を纏った者のみが許される一撃を、嘴に一太刀目。
屈強な足による蹴り上げをかわし、次に迫りくる翼をかいくぐりながらそこに二太刀目。
続く尾の振りまわしを半ばぶつかりに行くように斬りこみながら、ラルクスギアによって傷付けられた深い傷の周辺に、三太刀、四太刀、五太刀目を加える。
「ギュヮアアアアア!」
真下で猛威を振るう翔をたたきつぶそうと、クルペッコは翼を高々と真上へと振り上げた。
「翔、もう仕留めちゃいなさい!」
その振り上げた翼を、蘭雪の矢が貫く。
その事によってできたコンマ数秒の時間。
「これで……」
全身を限界までひねり、翔の体が動く。
残像を残しながら、クルペッコの知覚を超える勢いで翔の体がはねた。
「終わりだぁ!」
全ての練気を練りこんだ、気刃大回転斬り。
その切っ先は、度重なる攻撃で羽毛の薄くなった――ラルクスギアが属性フィニッシュを決めた深い傷を、正確に貫いていた。
「――――――――――――――――!」
最後に声ならぬ絶叫を上げ、ついにクルペッコは地面へと突っ伏したのであった。
◆
クルペッコに近寄った翔と蘭雪は、本当にクルペッコが討伐できたかどうか確認する。
さっきまで荒々しいほどであった息も、もうしていない。
どうやら、これで本当に終わったようだ。
「お疲れ様、翔」
「蘭雪こそ。最後のアレ、本当に助かったぜ。ありがとな」
蘭雪はくたびれて尻もちをつく翔の労をねぎらい、翔は自分を救ってくれた蘭雪に感謝の言葉を返す。
そして二人は、近くの木に背中を預けてぐったりしている、二匹のオトモを見やった。
あの小さい体で、よくここまで一緒に戦ってくれたものだと思う。
特に最後のヤマトの頑張りがなくては、クルペッコは仕留められなかっただろう。
「どうやら、こちらも終わったみたいね」
とそこへ、息一つ切らしていないどころか、防具にも全く損傷の見られないラルクスギアが現れた。
この様子を見ると、本当に一人でドスジャギィとジャギィの群れを撃退したようだ。
翔と蘭雪は、オトモ二匹と一緒に戦っても辛かったというのに。
「ラルク姉さんの方も、終わったんですか?」
「えぇ、この通り」
と、ラルクスギアは涼しげな笑顔のまま、ドスジャギィのエリマキを見せてくれた。
「お姉さま、さっきはその……ああ、あ、危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」
「いいわよ、そんな事。それより、怪我はない? 応急薬なら、まだ残ってるけど」
「いえいえ、大丈夫です! 私達も、まだ残っていますから!」
ポーチから応急薬を出してくれるラルクスギアを見て、いえいえそんなめっそうもないといった風に、蘭雪は両手を前に突き出して断った。
ラルクスギアは、『そう』と一言答えると、いそいそとポーチにしまう。
「とりあえず、二人ともお疲れ様。今日は戻って、キャンプで一泊してから帰りましょう。もう夜も遅いし。案内してくれる?」
「はっ、はい!」
「ナデシコ、それに翔のオトモ。キャンプまで帰るわよ」
蘭雪は翔とラルクスギアのそばを離れ、木にもたれかかって休んでいるオトモ二匹の元へと歩み寄る。
「も、もう少し……休ませて……欲しいのニャ」
「今回ばっかりは、わたしも、もうちょっと休みたいのにゃ」
仕方ないわねぇと、蘭雪は残った携帯食料を差し出すも、オトモ二匹からサシミウオを要求されて、ヤマトの頭を軽くどついていた。
まあ、クルペッコに跳ね飛ばされるのと比べれば、なんてことはないだろうが。
でもそのまま放置しているのもヤマトに悪いし、助け舟でも出してやろう。
そう思って蘭雪の元に近寄ろうとした翔の耳元に、ラルクスギアは小さくささやきかける。
「今度は、自分の手でしっかり守ってあげなさい」
「え?」
もう一度聞き返そうとする翔は無視して、ラルクスギアは蘭雪達に話しかける。
「早くキャンプまで戻りましょう。今晩は私が、ジャギィのお肉で料理を作ってあげますから」
パンパンと手を打ち鳴らし、ラルクスギアは二匹のオトモにこんがり焼けたサシミウオを差し出す。
翔はラルクスギアにかけられた言葉を
…………どうも、みなさん、お久しぶりです。なんかこのサークルの中だとジェット戦闘機並みに速筆らしい、蒼崎れいです。自分では全然そんなつもりないんですけどね。むしろ、もっと早く書きたいくらいで。なんかもう、他の人がなかなか書いてくれないんで、一人で被害者の会を設立したくなる気分です。
とまあ、それは置いといて。一週間ありゃ足りるって言っちゃったんで、一週間で仕上げてみました。キノンさんがあとがきでハードル上げちゃってくれたもんだから、まったく。まあ、正確には二日なんですけど。木金で書きあげて推敲して、土曜に見てもらいました。特に問題もなくOK出たんで、一安心です。
もう内容全部飛んでるから6話から読み直して書きました。前回があんな終わり方だったのでどうしようか悩んだんですが、ラルクスギア出すことにしました。はい、思考時間一分くらいです。
にしても、ラルク姉さんまじかっこいいな。サザンクロスさんに感謝を。
それはそうと、自分で張った伏線を自分で回収することになるとは、完全に予想外でしたね。温泉で出したラルク姉さんが、再び登場って。やるなら、もっと別の人に書いてもらいたかったです。それがリレー小説の醍醐味なわけですしね。
てなわけで、色々と更新に難しかないメンバーですが、これからも生温かい目で見守ってやってください。
最後はきっちり、心さんに締めていただきましょう。
では、またどこかで。