MONSTER HUNTER 〜紅嵐絵巻〜   作:ASILS

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『クルペッコの羽根求む』

クエスト内容:クルペッコ一頭の狩猟

報酬金:1500z
契約金:300z
指定地:渓流
制限期間:2日間

主なモンスター:
・ジャギィ
・ブルファンゴ

クエストLV:★★★

成功条件:
・クルペッコ一頭の討伐、捕獲

失敗条件:
・狩猟続行が困難の場合
・タイムアップ

依頼主:ユクモ織り振興委員会


第2章
第06話 (著:蒼崎れい)


「蘭雪、大丈夫か……!」

 大きく口を開けているジャギィ達を、青年は骨刀【犬牙】で横薙ぎして牽制する。

 全身を覆うのは、ユクモ村に昔からあるユクモノシリーズの防具である。

 身長は一八〇センチと比較的高く、だが必要最小限の筋肉に覆われた身体からは、微塵も貧弱さが感じられない。

 うなじの辺りで乱雑にまとめられた髪が、笠の後ろで華麗に宙を舞う。

「大丈夫には大丈夫だけど……」

 その青年の後ろでは、青紫を基調とした鮮やかな防具――ブナハシリーズ――を身にまとう少女が、矢を乱れ撃っていた。

 青年より少し背は低いが、女性としては高めで一七〇センチほど。

 栗色の短いツインテールが、少女の動きに応じてひょこひょこと揺れる。

「ちょっと数多すぎ! 何とかしなさいよ翔、誘ったのあんたでしょ!」

「しょーがねぇだろ! こんな大群が来るとか、予想してなかったんだから!」

「現地のハンターなんだから、それくらい予想してなさいよ!」

「んなもん知るかぁ!」

 太刀や矢によってダメージを受けたジャギィ達は、二人の口喧嘩に気圧されてか、首をすくめて後ずさる。

「二人とも、今はこの状況を打開する方が先ですのにゃ」

「そうですニャ、ご主人にお嬢。痴話喧嘩はジャギィも食わないのですニャ」

 あまりの酷さに、二人に忠告するオトモの二匹であるが、

「わぁーってらぁ、んなことぉ!」

「ちっ、ちわげん……!? 翔のバカオトモ、あとでたっぷりオシオキしてあげるから、覚悟しときなさいよ!」

 とまあ、当の本人達にとってはジャギィ達を追い払うより、この状況は翔のせいなのかどうかの方が重要らしい。

 もっとも、ジャギィ程度ならいくらかかってこようと簡単に蹴散らせるほど、二人の腕が上がったという事でもあるのだが。

 実際に、激しく口論していても、二人の動きには無駄も乱れもない。

 HR(ハンターランク)が4を超える上位のハンターや、G級クエストもこなすベテランハンターと比べればまだまだ稚拙だが、十分に一人前と言っていいレベルだ。

 青年は勢い良く飛びかかってきたジャギィを一刀の下に斬り伏せ、少女は複数の矢を同時に放つ曲撃ちで跳躍するジャギィ達を次々と撃墜する。

 互いの背中を守り合い勇猛果敢に戦う姿は、二匹のオトモも惚れ惚れするほど連携が取れていた。

 それに華もあって、とても格好いい。

「まあ、にゃんだかんだで、あの二人は大丈夫そうですのにゃ。頑張るのは、ヤマトの方にゃのかも」

「……修行中の身ゆえ、そこは勘弁して欲しいですのニャ、姐さん」

 青年と少女にオトモ二匹によって、次々と蹴散らされてゆくジャギィの群。

 多くの配下に負傷を負わせられ怒りが頂点に達した群の長が、見事なエリマキを広げて咆哮する。

 その巨体はジャギィの倍を軽く超え、鋭い牙と強靭な尻尾を振り回して二人のハンターへと襲いかかった。

「ったく、クルペッコ狩りに来て、なんでドスジャギィの群と戦わなきゃなんねぇんだよぉぉおおおおおお!」

 青々と木々の茂る渓流に、青年の声が木霊した。

 

 

 

      ◆

 

 

 

 クルペッコの狩猟に出かける前夜、一人の青年とオトモが集会所へと報告に帰ってきた。

 ユクモノシリーズの防具を身に纏う青年。ユクモ村出身のハンター、村雨(むらさめ)(かける)である。

 そのかたわらにいるのは、彼のオトモアイルーであるヤマトだ。

「番台さん、頼まれてた特産タケノコ採ってきたぜ」

「採ってきたのですニャ」

 翔とヤマトは背負っている編み籠を下ろして、番台さんに見せた。

 掌サイズから両手で抱えるのも大変なサイズまで、大きさはまちまちである。

「ったく、お前さん達は相変わらず仕事が雑だにゃぁ……。こんなでっかいタケノコ、固すぎて料理にゃあ使えないのにゃぁ」

 番台さんの言葉に、がっくりと肩を落とす翔とヤマト。

 丸一日かけて頑張った成果をそんな風に言われては、がっかりもするだろう。

 もっとも、番台さんに今言われている事は、出発前にも散々言われていた事で、話を聞いていなかった翔とヤマトが全面的に悪い。

 しかし、ちゃんと使えるタケノコもある。

「でもま、お疲れさんだにゃぁ。ドリンク一杯ずつサービスしてやるから、温泉に浸かってくといいのにゃぁ」

 番台さんは親指で温泉の方を指差しながら、ニヤリと笑ってみせた。

「さすが番台さん! 太っ腹だぜ!」

「惚れ惚れしますのニャ!」

「野郎に惚れられても迷惑なだけだにゃぁ。それなら今度、べっぴんさんのアイルーでも、紹介しろってんだにゃぁ」

 翔とヤマトをしっしっと払いながら、番台さんは編み籠の中から使える特産タケノコをより分けていく。

 使わない分は、翔達の今晩のおかずになる予定だ。

 固くて食べられない部分も確かにあるが、けっこう食べられたりする部分もあるのである。

 番台さんの見せる背中に笑顔を送りながら、翔とヤマトは集会所の温泉に向かった。

 

 

 

      ◆

 

 

 

 ユクモ村は、言わずと知れた温泉街で有名な村ある。

 村のあちこちからお湯が湧き出し、至る所から湯気が立ち上っている。

 それはもう、山の上から川の底まで、文字通り至る所に。

 その中でも、集会所に設置されている温泉はとりわけ大きい。

 俗に言う、露天風呂と言うやつだ。

 緋色の柱を除いて壁は完全に取っ払われ、向こう側にはごちゃごちゃとした――しかしにぎやかで活気のあるユクモ村の景色が広がっている。

 しかも集会所はユクモ村で一番高い場所にあるので、その目に映る景色は正に絶景であった。

 特に紅葉の見られる二回目の繁殖期【秋】には多くの観光が訪れるのだが、それはもう少し先の話だ。

 翔とヤマトは申し訳程度の小さな脱衣場で装備を脱ぎ、ユアミスガタとユアミタオルに早変わり。

 普通、温泉は裸で入るものなのだが、集会所の温泉は一つしかないせいで男女共同――ようは混浴となっているのである。

 つまり、ユアミスガタで温泉に入るのが最低限のエチケットとなっているのだ。

 それに、露天風呂がオープンなスペースにあるせいか、外から一目につきやすいのも、ユアミスガタで温泉に入る一因にもなっている。

 始めから集会所を広く作っていれば――いや、今からでも増築すれば男女別の温泉を作るのは可能なのだが、村長にはどうやらそのつもりはないらしい。

「よしヤマト! どっちが長く潜ってられるか、競争しようぜ!」

「ふふん、臨むところですのニャ!」

 翔とヤマトは、露天風呂めがけて猛ダッシュで走り出した。

 他に入浴中のハンターがいるのにも気付かずに…………。

 

 

 

 マナー其の壱.湯に浸かる前にに身体を洗うべし!

 マナー其の弐.湯にはそっと浸かるべし!

 マナー其の参.絶対に挨拶すべし!

 マナー其の肆.温泉で騒ぐにゃぁ!(まあこれは、時と場合によるんだがにゃぁ)

 脱衣場から温泉に向かう出入り口にある、番台さんの豪快で達筆な字で書かれた看板だ。

 これを破ると、最低でも一ヶ月は集会所の温泉を使わせてもらえなくなるので、ユクモ村に滞在する全てのハンターがこれを守っている。

 ある意味、ユクモ村のハンターの頂点に立つのは、G級クエストもこなすベテランハンターではなく、ここの番台さんなのかもしれない。

 翔とヤマトもこの例に漏れず、汗と土でべたべたのどろどろになった身体を洗い、そろそろとお湯の中に入った。

「っはぁぁ、最高だぁ~」

「生き返るのニャ~」

 と、ユアミタオルを頭に乗せる定番な格好で、一気に肩まで浸かる。

 特産タケノコを探し回った疲れも、この温泉で吹き飛ぶというものだ。

 翔は目を細めてまったりムードのヤマトを横目に、眼下に広がるユクモ村に目をやった。

 だんだんと夕闇に覆われていく村のあちこちで、松明や篝火が灯される。

 小さくも力強い光を放つ橙色の光は幻想的で、とても美しい。

 ここにジンオウガの纏っている雷光虫の光でも加わればもっと綺麗になりそうだ、なんて考えて翔はちょっと吹き出す。

「ご主人、どうかしたのかニャ?」

「いや、なんでも。この前のジンオウガの事を、ちょっとな」

 アオアシラを討伐して喜んでいたのもつかの間、圧倒的な速度とパワー、そして堅牢な甲殻を有するジンオウガが突然現れたのだ。

 命からがらなんとか逃げ延びて、そこである少女に出会った。

 まあ、それはさて置き、

「よっしゃ、そんじゃ勝負だ!」

「ご主人、今日こそは勝たせて頂くのニャ!」

 翔とヤマトは肺一杯に空気を取り込むと、一気に頭のてっぺんまでお湯に浸かった。

 熱々の水中で、互いに目が合う。

 そもそも、温泉の中で目なんて開けて大丈夫なのだろうか。

 もっとも、当の本人達は全く気にしている様子はないが。

「(じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ)」

「(じぃぃぃぃぃぃぃぃなのニャ)」

 酸素の消費を抑えるため、両者共お湯の中で固く口を閉ざす。

 だが、それでもこぽこぽと、鼻や口の端から気泡が立ち登る。

 しばらくして、翔とヤマトは仲良くそろって、ぷるぷると身体を震わせ始めた。

 そろそろ、限界が近いのだ。

『ど、どうしたヤマト。なんだか、くく、苦しそうじゃねぇか』

『ご、ご主人こそ。なんだか、辛そうに見えますのニャ。無理すべきでないのですニャ』

『これは、む、む、武者震いだ。苦しいわけじゃ、ね、ねぇ』

『そそれなら、この、ヤ、ヤマトも、同じですのニャ』

 そんな会話を目でしながら、更に数十秒。

 翔の顔もヤマトの顔も、温泉の湯以外の原因によって赤くなり始めた。

 もちろん、原因は酸欠である。

『…………さ、さっさと、ギブアップしろよ』

『…………い、嫌ですのニャ』

 とまあ強がる一人と一匹であるが、動物にとって酸素は必要不可欠な存在なわけでして。

 ――やべっ、もう無理!

 ――空気、空気なのニャ!

 これまた仲良く、一人と一匹は水面へと勢い良く顔を出す。

「……………………へ?」

「…………翔さんにヤマト、何をなさっておいでにゃのですか?」

 振り返った翔の目の前には、少々慎ましやかな、しかし魅惑的な白い谷間が…………。

「こんのぉ、変態がぁあああああ!」

 少女に強烈なビンタを食らった翔の鼻からは、赤い液体が飛んでいた。

 

 

 

 温泉の中で正座させられている翔の前で、先ほどビンタを食らわせた少女が肩を抱いて鼻の下までお湯に浸かっている。

 栗色の短いツインテールはほどかれており、可愛さより清楚さが際立っていた。

 どこぞのご令嬢と言われても、信じてしまうくらいに可愛い。

 もっとも、本物の清楚で可憐なご令嬢と違って、こちらの少女は屈強な男のハンターでもノックダウンするようなビンタを持っているが。

 (ファン)蘭雪(ランシェ)、渓流でのクエスト中に迷子になり、翔と共にジンオウガの猛攻から生還した少女である。

 翔の紹介もあって、現在はユクモ村に滞在中なのだ。

 あまり親しみのない温泉が新鮮で、大層気に入っているらしい。

「まったく。私より年上の癖して、何子供みたいな真似してるのよ」

「っせぇなぁ。番台さんだって、温泉に潜っちゃいけねぇなんて書いてねぇんだから、いいだろうが」

「よくない!」

 ずいずぃっと、拳を固く握りしめながら身を乗り出してくる蘭雪。

 あまりの気迫と、うっかりぽろりしちゃいそうな谷間に、翔は必死で顔を背けた。

 ここでまた鼻血なんて出したりしたら、こんどはモンスターの分厚い皮も撃ち抜く矢が飛んできかねない。

 まあ、それはないだろうが……。

「ハンターの人達は、疲れをとるためにここに来てるの。リラックスしたいの。なのに翔が騒いでたら、他のハンターもゆっくりと落ち着けないでしょ。今日は、私とナデシコだけだったから、まだよかったけど」

「……いや、俺だけじゃなくて、ヤマトも……」

「口答えしない」

「……は、はぃ」

 あまりに正論すぎて、返す言葉も見つからない。

 翔も、今日はまだ特産タケノコ採取だから余裕があるが、この前のジンオウガみたいな事があった後なら、ゆっくりと休みたいはずである。

 必死に言い訳を考えてみるのだが、言葉の引き出しが少ない翔の頭で考えられるはずもなく。

 正論に打ち負かされ、分かりやすすぎるくらいがっくりと肩を落とした。

「まぁまぁ、蘭雪もそれくらいにして。お酒でも飲んで、ぱーっとやるのにゃ」

「お盆と御猪口(おちょこ)も借りて来るのニャ!」

 すると、翔の向こうから徳利(とっくり)を持ったナデシコと、お盆に御猪口を二つ乗っけたヤマトがやって来た。

 ナデシコに言われて、さすがの蘭雪も少し大人しくなる。

 逆に翔は助け舟を出してくれたナデシコに熱い視線を送るのだが、こちらはあっさり一蹴されてしまった。

 ヤマトがそっとお盆をお湯に浮かべると、ナデシコは器用に御猪口へと酒を注いだ。

「確かに、翔さんもヤマトもちょっとは騒いでいましたが、別に気にするほどでもございませんにゃ。本当は、ちょっと残念な胸を見られて恥ずかしがってるだけなので、蘭雪を許しあげてですのにゃ」

「ナナ、ナデシコ! 何言ってるのよ!」

「蘭雪、同年代の男の子に耐性がにゃいと言っても、ここは混浴にゃのです。これからも、男のハンターと顔を合わせるたびに、全員ノックアウトさせるつもりにゃのかにゃ?」

「それは…………。そんなつもりは、ないけど。うぅぅ…………」

 翔には隠せても、ナデシコには全く通用しない。

 言い負かされた上に本心が翔にバレてしまった蘭雪は、首から耳から額まで真っ赤にして、ぶくぶくとお湯の中に沈んでしまった。

「だよなぁ! いきなりビンタはねぇよな!」

 さすがナデシコ、話がわかる! と言おうとした矢先、

「翔さんも、これに懲りたら子供じみた遊びはおやめににゃる事です」

「……う、うっす」

 ハンターにも関わらず、オトモのナデシコに頭の上がらない翔と蘭雪であった。

 

 

 

 恥ずかしすぎて死んじゃいたい蘭雪は、さっさと温泉から逃げようとしたのだが、

「さっき入ったばかりなんですのに、もう上がってしまいますのにゃ?」

 というナデシコの一言により、お盆を挟んで翔の反対側の位置にちょこんと座った。

 身体を包み込むユアミスガタをぐいっと上の方によせ、伏せ目がちにちらちらと翔の事を見やる。

「そういやナデシコ、今日はどんなクエストやってきたんだ?」

「鉱石集めですのにゃ。ユクモ織り振興委員会に頼まれて、宝石の採掘をしていたのにゃ」

「ユクモ織り振興委員会?」

「ユクモ村伝統の衣服ですニャ、ご主人」

 クエスチョンマークを量産する翔に、彼のオトモであるヤマトが答えた。

「あぁ、祭の時とかに着るあれか」

「ですのニャ」

 納得した所でヤマトに勧められるまま、翔は御猪口に注がれた酒をくぃっと飲んだ。

 もちろん、明日のクエストに影響があってもいけないので、ほろ酔い程度までだが。

「翔さん達は、今日はにゃんのクエストを?」

「番台さんに頼まれて、特産タケノコ採ってきた。まあ、けっこう使えないのがあるって突き返されたのもあるんだけど」

 翔は二杯目を注いであおぎながら、自虐気味にあははと笑う。

「まったく、使えないタケノコまで採取してくるなんて、労力の無駄じゃない」

「そんな事言われてもよぉ、そんな気にした事なかったし」

「言い訳しない。今度一緒に行って教えてあげるから、覚悟しときなさいよ。運ぶのは全部翔の仕事だからね」

「いやあの、別にそこまでしていただかなくても……」

「私はありとあらゆる無駄が許せないの。ただよれだけよ。その代わり、私が手製のタケノコ料理、作ってあげるから」

「は……はぃ。よろしくお願いします」

 よろしい、とようやく笑顔になった蘭雪は、御猪口のお酒をあおる。

 その瞬間、ナデシコの口元がニヤリとゆるんだ。

 その様子を見ていた翔は、今の話になにか面白い事でもあったのか、とか思っていると。

 ばっちゃーん…………。

 蘭雪が顔面からお湯にダイブした。

「ッ!? おい、蘭雪!!」

 翔は慌てて蘭雪の後ろに回り、脇の下を持って顔をお湯から引き上げる。

 ――や、やややや、ややや、やわらけぇ!!!!

 同じハンターである蘭雪の身体の、なんと柔らかいことか。

 しかも二の腕に感じる、このぷにぷにとした感覚は……。

 考えようとしていた自分に気付き、翔はぷるぷると頭を振って追い出す。

 ここでまた鼻血なんて出たら、言い訳のしようがない。

「ふわぁぁい、らんしぇちゃんれすよ~」

 ――――――――――――――――――――はぃッ!?

 蘭雪ちゃんの様子がおかしい。

 つい先ほどのお説教モードから今の間に、いったい何があったのだろうか。

「ら、蘭雪? 大丈夫か?」

「ら~いじょ~う~、そぉぅれぇっ!!」

「のあっ!?」

 蘭雪のヘッドバッドが翔の顔面を直撃し、二人はそろって後方へと倒れた。

 ざっぱーんと盛大にしぶきを散らし、水面が大きく波打つ。

「なゃっはっはっはっは~! かけるたいいん、これより、こりゅうたいじにしゅっぱつしまふがぁ、じゅんびはろうなっておるきゃ~!」

 両手を腰に当てて仁王立ちする蘭雪。

 翔は直撃を食らった鼻をさすりながら、じろりと蘭雪を見つめる。

「ぞの前に、ごの辺に古龍が出たなんで情報ねぇがらな」

 ちなみに、鼻声なのは先の一撃で鼻血が再発してしまったからだ。

「よぉし、それでわぁ、とりでにむけてぇ、しゅっぱ~つ!」

 えいえいおー、と蘭雪は勢いよく拳を振り上げる。

 するとついに許容限度を超えたユアミスガタが、するりとほどけた。

 お湯で重くなったユアミスガタは、重力に従ってはらりと蘭雪の身体から離れ始める。

「うぉっとぉおおおおお!」

 翔はずり落ちるユアミスガタを押さえるため、反射的に両手を突き出した。

 その反応速度は、普段のハンティングの時を上回っていたかもしれない。

 なんとかユアミスガタの落下を防いだ翔。

 ほっと一息ついた瞬間、掌を押し返す超絶柔らかい感触プラス、ぷにぷにと弾力のある感触に冷や汗がたらり。

 ゆっくりと視線を上げてみると、

「ほっほぉー、かけるたいいん。なかなか、いいろきょうれはないかあー」

 翔の掌は、しっかりと蘭雪の胸の上に添えられていた。

 じゃあ、この固い感触のものはまさか……!?

「いや、違うんだ! いえ、違うんです! これは蘭雪のユアミスガタが落ちそうになっていたからであって仕方なく……。そう、仕方なかったんです!」

「しかたなくぅ~? つまりぃ、わたすぃのむねには、さわるかちもらいとぉ、そういいたいのかぁ~!」

「そういう意味じゃ……!?」

「そ~れすよぉ~、ど~せわらしのむねは、ちぃ~さいれすよぉ~。でもぉ、ちいさいのにはぁ、ちいさいなりのじゅよぉがあるんですぅ! そう、たとえは、かけるたいいんとかに!」

「俺が!? 俺は別にそういうのは…」

「いいわけなんておとこらしくなひぞぉ、かけるたいいん! そのはなぢがなによりにょしょうこらぁ!」

「これはお前のせいだろうが!」

 蘭雪は翔を指さしたまま、にゃっはっはっは、と大笑い。

 蘭雪の胸に手を付けたままなのもとてつもなく恥ずかしいが、手を離せば蘭雪の裸体が露わとなってしまう。

 妙な板挟みに顔面を真っ赤にさせる翔をよそに、蘭雪は胸を強調するように押しつけてくるし……。

「だぁあああああ!! もうめんどくせぇ! いいから、さっさと自分で押さえろ!」

 番台さんの注意事項を破って、翔は大声を張り上げた。

 それに、らじゃあ~、と両手で敬礼という謎のポーズで答えた蘭雪は…………。

 ぱっしゃーん。

 そのまま後方に倒れ込んだ。

 そして翔の手には、蘭雪の身体を覆っていたユアミスガタが。

 色々と見てはならないものを見てしまった翔は全速力で半回転するも、網膜の奥にまでその光景はしっかりと焼きついていた。

「ったく、何がどうなってんだよ。なぁ、ナデシ……」

 が、すでにナデシコの姿はない。

 ついでにヤマトの姿も。

 だが、その代わりに、

「いったい何をしているのですか?」

 蒼髪の綺麗なお姉さんが、呆れ半分に翔と蘭雪の事を見ていた。

「ラ、ラルク姉さん!?」

 ラルクスギア・ファリーアネオ。

 翔と蘭雪がジンオウガとの遭遇戦から命からがら逃げ帰ってから少しして、ユクモ村にやってきたハンターである。

 モンスターの研究機関にいる友人から、牙竜種の生態調査を頼まれたのだそうだ。

 モンスターに関する知識の造詣の深さもさることながら、華麗な身のこなしと実力に敬意を表し、翔はラルク姉さん、蘭雪はお姉さまと呼んでいる。

「あのえっと、なんと言いますかぁ……」

 頭をぽりぽりとかきながら、翔は事の顛末(てんまつ)を説明した。

 ようは、いきなり人が変わったように騒ぎ始めた、という簡素極まりない内容であるが。

「ふーん」

 翔の説明を聞いたラルクスギアは、蘭雪の方へと視線を移す。

 それから幸せそうな表情を浮かべる蘭雪にそっと近付き、翔の手から奪ったユアミスガタをかぶせた。

「たぶん、アルコールに極端に弱いのね、この子。安心なさい、単に酔っぱらってるだけだから」

「は、はぁ……。って、酔っぱらってるだけなんですか!?」

「これに懲りたら、今後はその子にお酒を飲ませない事ね」

 生返事に返す翔の肩を軽く叩きながら、ラルクスギアは湯船に背中を預ける。

 そこから見える満天に輝く星の運河に、はぁぁ、と湿った吐息をこぼした。

 その様があまりに色っぽくて、翔がつい凝視していると、

「どうかした?」

 と、横目に問いかけてくる。

「な、なんでもありません!」

「そぅ。ならいいのだけれど。おっと、そういえば、村長から君に伝言を言付かってきたんだった」

「なんですか? なんか嫌な予感がするんですけど」

 地元ハンターの間では、色々と有名な村長の事だ。

 またきっと、ろくでもない話に違いない。

 いや、人格者で良い人だというのは誰もが認めているのだが、なぜなのだろう。

「クエストの依頼だそうよ。行けばわかるわ。それと、そのままだとその子風邪引いちゃうから、早く身体ふいて着替えさせてあげなさい」

「ラルク姉さん! それはちょっと、性別的に色々とまずいのではないかと思われるのですがぁ…………」

 だんだん尻すぼみに小さくなっていく翔の声。

 翔が言葉を重ねるのに比例して、元々低かった視線の温度がどんどん下がっていくのだ。

 今なんか、体感で氷点下三〇度くらいある。

「パートナーの面倒くらい、自分で見なさい。自分の命をかける相手なんだから、なおさらね」

「それは、確かにそうですけど……」

「それでその子が風邪引いちゃった場合は、パートナーである君の責任だから。言い訳する暇があったら、行動しなさい」

「は、はぃ」

 ラルクスギアは視線を翔から外の景色に移し、楽しげに表情を緩めた。

 絶対に助けてくれないと悟った翔は、俗に言うお姫様抱っこで蘭雪を持ち上げると、落とさないよう慎重に湯船から上がる。

 すると、ちょうどそこへ番台さんがやって来た。

「翔に蘭雪ちゃん、温泉ではもっと静かにするにゃぁ」

 ついさっきまで特産タケノコの選別をしていたらしく、番台さんの手は土埃で汚れていた。

「ちょうど良かった。ちょっと蘭雪着替えさせるの、手伝ってくれねぇか? なんか、風呂で酒飲んで酔っちまったみたいで……」

「残念だが翔、そいつはできねぇ相談だにゃぁ」

「なんでなんだよ? 俺と番台さんの仲じゃ……」

 今一瞬、番台さんの服のポケットから、マタタビが見えたような。

「番台さん、誰かに買しゅ…」

「まあ翔、これも青春の淡い経験ってやつだにゃぁ。今夜は、頑張るんだにゃぁ」

 と、番台さん、親指を立てて犬歯ならぬ猫の牙をキラリ。

 とりあえず、今度農場に埋めてやると心に誓い、翔は脱衣場に向かった。

「はぁぁ、彼氏かぁ……」

 真夜中の篝火が作る幻想的な風景を眺めながら、ラルクスギアは一人つぶやいていた。

 

 

 

      ◆

 

 

 

 翔は自分の肩ですやすやと寝息を立てる蘭雪を見ながら、村長の元へ向かっていた。

 大変だった。

 本当に大変だった。

 何がそんなに大変だったかと言えば、蘭雪の身体をふいて着替えさせるのがだ。

 蘭雪の柔らかい感触に思考はオーバーヒート寸前、自分でもよく耐えたものだと思う。

 防具はさすがに無理だったので番台さんに預け、なんとかアンダーウェアだけは着せる事ができた。

「翔様、こんな時間にどうかなさいましたか?」

 翔の姿を見つけた村長――久御門(くみかど)(いち)は、ころころと笑顔をふりまく。

「ラルク姉さんに村長が呼んでたって聞いたんで」

 翔は背中から落ちそうな蘭雪を抱え直しながら、村長の前で立ち止まった。

「あぁ、そうでしたか。実は、狩猟してきて欲しいモンスターがおりまして」

 と、市はクエストの書かれた紙切れを、翔に見せる。

 翔は身体を前方に寄せるようにして、紙切れに書かれたモンスターの名前を読み上げた。

「クルペッコですか」

「えぇ。お願いできますかしら?」

 少々不安気に見上げてくる市。

 断られる可能性も危惧しているのだろう。

 だが、それは無用の長物というものだ。

「任せてください。俺達にかかれば、百発百中間違いないですから」

「あらあら、それは頼もしいですわね」

 上品に手を口に当てながら、市は慎ましやかな笑い声を上げる。

 これは、家に帰ったらさっそく準備せねば。

 翔は胸を踊らせながら、帰宅の途につく。

「それで、蘭雪ちゃんとはどこまで進んだのですか?」

「っ!? だから、全然そんなんじゃありませんってばぁああああ!」

 ユクモ村は、今日も平和であった。




 初めての人、初めまして。たぶんほとんどいないでしょうが、お久しぶりの方、お久しぶりです。おはようからお休みまで、読者の皆様に厨二病をお届けする末期患者、蒼崎れいです。
 そんなわけで、アオアシラ編に引き続き、クルペッコ編いよいよスタートです。まあ、まだ受注シーンまでしか行ってないんですけど。今回は冒頭担当という事で、集会所でのイチャイチャシーンを全力でやってみました。いかがでしたでしょうか、酔っ払い蘭雪ちゃん。可愛いよね、可愛いですよね、可愛い以外の選択肢なんてありませんよね。
 アイルー達(番台さんとナデシコ)に翻弄されっぱなしの主人公とヒロインは、書いててなかなか面白かったです。ラッキースケベなんて死ねばい……ゲホンゲホン。
 他にも村の風景なんかにも力を入れてみました。妄想の中でユクモ村の風景が思い浮かべていただければ幸いです。
 さて、今回出てきたラルクスギア・ファリーアネオですが、こちらサザンクロスさんの制作キャラです。自分以外の人が作ったキャラを動かすのが、ものすごく楽しい。特に、自分に作れないようなキャラクターを動かす時なんかは。また出したいですね(笑)
 というわけで、次話は獅子乃心さんです。翔と蘭雪は無事ペッコさんを狩る事ができるんでしょうか。その道中もお楽しみにしながら、気長にお待ちください。どうやらここのメンバー、遅筆な方が多いらしいので)ォィ。
 それでは、機会があれば次章でまたお会いしましょう。

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