ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ――――!!
背中で揺れる太刀。腰で振り回されるポーチ。擦れ合って音を立てる防具。
こんなにも武具が重くて邪魔だなんて思ったのは何時以来か。
それでも、青年――村雨翔はオトモのヤマトと共にひたすらに前へ前へと駆け続ける。
木の根が這って足場の悪い地面で何度転びかけた事か。現に、三回、翔は地面を転がった記憶がある。
ふと目を脇に向け、相棒のヤマトを見た。
表情には疲れが出ているが、まだ行ける。自分の相棒がこんな事でへたる、なんて事は無い。
「ご主人ッ!!」
「応!!」
ヤマトの警告を察知した翔は散開する様に地を蹴って真横へ体を投げ出した。
刹那、地響きが彼の直ぐ背後を悪寒と共に青い光が駆け抜ける。
ジンオウガ――名をば“雷狼竜”と呼ぶ牙竜種に属したモンスターだ。
淡く発行する体の所々から碧銀の雷が迸る姿は綺麗なのだ、が、翔にそれを眺め、見惚れている時間等無い。
ユクモ装備が泥に汚れても払って落とす事は無く、兎も角顔を上げてジンオウガを見据える。
「チッ、しつこい野郎……!!」
ジンオウガはあっという間に自分達を追い越し、今はまるで道行く者を拒む門番の如く、翔達の目指す地点への道を塞いでいた。
翔は直感的に、ジンオウガには自分じゃ太刀打ち出来ないと判っていた。
先ず、今までのモンスターとは威圧が違う。加えて、大きなスペックの違いだ。
躍動する力強い四肢はアオアシラ以上の怪力とドスジャギィ以上の敏捷性を生み出し、遠方まで届くジンオウガ独特の雷攻撃が初めて見る翔達を苦しめていた。
ジンオウガが体勢を僅かに低くする。溜めの動きだ。
翔も、いつでも動き出せる様に腰を落とした。
刹那、ジンオウガがその場で高く跳躍。更に体を空中で回転させて雷を纏った。
「マズ……!!」
咄嗟に翔は左から迂回する様にジンオウガの側面へと向かう様に走る。
着地すると同時、こちらに向けられた尻尾の先端から雷の塊が砲弾の如く放たれて襲って来た。
曲線を描くソレは放電を繰り返しつつ地面を抉って一人と一匹へと迫る。
この攻撃は厄介だ。避ける方向を少しでも誤れば忽(たちま)ちの内に雷の餌食となってしまう。
地面を前転して上手く進路から退いた翔とヤマトは直ぐにまた全力で駆け出した。
体が、腕が、脚が、重い。それもそうだ。ジンオウガと遭遇する直前までアオアシラと全力と死闘をしていた翔達である。疲れが出るのは当然の事。
今すぐ走るのを止めて寝転がりたい気分だ。…………が、それが出来ればどれだけ良い事か。
今、脚を止めれば、重症は必須。最悪は“死”だ。こんなところで死にたくはない。
しかし、
――――ドドッドドッ、ドドッドドッ、ドドッドドッ!!!!
「速ェなオイ……!!」
翔達の方がずっと早く駆け出したと言うのに、背中越しのジンオウガはあっという間に体勢を整えて既にこちらへと迫っていたのだ。
「追いかけられんの苦手なんだよ……!!」
いわゆる“トラウマ”である。
翔がまだまだ幼少期であった頃の過去。渓流へ従兄と出掛けた際、ドスジャギィに襲われてエリア内を半ベソで逃げ回った記憶が脳裏にしっかりと焼き付いている。アレは苦い思い出だ。
「ニャニャッ!?」
ヤマトから驚愕の声が上がる。見れば、ジンオウガがヤマトへと目標を絞っており、更にマズい事に、もう二匹の間には距離がかなり短くなっていた。
「チッ、このォ!!」
咄嗟に翔はジンオウガへ、右手は太刀の柄へ添えて迫る。
「おおぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」
走り込んで来た勢いで抜刀。体を伸ばし、頭上に高々と上げた太刀を全体重を使って思い切り、力の限り全力で振り下ろす。
切っ先は確かにジンオウガの鱗を切り付けた。
(…………浅い……!!)
が、手応えは微妙。やはり、今まで狩ってきた中型モンスターとは格が違う。
二の太刀に突き、三の太刀で切り上げ。後ろ脚に計三つ、大振りの攻撃を入れるのが、ジンオウガは全く傷付いた様子が無かった。
たが、今ので充分。ジンオウガの鋭い瞳がこちらを向いた。
余りの迫力に、思わず恐怖か武者震いか判らず身震いしてしまう。が、してやったり、と翔は敢えて不敵な笑みを浮かべた。
怖じけ付いてはならない。常に自分を鼓舞し続け、恐怖に勝たなければ、自分に勝たなければ、命を掛ける戦場で生きる事は出来ないのだ。
今は、一瞬でも注意が引ければ充分。
翔は一旦横へ、太刀を抱え込む様に転がる。ここはまた充分な距離を取らねばならない。正面からまともにやり合う技術が無い分、避けに撤しなければ危ないのだ。
一先ず、一瞬でも翔とヤマトの両方から注意を逸らさせなければならない。
こんな時にこやし玉やけむり玉やモドリ玉なんて便利な物があれば楽だったのに。
そんな、妄想。しかし、それは本当に単なる希望でしかない。無い物は、無いのだ。
「走れ、ヤマト!!」
回避後のほんの僅かな空白の時間。翔はヤマトに指示をしつつ、太刀をしまってポーチから一つ、拳程度の玉を取り出し、投げる。
「行け……!!」
極限にまで圧縮される僅か二秒の長い長いスローワールド。
投げ出された玉――ペイントボールは空中を飛び、ジンオウガの鼻先へ命中した。
直後、世界が元に戻る。
ジンオウガが嫌そうに唸り顔を振るその隙に、翔は先を行くヤマトの背を追うように走り出した。
笑う膝に力を込めて、前へ、前へ。
どうやらまだまだ、この逃走劇は続くらしい。
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「…………あれぇー……?」
何だか、見覚えの有る風景……な気がする。気がするだけだ。
淡い藍色の防具に身を包み、栗色の髪をツインテールを揺らす少女――黄 蘭雪(ファン ランシェ)は手に持った地図をぐるぐると回しながら更に首を傾げる。眉間には少女らしからぬ皺が寄っていた。
「……蘭雪。まさか迷った、にゃんて言わないでにゃ」
「………………………………だ、大丈夫、大丈夫に決まってんでしょッ」
(じゃあその間は一体何の間だにゃ……)
そんな蘭雪の隣に居る小さな影――オトモアイルーのナデシコが呆れた様に小さく息を吐いた。
ここは、一般的なハンター達の狩場である一つの渓流――そこから外れた指定外区域である。
いくら彼女が地図を見ても、地図に狩場以外の情報等ありゃしないのだから、意味は全く以て無い。
「……ねぇ、ナデシコ」
「なんだにゃ、蘭雪」
「……アレ、何だと思う?」
そう彼女が指差す場所。そこには焼け焦げたばかりの様に煙を上げるドスジャギィとその群れの死体が目もあてられない悲惨な状況でいくつも転がっていた。
首の無いモノ、足の無いモノ、上半身が無いモノ。
ドスジャギィに至っては、自慢のエリマキは破れて片足を失い、胴体も重い塊で叩かれたのかと思う程ひしゃげていた。
「う……」
「まぁ、見てて気持ちの良いモノではないにゃ。……この異臭も」
蘭雪は顔を顰めて鼻を摘む。相当酷い臭いだ。
(……火で焼けたにしては範囲が狭いし、散り散りになってる所が不自然だにゃ)
「……さっさと行きましょ。何か嫌(ヤ)な予感しかしないし」
「了解にゃ」
今は調べるより先に、この“迷子”を脱しなければならない。帰る事が出来なくなって飢え死に、なんて事にはなりたくないのだ。
「全く。村に着いたら報告しなきゃね」
(その村に着く事が出来るかどうかが不安にゃ……)
口を尖らせる蘭雪に、しかし、ナデシコは心の中だけでツッコミを入れる。
ただでさえ小言の多い自分が口にしてしまえば、たちまちに蘭雪を不機嫌にさせてしまうだろう。流石に、狩場において互いの仲が悪くなってしまっては連携が出来なくなってしまうのでマズい。
一人と一匹は無言で周辺を警戒しつつ(しかし目的地の方向は判らないまま)木々の間を歩いて行く。
「…………ん……?」
「にゃ?」
と、不意に蘭雪が足を止めた、かと思えば、突然地面へ寝転ぶ様に耳を当てた。
ナデシコも不思議に思いつつ、同じように地面に耳を当ててみる。
――――……、……ッ……、……ッ……、……ッ……!!
「……ナデシコ、コレって……、」
「大型モンスターが近付いてるにゃ。それも、スゴい速さで、にゃ」
僅かに聞こえる小さな地響きと震動。それは着実に大きくなっている――つまりは、大型モンスターが近付いて来ていると言う事。
蘭雪は背中の矢筒にある矢と担いでいる弓を何時でも出せる様に手を掛け、ナデシコもブーメランを手に持つ。
方向が判らないのは少々、と言うよりは結構マズいが、今はそんな贅沢を言ってる暇は無い。持てる五感を総動員して気配を探る。
「…………来るッ……!!」
見やったのは木々と茂みの生い茂る薄暗い森の向こう側。感じられる気配は一気に大きなモノとなる。
刹那に、飛び出して来たのは――――――――、
「「――――――――え?」」
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脳内に浮かべた地図から大きく外れた位置に自分がいるのを自覚しつつ、翔は拠点(ベースキャンプ)へ急いでいた。
湿った地面の泥濘(ぬかるみ)にはまらない様に、しかし、速く、速く。とにかく足を回転させる。
さっと思い出せば、この先は一瞬開けた獣道に出る筈だ。後は、左の道へひたすら真っ直ぐ。そうすれば、大型モンスターも通れない様な細道となるから安全だ。
「ヤマト、後、少しッ!!」
「ハイッ、ニャッ、ご主人!!」
体が重い。息が苦しい。視界が霞む。立ち止まりたい。いっそのこともう寝てしまいたい。
疲れから来る衝動を無理矢理押さえ付け、ゴールへと急ぐ。
「見えた……!!」
僅かに視界の先。木々の隙間から開けた場所が見えた。
茂みが行く手を阻んでいるが、関係は無い。
翔はその手前で横倒しになった木の幹に足を掛けて高く跳躍。
あっという間に腰並の邪魔な茂みを飛び越え、
「「――――――――え?」」
刹那の光景にあんぐりと口を開けて目を見開いた。
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「「――――――――え?」」
目の前の光景が信じられない。
二人は同時に声を上げた。
翔は、自分の着地地点で弓を背負い惚ける少女を見て。
蘭雪は、自分へ向かって跳躍して来る太刀使いの少年を見て。
このまま何もせずにいれば、間違いなく翔は目の前の少女にぶつかるし、蘭雪は目の前の少年に巻き込まれてしまう。
動かなければならない。だが、動けなかった。
「おわぁぁぁぁぁぁああ!?」
「キャァッ!?」
翔は見事に蘭雪へと突っ込み、蘭雪も避ける行動すら取らぬまま巻き込まれる。
「ニャー!! ご主人、大丈夫かニャ!?」
「あらあら、随分と大胆な殿方ですにゃ」
蚊帳の外からは慌てた様子のヤマトと、クスクス微笑を漏らすナデシコ。ヤマトはともかく、ナデシコは何故か落ち着いていた。寧ろ、この状況を楽しんでいたのか。
「イテェなぁオイ……。ッ!?」
「ッ、痛ぁ……。……へッ!?」
痛みで顔を顰めていた二人は目を開き、息を飲んで固まった。
両者の顔は、息が掛かる位にあともう少しで触れ合う距離。視線と視線が絡まり、動かないままになる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!??」
暫し惚けて、気付いて耳まで真っ赤に染まる蘭雪。
瞬間的に、
「あべしッ!?」
全力の平手打ちを翔の頬へと当てた。
「おぉぉぉぉッッ!?」
と頬を押さえて地面を転がり悶える翔。緊張から一転、何とも哀れな雰囲気となってしまった。
「へ、変態ッ!! 何よいきなり押し倒すとか!! ギルドに通報するわよこの犯罪者!!」
「何故に!?」
と翔は半泣きで真っ赤な頬を押さえつつ起き上がる。
「文句あんの!? こちとら迷子で大変な事になってるってんのに、いきなり飛び出して来たかと思えば押し倒して襲うし!!」
「誤解だ、事故だ!! 決して狙ったやったとかそんなんじゃないからな!? ジンオウガに追い掛けられて逃げてたら偶々ここに飛び出て、偶々お前がいたんだよ!! ――――ん?」
「言い訳するんじゃないわよ!! 何が“ジンオウガに追い掛けられて”………………え?」
口喧嘩に発展するのか。そんな矢先、二人がピタリと動きを止める。
――――何かとても重要な事を忘れていないだろうか?
「ギオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!」
「「「「!?」」」」
直後、森の木々を突き破って蒼白い巨体が飛び出して来た。ついさっきまで翔を追い回していたジンオウガだ。
「へ、えッ!? ジンオウガ!?」
「ッ、説明は後ッ!! 今は逃げんのが先決だ!!」
「あ、ちょっ!?」
今もたもたしている暇は無い。
蘭雪の手を取り翔は走り出す。
「アンタ、名前は!? 俺は村雨翔!! あと相棒の、」
「ヤマトですニャ、ハンターのお嬢にオトモの姐さん!!」
左手は蘭雪を。右手はユクモノカサを押さえつつ、翔は言う。隣を並走するヤマトも疲れの表情の中で笑顔を浮かべた。
「黄 蘭雪よッ!! 後、オトモのナデシコ!!」
「よろしくお願い致しますにゃ、翔さんにヤマト」
今一頭の中が整理出来ない。が、今そんな無駄な事を考える必要は無い。
一旦落ち着ける状況になってから。考えるのはそれからだ、と蘭雪は自分に言い聞かせる。
「あぁ、もうッ!! 取り敢えず走りづらいから手離して!!」
「あっ、と、スマン!!」
それよりも、手を繋がれていれば走りづらい。腕を振り払い、翔の横を走りつつ全力で睨み付ける。
翔も、隣にいたヤマトまでも萎縮する様な眼光だ。
「な、何?」
「フンッ」
「??」
何か話でもあるのかと思えば、蘭雪はそっぽを向いてしまう。
「何かわからんけどごめんな!! 埋め合わせとかは色々やっからさ、今はとにかく撒くのに協力してくれ!!」
「〜〜〜〜ッ、わかったわかった、わかりましたよ、このバカ!!」
「またまた何故に!?」
赤くなった頬を隠す様に先を行く蘭雪。
翔はその後を慌てて追い、ヤマトはその様子を見て首を傾げ、ナデシコは何やら含み笑いをしていたのだった。
皆様初めまして。第4話担当、LOSTと申します。
まずは『MONSER HUNTER ~紅嵐絵巻~』を閲覧いただきましてありがとうございます。
こうして大勢の方の前に自分の文をさらすのは初めてで内心穏やかではありません。どんな感想が来ることやら……(LOSTはまだ感想を拝見しておりません)。
圧倒的に経験不足でありましたので、今回はリアトモでもある五之瀬キノン先生の文章を参考にさせていただきました。
怒られそうで怖いです、はい。
そんなことはさておいておき。
今回のお話は逃げる翔と迷う蘭雪の話でした。
ラッキースケベをしてやろうか、という企みは書き始める前から思っていたことで、こうして書き上げられたことができて結構満足してます(笑)
ナデシコさん、アンタ黒いよ……!!
次回は第5話、サザンクロス先生が担当です。
今回はここでお別れ。次章でまたお会いしましょう。