MONSTER HUNTER 〜紅嵐絵巻〜   作:ASILS

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第25話 (著:五之瀬キノン)

 ズンッ、という衝撃が地面を揺らす。ジンオウガの体が呻き声とともに地面に転がると同時に真っ白な――巨大な氷結晶に白い毛の装飾の着いたコーンヘッドハンマー改を担いだ人影が目の前に降り立った。

 

「無事かアンタたち!!」

 

 振り返ってハツラツとした表情を向けてきたのは、ブランゴ装備と呼ばれる旧大陸の装備を着込んだ女性だ。

 突然の登場と宣言をした彼女――ヒルダ・ベルンハルトを、翔と蘭雪は理解が追い付かずにポカンとした表情で見ていた。

 

「沈黙は肯定だね、ならオッケイ!! おいレイっ、いつまで狸寝入りしてんだ!?」

「頭に響くから大声は止めてくれ、ちゃんと聞こえてるよ」

 

 2人を見て頷いたヒルダは次に首を巡らせてレイナードが弾き飛ばされた方向へ怒鳴り声を上げる。そこには意外にもしっかりと地面に立つレイナードがやれやれと苦い顔をしていた。

 

「じゃあ全員走れるね。少年はさっさと太刀拾って距離を取れッ、弓のアンタは青いモンスターから目ェ離すなよ!! レイ、援護しろ、撤退だ!! 殿はしっかりやっとくから先導は任せた!!」

「了解っ。翔君に蘭雪君、今は彼女の指示通り動くんだ、早く!!」

 

 張り上げられる2人の声に突き動かされ、翔はジンオウガから距離を取り骨刀【豺牙】を取り、蘭雪は焦る気持ちを抑えつつジンオウガを睨み続けた。

 

 ゆっくりと、ジンオウガが首を煩わしげに振るいながら起き上がる。彼の目が射抜く獲物は、目の前で不敵な笑みを浮かべながらハンマーを肩に担ぐヒルダ。そして、視界の端にいる戦闘態勢のレイナードも忘れない。

 

 ――――ウゥォォォオオオオォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!

 

 一際大きく、ジンオウガが吠える。同時にヒルダがハンマーを構えて踏み出し、

 

「ちょっと黙ってろよォォォォッ!!」

 

 腰だめから振り上げる。ブォオンッ、という音の後、ジンオウガの顎にヘッドが直撃してかち上げられた。ウォォンッ!? と悲鳴を上げるがヒルダは構わず無防備な左前足目掛けてコーンヘッドハンマー改を躊躇い無く降り下ろした。

 

「ぬぁっ、かってぇ!?」

 

 が、ガツンと火花を上げて大きく弾かれる。前足の堅牢で鋭利な甲殻が武器を阻んでいた。

 仕方なく追撃を諦めて横へ前転して不意討ち気味の噛みつきを難なくかわした。

 同時にレイナードが今度はジンオウガの尻尾を切りつける。2閃、3閃、縦横無尽、角度を細かく調整して甲殻の隙間、刃の通りやすい鱗の部分を的確に狙う。ハイドラバイトに仕込まれた毒牙が食い込みじわりじわりと毒を染み込ませてゆく。フィニッシュに身体を1回転させ遠心力と体重を乗せた一撃を叩き込む、と、傷付いていた鱗が音を立てて弾け飛び散り肉がむきだしになった。

 内心レイナードは大きくガッツポーズ。目標達成ではないが成果へ向けての道のりは1段目の段差を乗り越えた。後は尻尾を切り落とせればこちらが幾分か有利になることは目に見えているのだ。

 だが、ここで欲張ってはいけない。冷静沈着に、レイナードは腰を落としてどっしりと盾を構えた。

 直後、後ろ足で立ち上がったジンオウガが半回転し腕を横凪ぎに振るってレイナードを狙ってきた。ガギンッ、と盾と爪がぶつかり合って火花を上げ、歯を食い縛って耐えたにも関わらず余儀無くレイナードは大きく後退をさせられる。相変わらずデタラメな怪力だ。構えていた腕がビリビリと痺れる。

 取り敢えず、距離は開いた。それでいいと自分に言い聞かせ注意深くジンオウガを見やる。重要なのは後ろ足だ。あの瞬発力を出せるのは後ろ足での“溜め”があるから。どんな生き物も足を曲げなければ力は溜めれないからこそ、よく観察して冷静に避ける。

 

「ヒルダッ、後ろ足と腹だ!!」

「あいさぁ!!」

 

 狙い目は今言った通り。ヒルダのハンマーでは前足を叩くには硬すぎて部が悪すぎる。だからこその柔らかい部位を叫んだ。何が、なんて2人の間に説明はいらない。長年の相棒は言葉足らずでもしっかり意図を読み込める。それ程に2人の熟練度は高かった。

 立ち回り方を変えて、今度はレイナードがジンオウガの眼前に躍り出て立ち替わりヒルダが懐に陣取ってハンマーを振り回す。

 

「オラぁッ!!」

 

 横っ腹に鈍い音と共にハンマーが炸裂。ジンオウガの巨体が僅かに怯む。大きなよろけでなく、ほんの一瞬のゆらぎだ。しかしレイナードはそれを見逃さない。

 思い切りジンオウガの胸元に飛び込み縦に一閃。全力の斬り付けが深く沈み込み、柔らかな鱗と真っ赤な血を散り飛ばした。

 

 ――――ウ゛ォ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛!!!!!!!!

 

 苦しげな絶叫が渓流にこだました。今のダメージは大きい。大音量の咆哮に顔を顰めつつ、ニヤリとレイナードは笑みを浮かべた。

 

「また後で再戦だ」

 

 気付けば彼の手には閃光玉が1つ。それを眼前のジンオウガの目元目掛けて置いてくるように宙へ放った。

 刹那、パァンと光が弾ける。視界が真っ白に染まり上がる――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翔と蘭雪はエリア1にようやく辿り着き、両者とも岩壁に手をついて息を整えていた。一心不乱に走り続けていたので道中のことは朧気な記憶しかない。ともかく、ジンオウガの印象が強すぎた。

 

「ぜっ、ハァッ、ハァ……っ、レイナード、さんは?」

「わ、わかんない……、多分、無事だろう、けど……、」

 

 全身から吹き出す汗は止まらず、しかし防具によって簡単に拭うことは出来ない。不快感に苛まれながらも2人は呼吸を落ち着け、今走ってきた道を振り返った。

 

「あ、来た」

 

 蘭雪が声を上げてみれば視線の向く方角から2人の影が小走りで来ていた。片方はレイナード、もう1人の方は先程突然割り込んできたヒルダだ。2人が翔達に追いつくと少し安堵した表情を浮かべた。

 

「2人とも無事だね。いやはや、良かった」

「助けたんだから助かってなくちゃ可笑しいだろ。何せこのアタシがやってやったんだ」

 

 自慢げに腕を組んで得意顔になるヒルダ。「ああまぁそうだよね」と苦笑いでレイナードは取り敢えず流すことにしておき、まずは1度拠点(ベースキャンプ)に戻ろうと提案。翔と蘭雪もまずは休む必要があるということで素直に従い、4人はエリア1の奥の拠点へ入っていった。

 

 

 

 4人は各々で水分補給やら携帯食料やらを齧りつつ自然と焚火の周りに集合する形で座り込んでいた。

 

「さて。落ち着いたところでひとまずは紹介しよう。僕の相棒のヒルダ・ベルンハルトだ。見ての通りハンマー使いの近接職。ちょっと荒々しいけど前線の最大火力だ」

 

 レイナードに紹介されているヒルダはと言えば、携帯食料では物足りなかったのか干し肉を齧りながら「よう」と手を上げた。

 

「紹介に預かったヒルダだ。苗字は呼びにくいし、ヒルダでいい」

「村雨翔です。先程は助かりました」

「黄 蘭雪。弓使いです。救援感謝します」

「いやなに、困ってる奴を助けるのは当たり前のことさ。気にすんなよな」

 

 ニカッと笑みを浮かべるヒルダに2人は素直に大らかな人だなという感想を抱く。正義感にすがる訳でもなく、人助けを当たり前と思える精神は素晴らしいものだ。

 

「さぁて。珍しくレイナードがポカやらかしたみたいで笑いものにしたいとこだが……生憎それすらも出来ないくらい切羽詰まってるんだって?」

 

 干し肉を咀嚼し終えたヒルダが水筒の水を飲みながら翔に視線を向ける。最もな現実通りの言葉に反論もできず、翔は静かに拳を握りながら頷いた。

 

「まぁでも1回相対したけど予想以上だってのはわかった。力が強いのもそうだけど、アイツの場合は瞬発力が他とは桁違いだね」

 

 通常、大型モンスターは自身の巨体を支えながら運動する為に驚異的な筋力が備わっている。それでも大型であるが故に行動の1つ1つに隙というものは生じやすいのが今までのものだった。しかしジンオウガはモーション間にあるインターバルが少ない。それでありながら凶暴性や攻撃力は大型モンスターなのだから油断できないのだ。

 

「これからはヒルダも急遽パーティーに加わってもらってジンオウガの狩猟となる。翔君はブリーフィングの後、彼女とよく連携を取れるように位置取りとかを確認しておいてくれ」

「了解っす」

「よし、じゃあ状況整理をかねて一から確認だ。現在まで我々は渓流にてジンオウガを迎え撃っている形になる。ジンオウガは見ての通り凶暴だ。パワーがあるだけでなく瞬発力も兼ね備えたモンスター……更には電気を自在に操る、なんていう厄介な能力もある。確認された中で奴に雷属性や麻痺属性は期待しない方が良いだろう。現にシビレ罠はその性質を利用されてパワーアップさせてしまった。今後からはシビレ罠は一切使わないようにしようと思う。これについて意見は?」

 

 レイナードの声に異論は元より不平不満はない。目の前でモンスターに対して有効打を与える筈の罠が逆にハンター達自身の首を締める結果になってしまったのだから。

 

「よし、じゃあシビレ罠は持っていかない。使うとしたら手間はかかるが落とし穴を使おう。さて、後は閃光玉だ。予想以上に使いすぎたと僕は考えている。ジンオウガに耐性ができている可能性もあり得るから閃光玉への期待度は下げておいた方が念のためだと僕は思うんだが」

「だからっつって使わない訳にもいかないっしょ。危険だと思ったら躊躇なく使うべきだ。耐性があったとしても、一瞬程度の目眩ましには使えるんだろ? なら充分さ。視界が回復してからアイツがノータイムでこっちを見付けられることもないし」

 

 隙は充分だ、とヒルダが拳を掌に叩き入れる。気合充分、準備万端。

 4人は大きく息を吸い込み、立ち上がった。最終決戦開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリア4。渓流のマップでナンバリングされたその場所は、かつて集落があったであろう所だ。現在では朽ち果てて崩れ落ちた家屋の残骸が虚しく転がるだけであり、様々なモンスター達が闊歩する野生の地となっていた。

 しかし今、そこにモンスター達の影はない。いるのは人影、4人のハンターだ。

 

「ペイントの匂いはするんだよなぁ」

 

 先頭にいるヒルダが鼻を使って辺りを探る。徐々に匂いが薄れていくペイントボールだが、まだ匂いが消えてしまった訳ではない。翔達にもペイントボールの特徴的な匂いは微かだが嗅ぎ取れている。

 

「ちょっと、止まって」

 

 エリア半ばまで進んだ頃、太刀の柄に手を掛けていた翔が制止する。ピリピリとした空気が辺りを包む中、翔は不意に背後の崖を見上げた。同時に4人の真上に影が差す。

 

「散開ィッ!!」

 

 刹那に地面を抉るように着地する青と黄色の巨体。高所からのジャンプをものともせずに低い体勢のままこちらを睨むのは、ジンオウガ。

 

「待ち伏せとか、卑怯な奴ね……!!」

 

 丁度ジンオウガの後ろの位置、地面を転がって避けた蘭雪は起きると同時に背負っていた弓を展開、膝を着いたまま矢をつがえて大きな背中めがけて1本放った。命中を確認することなく2本目へ、今は無防備な背中に少しでもダメージを入れておきたい。纏めて矢を掴んで大雑把に、しかし力強く背中へ向けて放った。

 ジンオウガを挟み込むように飛び込むのはレイナードとヒルダ。それぞれが同時に後ろ足を狙って得物を振りかぶる。一撃の重さに分があるハンマーを使うヒルダへとジンオウガの目線が真っ先に食いついた。

 隙をついて翔が懐へ太刀を抜刀しながら潜り込む。上段から繋げて突き、入り込み過ぎない立ち位置を調整しながら甲殻の隙間、鱗の柔らかい部分を狙う。刃が食い込み鱗を散らす。内側から吹き出す血の飛沫に、確かな手応えを感じた。

 痛みを揉み消すかのようにジンオウガが翔を目掛けて頭突きを繰り出すが横に転がって回避。無防備に硬直しているところをヒルダのハンマーが容赦なく横っ腹を叩けば、ジンオウガが腹を抱えるように地面を無様に転がった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」

 

 ぶわっと翔から真っ赤なオーラが立ち上り、太刀にも伝播する。宙に円を描くように振るい全力で斬りつける、渾身の気刃斬りが甲殻をも切り裂いた。

 

「ぜりゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!!!!」

 

 フィニッシュに気刃大回転斬り。体重を乗せた勢いに遠心力を加え体ごと回転させながら一閃。闘気が今まで以上に激しく弾けジンオウガの胸を切り裂いた。

 痛みに悶えたジンオウガが体を捻り足を暴れさせて立ち上がる。迫り来る豪腕に翔は一瞬反応が遅れるも体との間に太刀を滑り込ませつつ外側へ飛ぶ。馬鹿デカい質量による衝撃が体を一瞬浮かせるがダメージはほぼなし。戦闘に支障が出るようなことはない。

 立ち上がったジンオウガは1つ低く吠えて体勢を沈め、刹那に全力で体を振り回す。前足1本で体を支えて、かつそこを支点に回転して尻尾でなぎ払った。突然の攻勢に足元にいたヒルダへ尻尾が直撃、大きく吹き飛ばされる。

 

「げほっ、ぉ、ぐぅ……効くなこりゃ……、」

 

 地面を2回、3回と転がって起き上がるも若干視界が明滅する。予想以上にダメージが入ったらしい。急いで回復薬をポーチから引っ張り出して使う。

 

 

 

「ふっ、はッ……!!」

 

 大胆に、しかし精細に、レイナードは得物を振るって鱗を切る。また1枚、大きく鱗が弾けた。見れば内側の肉質が確認できる。尻尾切断の目標まであと少し。これが達成できれば今のヒルダのような被害も軽減できる。

 

「ヒルダ、前で誘い込め!! 翔君は後ろに回って尻尾を斬るんだ!!」

「応よッ!!」

「了解っす!!」

 

 ヒルダが戦線に復帰。頭部目掛けてハンマーを振り上げるがジンオウガは首を傾けて回避、回頭して必死に後ろへ振り向こうとする。と、その頭部に真上から礫が降り注ぎガツガツと重々しい音を立てて当たる。これにはジンオウガものけぞり首を振った。

 

「もう一回!!」

 

 後方、蘭雪がギチギチと弦を引き絞り、通常とは違う矢を番えていた。狙って放つのは射線ではなくほぼ真上。曲射と呼ばれる撃ち方により特殊な矢を飛ばす技術だ。

 アルクセロルージュで取り扱える物は集中型。飛び出した矢はモンスターの頭上で弾けて無数の礫となってダメージを与えることができる。打撃ダメージで頭部に当てればスタンも狙えるのだが、如何せん取り扱いが難しい。戦闘中に咄嗟に使うのができないのが痛いところだ。

 2本目の矢が宙で弾けた。ジンオウガは首を捻って頭部への直撃は避けたが首や背中に礫が食い込んだ。

 注意が逸れている間に翔とヒルダが立ち位置を完全に交代。剣士2人が尻尾の付け根に剣先を叩き込む。

 

(あと、ちょっと……!!)

 

 刃が食い込み硬い感触が手に伝わる。これさえ突破できればという直前で中々もどかしい。翔もそうだがレイナードも苦戦していた。片手剣の刃が奥まで届かない。リーチにより柄が引っかかりそうになってしまうのだ。

 ふと、視界の端でジンオウガが再び足を曲げて低くなる。嫌な予感を察知した2人は全力で後退。直後にジンオウガが跳ね上がってバク転、尻尾を2人がいた場所に叩きつけた。轟音と共に地面が大きく抉れ砂や石が飛び散った。もしあのまま留まっていたら今頃下敷きになっていたに違いない。背中に冷たい汗がじわりと流れた。

 再び肉薄。離れていた分の距離を飛び込み、レイナードが渾身の一撃を振り下ろした。斬、と深く刃が食い込んで硬かった感触が僅かに薄くなる。

 

「よし……!!」

 

 峠は超えた、あと少し。

 

「翔君!!」

「よっしゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 もう一度、気刃斬りを。真っ赤な闘気を纏い翔が太刀を振り上げる。宙に円を描き勢いを付けて体重を乗せ、振り下ろす。刃が今まで以上に深く尻尾に切り込み、

 

 ――――ヴ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!????????

 

 前のめりにジンオウガが転がり悶えた。無残にも尻尾は根元から切り飛ばされ、ボタボタと赤い血が滴り落ちていく。

 

「っしゃあ!! よくやったアンタたち!!」

 

 ヒルダが大きくガッツポーズ。目が爛々と輝きを放ち、喜びを全身から溢れ出させていた。後方では蘭雪も幾分か表情が和らぐ。どこまでも奇想天外で予期しない動きをしてくるジンオウガにも、確かにダメージは通っている。その実感が尻尾を切ったことでようやく現実味を帯びて感じられるようになった。

 

 終わりが、近い。

 

「っ、マズい……!!」

「何が――――ッ!!」

 

 しかしレイナードが叫ぶ。微かにジンオウガ目掛けて光が収束を始めているのに気付いたのだ。拳大に光る虫達、雷光虫がどこからともなく現れてジンオウガに集まりだす。

 

「レイナード、止めねェとマズいんじゃないのか!?」

「知ってるけど止め方なんて無理矢理する他に何かあるとでも!?」

 

 危機感が体を突き動かす。蘭雪は曲射で集中的に頭部を狙う。転んでスタンさせれば、もしかしたら。

 近接職3人もジンオウガに踊りかかって得物を振るう。あの状態のジンオウガがどれほどの戦闘力を持っているのかを知っているからこその焦りが焦燥感を煽る。

 

 たっぷり10秒はかかって、しかしジンオウガは不動のまま。雷光虫の光も、既に眩しい程になっていた。

 

「全員離れろ!! 危険だ!!」

 

 レイナードの一声に不満ながらも接近していた全員が散開。ヒルダが特に納得していない顔だったが、直後にそれを改めることとなる。

 

 ――――ウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!!!

 

 雷が目の前に落ちたような腹の底を震わせる轟音が渓流に鳴り響く。周囲の土を焦がし舞い上げるその威力にヒルダは舌を巻いて頬を引き攣らせた。あれじゃあ丸焦げになる。丸焼きにされて食われるなんて更々御免だ。

 

「皆焦るなッ、やることは変わらないぞ!!」

「ッ、わかってらぁ!!」

「フゥゥゥゥゥゥゥ……、」

「ホント、しぶとすぎよ」

 

 血走ったジンオウガの目と4人の視線が交差する。

 直後に飛び出したのはジンオウガ。驚異的な瞬発力による飛び込みに全員が目を剥く。確かにジンオウガが雷を纏って飛躍的に強くなることは知っていたが、その速さが彼らの予想を完全に裏切っていた。1秒に満ちることなく縮まる距離に慌てて回避しようとする、その1人に向けてジンオウガが前足を振り上げた。

 

「ッ」

 

 太刀の切っ先を向けながら横へ移動していた翔だ。マズい、と誰もが嫌な瞬間を想像した。

 

「――――――――――――」

 

 刹那、翔が()()()()。大きな物ではなく、滑る地面を移動するような滑らかな移動。距離の感覚を狂わせるようなステップに、ジンオウガの攻撃は完全に外れた。

 それだけでなく、翔は既に次の動きに移っていた。移動と同時に闘気を纏わせた太刀をジンオウガに斬り付け、体の下を駆け抜ける。ベテランでもしないような動きに全員が度肝を抜かれる中、ジンオウガは止まらない。真後ろの翔がいるであろう位置目掛けて体を反転させながら飛び上がって足を振り上げた。それを翔は振り向かずに横に大きくステップで避ける。ジンオウガの前足が地面にめり込み、同時に蒼白い火花が迸って笠を掠めた。

 ジンオウガが足を再び振り上げる、その前に翔が既に動いて太刀を胸目掛けて突き出す。咄嗟にジンオウガは横にズレようとして狙いは外れて肩へ刃が突き刺さり、そのまま翔は右足を切り裂いた。闘気を纏った赤い刃がギャリギャリと甲殻を無理矢理削り取る。既に切れ味が落ち始めている。

 

「こっちも忘れてるんじゃないわよ!!」

 

 翔が硬直している隙は蘭雪が正確無比な射撃で注意を引く。矢を纏めて番えて全て綺麗に体に当てる。一部甲殻に弾かれるが、注意を引ければそれで良い。

 ヒルダも肉薄してひっくり返してやろうと後ろ足を何度も殴り付ける。振り下ろし、振り下ろし、体を回転させ振り抜く。

 

 ――――ヴォウッ!!

 

 短く吠える。刹那にジンオウガが飛び上がり空中で体を捻りながら器用に向きを変えて蘭雪を見て、着地と同時に突進をかます。蘭雪は全力で横に飛ぶ、が体格差で僅かに躱しきれずに引っかかって地面を転がった。

 追い討ちとばかりにジンオウガが前足を振り上げようとするが、直前にヒルダが真横から割り込みハンマーを横っ面に叩き込んだ。バギッ、と硬いものが割れる音がしたと同時、半ばから折れたジンオウガの角が宙を舞って足元に落ちた。

 ふるふると頭に入ったダメージを抜くように首を横に振るジンオウガ。隙を見てヒルダが蘭雪を担いで引き下がると、コツンと石が1つジンオウガの頭に当たる。2人を追いかけようとしていた視線は自ずとその石、研ぎ終わって使い物にならなくなった携帯砥石を投げた相手に向かう。

 

「テメェの相手は俺だ」

 

 ギラギラと瞳の奥から溢れ出る真っ赤な闘気を纏う翔がいた。研ぎたての刃は降り注ぐ陽光を反射して獲物を狙う獣の炯眼(けいがん)の如く眩しく光る。

 

 

 

 

 

 一方、ヒルダは蘭雪に肩を貸して1度森を抜け川沿いに出ていた。

 突進が掠ったと言えど大型モンスター相手ではどんな怪我をしているかわからない。蘭雪自身も少し立ち上がるのに苦労していたので念のためジンオウガから離れたのだ。

 

「……なぁランシェ」

「? はい、どうしました?」

「カケルの奴、普段からあんなにヤベェ程集中するのか?」

「翔が、ですか?」

 

 ヒルダの問いに回復薬を使いながらぼんやりと蘭雪は考える。

 

「……普段、って聞かれるとよくわからないかもです。でも多分だけど、アイツは極限まで集中するとスゴい才能を見せる、と私は思います。何度かそう言う場面はありましたから」

 

 蘭雪の回答に「そう、か……、」とヒルダは一瞬だけ考えを巡らせ、しかしすぐに表情を戻した。

 

「焦ろ、とは言わないけどなるべく早めに復帰してくれな。そんじゃ、先に行くからさ」

 

 駆け出して林道の奥に消えていくヒルダを見送り、姿が見えなくなったところで蘭雪は水筒を傾けながら思った。

 

(……ヒルダさん、何であんなこと聞いたんだろ……?)

 

 

 

 

 

 ジンオウガの豪腕を紙一重で回避する。肩の装備の一部が弾けたが何も問題ない。翔は太刀の切っ先をぶれさせることなくジンオウガの脇腹に当てて鱗を斬り裂く。鬱陶しいと言わんばかりにジンオウガが暴れれば、背中に目があるかのごとく避けてみせる。避けるだけでなく、避けながらジンオウガの硬直の隙間を狙って攻撃を仕掛ける。極限まで高められた集中力が体を無意識に動かし、最善の選択をする。

 

「カケル!!」

 

 ジンオウガが後退し、翔がまた肉薄しようとした時、背後からかかるヒルダの声に押しとどまる。

 

「その狼連れてこい!!」

 

 ヒルダが駆け出す後ろを翔も太刀を背負って追い掛ける。その更に後ろ、ジンオウガが吠えて走り出す。

 

「合図と同時に横へ全力で飛べ!! そんじゃなきゃアイツの下敷きになるよ!!」

「冗談にならないこと言わんで下さいよ!!」

 

 後ろから響く重々しい音に追い立てられ全力で林道を駆け抜ける。人の力では到底折れないような木々もなぎ倒しながら迫ってくる姿は既視感しかない。

 

「翔君、ヒルダ!!」

 

 視線の先、先程から姿が見えなかったレイナードが大きく手を振って待っていた。

 

「合わせろ翔、遅れても早まってもダメだからな、チキンレースだ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃ、無茶な要求ばっかだ!!」

「愚痴んな、行くぞ!! いち、」

「にのっ、」

「「さんッ!!」」

 

 2人が左右に分かれて飛びし、その間をジンオウガが勢いそのままに駆け抜けた直後、踏み抜いた地面が大きく陥没して抜けた。体半分がまるまる入る落とし穴だ。レイナードは一時戦線を抜けてこれを作っていた訳だ。

 

「2人とももっと離れてて!! 特にヒルダ!! またあの時みたいに巻き込まれるなよ!!」

「もうあんなのは御免だよ畜生め!!」

 

 レイナードが持ってきたのは台車。そこには大タル爆弾Gが山積みになって紐で固定されていた。

 

「あとで弁償するんで、勘弁してくれ!!」

 

 その台車を無理矢理にもがくジンオウガの真横につけたレイナードはすぐ近くに小タル爆弾を設置、ピンを引き抜いて全力で飛び退(すさ)った。

 直後、爆音と同時に真っ赤な炎が立ち上った。大タル爆弾G複数個分の衝撃は計り知れない。3人とも耳を塞いで若干蹲り気味だ。

 

「……どうなった……?」

 

 翔がポツリと呟きつつジッと煙の奥を見つめる。数秒間、動きなし。

 

 かと思えば、

 

 ――――ウウゥウォオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォンンッッ!!!!

 

 倒したのか、そう思った矢先、立ち上っていた煙が咆哮と同時に吹き飛ぶ。そこには角が折れ、甲殻が砕け、鱗が剥がれ落ち、尻尾を失い、それでも眼の奥に殺気を滾らせるジンオウガが悠然と堂々立っていた。

 

「厄介な……!!」

 

 レイナードが吐き捨てる。まだジンオウガは帯電状態が解除されていない。あの爆風の中であっても雷光虫を離さなかった胆力が妬ましい。

 再び3人が武器を構え直す中、ジンオウガはひと呼吸置いてからまた飛び上がる。今度は3人めがけて。空中で器用に体を捻り、ショルダータックルをかましてきた。

 散開して退避する翔達だが、ジンオウガと地面が衝突した衝撃に煽られて全員が地面を転がった。ダメージはあまりないものの、倒れた体勢はすぐに直せない。

 

「っ、」

 

 翔がすぐさま立ち上がろうとして、足を滑らせた。そこは僅かに湿った土が剥き出しの地面、中途半端な足の角度に土が捲れ上がるだけで体は動こうともせず、寧ろまたバランスを崩していた。

 ギラリとジンオウガの眼が翔を射抜いた。完全に狙われているとわかっていながらも、スローモーションの世界の中ではどうしようもない。思考だけが先行する中で必死に体勢を立て直し動こうとする。

 

「こっち向きなさいジンオウガぁ!!」

 

 空を裂いて3本の矢が飛来する。吸い込まれるように矢先は綺麗にジンオウガの首へ着弾、ズブリと鱗を貫いて深々と突き刺さった。翔達とは反対側の道から蘭雪が弓を構えて立っていた。戦線復帰、これで後衛が揃って幾分かは楽になる。

 

「翔ッ、さっさと立ちなさい!! アンタだけよいつまでも座り込んでんのは!!」

 

 2回、3回と矢を番え注意を引こうとする蘭雪にようやくジンオウガが目を向ける。その隙に翔は立ち上がって太刀の柄に手を掛けて切り込む。

 既にレイナードとヒルダは肉薄して後ろ足を斬り付けていた。ならばと翔は既に斬れた尻尾側に陣取って太刀を振るう。尻尾の斬れ口を抉る太刀筋だ。卑怯かもしれないがこれは生きるか死ぬかの戦闘、卑怯も何もないのである。

 痛みを振り切るようにジンオウガが包囲網を飛び出して反転するが必死に喰らいつく。攻撃の隙を与えれば反応が追いつかなくなる可能性だってある。現に体のあちこちが少なからず悲鳴を上げている。狩猟を初めて既に数時間、休憩を挟んでも疲労が抜けきることはないのだ。

 ジンオウガが不意に後ろ足だけで立ち上がり方向転換、レイナードに向かって上体を沈め頭突きをかます。最初から避けることを想定していなかったレイナードは盾で受け止め横に流した。受けきっていないのに痺れて感覚がなくなりそうな腕を無理矢理動かして無防備な頭に盾を体重を乗せて振り下ろし、叩きつける。

 

(打撃が足りない……!!)

 

 歯噛みしながらももう一度盾を叩きつけたレイナード。狙いは脳震盪によるスタンだ。人間と同じようにジンオウガだって脳震盪を受ければ動けなくなる。

 ヒルダが狙えれば、とは思うがジンオウガの頭は位置が高いうえに小さく狙いづらい。頭が降りてくる隙を狙うにもそんなことは滅多に――――、

 

「レイっ!! ちょっとそこ退きな!!」

「は、ちょっ……!!」

 

 ヒルダの声がした方を見て唖然とし、しかし避ける以外に方法は無くレイナードが飛び退く。直後、近くの木からハンマーを振り上げたヒルダが飛び上がり、

 

「クラァァァァァァァァァァァァァッッシュゥゥゥゥッッッッ!!!!」

 

 全力でジンオウガの頭に叩きつけた。ガクッ、と足から力が抜けて倒れ込む。口から漏れるのは困惑したようなか細い呻き声で視線もどこかフラフラと覚束無い。スタン状態の証拠だ。

 絶好のチャンス、とにかく斬って斬って斬りまくる。翔が再び気刃斬り、気付けば既に太刀は初期よりもずっとずっと真っ赤な闘気が染みるように纏われていた。レイナードの振るう片手剣の刃先からは毒が飛び散る。不意にもがいていたジンオウガの動きが更に鈍くなる。スタンに咥えてようやく毒が浸透したのだ。

 

「当た……れッ」

 

 蘭雪は曲射を選択。丁寧に、正確に矢を番え拡散する礫を確実にジンオウガの頭めがけて落とす。

 インターバルの間はヒルダが溜めに溜めたハンマーをぐるぐると体ごと振り回す。連続する打撃が少なくないダメージを与えていく。

 

 これでもかと攻撃を咥えて早10秒が経とうとすると、ようやくジンオウガが立ち上がろうと足を付く。底を見せない生命力に全員が舌を巻く中ジンオウガは包囲網を転がるように駆け抜けて行き一息に突き放すとくるりと反転。先程までのダメージをモノもせず突進してきた。速く、そして巨体とは思えない器用な足さばきで進路を匠に変えるジンオウガが狙ったのは、ヒルダ。

 

「やばっ……!!」

「ヒルダッ!!」

 

 ハンマーは重い、故に急には動けない。腰にかけてから走るには遅すぎるし、持ったままではロクな回避もできない。顔を少し青くしたレイナードが叫ぶ中、ヒルダがジンオウガの突進の餌食となる。

 そのままでは飽き足らずか、ジンオウガはヒルダを頭にマウントさせたまま木に突っ込んだ。人間でも簡単には折れない幹があっさり真っ二つに、ヒルダとジンオウガが倒れてきた木の下敷きになる。

 

「ヒルダ、生きてるか!?」

「…………ぉ、げほっ、……ぅ、だい、じょーぶ……、」

 

 駆け寄ってきたレイナードが直様木を持ち上げれば、ぐったりしたヒルダが無理矢理口角を上げながら親指を立てていた。しかしどう見ても無事じゃない。防具のおかげで命に別状は無いのかもしれないが、戦闘に復帰するには酷過ぎた。

 ガララッ、と不意に真横の幹が膨れ上がり崩れた。案の定、ジンオウガがいた。諸刃の特攻だったのか、頭部からは(おびただ)しい量の血が流れ既に右目も潰れていた。それだと言うのにその闘志は衰えを知らなかった。間近の覇気にレイナードが思わず身震いする程に。

 

「こっち向けオラ!!」

 

 刹那に真横から太刀が掠めるように割り込んでくれば、刃先がジンオウガの口を捉えた。

 

「翔君!?」

「レイナードさんは早くヒルダさんを!! 長くは、もたないんで……ぐ、ぅぅうう!!」

 

 間に翔が太刀ごと体を割り込ませジンオウガの頭を押し返そうと踏ん張る。太刀も若干しなりを見せるほどの力だ。

 もたもたしている暇はないと自らを鼓舞しヒルダを引っ張り出して背負う。肩越しに苦しげな呻き声が聞こえたが「スマン」とだけ一言言ってエリアの端へ走った。

 

 

 

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 

 雄叫びを上げ太刀で足を斬り付ける。ジンオウガが視線を向けようとすれば反対側から蘭雪がとにかく矢を放ちヘイトを拡散させる。

 しかし斬り付けながらも翔は手応えの無さを感じていた。あともう少しだが、ただ斬るだけのダメージでは足りない。ジンオウガを超えるには一手が足りない。

 そしてその一手は渾身の気刃大回転斬りだと言う答えはわかっている。しかしながらスタン状態から回復し、更にレイナードとヒルダが抜けた穴により最早翔と蘭雪に余裕のある狩猟は無理だった。

 気刃大回転斬りはタメがいる。そのタメをジンオウガは作らせてくれない。

 

「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 

 悔しさを叫び3つ、4つと斬り続ける。しかしやはり足りない。

 

「蘭雪!! 矢は後何本だ!?」

「あと20無い!!」

 

 叫びながら3本の矢がジンオウガを捉えるが、しかし2本は刺さらずに甲殻に弾かれて宙を舞って地面に墜落し翔を追い掛け回すジンオウガの足に踏まれて折れた。既に矢筒の中に矢は9本しかない。拠点(ベースキャンプ)で1度補充したのに足りなくなるとは思っていなかった。

 

「あれ!?」

 

 無意識過ぎて矢も数えることができなかった。いつもの様に矢筒に手をやって1本も無いことに気付く。あと1回分はあるはずと思い込んでいたことがいけなかった。

 矢の雨に止んだのに気付いたジンオウガがこちらを振り向く。既に蘭雪は丸腰。抵抗するような道具なんて一切無い。

 

「蘭雪、逃げろ!!」

 

 ジンオウガの向こう側から翔の声がする。その時既にジンオウガは突進を始めていた。

 矢が尽きた時、一瞬の思考停止で既に蘭雪の中から戦意は殆ど喪失していた。迫り来るジンオウガの影に膝が笑い、避けれないと悟った。

 自分もまたヒルダのようになるのか。ヒルダは剣士用防具だったが蘭雪はガンナー用防具だ。動きやすさを重視した作りによって装甲は薄い。もしあの巨体に押し潰されれば、命はない。

 

「いや……!!」

 

 何も出来ず、恐怖に目をつぶった。地響きが腹の底から死の恐怖を煽ってくる。

 

 もう無理かもしれない、そう思った。

 

 

 

「――――ヤメロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 ――――力強い声がした。

 

 刹那、ふっと空気が軽くなった気がして、蘭雪は恐る恐る目を開けた。

 気付けば足音もなく、風の音もなく、静寂だけが空間を支配していた。

 

 視線の先、蘭雪とジンオウガの間には、太刀を振り抜いた状態で残心する翔が立っていた。不意に、翔と太刀が纏っていた闘気が霧散し、そこでようやく納刀する。

 

「かけ……る?」

 

 理解が追いつかず、言葉を投げかけようとした。

 

「あ、」

 

 直後、翔の背後でジンオウガの体がぐらりと揺れる。見ればジンオウガの体に一閃の深い深い切り傷があった。間違いなく翔による太刀の一撃、溢れ出す血が水溜まりを作り、その血の量は明らかに致死量だ。

 

 ゆっくりと翔が背後のジンオウガを振り返る。

 狩人(もののふ)狩人(モンスター)の視線が静かに交差した。

 

 ジンオウガが最後の力を振り絞って息を吸い込み始めれば、パチパチパチと体中が発光し、それだけでなくエリア中の雷光虫達までもが強い光を放ち始めた。蒼白い火花はとどまる事を知らず、ジンオウガを中心にどんどんと伝播し、ついには上空に雷雲までもが寄ってくる。

 その中心でジンオウガは煌々と光る雷を纏っていた。まさに雷狼竜。威風堂々、無双の狩人の最期の姿がそこに確かにあった。

 

 ――――――――ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ウ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ…………………………………………――――――――

 

 最期の遠吠えと共に、ズンンッと大きな雷が1つ雷雲をも突き破り渓流へ落ちた。立ち上る雷の柱は天を貫き、轟音と共に狩猟の終わりを告げた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずるりとジンオウガが静かに体を横たえた。既に闘気は消え失せ、命の絶えた亡骸が静かに眠っていた。

 

「終わ……った……?」

「ああ、終わった」

 

 ふらふらと、覚束無い足取りの翔が地面にヘタリ込んでいた蘭雪の後ろに来て、倒れ込むように背中合わせで座り込んだ。

 

「……ははっ、もう膝が動かねぇや。ちょっと無理しすぎたかもな」

 

 飄々と脱力した薄ら笑いの翔。蘭雪は彼とジンオウガの亡骸を何度も交互に見て、たっぷり10秒かけてようやく狩猟の終わりを実感し始めた。

 

「そっか、終わったんだ……」

 

 力強く握り締めていた弓を手放し、ほぅっと抜けた息を吐く。死闘は完全に終わったという現実が今まで気力だけで誤魔化していた疲労を浮き彫りにしてきており、蘭雪も翔と同じように立てなかった。恐怖もあったが、何よりも安心感があったのだ。

 

「ありがとな、蘭雪」

「な、何よ急に」

「いや、援護さ。危ない場面もあったけど、蘭雪のおかげでどうにかなったとこもあったしさ。ホント、コンビ組んでて良かったと思う」

「ふ、ふぅん、ようやく私の有難みに気づいたってオチね」

「いや、前々から有難いと思ってたさ。心強い相棒ってのは無意識に狩場で頼ってるモンだからさ。改めて気付かされたよ、無双の狩人(ジンオウガ)に。本当に、ありがとう、蘭雪」

「あ、ぅ、どう、いたしまして……」

 

 表情は見えない。しかし、翔はきっと笑顔でそんなことを言っているのだろう。訳も分からず照れくさくなって蘭雪は赤面して口をもごもごと動かしながら縮こまった。

 

「……その、私だって、翔には……感謝、してるし」

 

 振り向かせないように翔に背を寄せて背中から寄りかかる。ばくばくと心臓が高鳴っていて、もしかしてバレるんじゃないかと思ってしまう。しかし振り向かれて今の顔を見られるのも困る。多分、どうしようもなく嬉しくて仕方ない顔をしているから。ありがとう、という単純な言葉に何よりも歓喜している表情をしているからこそ、そんな顔は見せられなかった。

 

「おーいランシェー!! それにカケルー!!」

 

 ほんのり空間がピンク色になりかけたところで、遠くからヒルダの元気そうな声がしてきた。声のする方を見れば何故かピンピンしているヒルダと、それを困った顔で追い掛けるレイナードの姿があった。

 

「よくやったぞ後輩ども!!」

「うわぁ!?」

「ちょっ、ヒルダさん……!!」

 

 ヒルダが満面の笑みで2人に向かって飛び込む。脱力していて受け止めきれずに3人団子状態で地面に転んで土まみれだが不快感はない。寧ろ達成感が沸々と湧き上がり自然と笑顔がこぼれていた。

 

「いてて、ってかヒルダさん大丈夫なんすか?」

「そ、そうですよヒルダさん!! さっきあんなに重傷だったのに……」

「ああ、あれか。取り敢えず応急薬と回復薬全部使ったら元気になった。おかげで口の中苦くて苦くて……あと体中ヒリヒリするし」

「良薬口に苦しだ。って言うかヒルダ、あのまま放置してたら危なかったんだ。回復薬の味なんてもう慣れただろう」

「そうは言っても苦いもんは苦い。肉味の回復薬とか無いのかよぅ」

「そ、それはそれで油っぽそうですね……」

 

 ひくひくと微妙な笑いを零す蘭雪。肉味って何だろうと考えてみてこれは狩猟中に飲む物じゃないなと結論づけた。翔も同じような考えに至ったようで苦笑いをしていた。

 ブーたれるヒルダへ「先輩の威厳は無いのか?」とレイナードから痛い指摘をされ、ヒルダが苦虫を噛み潰したような表情になる。彼女の表情にレイナードがカラカラと笑い、釣られて翔と蘭雪もクスクスと笑った。ヒルダのみ不満気な顔で終始文句を垂れていたが、わざわざ本気にするまでもなく笑みを作るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




約2ヶ月ぶりとなりました、ジンオウガ編です。担当キノンです。
さて、ようやくジンオウガ終わりました。2ヶ月もかかってしまったのは私の力量不足でございます。
しかし今回は全部自分で書ききることができて満足しております。やはり物書きは書ききってこその達成感に魅了されます。

本編では4人の活躍によりジンオウガ討伐完了でございます。今話だけで分量は16000文字弱。なんつう量だ、物書きしててこんなに書いたの初めてだ。
いっぱい書いたのでジンオウガの凄さが伝わればいいなと思ってます(小並感)
あとは緊迫感とか。色々とクサい話でしたがいかがだったでしょうか。

次回は……獅子乃心先生、だった筈。お楽しみに。
因みにジンオウガ編エピローグです。確か。

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