MONSTER HUNTER 〜紅嵐絵巻〜   作:ASILS

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第24話 (著:サザンクロス)

その日の彼らの運勢を一言で表すなら、『最悪』に尽きるだろう。

 

 重労働ではあるが、命の危険が皆無の仕事(ユクモ村の温泉街大拡張基礎工事、及び祭りの準備)をすればいいだけの簡単な話だったはずなのに、蓋を開けてみればモンスターの大量発生という異常事態が起こった。

 

 この異常事態にユクモ村に集まっていたハンター達は村長の指示の下、動き出した。まず、ユクモ村までモンスターを入れないようにするための防衛戦線の建設、及び維持。この防衛戦線の先頭に立っているのはハンターだが、バリケートなどを作っているのはハンターですらない村の青年達だ。

 

 防衛戦線に参加してない他のハンターは近隣の村の住民をユクモ村に避難させるため、彼らの護衛をしていた。ここいら一帯で最も大きな村はユクモ村であるが、ユクモ村以外に人の住む場所が無いわけではない。

 

 ユクモ村はともかく、他の小さな村々には大量のモンスターを撃退するだけの力は無い。だからユクモ村へと避難させ、彼らを守ろうとしているのだ。

 

 その二人組のハンターも近隣の村の村民を救援し、ユクモ村へと送り届けている最中だった。そこで二人はこの大陸では出会うはずの無いモンスターと遭遇することになる。

 

 

 

 

「おい、もっと速く走れないのか!?」

 

「これで精一杯ですよ!!」

 

 ガラガラと音を立てながら二頭のガーグァが台車を引っ張っていく。渓流(と言っても、普段翔達が行っているのとはまた別の場所だが)を全力疾走しているため、がたがた揺れる上に時折大きく飛び上がったりした。だが、そのことでハンター二人はもとより、乗っている数人の村人達も文句を言うことは無かった。

 

 それは彼らを追いかけてくるあるモンスターが原因だった。

 

『ギオ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛!!』

 

 木々を薙ぎ倒すようにそれは現れる。所々に深い傷のある濃紫色の甲殻、血に塗れて赤黒くなった白色の鬣が特徴的な鳥竜。黒狼鳥、イャンガルルガというのがそのモンスターの名前だ。

 

 怪鳥、イャンクックと酷似した姿から近縁種とされている。だが、その実体はイャンクックとは似て非なるものだ。まず、特筆すべきはその戦闘能力。非常に堅い甲殻はイャンクックのそれを遥かに凌駕し、並みの武器では切り裂くことは勿論、傷を入れることすら無理だ。嘴も異様なまでに鋭く、堅い地面を易々と穿つほど。

 

 他にもリオレウスのような火球のブレスを吐いたり、毒をもった尻尾を使ってリオレイアのようなサマーソルトを放ってくる。また、非常に狡賢いことでも有名で、落とし穴に引っかかった振りをして即座に抜け出すという狡猾な一面も持っている。

 

 上記のことからも非常に危険なモンスターであることは分かると思うが、それ以上に厄介かつ危険な特徴をこのイャンガルルガは持っている。それは『戦闘』という行為その物を楽しんでいるということだ。

 

 本来、生物が戦うことには何かしらの理由がある。捕食をするためだったり、自身の縄張りを守るためだったりと、理由は多くあれど何かしらの訳があって生物は戦いという行為を行う。だが、イャンガルルガは理由など無く、向かい合った相手に襲い掛かる。ある記録ではイャンクック同士の縄張り争いに介入し、イャンクックを皆殺しにしたという報告もあるほどだ。

 

 高い戦闘能力に加え、この危険な性質もあることからイャンガルルガは飛竜種と同等、もしくはそれ以上に危険な存在として扱われていた。

 

 彼らが遭遇したのもイャンガルルガの危険性を絵に表したような場面だった。クルペッコ、そしてクルペッコが呼び出したであろうリオレイアに止めを刺しているところだ。二頭との戦闘は壮絶を極めたようで、既にイャンガルルガは満身創痍の状態だった。だが、ハンター達を見つけるや否や、イャンガルルガは二体の死体を蹴り飛ばしてハンター達へと向かってきた。

 

 いくら相手が瀕死の状態とはいえ、村人を抱えたまま戦うわけにもいかない。ハンター達は迷わず逃げることを選んだ。それをイャンガルルガが追いかけてきて、そして現在に至るということだ。

 

 そもそも、ここ一帯の地域にいないはずのイャンガルルガが何故いるのか、という疑問が無いわけではないが、考えている暇など無い。今、台車に乗っている村人達の生命は文字通り、二人のハンターにかかっているのだから。

 

「とにかく絶対にスピードを緩めるな!」

 

 御者台に座った新米のハンターに声を飛ばしながら台車に乗っている禿頭のハンターは構えたへビィボウガンに通常弾を装填し、追いかけてくるイャンガルルガに向かって撃ち続けた。せめてもの救いは、先の二頭のとの戦闘でイャンガルルガの脚が鈍っていることだろう。

 

 放たれた弾丸がイャンガルルガの顔面を直撃する。だが、イャンガルルガは足を止めるどころか、怯みすらしない。

 

「くそっ……!」

 

 歯噛みしながら禿頭のハンターは再び通常弾をリロードする。これ以外の弾はもう既に使い果たしてしまった。フットワークを軽くするため、装備を必要最低限にしたのが裏目に出た。

 

 しかし、嘆いている暇は無い。今こうして、目の前にイャンガルルガが迫ってきているのだから今の状態で如何にかするしかない。禿頭のハンターがヘヴィボウガンを構え直そうとしたその時、

 

「うわぁ!?」

 

 新米ハンターの切羽詰った声が聞こえてきた。どうした!? と聞き返そうとすると、台車が凄い勢いで曲がるのを感じた。目の前にいきなり障害物が現れたようだ。しっかりと台車に掴まっていた村人達はともかく、禿頭のハンターは踏ん張りきることが出来ずに荷台から投げ出される。

 

「ぐぅ!」

 

 背中から地面に落ち、息が詰まる。霞む視界で手元から離れたヘヴィボウガンを探した。すぐ横に転がっている。言うことを聞かない体をどうにか動かして掴もうとするも、振り下ろされた足がヘヴィボウガンを踏み砕いた。

 

「……」

 

 恐る恐る視線を持ち上げる。ギラギラと殺意に目を光らせたイャンガルルガと対面した。

 

(死んだな)

 

 殺戮者の圧倒的な姿死を確信する。諦観が全身から力を奪っていった。どこか遠くのほうで新米ハンターが自分を呼ぶ声が聞こえる。行け、とジェスチャーするのとイャンガルルガが鋭利な嘴を振り上げるのがほぼ同時。そのまま標的を刺し貫かんと嘴を叩き付けようとする。その時、イャンガルルガが何かに気づいた。

 

「うおりゃあああああ!!!!!」

 

 大型モンスターにも負けず劣らずの咆哮を上げながらそれは現れた。イャンガルルガの目の前に飛び出すや、その横っ面に渾身の力を込めたハンマーを叩き込んだ。ボロボロの体にその一撃は大きく響いたようで、イャンガルルガは力なく吹き飛ぶ。轟音を上げて巨体が地に沈んだ。一瞬、起き上がるような仕草を見せるも、ぐったりと脱力してそのまま動かなくなった。

 

「……」

 

「大丈夫か、あんた?」

 

 目の前で起こる急展開についていけず、呆然としている禿頭のハンターに彼女(・・)は訊ねる。イャンガルルガ同様、この地域には生息しないモンスター、ドドブランゴの素材で作られた防具、ブランゴシリーズに身を包んだ女性だった。振り抜いたハンマー、コーンヘッドハンマー改を腰へと戻しながら人好きのする顔で禿頭のハンターの顔を覗きこむ。

 

「あ、あぁ、大丈夫だ」

 

「そっか、良かった!」

 

 ぱぁっ、と女性の顔が輝いた。白っぽいブラウンの髪と小さな傷跡のある白い肌。大きな茶色の瞳は星のように煌いている。にしし、と笑った口元から覗いた犬歯が特徴的だ。

 

「いやぁ、レイナードから聞いちゃいたけど、本当に異常事態なんだな。まさか、イャンガルルガなんかがいるなんて……あぁ、そうだ。ちょっとあんた、聞きたいことがあるんだけど、レイナードがどこいるか知ってる? 急いで来たのはいいんだけど、細かい場所まで聞いてなくてさ」

 

 にゃはは、と照れ臭そうに笑いながら女性は問うた。

 

「レイナードって、コルチカムさんのことか。あの人なら坊主と嬢ちゃんを助けるためにユクモ村付近の渓流に行ったが」

 

「そっか。教えてくれてありがと! 今、この周辺にモンスターの匂いは無いから安全だと思うけど、避難するなら急いだほうがいいぞ」

 

 じゃな! と片手を上げ、女性は禿頭のハンターが示した方へと走り出す。おい! と呼び止めようとするも、既に女性の姿は木々の間へと消えていた。

 

「……まるで嵐だな」

 

 礼を言う暇も無かった、と禿頭のハンターは小さくぼやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後の閃光玉、行くよ!」

 

 声と共に投げられた閃光玉がジンオウガの鼻先で炸裂した。放たれた光がジンオウガの視界を奪い、その動きを制限する。

 

「うおおおぉぉっっ!!」

 

 翔は力強く踏み込みながら太刀をジンオウガの尾へと振り下ろした。堅牢な甲殻と鱗に守られていた尾だが、今は翔とレイナードの攻撃によって内側の柔らかな肉が剥き出しの状態になっている。切り落とすまでもう少しだ。

 

(切れる!)

 

 刀身を通して伝わる肉を切り裂いていく感触に翔は確信を抱き、骨刀【豺牙】を振るう両腕に力を込めた。一撃、二撃と尾に骨刀【豺牙】を打ちつけ、ジンオウガの傷を更に深いものにしていく。

 

「はぁっ!!」

 駄目押しに翔は気刃斬りを放つ。赤いオーラを纏った刀身が残光を描き、ジンオウガの肉を確実に削いでいった。

 

「翔、危ない!」

 

「えっ?」

 

 ラッシュをかけようとするが、後ろから飛んできた蘭雪の声に翔の動きは止まる。何故、と思いながらも体は相棒の忠告を素直に聞き入れ、大きく後ろに跳んでジンオウガから距離を取っていた。一拍置いて、さっきまで翔の立っていた場所にジンオウガの前脚が叩きつけられる。

 

「なっ!?」

 

 ぎょっとしながら視線を持ち上げると、目に怒りの炎を燃やすジンオウガと視線がぶつかる。その目は明らかに翔を捉えている。

 

「翔、閃光玉の効果時間が短くなってるから注意して!」

 

「分かった!」

 

 蘭雪に返事をしながら翔は前転し、飛び掛ってきたジンオウガの巨躯をかわす。鼻面に皺を寄せ、剣呑な唸り声を出しながらジンオウガは目線で翔を追った。再び襲い掛かろうとするが、それは鼻先を掠めるよう飛んできた矢によって阻まれる。蘭雪が矢継ぎ早に射かけ、翔が態勢を立て直す時間を稼いでいた。

 

(分かってはいたけど、そう簡単にはいかないか)

 

 少し離れた所で、忙しそうに両手を動かしながらレイナードは表情を険しくさせる。手元を一切見ずに調合が出来るのは長年培った経験の賜物か、それとも元々器用だからだろうか。今、作っているのは生命の粉塵だ。調合が難しい上に手間がかかるかなり貴重なアイテムだが、ジンオウガを相手に貴重だなんだと言っていられる場合じゃない。

 

 彼の視線の先では翔と蘭雪がジンオウガと渡り合っていた。翔が豺牙を閃かせ、ジンオウガが爪牙を振るう。蘭雪が矢を放ち、ジンオウガは雷光球で応戦する。正しく、一進一退といった感じだ。

 

(戦い始めてかなりの時間が経過している。何も言わないけど、二人の疲労も相当なものになってるはずだ)

 

 このまま戦闘を続ければ、ジンオウガよりも先に二人の体力が尽きてしまうだろう。何かここで、戦況を変える一手が必要だ。既にかなりの数のアイテムを使ってしまっている。この状態から状況を打破するためにはどうすればいいか。一、二秒考え込み、レイナードは作戦を考え付いた。

 

「二人とも! これからシビレ罠を仕掛けるから、もう少しだけジンオウガを引き付けておいてくれ!」

 

「はい!」

 

「分かりました!」

 

 疲れなど感じさせない、威勢のいい二人の返答に頷きながらレイナードはシビレ罠をセットするのにベストな場所を探し始める。すると、ジンオウガの目がレイナードへと向けられた。

 

『グオォォン!!』

 

 本能的にレイナードの行動を脅威と感じ取ったのか、ジンオウガは狙いをレイナードへと変える。だが、

 

「お前の相手は!」

 

「私達よ!」

 

 二人のハンターがそれを許さない。翔は豺牙でジンオウガの顎を斬り上げる。柔らかな鼻面に豺牙の切っ先が奔り、ジンオウガの動きが一瞬だけ止まった。その刹那を逃さず、蘭雪は渾身の力で引き絞っていた弦を放す。撃ち出された矢は空気を切り裂き、ジンオウガの脇腹辺りに突き刺さった。

 

『ガオォォ!!』

 

 自身の動きを邪魔され苛立ったのか、ジンオウガは前脚で前方を薙いだ。既に後ろへと下がっていた翔はジンオウガの前脚をかわし、逆に頭部に一撃を叩き込んだ。

 

「よし!」

 

「翔、下がって!」

 

 翔がどいたのを視認してから蘭雪はアルクセロルージュを上空に向けて射る。曲射と呼ばれる攻撃だ。弧を描いて飛んでいった矢は重力に従って落下、ジンオウガの頭上で炸裂して無数の礫を降り注がせる。上からの攻撃を避けれず、礫の直撃を受けたジンオウガは堪らずにがくりと体勢を崩した。

 

「二人とも、こっちに!」

 

 レイナードの呼びかけに二人は構えていた武器をしまい、声のしたほうへと駆け出す。ジンオウガはぶるぶると全身を震わせると、二人を追いかけて走り始めた。背後から迫る地響きと荒い息遣い。恐怖に竦みそうになる体を叱咤し、二人は脚を動かす。前方に大タル爆弾二つを用意したレイナードの姿を確認することが出来た。彼の目の前の地面ではバチバチ、とシビレ罠が音を立てて獲物を待っている。

 

「急いで!」

 

 レイナードの声に若干の焦りが見えた。もう、ジンオウガは二人のすぐ後ろにまで接近している。二人は力の限りに踏み切り、シビレ罠を飛び越えるように跳んだ。ジンオウガも二人の後を追って大地を蹴ろうとするが、それよりも早くシビレ罠が獲物を捕らえる。

 

『ウォン!?』

 

「翔君、君は一旦態勢を整えて。蘭雪ちゃんは僕と一緒に大タル爆弾の設置するよ」

 

「はい! ……って、嘘だろ!?」

 

 レイナードの指示に従い、豺牙を研ごうとしていた翔の目が驚愕に見開かれた。蘭雪も翔の視線を追って、顔面を蒼白にさせる。

 

「じ、冗談じゃないわよ!」

 

「二人とも、どうした……っ!」

 

 首を傾げていたレイナードも、それを見て厳しい表情を作った。三人の眼前で、シビレ罠に囚われたジンオウガの背に無数の雷光虫が集まっていく。

 

「蘭雪、あれって……」

 

「あの、雷光虫が集まってジンオウガの全身がどばーん! ってなる奴でしょ!? 罠にかかってる状態でなれるとかどういうこと!?」

 

「全身がどばーん、ということは強化状態になるということかな?」

 

 レイナードの問いに二人はこくこくと頷いた。二人の反応からして、良くない状況だということは嫌でも分かった。どういう原理かまでは分からないが、ジンオウガはシビレ罠が発する電撃をチャージしてそれを使って雷光虫を呼び寄せているのだろう。

 

(設置が簡単なシビレ罠を使ったのが裏目に出たか……!)

 

 今更、作戦を変える時間も歯噛みする時間も無い。レイナードは作戦通り動くことを決心した。蘭雪と一緒にジンオウガのすぐ横に大タル爆弾を設置する。その間にも雷光虫はジンオウガへと集まっていった。

 

「よし、蘭雪ちゃん!」

 

 全員がジンオウガから離れたことを確認し、レイナードが指示を飛ばす。蘭雪は頷きながら矢をアルクセロルージュへと番えた。大タル爆弾へと狙いを定め、矢を飛ばす。狙い過たず、大タル爆弾に直撃する。

 

 ドオオオォォォンッッッ!!!!!

 

 大地を揺るがす爆音が渓流に轟いた。爆発で吹き上がった土と黒煙がジンオウガの体を覆い隠す。その中には何も動く気配が無い。

 

「……やった、のか」

 

 研ぎ終わった豺牙を構えながら翔は囁く。その呟きに蘭雪がまさか、と返した矢先、咆哮が大気を振るわせた。

 

『オオォォォォォォォォンッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 黒煙が内側から弾け飛ぶようにして掻き消える。その中から現れたのは雷を纏い、全身の甲殻を剣のように突き立てさせたジンオウガだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は渓流を走っていた。木の根に躓くことなく、泥濘に脚を捉われることも無く走るその姿は風のようだった。全く土地勘の無い、暗くなっていく森の中を速度を緩めず、全力疾走できるハンターがどれだけいるだろうか。

 

「……ここら辺からするんだけどなぁ、レイナードの匂い」

 

 女性は足を止め、大きく息を吸い込んだ。息を整えているように見えるが、実際には違う。彼女は空気の匂いを嗅いでいるのだ。限界まで肺を膨らませ、女性は大きく息を吐き出した。そして確信した表情で頷く。

 

「うん、間違いない。この近くにいる」

 

 ここの空気からは匂いがする。血と汗と鉄と、興奮の匂い。戦いの匂いがここの空気からは感じ取れた。改めて周囲を見回してみる。所々の地面に数人の人の足跡と、何か巨大な獣が踏み荒らしたような跡があることが分かった。女性は腕を守るブランゴアームを外すと、素手で地面を触り始める。

 

「これがジンオウガの足跡か……こっちはレイナードの足跡だとして、他の二人のは誰だ? ユクモ村のハンターか……ん?」

 

 地面を探っていた女性の手が止まり、何かを拾い上げる。それは役目を果たした閃光玉の残骸だった。

 

「これは、レイナードの作った閃光玉か」

 

 今まで何度も見てきたので、見間違えるはずが無かった。不意に女性が顔を上げる。どこからか、何かが吼える声が聞こえたのだ。

 

『オオォォォォォォォォン……』

 

「向こうか!」

 

 言うや、女性はブランゴアームを腕に付け直し、咆哮が聞こえたほうへと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オォンッ!!』

 

「翔、危ない!」

 

「うぉっ!?」

 

 蘭雪の声に反応するよりも早く、ジンオウガが翔へと襲い掛かった。ジンオウガは俊敏な動きで翔に迫り、前脚を振るう。細い太刀でその一撃を防げるわけも無く、翔は大きく吹き飛ばされた。

 

「ぐぁ!」

 

 背中から地面に落ち、衝撃の余り一瞬気が遠くなる。寸の間、目の前が真っ暗になるが、翔は思いっきり歯を打ち合わせて意識を無理やり覚醒させた。意識を失ったその刹那が自分を殺すということを思い知らされていたので、体が自然と動いていた。

 

 体が上げる悲鳴を無視し、翔は即座に飛び上がった。その一瞬後、さっき翔が倒れていたところにジンオウガの一撃が叩き込まれる。地面を大きく抉り飛ばすその一打をもろに喰らっていたら冗談抜きで死んでいただろう。

 

「く、くっそ……!」

 

 所々痛む体をどうにか動かし、気力を振り絞って視線を持ち上げてジンオウガを睨んだ。『無双の狩人』としての全貌を露にした雷狼竜。雷光を迸らせる巨躯は威圧感を放っていると同時にどこか神々しいまでの美しさを持っていた。翡翠の目が翔を射抜く。

 

「っ……」

 

 一睨みで生命力と戦力の差を突きつけられ、翔は思わず息を呑んだ。無意識の内に足が後ろへ下がろうとしている。

 

「翔君、呑まれるな!」

 

 萎縮している翔を叱咤したのはレイナードだった。翔の前に立ちはだかるように飛び出し、ジンオウガへと切りかかっていった。レイナードの攻撃をジンオウガはその巨体からは想像もつかない速さでかわす。

 

「す、すみません、レイナードさん!」

 

 礼を言いながら翔は体中の痛みが大分楽になったことに気づいた。レイナードが生命の粉塵を使ってくれたようだ。もう一度、感謝の言葉を口にしようとする翔にレイナードの叱責が飛ぶ。

 

「僕に礼を言ってる暇があったらジンオウガを見るんだ! 一瞬でも目を離したら次の瞬間には死んでいるぞ! 蘭雪ちゃんは何か気づいたら、どんな小さなことでもいいから教えてくれ!」

 

「「はい!」」

 

 二人の返事を聞きながらレイナードは内心で焦っていた。先の戦いでジンオウガが攻撃に雷光虫を用いることが分かった。それを踏まえた上でレイナードは三人でかかれば倒せると判断した。だが、ジンオウガが雷光虫を使って己自身を強化するのは完全に予想外だった。

 

 ダイミョウザザミやショウグンギザミは死んだ飛竜の頭蓋骨をヤドにして利用する。自分以外の生物を利用して外敵から身を守ったり、狩りを効果的に行うものは自然界に確かに存在するため、別段珍しいものではない。しかし、レイナードはジンオウガのように他の生物を使って己を強化するモンスターを見たことが無かった。

 

(完全に測り損ねていた。これが無双の狩人……!)

 

 勝てない。強化されたジンオウガとの戦いでレイナードはそう感じていた。恐らく、撤退させることも難しいだろう。最悪の場合、死ぬことになる。それだけは何としても避けねばならない。

 

「二人とも、撤退だ!」

 

 レイナードの言葉に二人はぎょっとした様子で振り向いた。構わずにレイナードは言葉を続ける。

 

「すまない、僕の判断ミスだ。ジンオウガの戦力を甘く見すぎていた。三人だけじゃこいつを狩ることは出来ない! このままじゃこっちが消耗していくだけだ。一旦、ユクモ村まで下がって態勢を整えた後、ファリーアネオ女史と合流してもう一度ジンオウガに挑もう」

 

 ラルクスギアはユクモ村防衛線にいる。ユクモ村まで退けば、合流することは可能だろう。それに彼女の実力は翔と蘭雪も十分に知っていた。彼女が一緒であれば、ジンオウガを倒すことも無理では無い筈だ。ジンオウガを狩るため、そして何よりも二人の命を守るためのレイナードの選択は間違っていない。だが、

 

「そ、そんな! 俺達が下がってる間にジンオウガがユクモ村まで来たり、他の村を襲ったら……!」

 

「……その可能性は否定出来ない」

 

「そんなの」

 

「じゃあ、このままここで戦ってジンオウガに殺されようっていうのか!」

 

 本末転倒じゃないですか、と翔は言おうとするが、レイナードの怒声に阻まれる。確かに翔自身、今の状況を理解していた。ジンオウガに手も足も出ないというのが現状だ。振り上げた刃はかわされ、放たれた矢は甲殻に防がれる。倒すことは無理だ。出来ることといったら、ここにジンオウガを釘付けにしておくことだけ。それも何時まで続くか分からない。

 

「でも、でも私達はハンターです!」

 

 蘭雪の叫びに翔は大きく頷いて同意の意を示す。そんな二人の若きハンターの姿にレイナードは思わず口元が綻びそうになった。レイナードは若干声音を穏やかにしながらも、毅然と言う。

 

「だからこそだよ、二人とも。ハンターだからこそ、僕達は生きて戻らなくちゃいけないんだ」

 

 ハンターはモンスターを狩るのが仕事だ。だが、それは仕事の一つでしかない。モンスターを狩って人々を守り、待ってくれる人たちの下へ帰る。それが出来て初めてハンターとなるのだ。

 

「僕は村長に君達を任された。僕には君達を無事にユクモ村に帰す義務がある。だから二人とも、頼む。今は僕に従って「レイナードさん!!」っ!?」

 

 蘭雪の悲鳴じみた声にレイナードが気づく。さっきまで様子を窺うように身構えていたジンオウガが突っ込んできたのだ。その速さは強化前の動きを大きく上回っている。即座にかわすのは無理だと判断し、レイナードは翔を突き飛ばした。盾を構えるが、ジンオウガの一撃を受け止められずに吹き飛ぶ。

 

「ぐぁっ!!」

 

 レイナードの体が何度も地面を跳ね、地面からせり出ている岩に激突した。

 

「レイナードさん!?」

 

 翔の声にレイナードは応えなかった。苦しげな呻き声を出しながら身動ぎするだけだ。急いで駆け寄ろうとする翔の前にジンオウガが躍り出る。

 

「っ! ……お前ぇぇっ!!」

 

 さっきのレイナードが吹き飛ばされた光景とヤマトが叩き飛ばされた光景が頭の中で重なり、翔は我も忘れてジンオウガへと豺牙を叩き付けた。だが、翔渾身の一太刀は甲高い音を立てながら甲殻に防がれる。よろけた翔にジンオウガの追撃が迫った。

 

「翔、避けて!」

 

 咄嗟に蘭雪が援護の矢を撃つも、ジンオウガの動きを止めることは出来なかった。鞭のようにしなる尾が翔を襲う。尾の直撃を受け、翔の体が大きく宙を舞った。豺牙が手の中からすっぽ抜け、乾いた音を立てて地面に突き立つ。

 

「うっ……っ!?」

 

 呻きながら立ち上がろうとするが、受けたダメージが大きくて体が言うことを聞かない。どうにか上半身だけを起こすと、眼前にジンオウガが立っていた。

 

 武器は手元に無く、体は思うように動かせない。そして目の前に佇む、自分を圧倒的に上回る存在。恐怖の余り、翔は呼吸することすら忘れていた。同時に何もすることの出来ない自分が酷く情けなかった。

 

(俺は、何も出来ないのかよ……! ヤマトとレイナードさんに助けられて、二人を倒した奴が目の前にいるのに、何も……!)

 

「駄目ぇぇぇ!!!」

 

 蘭雪の悲鳴をジンオウガが聞き入れるわけも無い。ジンオウガはゆっくりと片前脚を持ち上げる。最期を察し、翔は静かに目を閉じた。その時、聞き慣れぬ声が渓流中に轟いた。

 

「諦めるなぁ!!」

 

 ハッとしながら翔は周囲を見回す。離れた所で蘭雪も驚いたようにきょろきょろしているが、声の主はいない。ジンオウガも突然聞こえた声に警戒の声を上げている。

 

「ハンターが生きることを諦めちゃ駄目だ!!」

 

 もう一度、声が聞こえた。力強く、命に満ちた声だ。その声の主は何の前置きも前触れも無く、彼らの目の前に現れた。

 

「うっしゃあああぁぁぁっっっ!!!」

 

 突如、上から降ってきたその人影は喉も張り裂けんばかりの声をあげ、大上段に振り上げていたハンマーをジンオウガの頭部へと叩き付けた。痛烈な一撃をもろに受け、ジンオウガの巨体が崩れ落ちる。

 

「……」

 

「そ、空から!?」

 

 降ってきた人影に言葉を失う翔。いきなりの出来事に蘭雪は驚きの声を上げる。唖然とする二人に聞かせる(つもりかどうかは定かではない)ようにその人影、女性は声を張り上げた。

 

「『皇帝の獅子座(インペリアルレオ)』所属ヒルダ・ベルンハルト、見・参!!」

 

 それは絶望を切り裂く光明か、それとも彼らをも巻き込む大嵐か。




 ども、皆様こんばんわ。サザンクロスでっす。

 え~、長らくお待たせして申し訳ございませんでした。俺の怠慢です。

 さてさて、主人公勢のピンチに颯爽と登場しました四人目のキャラ、ヒルダ・ベルンハルト。獅子乃さんが考えてくれました。ハンマーを豪快にぶん回すパワーファイトに乞うご期待。
 元気な女の子って可愛いよね。見てるだけで癒されますわ……振り回される方は堪ったもんじゃないだろうけど。

 次の話はキノンさんが担当してくれます。色々と忙しいみたいだけど、大丈夫かな? では。

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