MONSTER HUNTER 〜紅嵐絵巻〜   作:ASILS

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第23話 (著:五之瀬キノン)

 

 

 

 

 

「騒がしいのう……ヒック、うい……」

 

 瓢箪に入った酒を煽り、大浴場受付でのんびりと過ごすギルドマスター。彼の周りは何人もの人が慌ただしく駆け抜け往復を繰り返す。

 今走っていった集団は大工の連中か。大方モンスター侵入を防ぐ為のバリケード建設といったところか。

 

「……嵐じゃのう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずらりと周りを取り囲むジャギィにラルクスギア・ファリーアオネは鋭く視線を飛ばしていた。対しジャギィ達も姿勢を低く保ち彼女の隙を伺っている。

 頭数は、ざっと数えて六匹ほど。数的不利は否めない。が、実力と経験からすればラルクスギアにとっては全く問題ない。彼女は手元の斧モードでスタンバイしているスラッシュアックス――ハイボルトアックスの柄近くに取り付けられたコッキングレバーに手をかけた。

 直後、それを隙と見たのか二匹が時間差で飛び出してくる。良い観察眼と判断力だ。

 確かにラルクスギアのこの行動はジャギィ達にとっては無意味な行動に見えたのかもしれない。だからこその全力特攻。片方は地を蹴って飛び上がり、もう片方は低い姿勢を保ったまま大きく顎を開いて迫ってくる。

 だと言うのに、ラルクスギアは焦ることもなくただただそれを待っていた。まるで罠にかかった獲物を見るような眼光で。

 ジャギィ二匹が近付いて来るタイミングに合わせ、ラルクスギアがレバーを引きながらハイボルトアックスを振り上げる。ガシャン、と音が鳴り斧がスライドして柄の方へと仕舞われた。入れ替わりにスライドして飛び出して来たのは、巨大な刃。スラッシュアックス特有の機構を用いた変形による攻撃だ。

 刃に真っ赤な闘気が纏われた剣モードのハイボルトアックスが、飛び上がっていたジャギィを真っ二つに斬り上げる。辺り一帯には、鮮血が雨の様に降り注いだ。

 しかしラルクスギアは返り血も気にする素振りすらなく、すぐさま刃を返して今度は懐に飛び込もうとしていたジャギィへと刃を振り下ろす。斬と皮が裂け血が吹き出し、たったの一撃であっさりと地面に息絶えて崩れ落ちてしまった。

 あまりに圧倒的。そして、あまりに可憐。蒼の奏者が紅のオーロラを()くその光景は、芸術かもしれなかった。

 本能的動物の彼らにそれが理解できたのかどうかは不明だが、ラルクスギアにとって一瞬の隙は最大の好機。空いていた距離を素早いステップであっさりと詰め、二匹まとめて横になぐ。刃に触れた途端に雷撃が(ほとばし)り、痛みと痺れがジャギィへと襲いかかる。錐揉みしながら吹き飛んだ二匹は何度も地面を跳ね、せり出していた岩肌にぶつかって絶命した。

 スラッシュアックスを丁度振り切り残心する彼女の背後から、更に二匹が突撃してくる。

 だが、慌てない。すかさず振り向いた彼女は、今度はコッキングレバーを押し込む。再び刃がスライドし飛び出してくる斧。振り向きざまに体の回転する力も使い、ラルクスギアは全力でハイボルトアックスを振り回した。長いリーチを誇る斧の先端が重々しくジャギィの喉笛を裂き、それが大きく真上へと振り上げられたかと思えば、大上段まで持ち上がった斧は最後の一匹を狙って降下を始めた。

 瞬間、地面を叩き割ったかのような衝撃が、手の内に広がる。その中に、僅かに固い物をかち割る手応えが一つ。ジャギィ達は全て、手も足も出ずに皆地に伏していた。

 次の敵は──。周辺を見渡しても何も出てこないのを確認し、ラルクスギアはようやく一息ついた。

 現在ラルクスギアが守っているのは、渓流方向に繋がるユクモ村の道──それも村からかなり離れた場所。つまりは、防衛戦線の最前線に位置していた。

 かれこれ三時間、断続的に小型モンスターが流れ込んできており、休憩という休憩は殆ど無いに等しい。と言っても本来の狩場に比べれば遥かに楽だった。油断は出来ないとは言え、常に大型モンスターと何時間も対峙し続ける訳ではないし、奇襲に気を付けて少しずつ体を休めれば良い。

 そんな自分の心配よりも、ラルクスギアは渓流へと向かった二人と二匹の方を遥かに心配していた。村雨 翔と黄 蘭雪だ。村長のお使いということで渓流に素材集めへ出かけた二人は、多分このモンスター大行進の元凶を見てしまうに違いない。心配の種はそれだ。

 

「お二人のご心配ですか?」

「あ、そっ、村長……!? 危険ですよッ!? こんな場所まで来て……」

 

 後ろから聞こえてくる穏やかな声。しかしそこには凛とした覇気がしかと纏われ、いつものほほんと微笑んでいる村長の姿には程遠いその人、久御門 市がいた。

 

「おご心配には及びませんわ、お二人も。そして、この(わたくし)も」

 

 シャーン、と一つ市が手に持った薙刀の石突きを地面に突くと、刃の根元に付けられた鈴が音を鳴らす。

 

「彼らは必ず、帰ってきます。私達が信じなければ、彼らは悲しんでしまいますよ」

「……えぇ、そうですね。翔くんや蘭雪くんを信じてあげれないなんて、私もまだまだみたいです」

「うふふふ。反省して次に活かすことができれば、失敗というものは大きな宝でもあります。お大事になさって下さい」

 

 コロコロとこんな状況でも人を安心させてしまう笑みを振舞う村長を見てラルクスギアは舌を巻いて苦笑した。自分みたいな若造(これ大事)は、結局村長から見れば子供と同じなのだから。

 

「ラルクスギア様、恐らくですがこの先、大型モンスターも来る可能性があります。心しておいて下さいまし」

「はい。ご忠告、感謝します」

 

 村長はニッコリ笑うとまた村へと引き返す。ラルクスギアはその後ろ姿を眺めてゾクゾクとした高揚感にも似た感情を抱いていた。

 久御門 市の構える薙刀は、どこをどう見てもあのジエン・モーランの素材を使って作られた太刀だ。つまり、彼女はあの収穫祭に参加できるだけの実力を持っていたことになる。なるほど、自分以上に狩場を知り尽くしている訳だ。纏う覇気も、射抜く双眸も、並な訓練では手に入らない鋭いものだった。

 

「これは、負けられないなぁ……」

 

 ラルクスギアは、村長が自分よりも遥高みに位置する存在に見えてしまった。それは現役ハンターとして、引退した元ハンターに劣っていることを意味する。

 尊敬はある、だがその反面悔しくもある。追いつくべき目標であると同時に、村長(彼女)は越えなければならない壁でもあるのだ。

 

「さぁて、いったい貴方はどこまで、私を高みに導いてくれるのかしら……?」

 

 ゴウ、と突風が頬を撫でた。ラルクスギアの上空から飛来する大きな影が彼女に迫る。

 見上げれば、そこには大きな翼をはためかせた赤き竜が一匹。青い瞳をギラギラと輝かせ、ラルクスギアを睨み付けていた。

 

 ――――ゴアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 空の王者、リオレウス。火竜の名を冠された巨大な飛竜が、ラルクスギアの前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拠点(ベースキャンプ)を再び出た翔と蘭雪、そしてレイナード。三人は南の切り立った崖を抜け狭い岩穴を潜っていた。

 

「確か、この先は筍の取れるところだったな」

「ああ、あのアイルーとかが一杯いる……」

 

 翔の一言に合点がいった蘭雪がなるほどと手を叩く。何度か足を運んだ覚えがあり、そこが野生のアイルー等の住処になっているのだ。肉食系のジャギィ等が入ってくることはなく、そこのエリア内だけは日夜ほのぼのとした空気が流れている。

 

「……にしてもアイルー達多くないか?」

 

 ぽっと翔がこぼす。彼の目から見て、今日ここにいるアイルー達は以前より数が多く、メラルーも多く混じっている。

 

「そう、よね。ここら辺一体の皆が逃げ込んでいるのかも」

 

 あながち、予想は間違っていないようだ。

 いつもならハンターが来ても知らんぷりして日光浴を楽しんでいるアイルー達も、今回ばかりはなるべく集団になって周囲を警戒しているようだ。野生の本能によるものか、皆『渓流』の不安な空気を感じ取っているらしい。ハンター達をに敵意のある視線を向けているのも、その影響だろう。

 

「急ごうか。いつ気分を変えて、突っ込んでくるかわからないしね」

 

 レイナードの言葉に頷いた二人は足早にエリアを抜けていく。アイルー達は知能を持った種だ。オトモアイルーという存在があるように、相手にするのは少々骨が折れる。なまじオトモを連れている二人だからこそ、相手にはしたくなかった。

 

 

 

 差し掛かったのは気の蔦だけで出来た吊り橋。この先からペイントボールの微かな匂いが漂ってきている。

 

「中々、刺激的な橋だね……」

 

 ここは正式にエリア間移動の道に登録されている場所。渡りきることで崖の上にある台地へ移ることができる。ハンター達の体重ならきちんと支えられるが大型モンスター等は話が別で乗った瞬間に橋が千切れ落ちるだろう。

 レイナードが何度か足で体重をかけて安全と見ると進みだした。やはり初めて見るからには警戒心が高くなるのだろう。ペースが遅いということはないがその足取りは慎重だ。対し翔はもう何度もこの空中回廊を渡っているので問題はない。手すりのように渡された蔦に捕まることもせずにひょいひょいと軽々進む。

 

「おーい蘭雪。早くしろよぉ」

「わ、わかってるわよ!! あ、こらっ、揺らさないでってば!!」

「いや吊り橋だから普通は揺れるだろ……」

 

 一方蘭雪はというと、手すりに両手で掴まってそろそろと内股になりながら渡っていた。そして真下を見てしまっては「ひぅぅぅぅ……」とか細い声を出して両目を閉じるのを繰り返している。

 完全なる高所恐怖症である。彼女の場合、いつもならばここは通らないで迂回路を使う。言わずもがな、こんな落ちたら一貫の終わりのような場所を通るのは嫌だからである。

 しかし今回は事情が事情。早期にジンオウガに対処しなければならない以上、時間のかかる迂回路は使わず一直線に向かう必要があった。当然、蘭雪の必死の抵抗は却下されて強行突破を敢行中なのである。

 

「か、かけるぅぅぅぅ……」

「あーはいはい、わかったわかった」

 

 既に涙目で訴えてくる蘭雪に「仕方ねぇなぁ」と翔は近付く。当然、橋は揺れる。

 

「ああぁぁぁああぁぁっっ、かけるっ、ゆらしたら、だめっ、だめだってばぁぁぁぁぁ……!!!!」

「はいはい、怖いからさっさと渡っちゃいましょーねー」

 

 強引に蘭雪の手を取り引っ張って連行。こうでもしないと進まないのでさっさと連れて行くのに限る。後で色々と言われるかもだが、非常事態という心強い言い訳があるのでまぁ大丈夫だろう……多分。

 

「ッ、っっ、ぁっ……!!」

 

 橋が揺れる度にびくびくと震える蘭雪。ぎゅっと両目を閉じて固く翔の手を握る様子は妹のようだった。

 

(妹かぁ……アイツらどうしてっかなぁ)

 

 場違いだと思いつつも翔は大陸を渡った向こうにいる弟と妹に思いを馳せた。双子の彼らは息災だろうか。姉ははしゃぎ過ぎていないか、弟はそれに振り回されていないだろうか。

 久々に会いてぇなぁ、なんて考えながら、ようやく橋の中間に到着する。ここは霧で見えない眼下の谷から生えた、巨木の幹の真上に位置する。ここまで来れば反対側までもう少しだ。

 

「ふぇぇ、まだはんぶんなのぉぉぉぉ…………、」

「お前本当に高所ダメなのな……、」

「人それぞれだからね。翔君、引き続き頼むよ。何か来たら僕がすぐに合図するから」

「うっす、頼みますよ」

 

 再び前へ。後ろで蘭雪がいやいやと首を横に振って最後の抵抗をした。いっそのこと手を離して置いていくべきか本気で悩んだが、こんな高所で残しておくのも蘭雪にとっては地獄も当然なので無理やり引っ張った。とりあえず、色々治まった後で文句言われるだろうなぁ、と翔は遠くなさそうな未来を思い描くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、向こう岸が見えてきた。蘭雪は目を閉じているのでわかってはいないようだが。

 

「ペイントボールの匂いがまだ少しある。気づかれないよう慎重にね」

 

 先行するレイナードが僅かに腰を落として橋を渡り終える。

 ジンオウガの影は風上に当たる北側。まだこちらには気付いていないらしく、山の下へと視線を向けて立っていた。蘭雪がようやく落ち着いたのを確認して、レイナードはハンドサインを送る。

 役割は事前に決めた。初撃は奇襲。ギリギリまで近づき蘭雪の一撃、振り向いた瞬間を翔とレイナードで追撃する算段だ。無論倒せるとは思っていないが相手が油断していれば大きなダメージは与えられる。

 

 蘭雪が弓を構えると同時、翔とレイナードは足音を殺して駆け寄る。剣士の間合いまで残り五歩、その瞬間に力を溜め込まれた矢が放たれ、あっという間に二人を追い越しジンオウガの首元に突き刺さる。

 ヴォゥウォ!? と突然の出来事に狼狽えるジンオウガに、二人の剣士が躍り掛った。一撃目、走ってきた勢いを上乗せし翔は骨刀【豺牙】を上段から叩きつけるように斬りつける。それと同時に、レイナードは幅跳びの要領で飛び上がり抜刀、ハイドラバイトを尻尾の付け根に振り下ろした。

 二人が二撃目を加え蘭雪が四本目の矢を(つがえ)えようとした時、ジンオウガがようやく動き出す。足元の二人から逃げるように飛び上がり、空中で器用に振り向き着地。姿勢を低く構えて喉の奥から小さく唸った。

 

「ハハッ、相当イライラしてんな」

 

 油断なく太刀を構え直し翔はほくそ笑む。初撃の入りは完璧。確かな手応えが今もなお手の中に残っている。見れば斬り付けた後ろの右足には鱗の間から止めど無く血が溢れていた。

 

 チッ、チッ、と舌を鳴らし、太刀の柄を絶えずゆらゆらと揺らしながら自分へジンオウガの視点を誘導して釘付けにする。その間にレイナードがジリジリとジンオウガを中心に円を描くように回り込む。ジンオウガはチラチラとレイナードを見るが何かアクションを起こすことはない。まずは、二人でジンオウガを挟み込む形が出来た。後ろの方で、ギチギチと弓の弦が引き絞られる音が鼓膜を打つ。

 準備は整った。後はアドリブと経験、そして連携を駆使して全力で狩るだけだ。

 静寂を打ち破ったのは、一本の矢が空間を撃ち抜いてゆく風切り音だった。頑強な甲殻を貫かんと、貫通力を秘めた矢がジンオウガに向かって迸った。それと同時に、前後から挟み込むように翔とレイナードも挟撃をかける。

 しかし、ジンオウガは剣士二人よりもさらに早く、自らに向かって飛来する矢に反応していた。振り上げた腕は正確に矢を叩き潰すだけでは飽き足らず、翔までまとめて押し潰そうとする。

 あと一歩で太刀の射程圏まで目前まで迫っていた翔であったが、冷静にそれを見切ってバックジャンプする。これまでに出会った中では、間違いなく最強のモンスターだ。慎重に慎重を重ねて行動しなければならない。

 それに、今回は蘭雪だけではない。ハンターズギルドから派遣されたベテランハンターである、レイナードもいる。それだけで、戦略の幅は大きく広がる。

 翔の代わりにレイナードが、ジンオウガまで迫っていた。ハイドラバイトをコンパクトに構え、先ほど切りつけた尻尾の全く同じ場所へと刃を突き立てようとする。

 だが、同じ手はジンオウガには通用しなかった。なんとジンオウガは翔に視線を向けたまま、背後のレイナードに向かって尻尾を横薙ぎさせたのである。予想外の不意打ちに、見守っていた翔と蘭雪は思わず声を上げる。が、そんな心配は無用だった。

 突然の攻撃にもレイナードは見事に反応し、体の向きを変えてしっかりと盾でガードしたのである。しかも、防御をしながら尻尾の付け根にしっかりと刃を突き立てている。

 予想外の事態に対処できてこその上位ハンター。新米上位ハンターの二人は、本物の上位ハンターの片鱗を見た気がした。苦痛によるものか痺れによるものか、ジンオウガの喉元からくぐもった唸り声が響く。

「二人とも、今はジンオウガに集中するんだ! 絶対に目を離すんじゃない!」

「は、はいっ!」

「すいません!」

 我を忘れてレイナードに見入っていた翔と蘭雪は、すぐさま現実に引き戻された。翔は血を流す右足へと狙いを定めて側面へと回り込み、蘭雪はそれを支援するよう続けざまに矢を放つ。

 ジンオウガは頭を振って矢をはじき、いったん距離をとるために大きくジャンプして三人を視界に納める。仕切り直し、といったところだろう。

 翔と蘭雪もジンオウガを警戒しながら、レイナードのそばまで駆け寄った。

「なかなか、頭の回るモンスターみたいだね。こっちに気付いていない振りをして、攻撃してくるなんて」

「みたいですね。俺も初めて見ました」

「私だってそうよ。まるで、後ろにも目があるみたい」

 雷光虫の明かりが、ぽちぽちと足元で明かりをともす。そしてまた、ジンオウガの体自体もわずかに光を帯び始めていた。

「二人とも、気をしっかりと持って。本番はこれからだよ」

 二人がうなずくのを見届けたレイナードは、アイテムポーチに手を突っ込みつつジンオウガに向かって駆けた。

 

      ◆

 

「何があっても、この場は死守するんだ! ここが破られたら、救援に向かった連中が帰ってこれなくなる!」

「わかってます!」

「おい、弾がなくなったぞ!」

「村にあるだけの弾丸を持ってきてくれ! 早く!!」

 村の麓、山の中腹を通る山道付近に築かれた、即席のバリケード。何層にもわたって構築されたそれは、ユクモ村に本拠地を置く大工衆であるムラクモ組がわずか一時間で完成させたものだ。

 そのバリケードから身を乗り出し、ライトボウガンを構える青年達が二〇人近くいる。しかし、今現在ユクモ村にはそれだけのハンターはいない。

 そう、彼らは本来ハンターですらない。小型モンスターからの村の自衛や、村内の治安維持を目的とした自警団の青年達なのである。

 そんな彼らが手にしているライトボウガンは、村の武器屋がハンター向けに販売している代物である。ライトと名を冠していても、それはハンターが扱う上でのこと。自警団で訓練を受けているとはいえ、一般人にとっては体を壊しかねないほどの反動がある。

 そんな危険な手段にまで出なければならないほど、村の状況は切迫していた。次々と長い階段を下って運ばれてくる、弾丸入りの木箱。団員達はその中へと手を突っ込み、弾丸を装填しては次々と撃ちだす。

 その射線の先にいるのは、ジャギィやブルファンゴといった小型モンスターだ。一匹や二匹ていどなら普段でもたまにあることなのだが、今回は物量が圧倒的に違った。絶命したもの、意識はあるが動けないもの、はたまた体を引きずりながら逃げてゆくもの。まさに、地獄絵図だ。

 地面の色が真っ赤に変わるほどに血がしみこみ、生臭い死臭が鼻を突く。しかし、その臭いを気にしている暇はない。一匹たりとも近づけてはならない。バリケードの内側に入られてしまえば、ハンターでない彼らには対処する(すべ)はないのだ。

 すると次の瞬間、ジャギィの群れの中でひときわ大きな固体が姿を現す。

「ドスジャギィだ! ドスジャギィが出たぞ!」

 討伐されたものや捕獲されたものは見たことがあっても、生きて動いている個体を見るのは初めての者がほとんどだ。

 小型とはいっても、このサイズとなってしまってはジャギィのようにはいかない。

「火力を集中させろ! 早く!」

 すると次の瞬間、二〇近いライトボウガンが、ドスジャギィを狙って一斉に火を噴いた。通常弾と散弾の嵐が、全方位から襲いかかる。

 だが、さすがはボスを張るだけの固体のことはある。ライトボウガンでは、決定打が足りない。全員が弾を撃ちつくした間隙を狙って、ドスジャギィは最後の抵抗を見せた。ボロボロの体に力を込め、バリケードの最奥に向かって大きく跳躍する。

 その巨大な口が今にも頭を噛み千切ろうとしたその瞬間、腹の底まで突き抜けるような轟音がドォォォンと響き渡った。空中のドスジャギィはバランスを崩し、背中から地面に激突する。

 団員達が背後を振り返ると、五人がかりでヘビィボウガンを支える団員の姿があった。

「助かった。ありがとう」

「いや、なんともなくてよかった。それより、どんな具合になっている?」

「見ての通りだ。ぎりぎりで持たせてはいるが……」

 指示を出していた団員は、他の団員達の様子を見やった。誰も彼も、疲労の色が濃い。

 本来ならローテーションを組んで休憩を挟みながら防衛戦に当たりたいところなのだが、防衛戦をしているのはここだけではないのだ。それに、団員達の一部は戻ってきたハンターたちと一緒になって、近隣の集落への救援にも向かっている。

 それぞれがそれぞれに課せられた役割を全うせんと、全力を尽くしている。人数が足りないなどと、泣き言を言って入られないのだ。

「みなさ~ん! おつかれさま~! 差し入れもってきましたよ~!」

 血なまぐさい戦場の空気を払拭(ふっしょく)するかのような、元気な声が団員達の耳に届いた。

「……絢菜さん!? どうしてこんな場所に、早く村まで戻ってください! ここは危険なむぐぅ!?」

「だ~か~ら~、差し入れだって言ってるでしょうが。『腹が減ってちゃ女も落とせない』って、昔の偉い人も言ってるくらいなんだから」

 綾菜はしょうもないことを言おうとしていた団員の口に、無理やりおにぎりをねじ込んでやった。いきなり口に何かを突っ込まれて驚いていた団員も、おにぎりだとわかるともぐもぐと口を動かす。

「んぐぅぅ、それを言うなら、『腹が減っては戦はできぬ』です」

 そして口の中を満たしていたおにぎりを、ごくりと飲み込んだ。やや味の濃い塩味が、口の中いっぱいに広がった。

「なんだ、わかってんじゃないですか。そうです、私達はちゃんと守ってもらわなきゃいけないんだから、自警団のみなさんもしっかり食べてしっかり守ってください。あとこれ、残ってる人みんなで作ったんですから、食べなかったらフライパンでぶん殴りますからね」

 そう言うと、綾菜はおにぎりのいっぱい詰まった木箱をその場に下ろした。ふたを開けると、甘みのある白い煙が立ち昇る。長時間にわたる戦闘ですっかり腹をすかせていた団員達は、次々と差し入れられたおにぎりに手を伸ばした。

「ありがとうございます」

「すっごくうまいです、これ」

 団員達は口々にお礼を言いながら、おにぎりを持って素早く持ち場のバリケードに戻った。さらに上から運んできたヘビィボウガンを、バリケードの上にすえつける作業も始める。まるで、ジエン・モーランのシーズン中のロックラックを彷彿とさせる適度な緊張感と活気。だがこの場に限っては、過剰な緊張感と空元気があるだけだ。

 いや、一匹たりとも通してはいけず、それも本業のハンターはこの場にいないのだ。こうなってしまうのも、仕方がないことであろう。

「じゃあ、私はこれで失礼しますか」

 このままここにとどまっていても、絢菜にできることはない。それこそ、モンスターが襲ってきたら迷惑になってしまう。

 そうなってしまうのは、絢菜の思うところではない。

「夕飯作って待ってますから、お店来てくださいね」

 団員達にそう言って引き返そうとしたその時、絢菜達の頭上を何かが通り過ぎた。

 

 ────ギィィィンンッッッ!!

 

 甲高い金属の衝突音が、耳の奥に飛び込んできた。

 そしてバリケードから十メートルほど離れた場所に、よく見慣れた人物が見慣れない武器を持って佇んでいた。

「絢菜さん、早く村に戻ってください。それと、自警団の皆さんは防備を固めてください」

 ユクモ村の村長である久御門市。その彼女が絢菜もよく知る、しかし決して容易に手に入れることのできない武器を持っていたのだ。剛旋断牙刀【一断】。本当に限られた一部のハンター──G級ハンター──にしか挑むことが許されない、ジエン・モーラン亜種から得られる素材で作られた薙刀。

 それはそのまま、彼女がどれほどの腕前を持っているかというのを如実に語っていた。

 すると突然、村長の足が動いた。上体を全くぶれさせることなくすり足で前へ出ると、 剛旋断牙刀を横薙ぎする。

 いきなり何を始めたのだろう。誰もがそう思った瞬間、空間からいきなり火花が飛び散ったのだ。何もないはずの空間に、何者かがいる。

 絢菜は大慌てで村まで続く階段を駆け上がり、自警団の団員達はボウガンを構えた。

「うふふふふ。まさか、こんな場所でお目にかかれるとは、思っておりませんでしたわ」

 澄んだ空色の刃がひゅんひゅんと空を切り、同時にシャーンと涼やかな鈴の音を響かせる。

「みなさん、お気をつけください。ナルガクルガの希少種です。彼は通常個体や亜種と違って、本当に体を透過させることができます」

 今まで聞いたことのない、村長の鋭い声。団員達の手にも、力がこもった。

 ユクモ村近辺で出現したのは、恐らくこれが史上初めてのことであろう。

「私の指示に従っていただけるとうれしいのですが、よろしいですか?」

 背中から聞こえる肯定の返事に、市は久方ぶりの愛刀の感触を確かめた。

 

 

 ────────ルュゥヮワアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!

 

 鼓膜をつんざくような鳴き声と同時に、ナルガクルガの希少種はその姿を現す。金属にも似た光沢のある毛は、彼らのボウガンでは撃ち抜けないだろう。

 もう決して、自分の目の前では誰も死なせはしない。この村の村長として、元G級ハンターとして、久御門市という自分自身で在るために。

 市は静かに闘気を高め、踏み出す。残像すら置き去りにする勢いで、気高さと壮麗さを兼ね備えた空色の刃が振り下ろされた。




お久しぶりです。キノンです。
第23話、いかがでしたでしょうか? 楽しんでいただけたのであれば、メンバー共々嬉しい思いであります。

実は、というより途中の文章からわかるように途中からキノンではなくれい先生が担当されてます。諸用とか諸々の事情で申し訳ないことにバトンを渡させていただきました。次回こそは頑張って全部書きます。

まぁそれはともかく(開き直り)

今回はちょっとばかし村長のお力が伺えますね。恐ろs……素晴らしいお方です。
ナルガの希少種、友人が狩ってたのを横から見てた覚えがあります。めんどくさそうな相手でしたね。キノンは3DS買う気がないので出会うことはなさそうですけど。

次話はサザンクロス先生。乞うご期待、です。

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