MONSTER HUNTER 〜紅嵐絵巻〜   作:ASILS

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第22話 (著:サザンクロス)

「うぉっと!」

 

「にゃっと!」

 

 バチチチッ、と電磁音を放ちながら迫る雷光球を避け、翔とヤマトは視線を前へと向ける。そこには翡翠色の雷狼竜、ジンオウガの姿があった。雷光球をかわした一人と一体を睨みながら鼻面に皺を寄せ、剥き出した歯の間から剣呑な唸り声を漏らしている。

 

『グルル……』

 

 威圧するように顎を開き、足を踏み鳴らす。鈍く輝く牙は数多の獲物を屠り、鋭利な爪は数多の敵を切り裂いた。その巨体から放たれる威圧感は筆舌に尽くしがたい。それこそジンオウガと対峙している翔が己をちっぽけな存在だと思って竦んでしまうほどに。

 

「何やってんのバカ! ぼさっとしてんじゃないわよ!」

 

 ジンオウガのオーラに呑まれそうになった翔を現実に引き戻したのは相棒の蘭雪の声だった。翔から少し離れたところから矢を射ってジンオウガの注意を自分に向けようとしている。彼女の傍らではナデシコが火の点いた小タル爆弾を頭上に持ち上げていた。

 

「ナデシコ!」

 

「にゃっ!」

 

 アルクセロルージュの弦を限界まで引き絞る蘭雪の隣でナデシコが体を大きく反らした。ジンオウガ目掛けて矢が放たれ、小タル爆弾投げられる。飛矢はジンオウガの頭部に吸い込まれるように飛翔するが、ジンオウガは僅かに頭を下げて矢を角で受け止めた。

 

 カキン、と甲高い音を立てて矢が地面に落ちる。少し遅れて飛んできた小タル爆弾をジンオウガは鬱陶しそうに前足で踏みつけた。文字通り、押し潰された小タル爆弾がくぐもった爆破音を奏でる。当然と言うべきか、ジンオウガにダメージはない。

 

『オォォォンッ!!』

 

 不意にジンオウガが奔り出す。標的は目の前に立っていた翔とヤマトだ。

 

「にゃんと!?」

 

 ヤマトは慌ててジンオウガの進路上から離れたが、そこでぎょっとする。翔がその場から動いていないからだ。額に汗を滲ませ、骨刀【豺牙(さいが)】を握る両手に力を込めながらジンオウガを凝視している。

 

「ご主人!!」

 

「バカ! あんた何やってんの!?」

 

 ヤマトと蘭雪の声が飛ぶが、翔は逃げようとしない。もう、ジンオウガはそこまで迫ってきている。後一歩でジンオウガの鋭爪が届くというところで漸く翔は動いた。

 

「はあああっっっ!!」

 

 横へと跳びながら渾身の力で豺牙を振り抜く。いわゆる、移動斬りというやつだ。豺牙がジンオウガの前肢へと叩き込まれる。だが、刀身を通して伝わってきた感触は途轍もなく硬かった。

 

(切れてない!)

 

 甲殻を浅く引っ掻いただけだ。内側の肉には届いていない。翔はそれ以上の追撃をせず、横に跳んだ勢いそのままに転がってジンオウガから距離を取った。

 

「冷や冷やさせんじゃないわよ!」

 

蘭雪の怒声に悪い! と短く応えながら翔は豺牙を構える。その横にヤマトが並んだ。

 

「ご主人、無理はしちゃいけにゃいにゃ。今の僕達は一発でももらったらもうアウトにゃ」

 

「あぁ、分かってる」

 

 とてもじゃないが、状況は芳しいとはいえなかった。今回、翔達はジンオウガを討伐に来た訳ではない。採集依頼、それも村長の頼みで来たのだ。当たり前のことだが、大型のモンスターと戦うことを前提とした準備などしていない。

 

 十全に準備をしていても勝てるかどうか分からない相手。応急薬の類も無いので、一撃でも喰らえばその時点で詰みだ。近距離で戦う翔はどうしても及び腰になってしまう。遠距離が可能な蘭雪は積極的に矢を射掛けているが、それだけではジンオウガに効果的なダメージを与えられない。

 

『オォォォン!!!』

 そして翔達の事情などお構い無しに無双の狩人は攻撃の勢いを緩めない。強靭な四肢による俊敏な動きで翔とヤマトへと迫る。左右に散った二人の間に飛び込み、右前脚でその巨躯を持ち上げた。

 

「ヤマト!」

 

「ニャ!」

 

 翔は後ろに飛び退きながらヤマトに声を飛ばす。主の声に短く応えながらヤマトも後ろへと下がった。次の瞬間、二人の眼前を鞭のようにしなる尾が掠めていく。凄まじい風圧が真正面から叩きつけられるが、体勢を崩すほどのものではない。

 

「せぁっ!!」

 

「おうニャ!!」

 

 宙へと跳び、着地したジンオウガの前脚に向けて二人はそれぞれの得物を向ける。翔は鋭い突きを繰り出し、ヤマトはボーンピックを振り下ろす。硬質な音が鳴った。やはり、ジンオウガの体に傷をつけることは容易ではないようだ。口の中で小さく悪態をつきながら翔は後ろに下がるのと同時に太刀を振り抜く。

 

 ザシュ!

 

 この一撃は効いたようだ。上手い具合にさっきの突きが当たった所と同じ所を斬ったらしい。僅かに血を流す前脚を見て、ジンオウガは怒りの声を上げる。距離を取った翔に飛びかかろうとするが、鼻先に迫る矢がそれを許さなかった。

 

「私たちを無視してると」

 

「痛い目を見るにゃよ?」

 

 投げられた小タル爆弾の導火線の火から出る白煙が弧を描く。ジンオウガの肩辺りで小タル爆弾が炸裂した。弾けるように鱗が飛び、剥き出しになった肉に蘭雪の矢が突き刺さる。前脚に続いて血が流れ出すが、ジンオウガに怯んだ様子は無い。

 

『ガルルル!』

 

 寧ろ、更に激昂した様子で物騒な唸り声を上げていた。不意にジンオウガの背中が輝き始める。

 

「雷光球だ!」

 

「分かってる!」

 

 誰が狙われてもいいように全員がかわせる体勢になった。

 

 その場から跳び上がり、全身を捻りながらジンオウガは一発目の雷光球を放った。続けて跳躍し、空中で方向転換して二発を撃ち出す。一発目は蘭雪へと、二発目は翔に迫っていった。

 

 かなりの速さだが、避けられないものではない。特に距離を取っている蘭雪は回避が容易だった。アルクセロルージュを握ったまま走り、余裕を持って雷光球を避けた。

 

 一方、翔は走って避けられるほどの距離ではなかったので横に転がってかわそうとする。が、その瞬間、雷光球の向きが変わった。それも翔の避けた方に。

 

「なっ!?」

 

「「翔|(さん)!?」」

 

「ご主人!?」

 

 電磁的な炸裂音と共に雷光球が弾ける。その直撃を受けた翔は吹き飛び、ごろごろと転がっていった。骨刀【豺牙】も翔の手から離れ、くるくると宙を回りながら地面に突き刺さった。漸く止まっても、翔は地面の上に倒れたまま起き上がろうとしない。

 

「翔、何してんの! 早く起きて!!」

 

 矢継ぎ早に射り続けながら蘭雪が声を飛ばすも、翔は声にならない声を上げながら這い蹲っていた。時折体が痙攣し、同時にバチバチという音が聞こえる。属性やられ状態、という奴だ。

 

「ご主人がびりびりしてるニャ!」

 

 当の本人は必死で起きようとしているのだが、笑ってしまうほどに体が言うことを聞かない。針金で全身を雁字搦めに縛り上げられてしまったかのようだ。

 

「ご主人、避けて!!」

 

 ほとんど悲鳴に近いヤマトの声に反応し、動かない体でどうにか横に転がる。真横の地面に巨大な爪がめり込んだ。更に翔を間に置くようにもう一本の前脚が下ろされる。顔を真上に向けると翡翠の双眸と視線がかち合った。口の間から覗く牙が鈍く輝く。

 

「マジかよ……!」

 

 大きく開かれた顎が翔に襲い掛かった。咄嗟に翔は指先に触れていた拳大の石を掴んだ。火事場のバカ力というやつなのか、翔は属性やられ状態を振り切ってその石をジンオウガの口の中へと捻じ込む。

 

『オォン!?』

 

 口内に異物を入れられ、ジンオウガは一瞬目を白黒させた。が、それも本当に僅かのことだったので、翔はジンオウガの拘束から抜け出せなかった。しかし、その少しの間に一匹のオトモが主の危機を救う。

 

「ご主人から離れるニャ!!」

 

 言うや否や、ヤマトはジャンプしてジンオウガの顔へとしがみ付いた。突然、視界を塞がれたジンオウガはヤマトを振り解こうと暴れ始めた。その場で飛び跳ねたり、恐ろしい唸り声を上げながら顔を滅茶苦茶に振り回したりと凄まじい荒れっぷりだ。負けじとヤマトも全力で爪を食い込ませ、ジンオウガに噛り付いている。

 

「ナイスよ、ヤマト!」

 

 がむしゃらに動き回るジンオウガの爪が翔を襲う寸前、走り寄ってきた蘭雪が翔に肩を貸した。

 

「ほら、立ちなさい! ナデシコ、豺牙取ってきて!」

 

「にゃ!」

 

 まだ足を上手く動かせない翔を引き摺るように運ぶ蘭雪。ナデシコは少し離れたところに突き立っていた豺牙を器用に引き抜き、頭上に持ち上げながら蘭雪に並ぶ。

 

「ニャー!!」

 

 背後から聞こえたヤマトの悲鳴に全員が振り向く。宙を舞うヤマトと体を沈ませるようにして力を溜めるジンオウガ。世界がスローモーションのように遅くなっていく中、ジンオウガの放ったショルダータックルがヤマトを吹き飛ばした。もろに体当たりを受けたヤマトはゴム鞠のように飛んで行き、木にぶち当たって地面の上に大の字に転がった。気絶しているのか、ピクリとも動かない。

 

『ガオォォォ!!!』

 

 顔にしがみ付かれたのが余ほど癇に障ったのか、ジンオウガは翔達の方へは目もくれず、ヤマトへと狙いを定めた。

 

「止めろぉぉぉ!!!」

 

 翔の声に止まるわけも無く、ジンオウガは四肢に力を漲らせる。蘭雪は翔を放してアルクセロルージュを構えようとするが、今からではジンオウガを止めることは無理だ。最悪の光景が脳裏を過ぎる。

 

「全員、目を閉じて!」

 

 絶望を切り裂いたのはその場にいないはずの者の声だった。反射的に全員が目を閉じると、爆発的な光が周囲一帯を照らした。瞼越しでも目を焼かれそうな光量だ。翔達にはそれが閃光玉の光だとすぐに分かった。光が晴れ、目を開く。

 

『オォオン!?』

 

 閃光の直撃を受けて悶えているジンオウガ。

 

「大丈夫かい、皆」

 

 目の前にはぐったりしているヤマトを小脇に抱えたレイナード・コルチカムが立っていた。

 

「レイナードさん? 何でここに!?」

 

「悪いけど説明は後でね。閃光玉も長時間効果がある訳じゃないし。この子は気絶してるだけだ。すぐに戦線復帰は無理そうだけどね。翔君は……属性やられか」

 

 採っておいて正解だった、とレイナードはある物を取り出し、翔の口へと放り込んだ。

 

「むごぉっ……に、苦い。これは?」

 

「ウチケシの実だよ。これで雷属性やられを解消できるよ」

 

 レイナードの言うとおり、翔は蘭雪の助けが無くても動けるくらいには回復していた。筋肉が引き攣るような感覚も無い。

 

「はい、これ」

 

 応急薬や携帯食料などの最低限の道具を渡し、レイナードは翔達に背を向ける。

 

「僕はここで時間を稼ぐ。その間に君達はこのエリアを抜け、ベースキャンプに戻って態勢を整えておいてくれ」

 

「一人で、ですか?」

 

 心配そうな声の蘭雪に大丈夫、とレイナードは笑って見せた。

 

「こう見えて僕、今まで一度もクエストリタイアをしたことが無いんだ。それに、一人で討伐する訳じゃないしね。さ、行って」

 

「……蘭雪、行こう。今の俺達じゃ足手まといになるだけだ。レイナードさん、時間稼ぎお願いします」

 

 レイナードに頭を下げ、脇にヤマトを抱える翔。ナデシコから豺牙を受け取り、鞘に戻して走り出す。蘭雪も少し躊躇うような素振りを見せ、すぐにナデシコと一緒に翔を追い始めた。

 

「行ってくれたか。聞き分けが良くて助かった」

 

 さて、とレイナードは前を見る。視界が回復したのか、ジンオウガは燃えるような瞳で赤い乱入者を睥睨していた。

 

(この大陸に来てから初めての大型モンスターか。焦るなよ。慎重に確実に、だが恐れずに)

 

 己に言い聞かせるように胸中で呟き、レイナードは片手剣を構えた。同時にジンオウガの咆哮が周囲に木霊した。

 

 

 

 

「ふっ!」

 

 小さな呼気と共に得物のハイドラバイトをジンオウガの右後ろ足に叩き込む。それ以上の追撃をせず、レイナードは後ろへと下がって鬱陶しそうに振るわれる尾をかわした。

 

 肺に溜まった空気を吐き出しながらこちらを振り返るジンオウガと対峙する。目立った外傷は無い。さっき、翔達がつけた傷もほとんど塞がってしまっていた。その尋常じゃない回復力に内心で舌を巻くレイナード。ただ、右後ろ足はレイナードが攻撃を集中させているため血を流していた。

 

(成るほど、これがジンオウガ、『無双の狩人』か……確かに他の大型モンスターとは一線を画しているな)

 

 通常の飛竜種や大型の鳥竜種とは違う四速歩行での行動。翼を持たないので飛行することは不可能だが、地上での動きは他のモンスターを凌駕している。攻撃のどれもが苛烈であり俊敏だ。特に雷光虫を利用したものは雷属性に弱いザザミシリーズにとって大きな脅威といえる。

 

(でも、やれないことはない)

 

 ジンオウガの跳びかかりを避けつつ、振り返る前にその後ろ足を片手剣で斬って距離を取る。その素早い動きを捉えるのは容易ではないが、隙が全く無いというわけではない。甲殻や鱗も強固ではあるが、武器が通らないわけではない。現に翔達やレイナードの攻撃も小さくはあるがジンオウガに傷を与えている。翔と蘭雪、そしてレイナードが協力すれば決して倒せない相手ではなかった。

 

(彼等が逃げる時間も十分に稼いだし、僕も早いところ離脱したいけど)

 

 そう易々と逃がしてくれるはずもない。レイナードは頭の中で撤退する算段を立て始めた。

 

(アイテムはジンオウガ討伐の時まで温存しておくべきだな。必要最低限で切り抜けるしかない)

 

 再びジンオウガが突進してくる。ギリギリでかわすレイナード。レイナードの真横を通り過ぎていったジンオウガは地面を削りながら方向転換しようとするが、斬られ続けた後ろ足がうまく動かずにその場にどうと倒れた。ジンオウガの間抜けな様に面食らうも、レイナードは機を逃さずにジンオウガに近づいて頭部に連撃を入れる。痛みに悲鳴のような唸り声を上げてジンオウガはもがいていた。

 

 不意にジンオウガの体が持ち上がった。起き上がると判断し、後ろに下がろうとするレイナードの目の前でジンオウガが跳ね起きた。そのまま流れるような動きで全身を持ち上げ、薙ぎ払う尾の一撃を放つ。

 

「ぐっ!!」

 

 咄嗟に盾を構えてレイナードは直撃を免れたが、衝撃を受け止めきることは出来ずに後方へと吹き飛んだ。背中が地面を削るのを感じながらレイナードは後転の要領で体勢を直し、どうにか止まった。

 

(油断したか)

 

 立ち上がりながらレイナードは盾を持った左腕を確認する。盾越しに尾を受けた左腕は痺れ、暫くはまともに動かせそうに無い。今もほとんど脇にぶら下がっているような状態だ。

 

(これは早目に離脱したほうが良さそうだ)

 

 次の攻撃を喰らえば唯では済まないだろう。レイナードはより一層注意してジンオウガの動きを観察する。今はレイナードを睨みながら唸るような動作を繰り返していた。背中の甲殻が輝き、その光に誘われるように周囲から雷光虫が集まってきている。

 

(そうか。狩猟記録に書かれていた光る玉って言うのは雷光虫のことだったのか)

 

 過去、レイナードはジンオウガに関する狩猟記録を読んだことがあった。目撃例や相対したハンターが少ないだけに信憑性はかなり怪しいが、そこではジンオウガの周囲を飛び回る光る物体について書かれていた。村を発つ前にそのことを思い出したレイナードは、その光る玉を光蟲か雷光虫の類だと予想し、ここまで来る途中にあるものを調合しておいた。片手剣を腰に戻し、レイナードはそれを取り出してジンオウガ目掛けて投げる。

 

 放物線を描きながら飛んでいったそれはジンオウガの鼻面に当たり、紫色の煙を周囲に撒き始めた。俗に毒けむり玉と呼ばれるアイテムだ。本来は普通の攻撃では粉々になってしまい、まともに剥ぎ取りが出来ない小型の虫型モンスターの素材を集める時などに使う。殺虫剤としても優れていて、一般の主婦層からも需要があるとかないとか。

 

 毒けむり玉と言っても、虫を殺す程度の効果しかない。なので、大型モンスター相手に使ってもほとんど意味は無い。だが、ジンオウガの周囲に集まっていた雷光虫を殺すには十二分だった。

 

(よし。これで雷光虫を利用した攻撃は出来ないな……ん?)

 

 ふと、レイナードはジンオウガの体が微かに揺れていることに気づく。最初は気のせいかと思ったが、走り出す際の動きに精彩が欠けていたことから確信した。

 

(毒状態になったか。傷をつけられるし、状態異常にも出来る。一瞬でも気を抜けばそれまでだが、やはり倒せない相手じゃない)

 

 レイナードの使っている片手剣、ハイドラバイトの刀身には毒を吐く鳥竜、イーオスの素材が使われている。そのため、斬った対象を毒で侵すことが可能だ。大型モンスター相手にはそれ相応の手数が必要だが、一旦毒状態にさえ出来ればそれなりの効果を期待できた。

 

 その後のレイナードの行動は素早かった。まず、毒で動きが鈍っているジンオウガの視界を閃光玉(支給品)で潰し、その間に移動中に作っておいた落とし穴を仕掛ける。

 

『オォォォン!!!』

 

「よし、来い……」

 

 小さく囁きながらレイナードは吼えるジンオウガを凝視する。その迫力たるや、すぐに回れ右をして逃げたしたくなるほどだ。しかし、背を向けずにレイナードはジンオウガを見据える。走り出す巨体。轟音と共に迫ってくるモンスターを前にレイナードは逃げない。その牙が届く寸前、ジンオウガは設置された落とし穴に物の見事に嵌った。

 

『オォン??!』

 

「よし!」

 

 体全体を動かして落とし穴から抜け出そうとするジンオウガにレイナードはまずペイントボールをぶつけた。周囲に独特の臭気が広がる。次にレイナードは眠り投げナイフを投げつけた。これもまた移動中に調合したものだ。一発、二発と当てていく内にジンオウガの動きが鈍っていく。そしてついには前脚を投げ出し、落とし穴の中でいびきをかき始めた。

 

「……」

 

 レイナードは音を立てないよう慎重に後退り、ジンオウガが見えなくなったところでベースキャンプに向けて走り始めた。

 

 

 

 

『オォォォォォォン!!!!!!』

 

「「「!!」」」

 

 怒りに満ち満ちたジンオウガの咆哮がベースキャンプにまで届いていた。その声に一瞬身を竦ませ、翔と蘭雪は顔を見合わせる。

 

「大丈夫よね、レイナードさん?」

 

「信じるしかないだろ……」

 

 二人が会話を交わしていたその時、ベースキャンプの入り口に赤い人影が現れた。

 

「や、遅くなってごめん」

 

 気さくに手を上げ、流石に疲れたよとキャンプの中で座り込む。

 

「レイナードさん、大丈夫だったんですか? いや、それ以前に何でここに?」

 

「それを含めて説明するからちょっと休ませて。いくら時間稼ぎに徹してたとはいえ、ジンオウガと戦って少しきついんだ」

 

 その上、レイナードはここまで一度も休まずに走って戻ってきた。その疲労はかなりのものだろう。二人は黙ってレイナードが息を整えるのを待った。暫くして、レイナードは自分がここに来たわけを話し始める。

 

「モンスターの大量発生、ですか?」

 

「そう。そのモンスターの中で最大の脅威がジンオウガなんだ。君たちがモンスターと遭遇してることを考慮して、村長が僕に君らと合流するよう頼まれたんだ。まさか、ジンオウガと戦っているとはね。ちょっと予想外だったよ」

 

 レイナードから話を聞き、二人は言葉を失う。自分たちの想像を超えることが起き、理解が追い付いてない様子だ。

 

「……何で、そんなことが起きたのかしら?」

 

「それは分からない。ジンオウガが山奥から出てきたことが関係していると思うけど、詳しいことは調査してみないと。あぁ、村のことは心配しなくても大丈夫だ。ファリーアネオ女史を筆頭にハンター達が防衛にあたっている」

 

 それを聞いて二人は胸を撫で下ろした。ラルクスギアの強さがどれほどのものか二人は知っている。彼女ほどのハンターが守ってくれるのなら村は安全だろう。

 

「ところで、二人とも準備はいいかい? 僕がここまで来たのは君たちと合流して、ジンオウガを討伐するためだ。さっき戦ってみてやれないことはないと思うけど、相当厳しい戦いになると思う。やれるかい?」

 

 レイナードの問いに翔と蘭雪は静かに頷いた。二人が見てきた中で、ジンオウガは最大の脅威となるモンスターだ。その脅威が周囲の村、そして自分の村のユクモ村に被害を及ぼす可能性がある以上、二人に逃げ出すという選択肢はなかった。二人の返事にレイナードは頷く。

 

「なら、早く行こう。一応、離脱する寸前にペイントボールをぶつけておいたけど、何時まで効果があるか分からないからね。オトモは連れて行くことができないからここに置いていかなきゃいけないけど」

 

「何なら、あっしが村まで連れて行きましょうかい?」

 

 割って入ってきた声に三人は振り返る。そこには一匹のメラルーが立っていた。笠に合羽、眼帯に咥えた枝というまるで渡世人のような恰好をしたメラルーだった。

 

「ってか、あんた誰よ。ここに戻ってきた時から気になってたけど、あまりにナチュラルに混ざってたから名前聞くの忘れてたわ」

 

「自己紹介がまだでやっしたか。こいつは失礼を……大きなタルと三度笠、人呼んで転がしニャン次郎とはあっしのことですにゃ」

 

「彼にはアイテムをここまで運んでもらったんだよ。本来は依頼の途中で採取したアイテムを運んでもらったりするんだけど。ところでニャン次郎くん。村まで連れて行くって言ってたけど、具体的にはどうやってやるつもりだい?」

 

「そりゃぁ、タルの中にアイテムと一緒に放り込んでごろごろと」

 

 ジンオウガの一撃で大ダメージを負ったヤマト。更にタルに放り込み、村まで回りながら戻るというのは余りに酷というものだ。ここはヤマトの主の翔が首を振った。

 

「気遣いはありがたいけど、止めておこう。ナデシコ、ヤマトのこと頼む」

 

「了解ですにゃ」

 

 では、あっしはアイテムを、とニャン次郎は翔達が採取していたアイテムを片っ端からタルの中へと放り込む。全部入ったのを確認し、蓋をしたタルを倒してその上に飛び乗る。

 

「皆さん、お気をつけて。皆さんの帰りを村でお待ちしておりやすにゃ」

 

 そう別れを告げ、ニャン次郎はタルをごろごろと転がしながら去っていった。悪路を何のその。水溜りだろうがでこぼこ道だろうがお構いなしに走っていく。

 

「……凄い足腰してるわね、あいつ」

 

「……そうだな」

 

「何してるんだい、二人とも。ほら、早く支給品を確認して」

 

 何とも言えない、微妙に緊張感に欠ける空気の中、翔達は準備を整えて戦場へと足を向けた。




ども、こんばんわ、サザンクロスでっす。
長らく待たせて申し訳ございません。どうも俺は書くのが遅くていけない……。

今回はジンオウガとの戦いの序盤を書かせていただきました。碌な準備も無い、装備も決して良いとはいえない。ほとんど初見な上に相手は圧倒的に格上。どんな無理ゲーだって話ですよね。

属性やられの描写が難しかったですね。あれ、ゲームやってても実際にどんな感じなのか見当つかないんですよね。

この話ではレイナードさんに活躍していただきました。ジンオウガを相手にアイテムを駆使し、一人で時間を稼ぐという結構な重労働をしてもらいました。書くのが俺じゃなければもっと活躍できただろうに……すまない。ただ、一つ言い訳をさせてもらうなら、僕、モンハンやる時、ほとんど落とし穴とかのアイテム使わないのですよ。それこそ、回復薬とか砥石とかしか。

ま、こんな子供以下の言い訳は置いといて、次はキノンさんの担当回です。次回はどんな話になるのでしょう。楽しみに待っててください。

では、サザンクロスでっした。


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