第20話 (著:蒼崎れい)
季節は移り変わり、ユクモ村には二度目の繁殖期──秋──が訪れていた。山の木々は葉々を赤や黄色に染め始め、秋の趣を醸し始めている。
うだるような暑さはなりをひそめ、一部のモンスターは寒冷期に備えた準備を始めていた。
その一方で、ユクモ村の事情は少し違う。元々が温泉街だった事に加え、祭に向けて増設された温泉に加え、例年にない厳しい残暑も相まって、まだまだ夏のような暑さが続いているのだ。
祭と言えば、そのための準備もラストスパートを迎え、村の中心には
そして数日後の祭りを見るために、既に観光客の姿もちらほら見え始めていた。
「うふふふ。どうにか間に合いましたねぇ。思っていた以上に、ハンターの方々が協力的で助かりました」
「本当ですよ。緊急と書かれていたので何事かと思えば、祭りの準備なんですから。はぁぁ、しょうもない」
「でも、僕は色んなハンターと知り合ういい機会だったと思いますよ。大人数で作業するのは、なかなか楽しかったですし」
「楽しかったのは、コルチカムさんだけです。私なんて、村長に書類仕を事押し付けられてどれだけ大変だった事か……」
「うふふふふふ。優秀な助手がいてくれて、助かりました」
高くそびえる櫓を見上げる観光客や大工衆の中に、三人だけ雰囲気の異なる者がいる。
一人は特徴的な耳を持つ、着物姿の女性。彼女こそがこのユクモ村の村長を務める竜人族の女性、
もう一人の女性は、ユクモ村の近辺にはいない海棲モンスター、ラギアクルスの装備を纏う、ラルクスギア・ファリーアネオ。古龍観測所の友人からの依頼で、独自に牙竜種の調査を行うため、ユクモ村に滞在しているハンターだ。
そして最後の一人もまた、ユクモ村近辺には生息していないモンスター、ダイミョウサザミの防具を身に付けている。名を、レイナード・コルチカム。ハンターズギルドより正式に命を受け、牙竜種調査のためユクモ村に派遣されたハンターである。
三人は午前中の作業を終え、休憩がてらある場所へと向かっていた。
「村長、おはようございます」
とそこへまた一人、村外からの来客が現れた。
「おはようございます、ライシュン様。もっとも、もうお昼時ですが」
ライシュン・バッファ。今回のユクモ村の祭を全面的に支援してくれている、
一回目の物資輸送の責任者で、以降は臨時の支部を置き、物流関係を一手に引き受けてくれている。
だが、もちろんそれだけが目的と言うわけではなく、ライシュンはちょいちょいと村長を手招きして、耳元でそっとささやいた。
「前回提供していただいたユクモ織が、当初予想していた以上に高評でして、早く次の分をお願いしたいのですが」
「それはわかっております。しかし、何分作り手が不足しておりまして。ですが、その事を知れば増えるかもしれません。こちらでも、色々と策を講じてみましょう」
「ありがとうございます。それで、利益の分配なのですが……」
ちゃっかり商売をやっていたりいなかったり。
そんな様子にラルクスギアはため息、レイナードは苦笑いを浮かべるのである。
「それでライシュン様、祭の資材のほうはどうなっておられるでしょうか?」
「はい。食料品以外は、今朝届いた分で最後です。宿泊施設の内装の方が多少ヒヤヒヤでしたが、何とか間に合わせました」
「あらあら、お手間を取らせてしまったようで。ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、うちの商会の販売スペースも確保していただいて、感謝しております」
と、ライシュンは目線でその方向を示す。既にメインの大通りには、出店の屋台──厳密にはその骨組みができ始めていた。
割としっかりした作りで、壁さえ付けてやればなんとか暮らせそうな気さえする。
だがまあ、祭は数日に渡って行われる。多少なりとも頑丈に作っておいて損はない。
ハンターの多いロックラックで祭をした日には、酔った勢いで屋台を破壊してしまうハンターも日常茶飯事。ユクモ村で行われる祭も、近隣から観光客以外にも多くのハンターがやってくると予想されるので、これも必要な措置なのだ。
「それでライシュン様、これからお昼ご飯を頂くのですが、ご一緒にいかがですか?」
「村長のお誘いを断れるわけがありませんでしょう。ご相伴に預からせていただきます」
というわけで一行は、ある意味、今ユクモ村で最も熱い場所に向かった。
「いらっしゃいませ~! すいません、順番待ちなので、名簿に名前を書いておいてください!」
店の扉を開けると、店主である少女、
ジャージャーとフライパンで何かを炒める音と一緒に、空腹のお腹に訴えるいい匂いが漂ってくる。
ここはロックラックの下町で早い、安い、美味いで有名な激安定食店、
「すいません、予約していた者なのですが」
「あっ、村長じゃないですか!? すいません、気付かなくて」
ロックラックでの蘭雪の幼馴染み兼お姉ちゃん的な関係の絢菜は、蘭雪の父親である砂狼の頼みで、ユクモ村での蘭雪の様子を見に来ているのである。
もっとも、それは表向きの理由で、本当は蘭雪に
「クラマ、イブキ! 村長さん達を、奥の座敷に案内してあげて!!」
「はいなのにゃ!」
「お任せですのにゃ!」
絢菜に言われて、店内を駆け回っていた二匹のアイルーが、四人の前にでてきてお辞儀した。
「いらっしゃいなのにゃ」
「席まで案内するですのにゃ」
その内の片方のアイルーに案内されて、四人は店の奥の方にある座敷へと案内された。入れたばかりの畳の、いい香りが漂ってくる。
するとそこへ、もう片方のアイルーがお冷やとおしぼり、そしてメニューを持ってきた。
「大繁盛ですね、絢菜様」
メニューを開きながら、村長は厨房でフライパンを振るう絢菜を見やった。
部屋の一番奥は、店長である絢菜と顔を合わせられる特等席? になっているのだ。
「ちょっと多すぎて、困っちゃうくらいですけどねぇ。でもまぁ、料理修行に押し掛けてきたキッチンアイルー達のお陰で、なんとか回せてますよ。はい、みんな村長に自己紹介」
するとまたも先ほどのに引きがそろってやってきて、深々とお辞儀をした。
「クラマなのにゃ。メニューはお決まりかにゃ?」
「イブキですのにゃ。決まってたら教えてくださいですのにゃ」
「あらあら、可愛らしいお手伝いさんだこと。なら、本日のおススメをお願いします」
「はいなのにゃ!」
「はいですのにゃ!」
村長のオーダーを手早く絢菜に伝え、メニューを回収すると、二匹は別のテーブルの方へと駆けてゆく。
接客は完璧と言っていい出来だ。
そんなアイルー達に、村長はうんうんと頷いた。
「李さん。それで、今日のオススメメニューは何なのですか?」
「もう、ラルクちゃんったら。私の事は絢菜でいいって言ってるのに」
ラルクスギアのこめかみの辺りに、ピシッと青筋が浮かんだ。
「だったら言わせていただくが、私の事も『ラルクちゃん』ではなく、ちゃんとラルクスギアと呼…」
「ちなみに今日のオススメは、絢菜ちゃん特性の冷麺でーっす!」
「李さん! 人の話は最後まで…」
「えっとぉ、具はカーグァの薄焼き卵、近くの山で採れた山菜、農場で採れたキノコ、あと商会から仕入れてもらったモスの燻製(薄切り)!」
「絢菜さん!!」
頭脳派のラルクスギアも、絢菜の前では形無しである。
絢菜はふるふると握り拳を作るラルクスギアに、てへっと舌をペロリと見せた。
「そうそう。それと、厨房を手伝ってくれてる子も二匹いるの。ほら、アサマ、トキワ」
「アサマだぜニャ」
「トキワっすニャ」
鍋をぐつぐつ煮ているアイルーと、食材を高速で裁いていくアイルーが手を上げる。
そして指示を出す絢菜の手も、超高速で動き始めた。
油を素早くしき、トキワから受け取った食材を炒める。まさに戦場、そう呼ぶに相応しい光景だった。
「絢菜さんも忙しいのに、よくファリーアネオ女史とあんな事ができますね、ライシュン殿」
「まったくです。絢菜様はよくやられておりますなぁ、レイナード殿」
「レイナードさん、それにライシュンさん。それはいったい、どういう意味でしょうか?」
水をちびちび飲みながら談笑していた男衆二人に、ラルクスギアはガタッと立ち上がって鋭い眼光を向けた。
中型モンスターなら、そっと回れ右しちゃうくらいに怖い。もちろん男衆は、視線を合わせずにそっぽを向くのであるが、
「お二人とも、普段は言いくるめられてる側ラルクスギア様がいいように弄ばれていて、とても愉快だと」
「ちょっと、村長!」
「なななな、なにを言っておられるのですか!?」
村長が、とんでもない爆弾を投下していった。もちろん、大タル爆弾Gクラスの特大のやつ。
レイナードもライシュンも慌てて止めようとするが、もう遅い。
「なるほど。お二人とも、私の事をそのように思っていたのですね」
寒冷期の雪山並みの寒さが、ぞぞぞぉっと背中に。
暑さとは関係のない汗が、だばだばと二人の額から流れ出した。
これはまずい、非常にまずい。どれくらいまずいかわからないくらいにまずい。
どうにかしてこの状況を打開しなければ。
「お待たせなのにゃ」
「ですのにゃ」
四人の冷麺を持って、クラマとイブキが厨房から出てきたのだ。
昼食がきたとあって、ラルクスギアもとりあえずは腰を下ろす。
過ぎ去った嵐に、レイナードとライシュンはほっと一息つく。
が、
「明日から、楽しみにしててくださいね」
アイルー様が差し伸べてくれた手は、時間制限付きだったようです。
そんな三人の姿を肴に、村長はこの上ない笑顔で割り箸を割った。
まるで地獄に落ちたような顔をしていたレイナードとライシュンだが、冷麺を一口すすった瞬間に目の色が変わった。
「う、うまいぞ。ライシュン殿」
「まさか、これほどとは思いませんでした。レイナード殿」
劇画チックになるほど驚いている二人に、大げさすぎでしょとラルクスギアも一口すする。
すると、
「あ、おいしぃ」
先ほど弄ばれた事もどこへやら、素直な感想がぽろりとこぼれた。
そして、それを聞き逃す絢菜ではなかった。
「にししぃ。おいしいっしょ~。どうなのよ~、ラルクちゃ~ん」
絢菜が厨房の奥から、猫なで声でラルクスギアに感想を求めてくる。
もちろん、ここで無視しちゃっても全然いいのだが、それはなんというか……。正当な賞賛や賛美は受けてしかるべしであり、権利でもある、なんて思っているので、
「お、おいしい、と言ったのです」
恥ずかしがりながらも、ラルクスギアはしっかりと口にしたのであった。というか、予想以上に美味しすぎて不当に貶める事はおろか、イチャモンを付ける事すら許されないレベルである。
なるほど、これならここまで混むのも頷ける。レイナードとライシュンも絢菜の料理に舌鼓を打ちつつ、めったに見られないラルクスギアの貴重な表情についつい頬を緩めるのであった。
「そういえば、蘭雪と翔くんはどうしたんですか? 今朝から見かけないんですけど」
ラルクスギアに飽きたらしい絢菜が、厨房からひょっこりと現れた。
「あれ、まだお客さんかなりいたよね?」
「もうピークは過ぎたし、レイナードさんに心配してもらうほどじゃないって。今のアサマとトキワなら、任せてても大丈夫。まぁ、最初の頃は、お察し……って感じだったけどねぇ」
そこには並々ならぬ苦労があったのだろう。絢菜は明後日の方向を見ながら、感慨深げに窓の外を眺めていた。
店の奥の方からは、アサマとトキワの悲鳴が聞こえてくるが、これも絢菜の愛の鞭なのだ。…………きっと。
「それよか、蘭雪と翔くんは?」
「お二人なら、日の出前から採集クエストに出かけましたよ」
話を戻した絢菜の質問に答えたのは、既に冷麺を半分ほどたいらげた村長だ。
同じタイミングで食べ始めたはずなのに、三人より明らかにペースが早く、三人とも目を見開いて驚いている。
「採集って事は、何か足りないんですか?」
「えぇ。キノコや山菜を、とにかくいっぱい、と頼んでおります」
「ライシュンさん、商会の方でだいぶ揃えたって言ってませんでしたっけ?」
「さすがに、村の特産品まではそろえられませんよ。うちの商会は、この近辺の商人と取引してませんから」
話を降られたライシュンは、水を一杯飲みながら答えた。
元々、黄商会はロックラックを中心に活動している商会だ。今回が特殊なだけで、ユクモ村近辺は基本的に活動範囲外なのだ。
にも関わらず、かなりの量の物資を運搬できる能力もたいがいであるが。
「てことは、今日は二人っきりなわけか。間違いでも起こればいいのに」
「それは無理だよ。二人のオトモも付いて行ってるからねぇ」
絢菜のつぶやきに、今度はレイナードが突っ込みを入れる。
すると絢菜は『……あ』と間の抜けた声を漏らした。
だが待て。ヤマトはともかくとして、ナデシコならわかっているはず。あの子が上手く立ち回れば、翔と蘭雪を二人っきりにし、あわよくば一線を越えちゃったりなんかも……。
──これなら、砂狼のおじさんにはナイショで、ライシュンさんに媚薬でも仕入れてもらえればよかった。
そしたら、それをナデシコに渡して、昼食でも夕食でもいいから蘭雪か翔かもしくは二人の料理に盛らせて。私のバカ、なんでこんな完璧な作戦をもっと早く思い付かなかったのよ! と、絢菜は今更ながらにがっくりと肩を落とすのであった。
だがまだだ。まだきっとチャンスがあるはず。
今からでも、彼氏作りたいから~とか適当に言い訳をでっち上げて、ライシュンに媚薬を仕入れてもらえば、また二人でクエストに行くときにナデシコに持たせて。
ふふふ、完璧じゃない。ふぇっへっへっへぇ~。
「李さん、気味の悪い笑いはやめてください」
おっと、と絢菜はラルクスギアに言われて、いつもの笑顔でにぃ。
村長達のテーブルを見てみると、ラルクスギア、レイナード、ライシュンの三人は微妙に引きつった笑みを浮かべていた。
どうやら、自分の完璧な計画を想像している内に、とてもお客さまに見せられないような、アレな顔になっていたらしい。
それはそうと、そろそろ厨房の方から断末魔の悲鳴が聞こえ始めた。注文の量が減ってはいても、まだそこまで体力が持たないか。
「そろそろ限界っぽいから、一旦厨房に戻るわ。イブキがちょろまかす酒代も確保しなきゃいけないし」「にゃっ!?」
別のテーブルの方から、気まずそうなイブキの鳴き声が……。
「それじゃあ、ごゆっくり~」
絢菜は四人に手を振り、再び厨房の中へと消えていった。
「相変わらず、にぎやかな人だねぇ」
「何を言っているんですか、レイナードさん。食事くらい、静かにいただきたいです」
「そりゃ、ラルクスギアさんは弄られっぱなしですから。腹も立つというものでしょう」
「ライシュンさん……」
「あらあら。うふふふふふふ」
二人のハンターと一人の証人のやり取りに、村長は相変わらずよくわからない笑みを浮かべる。
祭当日も、この三人のようににぎやかに執り行いたいものだ。
すると入り口の方から、見覚えのある人影が入ってきた。村の運営をしている職員ではあるのだが、どうにも様子がおかしい。
職員は村長のすぐ近くまで駆け寄ると、耳元で囁きかける。
すると、村長の表情が、がらりと変わった。楽しそうだった笑みは幻のように消え去り、普段ならば絶対に見かける事のない鋭い眼差しを職員に向けている。
職員は最後に、すこしぼろぼろになっている小さな紙切れを村長に手渡した。
「わかりました。すぐに受け入れて上げてください。怪我人には、治療の準備も。それと、赤い
手紙を読んだ村長は即座に指示を出し、職員を向かわせる。
そしてそれを聞いていたハンター二人は、村長以上に険しい表情をしていた。
「赤い狼煙って」
と、レイナードが。
「それに、その手紙……。古龍観測隊からの緊急連絡の手紙」
と、ラルクスギアも呟く。
赤い狼煙と、古龍観測隊。
この二つから導かれる答えは、一つしかない。
「お二人とも、すぐに戦闘の準備を」
村長は席を立ち、威厳のある声で二人に命じた。
「只今を以て、ユクモ村は非常事態宣言を布告します」
ユクモ村に──いや、ユクモ村を中心とした一帯に、ユクモ村史上最大級の危機が訪れようとしていた。
初めましての人初めまして、久しぶりの人お久しぶりです。絶賛忙しい年末を送る予定の蒼崎れいです。
さーて、前回に引き続いて今回もやってます。卒研とか公募とか自分の方の連載とかもあって超忙しいですけど。誰か、私を褒めて……。
そんなわけで、いよいよ大詰めなよ感がしてまいりました。今回は今までよりちょこっと長くなるかもしれません。だって、だって、アイツがアイツでアイツがアイツするんですから、いつもよりスペシャルでも全然いいよね☆
はぁぁ、弄られるラルクさん可愛かったなぁ。レイナードは尻に敷かれてたけど。てなわけで、次の方がすぐに書いてくれる事を祈って、さようなら~。