MONSTER HUNTER 〜紅嵐絵巻〜   作:ASILS

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第19話 (著:蒼崎れい)

 村長から依頼された緊急クエスト──温泉街大拡張基礎工事──も、そろそろ終盤に差し掛かっていた。

 始めは少なかったハンター達も、入れ替わり立ち替わりしながら増えていき、今は十五人前後がユクモ村で活動している。

 その中にはもちろん、翔や蘭雪(ランシェ)、個人的に牙竜種の調査にきているラルクスギア、そしてハンターズギルドから牙竜種調査として正式に派遣されたレイナードも含まれている。

「今日の内容ですが、大まかには昨日と同じです。山間部からここまで木材を運んだ後は、治水整備や温泉の整備、機材の搬入等です。(ファン)商会の方からは、今日中には(ふもと)に着くそうなので、そちらの手伝いもしていただきます」

 ラルクスギアは集まったハンター達に、的確に素早く指示を飛ばす。要約すれば、“有り余った馬鹿力で力仕事をやれ”なわけであるが。

 その中にはもちろんHR(ハンター・ランク)が上のハンターもいたりするが、ラルクスギアの美貌に骨抜きなせいで文句一つ言わず働いている。

「それでは解散。各自、自分の担当すり仕事についてください」

 ちなみに同じハンターであるラルクスギアであるが、彼女の場合は高い事務処理能力も買われて村長共々、書類仕事や外部組織との折衝に忙殺されている。

 とてもじゃないが、翔や蘭雪には真似できない所業だ。

「うっし。頑張って、今日中には終わらせちまおうぜ。蘭雪ん所からも荷物が届くしな」

「さすがに来てないとは思うけど、もしかしたらパパがいそうで怖いわ」

 翔もつい、あぁあの人ならやりかねないなぁ、とか思って背筋をぶるっとさせた。

 走馬灯のように過ぎ去って行く、黄家に滞在中の思い出の数々。蘭雪のパパこと砂狼(シャラン)にどれだけ酷い目に遭わされた事か。

 風呂で襲われそうになったり、寝起きに斧片手に襲撃されたり、荷物の整理を手伝えと言って連れて行かれた先で倉庫に閉じ込められたり。

 もちろん、その後は美雪(メイシェ)からキツいお仕置きを受けていたらしいが。

「二人とも、何をしているんだい? 早く行くぞ」

 レイナードは朝食を食べたばかりなのにやつれている二人を見ながら、疑問符を浮かべるのであった。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 翔や蘭雪を始め、大半のハンターがまずは木材の輸送に駆り出される。

 ここ一週間の参加人数は十二人。ラルクスギアは事務方に奔走しているため、実質は十一人だ。

 内三人は、既に新しい宿泊施設の方の手伝いをしているので、木材運びは八人で行っている。

 翔に蘭雪はそれぞれ肩に一本、レイナードは二本担いで、急な斜面を慎重に下っていた。

「それで、レイナードさん。牙竜種の調査はどれぐらい進んでるんですか?」

「あぁ。ファリーアネオ女史から、調査資料の提供があったからね。思っていた以上に早く進んでいるよ。じゃなきゃ、いくら村長の頼みとあっても、手伝えないだろ?」

 翔の質問に、朝日の如く爽やかな笑顔で答えるレイナード。

 なるほど、この笑顔なら確かに順調そうだ。

「翔。よそ見してて、足滑らせても知らないわよ」

「大丈夫、大丈夫。もうそんなミスしねぇから。蘭雪こそ、注意しろよ。あ、でも蘭雪はラルク姉さんと違って足元見えるから大丈夫か」

 と、翔は蘭雪のある部分を注視する。

 嫌な予感しかしない中、蘭雪が翔の視線を追いかけていくと……。

「悪かったわね! ぺったんこでぇっ!!」

 何かが心の中でぷっつんしちゃった蘭雪は、肩に抱えていた木材を翔に向かって振り下ろしていた。

「っひぃぃ……。あ、危ねえじゃねえか!」

 寸前で回避はしたが、今のは砂狼以上にトラウマ物である。

 しかし、尻餅を付きながらも木材は離さない辺り、翔もなかなかのものだ。

「悪いのはそっちでしょ!! セクハラ! 変態! お姉さまに言いつけてやる!」

「はぁぁ、何をやっているんだか。君たちは。木材に傷がついたら元も子もないじゃないか。もっと大切に扱いなさい」

「「す、すいません」」

 レイナードは翔に手を貸して立たせると、ため息をつきながらさくさくと下っていく。

 翔と蘭雪もどちらともなく顔を合わせると、互いに謝った。

「その。悪かった」

「ううん。私の方こそ、やりすぎた。ごめんなさい」

 季節は温暖期。今日もユクモ村には、強烈な夏の日差しが降り注いでいた。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 木材を運び終えたハンター達は、それぞれの担当へと向かう。

 ユクモ村は山の傾斜に沿って形成されているため、温厚なモンスターを使った作業が難しく、基本は住人達の手作業で建物は建てられている。

 普段なら村の人達だけで作るのであるが、現在は祭りに合わせて大量の宿泊施設を建設している都合上、どうしても人手が足りないのだ。

 そこで村長が、力の有り余っているハンターに力仕事を任せようという話になり、その仕事も現在終盤というわけでなのある。

「ふぅぅ。掘っても掘っても、全然進んでる気がしねぇなぁ」 ちなみに、翔の仕事は温泉堀りだ。

 村長が雑貨屋に無理を言わせて大量に仕入れたボロピッケルであるが、ハンター達はそれらを全て使い潰す勢いで作業に没頭している。

「よし兄ちゃん。そっちはそんなもんで大丈夫だ。今度は、そこからあそこらへんまで頼む」

「りょーかい、親方」

 昶は親方に言われたように、穴の大きさを広げて行く。

 ムラクモ組。ユクモ村に昔かはある大工(だいく)集団で、今回の宿泊施設の増設でも現場指揮を任されていて、その最高責任者が、今現在翔に指示を出している親方だ。

 今掘っている場所のすぐ隣には温泉宿っぽい骨組みができているので、そこの温泉になるのだろう。

 既に源泉は確保してあるらしいので、その点は大丈夫だ。

「親方、この温泉ちょっと広いし深くありませんか?」

「いいんだよ、あとで石つめるからな。こちとら、ちゃ~んと考えてやってんだ。だから、そんな心配は無用だ。こらオメェラ! さっさとハンターの兄ちゃんが掘った土運ばねぇか。そんなんだと、終わる仕事も終わんねぇぞ」

「わかっちゃいますが、ハンターさんのペースに合わせるのはちょっと」

「無理があるんだな」

 翔の掘った土を運び出す温泉職人の弟子二人は、汗をだらだら流しながら日影へと逃げ込んだ。

 麓と比べたらまだ涼しい方ではあるが、暑いものは暑い。

 翔も二人と同様に、そろそろ休憩したい気分だ。

 すると、ちょうどそこへ、

「みんな頑張ってるみたいだからにゃ。差し入れ持って来たにゃ」

 集会所の露天風呂の番台をしているアイルー、ロゥルが背中の籠いっぱいのドリンクを届けに来てくれた。

 たっぷりの氷水にてかっているお陰で、キンキンに冷えている。

「番台さん! ありがたく頂きます!」

 ちなみに、基本的には名前でなく番台さんと呼ばれている。

「こっちにもお願いします」

「親方、ひとまず休憩にするんだな。この天気じゃ、干物になっちゃうんだな」

「ったく、仕方のねぇ連中だな。ちょっとだけだぞ。他んとこの進捗状況見てくっから、帰ってきたら作業再開だ」

 親方は年齢を感じさせないキビキビとした動きで、別の場所の確認に向かう。

 翔を含めた三人は、ふっと肩の力を抜いた。

「はぁぁ、あの親方厳しすぎるって。ボロピッケル何十本使い潰してると思ってんだよ」

「今日だけでも、二〇本近いんじゃないですかね」

「あぁぁ……。早く夜にならないかなぁ。おらぁ、もう腹へって倒れそうなんだな」

「おまいらも、色々と大変そうだにゃ。ほら、もう一本サービスしてやるから、頑張るにゃよ」

 汗だくでくたくたの三人を見ながら、番台さんは同情の視線を送りながら、追加でもう三本のドリンクを渡してやった。

「ありがとうございます、番台さん!」

「ハンターさんは、こんな美味いもん飲んでるのかぁ。羨ましいぜぇ」

「ふぉぉ。生き返るでさぁ。番台さん、ありがとなんだな」

「なに、これくらいお安いご用にゃよ。んじゃ、次行ってくらぁ」

 かげろうの向こうに消えていく番台さんに手を振りながら、三人は一気にドリンクを飲み干した。

「さて、親方が帰ってくる前に、ハンターさんが掘ってくれた土を運び出すぞ」

「わかってるんだな」

「親方いなきゃどこ掘るかわかんないし、俺も手伝いますよ」

 帰ってきた親方に雷を落とされる前に、三人は作業を再開した。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 太陽が頂点を過ぎた頃、数枚の書類を持ったラルクスギアは、翔とは違う場所で温泉を掘っている蘭雪の元を訪れた。

「蘭雪くん、少しいいかい?」

「あっ、はい。何ですか? お姉さま」

 蘭雪はボロピッケルを持ったまま、とてとてとラルクスギアに駆け寄る。

 連日の作業で、けっこう日焼けしている。今度日焼け止めクリームでも注文しようか、とふとわいた雑念を振り払い、ラルクスギアは持ってきた書類を蘭雪に見せた。

「下の方から、そろそろ(ファン)商会の一行が着くって知らせがあったから。あなたが行った方が、色々と都合がいいと思って」

「はぁぁ」

「大丈夫。私も含めて、村の人達も何人か付いて来てくれるから」

「わかりました」

 ラルクスギアはそれから村長の所で仕事をしていた何人かを連れて、ユクモ村の麓まで向かった。

 

 

 

 待つこと二〇分弱。荷台を付けたカーグァの大群が、ろくに整備もされていない山道を登ってきた。

 蘭雪は目を凝らして一行を見てみるが、どうやら砂狼は付いて来ていないらしい。よかったよかった。

「よーし、止まれぇ!!」

 蘭雪達の前をやや過ぎた所で、先頭から停止の号令がかかる。号令は前から順に復唱されていき、後方まで行き届いたところで、先頭の人物が降りてきた。

(ファン)商会のライシュン・バッファと申します。今回の物資輸送の責任者をやらせていただいてます」

「村長代理で参りました、ラルクスギア・ファリーアネオです」

 ライシュンとラルクスギアは固い握手をかわすと、二人は即座に荷物の受け渡し作業に入った。

「こちらが、今回の荷物になります。確認を終えましたら、サインをお願いします」

「了解しました。遠路はるばる、ありがとうございます」

「なに。これも仕事ですから。さぁ、村まで荷物を運ぶぞ! 気合い入れろよ!」

 ──おぉ!!

 かけ声と共に、屈強な男達は荷下ろしを始めた。大荷物を型に担ぎ、一段一段階段を登って行く。

 ユクモ村から降りて来た者達は、運び込まれてゆく荷物と手元の書類とを確認しては、チェックを付けていった。

 すると、荷運びの様子を監督していたライシュンの目に、蘭雪の姿が映った。

「あの、すいません」

「はい」

「もしかして、黄会長の、ご息女であらせられますか?」

「そうだけど?」

 それを聞いた瞬間、ライシュンの顔が真っ青になった。

 このくそ暑い中、いったいどうしたのだろうと首をかしげる蘭雪。その視線の先でライシュンは一歩下がると、腰骨が折れそうな勢いで(こうべ)を垂れた。

「ももも、申し訳ございません! 会長のご息女とは露知らず、挨拶が遅れてしまいました!」

 いきなり大声なんて上げたものだから、ラルクスギアも含めて村の人もぎょっとしている。

 気まずい雰囲気の蘭雪は、苦笑いしながらほっぺをかりかり。

 そのどよめきは荷運びをしていた連中の間にも広がり……、

「やべぇ、すげぇ可愛い」

「バカ、バレたら会長に砂漠の餌にされるぞ!」

「こんな別嬪(べっぴん)さんハンターなんてもったいない」

「(胸は)案外慎ましやかだ……」

「よぉし、最後の言ったヤツ出てこい! 渓流の肥料にしてやる!」

 誰かの言葉がうっかり会長のご息女の逆鱗に触れちゃったようだ。

「落ち着きなさい。あっても狩りの時には邪魔になるだけでしょ」

 今にも暴れ出しそうな蘭雪を、羽交い締めにするラルクスギア。

 というか、放っておいたら大惨事になってしまうのは確実だろう。思いの外膂力(りょりょく)が強く、振り解かれそうだ。

 しかしまあ、

「お姉さまに言われても全然慰めになりません!」

 火に油を注ぐような結果になってしまったわけで。

 そもそも背中にラルクスギアのナイスバディな感触を感じていて、暴れられずにいられるかってもんだ。

「まぁまぁ、蘭雪。それくらいにしときなさいって。そっちの青いお姉さんも困ってるじゃない」

「え?」

 聞き慣れた知人の声に、蘭雪はぐるっと首を回す。

 するとそこには、ついこの間お世話になったばかりの、幼馴染みのお姉さんの姿があった。

 ()絢菜(あやな)。ロックラックで安い・早い・美味しいの三拍子揃った、下町に愛される激安定食店、徠來亭(らいらいてい)の看板娘だ。

「絢ねぇ? え? え? なんでユクモ村(ここ)にいるの?」

「いや~、シャランのおっちゃんがね、どうしても仕事で手が離せないからって、代わりにあんたの様子を見に来たの。手紙出したでしょ?」

「手紙って、私全然知らないんだけど?」

 話しが噛み合わずにしばし沈黙する二人。

 すると絢菜は、ああと一人納得したようにポンと掌を叩いた。

「あ、出したのはボーイフレンド(仮)くんの方だったか。名前なんて言ったっけ?」

「かか、か、か、かか、翔は!! ボ、ボ、ボボ、ボーイフレンドなんかじゃないわよ!!」

「おぉ、思い出した。翔くんだったわ。じゃあ私、挨拶しに行ってくるね」

「ちょ、絢ねぇ!!」

 ラルクスギアに羽交い締めにされる蘭雪に手を振りながら、絢菜はとんとんと階段を駆け上がって行く。

 それに連動して、蘭雪にはない部分もたわわに揺れていて……。

「もうやだ…………」

 なんかもう色々と打ちひしがれた蘭雪は、しばらくの間静かに仕事に打ち込んでいたそうな。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「おぉー、ここがユクモ村かぁー。ロックラックとは全然雰囲気違うなー」

 荷運びの人達より一足先に到着した絢菜は、村の景色をぐるり一望する。

 ロックラックとは、何もかもが正反対だ。

 緑はあるし川は流れているし、ごちゃごちゃしてないのもいいし、オマケに空気も美味しい。

 坂道に建てられた家々は異国情緒に溢れ、絢菜の好奇心を全方位から刺激してくる。

「ちょっとそこのお兄さん、聞きたいことがあるんですけど」

 と、絢菜は目の前を通りかかった男性に声をかけた。

「それは構わないけど、見ない顔だね」

「黄商会に付いて来た、炊き出し要員の李・絢菜です! しばらくの間この村でお世話になる予定なので、よろしくお願いします」

「僕は、皇帝の獅子座(インペリアル・レオ)のレイナード・コルチカム。よろしく」

 ちょこんと敬礼する絢菜に、レイナードは思わず笑みをこぼした。

「この村のハンターに、村雨翔って人がいると思うんですけど、どこにいるか知りませんか?」

「村雨くんなら、向こうで温泉掘りの手伝いをしてるよ」

「ありがとうございます。ではでは」

 ひらひらと手を振ると、絢菜はレイナードに言われた方に駆けて行った。

 

 

 

 至る所で進められている工事に大口を開けていた絢菜は、思っていたより早く翔の姿を見つけた。

「かっける~! やっほ~!」

「絢菜さん! お久しぶりです!」

 手をぶんぶん振って近付いてくる絢菜に、翔も手を振り返した。

「だいぶ早いですけど、どうしたんですか?」

「いや~。商会のみんなが頑張っちゃってね。ほら、会長がシャランおじさんだから、娘の世話になってる村だからできるだけ早くって」

「相変わらずですね、あの人は」

「そういえば、温泉掘ってるらしいけど、ホント?」

「あぁ。ちょうど今、石を詰め終えたところ。自分の分は終わったから、あとは他の所の手伝いかな」

 親指を立てて後ろを指す翔。

 その先には、仕上げの作業に入っている親方達の姿がある。

「しばらくの間お世話になります。李・絢菜です。安い・早い・美味しいがモットーの徠來亭ユクモ村出張店やるんで、食べに来てくださいね」

 と、絢菜は三人に可愛くウィンクした。

「もちろん行きます!」

「今日から行くんだな!」

「ったく、最近の若いもんは……」

 弟子二人はともかくとして、親方も若干頬を赤らめている。

 鬼のような親方でも、可愛い女の子には弱いらしい。

「翔、村長のとこ行きたいから、ちょっと案内して」

「え? 村長の家って、入り口から見えただろ」

「翔に案内してもらいたいの。察しなさいよ、それだから蘭雪を落とせないのよ」

「ぶっ!? おっ、おっ……何でそうなるんだよ」

 絢菜の口からいきなり出たトンデモ発言に、翔は思わず吹き出した。

「いいからいいから。それ、レッツゴー!」

「ちょ、絢菜さん! 自分で行くなら俺いらないじゃん!」

 案内されるどころか、翔の腕をがっちりとホールドして、絢菜は村長の家へと向かう。

 翔の嬉しいようなよくわからない悲鳴に、弟子二人は羨望の眼差しを向けていた。

 

 

 

 半分観光案内のようなことをしていたせいもあって、二人が村長の家に着いた頃には、ラルクスギアら蘭雪、ライシュン達が既に集まっていた。

「ありがとうございます。今日はもう遅いですから、一晩泊まっていかれると良いでしょう。幸い、宿は多くありますので」

「かたじけない。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

「お世話になっている身ですもの。これくらいのこと、当然です。それと、もう少し道を進んだ所に、獣舎や倉庫もありますので、お使いください」

「重ね重ね、申し訳ない。では、下の者達に伝えてきますので、これにて失礼させていただきます」

 ライシュンは深々とお辞儀をすると、足早に村長の家を出て行った。

「翔さん、そちらの方は?」

 村長がこきこきと肩を鳴らしながら、絢菜の方を見て言った。

 翔は肘で絢菜を小突いて、自己紹介するよう合図する。

「蘭雪ちゃんの幼馴染みの、李・絢菜です。蘭雪ちゃんの監督兼、激安定食店、徠來亭のユクモ村出張店を開きに来ました~ッ!」

「そうですか。ちょうどいいわ。近隣の村からも大工衆が集まって来ていて、料理人が足りなかったの。お願いするわね」

「任されました!」

 自慢の胸をドンと叩いて、絢菜はニッと無邪気な笑みを見せた。

 あれだけ宣伝して回っていたのだから、それなりの人数が来るに違いない。

 男衆はたいだい、明朗快活な絢菜に上の空の様子であったし。

「ファリーアネオさん、今夜は黄商会のみなさんのために、集会所の露天風呂を解放しようと思っておりますので、折衝の方をお願いしますね」

「承りました」

「それから、ハンターのみなさんの仕事は、これで終了です。今日まで本当に、お疲れ様でした」

 村長はその場にいたハンター、翔、蘭雪、ラルクスギアに深々と頭を下げた。

 予想外の言葉にぽか~んとしていた三人であるが、次第に喜びが体の内側から染み出してくる。歓声を上げ、小さく笑みを浮かべ、三人は喜びを分かち合った。

「ここに居られない方達はまだ知らないので、教えて上げてくださいね。私はまだ仕事がありますので、これで」

 書類の束と数人の補佐を引き連れて、村長は再びどこかへ向かう。

「私は集会所の方と折り合わせ付けてくるから、二人は先に終わっていいわよ。途中で誰かに遭ったら、緊急クエストの終了を伝えて上げてちょうだい」

「え? いいんですか、ラルク姉さん」

「そちら、蘭雪くんの幼馴染みなのでしょ? せっかくだから、一緒に集会所の露天風呂にでも入ってきなさい。その件も、私から伝えておくから」

「ありがとう、ラルク姉さん」

「ありがとうございます、お姉さま」

「すいませんねぇ。なんかいきなりご迷惑かけちゃったみたいで。今度来ていただいたら、一食サービスさせてもらいますね」

「ふふ。期待しているよ。ではな」

 後ろ姿で三人に手を振りながら、ラルクスギアも村長の家を出た。

 無人となった村長宅で、翔、蘭雪、絢菜は互いの顔を見合わせる。

「ついでだし、振興会から浴衣もらってこうぜ」

「そうね。行こう、絢ねぇ」

「露天風呂かぁ。すごい楽しみかも」

 三人は足早に、ユクモ織振興会本部へと向かった。

 

 

 

     ◆

 

 

 

「あぁ~。まさかこんな贅沢にお湯使ってるお風呂に浸かれるなんて、夢みたいだわ~」

「でしょ? ここなら毎日お風呂浸かりたい放題なのよ。近くには綺麗な清流もあって、水浴びもできるのよ」

「いいな~、私も住んじゃおっかな~。でも、父ちゃんが心配だわ」

「おじさんなら大丈夫でしょ。常連さんもいっぱいいるし、おばさんもいるんだから、寂しくなんてないわよ」

 本来ならハンター以外は入れないのだが、村長やラルクスギアの言葉もあってこうして一緒に入っている。

「にしても、いい景色ねぇ。ロックラックって緑が少ないから、すごい新鮮な気分」

「でも、一番綺麗なのはやっぱり二回目の繁殖期だな。今見えてる木が全部赤とか黄色になって、すんげぇ綺麗なんだぜ」

 蘭雪と絢菜が外の景色に感激しているところへ、体を洗い終わった翔もやってきた。

 肩まで一気にざぶんと浸かり、頭を縁に預けてだらーと全身を伸ばす。

 これだけで、今日一日の疲れもすっ飛ぶようだ。

「きゃーん、かけるくんのえっちー」

「言っときますけど、ここ混浴ですからね、絢菜さん。あと、棒読みなんで欠片も説得力ありませんから」

「あは、バレちゃったか。にしても、さすがハンターなだけあるね。全身むきむきでかっくいぃ!」

 とまあ、絢菜さんはテンションマックスで楽しそうにしているのたが、

 ──なんで蘭雪さんは、さっきから俺のことをあんなに睨みつけてくるんでしょうか。

 蘭雪の方は何か恨みでもあるかのように、翔に剥ぎ取りナイフよりも鋭い視線を向けていた。

 ただその正体も、

 ──なによ、そんなに大きい方がいいの!? こっちだって好きで小さいんじゃないわよ!!

 という、心の悲鳴だったりするのであるが。

 ──やれやれ、こりゃまだまだ先が長そうだ。

 絢菜は未だ素直になれない蘭雪を肴に、ユクモ村の絶景に目を細める。木々の緑と清流の青に彩られた、この美しい村を。

 どこからともなく番台さんの差し入れてくれたドリンクを一杯あおり、絢菜は若い二人にひっそりとエールを送るのであった。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 真夜中の渓流。ハンターズギルドの許可を得て、一組の男女が練り歩いていた。

 片方はダイミョウサザミの防具に身を包んだガタイの良い青年。もう片方はラギアクルスの防具に身を包むグラマラスな女性だ。

 どちらとも、ユクモ村近辺には生息していないモンスターである。

「済まないね。こんな遅くまで付き合ってもらって」

「いえ。こちらこそ、ハンターズギルドからの資料を融通していただき、ありがとうございます」

 ラルクスギアはモンスターの研究機関である書士隊の友人に頼まれて、レイナードはハンターズギルドからの命令でそれぞれ牙竜種の調査をしているのだが、上同士が利権絡みで対立するというのもよくある話だ。

 もっとも、下はたまったものではないが。だからこそ、二人もその辺りは好き勝手やっている。

「レイナードさんは、どのように思われますか?」

「そうだね。雷狼竜、ジンオウガ。かなりの山奥で極稀に目撃例があるだけで、それ以外だとけっこう古い狩猟記録しかないような、希少なモンスターだね。それがなんで、こんな人里の近くで。正直、さっぱりわからないよ」

「エサとなるモンスターがいなくなったから、では?」

「それはないだろう。ユクモ村近辺の狩猟記録を確かめてみたけど、モンスターの個体数に大きな変動があるようには思えない。それに、ジンオウガは生態系の中でもトップに近い種だ。付近のモンスターの数が変わっていないなら、エサとなるモンスターの数も変わっていないはずさ」

 渓流を歩く二人の視界には、時折見慣れない足跡や爪痕が入り込んでくる。

 この鋭角的な足跡は、間違いなくジンオウガのものだ。この近辺で狩りでもしたのか、ファンゴの毛や血痕が飛び散っている。

 このままでは、遠からずこの地域の生態系が完全に狂ってしまうだろう。ハンターズギルドとしては、見逃せない事態だ。

 それに過去の調査では、巨大なドスファンゴすらも捕食していた形跡がある。ドスファンゴですらこれなら、ドスジャギィやクルペッコでも、ジンオウガの手から逃れることはかなうまい。

「エサでないとすれば、もっと外的な要因かもしれない。例えば、ジンオウガよりも上位の存在が、彼のテリトリーに侵入してきた、とか」

「山間部の奥地の、あんな過酷な場所にですか?」

「僕はあくまで、可能性の一つを提示しただけさ。真実は、現地に行ってみなければわからないよ」

「そうですね」

「ただ、僕らの思っている以上に、事態は深刻かもしれない。僕はハンターズギルドに報告するから、君の方も書士隊への連絡、頼んだよ」

「もちろんです」

 夜空には満天の星空が浮かび、中心には真円の月が頂く。

 風の音すら聞き取れる夜の渓流を、狼のような遠吠えが駆け巡った。




 初めての人初めまして、久しぶりの方お久しぶりです。今回は全体が書き終わってからの投稿だったので、毎週投稿なんて事になってました。あぁ、待たなくていいっていいな。
 まだ他の3人の見てないから、後で見とこう。
 それはそうと、卒論がヤバイデス。そんなわけで、そっちに本気出してます。

 後書き書くことねぇなぁ。というわけで、今回はこの辺で。

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