MONSTER HUNTER 〜紅嵐絵巻〜   作:ASILS

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第18話 (著:五之瀬キノン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大規模村おこしが始まってから早数日が過ぎた。

 可もなく不可もなく順調に作業が進み、残りの作業工程は半分程度といったところか。

 

 本日は快晴なり。

 午前中に河川工事の手伝いを行い、現在は正午を回った時間帯。

 村長からのお呼び出しで翔と蘭雪は村の温泉集会場に顔を出していた。

 

「おーっす、村長ー。翔と蘭雪ただ今やってまいりましたぁ」

 

 暖簾(のれん)(くぐ)って見るといつもの風景――ではなく、木材や作業台が無造作に並べられた空間となっていた。いつもならこんな事はないのだが生憎村全体を巻き込んでの改修工事真っ最中である。自慢の露天風呂も現在はお湯が抜かれて拡張工事の場となっていた。

 村長こと久御門 市は番台アイルーのロゥルと談笑に洒落込んでいたようで、入ってきた二人に気づいた彼女は小さく手を振って手招きをした。

 

「お二人共、お疲れ様でございます」

「村長も、指示お疲れ様です。それで、呼び出しの内容なんですけど……」

「ああ、はい。そうでしたね。お二人にはユクモ村のハンターとして一つお仕事の方を頼みたいのです。と言っても、お仕事というよりはただの案内、でしょうか」

 

 案内? と首を傾げる二人に市は「はい」と小さく頷く。

 

一昨日(おととい)、ハンターズギルドのロックラック支部から書簡が届きました。簡単に内容を説明しますと、本日の午後にお一人、ギルドからの指示でハンターがご出向されます。夕方にご到着の予定と聞いておりますので、あなた方にはその方の案内をお任せしたいのです」

「ギルドの指示って……もしかして、狩猟関係っすかね?」

「はい。なんでも数日かけて『渓流』の方を調査をしたい、とのことでして。村専属のハンターがいらっしゃれば是非案内につけてほしいとのことです」

 

 無論、報酬は微々たるものですがお付けいたしますよ、全てはギルド持ちですがね、と市は笑いながら最後に締めくくった。

 

「翔、これから何か予定とかあったっけ?」

「んー……一応農場に行く予定はあるけど、長時間居座るわけでもねぇし。俺は依頼受けても大丈夫だけど」

「私は特には。ってな訳で、村長。私と翔で依頼の方受けさせてもらいます」

「ホホホ、あなた方ならそう言ってもらえると思ってました」

 

 コロコロと笑みをこぼす村長を見て、二人は思わず顔を見合わせたのだった。

 

((……何か変なことしたっけ……?))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 カタカタガタガタとガーグァタクシーに揺られて幾ばくか。午前から乗り続けているが、荷台の藁は思った以上に良い仕事をしてくれているようで腰が痛くなるようなことはない。

 朝の霜焼けに感嘆をもらし、砂漠都市ロックラックでは拝むことは出来ない自然の装いを眺める。

 

「いやはや、こんな旅も悪くないねぇ」

 

 快晴の青空と生い茂る木々の織り成す色彩に癒され上機嫌なレイナード・コルチカムは頬を緩ませた。

 朝日も登らぬうちから隣村を出て少々気分的に「朝早くから面倒くさい」と感じていたが、今ではそんな気持ちもすっかりなりを潜めていた。

 

「あとどれくらいで着くかな?」

「そうですにゃあ。このまま(にゃに)(にゃ)ければ一山超えるだけですにゃ。夕方の早い時間帯にゃあ到着ですにゃ」

 

 手綱を握るダークブルーの毛並みのアイルーはその小さな手で前方の小高い山を指差した。どうやら山道を蛇行して登り、反対側を下ったすぐの中腹に目的地の村はあるらしい。長いのか短いのか、遠出の経験が――それも、都市部から離れた辺境の地への遠征など数度しかないレイナードに距離感は測れなかった。

 ――――しかしまぁそれでも、この旅路がもうしばらく続いても良いのかもしれない。そう感じた。

 

「そう言えばハンターさん。貴方(あにゃた)の様な珍しい格好の人は初めて見るのにゃ。どこか違う地方からの放浪さんですかにゃ?」

「ん? あぁ、そうだね。確かに、こんな装備はこっちにはないかもね」

 

 そう言って真っ赤な甲殻種の素材をふんだんに使い込んだ防具を見下ろす。

 拠点をこちらに移す前からずっと使い続け、今でも世話になっているザザミシリーズだ。現在は旧大陸でのみ生息が確認されている盾蟹と呼ばれるダイミョウサザミの素材を使った防具である。

 

新大陸(こっち)に移るときに一緒に持ってきたんだ。幼い頃から着けてたもんだから愛着があってね。仕方なくというかやっぱりというか」

「にゃるほどにゃあ。ハンターさんは防具が命ですからにゃ。大切な物をしっかり手元に置きたいのはよくわかりますにゃ」

「お、そう言ってくれるかい? 嬉しいね。相棒がガサツなもんだから古っちいのは捨てちまえっ、なんて言うから参ってたんだ」

 

 これ作るのにスゴい苦労したんだよ、とレイナードは語る。

 

 

 

 彼は自分自身が特別何かを持っていると思ったことはない。大きな得物を振り回せるような腕力はないし、風のように走る脚もないし、鋭い第六感を備えている訳でもない。自分には何もないんじゃないかとショックを受けたことだってあった。両親は、彼の真逆を行く凄腕ハンターだったからだ。

 実は、ソロでの狩猟をレイナードが成功させることは滅多に無かった。それが尚更悔しかった時期がある。ソロですら力を発揮できない自分には、本当に何もないのではないかと塞ぎ込みそうになるくらいに。

 

 そんな時だったか。

 武者修行と称してひたすら力をつけてやろうと躍起になっては小さな失敗を繰り返していた頃である。

 たまたまクエストに誘われた。よくあることである。別段珍しいことではなく、四人パーティの残り一枠を戦力強化のために補うのは普通のことだ。

 特に断る理由が無かったレイナードは参加したが、なんとなく、出発してからは断っておけば良かったと思った。ぽっと出の駆け出しハンターがパーティの足を引っ張ってしまっては気分が悪い。そんな考えばかりを起こしてしまっていた。

 

『なーにくよくよしてんだ』

『?』

『そんな弱気じゃ食われちまうぜっ。悲しい匂いがするんだよ』

『悲しい匂いって、そりゃまた無茶苦茶な……』

 

 一体どんな匂いがすると言うんだ、と思わず心の中で突っ込んでいた。

 

『とにかくするんだよっ。いいかッ、パーティで狩りをする以上は連携が第一だっ。周りをよく見て、()()()()()()()()で、全力で仕事をするッ。弱点を全員で補うのがハンターだからなッ。期待してるぞ、コチカルッ』

 

 感銘を受けた。

 今まで自分がしてきた行動が、どんなものだったのか。自分が一体何を目指し、何に目を向けてきたのか。初めてそれがわかった気がした。

 

 その日、狩猟は大成功の評価に終わった。パーティのメンバーは口々にレイナードに感謝を述べ、褒め称えてくれたのだ。

 

『スゴいなコチカルッ。お前は良い仕事ばかりするんだなッ!!』

『何も、してないさ。出来るだけのことをしただけで、何か特別なことをした訳じゃない。主力の君が頑張ったからでしょ』

『それでもコチカルがいたらこそここまで出来たんだ、感謝しているぞッ』

『……ん、ああ、うん……感謝されとく』

『でだ、コチカルッ。これから一緒に組んでやっていかないか?』

『? 組む? 何を? 組手? そんな、勝負は目に見えてるじゃないか』

『馬鹿かお前は。相棒(パートナー)だよ。丁度、コチカルみたいな人を捜してたんだ。どうだ、やってみないか?』

 

 そう言えば、あの日の彼女は偉く上機嫌だった。そんなに良い人材でも見つけたとでも言うのか。

 

『……迷惑だろ?』

『どこが? あ、住む場所か? 大丈夫だ、団長なら何とかしてくれる!!』

『いや、そうじゃなくてだな……。こんな何の特技もない人なんか、いてもいなくても変わらないだろって話』

 

 その日、レイナードは偉く饒舌になっていた。自覚できない程に気分が良かったのだ。

 

『そんな訳あるかっ。取り敢えず、次行く時も一緒に行くぞッ。お前はこういう時だけ良い匂いがするからな』

『……っ、ああもう、わかった、わかった、理解した。行くよ、一緒に行けば良いんだろ?』

 

 思えばこれが、新しい彼の始まりだったのかもしれない。

 

『よぉし、じゃあコチカルは獅子座入団決定!! これからよろしくなッ!!』

 

 ニッ、と笑い手を差し出す彼女は、一体何を思ったのか。

 しかし、レイナードはその話に乗った。乗りたくなったのだった。

 

『……よろしく。あと、僕の名前はレイナード・コルチカムだから。決してコチカルなんて珍妙なモノじゃないからね』

 

 

 

 

 

「――――とまぁ語るにも涙な展開があってだね。まぁ色々周りを生かすために努力した証なのさ、この防具は」

「涙にゃのかどうにゃのかは置いときまして、にゃかにゃか良き話ですにゃー」

「意外と毒舌なんだね、君は」

「褒めにゃいでにゃ」

「照れんなし」

 

 ふとそんな話で笑みがこぼれる。懐しい話だ。

 

「にゃあ、しかし旧大陸のハンターさんかにゃ。さぞかし長旅でしたでしょうにゃ」

「そりゃあね。船酔いしかけたもんだから苦行と大して変わりなかったよ」

「よく聞く話ですにゃ」

 

 近年、ミナガルデやシュレイド地方との交流が盛んになり始めたこの時期、新大陸を求めて、ということで移住をしたり拠点を移してくるハンターが急増していた。

 

「人が増えることは良きことですにゃ。人と人とが(つにゃ)がり、交流の輪が広がって、また更に人が(つにゃ)がる。商売も交易も盛んににゃれば、経済は潤いますにゃ」

「確かに。こちらの地方でしかお目にかかれない素材なんかは旧大陸でも需要がありそうだしね」

「お客がいてこその職業ですからにゃ。これから行く村も、あっしにとってみれば良い商い場ですにゃ」

「ユクモ村、と言ったね。確か温泉が自慢の所だとか」

「ですにゃあ。あこの露天は最高にゃ。溜まった疲れもすっかりなくなってしまうにゃ。……そんなこと言ってる内に、見えてきましたにゃ」

 

 山を登りきった山頂。その眼下に村の姿があった。

 レイナードが初めて見る装いの村だ。これを“和”と言うのだったか?

 

「さて、お客さんを待たせるのはいけませんにゃ。下り道は早足で参りますにゃ」

「お願いするよ。安全運転で、ね」

「承りましたにゃあ」

 

 ガタゴトと不規則に揺れる台車がガーグァの鳴き声と共に坂道を下る。目的地まで、あと少しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はちみつ箱の拡張に桟橋追加……これで完成か、セバスチャン?」

「お仕事ご苦労様ですニャ。これで本日の作業全て終了でございますニャ」

 

 手元の書類を確認して労いの言葉をかける農業管轄のセバスチャン。

 終わった終わった、と額に滲む汗を吹いて翔は大きく背伸びをしつつ息を吐いた。

 

「しかし、だいぶサマになってきたな」

皆様(みにゃさま)の協力のおかげですニャ。日々進化していく農場を(にゃが)めるのは良きこと良きこと、でございますニャ」

「いやぁ、ホント、自分の村が発展するってのは良いことだよなっ」

 

 うんうんと親分気取りで満足げに頷く翔を、セバスチャンは苦笑の表情で見上げた。それでも確かに、胸の中に生まれる喜びは偽りではないが故に嬉しいものだ。

 

「かーけーるーっ」

 

「翔様、蘭雪様がお呼びでございますニャ」

「おう、聞こえてる」

 

 今行くーッ、と声を上げ「んじゃ、またな」とセバスチャンと別れて、翔は高台の農場出入り口で手を振る蘭雪の下に駆け寄った。

 

「そろそろ時間でしょ。はい、手ぬぐい(これ)。汗かいてるだろうから、家に行くまでに軽く拭いときなさいよ」

 

 お客様に恥ずかしい格好見せるわけにもいかないでしょ、と蘭雪は滝の水で濡れた冷たい手ぬぐいを顔に押し付けた。

 

「ぉぉぉ……、つめて、気持ち良い。サンキューな」

「べ、別に、アンタのためじゃなくてだらしない格好を直すためよ。ほら、わかったらさっさと着替えてくるっ!!」

 

 ぐいぐいと翔の背中を押す。別に彼の顔を見て赤くなった顔を背中に回って隠すためだとかそういうのじゃない。断じて、決して。そうでないと、困る。

 

「や、やけに気合入ってんな……」

 

 一方何もわかってない翔は冷えた手ぬぐいに癒されつつ困惑した表情でされるがままに農場を後にしたのだった。

 

 

 

「ニャー。しかし、相変わらず進展たるものは特ににゃさげでございますニャ、ナデシコ様」

「にゃにゃ。気付いてましたかにゃ」

「農業管轄長セバスチャン、我が庭にゃらば誰が来ようと全てお見通しでありますニャ」

「そんにゃ貴方(あにゃた)も、この先はわからないかにゃ?」

「これは難しいですニャぁ。だからこその楽しみ、ということでしょうニャ?」

「全く、その通りですにゃあ」

 

 ハンター二人の知らざるところでは、今尚話題のネタはそれである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 二匹が話にのめり込んでいるその頃。

 自宅にて身支度を整えた翔と準備の間暇を持て余し部屋内を勝手に物色した蘭雪はどんな人が来るのかを想像しつつ村の正門横に座って待機していた。

 

「どんな人だろうな……」

「誰でも良いじゃない。何か希望でもあるの?」

 

 もしかしてコイツは美人の女でも期待しているのかしら、とジト目で睨む蘭雪に「いや、」と翔は気圧され気味に答える。

 

「取り敢えず話のわかる奴っつうか、素っ気ない奴じゃなきゃいいなぁ、と……」

「懐かれたい? 女に?」

「女にって……、やっぱ狩場の案内だろ? 大型モンスターは確認されてないからそんな心配ないだろうけど、それでも狩場だ。連携は必要だからな。まぁ蘭雪がいれば何とでもなる気がするけど」

「へ!? わ、わたっ……」

 

 思いがけない期待エールに思わず頬が紅潮する。無意識に翔の耳に手を伸ばしかけ、すんでのところで何とか止まった。

 

「まぁでも、流石にお前や雲雀を超える大雑把な人はそうそう居ないだろうな」

「オーケー、歯ぁ食いしばれ」

「あごぉぁッ!?」

 

 腕を止めずにそのまま耳に指を突っ込んでおけば良かった。

 全力のアイアンクローをかました蘭雪に罪はない。

 

「すんまへん勘弁ッ!! 締まる!! 骨ッ!! 中身出ちゃうぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 ミシミシと音を立てる骨。傍から見れば翔が宙に浮きかけているように見えなくもない。流石はハンターの腕力。

 

「発言は撤回しますッ、蘭雪様はとても清潔で綺麗な人ですッ!!」

「言えるじゃない、この変態」

 

 ポイッ、とまるでゴミを捨てるかのように翔を道に放り出した。その上にたまたま通りかかったガーグァタクシーが乗り上げ、翔が「ぐえっ」と(ガーグァのような)情けない悲鳴を上げた。

 

「にゃ? (にゃに)か踏んだかにゃ?」

「踏んでます、思っくそ踏んでます。事故ですよ事故。いや事件」

 

 幸い、翔の上に乗ったのはガーグァの片足だけだったようで特に問題はない。別の意味で色々な問題はあるが。

 

「えーっと、そこの二人が今回のお迎えさんで大丈夫かい?」

 

 そんなやり取りを冷めた目で流し見していた蘭雪にタクシーの上から声がかかった。

 (わら)の山を椅子替わりに座ってこちらに片手を上げたのは、赤い装備を身にまとったブロンドの爽やかな青年だ。装備は……こちらでは見たことがない。蘭雪にはそれが何か硬い殻のような物で作られているように見えた。

 

「あ、はい。案内役の黄 蘭雪です。で、そこで伸びてるのも一応……翔っ、早く起きなさいっ」

「えっ、ちょっと、右の脇腹が色々大変なことになって倒れそう……」

「じゃあ反対側殴ればしっかり立てるのね」

「ユクモ村専属ハンターの村雨 翔ですッ!! 以後よろしくオナシャス!! 押忍ッ!!」

「あ、うん……。僕はレイナード・コルチカムだ。こんなナリだけど腕にはまぁまぁ自信はあるから、これからよろしく頼むよ」

 

 予想以上に個性的なハンター達らしい。年下の二人を見た青年――レイナードは、これはまたこれで良いメンバーなのかもしれないと思った。

 

 これはある意味で、相棒に対する諦めに近い形であることを、本人はまだ自覚していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイナード・コルチカム様、でございましたね。遠路はるばるご苦労様でございます」

「あぁ、いえ。こちらも急に押しかけてしまい申し訳ありません。ここ以外に『渓流』に近い拠点が無かったものでして」

「ホホホ、致し方ありあせんわ。人が集まれば活気はよくなりますもの。少々騒がしい時期で申し訳ございませんが、どうぞごゆるりと」

「はい、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 一通り村長と今後の予定などを話し合い、レイナードは一息ついた。前々からユクモ村の村長の噂は僅かに耳していたが予想以上に良い人柄の人だった。それでいて何かを思う素振りを全く見せない完璧超人でもある。おまけに美人。これでは非の打ち所のない人だ。

 東洋系の人物は多く見てきたがあんなに色気のある女性というのは記憶の中にもいなかった。改めて思うのは、温泉スゴいということである。

 

 

 

 打ち合わせを終えたレイナードは案内約二人に連れられハンターに貸し出される居室に来ていた。

 専ら話の内容はこの村のことやお互いの情報交換である。

 

「村雨君と黄君は昔からコンビで狩りをしていたのかい?」

「あぁ、いや。元々は俺一人でユクモ村のハンターしてました。途中から蘭雪が加わったって感じで。いやぁ、あの時は死にかけましたよ」

「翔、変なこと言うとその窓際から落とすから」

「死にたくないんでこれ以上はノーコメントにします」

 

 主に奇跡的体験(ラッキースケベ)のことである。

 

「ハハ、まぁそんな多くは聞かないにするよ。取り敢えず、明日からの予定を君達にも話しておきたいんだ」

「明日からって……ハードすぎませんか?」

「日程が限られてるからね。早めの内にやることはやっておきたいんだ。せっかく温泉地に来たんだし観光もしないとね」

 

 路銀は全部ギルド持ちだし、とレイナードは付け加える。相棒達へのお土産も見繕っておかなければならない。

 旅路というのはどうしてもお金がかかってしまう。交通費然り宿泊費然り。

 しかし、今回の費用は私物購入を除いて全てがギルドの経費で落ちるので、彼にとってはほとんどが無料ツアーに近かった。それに報告書も出せば報酬だって出る。至れり尽せり、というやつだ。よってレイナードは今回の機会を使ってめいいっぱい羽を伸ばそうと考えていた。

 

「流石に準備もあるからね。明日はお昼には『渓流』調査に乗り出したいと思ってる。午前中は軽い準備ってことで。回復薬とかも買いたいから明日は村の案内と午後から狩場案内、お願いするよ」

「ならオーケーっす。蘭雪も大丈夫だよな?」

「予定ならちゃんと空いてるから心配いらないわ。明日の集合場所はどうします?」

「それを考えてたんだけどね。勝手知ったるってワケじゃないから……」

「そんじゃあ俺が迎えきますよ。蘭雪は市場に現地集合で大丈夫だし」

「それもそうね。私はそれで大丈夫」

「良かった、助かるよ」

 

 初めての場所は本当に右も左もわからないものだ。一度来た道は絶対に覚える自信があるレイナードでも、流石に未知を覚えることは出来ない。

 

「あ、そうだ。この施設の温泉とかどうっすか? 大浴場ほどじゃないけど結構良い源泉なんすよ」

「へぇ、そんなのがあるのかい?」

「今、人口施設で稼働してるのがこの宿泊施設くらいなんです。ここに来るまでに見たと思いますけど、村一同で改修工事をやってるんですよ」

「大浴場は優先的に進んでるんであと二日あれば工事完了っすね。他の天然露天風呂とかはここからだとちょっと険しいんで、やっぱりここの源泉につかるのが良いっすよ」

「そんなにオススメなら入ってみようかな。温泉地なら温泉に入らなきゃ、ただの無駄骨になっちゃうしね」

 

 

 

 そんなこんなで様々な話をして今日はお開きに。風呂場までレイナードを案内してそこで各自解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 翌日。

 翔は宿までレイナードを迎えに行き、共に市場で待つ蘭雪の元へと向かった。翔が温泉はどうだったか、と聞くと、気持ち良くてのぼせそうなくらいにまでつかってた、と答えた。今朝も朝風呂をしていたらしい。大分温泉が気に入ったようで、どうせなら大浴場も入ってみたいとのこと。来た時より若干血色も良いように見えるレイナードを見て、翔は自然と誇らしくなってしまった。自分の住む場所がこうも高評価を受ける、というのは素直に嬉しかった。

 

「おはよう、黄君」

「おはようございます、コルチカムさん。翔もおはよっ」

「おう、おはようさん」

 

 蘭雪とも何事もなく合流。一行はそのまま少し遅めの朝市の回る。

 

 レイナードには商品が色々と物珍しく映ったようで、他の都市では見たことないものがある、と興味津々に屋台を冷やかし、時に気に入った物を購入していた。

 

 あらかた見終わって買い出しも済ませた後は『渓流』へ向かうための準備に取り掛かる。必要最低限の回復薬などの購入は先ほどの買い出しで済ませたので、あとは防具や武器の準備だけである。お昼は狩場到着が丁度お昼頃になるので、蘭雪が(あらかじ)め予約しておいた弁当を『渓流』の拠点(ベースキャンプ)で食べることになっている。

 

 一行は一度各々の荷物を取りに戻ったあと、クエスト受付のある大浴場(未稼働)に集まった。

 

「そういえば思ったんだけど、ここでの移動は専らあの鳥類……ガーグァが引く荷車なんだね」

 

 レイナードは旧大陸出身で、新大陸に渡ってからも狩場への長距離移動などにはアプトノスの引く台車に乗っていた。新大陸の砂上船と言いガーグァタクシーと言い、まだまだ自分の知らない事がたくさんあるんだと実感させられていた。

 

「この辺はアプトノスとか全然いないんすよ。大人しいのはケルビとガーグァくらいで、他は大体ハンターを警戒するモンスターばっかです」

 

 環境の違いなのか、旧大陸では大体の場所で見られたアプトノスは新大陸だとお目にかかれない場所もあるのだと言うから驚きだ。

 

 

 

 ピッケルや虫あみ、シャベルなどを積み込んで作業は終了。二台に分けて『渓流』を目指す形となった。荷物満載の方はバギィシリーズの装備に身を包み太刀の骨刀【豺牙】を背負った翔が。レイナードを乗せた台車はフロギィ装備とアルクセロルージュを持った蘭雪の運転だ。先導するのは翔。慣れた手付きでガーグァを歩かせ、蘭雪も順調にその後へ続いた。

 

 『渓流』への道のりは片道四半刻弱。ある程度整備された道を二台の荷車が走る。目指す拠点(ベースキャンプ)はやや高い位置の崖をくり抜いた場所にあるので、ユクモ村から近いとは言ってもそれなりの時間がかかる。

 

「この辺りは銀杏(いちょう)や楓が多いみたいだね」

 

 後ろから山脈に栄える景色を堪能するレイナードが片手剣ハイドラバイトの刃先を手入れしながら言った。

 

「旧大陸じゃ大自然なんてのはたくさんあったけど、繁殖期に紅葉する木が多く見られる場所は初めてだ」

「私もユクモ村に来てから初めてこんな景色を見ました。スゴく綺麗ですよね」

「向こうじゃ雪景色ばっか見てたし、こっち来てからもロックラックが基本拠点だったからなぁ……」

「コルチカムさんは雪国出身の方なんですか?」

「うん。地名は言ってもわからないから特には言わないけど、とにかく万年雪国みたいなところさ。お陰で寒さには慣れたけど、暑いのは苦手」

 

 肩を竦めて見せるレイナードに、蘭雪は少し羨ましそうな視線を向けた。

 実は蘭雪、雪というものをあまり知らない。真っ白な冷たいもの、としか彼女自身に知識はなく、一度くらいは見て触ってみたいと思っていた。実家がロックラックで、ハンターランク的にもそこまで狩場選択の自由度が高くなかった彼女は専ら砂原や孤島くらいしか行ったことがないのだ。

 

「雪って、どんな感触がするんですか?」

「んー、そうだねぇ……。僕のところは結構ふわふわっとした感じかな。たまにもこもこした重いやつとか積もるんだけど、あれは勘弁願いたい物だよ。とにかく雪かきが大変なんだ。下手な人がやると腰を痛める可能性もあるし」

「腰痛めるって、雪って重いんですか?」

「案外、降り積もるとね。雪自身の重みが雪を圧縮して、またそこに新しい雪が積もってどんどん重量が増すんだ。近所の人がそれで一回ギックリ腰になっちゃってさ。ハンターさんは力持ちだから代わりにやってくれって大忙し」

「へぇ……何か、思ってたのと違う」

「周りは皆そう言うんだ。雪国の人ほど雪が迷惑だと思う人ばかりで、逆に雪を知らない人は雪かきの大変さを知らないから羨ましがるんだ」

「私、てっきり雪で遊ぶだけだと思ってました……」

「ははは、まぁ小さい子は遊んでばかりだよ。雪は良い遊び道具さ」

 

 大人も童心に帰れて楽しいけどね、とレイナードは地元に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 順調に道を進み無事拠点(ベースキャンプ)へと到着。荷を降ろして昼食を済ませ、早速狩場へ出ようということとなった。

 

「そういやコルチカムさん。スコップとかって何に使うんで?」

「土壌調査だよ。詳しいことはわからないけど、サンプルとかが欲しいんだってさ」

「はぁぁ、土調べると分かることあるのか……」

 

 そんな時代かぁ、と翔は感心した様子。非力な人間が強大なモンスターに立ち向かうための武器を作り出すなど、人間たちの技術には本当に驚かされる。

 

「それじゃあ出発しようか。なるべく隅々(すみずみ)まで調べたいから地図に無いことも是非言ってくれ。そちらでもいつもと違うこととか気付いたら申し出て構わないよ」

「「了解っ」」

 

 かくして三人は静寂の『渓流』探索へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 『渓流』を歩き回り数刻が経過した。空は茜色に染まり始め、狩場の奥地では既に仄暗い闇が点々と蠢き出していた。

 

 レイナードは最後の区画(エリア2)の鉱石を拾い集めながら(警戒は怠らず)思考することに没頭している真っ最中である。事は二つ前の森林区画(エリア5)で見つけた違和感の事だ。

 翔と蘭雪は気付いていなかったようだが、レイナード自身の中で確証を持てないので二人には黙っていた。というのも、それがブルファンゴの習性に表れていた、ような気がしたからである。

 ブルファンゴは縄張り意識が強く、ハンターを見つけると襲って来ることが普通だ。しかし、見つけるといっても聴力や視力はそこまで発達していないのか、余程近くを通らない限りはこちらに気付きもしない。それは旧大陸でも同じだったのをよく覚えている。

 今回レイナードが感じた違和感は、そのブルファンゴの知覚範囲が今まで以上に広くなりすぎているのではないか、というのものだった。いくらなんでもエリアへ入った瞬間に狙われるなど思っていもいなかったのであの時は異様に焦ったのを覚えている。

 それでも翔達二人がいつも通りにしていたのを見てこの現象が彼らの気付かない程度の一時的なものなのか、それとも彼らが慣れてしまった習慣なのかがわからなくなってしまった。一応聞いてみても二人の反応は「わからない」とのこと。これがいつも通りならばそれはそれで厄介だが、違ったならばまた色々と大変なことになると思われる。

 レイナードが予測する仮説の一つは、縄張り荒らしの可能性である。

 ブルファンゴがこうも殺気立つにはそれが一番妥当だと考えた。恐らくは異常に発達した新種モンスターが突然テリトリーに踏み込んで来た等だろう。

 もしかしたら事態は思った以上に深刻な状況下で動いているのかもしれない。

 

 

 

 『渓流』調査一日目のノルマは達成。

 土嚢(どのう)二袋、鉱石袋一つ、他に採れる分だけのデータになりそうなものは全て採り、帰りの荷台はレイナードがギリギリ乗れる位までになってしまっていた。

 荷物を積み終えた頃は既に日が落ちてしまい、拠点(ベースキャンプ)の据え置き松明(たいまつ)だけが光源になっていた。流石にこの時間に出歩くのは危険だと考え、三人は夜が明けてから村へ帰還しようと満場一致で決まった。

 

 

 

 丁度お腹も空き始めた頃合ということでまずは夕飯にしようとは蘭雪の声。早速肉焼きセットを準備。翔は生肉を、蘭雪はサシミウオを焼き、レイナードは夜は少し肌寒くなってくるので温かい鍋でも用意しようかという事になった。因みに地元村直伝の鍋である。これは翔も蘭雪も期待の目でレイナードを見た。

 鍋をセットし油を少々。そこにブルファンゴから剥ぎ取った生肉を入れて軽く炒める。癖がある味だが、寧ろ寒い地方ではこういう味の濃い物が好まれる。ポポやガウシカも寒い地方で育つので味のしっかりした肉が取れることで有名だ。ポポノタンはその代表格とも言える。

 野菜は霜ふり草と薬草をハチミツ漬けにした物を。トウガラシのスパイスを少々いれてアクセントとし、水を入れてじっくり煮込む。

 

「トウガラシなんてよく持ってましたね」

「雪国出身だからね。体を暖めるには香辛料が一番だよ」

 

 レイナードの手際をまじまじ観察しつつ、鍋も出来上がる頃には肉と魚も調理完了。三人で焚火を囲み夕飯と相成った。

 

 いただきますと手を合わせ、まずはスープを一口。口の中に広がるピリッとした辛味。そしてスープに溶け込んだ肉と野菜の旨みがまた絶妙な味加減だ。

 

「これ、美味しいですっ」

「うめぇ……肉も意外と柔らかくてたまらん」

 

 一口サイズのブルファンゴの肉は翔達が思う以上に柔らかい。噛めば溢れ出てくる肉汁とスープのベストマッチ。ハチミツが薬草の苦味を打ち消し、霜降り草のシャクシャクとした食感がしつこくなく、それでいて満足できる味を出していた。

 思わずお椀一杯分をぺろりと平らげた二人。気づけば体もポカポカと温まってきた。さっきまでの肌寒さが嘘のようである。

 

「いやぁ、美味しそうに食べてくれてこちらも有難い限りだ。おかわりならまだあるから、遠慮しないでね」

「お、じゃあ俺いただきっ」

「翔、私のもお願い」

 

 どうやら大分気に入ってもらえたらしい。

 レイナードはお手並み拝見と言わんばかりに二人の焼いた肉とサシミウオにかぶりついた。硬すぎず柔らかすぎず、表面をこんがり焼いた肉はきちんと肉汁と旨みを閉じ込め、塩味のサシミウオはさっぱりとしていて食べやすい。

 

「うん、二人とも良い腕前だ。って、僕が言うのもなんだけど」

「あざっす、コルチカムさん。鍋もスゲェ旨いっすよ」

「ありがとうございます、美味しくいただきますね」

「ん、ありがとう。ああ、あんまり他人行儀すぎるのもあれだから、名前で呼んでもらって構わないよ。僕の苗字言いにくいだろうし」

 

 実際、何度か間違われたり噛まれたりすることは人生経験上幾度かある。相棒が良い例だ。一体何がコチカルだったのか。

 

「じゃあ俺のことも翔でよろしくっす」

「私も蘭雪で。短い間ですけどよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく頼むよ。翔君に蘭雪君」

 

 

 

 その日は少し遅くまで、談笑をしつつ三日月を眺めてから就寝となった。(流石に見張り番兼薪番は交代制にしたが。)

 

 翌朝の早い時間帯に一行は帰路へとつき、特に何事もなく第一回『渓流』調査は幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




好きなだけ書かせてもらいました。
お久しぶりです、五之瀬キノンです。久々に後書き書いてます。

村おこし編真っ最中ということもあり、今回は狩猟よりも日常がメインな章の構成になってます。
ちょっとグダグダ長く書きすぎた感があるようなないような気がしましすが、そこはまぁ勘弁をば。
いっぱい書くの頑張った(小並感)

今回は初登場キャラクター、レイナード・コルチカムが新たに加わりました。
旧大陸出身の彼はこちらでも当時からの武具を使用中なのです。原案はれい先生が担当されました。
他人の考えた人を動かすのは楽しくもあり、本当にこれで良かったのかなとちょっぴり不安になったりします。OKいただいたから良いけども(苦笑)

次回は今章最終話、蒼崎れい先生が担当になります。一週間語をお楽しみに。
それでは、また次章でお会いしましょう。

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