MONSTER HUNTER 〜紅嵐絵巻〜   作:ASILS

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第15話 (著:五之瀬キノン)

 リオレイアは力を溜めるかのようにその巨体を屈める。すかさず、村雨翔は地を転がって大きく距離をとる。砂が口に入っても気にしている暇はないのだ。

 猛毒を含む刺の飛び出る尾が轟と唸りを上げ、翔は地面を(まく)り上げるサマーソルトに舌を巻きつつ改めて太刀の柄を強く握り直す。ホットドリンクを飲む程の低温地だというのに、溢れ出る汗の量は日中の砂原とそう変わらない。唾と一緒に汗と砂も口から吐き出し、翔は大きく骨刀【豺牙(さいが)】を振り上げ、空中で姿勢を整えるリオレイアの尻尾へ思い切り振り下ろした。ガリリッ、と鱗に刃が傷を付ける鈍い音がする。まだまだ浅い。尻尾を切断できれば、その分リオレイアの持つ近距離射程も短くなるのでこちらが有利な状況へと持っていくことは可能なのだが、どうにも、そう簡単に事を運ばせてくれる気は無いようである。

 リオレイアの視線が翔を捉えた。足元をちょこまかと走り回る鼠を鬱陶しいと感じたか、一瞬その巨体を反らせて急降下。後ろ足で翔を捕まえんと大きく開いた。

 

「ぉわぁ!?」

 

 咄嗟に前転で回避。リオレイアの足は虚しく乾いた砂を掴む。が、あまりの風圧に翔の状態が崩れてしまう。吹き飛ばされそうになる体を必死に屈めて耐えた。

 

「(くそっ、早く体勢を……!!)」

 

 いつまでも踏ん張って止まったままでは良い的である。風が止むと同時に転がって影の下から抜け出した。

 だが翔の攻撃は相当リオレイアを怒らせていたらしく、気づけばいつの間にかリオレイアの真下。踏み潰されてもおかしくない位置だ。

 ギロリ、とリオレイアの(もた)げた頭から鋭い視線が翔を刺す。捕食者の眼だ。

 次は逃がさんぞ言わんばかりに低い唸り声を上げながらリオレイアの顎が開かれた刹那。

 その鼻面を矢が掠めた。

 

「動き回るんじゃないわよッ!!」

 

 黄蘭雪は更にもう一本、今度は顔面の眉間に浅くだが突き刺さった。デリケートな部分だったか、僅かにリオレイアが(ひる)む。

 その隙を逃さず、黒い影が一瞬で肉迫し、背負っていた二対の短剣を大きく交差し掲げた。東雲雲雀だ。

 

「シャラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」

 

 雄叫びと同時に膨れ上がる闘気が体中から溢れ出す。双剣使い特有の強化能力、通称『鬼人化』だ。一時的な興奮状態に陥る事で自身の身体能力を飛躍的に底上げする技であり、双剣使いを代表する技である。腕力上昇や身体硬化ができる分、それだけ体力の消耗が激しいのが欠点で、使いどころを間違えればたちまち自らを追い詰める諸刃の剣となる。御するのが難しい分、それを使いこなすことで、最前線を切り開く一番槍、鬼の特攻隊長にもなれるのだ。

 刃に闘気を込め、全力で振るう。右手、左手、縦横無尽に暴れまわる斬撃がリオレイアの顔面を何度も何度も斬り付け鱗が何枚も弾け飛んだ。

 

――――ガァァァッ!!

 

 鬱陶しげに頭を動かすリオレイア。大きく真上にブレて遠ざかる標的に雲雀は舌打ちし、仕方なく何度もバックステップを踏んで下がった。

 双剣は確かに無類の攻撃力を誇る武器ではあるが、欠点はリーチにもある。リーチが短ければその分標的の懐に入り込まなければならないのが事実。下手に深入りすれば、それこそ命取りだ。

 双剣を交差しながら振り払うようにすると、雲雀から放たれていた猛烈な闘気とプレッシャーが霧散する。

 雲雀は肩で呼吸を繰り返し、クールダウンしながらリオレイアを睨みつけて様子を見る。頭部は幾らか鱗も取れたものの、まだ破壊には至っていない。残りを削ぎ落せば更に刃が通りやすくなるのでダメージの増加は狙えるはずだ。

 

「翔に蘭雪!! あともうちょいで頭はイケるぞ!!」

 

「おぉッ、ナイスだぜ雲雀ッ」

 

 リオレイアが雲雀へと敵意を集中させる最中、翔は斜め後ろから尻尾を掻い潜り足を斬り付ける。ガリリッ、と硬い物を傷付ける鈍い音がした。見れば大分足の傷も多くなっており、ところどころに僅かだが出血も見える。これならば、時間をかければ何とか行ける。

 

「オラッ、転べッ!!」

 

 その傷目掛けて太刀の刃先を突き出し、全力で捩じ込む。今までに無い肉を断つ感覚が確かな手応えとして腕に伝わると同時に、甲高い悲鳴のような鳴き声を上げてリオレイアがバランスを崩して真横に倒れ込んだ。

 

「チャンスよッ!! 翔ッ、尻尾!!」

 

「任された!! 雲雀は頭だ!!」

 

「アイアイサー!!」

 

 大型モンスターが抵抗するのとしないとではその精神的肉体的疲労は大きく違う。言ってしまえばこちらのやりたい放題という訳である。

 すかさず蘭雪は真っ赤な液体の入ったビン、強撃ビンを装填。雲雀は近づいて再び鬼人化。翔も溜まった練気を開放して気刃斬りを尻尾に叩き付けた。

 

「オララララララララララァッ!!」

 

 縦横斜め縦横無尽の乱舞がリオレイアを斬り付け、鱗を削ぎ落とす。赤の軌跡を残しながら腕が霞む速度で双剣が振り回される光景は荒々しくも美しく、苛烈にして可憐で、そして過激だ。

 

「ラストォォォォッ!!」

 

 雲雀は締めに、両の刃を同時に大きく顔面に振り下ろす。刹那、ひび割れていた最後の鱗が弾け飛び、頭部を覆う甲殻が完全に破壊された。

 ノルマ、とまではいかないが、これは確かな功績だ。それだけ頭部に集中的なダメージを与えたということ。一つの通過点としては上々の出来栄えだ。

 

「前衛散開ッ!」

 

 善戦していることに浮き足立つ前衛とは違い、後方から支援している蘭雪はリオレイアの様子にいち早く気がついた。

 鬼気迫るような蘭雪の金切り声に素早く引き下がる前衛二人。

 距離を取ったその瞬間、自分たちが立っていた場所はリオレイアの巨大な尾によって深々と抉られた。

 

「『注意:深追いするとサマーソルト』。こう言う事だったのね……」

 

 蘭雪の観察力もだが、今回は翔の狩猟手記(ハンターノート)にだいぶ助けられている。

 今のところ大きな被害も無い。対して相手には疲れが見え始めている。

 三人は慎重に、確実な勝利を得るためにリオレイアの一挙手一投足に集中した。

 思いのほかゆっくりと着地したリオレイアは低い唸り声を上げながら眼前を彷徨く三人を順々に睨んでいる。それは獲物を観察するハンターのそれと同じようにも見えた。

 

「アイツ、かかってこないぞ。戦意喪失か?」

 

 いつまでもにらめっこを続けるリオレイアに痺れを切らした雲雀は冗談みたいな事を言う。

 別に彼女とてこの状況で冗談が言える程、豪胆ではない。場を和ませる為に言ったわけでもない。

 暗にこの状況が次にどう繋がるかを、手記の持ち主に問うているのだ。

 

「わからない。ただ怒ってるのはわかる。ってことは、これまで以上に殺しにかかってくるんじゃないか?」

 

 至極当然のことを言ってどうすんのよ、と後ろからの非難はいつも通り手厳しい。

 だが残念なことに、先ほどの注意書きの続きが書きかけであるだけだ。よそ見も出来ない切迫した今、三人よればなんとやらと作戦タイムに移ることもできない。

 

「(これなんて書いてあるんだ? 字も汚いし、親父にしては珍しいよな……)」

 

 よく言えば豪快な性格をしていた翔の父は、その性格とは真逆に丁寧な部分も持ち合わせていた。読み書きを教わったのは母の印象が強かったが、字だけは綺麗に書かされた。そう言うだけあって手記の内容は丁寧で尚且つ綺麗にまとめられている。しかし項目の半ばを過ぎてくると必ずミミズがのたくっていたり、書きかけだったりする。

 

「駄目だ、どれもこれも注意書きの後は読めたもんじゃねぇ……」

 

 その言葉にハッと閃きを感じたのは意外にも雲雀だった。

 

「な、なぁ、もしかすると、注意書きの後って怒り状態のモンスターを相手にしてたんじゃ……」

 

「おい、前だ!」

 

 思わず振り返った雲雀に、今までにらめっこを続けていたリオレイアがスキありとばかりに大きく息を吸い込んだ。

 咄嗟の判断で、翔は雲雀の胴体に強烈なタックルをかます。幾らなんでも女人に対する仕打ちではない。

 しかし間一髪、鎧越しに猛烈な熱気を感じる程スレスレを通り過ぎた火球は雲雀が今までたっていた位置に寸分の狂いもなく着弾し、大量の砂を撒き散らし大きな窪みと焦げついた匂いを辺りに充満させる。

 

「良いタックルだったぞ、不意打ちとは言え私の背中に砂を」

 

「アホ、よそ見すんな! ほら立て、次が来るぞ!」

 

 斜め上の賞賛に気が抜けてしまいそうになる翔は雲雀の腕を強引に引っ張り上げて体制を立て直す。

 

 ――――ガァァァッ!

 

 鬼の形相で迫るリオレイアが見えた。これまでにない速度で近づくのが、五感を通して伝わる。恐怖でガタつく両足は、逃げなければと警笛を鳴らす本能に反して思うように動かない。

 もつれる足を精一杯動かして反対方向に向けて走り出すと、すぐ正面には蘭雪が何やら投擲の構えをとっている。

 もう幾ばくの猶予も無いこのタイミングで何を考えたのか。

 彼女がそれを投げながら何やら叫んでいたが、それが『伏せて!』と言っていたのだと理解する頃には太陽が爆発したかのような閃光に目を焼かれていた。

 

 

 

 

 

「まったく。遊びじゃないんだからあんな所でじゃれてるんじゃないわよ!」

 

『すんません』

 

 蘭雪の機転によって危機を脱した彼らは隣接するエリアにて体制を整えていた。

 緊張状態から解放された今は息を整え、再び戦いに身を投じるために英気を養ってる最中である。

 

「いや~まだ目が染みるね。閃光玉様様。蘭雪様様って感じだな」

 

 ゴシゴシと擦る雲雀の両目は、幾らか充血しているのが見て取れる。

 

「せめて俺らの後ろで爆発してくれればこんなに痛い目に合わ」

 

「じゃあ次は好きなだけリオレイアの体当たりを受けてみる?」

 

 瞬きを繰り返しながら追随する翔を、蘭雪の言葉が遮る。

 

『いえ、心に染みるほどの英断だったと思います』

 

 たった一時、目の不調に苛まれるのとあの巨体によって跳ね飛ばされるのだったら前者の方がいくらもマシだ。

 蘭雪の投げた閃光玉は、モンスターの目くらましによく使われるアイテムだ。光蟲と呼ばれる昆虫が、絶命時に放つ強烈な光を利用しているらしい。

 ただし今回のように仲間にあらかじめ使用することを断っておかないと、好機(チャンス)を作るどころか危機(ピンチ)に陥るので、チームを組むにあたって話をつけておくのが大事だろう。

 

「それにしても、あの速さは尋常じゃなかったな」

 

 遠くを眺めながら呟いた翔に自然と視線が集まる。

 

「親父の手記(ノート)は、基本的に怒り状態以降が雑だ。きっと必死だったんだと思う」

 

「アタシの推測も捨てたもんじゃないな」

 

 持ってきていたこんがり肉にかぶりつきながら、雲雀は答えた。

 

「狩猟中にメモを書き上げるのは確かに凄いけど、これからはあまり過信しない方が良いな」

 

「そうね。判断を人に頼っているようじゃこの試練を乗り越えられないわ」

 

「第一、事前に行動が読めても反応が出来なきゃオシマイだ。さっきはありがとな、蘭雪」

 

「おう、助かったぜ蘭雪」

 

「な、何よ先まで文句言ってたくせに……急に、そんな……」

 

 自らの目で確かめた獲物の脅威的なスピードはそこに記されていなかった。たとえ記されていたとしても恐らくは慢心を産み、誰かが大怪我をしていたかもしれない。

 その事に気づいた翔たちは小休止を終えて、リオレイアの待つ戦場へと再び戻る準備を始めた。

 

 

 

「ああそう言えば。蘭雪って女の割に虫って大丈夫なんだな」

 

「はぁ? 今更なによ、舐めてんの?」

 

 いつになく喧嘩腰に見える蘭雪に翔は(ひる)みながら続ける。

 

「(さっきから表情がコロコロ変わるな)いや、ブナハブラの装備とか揃えてるし。さっきの閃光玉も自分で調合したんだろ? 女性ハンターって生理的に受け付けない人って多いって聞くけど、大丈夫なんだな~って」

 

「ちなみにアタシは駄目だな。ブナハブラのあの胴体の感じ。10秒たりとも直視出来ないな」

 

 双剣を研ぎながら雲雀は自慢げに口を挟む。

 

「ラルク姐さんもユクモ村に来たとき米虫見てすごい顔してただろ。今はなんでも無いような顔して食べてるけど」

 

 腕組みしながら思い出す。クールな彼女が眉間に皺を寄せて驚愕に打ち震えていた。

 

「まぁ大丈夫って訳じゃないけど。消耗品は完成されたのが保管庫に一杯になるほど届くし、私が撃ち落としたのをナデシコに解体してもらって、ね?」

 

『(ああ、そう言えば蘭雪って良いトコのお嬢様だったっけ……)』

 

 悶々とする空気の中、今度こそリオレイアの待つ戦場へと再び戻る準備を始めた。

 

 

 

 

 戦況は良くなかった。

 善戦していた彼らが何故追い詰められていたかといえば、リオレイアのスピードが大きな要因である。

 飛竜種ともなると、これまで彼らが相手をしてきたモンスターと大きな差がある。

 スピード、パワー、スタミナ。どれを取っても比較にならない程の差をリオレイアの怒り状態が底上げしていた。

 

「コイツ、さっきよりも速い!」

 

 なかなか弓を構えるスキを与えてくれないリオレイアに歯がゆい思いをしている。

 先程までは前衛を集中的に攻撃していたリオレイアが、今度は蘭雪を集中的に攻撃する事で、一人ずつ確実に仕留めていく方向に切り替えたのだろう。

 

「雲雀、来るぞ!」

 

 蘭雪への突進を避けられたわかると乱暴に方向転換をし、今度は手近にいる雲雀へと攻撃の対象を変えた。

 陸の女王と称せれるだけあって、地上にいる以上は何処にいても彼女の領域(テリトリー)と言っていい。

 荒々しい突進を寸でで回避し、膝を突きながら雲雀が仕切りに呼吸を繰り返す。

 

「はぁ、はぁ、んはぁ。ダメだ、鬼人化してもチャンスがなぃ」

 

 鬼人化は体に大きな負担を掛ける。故に長時間その状態を保ったまま、大暴れするリオレイアを追い掛け回すが出来ない。

 せめて一時でもチャンスがあればこの状況を覆す事ができるのに。

 

「雲雀、大丈夫か? 動けるか?」

 

「ああ問題ないさ。この装備のお陰か、ちょっと休めばすぐ動けるようになる」

 

「わかった、無理はするなよ」

 

 蘭雪に注意を引いてもらっているにしても時間は限られている。

 今は何よりも仲間を信じて自分の出来ることを。そう信じて、再び翔はリオレイアに切り込む。

 

「すぅー……はぁー……」

 

 できる限り心を落ち着けながら、深く呼吸を繰り返す。

 尻尾に跳ね飛ばされる翔を気にかけながらも、雲雀は呼吸を整えることに従事した。

 そして、

 

「よっしゃあ、復活……ダァァァアアアアアアアアアアアアア!」

 

 張り詰めた筋肉に力が戻るのを確認すると、翔の加勢に入る。

 あたり一面を無茶苦茶に攻撃するリオレイアは、雲雀の気配に気づかない。

 

「隠密! 特攻! キリキリマイィーッ!」

 

 振り回される尻尾の間をするりと掻い潜り、天高く双剣を掲げる。怒声を張り上げ、自らを際限なく鼓舞する。

 

「翔! 蘭雪! できるだけ、注意を引いてくれ!」

 

「雲雀、頼むぞ!」

 

「ミスしたら、承知しないんだからね!」

 

 足元に陣取った雲雀の荒々しい舞によって、血しぶきが上がる。

 この機を逃す手は無いと、翔と蘭雪が全力でリオレイアの注意を引く。

 翔はリオレイアの顔めがけて一撃離脱を繰り返し、蘭雪は近距離から弾幕を張る。

 

 ――――ガァァァッ!

 

 形勢は逆転したとばかり思っていたところを猛反撃されたリオレイアは、体中にまとわりつく羽虫に苛立ちを覚える。

 これまでの奴らは、私を怒らせた時点で多方片が付いていた。

 ある者は炎に焼かれ、ある者は毒に苦しみ、ある者は圧倒的な力に踏み潰された。

 しかし今度の奴らはどうだろう。ちょこまかと動き回り、逃げ去ったかと思えば再び噛み付いてくる。

 リオレイアの胸中には、ある種の戸惑いのようなものが生まれていた。

 

「雲雀、離れて!」

 

 言うが早いか、リオレイアのサマーソルトがまとわりつく翔たちを振り払う。

 

「雲雀、大丈夫か!?」

 

 巻き上げられた砂が視界を悪くする中、翔と蘭雪は足元に陣取っていた雲雀を探す。乱舞に集中して回避が遅れていたら、鬼人化が解けて身動きが出来ない状態で食らっていたら。

 翔はサマーソルトを受けていた分、その恐ろしさがわかる。ハンマーで思い切り殴りつけられたと思えば、激痛とだるさによって身動きが取れなくなる。まさに必殺の一撃と言っていい。

 そうこうしているうちに空中を浮遊していたリオレイアが着地と共に再び砂を巻き上げる。砂埃を払ってくれたのは幸いだった。

 

「あそこ、足元!」

 

 蘭雪が指したのリオレイアのすぐ足元だった。

 砂が一部盛り上がっている部分がある。そこからところどころ雲雀の着用しているナルガクルガの防具が見えている。

 完全に風が収まるとむくりと立ち上がる雲雀はまるで幽鬼のような風体で完璧に気配を殺しながらも異様なまでの闘気を放っている。

 

「シャアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 再び猛攻撃に入る雲雀に加勢する二人。雲雀がどうなったのかはともかく今はこの状況を切り抜けるが先決。

 蘭雪は気を引くように連射を繰り返し、翔はできる限り雲雀の対角線上を意識しながら立ち回る。

 リオレイアの方はと言えば、死角からの強襲に怯んでしまい三人に決定打を与えられないでいる。

 先程から繰り返し繰り返し攻撃されていた足は既に血まみれで立っているのも辛いことだろう。

 

「グウウ……イッッケエエエエエエエエエッ!」

 

 唸るような怒声と共に振り下ろされる双剣は、深く深く獲物の足を傷つける。

 同時にリオレイアの悲痛な叫び声がこだまし、派手に横転する。

 

「このチャンス、無駄にできないぞ!」

 

「その尻尾をちょん切ってやんなさい!」

 

 翔はこれまでに練成してきた連斬を全力で放出しながらリオレイアの尻尾を切り離すべく刃を振るう。

 一太刀一太刀浴びせる毎にその速度は、正確さは増していく。

 この時を待っていたとばかりに翔の相棒、骨刀【豺牙】はリオレイアの血に塗れながらその輝きや存在感を増しているように感じる。

 足場の悪い砂漠の砂がもがき苦しむリオレイアをあざ笑うかのように上手く立たせてくれない。

 蘭雪は好機を逃すまいと罠の設置に取り掛かる。

 彼女の防具が持つスキル、『捕獲の見極め』はハンター達が元より備える観察眼を助長し、傷ついたモンスター達が抵抗出来ないほどに弱っているかを見極める事を助けてくれる。

 少し離れた位置に陣取り、できる限り平たい面を選んで設置する。

 瞬間、円盤状のトラップツールが電気を帯びるかのように雷光を散らしているのが見えた。後はこれに上手くかければ完了だ。

 

「二人共! こっちはいいわよ!」

 

 蘭雪の声に翔たちはラストスパートをかける。

 縦横無尽に双剣を振り回す雲雀は返り血に(まみ)れていて、まるで吸血鬼や食人鬼のようだ。

 左翼めがけて振り回さてていた為か、翼爪や飛膜があたり一面に散らばっている。

 ここで目が眩むようでは、小物も小物。ロックラックを代表する大商人の娘は長距離射撃向けの貫通矢で援護する。

 リオレイアの下に出来た血だまりは砂へと吸収され、丈夫な脚がそれを捉えつつある。

 体制を立て直される前にケリをつけたい翔には焦りがあった。

 

「クソ、これで決めるぞ! はあああああああああッ!」

 

 練気を刃へと集中させる、猛攻が一瞬止まったのをリオレイアは見逃さずに動いた。

 翔は気刃大回転斬りを、リオレイアは反撃のサマーソルトを。お互いの技がぶつかり互いに吹き飛ばされる。

 

「やったか!?」

 

「まだだ、アイツに尻尾がくっついている!」

 

 サマーソルトにうち負けたのか、刃は少し刃こぼれしている。恐らくは渾身の一撃も衝撃を殺されたのだろう。

 当のリオレイアも不自然な衝撃に上手く着地が決まらなかったようだ。

 悔しさに歯噛みしている間もなかった。

 ぎこちなく方向転換すると狙いは立ち並ぶ翔と雲雀だ。

 

 ――――ガァァァァァァッ!

 

 引き潰す勢いでリオレイアの巨躯が迫る。

 翔と雲雀は左右に分かれるように回避するが、それでは止まらなかった。

 

「急停止ッ!? まさかッ!?」

 

 リオレイアは寸で両足にブレーキを掛け、その勢いを乗せた回転攻撃をお見舞いする。

 既に取れかけの尻尾を、地を抉るようにして振り抜く。

 

「さ、せ、るかああああああ!!!」

 

 飛び出した体に迫る尻尾。雲雀は着地の瞬間に両手を突き出し、ハンドスプリングの要領で尻尾を飛び越える。そんな器用な真似が出来なかった翔は、背中からの一撃に遠くまで飛ばされた。

 

「翔ッ! 雲雀ッ!」

 

 二人の身を按ずる蘭雪の声に、翔はなんとか手を挙げて返す。

 しかし、雲雀の声は意外な所から上がった。

 

「よくも翔をおおおおおおおおおッ!」

 

「な、リオレイアの上!?」

 

 超跳躍をした後、たまたまリオレイアの右翼が見えた雲雀が根性を発揮してしがみついていたのだろう。

 

「けじめ、つけて貰うぜええええええええええええッ!!!」

 

 雲雀は左手でしがみついたまま双剣の片割れを右手に構え、何度も何度もその翼に突き刺す。

 

 ――――ギャアアアアアアンッ!

 

 これまでの比じゃない悲鳴を上げながらのたうち回るリオレイアをよそに、根性の申し子、東雲雲雀の猛攻は止まらない。

 

「はぁ、はぁ、加勢しなくても大丈夫かな?」

 

「アンタが行ってもなぎ倒されるし、私が撃った矢が雲雀に当たってもいけないでしょ。フォロー出来るように構えて」

 

 砂まみれの翔が息を着きながら駆け寄るが、今の彼女たちを止めることは誰にだってかなわないだろう。

 

「指の爪一本だ、それで勘弁してやるよおおおおおおッ!」

 

 右翼の先、翼爪が生えている部分に刃を突き立てながら、力を込める雲雀。

 人で例えるならば生爪をはがすようなものだろう。一層大きな悲鳴を挙げているリオレイアが、辺りを走り回る。

 

「あああアイツこっち来てねぇか?」

 

「そんなこと言ってる暇があるなら走りなさいッ!」

 

 暴走するリオレイアは砂を巻き上げ、無茶苦茶に体を振り回し、背中を這い回る害虫を振り落とすのに必死で周りが見えていなかった。

 正確には、足元が。

 

 ――――グゥァァァァァァァァァッ

 

 蘭雪が設置しておいた罠を踏み抜いたのだ。突進を誘ってからの捕獲のつもりだったが結果オーライだ。

 幾らなんでもここまでされて体力を消耗していないわけがない。

 

「蘭雪! 俺は限界まで尻尾に行く。無理だと思ったら捕獲してくれ!」

 

「アタシも手伝うぞ!」

 

 翔が背後に周り込むと砂だらけになった雲雀がひょっこり現れる。

 恐らくは、急停止したリオレイアから勢い余って投げ飛ばされたのだろう。

 しかし、そこはただで転ばない女。東雲雲雀は翼爪をもぎ取ることに成功したのだろう。

 その手にしっかりと握られた翼爪は、これまでにないほど綺麗な状態で残っていた。

 

「そら、行くぞッ!」

 

「応ともッ!」

 

 獲物を翻し、一点だけを集中して力を込める。既に薄皮一枚の様な状態でぶら下がっているようなものだ。切り落とされるのも時間の問題だ。

 

『はああああああああああああッ!』

 

 押し込むように、引き潰すように、共に戦ったこの狩りに終止符を打つべくそれぞれの武器に力を込めた。

 

 ――――ッギャアアアアアアアアアアアアン!!!

 

 星の煌く静かな砂原一帯に、悲痛な悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

「それでは確認させていただきます」

 

 前回来た時には、ここに立つことすら出来なかった。

 酒場が珍しく緊張に包まれている中、その一角で開かれている認定式の壇上に翔たち一行はいた。

 今回も何割かがボロボロの辛気臭い顔をしながら酒を浴びるように飲んでいる中、六割程度が自分の順番を待ちながらこちらの様子を伺っていた。

 最難関と呼ばれた試練を超えてきた者たちだ。自然とその視線には畏怖や羨望が映り込む。

 

「ふむ、なかなかいい仕事じゃねぇか」

 

 眼前には何故か装備屋の親方、もとい雲雀の父親が虫眼鏡のオバケのような物で雌火竜の素材を鑑定していた。

 その眼はあくまでも職人の眼で、一切の妥協を許さない真っ直ぐな瞳であった。

 

「よし、1班。村雨翔。黄蘭雪。東雲雲雀。以上三名をハンターランク4と認めるッ! 困難な試練だったであろう。だが、この試練がこの先に繋がり、より高みを目指す励みとして欲しい。気を抜かず、修練に励むべしッ! 今日から君たちは上位ハンターだッ!」

 

 言い知れぬ喜びがあった。蘭雪も雲雀も、そして自分もきっと同じ顔をしているに違いない。

 達成感や喜びに思わず頬が緩み、何故だか目頭に熱いものが湧き出してくる。

 あぁ、砂狼さん泣いてる……。

 

「ありがとな、雲雀と組んでくれて。またロックラックに来たらうちで整備してやるから、必ず顔を出してくれよ」

 

 親方も目が潤んでいるように見える。雲雀は少し恥ずかしそうだ。

 一連の出来事を見ていた野次馬も歓声をあげたり、拍手を送ってくれている。

 あのロアル装備の奴、どこかであったような……。

 

「まぁ一件落着ね。今日はゆっくり休みたいわね」

 

「アタシもだ。当分狩りには行きたくないな、ハハッ」

 

 緊張が溶けた二人は既に軽口を叩き合っている。肩を抱き、笑い合う。

 死線を超え、修羅場をくぐり抜けた狩友(とも)と、かけがえのない絆を作ることが出来た。

 

「さぁ。まずは風呂だな。それから飯。それからベッドに飛び込んで丸1日は寝る。異論は認めない」

 

『賛成ッ!』

 

 こうして、今回の試練は彼らに大きな成長を促したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウェッ、ウグッ、蘭雪、ウェッ……私の蘭雪が見ないうちに……こんな、ウェッ、こんなに大きくなってェッ……」

 

「パパ。あの子達先に帰っちゃいましたよ?」

 

「蘭……ッウェッ……。何でだ……。パパを置いていくなんてヒドイじゃないか……」

 

「ほらほら泣かない泣かない……。蘭雪に笑われちゃいますよ?」

 

「……うん」

 

 こうして彼も大きな成長を迎えたのであった。

 




お久しぶりです。キノンです。
そんなこんなと言う訳でリオレイア編でした。

紅嵐絵巻では初の大型モンスターのリオレイア。2Gと比べるとモーションも変わって大分隙が少なくなったのではないでしょうか。そんな風に感じるモンスターでした。

……とか偉そうに後書き書いてますが、締切過ぎて他のメンバーにだいぶ迷惑をかけてしまいました。早く調子を取り戻したいものです。本当に、お待たせしてしまい申し訳ありません。

この話で今章は終わり。次章からまた新たな物語がスタートです。
またまた個性派(?)な新キャラも登場予定。ご期待下さい。

ではまた、次章でお会いできることを願って、後書きとさせていただきます。

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