MONSTER HUNTER 〜紅嵐絵巻〜   作:ASILS

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第12話 (著:獅子乃 心)

 鍛冶屋と言えば、職人達の威勢の良い掛け声と鉄と鉄がぶつかる音。それから噎せ返る様な汗の匂いと溶鉱炉から放たれる熱をイメージする者が多いだろう。

 しかし、彼らは同じ空間にありながら、全く真逆の爽やかで涼しい休憩所にいた。

 

「東雲雲雀。性別は女。双剣使い……」

 

 突然の自己紹介と共に、半ば押し付けられるようにして手渡されたギルドカードを読む青年。名を村雨翔(むらさめかける)と言う。

 そしてその隣に、翔と同じ様に状況を上手く飲み込めていない複雑な表情をしている少女がいた。名を黄蘭雪(ファンランシェ)と言う。

 

「おう、よろしくな。あ、趣味は筋トレだ。さっき市場でぶつかったろ? あれな、ちょろっとランニングしてたんだ。朝昼晩の3度。コースは特にないけど大体ロックラック2~3周したら家に帰ってきて別の筋トレに切り替えてる」

 

 こんな感じ、と東雲雲雀(しののめひばり)と名乗った少女は、【鉄塊】と言うに相応しいダンベルを軽々と持ち上げつつ、もう片方の手で無理やり膝に座らせていたヤマトを撫で回していた。

 

「ふぅん……立派な筋肉だこと」

 

 視線はたわわに実るその二つの膨らみ。彼女は市場でぶつかった時と同様に下半身は防具に身を包みつつ、上半身はハンター達の間では割とポピュラーなタイプのインナーのみの出で立ちである。

 蘭雪は皮肉たっぷり、嫉妬全開の口調で吐いたのだが、雲雀は何を思ったか感動に打ちひしがれているかの様に両手を組んで蘭雪に熱い視線を送っていた。

 

「嗚呼、なんてこった……。筋肉をわかってくれる女がいるなんて……」

 

「な、何よ……」

 

 目は潤み、感極まったという雰囲気で体を震わせている。悪い予感しかしない。翔が後ずさるのに気づいて蘭雪も足を引いた時には遅かった。

 

「感動したッ! アタシは感動したぞ黄蘭雪。アタシの筋肉を理解してくれる同性に出会える日が来るなんて思ってもみなかった。嗚呼、ありがとう。ありがとう」

 

「ふぐぐむぐ……ぷは、はなんむぐぐ……かけぐむ、たすけむぐうーっ!」

 

 蘭雪に待っていたのは熱い抱擁。言うまでもない、雲雀による抱擁は筋肉と豊満なその二つの膨らみで気道を完璧に遮られれば男だろうが女だろうが昇天しかねない。

 

「俺にどうしろってんだ……」

 

 もちろん助けられるものなら助けてあげたい。話が聞こえそうには無い。無理矢理に引き剥がすのも手ではあるがどちらに手をかけても悪い結果しか見えてこない翔は手をこまねいている。

 

「ふぅ、間一髪だったニャ。姐さん、お嬢がぺしゃんこににゃるニャ」

 

 脱兎の如く。それは野生の本能か。雲雀にむんず、と掴まれて膝に座らされていたヤマトは迫り来る何かを察知して間一髪のところで雲雀と蘭雪のサンドイッチにされるのを回避していた。まるで猫が顔を洗うように額の汗を拭いながら雲雀に声をかけてみるが、声が聞こえていないどころか、蘭雪の口からは魂が抜けかけているんじゃないかと勘違いしてしまいそうな呻き声にもにたくぐもった悲鳴が絶えず聞こえている。

 

「おほん、雲雀さんッ! 私のパートナーを離して頂けますかにゃッ!?」

 

 そこで出てきたのは相棒、ナデシコだ。狩りの時となんら変わらない真剣な表情で声を張り上げ、足元に張り付いては必死に猫パンチを繰り出している。どこか愛らしくも感じる。

 

「おうおう、盛り上がってるな。どうだ、武器も仕上がったし、ウチの奴と組んでくれないか?」

 

 蘭雪の体が小刻みに震え、もうダメかと思ったその時。休憩所の扉が開かれ、凄まじい熱気と共に現れたのは、雲雀の父にして鍛冶屋の旦那だった。

 ああ、親父聞いてくれよ、と旦那に気がつくと蘭雪への拘束を解き、筋肉を褒められただとか、絶対にコイツらと組みたいだとかボウガンの速射ばりに一生懸命話す。

 そうかそうか、ガッハッハと豪快な高笑いをしながら旦那の方も嬉しそうにその話を聞いている。何だかよく似た親子だな、と翔は素直にそう思った。

 

「……けっほ、げほ。げほ。はぁ、はぁ……っくはぁ。何なのよあの女、死ぬかと思ったじゃない……」

 

「おぉ、蘭雪無事だったか。あれだけ絞められて気を保ってられるなんてお前も相当ガッツあるな」

 

「流石、お嬢ニャ。ボクだったら20秒も持たなかったニャ」

 

 蘭雪の復活に翔とヤマトが声を掛けるが、蘭雪の精神を逆撫でしてる様にしか聞こえない。言うまでもなく翔は防具越しに脛を蹴られ、ヤマトはアイアンクローを頂戴する羽目になった。もちろんナデシコはやれやれと遠目に見ながら首を振っていた。

 

「……はぁ、はぁ、本当に似たような親子よね。豪快な所とか、あんまり周り見えてなさそうな所とか。見かけの似てない割に」

 

 呼吸が整ってきた蘭雪の何気ない言葉にピクリと反応した雲雀が、先程とはまた違った笑みを浮かべながら口を開く。

 

「あぁ、アタシは拾われっ子なんだよ。いつだったかな、親父に拾われたらしい。よく覚えてないけど、夫婦だって最初は他人だろ? 別に親子だって一緒だと思うんだよな」

 

 意外な事を言われて二の句がつげない蘭雪をよそに、そうだとも! と、鍛冶屋の旦那が雲雀の頭をワシワシと撫でながら便乗する。

 

「イイ事言うじゃねぇか雲雀。そうだぜ、嬢ちゃん。結局のところ一番大事なのはお互いを想う絆さえありゃ血が繋がってなかろうが、亜人だろうが関係ねえ。周りが勝手に言ってるなら無視すりゃ良いんだ。そんなものは壁でも何でもないし、立ちはだかるならぶち壊すなり、すり抜けるなり方法は幾らでもあるんだよな」

 

「やっぱ親父はイイ事言うな。アタシ達ハンターもさ、狩りを通して実の親子や兄弟と変わらない絆を結べると思う、いや結べるハズだ。だから是非アタシと組んで欲しい。きっとこれは運命……そう、運命だ! 黄蘭雪、それから村雨翔。アイルー君達も。頼むッ!」

 

 確かな親子愛だと思った。翔も、蘭雪も。思わず家族との思い出が沸き起こった。同時に雲雀たち親子が真っ直ぐな人間だと感じる。翔たちは土下座する様な勢いで頭を下げている雲雀を目前に、互いの視線を一瞬合わせた。どうやら意見は同じようである。

 

「あ、頭を上げなさいよ。別にそこまで頭を下げなくてもパーティーくらい。こちらこそよろしくね、雲雀」

 

「おう、俺からもよろしく。頼りにしてるぜ、その筋肉。またリオレイアを引いたって俺達なら乗り越えられるかもしれない。いや、乗り越えてやろうぜ!」

 

 二人の言葉に心底安心したように笑うと親愛の情を込めた抱擁に再び襲われる蘭雪。引き剥がしにかかるアイルー。豪快に笑う鍛冶屋の旦那。そしてハグの対象に入らなかった事を少し寂しく思う翔。休憩室の喧騒は鍛冶場の音にかき消され誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 二人の背にはそれぞれの武器、骨刀【犬牙】とアルクウノを骨刀【豺牙(さいが)】とアルクセロルージュに強化されてピカピカに輝いていた。雲雀と組むかもしれない相手だ、お前ら最優先で最高の技術をぶち込め。といった声が聞こえたのはどうやら二人の聞き違いではなかったらしく、しばらく時間がかかると聞いていたはずが、あっという間に仕上げてしまったらしい。値段以上のサービスだったと言える。さすが大都市の鍛冶屋は違うな、等とユクモ村の中で発すれば高齢の竜人族とは思えないようなスピードとパワーであのハンマーを振り回すハズ。命がいくつあっても足りたものではない。

 そんな翔、蘭雪、そして雲雀の3人は鍛冶屋をあとにすると、再試験を受けるために酒場へと来ていた。ちなみにアイルー達と言えば、再び市場の探検に行くと言うので鍛冶屋を出てすぐに別れた。

 

「な、なんだって!?」

 

「はい、申し訳ありませんが今週の抽選会は正午(・・)で締め切らせていただきました」

 

 現在の時刻は日の傾きからして1時から2時くらいだろうか。天辺から幾らか西の方角に傾いてしまっている。

 

「もう、雲雀の所為で登録できなかったじゃない!」

 

「ごめんごめんよ、アタシついつい周りが見えなくなっちゃう癖があるんだよ。親父も似てる所があるし、ひよっこの頃はよく教官に猪突猛進型のお前は双剣かランスが向いてるなってよく言われてたんだ」

 

 アハハ、と乾いた笑いを浮かべて蘭雪の口撃を受け流す。翔はと言えば粘り強く受付嬢に交渉してはみるが、大勢の人間を統括する以上は例外はできる限り作らないという鉄則の元、営業スマイルにつっぱねられる。

 

「次週もありますのでそちらの参加であれば全然大丈夫ですよ」

 

「翔、どうするの?」

 

「どうするも何もな……」

 

「ん? どうしたんだ。次週じゃ何か不味いのか?」

 

「いやな……」

 

 どうするも何も参加は次週以降だ。だが、翔たちには金が無い。安宿だからと舐めていれば大きな出費になる。それにあの環境で次週まではさすがに耐えられないだろう。

 理由を雲雀に話してはみるが、鍛冶屋はロックラックの中でも確かに大きな建造物の方に入るが住み込みで働いている職人で部屋は一杯らしい。

 

「ごめんな、翔。アタシの部屋はちょっと人様に見せられる様な状態じゃなくてさ」

 

「何言ってのよ、雲雀。アンタの部屋に3人が入れたとしてもコイツは男よ、()()()ッ! よ、夜中に襲いかかってきたらどどどどうすんのよ」

 

「う~ん……アタシより強い奴なら別に構わないよ。ただし、寝技には自信あるからそんじょそこらの男じゃあダメだろうな。どうだ、翔?」

 

「遠慮しておく。命はまだ惜しいからな」

 

「オホン、それでどうなさいますか? エントリーなさいますか?」

 

 ごめんなさい、エントリーお願いします。翔は平謝りしながら申請書に記名する。そして同行する二人も続いて記名した。

 申請書は受付嬢に承諾印を押され、別の受付嬢の手に受け継がれてハンターズギルド兼酒場の奥へと消えていった。

 

「さて、と。まぁ登録は完了したが寝床の問題がな」

 

 結局、来週の再試験にエントリーすることになった。だが、寝床の心配が消えたわけではなかった。

 

「……いから」

 

「ん?」

 

 ああでもない、こうでもないと考えあぐねる一行で突然蘭雪が口を開いた。少しまごついたので聞き取れなかった翔が思わず首を傾げる。

 蘭雪は二人の視線が集まったことで、首を引っ込めてやや伏し目がちに、ただしボリュームがぶっ壊れたような大きな声で切り出す。

 

「……しょうがないからッ! しょうがないから、うう、ううう家ッ! ……私の家、に泊ま、る?」

 

 そうだ、よく考えればここが地元じゃないか。翔は二人があった頃にした自己紹介で出身をロックラックだと言っていたのを今更思い出した。

 だが妙だ。最初からそちらに泊まっていれば自分はともかく蘭雪の分の宿泊費ぐらいは浮いたハズだ。

 

「……なんだかワケアリと見た」

 

「あ、セリフ取られた。……じゃない、そうだ。無理に開ける事はないぞ?」

 

「いや、確かにワケアリだけど。あんなところで寝泊りするぐらいなら家に……。でも、パパがな……」

 

 なんとなく読めたぞ。翔はこんなパターンの話を聞いたことがあった。極度の親バカを発症した父親と娘のパターンに男が関わるとロクなひどい目にあう、と。仮に蘭雪のパパさんとやらがその例と同じならば自分はついて行かないに限る。自分の為にも、蘭雪の為にも。

 

「いや、無理すんな。蘭雪の分の宿泊費が浮いた分でちょっといい部屋に泊まれば……」

 

「はぁ? バカじゃないのそんな勿体無い事許すわけ無いでしょ。いいわよ、最初からこうしておけば良かったのよ。試験を舐めてかかるもんじゃないわね、まったく……」

 

 断ろうした翔は蘭雪に遮られる形で発言を止められた。何だかヤケクソといった感じでいつもより幾らか饒舌になり大きな独り言で周囲の視線を集めてしまっている。

 

「ほらお二人さん。登録は済んだことだし、一旦ココを離れよう。蘭雪の御陰で視線が痛い」

 

 雲雀の進言はもっともだ。腹も減ったし昼食をそろそろ摂りたいところだ。踵を返し、ひとまず外に出ようと思った翔たちの前に二人組の同業者が立ちはだかった。

 

「うっひょー、激マブじゃんか。ねぇねぇ彼女たち、俺たちとこれからメシどう?」

 

「ドュフフ、何でも奢るよ。俺たち結構稼げるハンターだし、少なくともそっちの坊主よりは」

 

 ひとりは水獣ロアルドロスの素材で作られた防具を纏うガンナー。軽そうな口調とチャラチャラとした雰囲気に失笑を禁じえない。そしてもうひとりはこのロックラック付近でもよく見られる土砂竜ボルボロスの素材で作られた防具を纏うランサー。翔より頭一個分大きい程の大柄な体格から、とても不釣合いな少し高めの声を震わせながら喋る様ははっきり言って小物臭と気持ち悪さを振りまいている。

 彼らの目的は目を見ればわかる(大柄な方はヘルムで顔が見えない)。口調はキツイが黙っていれば可愛い蘭雪に強烈なスタイルを見せつけるかのような格好の雲雀。多方ナンパが目的だろう。そもそもこんな二人が大声で喚く(主に蘭雪)のに気づかない方がおかしい。

 ねぇどうなの、とグイグイくる姿勢に二人は眉間に皺を寄せている。機嫌が悪い。不味い。直感的にヤバイと思った翔が二人から距離をとる。

 すると、好奇とばかりに同業者たちは一気に距離を詰めた。

 

「ほら、そこの奴ブルってやがるし俺たちと一緒に行こーよ。絶対楽しいって……ぶわぅっ!?」

 

 下卑た薄笑いを浮かべたガンナーの方が蘭雪に右手を伸ばした瞬間に、その手は蘭雪によって絡め取られ一瞬のうちに酒場の硬そうな床に叩きつけられて空気が抜けたような風船のような呻き声を漏らす。

 

「お、おい、大丈夫かよ。グフ、グフゥ、お嬢さんたち暴力はイケないぞぉ。ちょっとこっちまでぼおっ!?」

 

 蘭雪の早業に驚くも、ランサーの方は正当な言い分を得たと見て、今度は雲雀へと手を伸ばすが、一瞬のうちに懐に潜られ渾身の正拳突きが腹部に突き刺さり膝から崩れ落ちた。

 

「おいおい、二人とも。どうすんだよコイツら……駄目だ、完璧に伸びちまってる」

 

 急いで駆け寄る翔が同業者達は完璧に目を回してしまっている。

 

「防具の割に大したことなかったわよ。どうせ誰かのお下がりとか着てるんじゃないの?」

 

「そうだな。ちょっと期待したんだけど、あれじゃロクにクルペッコも倒せないんじゃないか?」

 

 駄目だコイツら、ナデシコ助けてくれ。そんな風にボヤきながら目を覆う翔。酒場に喧嘩乱闘は付き物だがいつもの比じゃないギャラリーが翔たちを取り囲んでいた。

 不運にも、彼らの仲間達も。

 

「おう、嬢ちゃんたちやってくれるじゃんよ」

 

「へへっ、ちょーっとやりすぎちゃったねー」

 

「俺あのボインちゃんな。ぺったんこの方はいいや」

 

 嫌な雰囲気だ。ギャラリーを蹴散らしながらリングインとばかりにぞろぞろと野郎共が集まってくる。この場合、決まって起こるのは乱闘だ。流石に多勢に無勢、しかもこちらは女が二人(ただし腕っ節は男ばり)じゃ一方的になる可能性がある。戦略的撤退を言い渡そうと蘭雪たちに近づくと小声で雲雀と何か話をしている。

 

「ねぇ、さっきのアンタ狙いの奴。私がヤルから。絶対に許さない」

 

「じゃあアタシはあの強そうな奴ね、後は半々で。そんじゃ……」

 

「「かかってこぉいッ!!」」

 

 

 

 結果だけ言えば、圧勝。もう少し言えば瞬殺だった。

 翔が止めるスキもなかった。二人共止めろ、止まれ。この二言をやっと言い切った頃には6人の男たちが床とキスしていた。事態を飲み込むために周りを確認して向き直る頃には最後のお互いに一人ずつの獲物の胸ぐらを掴み上げていた。

 蘭雪はそのまま床に叩きつけ、雲雀は回転を加えつつ出入り口の方向へ投げ飛ばしていた。

 

「お前らな、幾らなんでもやりすぎだ。あんまり派手な事したら悪目立ちする事になるだろ。二人は慣れっこだからいいけど、俺はただでさえ初めてのロックラックだってのに同業者達の嫌がらせなんか受けたらどうするんだよ」

 

「「ごめんなさい」」

 

 酒場から少し離れた路地で翔の説教を受けていた。ギルド嬢がニコニコしながら近づいてきた時には本当に死ぬかと思った、と早口でまくし立てている。

 

「曲がったことが大嫌いなの。知ってるでしょ? きっとああやって他の娘にも声をかけてたに違いないわ」

 

「そうだ。きっと大人数で取り囲んで断りきれなくしてたに違いない。所詮徒党を組んでもクズはクズさ。もっと殴っておけばよかった」

 

「それはよせ、死人が出る。何はともあれ、だ。エントリーも済んだ、ちょっと遅くなったけど昼飯にしよう」

 

 路地から出ようとする翔を引き止める雲雀。苦笑を浮かべながら申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。

 

「ああ、それなんだけどさ。ここから別行動していいか?」

 

「どうかしたの?」

 

「いや、それがさ。親父や他のみんなにも昼食出してやらないと、あの人たちはいつまでもいつまでも鉄叩いてるから。行ってやって、昼飯を作らないとなんだよ」

 

「そうか、大変だな。じゃあ用があったらこっちから出向くし、蘭雪に家の場所を聞いといてくれるか? そっちから用がある時に会えないと困る」

 

 鍛冶屋には大男が何人も働いている。きっと大鍋をかき回してるんだろうな、と想像しながら翔は快く応じた。だが、それに、ともう一つ雲雀は付け加えてくる。

 

「いや、さっき蘭雪とも話したんだけど、私も泊まる事になったんだ。きっとその方がパパさんも許してくれるって」

 

「ちょっと、も、もう。……まぁそういう事よ。1週間もあるし、折角パーティー組むんだしお互いをよく知り合った方がいいと思ったのよ。別にアンタを警戒したわけじゃないからね、ホントよ?」

 

「ああ、別に構わない。寧ろその方がきっとずっと良い。だが部屋はいいのか? お前ん家って3人家族だったろ?」

 

「前に言ったじゃない。うちの両親、行商の仕事やってるから時々家を空けてたって。今回もそれだといいんだけど、試験期間中(このじき)受験者(カモ)を逃すほどパパもママもバカじゃないわ……。まぁそうであっても。家は行商のキャラバンがいつでも泊まれるように部屋数だけは確保してあるのよ。ホント、ありすぎるぐらいに」

 

「もしかして、結構なお嬢様、なんじゃない?」

 

 確かに容姿はともかくとして普段からある程度は身奇麗にしているところや、モノの目利き、流行り物をチェックする所なんかは確かに頷ける。

 

「ま、まぁそれなら世話になるとするか。これで寝床の心配も無くなったし、ここらで一度別れよう。また後でな、雲雀」

 

 何か含みがありモヤモヤとした感じが残るが寝床も決まった。路地から出ると翔と蘭雪は昼食をとるために市場へ。雲雀は鍛冶屋のある方へ。またな、と両手を大きく振るとダッシュで駆けていく。本当にブレない奴である。

 

「よっし、じゃあまずは昼飯だな」

 

「あ、私の知り合いがやってる美味しい店があるの。そこにしましょ」

 

 翔の号令に蘭雪は荷物を担ぎなおす。とりあえずは昼食だ。考えるのは後だ。翔は先をずんずん進んでいく蘭雪に遅れを取らないように歩き出した。

 

 

 

 翔は蘭雪に案内されて、ロックラックで安い・早い・美味しいの三拍子そろった激安定食屋でお昼ご飯を食べた。

 店内はカウンター席のみで、しかも最大で二〇人ほどしか入れない小スペース。しかもHR昇格試験が開催中だからか、飲食店はどこも混んでいる。

 座席はちょうど二席分開いていたので、なんとか座る事ができた。雲雀がいれば、こうはいかなかっただろう。

 定食屋の主人は蘭雪の知り合いらしく、あの蘭雪ちゃんもついに彼氏持ちかぁ、などと散々いじられた。

 まったく、恥ずかしすぎて味がわからなかったではないかと、翔は小声で愚痴をこぼす。

 久しぶりの丼物で、けっこう楽しみにしていたのに。

 

「次はもっと落ち着ける店を頼む……」

 

「わかってるって~。私の地元なんだから、その辺はド~ンと任せなさい!」

 

 翔は頬に軽く手を当てるが、まだやっぱり熱い。

 調理中から食事中までずっといじられ続けたのだから、無理もない。

 

 ――その割には、なぜ蘭雪さんはあんなにもご機嫌なのでせうか……。

 

 そんな翔とは対称的に、蘭雪のご機嫌は上々だ。

 どれくらいご機嫌かというと、鼻歌交じりにスキップして全身から桃色の乙女オーラを振りまいちゃうくらいご機嫌だ。

 さっきまでの行動を思い返してみても、思い当たる節はないし。

 

 ――不気味だ……。

 

 触らぬ蘭雪に祟りなしというわけで、翔はただ蘭雪の後をついて行く。

 

「翔、ちょっと寄りたい所あるんだけど、いい?」

 

「あ、はい、どうぞ」

 

「なんで敬語なのよ。まぁいっか。こっちこっち」

 

 蘭雪はそう言うと、ロックラックのメインストリートに向かって歩き始めた。

 

 

 

 実は定食屋で二人をからかってきたのは、主人だけではない。

 蘭雪の二つ上の幼馴染み、主人の愛娘である()絢菜(あやな)も、一緒になってからかってきたのだ。

 

「行きたいとこって、さっき絢菜さんの言ってたここかよ」

 

「別にいいでしょ。ユクモ織も味があっていいけど、最新のインナーはロックラック(ここ)でしか手に入らないんだから」

 

 その絢菜と話している時に話題に上がったのが、新素材を用いたインナーの話だった。

 ロックラックは新大陸の中心地。最先端の製品が出回るのも、この街が最初となるわけだ。

 辺境もいいところのユクモ村では、発売される頃にはどんな製品でも完全な型落ちとなっているのである。

 

「それにしても、絢菜さんって本当にお前の幼馴染みなのか? 誰かさんと違って、かなり大人っぽい感じだったけど」

 

「どど、どこ見て言ってるのよ、この変態!」

 

「痛っ!?」

 

 蘭雪に足をめっちゃ踏まれた。

 防具の上からなのに何この痛さ。

 

「なんでいきなり践まれなきゃなんないんだよ!」

 

「あんた今、私のむ……むむ、胸見てたじゃない!」

 

「そそ、そんなコトハナイ!」

 

 すいませんごめんなさい実は見ていました。

 すごい胸の格差社会だなーとか思いながら見てました。

 アオアシラとジエン・モーランくらいの戦力差だなーとか思ってました。

 決して口には出さないが、蘭雪は言わなくても全部お見通しよと言わんばかりに、翔の瞳をのぞき込んでくる。気まずすぎて直視できない。

 

「……変態」

 

「俺が悪かったんで、もう勘弁してください」

 

「っとに、私だっていつか必ず」

 

 うなだれた翔を下僕のように付き従わせながら、蘭雪は自分の胸に手を置いて打ちひしがれる。

 絶壁、まな板、洗濯板、希少価値、色々言われているが、やっぱり女の子としてはもう少し大きい方がいい。

 そう、例え防具の加工にお金を余分に取られたとしても!

 

 ――本当にもう、なんで雲雀も絢菜もあんな大きいのよ……。

 

 神様はなんて不公平なんだろとぼやきつつ、蘭雪は最新のインナーコーナーへと足を踏み入れた。

 

 

 

 インナーは、狩りにおいては特に意味はない。スキルが備わっているわけでも、防御力が上がるわけでもない。

 だが、蘭雪も年頃の女の子。オシャレしたい年頃なのだ。防具で出来ない分は、インナーでするしかない。

 

「ねぇ、翔はこれどう思う?」

 

「どうって……」

 

 蘭雪が手にしたのは、青を基調とした涼しそうなインナーだ。

 実際それは合っていて、生地の吸った汗が蒸発する時に体温を吸収するようにできている。

 

「それとも、こっち?」

 

「えっと、そのぉ……」

 

 次に手にしたのは、緑を基調としたインナーだ。特集加工の施された生地で、どんな汚れも水洗いでさっと落ちるらしい。

 

「はぁぁ、はっきりしないんだから」

 

「いや、だってさ、ここ女の人ばっかりで気まずいんだって」

 

「そりゃそうでしょ、女物のインナーコーナーなんだから」

 

 だめだ、この人に何を言っても。

 翔は額を押さえ、深~いため息をついた。

 そう、現在二人がいるのは女物のインナーコーナー。周囲を見回す限り、男の姿は翔一人である。

 お陰で、先ほどから女性ハンター達がちら見しながらひそひそと何かを話しているのだ。

 良い内容なわけが、絶対にない。

 

「本当にもう、はっきりしないわねぇ。ちゃんと買い物に付き合いなさいよ」

 

「さすがにこんな場所じゃ無理です!」

 

「あ、これもいいかも」

 

「って話聞けよ!」

 

 蘭雪は他にも数種類のインナーを手に取ると、試着室へと入っていった。

 他のお客さんの視線が気まずくて、翔も蘭雪について行く。

 だが、そこにはもっと気まずい苦境が待っていたのだ。

 

 ――こ、この音は!!

 

 カーテンの向こう側からがちゃがちゃと聞こえる音は、間違いなく防具を外す音。

 考えてみれば、インナーの試着である。インナーを着ようと思えば、防具を脱ぐのは必然。そして試着するからには今のインナーも脱いじゃったり脱いじゃったりするわけで。

 

「くそぉ、いつもなら脱衣場が別で全然気にならねぇのにぃ……」

 

 翔、煩悩大爆走中心である。

 ここは一旦、戦略的撤退=この場を離れるべきか。

 いや、でもそうしたら蘭雪に何を言われるか。

 翔が周りから不審な目で見られるほど大慌てしていると、不意にがらがらっとカーテンが開いた。

 

「ど、どうかなぁ?」

 

 蘭雪が身に付けていたのは、最初に手に取っていた、青を基調としたインナーだった。

 インナーと言うよりもほとんど水着みたいなデザインで、普通のインナー以上に露出が激しい。

 

「うん、えっと……。布が少ない、と思います」

 

 微妙な空気が、二人の間で流れた。

 

「ど、どこ見てんのよ、変態……!」

 

「にゃにを言ってるのにゃ。見られるほどのものもにゃいのに」

 

 翔から胸を隠すように抱く蘭雪に、ナデシコは肩をすかしてい……

 

「ナナナ、ナデシコ! あんたいったいどこから!?」

 

 いつの間にか翔の足元には、ヤマトと一番を回っていたナデシコの姿があったのである。

 

「お馴染みの定食屋を出たところからですのにゃ。ヤマトは……まあ大丈夫にゃ。この街なら、アイル

ーの知り合いもいっぱいいるのにゃ」

 

 つまりは、ヤマトは置いてけぼりにされたようだ。

 蘭雪はカーテンを素早く引くと、超高速で着替えて再び出てきて、

 

「翔! 次行くわよ!」

 

「痛、痛いって蘭雪!」

 

 蘭雪はインナーを元の位置に戻すと、翔の手を引いて一目散に店を出た。




お疲れ様でした。

第12話担当分は獅子乃がお送りしました。(実はれい先生にも手伝ってもらいました。本当にありがとうございました)
新登場キャラ:東雲雲雀さんはいかがだったでしょうか?
書いている身としては、男口調な彼女は翔と非常に似てしまうのが大変でしたね。
セリフの節々に女っぽさや、翔じゃ言わなさそうなことなんだろうな~、なんて考えながら書いてましたね。
そんな彼女が今後どんな展開を見せてくれるかは次回以降の方に乞うご期待!

お話の内容としては、半分くらいの雲雀さんと半分くらいの日常パートのつもりです。
乱闘シーン。自分なりに格闘技関連の漫画(バキとか)を参考にしてみたんですが全然(苦笑)

雲雀は総合格闘技で、蘭雪は中国拳法で……なんて妄想はいくらでも出来るのに文章に起こすって本当に難しいです。
誰か中国や格闘技に精通した人!感想欄にちょろっとコメントいただけると嬉しいです!

次回の担当は蒼崎れい先生です。ひと波乱、ひと波乱がくーーるーー!
それでは長々とお付き合いありがとうございました。
またのお越しを心からお待ちしております。

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