第01話 (著:五之瀬キノン)
世界とは、広いだろうか。
―――否、狭いだろうか。
それは、人それぞれにより感じ方は全く異なるのだ。同じような考えであろうと、それは似て非なることとなるのだ。
十人十色とはまさにこのことだろう。最も、“世界”という一つの
括りにしてしまえば十人では済まない。何十億、何百億という“個性”が現れるのだ。
さて、冒頭に戻ろう。
世界は広いか否か。自分であれば、後者だ。
世界が狭いとはよく言ったものである。
物語は、そんな“世界”の中で始まる。
――――グオォォォォォォォォォォォオオォォォォッッ!!!!
満月の星が輝く夜。
一匹の狼が高らかに雄叫びを上げる。
その余りの大音量に草に止まっていた光蟲や雷光虫が光と共に飛び立った。
月の光と小さな命が生み出す光が、その“狼”の姿を
強靭な発達を遂げた荒々しく躍動する四肢。甲殻は鋭く立ち上がり、合間に見える鱗は鮮やかなライトブルーの光を反射する。頭部には一対の角。その下に構える狼の顔。
蒼天に轟く剛雷を模したその姿は、まごうことなき“雷狼竜”。
「ヤマト! ランシェ! ナデシコ! 覚悟はオーケーだろうな?!」
「勿論ですニャ!」
「言われなくても最初から出来てるわよ!」
「問題ありませんニャ」
“雷狼竜”は闇夜の中、四つの影を目にとめた。
二つ――、否、二匹のアイルー。防具を着込み、その手には己の得物を一つ。
一人の女性は据わった瞳で弓を構えて。
もう一人の男は、背にある大きな刀――、“太刀”を引き抜き目の前の“雷狼竜”を見抜く。
「行くぞォッ!」
男の一声と共に、両者が一歩踏み出す。
――――ここは、人とモンスターの暮らす弱肉強食の“世界”。
人は皆、この世界のことをこう呼ぶ。
“モンスターハンター”と――――――――。
* * * * *
その村は、山の中腹辺りにあった。
周りを岩に囲まれた村は、モンスターの侵入を頑なに拒む、言わば───大袈裟に言えばだが───要塞。
最も目に付くのは、村の頂上にある大浴場。
六角形の屋根を四層に組み上げ、村の中で最もな大きさの建物は、村のシンボルマークとも言える、温泉マーク───炎のマークとも言えるが───を
村の名は、『ユクモ村』。
温泉に恵まれたこの村は、日々客足の途切れることを知らない。
ハンター、商人、旅人……職業柄は様々だが、沢山の人々からこの村は愛されていた。
大浴場を一つ、南に降りた所の右手には、クエストボートがあり、少なからず依頼が数日に一度更新される。
クエストから帰ったハンター達は、ユクモ村の代名詞とも言える温泉で汗を流すのだ。
逆の左手には、村のハンター用の宿舎が設置されている。ランク分けはされていないが、皆平等な部屋となっており、武器等をしまえるボックスも常備され、かなり使い勝手は良いものだ。
その横手には、訓練所へ続く道がある。
駆け出しや、基礎復習に来るベテランハンターまで、様々なハンターが足を訪れる場所だ。
指導をする教官は、厳しい且生徒思い。わざわざここの教官の稽古を受けに来るだけの者もいたりする程だ。
ここの知名度も中々に高かったりもする。
それらの更に一段下。
右手には加工屋。
左手には雑貨屋がある。
加工屋の主人は竜人族の老人。
左手に、ドスフロギィの皮で加工された手腕袋を付け、いつもハンマー片手に仕事をする元気なおじいちゃんだ。
ユクモ村限定の武器を創作したりと、竜人族ならでは知識は健在で、日々武具と向き合う姿は加工屋の手本となるに違いない。
左手の雑貨屋では、ハンターの基本となる回復薬から書物まで、様々な物を常時取り扱う、ハンター必須の店だ。
その広場では、他の商人達も店を構えている。この辺りでは滅多に取れない虫等も売っているものだ。時々開かれる半額祭では、村中の人が集まることも暫しあるとかないとか。
その広場を西に抜けると、ユクモ農場と呼称される農場がある。
鉱石、魚類、キノコ……沢山のものを採取できる、緑溢れた所だ。
奥には、『ニャンタークエスト』という物も設置されている。
これは、オトモアイルー達だけがクエストを受注し、狩場へ向かうという、ギルドでも最近可決されたものだ。
「オトモだけで狩猟させるのも良い修行だ」と、オトモアイルー達を出させるハンターも多いのだ。
村としての集落もきちんとあり、農場へ行く途中に右に右折すれば村人達の元気な姿を見られるのは間違いない。
「ぷっはぁ〜! やっぱ風呂上がりの一杯はこれに限るッ」
場所は村でも一番大きく高い位置にある大浴場に戻る。
腰にユクモ村特製の入浴用の履物『ユアミシリーズ』を着けた健康な茶褐色の肌の男――
「ご主人はいつも旨そうに飲みますニャァ」
彼の横では猫――獣人族のアイルーが翔と同じミルクを舐めるようにチビチビと飲んでいた。猫は上品に飲む、とよく言われるが、このアイルーの場合は“可愛く飲む”が妥当であろう。
「ヤマトぉ、風呂上がりってのは豪快に一杯行かなきゃいけねぇっつう掟があるんだぞッ」
「ニャニャッ!? ご主人、それは誠ですかニャッ!?」
「俺は嘘を言わねぇ!」
※これは彼らの勝手な“掟”です。
「なぁコゥル! お前もそう思うよな?」
「ですニャ!」
ドリンク屋のアイルー――コゥルに勝手なことを言う翔だが、コゥル自身は迷うことなく頷く。
ドリンク屋の商売はおいしい商品を客に楽しんでもらうことにあり、いつも来てくれる翔には中々頭が上がらないのだ。
「さっ、てと。ヤマト、そろそろ行くぞ。今日はクエスト更新日だ」
「了解ですニャ!」
ミラクルミルクを飲み終えた一人と一匹はコゥルにお礼を言って大浴場を後にする。
翔はインナーの上に防具――『ユクモシリーズ』を身に纏う。
防具、というよりは民族衣装に近いかもしれない。和風のイメージに固めた外見は赤や黄色に彩られていた。普通に村人達と比べても遜色は無い。それでいて守るべきところはきちんとカバーするのが防具である。
現在は頭部は着けておらずに自分の家に置いてきている。武器も同様にだ。
アイルーであるヤマトもオトモアイルー専用の防具を着込む。これも翔の『ユクモシリーズ』と同じ物だ。
オトモアイルーとは即ち、クエストに“
ギルドの規定では最近になって一人で二匹までオトモアイルーの動向が許可されるようになった。これによりハンター達は殆どがオトモアイルーを二匹連れて行くのを見掛けるようになったものだ。
しかし、翔の場合はオトモを増やしたりはせず、ヤマトとのコンビを崩さないでいた。
戦力の増強も良いかもしれないが、慣れないまま狩猟に行くのも危険だし、まずそこまで危険な狩猟も無いだろうという意見だ。
大浴場を出て階段を南に下る。
頭上には紅葉の木があるが、まだ紅葉狩りに行くまでとは言えなさそうだ。
それでも近い日に行けるような雰囲気にはなり始めている。
ユクモ村と言えば“温泉”でもあり、“紅葉”でもある。繁殖期――その内の秋となると紅葉が赤い色を付けて美しく舞い落ちるのだ。それを見にわざわざユクモ村へと観光に訪れる人も珍しくない。
その紅葉をいつも眺めている人物が一人。
和風の着物を着こなし、優雅に座りながら道行く人々に笑顔を振りまく女性。
「久御門村長〜」
翔が彼女に手を振ると向こうも柔らかい動きで返してくる。
翔が“村長”と言った通り、彼女こそがここ『ユクモ村』の村長、
「翔様、お湯加減の方はいかがでございましたか?」
「最高っすよ。風呂上がりの一杯がそりゃもう旨かった!」
美味しそうに飲むジェスチャーをする翔に市もコロコロと笑みをこぼす。
「そう言えば村長、クエストの更新ってされてるっすか?」
「いいえ、まだでこざいますよ。ですが今日中には新しいのが来ますでしょうから」
ここの村では大きな街のように毎日クエストが更新されることはなく、殆どが数日に一度の更新となっている。
クエスト、と言っても極稀に中型モンスターが出現する程度でそこまで害はなく、この村に一時滞在するハンター達によって難なく討伐されてきたので村は今のところ安全だ。
「そんじゃ、更新されたらまた来ます」
「お待ちしております」
最寄りのクエストが無いようなのでここは一旦後に。更新までしばらく時間を潰そうかと、翔は更に南へ下ってユクモ農場を目指した。
「ニャ、カケル様にヤマト様ですかニャ」
木でできた頑丈なつり橋を渡り終えるとそこからがユクモ農場だ。
そのユクモ農場を一人――一匹で管理するアイルー。名をセバスチャン。アイルーの中でもユクモ1優秀と言われている程で、ユクモ農場の管理をそつなくこなすエリートアイルーだ。
「うっすセバスチャン。収穫はどうだ?」
「可もなく不可もなく、と言ったところですニャ」
でもまだこれからですニャ、と先を期待するように言う。繁殖期ももう間近である。その時こそが収穫ピーク。期待が高まるのも無理は無い。
「ちょうどいいや。暇だからなんか手伝わせてくれよ。ヤマトもいるし」
「手伝わせていただきますニャ!」
意気込み良くビシッと背伸びをするヤマト。「よろしくお願いしますニャ」とセバスチャンもペコリと頭を下げてから作業を始めた。
「カケルは網の引き上げ。ヤマトはキノコの収穫をお願いしますニャ」
「うっし、任せろッ」
「こっちも頑張るニャ!」
「ミーは畑と蜂蜜のトコにいますニャ。何かあったら声をかけてほしいですニャ」
「応ッ!!」
「ニャッ!!」
「んしょ、んしょ……、っと。おお! こりゃ結構じゃ大漁じゃねぇか! カクサンデメキンにバクレツアロワナ……小金魚。古代魚、レアモンだなっ」
「……む。このキノコは……、パク。……ニ゛ャッ、マヒ、ダケ………ニ゛ャ゛ッ……」
「んぉ! これは……、SA☆SI☆MI☆U☆O! ……貰っていいだろうか……」
「……………………(ビクッビクッ)」
「……お二人ともどうしたのですかニャ……?」
「取り乱した」
「右に同じニャ」
「さ、さいですかニャ……」
一時的に暴走しかけた一人と一匹。偶々様子を見に来たセバスチャンがなんとか事態を収拾させ、二人に別のことをするように指示を出した。
「何ッ!? 俺は釣りがしたいぞッ」
「僕はなんでも大丈夫ですニャ!」
「ハァ………もう好きにして良いですニャよ……」
ユクモ農場管理猫セバスチャン。実はユクモ村1の苦労
* * * * *
しばらく農場でお仕事というか手伝いというか邪魔かわからないことをした一行は再び村長の市の下を訪れていた。
「村長、何か
「はい。実は〈渓流〉に“リオレイア”が現れまして……」
「「リオレイア!?」」
「冗談でありますよ」
ズルッ、と翔とヤマトは昔のコントよろしく盛大にコケた。
“リオレイア”
通称“雌火竜”と呼ばれる飛竜を代表するモンスターだ。
雄の〈空の王者〉の異名を持つ“リオレウス”と並び立つ〈陸の女王〉。突進やブレスを多様する飛竜で、その尻尾には猛毒の針が付いている。大型モンスターに属する典型的な形の飛竜種だ。
「村長〜、驚かさないで下さいよ〜」
「そうですニャ!」
翔とヤマトはまだリオレイアを見たことは無いが、その驚異だけは知っている。
小さな村がリオレイアたった一頭だけで壊滅するのも珍しくは無いのだ。
「うふふ、お二方共いつも新鮮な反応が返って来ます故面白いのですよ」
口元に手を当ててコロコロと笑う。
村長、久御門 市。完全なSである。それも、“ド”が付くぐらいに。
「真剣な話にいたしますと、〈渓流〉に“アオアシラ”が現れました」
“アオアシラ”は牙獣種に分類される中型モンスターだ。堅い手腕に付いた鋭い爪の一撃は初心者ハンターがまともに喰らえばノックアウトは免れない事実である。
先程説明した“リオレイア”などの脅威よりはずっと楽であるが、油断ならないモンスターだ。
「生憎ここには翔様しかハンター様がおられません。〈渓流〉は村にも近いですからいつ被害が出るかもわからないのです」
それに、と市は更に言葉を付け足した。
「何やら〈渓流〉がいつもより感じが違うという報告も受けています。アオアシラの討伐は無理でも、調査をお願いしたいのですが……」
市の声が少し沈む。彼女の勘が警告音をガンガンに鳴らしていた。
「任して下さいよ村長! アオアシラなんてちょちょいのちょいで撃退してやりますから!」
「安心するニャ! 僕とご主人なら余裕ですニャ!」
そんな村長の不安を吹き飛ばすように翔とヤマトは胸をドンと叩く。ここは自分達に任せて村長は堂々と村長らしくしていてくれ。無意識にそんな感情を二人(?)から感じた。
彼らなら出来る。心の奥は直感的にそう告げた。
「……それでは、お願いしますがよろしいでしょうか?」
「応!」「承ったニャ!」と頼もしい返事をする翔とヤマトに市は「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『アオアシラの狩猟』
クエスト内容:アオアシラ一頭の狩猟
報酬金:1200z
契約金:100z
指定地:渓流
制限期間:2日間
主なモンスター:
・ジャギィ
・ジャギィノス
・ガーグァ
クエストLV:★★
成功条件:
・アオアシラ一頭の討伐、捕獲、撃退のいずれか
・〈渓流〉の調査
失敗条件:
・狩猟続行が困難の場合
・タイムアップ
依頼主:久御門 市
◇◆◇◆◇◆◇◆
初めましての方は初めまして!
お久しぶり、もしくは、先日ぶりだね、な方、ごきげんよう。
今回第一話を担当させていただいた五之瀬キノンです。
この度は『MONSTER HUNTER ~紅嵐絵巻~』をご覧いただきありがとうございます。
サークルを代表してお礼申し上げます。
この作品はリレー小説ということで一人一話を担当し、全員一周で一章を目指します。
長い長い道のりとなりますが、最後まで(あるかどうかわからないけど)おつきあいよろしくお願いします。
さて、次話担当は『Magus Magnus~マグス・マグヌス~』でおなじみの“蒼崎れい”様です。
次回もよろしくお願いいたします。
それでは!
〈サークル総括者“五之瀬キノン”〉
※H24,8/14,Tuesday:ルビのふり直しと加筆修正を行いました。